2019/5/31

4828:カツオのたたき  

 宗教曲や、器楽曲さらには交響曲など様々な分野の優れたレコードが、市野氏が製作した端正なレコードプレーヤーのターンテーブルに乗せられた。

 Benz Micro Rubyによってレコードの音溝から綺麗に拾われた音楽信号は真空管アンプを通っていって増幅され、JBL 4333から音となって放出された。

 後方に広がるサウンドステージは十分な広さがあり、その音のテクスチャーは、鮮度の良さを感じさせながらも冷色系ではなく、ほのかな暖かさを感じた。

 JBL 4333の後方には広い空間が確保されていて、オーディオ機器達はその位置にセッティングされている。

 レコードプレーヤーとフォノイコライザーはGTラックに置かれているが、それ以外のプリンアプとパワーアンプはラックを用いることなく床にセッティングされていた。

 半月ほど前にお伺いした江東区のHさんのお宅でもオーディオ機器はラックを用いずに床にセッティングされていた。

 これは、ラックを用いた場合と用いずに床にセッティングした場合とで、後者の方が良い結果が出たからあえてその方法を採用されているのであろう。

 私は「オーディオは音楽を聴くものであると同時、目でも愛でるもの」といった思いが強いので、どうしてもラックに綺麗に陳列したくなるが、床直置きの効能はあるようである。

 工藤アンプと市野アンプ、どちらもこだわり抜いて製作された真空管アンプである。工藤アンプをMさんのお宅で聴いたのは、随分と前のことでその時の漠然としたイメージとの対比となる。

 工藤アンプが奏でる音は、料理に例えるなら極上の鮮度を有する「刺身」というイメージであった。いかに鮮度良く、その素材がもつ良さを損なうことなく皿に盛りつけるかという点に最大の関心が注がれているような気がした。

 一方市野アンプは、同じく料理に例えるならば、「カツオのたたき」であろうか・・・表面を藁を焼いた炎であぶって焦げ目をつけ、冷やしてから特製のたれにつけて食する。
 
 表面しか焼かれていないので、カツオ本来の食感と味わいは残っている。あぶることによって旨味をさらに引き出し、タレが絶妙にカツオに馴染んで、すがすがしい味わいの良さを醸し出す。

 MaranztzやQUADのように、煮魚や塩焼といった完全に調理された魚料理の味わい感ではない。ある意味良いとこ取りのような料理である。

 素材の持つ鮮度と、料理としての味わいの良さ、そういったものが絶妙にバランスされているという印象である。

 後方に広がる空間も広く、音の表面は手でちぎって食べる高級食パンのようにふわっとしていて、硬くなることはなかった。

 「これは良いアンプだ・・・」と素直に思えた。私は普段Marantzの「のどぐろの塩焼き」のような味わいに耳が慣れてしまっているが、極上の「カツオのたたき」もやはり美味であることこの上なかった。

 しばらく聴かせていただいていると、Mさんの同級生であり近所にお住いのOさんも来られた。Oさんも年季の入ったベテランオーディオマニアである。

 この広い部屋に4人のオーディオマニアが集ったことになる。様々なレコード鑑賞を終えた後、「せっかく4人いるのであるから、一人ではなかなか難しいスピーカーの位置調整をしてみましょうと・・・」ということになった。

 そして4人がそれぞれ分担して、JBL 4333の位置を微調整しては、視聴をくりかえすという「作業」に入った。こういった「作業」は、オーディオマニアのみが知る愉悦であろう。

 何通りのパターンを試したであろうか・・・Mさんにとって一番耳馴染みが良いポジションにとりあえず落ち着いた。

 当初のセッティングよりもスピーカーはリスニングポイントから離されて、内振りの角度も強くなった。

 このセッティングで聴いてみると、「カツオのたたき」の味の決め手の一つである特製のタレの味わいがより深みのあるものに変わったような印象を受ける。さらに添えられる数種類の薬味の量も増えたような気がした。

 市野アンプは工藤アンプと同様に「知る人ぞ知る」アンプであり、一般的な知名度はないに等しいが、マニアの中のマニアにとっては、気にかけるべき存在だと思いながら、Mさんのリスニングルームを後にした。

2019/5/30

4827:JBL 4333  

 Mさんのリスニングルームを訪れるのは何年ぶりであろうか・・・確か5年か6年ぶりのことである。随分と久しぶりに訪れたMさんのリスニングルームでは、スピーカー以外のオーディオ機器がすっかりと変わっていた。

 杉並区に住むAさんのお宅まで車で向かい、Aさんをピックアップして同じ区内に住まわれているMさんのお宅に向かった。

 Mさんのご自宅は環七に面している。すぐそばのコインパーキングに車を停めた。23区内のコインパーキングはスペース的に余裕のないところが多い。車を何度も切り返してその窮屈なスペースに車を収めた。

 Aさんと共にMさんのお宅を訪問すると、すぐに地下室であるリスニングルームに案内してもらった。約20畳程ある広い部屋である。

 壁には作り付けのレコード棚があり、数千枚のレコードが綺麗に並べられていた。この部屋の主であるスピーカーは、JBL 4333である。

 JBL 4333は、3ウェイのスタジオモニタースピーカーである。グレー仕上げのその佇まいはプロユースのスタジオモニターらしいカチッとした質感である。

 その4333以外のオーディオ機器が全て変わっていた。以前はプリアンプやパワーアンプは工藤アンプであった。しかし、アンプの具合が相次いで悪くなっても、アンプの製作者である工藤氏が体調を崩しているため、メンテナンスが全く依頼できない状況であった。

 工藤アンプは、清廉な質感の見た目と音質が特徴的であった。塵ひとつない清潔感溢れる音の質感は独自の魅力を持っていた。

 その工藤アンプに替わって、JBL 4333を駆動するのは、市野アンプであった。アンプの製作者である市野氏は、チェコスロバキアのステラ製の古いスピーカーを愛用されていて、そのスピーカーをご自身が製造されたアンプで鳴らされている。

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 パワーアンプはモノラル構成で、オーソドックスな造形であった。出力管はPX25。古い時代から製造されている直熱三極管である。

 人気も高く、程度の良いヴィンテージ管であればペアで20万ほどの価格が付くこともある。大型で格好の良い球で、見ていると威圧感すら感じる。

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 送り出しであるレコードプレーヤーも新調されていた。前回お伺いした時はトーレンス製のものであったが、こちらもアンプの製作者である市野氏が製作されたレコードプレーヤーであった。

 キャビネットは贅沢に天然木を使った頑丈なものであり、モーターは本体とは別躯体になっていて、細い糸によりドライブされている。

 それらは2台のYAHAMA GTラックの上に置かれていた。アームはIKEDA、カートリッジはBenz Microである。

 音の出口以外はすっかりと変わったMさんのオーディオシステム・・・音の印象がどのように変わったのか・・・とても興味深いところであった。

2019/5/29

4826:帰路  

 都民の森を出て長い下りに入った。今日は都民の森のヒルクライムコースは大賑わいである。下っていくと逆側から上ってくるローディーの姿が途絶えることはなかった。

 風を切って走っていった。カーブを曲がる時はブレーキングで減速してロードバイクを倒しながら駆け抜けていく。

 路面状況は良いので、都民の森からの下りは心地いいものであった。これが雨などで路面がぬれていたりすると、タイヤがグリップを失うのではないかと恐怖心が沸き上がる。

 順調に下っている時であった。その右脇をハイスピードで通り過ぎていくロードバイクがあった。ずっと一人で走っていたので、「ちょっとつかせてもらおう・・・」と思った。

 といっても、ぴったりと後ろにつくのはやはり失礼である。50メートルほどの距離を開けて、先導してもらうことにした。

 「上川乗」の交差点を通りすぎて、下り基調の道を良いスピードで駆けていった。この先は軽い上り返しもある。

 先行するローディーは、上り返しもがしがしとクランクを回してスピードは緩まない。そのペースにぴったりと合わせて、私もクランクを回した。

 しかし、「橘橋」が近づいてくると、先導役のローディーの背中に疲れが見え始めた。そしてペースも随分と落ちてきてしまった。
 
 私もペースを落として間隔を詰めすぎないように調整したが、かなりペースダウンしてきたので、止むを得づクランクを回すペースを一気に上げて、その右脇を通り抜けた。

 また、単独走となった。「橘橋」のT字路交差点を右折した。武蔵五日市駅を目指して木々の多い道を走った。

 比較的涼しい檜原街道を走っていって、武蔵五日市駅の前を右折した。覚悟していたとはいえ、睦橋通りはやはり暑かった。

 照りつける陽光を遮るものはなく、アスファルトからは熱が湧き出ていた。横を通る車からも大量の熱が放出されていた。

 都民の森で補充したボトルの水はどんどんと減っていき、睦橋通りを走り終える頃には底をついた。

 「まずいな・・・途中コンビニに寄らなければ・・・」と思いながら睦橋通りから離れ、玉川上水に沿って続く道に向かった。

 途中、セブンイレブンの看板が見えたので、立ち寄った。トイレを済ませ、水と補給食を購入した。補給食として選んだのは「とんこつラーメン御飯と半熟煮玉子おむすび」である。

 コンビニお握りは、様々なアイディア商品が発売されているが、これもその一つである。卵好きである私は、この半熟卵が嬉しい。

 ボトルに冷たい水を補充して、先に進んだ。都民の森でのヒルクライムで脚を酷使し、帰路をハイペースで走ってきて、さすがに疲れた。

 どうにか予定時間に間に合いそうであったので、帰路の終盤はややペースを落として走った。自宅には1時半にたどり着いた。ちょうど2時間かかった。 

2019/5/28

4825:都民の森  

 序盤のゆったりとしたペースは徐々に上がっていった。そのペースに順応してクランクを回すペースを上げていくと、心拍数も正比例して上がっていき、やがてサイコンに表示されるその数値は170を超えた。

 先頭は2名の上級者が引いていた。「ついていけるところまでついていこう・・・」と思っていたが、1km程走った頃からさらに上がったペースについていけずに、私は後退し始めた。

 2名が先行する形になった。1名のメンバーは途中でペースを上げてその後ろに追いついたが、私はペースを上げる脚はなく、その差がどんどんと開いていき、ヒルクライムコースの前半を走り終える頃合いには、100m以上の差が3名の先頭集団との間についてしまった。

 数馬から都民の森までは4.5km程の距離がある。しっかりとした上りが続く。激坂エリアはないので走りやすいが、最後まで斜度は緩まない。

 後半に入り、心拍数は175ぐらいで推移していた。負荷はしっかりと脚にかかっている。後半に入ってもたれることはないが、かといって前を行くメンバーとの差をぐっと縮めるようなペースアップは全く図れなかった。

 ヒルクライムコースも終盤にはいり、3名の先頭集団もばらけたようである。3番手を行くメンバーの背中は視界に入っている。

 しかし、その差はまだまだ100m程離れている。ラストスパートで追いつける差ではない。その差が30m以内に縮まれば、最後で追いつける。

 わずかばかりペースを上げたが、その差が縮まることはなかった。私ともう1名のメンバーは、苦しい終盤を一緒に走っていた。

 やがて、道の上には「都民の森 1km」と書かれた道標が見えた。サイコンの心拍数は178を表示していた。かなり高めの負荷に脚は悲鳴を上げそうになるが、どうにかこうにか持ちこたえていた。
 
 残り200mほどになった時に一緒に走っていたメンバーがスパートして前に出た。その差は30mほどに広がった。

 私はすぐには反応せずに残り100mほどになり、ゴールが視界にはっきりと入った段階でラストスパートした。

 先行スパートしたメンバーに追いついて、一緒にゴールした。都民の森には多くの車が駐車していた。

 ローディーの姿も多く、サイクルスタンドは満杯であった。ゆりーと君が自転車に乗っている像が建っている所にロードバイクを立てかけて、疲れた体を休ませた。

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 都民の森の標高は1,000mほどである。季節によっては寒さに震えることもあるが、今日はもちろんそんなことはなかった。

 陽光は相変わらず夏を思わせる厳しいもので、下りでもサイクルウェアの背面ポケットに入れてあるウィンドブレーカーを着用する必要性はなさそうであった。

 私は所要のため、自宅に1時半頃に帰りつく必要があった。メンバー全員が走り終えて、恒例の記念撮影を済ませてから、一足早く帰路についた。

 メンバーに別れを告げて、走り出した。時刻は11時半。ノンストップで走れば2時間ほどで自宅に帰りつくことができるはずであった。

2019/5/27

4824:夏空  

 コンビニ休憩を切り上げて、リスタートした。国道16号をほんの少し走ってから睦橋通りに入った。睦橋通りは片側2車線の広い道である。

 日影は少ないので陽光を全身に浴びながら進んだ。この時期の陽光は本来であればもう少し穏やかなものであるが、今日は夏を思わせるそれであり、体力を奪う大きな要因になり得るものであった。

 赤信号で何度もストップアンドゴーを繰り返しながら、睦橋通りを走っていると、反対側からチームメンバーが走ってきた。

 午後予定があるため朝早く「都民の森」を目指して走り始め、ゴールした後の帰り道のようであった。手を振ってすれ違った。

 今日はローディーが多かった。その多くが「都民の森」を目指していた。そういったローディーとくっついたり離れたりしながら進み、武蔵五日市駅の手前を左折して檜原街道に入った。

 市街地を抜けると道の両側を木々が鬱蒼と覆う「陰地」に入っていった。「陰地」は涼しい。空気感がとてもすっとしている。思わず「気持ち良い・・・!」という声がチームメンバーの口々に上がった。

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 今日のように気温が高いと、睦橋通りと檜原街道は好対照となる。睦橋通りは暑く、檜原街道は涼しい。

 檜原街道をどんどんと進んで行き、「山の店」がある駐車場に着いた。ここにある公衆トイレは最近建替えられて、総ヒノキ造りの高級感あるものになった。

 その手前にはサイクルラックも設置された。それは嬉しいのであるが、私のLOOK 785 HUEZ RSには高さが足りず、サイクルラックにロードバイクをかける際にはちょっと手こずる。 

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 ここで一息入れた後、「数馬」までは隊列をキープしながら走り、「数馬」で再度一息入れてから、「都民の森」まで走る。「数馬」から先はフリー走行ゾーンとなる。

 「山の店」の自販機で清涼飲料を購入して飲んだ。空を見上げると青い空がまぶしかった。梅雨入り前の5月とは思えない空の色合いであった。「夏空」そのものであった。

 リスタートして「数馬」を目指した。檜原村役場の前を通りすぎて「橘橋」のT字路交差点を左折した。

 この交差点の手前では数名のローディーが休んでいた。ここから「都民の森」までの21kmをタイムトライアルするようであった。60分を切るとまずまずの健脚の持ち主ということになる。

 我々はほぼ一定のペースで上り基調の道を進んだ。先頭交代を繰り返しながら進んでいったが、いつもよりペースは速めであった。

 心拍数も徐々に上がってきて160を超えてきた。「少し速すぎないかな・・・数馬からはバトルモードで走るから、脚を残しておきたい・・・」と不安になった。

 バトルモードになると心拍数は170を超える。厳しい負荷が心肺や脚を傷めつける。余力がないと、ペースを上げることは難しい。

 ようやく「数馬」に着いた。ここで一息を入れた。季節外れの暑さと速めのペースのダブルパンチをくらい、足元が少しふらふらした。

 私は気温の変化に弱いタイプである。寒さにも弱く、暑さにも弱い。昨年の夏の猛暑では2度ほど軽い熱中症になった。

 今日もこの暑さに少しぐったりしてしまった。木陰で少し涼んでから、「都民の森」を目指して最後の行程を走り始めた。序盤はゆったりとしたペースで走り始めた。

2019/5/26

4823:真夏日  

 5月としては異例といえる暑さが続いている。今日も最高気温が30度を超える「真夏日」になるとの予報であった。

 5月は1年で一番爽やかな気候の月というイメージを持っていたが、今年に限ってはそうとは限らないようである。

 もう少し爽やかな季節を堪能したいが、既に夏のような暑さにが到来してしまった。なんだか少し損をしたような気持ちになる。

 先週は富士スバルラインの試走であったが、今日はいつものロングライドである。「はやく起きた朝は・・・」を最後まで観てから、LOOK 785 HUEZ RSにまたがって自宅を後にした。朝の7時の気温はまだ爽やかなものであった。

 多摩湖サイクリングロードを東に向かって走った。この道は、木陰が多い。木々の緑はすっかりと濃い色合いになっていた。

 集合場所であるバイクルプラザに着いた。今日の参加者は7名であった。そのロードバイクの内訳は、COLNAGOが2台、LOOKが2台、ORBEA、Ridley、KUOTAが1台づつであった。

 今日の目的地は定番コースのひとつである「都民の森」に決まった。7台のロードバイクは隊列を形成して走り出した。

 小平市の市街地を抜ける頃には、既に暑くなってきた。「やはり今日は暑そうだ・・・」と思いながら玉川上水に沿った道を西へ走った。玉川上水の両側には木々が植えられている。その緑はたっぷりとした陽光を喜んでいるかのようであった。

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 玉川上水に沿った道を走り続けて、拝島駅近くのファミリマートでコンビニ休憩をした。このコンビニは最近改装された。特にこれといって変わった感じはしなかったが、全体的に綺麗になっていた。

 太陽光はかなり厳しく降り注いでいた。ついつい日影を探して、補給食に選んだサンドイッチを胃袋に入れた。同時にアイスコーヒーも飲んだ。ファミリーマートのコーヒーマシーンが新型になっていた。味わいも良くなったような気がした。

2019/5/25

4822:ダウンサイジング  

 トーレンス TD124のターンテーブルに乗ったのは、ヴァレリー・カミショフのピアノによるバッハ イタリア協奏曲他が収録されたレコードであった。レーベルはメロディア。1971年、ロシアでのステレオ録音である。

 SPUの針先が盤面にゆっくりとたどり着いた。「ポツ!」と針音がして、印象的なイタリア協奏曲の冒頭のメロディが勢いよく流れ出した。

 Model7もModel8BもCDなど姿形のまだ全くなかった頃の真空管アンプである。やはりアナログの方がしっくりとする。

 ヴァレリー・カミショフは、1962年のチャイコフスキー国際コンクール第5位、1968年のエリザベート王妃国際音楽コンクール第2位の受賞歴があるピアニストである。 

 日本での知名度は高くはない。1968年のエリザベート王妃国際音楽コンクールでも、優勝したエカテリーナ・ノヴィツカヤの圧倒的な存在感の陰に完全に隠れてしまった感があるが、優れた演奏家であることは間違いない。

 実は我が家のレコードコレクションの中に「1968年エリザベート王妃国際音楽コンクール(ピアノ部門)」がある。これは受賞者によるピアノ演奏が納められたものであり、エカテリーナ・ノヴィツカヤやヴァレリイ・カミショフの演奏も収録されている。ちなみに、このコンクールで第10位になった内田光子の演奏も入っていた。

 イタリア協奏曲の三つの楽章を全て聴いた。第3楽章が終わり、SPUは盤面から離された。この曲はバッハが存命中も人気があった曲で、初夏を思わせる今日の気候にぴったりであった。

 そして、スピーカーケーブルが35万の値付けのModel8Bから、コンディションが素晴らしく、腕の良い技術者にフルメンテナンスを受けた10万値付けが高いModel8Bに付け替えられた。

 4本のEL34をはじめとするすべての真空管は電源が入れられていたので暖機運転は済んでいるようであった。

 そして、同じ順番で同じ曲を聴いた。まずは、CDでチャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」を、そしてレコードでバッハの「イタリア協奏曲」を聴いた。

 「同じMaranzt Model8Bなんだから、それほどの差はないのでは・・・?」という考えが左脳内の多くの領域を占有していた。

 右脳の一部では「いや『神は細部に宿る』だからね・・・随分と印象が違うかも・・・」という気も若干はしていた。

 そして、約30分間音楽を聴き終えた印象は・・・「差は確かにある・・・歴然とした差が・・・」というものであった。

 その差が10万円の価格差に見合うか否かという点に関しては、個人の価値観に委ねられるところが大きいが、私の個人的な見解では「プラス10万円のコストアップは十分にペイする・・・」というものであった。

 車に例えるならば、VW GOLF TSIとVW GOLF GTIの差と言えるであろうか・・・外観にそれほど大きな差はないが、エンジンパワー、ハンドリング、足回りのセッティングなど、その乗り味は随分と違う。そういった違いをこの二つのModel8Bには感じた。

 神妙な面持ちで試聴を終えた私の表情を見て、店主は微笑んでいた。その顔には「差が分かったようですね・・・」と書かれているかのようであった。

 すっかりと冷めきった珈琲がコーヒーカップのそこにわずかばかり残っていた。その黒い液体を見据えながら、自問していた。

 「買うならGTIだな・・・しかし、Model2が修理から戻ってきたらModel8Bは結局ベンチを温めるだけの存在になる。『補欠』に45万円もの大金をつぎこんでいいものであろうか・・・?」

 結局、今日は踏ん切りがつかず、店主に礼を言って2階の試聴室から辞した。車に乗り込んで固めのシートに体を預けた。一瞬目を閉じた。

 目をゆっくりと開けて丸いエンジンボタンを押した。2Lの直列4気筒エンジンは軽快に目覚めた。BMW 5シリーズ程のサイズの車であれば、3.0Lの直列6気筒エンジンが組み合わされることが多かったが、現在のようなダウンサイジング隆盛の時代にあっては2.0Lで十分な性能を得られる。

 「ダウンサイジングか・・・Model8Bもダウンサイジングだよな・・・」そんなことを脈絡もなく思った。  

2019/5/24

4821:試聴室  

 車でその店には向かった。八王子市の外れにあるヴィンテージ・オーディオショップは駅から遠いので、ほとんどの来客者は車で来るはずである。

 2階建ての店舗の脇には3台ほど車が止められるスペースがある。そこに車を停めて、店に入った。1階には様々な古いオーディオ機器が所狭しと並べられている。

 店内に入るとそういった年老いたオーディオ機器から発せられる独特の匂いが感じられた。2階は試聴室になっている。

 「用意してありますので、2階へどうぞ・・・」年の頃60台後半と思しき店主は笑顔で出迎えてくれて、2階の試聴室へ案内してくれた。

 実はこの店の2階の試聴室に入るのは2度目である。最初に訪れたのは5年前のことであった。その時はタンノイのコーナーカンタベリーを試聴した。

 そのコーナーカンタベリーには12インチのモニターシルバーが搭載されていた。英国オリジナルキャビネットで値段はペアで168万円であった。

 その当時はタンノイ チャトワースを使用していた。同じく12インチであったがモニターゴールドが搭載されたスピーカーであった。

 「これは出物・・・抑えておくべきか・・・・」ととっさに判断して連絡を取った。そしてこの2階の試聴室で聴かせてもらった。

 しかし、ほぼ同時期に現在我が家のリスニングルームに鎮座しているGRFが見つかった。15インチのモニターシルバーが搭載されていてキャビネットは英国オリジナル。値段はコーナーカンタベリーの倍であった。

 結局、文化財的な価値すら見いだせるGRFを選択した。しかし、我が家の8畳ほどの空間しかない狭いリスニングルームには、12インチのモニターシルバーが搭載されたコーナーカンタベリーの方が丁度良かったのかもしれない、と思うことは今でもある。

 その時以来の2階の試聴室である。試聴室の広さは15畳ほどであろうか。形はほぼ正方形である。黒い革の3人掛けソファーが置かれ部屋の両コーナーにはモニターレッドが搭載されているコーナーランカスターがセットされていた。

 リスニングポイントから見て右手に置かれているオーディオラックには、今日の試聴の目的である2台のマランツ モデル8Bの姿があった。さらにマランツ モデル7の姿もあり、レコードプレーヤはトーレンスTD124が置かれていた。その横にはCDプレーヤーがあった。フィリップス製の古めのCDプレーヤーのようであった。

 リスニングポイントの背後の壁には他のスピーカーも2セット置いてあった。それらは向かい合わせになって次なる出番を待ているかのようであった。

 店主が淹れてくれた珈琲を飲みながら、しばしの雑談タイムを過ごした。2台のモデル8Bは、価格が随分と違う。1台は35万円で妥当な価格であるが、もう1台は45万円であった。モデル8Bで45万円という値付けはかなり高い。

 その経緯なども店主は説明してくれた。「こちらはコンディションが素晴らしく、フルレストアも腕の良い方に頼んであります。そのフルレストア費用だけでも差額分くらいにはなるんです・・・」とのことであった。

 マランツ モデル7は2系統の出力端子がありその両方からRCAケーブルが伸びて2台のモデル8Bに接続されていた。

 コーナーランカスターに繋がっているスピーカーコードは、35万円値付けのモデル8Bに繋がっていた。

 まずはこちらのモデル8B経由で聴いてみることになった。「CDですこし聴いてアナログに変えてみましょう・・・クラシックでしたよね・・・」と店主は言って、CDをケースから取り出した。

 フィリップスのCDプレーヤーの型番を確認するとLHH700であった。この時代のフィリップスのCDプレーヤーは独特の質感のグレーの色合いである。古いオーディオ機器に中にあってもしっくりと目に馴染む。

 かかったのは諏訪内晶子のヴァイオリン小品集であった。チャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」が流れはじめた。この曲は3つの小品から構成されている。「瞑想曲」、「スケルツォ」そして「メロディ」・・・3曲を通して聴いた。

 フィリップス、マランツ、タンノイの連合体は、穏やかで滑らかな質感の音を聴かせてくれた。それは平日の昼間にじっくりと耳を傾けるにはうってつけかと思えるほどにまどろみ感に満ちていて、時間の流れをひと時ではあっても緩やかにしてくれた。

 続いてアナログでも聴いた。トーレンスTD124にはSME製のシルバーに鈍く光るアームが取り付けられていて、その先端にはSPUが装着されていた。

2019/5/23

4820:Model8B  

 Marantzの古い時代のパワーアンプには、モノラルパワーアンプがModel2とModel5の2種類、そしてステレオパワーアンプがModel8の1種類がある。

 モノラルパワーアンプであるModel2やModel5は、中古市場でもまれにしか見かけないが、ステレオパワーアンプであるModel8はよく見かける。

 その色合いはこの時代のMarantz特有の茶色が入ったグレーである。その穏やかな色合いは見る者の心持ちを穏やかなものにしてくれる効果があるかのようである。

 中古市場で多く見かけるのはModel8よりも「8」の後に「B」が付く、Model8のマイナーチェンジモデルであるModel8Bである。

 ヤフオクでは常に出品があり、都内のビンテージショップでも在庫があるケースが多い。時折在庫状況をHPでチェックしている八王子市にあるヴィンテージオーディオショップにも2台のModel8Bの在庫があることが分かった。

 「ちょっと聴いてみようかな・・・」と、その写真を眺めながら、思った。

 実は我が家のMarantz Model2は現在入院中である。昨年にも発症した不定期に片側から「ポツッ!」と小さなノイズが出る症状が再発したので、「響工房」に持ち込んだのである。

 我が家のModel2は、購入時のコンディションが良いものではなかったので、入退院を何度が経験している。

 「これからも、入院するこがあるということを覚悟して付き合っていかないといけないな・・・」とは思っている。

 そんな状況であるので、「補欠」としてのパワーアンプを1セット持つというアイデアは悪くないと思っていたのである。

 もっとも理想的なのは、Model2をもう1セット所有することであるが、中古市場では稀にしか出てこないうえ、相場が上がっていてペアで100万円以下での入手は不可能である。

 となると、Model8Bという選択は現実的で合理的なのかもしれない。Model7との相性は良いはずである。

 価格も30万円から40万円のレンジに収まっていることが多い。Model2に比べると4分の1程度の価格である。

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 使用されている真空管も、Model2で使われているものが多く、なんといってもその造形美は、Model2に迫るほどに洗練されている。

 ステレオパワーアンプで、ここまで整然としていて全体のバランスが盤石なものは極めて稀である。

 ちょうど、今日の午前中八王子市にある顧問先の会社に行く予定が入っていたので、その帰り道に立ち寄ることにした。

 店主に連絡した。「ちょうどModel7もあります。TANNOYのスピーカーはレッドの入ったコーナーランカスターの在庫がありますから、そのセットで試聴できるようにセットアップしておきます。平日は空いてますからゆっくりと聴いていって下さい・・・」との返答であった。

2019/5/22

4819:下山  

 5合目は白く煙っていた。太陽の光は全く届かず、気温は5度ほどしかなかった。走り終えた直後はまだよかったが、時間の経過とともに体が冷えてきた。

 防寒着はサポートカーに預けたリュックの中に入っていたので、走り終えてしばらくしてから、サポートカーが停まっている駐車場へ向かった。

 リュックから防寒着を取り出して着用した。さらにお握り1個も取り出してゆっくりと味わった。駐車場から富士山の頂上が見える方向を向いたが、白い霧以外何も見えなかった。

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 メンバー全員が無事に走り終えた後に、白い霧の中記念撮影を済ませた。体が冷え切って小刻みに震えていた。

 その白く冷たい空気の中下り始めることとなった。一刻も早く標高の低い所へ移動したかった。皆しっかりとした防寒着を着込んで、長い下りへ向かった。

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 先月、自走で富士スバルラインの4合目まで走った際の下り同様、寒さで筋肉を強張らせながら下っていった。

 霧は4合目辺りまでは視界を白く霞ませていたが、標高が下がるにしたがって薄くなりやがて消えた。

 下りの途中の「樹海台駐車場」で一息入れた。ここまで下ってくると気温も随分と違う。ほっとした気分で展望台からの景色を眺めた。
 
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 試走会のタイムは「1時間21分43秒」であった。予想よりも早いタイムである。本番では料金所手前が計測開始地点となり、500mほど距離が長くなる。

 距離は長くなるが、本番ではトレインを活用できる可能性が大きくなるので、今回のタイムに近いタイムが出るかもしれない。

 自己ベストは昨年のタイムである1時間22分59秒である。それを数秒でもいいから更新したいものである。

 樹海台駐車場を出て、残りの下りをこなした。富士北麓駐車場までたどり着いて、LOOK 785 HUEZ RSをスバル フォレスターのルーフキャリアに納め、着替えた。

 この後は恒例の「紅富士の湯」に行って長いヒルクライムで酷使した体を温泉で労わる予定であった。

 人気のある日帰り温泉施設である「紅富士の湯」は露天風呂が二つあり、天気が良ければ露天風呂から富士山が見えるが、今日は雲が多いので、湯に浸かりながらの絶景はお預けとなるであろう。

 車でその癒しの場に向かった。人気があるので、やはり混んでいた。体を洗ってからぬるめの湯温の方の露天風呂でのんびりとした時間を過ごした。体に強く刻まれた疲労感が柔らかな湯の中に溶けていくようであった。

 本番は3週間後である。今日のような走りができるか否かは全く不明である。この年齢になると一日ごとの体調の差が大きい。良い体調で本番を迎えられるといいが、蓋を開けてみないと分からないとしか言いようがない。

 本番でも走行後はこの湯に浸かる予定である。その時は美しい富士山の姿を露天風呂から望めればいいのであるが・・・そして、心情も晴れやかであればいいのであるが・・・



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