2019/6/20

4848:Spendor  

 「スマホのガラスにひびが入っていますね・・・」

 「これね・・・落としちゃって・・・そろそろ買い替え時だから、機種変更しようかと思っているところなんだ・・・」

 私はカウンターの上に置いてあった自分のSONY Xperiaを手に取った。その画面の右上には斜めにひびの線が走っていた。操作には問題がないので、使い続けてもいいのであるが、このスマホは使い始めてから既に3年以上が経過していた。時折作動状況が怪しくなる。

 「ゆみちゃん」は、iPhone派のようで、ずっとiPhoneを使っている。現在使っているのは最新型のiPhone XRである。ボディーは鮮やかな水色である。

 「次もExperiaにするなら、今年の6月にExperia 1が出たばかりですから、それが良いと思いますよ・・・色は4色から選べます・・・私のお勧めはパープルかな・・・」

 彼女は、スマホに詳しい。自分が使っているiPhoneだけでなくExperiaに関してもよく知っている。

 喫茶店「Mimizuku」のカウンターには、湯気をあげているナポリタンが置かれていた。一足先に来ていた彼女は、ナポリタンを既に食べ終えていて、アイスコーヒーを飲んでいた。

 私は銀色のフォークを右手に持って、そのオレンジ色に輝く食べ物をからめとって口に運んだ。ここのナポリタンは美味しい。ちょっとくたっとした質感が昭和の味わいをもたらしている。茹でてから数時間寝かせるパスタはどこかしら優しい。

 彼女はつい最近誕生日を迎えた。31歳になった。「もう、30歳も31歳も変わりがないですよ・・・アラサーという点では・・・」彼女はさばさばとした表情でそう話していた。

 「自分へのご褒美は・・・?」と私が話しを向けると、「実は・・・これなんですけど・・・・今気になっていて・・・」

 と、彼女は話しながら、iPhone XRの画面に映った写真を見せてくれた。それはSPENDOR SP 1/2の写真であった。

 「これが今ヤフオクに出ているんです。入札しようかと思っているんですけど・・・幾らぐらいまで上がると思います・・・?」

 彼女はその英国製らしい穏やかな造形のスピーカーの写真も見ながら話した。彼女の部屋にはDIATONEのDS-251 MKUがセットされている。31歳の女性の部屋にはそぐわない物体である。

 「スピーカー替えるの・・・?」と私が訊くと、「どうしてもっていうわけではないんですけど、このスピーカーの写真を見て、なんだか心惹かれて・・・」と彼女は答えた。

 「確かにSpendorのスピーカーは良いと思うよ・・・替えるともっとしっとりとするというか、大人びた雰囲気になるだろうね・・・」

 「大人びた雰囲気か・・・31歳ですからね・・・」

 「落札価格はどれくらいかな・・・結構な価格になるような気がするな・・・9万円ぐらいになるかもしれないな・・・競ったりすると10万円の可能性もあるかな・・・」

 「えっ・・・10万円・・・!」彼女は想定外の価格に驚いたようである。「どのくらいなら大丈夫・・・?」と返すと「5万円くらいかな・・・」と彼女はぼそっと答えた。

 「それじゃあ、落とせないよ・・・」と言おうと思ったが、彼女ががっかりするだろうと思い、ナポリタンと一緒にその言葉を飲み込んだ。ケチャップの酸味が舌の上でゆっくりと広がった。



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