2019/5/25

4822:ダウンサイジング  

 トーレンス TD124のターンテーブルに乗ったのは、ヴァレリー・カミショフのピアノによるバッハ イタリア協奏曲他が収録されたレコードであった。レーベルはメロディア。1971年、ロシアでのステレオ録音である。

 SPUの針先が盤面にゆっくりとたどり着いた。「ポツ!」と針音がして、印象的なイタリア協奏曲の冒頭のメロディが勢いよく流れ出した。

 Model7もModel8BもCDなど姿形のまだ全くなかった頃の真空管アンプである。やはりアナログの方がしっくりとする。

 ヴァレリー・カミショフは、1962年のチャイコフスキー国際コンクール第5位、1968年のエリザベート王妃国際音楽コンクール第2位の受賞歴があるピアニストである。 

 日本での知名度は高くはない。1968年のエリザベート王妃国際音楽コンクールでも、優勝したエカテリーナ・ノヴィツカヤの圧倒的な存在感の陰に完全に隠れてしまった感があるが、優れた演奏家であることは間違いない。

 実は我が家のレコードコレクションの中に「1968年エリザベート王妃国際音楽コンクール(ピアノ部門)」がある。これは受賞者によるピアノ演奏が納められたものであり、エカテリーナ・ノヴィツカヤやヴァレリイ・カミショフの演奏も収録されている。ちなみに、このコンクールで第10位になった内田光子の演奏も入っていた。

 イタリア協奏曲の三つの楽章を全て聴いた。第3楽章が終わり、SPUは盤面から離された。この曲はバッハが存命中も人気があった曲で、初夏を思わせる今日の気候にぴったりであった。

 そして、スピーカーケーブルが35万の値付けのModel8Bから、コンディションが素晴らしく、腕の良い技術者にフルメンテナンスを受けた10万値付けが高いModel8Bに付け替えられた。

 4本のEL34をはじめとするすべての真空管は電源が入れられていたので暖機運転は済んでいるようであった。

 そして、同じ順番で同じ曲を聴いた。まずは、CDでチャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」を、そしてレコードでバッハの「イタリア協奏曲」を聴いた。

 「同じMaranzt Model8Bなんだから、それほどの差はないのでは・・・?」という考えが左脳内の多くの領域を占有していた。

 右脳の一部では「いや『神は細部に宿る』だからね・・・随分と印象が違うかも・・・」という気も若干はしていた。

 そして、約30分間音楽を聴き終えた印象は・・・「差は確かにある・・・歴然とした差が・・・」というものであった。

 その差が10万円の価格差に見合うか否かという点に関しては、個人の価値観に委ねられるところが大きいが、私の個人的な見解では「プラス10万円のコストアップは十分にペイする・・・」というものであった。

 車に例えるならば、VW GOLF TSIとVW GOLF GTIの差と言えるであろうか・・・外観にそれほど大きな差はないが、エンジンパワー、ハンドリング、足回りのセッティングなど、その乗り味は随分と違う。そういった違いをこの二つのModel8Bには感じた。

 神妙な面持ちで試聴を終えた私の表情を見て、店主は微笑んでいた。その顔には「差が分かったようですね・・・」と書かれているかのようであった。

 すっかりと冷めきった珈琲がコーヒーカップのそこにわずかばかり残っていた。その黒い液体を見据えながら、自問していた。

 「買うならGTIだな・・・しかし、Model2が修理から戻ってきたらModel8Bは結局ベンチを温めるだけの存在になる。『補欠』に45万円もの大金をつぎこんでいいものであろうか・・・?」

 結局、今日は踏ん切りがつかず、店主に礼を言って2階の試聴室から辞した。車に乗り込んで固めのシートに体を預けた。一瞬目を閉じた。

 目をゆっくりと開けて丸いエンジンボタンを押した。2Lの直列4気筒エンジンは軽快に目覚めた。BMW 5シリーズ程のサイズの車であれば、3.0Lの直列6気筒エンジンが組み合わされることが多かったが、現在のようなダウンサイジング隆盛の時代にあっては2.0Lで十分な性能を得られる。

 「ダウンサイジングか・・・Model8Bもダウンサイジングだよな・・・」そんなことを脈絡もなく思った。  



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