2020/1/10

5052:カセットテープ  

 いつものコインパーキングにVW POLOを停めた。ここは8台の車が停められるようになっている。ゆっくりとバックして黄色のラインの中にすっぽりとPOLOを納めた。

 このコインパーキングから歩いて数分のところに「喫茶店 Mimizuku」はある。昭和の香りを色濃く残す喫茶店で、当初は夫婦でやっていたようであるが、数年前にご主人は亡くなり、今は女主人が一人で切り盛りしている。

 そんな時代の流れに取り残されて淘汰されていく存在でしかない喫茶店であるが、どこかしら心惹かれるものを感じて、週に2,3度通っている。

 この喫茶店を知ったのは全くの偶然である。この喫茶店が1階に入っているビルの4階に、お世話になている「オーディオショップ・グレン」があったのである。

 そのオーディオショップに足繁く通っているうちに1階の喫茶店にも入るようになり、今では4階よりも1階の喫茶店の方に多く出向くようになった。

 このビルは相当古いものでエレベーターもない。喫茶店の店内には4人掛けのテーブル席が二つと2人掛けのテーブル席が一つ、あとカウンター席が4席のみである。14人客が入れば満席であるが、満席になった様子を見かけたことはない。

 喫茶店につきものの有線放送のBGMも流れていない。その代りなのか、カウンターの片隅にはSONY製の古いラジカセが置いてあり、その脇にミュージックテープの入った箱がある。

 常連客などはその箱の中のミュージックテープの中から気になるものを選んでラジカセで聴いたりしているようである。

 私も時々ミュージックテープを覗いて、気になるものがある時には取り出してラジカセに入れて聴いたりしている。

 ミュージックテープはご主人の遺品のようで、相当数のストックがあるようである。カウンターに置かれている箱の中身は時々入れ替わっている。

 既に辺りは暗くなっていた。喫茶店の窓ガラスからはオレンジ色の淡い光が漏れ出ていた。木製の古びた扉を開けて店内に入った。

 扉の上部には鈴が取り付けられていて、扉を開けると乾いた音を立てた。ゆっくりと入口方向へ視線を移動させた女主人はくぐもった口調で「いらっしゃい・・・」と呟くように言った。

 店内はいつものように空いていた。二つある4人掛けのテーブル席には客の姿はなく、奥まったところにある2人掛けのテーブル席にのみ、一人の初老の男性が座っていた。テーブルの上には恐らく空になっているであろうコーヒーカップが置かれていて、新聞を広げて読んでいた。

 「新聞を読むのには、この店内の照明は薄暗い。小さな新聞の文字が判読できるのであろうか・・・あるいは読んでいるのは新聞の文字ではないのかもしれないな・・・」そんなことを一瞬頭の中で思いながら、カウンター席に座った。

 ここは軽い軽食も出す。私はナポリタンとホットコーヒーを頼んだ。脱いだコートを隣の席の上に掛けて、スマホをカウンターの上に置いた。

 SONY Xperia 1は細長い形状をしている。縦横の比率が明らかに従来のバランスと異なっていて、なんだかひょろっとしている。

 このバランスを嫌う人も多いようである。確かに最初目にした時は少し違和感を抱いた。しかし、人間の目には「慣れ」という機能が本来的にあるようで、使っているうちに気にならなくなった。

 カウンター越しの厨房からはナポリタンを炒める音がしていた。カウンターに置かれた箱を手元に引き寄せて中を覗き込んだ。

 箱の中にはミュージックテープが十数本入っていた。さっとその背表紙を眺めた。その中に気になるものが1本あった。

 それを手に取って箱から取り出した。プラスチックのケースを開けた。カセットテープは手に馴染む大きさである。二つのハブの円形が目のように見える。どこかしらおどけたロボットのような表情をしている。



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