2019/7/31

4889:異音  

 7月最後の日、気温はここ数日と同様ぐんと上がった。湿度も高いので不快指数は最高潮である。外を歩いていると身の危険を感じるほどである。

 夕方になっても相変わらず不快指数は高いままであった。夏バテ気味で疲れていたので、早めに仕事を切り上げて、自宅へ車で向かうことにした。

 この時期、車に乗り込む時は気合を入れないといけない。事務所の駐車場は屋根がない。昼間の間は陽光に熱せられ続けていた。

 ドアを開けて乗り込むと、サウナの中に入ったかのような暑さであった。エンジンをかけて、エアコンをONにして、その風量を最大にした。

 ハンドルも熱せられていたので、手で握るのではなく、指先でハンドルを押さえながら運転を開始した。

 途中まで異様な暑さ以外は何もなく進んだ。異変が起きたのは、国分寺市を出て小平市に入った頃合いであった。

 車の後方からなにかしら異音が出ているような気がした。エアコンを強めにかけてウィンドウは締め切っていたので、車外の音は耳に入りづらい状況であた。その音はかすかに届いた。

 「なにか音がするな・・・」

 そう思い、ウィンドウを少し開けた。すると金属を擦るような音がしていた。その音は明らかにタイヤの回転に応じて大きくなたり小さくなったりしていた。

 「何だろう・・・ブレーキの不具合であろうか・・・」

 異音はするが、走行感覚には特別な違和感がなかった。走行には支障がないようであるが、この音はいただけない。

 「ディーラーに寄ろう・・・」

 そう思い、東大和市にあるBMWのディーラーに向かうことにした。BMW 523iは納車されてからもうすぐ3年になろうとしている。その間マイナートラブルはなかった。走行距離は57,000kmほどである。

 ディーラーに着くまでその異音は止むことがなかった。まったく気に障る音である。ようやくディーラーの駐車場に車を停めることができた。

 建物の中から出てきた営業マンに状況を伝えた。サービス担当のスタッフが出てきて、車を駐車場内で少し動かしてみて、その音の具合を確認した。

 「では、ピットに入れて見てみますので、しばらくお待ちください・・・」

 とのことであったので、建物の中に入り、テーブル席でくつろいだ。サービスで出されたアイスコーヒーを口にしながら、しばし涼しい空気のなかで過ごした。

 BMWのディーラーの展示車は一定の法則で展示されている。建物が接している車線を通る車に対して正面を向けるかたちで設置されるのである。

 4台の展示車が展示されていた。その中でひときわ目立っていたのが、つい最近マイナーチェンジされた7シリーズであった。

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2019/7/30

4888:螺旋階段  

 「『芸術点』が高くなったという感じでしょうか・・・木綿のダブル使いの方は『技術点』が高い印象でした・・・」

 「帯域バランスは、こちらの方がピラミッド型というか、穏やかな稜線を描いていますね・・・」

 私は、受けた印象を断片的な言葉で表現した。

 全く魔訶不思議な世界である。変更した電源ケーブルは、レコードプレーヤーのモーターを回すための電源を供給するものである。

 音楽信号を構成する電源ではない。しかし、その電源ケーブルを替えると、音の変化が認められるのである。

 電源ケーブルが変わることにより、モーターの回転に影響が出て、その結果、音にも影響を及ぼすということなのであろう。

 電源ケーブルというテーマは、私にとって懐かしいものである。オーディオに嵌まるきっかけとなったのは、今はなき「ダイナミックオーディオ アクセサリーセンター」であった。

 そこに足繁く通い、螺旋階段を登った2階にあった試聴室で様々なハイエンドオーディオを耳にして、その泥沼に足を突っ込んでしまったのである。

 そのアクセサリーセンターはガード下の怪しげな雰囲気な店が並んだ先の奥まったところにあった。

 こんなところに高価なハイエンドオーディオ機器を販売している店があるとは全く想像がつかない感じであった。

 その店の主は島田さんであった。島田さんはケーブル好きである。その影響をもろに受けて、私もケーブルの摩訶不思議な世界に嵌まった。

 その当時、隆盛を極めていたケーブルメーカーが、STEALTHであった。私もこのメーカーの電源ケーブルを2本持っていた。

 このメーカーは何故かしら機器側のコネクターの接続感覚が曖昧で、すぐに緩んでしまう傾向があった。

 その音は、微粒子感が出て、空間表現が広がる。美音系になって、どちらかというと「芸術点」が高くなるという印象であった。

 今日は期せずして、ジャーマンビンテージ・ケーブルを使った2種類の電源ケーブルによる音の違いを体験した。

 その差に耳を澄ましていると、あのアクセサリーセンターの2階でケーブルを取り換えて、その差を聴き取ろうと耳を澄ましていた懐かしい景色が頭の中に浮かんできた。
 
 それは、もう10年以上も前のことである。年月は抗いようのないほどに速いスピードで過ぎ去っていった。懐かしいあの螺旋階段の上は今は何になっているのであろうか・・・ 

2019/7/29

4887:電源ケーブル  

 「鉄なべ餃子 なかよし」で熱々の「鉄なべ餃子」に舌鼓を打ちながら、Aさんと様々なテーマで談笑タイムを送っていたが、その多くのテーマのうちの一つが「電源ケーブル」であった。

 オーディオマニアの中には、電源ケーブルで音が変わるという点について疑問を呈する方もいるようであるが、多くの方は「確かに変わる・・・」ということを認識されているようである。

 私も電源ケーブルを変えるとオーディオ機器を変えたのではないかと思えるほどに変化することを体験している。

 ハイエンドオーディオに嵌っていた時には、かなり太い電源ケーブルを使っていた。オーディオ機器がヴィンテージのもの変わっていくと、そういった太い電源ケーブルも我が家から姿を消していった。

 現在は、ジャーマンヴィンテージ・ケーブルを使った電源ケーブルを使用している。MarantzのModel7とModel2は、電源ケーブルが直出しであるので、それをそのまま使用している。

 電源ケーブルを付属のものではなく別途交換しているのは、CDトランスポートとDAコンバーター、そしてレコードプレーヤの3ヶ所である。

 今日のテーマは、レコードプレーヤーの電源ケーブルであった。レコードプレーヤーの電源ケーブルはレコードプレーヤーのモーターを回すためのものである。

 ということは、音楽信号とは直接的な関係はない。しかし、そのケーブルを変えると、音が変わるのである。ちょっとオカルト的な要素を感じなくもないが、確かに影響があるようである。

 Aさんのレコードプレーヤー、ROKSAN XERXES10の電源ケーブルも、ジャーマンヴィンテージ・ケーブルのものが使われている。

 このジャーマンヴィンテージ・ケーブル、相当古いものであるが、皮膜の種類が3種類ある。さらにプラス・マイナスで1本づつ使用するシングル使いと2本づつ使用するダブル使いの違いにより、全部で6種類がラインナップされている。

 従来は、皮膜が絹でシングル使いの電源ケーブルを使われていたが、それを木綿の皮膜のダブル使いのものに試験的に交換されていた。

 木綿皮膜のダブル使いだと、空間表現が立体的になり、押し出しの強めの音になるとのことであった。

 その状態で様々な珍しいレコードを聴いていった。そして、レコード鑑賞の最後に、ROKSAN XERXES10の電源ケーブルを元々使われていた絹皮膜のシンングル使いのものに戻してみた。

 先程まで、聴いていたショパンのピアノ協奏曲が再度リスニングルームに流れ始めた。私は、黒い皮製のアームソファに腰掛けながら、その音の表情の変化を探ろうと慎重に耳を傾けた。

2019/7/28

4886:鉄なべ餃子  

 「鉄なべ餃子」の専門店「なかよし」の店内は思っていた以上に広く奥行きがあった。日曜日の午後8時半、カップルなどの若い客が多く、店内はほぼ満席であった。

 店の一番奥のテーブル席に座ることができた。「鉄なべ餃子」の専門店であるこの店は、30年ほど前にオープンしたようである。

 今でこそメジャーな存在になった「鉄なべ餃子」であるが、当時は東京では非常に珍しく瞬く間に人気店になったようである。今でも東京の「鉄なべ餃子」の草分け的な存在の店として高い人気を博している。

 「鉄なべ餃子」はその名の通り鉄鍋に入った状態で出される。なので、熱々の状態が長続きする。

 餃子は通常の餃子の半分くらいの大きさであろうか、小ぶりな餃子は鉄鍋の中できれいに並べられて焼かれる。表面はこんがりきつね色。
 
 「鉄なべ餃子」は、1人前10個、2人前20個、3人前30個から選択可能である。小ぶりであるので一人で20個から30個ぐらいは食べることができる。

 予約を取ってくれたAさんは、この店の常連である。「3人前・・・それと瓶ビールとノンアルコールビール・・・」店員さんに手早く注文してくれた。

 「ここは餃子以外のメニューもあるけど、餃子だけでいい感じかな、餃子以外では口直しのためのお新香ぐらいは頼んだほうがいいかも・・・」

 しばし待っていると「鉄なべ餃子」が運ばれてきた。熱せられた鉄鍋の上に、美しいきつね色の焼き色の餃子が隙間なく30個敷き詰められている。見た目も良く食欲をそそる。

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 酢醤油ベースの餃子のタレがセットされているので、これを小皿に入れて、さらに辛味としてゆず胡椒を足して食べるのが良いようである。

 サクサクに焼きあがった餃子は、一口で頬張ることができるサイズである。しかし熱々なので、火傷しないように注意する必要がある。

 焼き面の皮のはさくさくと香ばしく、逆側の皮はもっちりした食感が残っている。餃子餡はニンニクたっぷりのパンチの効いた味わい。

 ビールとの相性は抜群である。小振りな餃子を立て続けに口に運び、その合間にビールで喉を潤す。その連鎖は手早く繰り返され。

 二人で食すると30個の餃子はそれほどの時間がかからずに鉄鍋から綺麗に消え去った。「2人前・・お新香・・・ビールとノンアルコールビールをもう1本・・・」と追加注文した。

 談笑しながら無限ループ作業を続けた。結局二人で5人前の「鉄なべ餃子」とお新香一つを平らげた。ビールとノンアルコールビールを2本づつ飲んで、会計は一人2,500円・・・コスパも高いと感じた。

2019/7/27

4885:第20ステージ  

 ツールドフランスは終盤を迎えている。第19ステージは昨日行われた。雹が降ったり、がけ崩れがあったりと大荒れの悪天候のために、ステージが大幅に短縮された。

 そんな波乱の展開のなか、チームイネオスのエガン・ベルナル(コロンビア)が、強力な単独アタックでライバルを引き離し、総合首位に躍り出た。

 前日までマイヨ・ジョーヌ(イエロージャージー)を維持していたドゥクーニンク・クイックステップのジュリアン・アラフィリップは48秒差の2位に後退した。

 コロンビア人初のツール制覇を目指す22歳のベルナルは、悪天候のためコース短縮が決まっている今日の第20ステージで総合首位を守れば、コロンビア人初の栄冠に輝くことになる。最終21ステージは、パリまでのパレード走行となるので、勝敗は第20ステージで決するのである。

 ツールドフランスが波乱の展開で終盤を迎えている今日、私は依然違和感が続いている左腰を快方へ向かわせるため、杉並区の「Pro・Fit」へ向かった。

 そして、チューバホーンさんによる1時間半の整体の施術を受けた。左の背筋が固まってしまっていてスムーズに伸びない状態になっているようである。

 そのため左右で体の動きにアンバランスが生じてしまっているようであった。鍼も活用した施術により、体のバランスは整った。

 「明日、ロードバイクで走るとしても無理はしないで抑えめで走ってください・・・」とチューバホーンさんからは念を押された。

 一旦はニュートラルな状態には戻ったが、無理をするとまたアンバランスな状態へ逆戻りしてしまう可能性が高いようである。

 夕方に整体の施術を受けて家に戻った。夕食を食べた後、急激に眠気が襲ってきた。整体を受けた後は、いつも眠くなるのである。これは自然な体の反応なのであろう。

 スマホでツールドフランス第20ステージの実況を見ながら、ベッドに横になった。しかし、すぐに意識は遠のいてしまった。

 明日の天気は微妙である。朝には雨が降っている可能性も高い。台風6号は熱帯低気圧に変わったようである。

 明日、走ることができれば、やはり走っておきたい。1ケ月後にはマウンテンサイクリングin乗鞍が待っている。

 長引いた梅雨や、腰の不具合で調整は進んでいない。調子は明らかに下向きである。Mt.富士ヒルクライムに続いて、乗鞍でも自己ベスト更新を目指していたが、黄色信号が点灯している状況である。  

2019/7/26

4884:ひるのいこい  

 車で移動する時、車内ではNHK FMを流していることが多い。クラシックが聴きたいのがメインの目的であるが、もちろん常にクラシックが流れているわけではない。

 クラシックを流す番組ではないと、電源をOFFにしてしまうことも多いが、昼の時間帯に流れる「ひるのいこい」だけは、クラシックがかかることはないが、じっくりと耳を傾けたくなる。

 「ひるのいこい」は月から金までは12時20分から12時半まで、土曜日は12時15分から12時半まで放送されている。

 平日は吉松欣史アナウンサーが、そして土曜日は杉原満アナウンサーが担当している。私は平日しか聴いたことがない。

 平日の放送時間は10分である。その10分は常に一定の構成で整然と流れていく。昭和27年から始まっているので、まさに長寿番組である。

 昭和27年放送開始というとことは、今年で67年・・・その経過年数を感じさせるようなオープニングテーマが流れると、一気に昭和の時代にタイムスリップしたような感じがする。

 そのオープニングテーマは、日本が今よりもはるかにのんびりとしていた時代の空気を運んできてくれるのである。

 そのテーマに続き、アナウンサーの穏やかな声でリスナーから送られてきた「お便り」が紹介される。

 その内容も日本の里山の風情を思わせるもので、気分がほのぼのとする。そして1曲目が流れる。その選曲も結構愉快である。

 懐かしいものもあれば、あれっと意外に思うものもある。多くのものは、この番組でないと現代のFM放送からはけっして流れないものである。

 今日かかった曲は、1曲目が「愛のボラーレ」松崎しげる with チコ&ザ・ジプシーズで、2曲目は「カサブランカ」ファンファーレ・チォカリーアであった。

 フルコーラスを流す時間はない。曲と曲の間にもう一つ「お便り」が紹介さる。、2曲目が終わると、最後は「暮らしの文芸」・・・リスナーが投稿した俳句が紹介される。その俳句もなんだかしみじみと心に染み入る。

 今日の俳句は「肩上げを ときて 浴衣の袖をふる」・・・子供の成長を静かに喜ぶさ様が、小津安二郎監督の白黒映画の映像のように目に浮かんだ。

 たった10分間の放送である。その10分間は実に整然としていて、しっかりとした形式が厳然と守られている。

 構成もアナウンサーの声色も時代の流れとはまったく別の時間軸の中に納まっているかのように変化しない。

 この番組を耳にすると「変わらないこと」の重要性といったものに感じ入る。「変わらないと、取り残される・・・負け組になってしまう・・・」といった脅迫観念に囚われがちな現代人であるが、「変わらないこと」の重要さにも心を向けるべきかもしれない・・・そんなことをいつも思ってしまう「ひるのいこい」である。

2019/7/25

4883:名称  

 MAZDA アクセラが今年フルモデルチェンジされて、名称がMAZDA3に変更された。MAZDA3はもともと海外で使われていた名称で、変更というよりも統一されたというべきかもしれない。

 そして、アテンザはマイナーチェンジされてMAZDA6に名称が変わった。さらにデミオもマイナーチェンジを機にMAZDA2に名称変更される予定である。

 これでMAZDAの基幹モデルはMAZDA2、MAZDA3、MAZDA6という統一された名称になる。SUVのラインナップに関しては従来よりCX-3、CX-5、CX-8とアルファベットと数字の組み合わせの名称である。

 MAZDAのラインナップで唯一固有の名前が残っているのは、ロードスターのみである。ロードスターもマイナーチェンジが施されたなら名称が変わる可能性もある。

 ロードスターは海外ではMAZDA MX-5という名称である。ということは、ロードスターという名称も無くなり、アルファベットと数字の組み合わせによる名称になるのか・・・

 そう思ったが、ロードスターに関しては、例外的な扱いをMAZDAはするようである。「ロードスターというのは実は車形を示している。商標できちんととれているのは日本だけ。これは本当に財産だと思っているので、今後もロードスターはその名前を維持していく」とMAZDAの役員は語っている。

 私が大学生の頃、マツダの基幹モデルのラインナップは「ファミリア」「カペラ」「ルーチェ」であった。

 特に「ファミリア」は、その5代目のモデル(1980年〜1985年)が一世を風靡した。3ドアハッチバック、5ドアハッチバック、4ドアセダンの3モデルであったが、3ドアハッチバックの赤が売れ筋であった。

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 直線基調のすっきりとしたデザインで、爽やかな印象であった。その爽快さが若者に支持されたのであろう。

 その「ファミリア」が「アクセラ」になり、そして今年「MAZDA3」となった。1980年代前半に大ヒットした3ドアハッチバックはラインナップにない。

 時代の変遷とともに支持される車の形態は変わる。そして名称も変わる。新たに発売された「MAZDA3」は、1980年代前半の「ファミリア」のように、多くの支持を得ることができるのであろうか・・・先日試乗したMAZDA3は、その可能性を感じさせる完成度の高さであった。 

2019/7/24

4882:帰路  

 メイン集団に続いて数多くのサポートカーが通り過ぎ、さらにリタイアした選手を回収するバスも通り過ぎた。

 そして、最後に規制解除を知らせる車が通り過ぎていった。「交通規制が解除されました・・・」と、アナウンスが流れて、沿道で観戦していた人々は皆一斉に帰り支度を始めた。

 我々も、「TOKYO 2020 自転車ロードレース競技 開催会場 道志村」と書かれた大きな横断幕を背景に恒例の記念撮影を済ませた。

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 スニーカーからサイクルシューズに履き替えて、脱いだスニーカーをリュックに収納した。サポートカーは是政橋を渡った先のセブンイレブンまでサポートしてくれるので、リュックをその荷室に積み込んだ。

 帰りの「道志みち」は、下り基調である。風を切って疾駆していった。ただし時折上り返しも入る。そこではじっくりと我慢して重いクランクを回し続けた。

 「道志みち」をハイスピードで駆け抜けていって、津久井湖が見える頃合いになると、「帰ってきた・・・」という感じがわいてくる。

 往路でも休憩したセブイレブンでコンビニ休憩をした。昼食用にと購入して、結局「Cafe Marcys」のオムライスの誘惑に抗しきれずに、リュックの中に残ったままになっていたおにぎりを胃袋の中に入れた。

 ガソリンタンクの残量を示す針先は「E」から「F」に大きく振れた。残りの行程も順調に走っていった。

 「尾根幹」の幾重にも連なるアップダウンもどうにかこうにかやり過ごし、是政橋を通って多摩川を越えた。

 その先のセブンイレブンの駐車場で、サポートカーに積んでもらっていたリュックを降ろし背中に背負った。

 府中街道を少し行った先で、「小平組」と「東大和・国分寺組」は二つに分離する。その地点まで来て「お疲れ様・・・」と挨拶して、本隊から切り離された。

 4名の小集団になるとペースが上がった。府中街道を北に向かった。緩やかな上り基調である。颯爽と駆け抜けていって国分寺市に入った。

 国分寺市に入って少し行った地点で1名が自宅に向けて交差点を右折した。3名となってさらに北に向かい東大和市を目指した。

 東大和市が近づいてきた頃合いであった。雨が降り始めた。そしてその雨は、一気に本降りになった。「ありゃ〜、もう少しなのに・・・」と天を仰いだ。

 最後はずぶ濡れになりながら走ることになった。そして、それぞれの自宅に向けて3台のロードバイクも散開した。

 自宅に帰り着いて、雨で水滴がびっしりと付いていたサイコンの表面を右手でなぞった。今日の走行距離は157kmであった。限界までもがくヒルクライムはなかったが、やはり体は相当に疲れていた。

2019/7/23

4881:道志川  

 Cafeの名前は「Cafe Marcys」。年配の夫婦が店を切り盛りしていた。周囲の風景同様店内の様子ものどかで落ち着いた雰囲気であった。

 美味しいオムライスを順調に平らげて、ほっと一息をついた。会計を済ませて店を出た。観戦ポイントにチームメンバーは座っていた。私もその並びで座った。

 椅子などはないのでお尻の下はコンクリートである。15分ほど座っていたであろうか、徐々に腰が辛くなってきた。

 富士ヒルの1週間後に柳沢峠まで走った際に腰を痛めた。それから腰には違和感が残っている。今日もここまで約80Km走ってきたのであるが、腰には違和感があった。

 鋭い痛みが出るわけではないが、腰から背筋にかけて強張った感じがあって、鈍い痛みを感じる。「ここで長い時間座っていると、腰をやられる・・・」と思い、立ち上がってストレッチを始めた。

 ストレッチの後は腰を水平に回す動きを繰り返した。この腰を水平にゆっくりと回す運動は腰痛予防に効果があると何かで見た覚えがあった。

 選手たちが通過する予定時刻はまだまだ先であった。メンバーは各々Twitterなどで情報を集めていた。「スタートしたそうです・・・」「尾根幹に入ったようです・・・」「4名の逃げが形成されたみたい・・・」そういった情報が順次もたらされた。

 延々とストレッチと腰回し運動をしているわけにもいかず、「まだまだ時間があるから、周囲を散歩でもしてみるか・・・」と「道の駅 どうし」の周囲を歩いてみた。

 施設のすぐ近くを道志川が流れていて、幾つかの橋が架かっていた。その橋を渡ってみると、川の周囲には鄙びた里山の風景が広がっていた。

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 川の水量はそこそこあって、釣りをしている人も散在していた。「鮎でも釣れるのであろうか・・・そういえば道の駅の売店では、炭火で焼いた鮎の塩焼きが売られていたな・・・この川で取れた鮎であろうか・・・」そんなことをぼんやりと思った。

 ストレッチや腰痛体操、さらには周囲の散歩などで時間をやり過ごしていくと、村の防災無線で「あと30分ほどで選手が村を通過します・・・」という案内が流れた。

 その放送と相前後するように1台のパトカーが道の駅の前を通過していった。「あと30分ほどで選手が通過します。国道には絶対に出ないようにしてください・・・」と告げながら走り去っていった。

 その後パトカーは15分前、そして5分前と同じように通過していき、注意を呼び掛けていった。今日は警察の方も1年後の本番へ向けた練習でもあるようである。道の駅の前にも数名の山梨県警の警官が警備のために配置についていた。

 「5分前」のパトカーが過ぎ去ってから、皆今か今かとスマホを準備しながら待っていた。しかし、なかなか選手たちはやってこなかった。

 「引っ張りすぎじゃない・・・」という声があちらこちらから聞こえてきた。そして、「ちょっと待ちくたびれたな・・・」と思い始めた頃合いに、最初の集団がやってきた。想像していた以上に大人数の集団であった。
 
 4,5名の逃げ集団が最初は通過するのかと思っていたが、20名程度であろうか、速いスピードで駆け抜けていった。

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 第一集団が駆け抜けていって何分か経過した。メイン集団がやってきた。第1集団よりは大きく、やはり疾風怒涛の勢いで駆け抜けていった。

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 待った時間の長さの割には観戦時間が短いのがロードレースの難点ではあるが、「さすがにプロの選手の走りは迫力が違う・・・」と感心しながら、過ぎ去っていく背中を見送った。

2019/7/22

4880:オムライス  

 「尾根幹」の何度も繰り返されるアップダウンを乗り越えていった。異様に湿度が高い空気は質量が重いのか、空気抵抗がいつもよりも大きいような気がした。

 東京オリンピックのコースを概ねなぞりながら先へ進んだ。予定通り町田街道に入ったところで一人のチームメンバーと合流して、トレインは9両編成になった。

 途中セブンイレブンでのコンビニ休憩をはさんで、先へ進んでいくと、津久井湖が見えてきた。そののどかな姿に目を和ませながら走り、道志村につながる「道志みち」へ入った。

 「道志みち」は、山間を縫うように連なる道である。道は上り基調のアップダウンが延々と続いている。ずっと上りというわけではないが、短い上りが何度も繰り返されるので、脚には疲労がずんずんと蓄積していく。

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 「道志みち」は来年の本番へ向けて整備が進んでいるようで、道のコンディションは良かった。ショートカットするためのトンネルももうすぐ開通しそうな様子であった。

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 標高が上がってくるので、空気の質感が少しづつではあるが爽やかなものに変わっていった。木々の緑は濃い色合いであった。無数の木々は、無言の視線を私たちに向けているようであった。

 ようやくといった感で、今日の目的地である「道の駅 どうし」に到着した。たっぷりと用意されているサイクルラックにロードバイクをかけた。

 ここで、東京オリンピックのプレ大会として行われるロードレースを観戦する。選手たちが通過する予定時間まで2時間以上ある。

 まずは昼食を摂ることにした。サポートカーに積ませてもらったリュックには、コンビニで購入したおにぎりが三つ入っていた。これを昼食として「道の駅 どうし」で食する予定でいた。

 観戦ポイントの道を挟んで向こう側には小さなCafeが営業していた。リーダーと奥さんは、その店に入っていって、オムライスを注文していた。

 その様子を見ながら「オムライスか・・・きっとおいしいだろうな・・・」と、リュックに納まっているおにぎりを眺めながら思った。

 「おにぎりは帰路での補給食にすればいいか・・・」と意を決し、オムライスの誘惑に敢えて負けることにした。
 
 同じくその誘惑に抗えなかったメンバー一人と一緒に、その小さなCafaへ向かった。オムライスを頼んだ。値段は800円。

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 ボリューム満点のオムライスは美味であった。お腹は十二分に満たされた。選手たちが通過する予定時間まではまだたっぷりと時間があった。



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