2020/1/1

5043:元旦  

 「一年の計は元旦にあり。」という諺はことはよく耳にする。一年の計画は年の初めである元旦に立てるべきであるという意味であるが、物事を始めるにあたっては、最初にきちんとした計画を立てるべきという戒めである。さらに「物事はなんでも最初が肝心・・・」という意味合いでも使われる。

 その諺を持ち出すまでもなく、多くの人にとって1年の最初の日である1月1日は大切な日である。凍るような寒さのなか出かけていき、荘厳な雰囲気の御来光を拝んだり、多くの人々でごったがえす有名な神社に初詣のために出かけたりする。

 我が家の元旦はそういった派手な演出は一切ない。しかし、1月1日を軽視しているわけではなく、できるだけ丁寧になすべきことをして過ごすようにしている。

 少し遅めに起きだしてから、母親を車で迎えに行った。父親が亡くなってから母は20年ほど小さな一軒家で暮らしていたが、高齢ため昨年の5月に民間の有料老人ホームに移った。

 その小さな一軒家は結局処分することになり、昨年の12月に売却できた。その老人ホームには車で我が家から15分程で着く。

 母を家に連れてきて、家族揃ってお雑煮とお節を食べた。天気はとても穏やかなものである。空は青く澄んでいる。風もなく、「ロングライド日和だな・・・」と思った。

 お昼過ぎまでゆっくりと過ごしてから母を老人ホームに送っていった。頭の方はまだしっかりとしているが、足腰は随分と弱ってしまった。

 一旦自宅に戻って、今度は家族と一緒に初詣に向かった。といっても大勢の人が参拝のために行列を作るような有名な神社ではない。

 自宅からほど近い「八幡神社」である。文献によると天正3(1575)年に再興されたようである。400年以上の年月が経過した建物は歴史を感じさせるものである。

 周囲を狭山緑地に囲まれている。森林の中にある古い神社である。昔ながらの面影を残している境内の中には、それなりの人がいた。

 数十人ほどの列に並んでから参拝した。破魔矢を購入し、おみくじを引いた。おみくじは「大吉」であった。

 しかし、文面を読んでみると「大吉」のわりには、自慢や傲慢を戒めるような文言が並んでいた。確かに「自慢話」ほど嫌なものはない。臆面もなく自慢する人間というものは、嫌われるものである。

 いつも通りの元旦は淡々と過ぎていった。初詣後は、元旦から営業をしているイトーヨーカ堂に車で向かって買い物を済ませた。

 おもちゃコーナーでは小さな子供たちが目を輝かせておもちゃを眺めていた。もらったばかりのお年玉で夢の世界に連れていってくれるおもちゃを一心に物色しているようであった。

 夕食後はジムへ向かった。元旦のジムでのトレーニングもここ数年恒例となっている。さすがにジムの中にはそれほどの数の人はいなかった。3名ほどである。エアロバイクに跨って60分間を過ごした。

 5分間のアップの後、200ワットに負荷を上げて50分間ペダルを回し続けた。汗が大量に流れる。昨年の10月に体調を崩した。11月からトレーニングを再開したが、最初は200ワットで30分も漕ぎ続けると体が悲鳴を上げた。30分から徐々に長くしていき、ようやく50分までになった。

 5分間のクールダウンを終えて、シャワーを浴びた。これで元旦のやるべきことはほぼ終えた。後は自宅に戻って、オーディオでも聴いて過ごすだけである。

 「初聴き」に選んだのはCDであった。ベルリオーズの「幻想交響曲」を選択した。昨年の年末近くなってDAコンバーターを新調した。新しいDAコンバータは少しづつ他の機器との連携関係が良くなってきているようであった。

 この年齢になると計画と言えるようなものは特別にない。なので、新たな1年の計画を元旦に念入りに練るようなことはないが、なすべきことを丁寧にこなして過ごした元旦となった。



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