2019/1/11

4686:Spendor  

 私は喫茶店「Mimizuku」の外に出て、この古いビルの階段を登った。2階には「株式会社 光通商」と書かれた小さな看板がドアに貼り付けられている。なんだか怪しげなものを輸入しているのかと思わせるような会社名であるが、人が出入りしているのを見かけたことはない。

 3階は空いているのか、看板も表札も何もない。人が活動しているような気配が全くない。そして4階が「オーディオショップ・グレン」である。ちなみにこのビルは5階建てである。5階には法律事務所が入っているようである。階段の登り口にある集合ポストには「高橋法律事務所」と書かれていた。

 「オーディオショップ・グレン」と書かれた木製の小さな看板が掲げられている玄関の金属製の扉を軽くノックした。呼び鈴はない。

 ノックの音は何かの儀式の時に使われる打楽器の音のように鈍く響いた。「どうぞ・・・」という聞きなれた小暮さんの声が扉の向こう側からした。
 
 扉を開けて、異空間の中に入っていった。靴を脱いでスリッパに履き替えて、リスニングポイントに置かれている黒い革製の3人掛けソファに座った。

 スピーカーはTANNOYではなかった。SpendorのSP1/2であった。有名なBC-IIの血統を受け継ぐモニタースピーカーである。黒いスティール製の専用スタンドの上にセットされていた。

 SP-1/2は、SP-1のマイナーチェンジモデルで、1990年の発売である。このモデルは現在も改良が重ねられてSP-1/2R2という型番になっている。
 
 「Spendorですか・・・良い顔してますね・・・」と私が、珈琲を出してくれた小暮さんに呟くよに言うと「これね・・・とても程度が良くてね・・・30年ほど前のモデルだけど・・・奥ゆかしいというか、いかにもイギリス製らしい佇まいだよね・・・」と小暮さんは答えた。

 そして、リスニングポイントから見て右側に位置する大きめのラックにはいつものLEAKのプリアンプとパワーアンプ以外に見慣れないプリアンプとパワーアンプがセットされていた。

 「このプリとパワーはどこの製品ですか・・・?」私はその方向に目線を送って尋ねた。比較的新しい製品のように見えた。

 「ATCだよ・・・プリがSCA2でパワーがSPA2-150・・・どのくらい前だったかな・・・確か1997年ぐらいだったかな、発売されたのは・・・デザインが素晴らしいでしょう・・・実はSpendorのスピーカーと一緒に買い取ったんだよね。」

 「SpendorのSP1/2をATCのSCA2とSPA2-150のペアで鳴らしていたんだよね・・・どれだけ趣味が良いんだって思ったよ・・・このSCA2はフォノイコライザーも付いていて、その方はWilson Beneschのレコードプレーヤを使っていたよ・・・ACT1/RCという型番で、これも良いデザインをしていたな・・・それは継続して使うって言ってた・・・」

 「そうですか・・・その方が次に選んだスピーカーとアンプが気になりますね・・・それだけセンスが良いマニアが次に選ぶのが何か・・・」

 「スピーカーはWILSON BENESCHのA.C.T ONE。もちろん中古で、とあるショップで程度の良いものを見つけたようで、アンプはなんとGOLDMUND。プリがMIMESIS7でパワーアンプがMIMESIS6.2。とても良い時代のものだよね・・・金バッジになる前のGOLDMUNDだから・・・」

 そんな雑談をしばししてから、そのSpendor SP1/2の音を聴くことになった。レコードプレーヤーはいつものROKSAN XERXES 10である。

 カートリッジはOrtofon MC20でアームはROKSAN ARTEMIZである。プリとパワーはATCである。小暮さんは一枚のレコードを取り出した。そしてXERXES 10のターンテーブルにセットした。

 渡されたジャケットを見た。ローラ・ボベスコのヘンデル・ヴァイオリンソナタのレコードであった。

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2019/1/10

4685:110番の日  

 「今日は110番の日なんですよ・・・語呂合わせで・・・」と「ゆみちゃん」は笑いながら言った。カウンターの上には、ナポリタンが盛られた皿が置かれ、その脇にはアイスコーヒーが添えられていた。

 彼女はこれからそのナポリタンに取り掛かろうとしているところであった。私はというと、既にフレンチトーストを食べ終えて、ホットコーヒーをゆっくりと堪能していた。

 フレンチトーストは数ケ月前から喫茶店「Mimizuku」のメニューに加わった。それまでは、ナポリタンとホットサンドのみであったので、選択肢が三つになった。

 「110番したことありますか・・・?」彼女が訊いてきた。

 「あるかな・・・一度交通事故であったな・・・大した事故でなく、擦った程度だったんだけどね・・・」

 「私もあるんですよ・・・泥棒で・・・」

 「泥棒・・・?」

 「ええ、もうだいぶ前ですけど・・・以前住んでいたアパートの部屋に泥棒が入ったんです・・・」

 彼女はその時のことを話し始めた。アパートの玄関の横には台所の小さめの窓があり、外側には柵が設けられていた。

 その柵が壊されてその小さな窓から入ったようである。その台所の窓の施錠を忘れていたのだった。泥棒はそれを確認してから柵を壊したのであった。

 壊された柵は玄関の脇に立てかけられていた。取られたものは大したものではなかったが、気味が悪かったので、少ししてから引っ越した。

 「でも、捕まったんですよ、その泥棒・・・常習犯だったようで、あちらこちらで犯行を重ねてたみたいで・・・目黒警察署から1年ぐらいしてから電話があって、持っていかれたものは大半が戻ってきました。」

 「取りに行ったの・・・?」

 「そう、取りに行ってきました。警察署の中に入るってちょっと緊張しましたね・・・」

 「ゆみちゃん」とのとりとめのない話を終えてから、「じゃあ、お先に・・・ちょっと上に行ってきます・・・」と私はカウンター席に置いてあったコートを左手で取った。

 「オーディオ・ショップですか・・・?」

 「そうそう、古いオーディオばかり置いてある変わった店があってね、このビルの4階に・・・」

 会計を済ませて、店の外に出た。外は真冬の寒さである。年末から寒い日が続いているが、今日は特別な寒さである。 

2019/1/9

4684:担々麺と雑炊  

 前回、小河内ダムに来た時には、焼き芋屋の軽トラックが丁度到着したところであった。その時食べた焼き芋はねっとりとした食感で、スイートポテトを食べているようなスイートな味わいであった。

 その焼き芋屋が来ていたら、また賞味しようと思っていたが、その軽トラックは停まっていなかった。

 「もしかしたら、第2駐車場に来ているかも・・・」ということになり、湖に沿った道を少し先に行ったところにある第2駐車場まで出向いた。

 しかし、第2駐車場にもその姿はなかった。ここは第3日曜日には「旧車」のOFF会がある。その時には懐かしい「旧車」がずらっと並んでいるが、今日は第3日曜日ではないので「旧車」の姿はほとんどなかった。

 残念ながらねっとりとした食感の焼き芋で体も心も暖めるという思惑は外れた。「では、担々麺行きますか・・・?」ということになり、帰路にある「担々麺 杉山」に立ち寄って昼食休憩をすることになった。

 「担々麺 杉山」はその店名が示す通り担々麺の専門店である。海老の出汁が濃厚に出ていて、美味しい。

 そのプランに元気をもらって、帰路についた。8台のロードバイクは隊列を組んで下り始めた。フロントとリアのLEDライトを点滅状態に設定した。

 下りではスピードが出る。トレインは快速で走った。スリップ防止の舗装が断続的に施されているところでは、ロードバイクがガタガタと振動する。ハンドルをしっかりと握りながら通り過ぎていった。

 トンネルを次々に潜ていって、JR青梅線に沿った道に出た。LOOK 785 HUEZ RSの乗り味は上質である。そのフレームにコンチネンタル グランプリ5000は相性が良い。

 下り基調の道を進んでいくとやがて商店街に入っていく。長く続く商店街を抜けるとJR青梅線の踏切がある。

 その踏切を通りすぎ、緩やかに左折すると「担々麺 杉山」がある通りに出た。「もう少しだ・・・」と思いながらクランクを回し続けると目的地に到着した。

 幸い店の入り口の前には行列はなかった。ロードバイクを店の脇に停めて、店内を覗いたが店内は満席であった。

 しばし店の外で待っていると、それほど待つことなく4名ずつ店内に入れて、テーブル席に陣取った。

 メニューは担々麺のみ、サービスで小ライスが付いてくる。麺を食べ終わった後でこれをスープに投入すると雑炊ができる。

 しばし待っていると目前にはその担々麺と小ライスが置かれた。「これこれ・・・」と、目を輝かせながら、早速食した。

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 短時間で麺を食べ終えて、続いて雑炊に取り掛かった。結局スープも無くなり、完食である。満足気に箸を置いて、デザートとして出された杏仁豆腐をスプーンを使って別腹に入れた。

 今日は小河内ダムまでの高速ヒルクライムバトルと「担々麺 杉山」に立ち寄ってのグルメライドとを楽しめた。

 「高速ヒルクライムバトルが担々麺だとすると、グルメライドは雑炊か・・・」そんなことをぼうっと考えながら、残りの帰路を走り切った。自宅に帰りついてサイコンの走行距離を確認すると102kmであった。

2019/1/8

4683:アタック  

 城山トンネルを抜けると、空気がさらに厳しいものになった。「うわ・・・寒っ!」という言葉が口から思わず出た。

 その冷たい空気の中を体を強張らせながら切りぬけていくと、次の愛宕トンネルに達する。今日はトンネルの中の方が暖かい。

 そのトンネルを抜けると「愛宕大橋」のT字路交差点に達する。この交差点を左折すると後は小河内ダムまで緩やかな上り道が続いている。

 前半は隊列をキープしながら無理のないペースで走っていった。さらにトンネルを二つほど抜けた。

 「そろそろ誰かペースアップしないかな・・・」と思いながら隊列の後ろに付いていたが、誰も行きそうになかったので、隊列の右に出て、アタックした。

 スピードはぐんと上がった。パワーも心拍数もそれにつれて上がっていった。新年の初ロングだからと言って、アタックしたメンバーを気持ちよく逃がしてくれるという心優しいメンバー達ではない。

 ひたひたと後方から迫ってきた4人のメンバー達にやがて追いつかれた。5台のロードバイクはしばし連なった。

 後方に付いて空気抵抗を弱めてもらいながら少し脚を休めた。上級者はさらにペースを上げて前に出ていった。

 取り残された3名はしばし協調しながら走っていたが、1名は脚が切れて下がっていった。もう一人も充電量が減ってきたようでペースが上がらない。

 そこで前に出て2名の背中を追った。視界にはその二つの背中は収まっているが、その差を詰めるほどのパワーアップは難しかった。

 最後の中山トンネルを抜けると小河内ダムの排水設備が左手に見えてくる。もう少しである。ダンシングに切り替えた。

 ラストスパートを苦し気な排気音を発しながらして、ゴールである駐車場へ走り込んでいった。激しい呼吸のためゴールするとしばし咳が出た。

 小河内ダムまでの上り道は緩やかな斜度でゆっくり走る分には楽なヒルクライムであるが、ハイペースで駆け上がると、やはりきつい。

 皆が走り終えたところで、湖畔エリアまで移動した。残念ながら焼き芋屋の軽トラックは見当たらなかった。

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2019/1/7

4682:霜  

 年が明けて初めてのロングライドの目的地は奥多摩湖の小河内ダムであった。往復距離はちょうど100kmほどになる。

 8台のロードバイクは隊列を形成して走り始めた。多摩湖サイクリングロードを東から西に向けて抜けていき、旧青梅街道を走った。

 年末から到来した寒波はまだ居座っていた。冷たい空気の中では走ってもなかなか体が暖まらない。

 この時期辛いのは指先とつま先である。メンバーはシューズカバーの先端部分にホッカイロを入れたりと、それぞれ工夫して対策していた。

 旧青梅街道を瑞穂町まで走り、岩蔵街道へ向けて交差点を右折した。岩倉街道は広い道である。やがて、圏央道の青梅インターの下をクランク状に潜った。

 「今井馬場崎」の交差点を左折して青梅方面へ続く道を走った。この道の左側にある「担々麺 杉山」の前を通りすぎた。しっかりと海老の香りがした。仕込みは順調に進んでいるようであった。

 道はやがてJR青梅線の踏切を渡る。JR青梅線に沿って続くレトロな雰囲気の商店街を抜けると、道は穏やかな風景の中に溶け込んでいく。

 2月に行われる予定の「青梅マラソン」の参加予定者であろうか、グループでランニングしている人々を多く見かけた。

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 古里駅の傍のセブンイレブンでコンビニ休憩をした。ここまで走っても体は冷たいままであった。補給食は当然暖かいものを選択した。選んだのは「ブリトー ハム&チーズ」。定番のブリトーである。これにホットコーヒーを合わせた。

 コンビニ休憩を切り上げて、JR青梅線に沿って続く道を走り続けた。「将門」の交差点を左折して少し下ると、橋の向こう側に城山トンネルが見えた。

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 城山トンネルは新しく長いトンネルである。前半は軽い上りで後半は軽い下りになっている。ちょうど真ん中あたりで切り替わる。

 城山トンネルを通り抜けた。トンネルを抜けるとさらに気温はぐっと下がった。道の端は霜が溶けずに白くなっていた。

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2019/1/6

4681:5000  

 「Nウォームは暖かい〜」とのテレビCMにつられて、Nウォームの毛布と敷パッドを購入してからというもの、真冬の時期のベッドの中の天国度はぐっと上がってほぼ100%となった。

 そのヌクヌクの密閉空間から朝早く抜け出すのは、この時期かなりの決心がいる。「えいや・・!」と気合を入れて、その天国を後にした。

 今日は年が明けて初めてのロングライドである。数日前の天気予報ではあまり良い予報ではなかったが、昨日観たテレビの天気予報ではすっかりと改善されていた。

 「はやく起きた朝は・・・」を観ながら、サイクルウェアに着替えて、軽めの朝食を摂った。そして、7時になったところで、サイクルシューズを履き、サングラス、ヘルメット、冬用グローブを装着して、LOOK 785 HUEZ RSに跨った。

 HUEZ RSには新年らしく、新たなタイヤが組み込まれていた。それは「コンチネンタル グランプリ5000」である。

 今までは「コンチネンタル グランプリ4000SU」を使っていた。5000は4000SUの後継モデルである。

 「乗り味はどう変わったのか・・・同じメーカーの後継モデルだからそれほどの違いはないかな・・・」という事前予測は漕ぎ始めて数分で覆された。

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 「乗り味が良い・・・」すぐにそれは体感できた。少し前にピレリ P ZEROを装着したチームメンバーのロードバイクに乗せてもらった時にその滑らかな乗り味に感心したが、その乗り味に近いものを感じた。

 路面状態が悪いところを走ってもゴロゴロ感がなく、路面状態の良い道では本当に滑るような走行感である。

 「これで、耐パンク性能が20%向上したのであれば、鬼に金棒的なタイヤだな・・・」と思いながら、集合場所であるバイクルプラザに向かった。

 真冬の空気の中を走っていくと、指先が凍えてくる。さらにシューズカバーをしていても足の指先も凍える。

 バイクルプラザに到着してメンバーに新年の挨拶をした。今日の参加者は8名であった。そのロードバイクの内訳は、ORBEAが3台、COLNAGOが2台、RIDLEY、Kuota、LOOKが1台ずつであった。 

2019/1/5

4680:アドレナリン  

 現在はいろいろと便利になった。「所沢駅」から「元町・中華街駅」まで、ノンストップで電車で行けるのである。

 「所沢駅」までは自宅から車で10分ほど。「所沢駅」から「元町・中華街駅」までは、1時間15分で着く。

 電車の中では半分は寝て、半分はスマホの画面を見ていた。終点である「元町・中華街」駅に着いて外に出ると、風は冷たかった。

 山下公園近くの待ち合わせ地点に赴くと、月に1回レコードを聴かせてもらっているAさんがちょうど逆方向から歩いてくるのが見えた。

 今日はAさんと一緒に、横浜のMさんのマッキントッシュ・システムを聴かせもらった。私は昨年の10月にも一度聴かせていただいたのであるが、その後電源工事により電源環境が一段と強化された。

 さらにはトーレンスのプレステージも新規に導入されたとのことで、それらにより音がどのように変化したのか興味津々であった。

 今や、メインシステムであるJBLパラゴン・システムをしのぐまでに成長したマッキントッシュ・システムの要は、XRT26である。

 XRT26は巨大なスピーカーである。低域用に30cmコーン型ウーファー2個、中域用に20cmコーン型ミッドレンジ、高域に2.5cmアルミハードドーム型トゥイーター23個を搭載するという大掛かりなスピーカーである。

 「タワー」という呼称がぴったりとするトゥイーターコラムの高さは2メートルを超える。間近に見ると見上げるようである。

 しかし、横浜のMさんがオーナーを務める会員制のワインスクール「Le Salon」の絢爛豪華な空間では、XRT26が大きく見えない。むしろしっくりと目に馴染むから不思議である。

 まずはCDから聴かせていただいた。CDに関しては機器の変更はなく、電源工事のBefore And Afterが如実に検証できる。

 ジャズやクラシックなど数曲を聴かせていただいたが、電源環境の大幅な強化は実に如実な効果をその音の様相にもたらしていた。

 Beforeは、絵画で例えるなら「ルノアールの裸婦」であった。豊穣であり、幽玄というか夢幻的な色彩感があった。

 Afterは「レンブラントの肖像画」であろうか・・・レンブラントは「光の画家」「光と影の魔術師」などの異名を持ち、強い明暗を駆使したドラマチックな画風で知られている。精緻な質感描写と真に迫るリアリズムで、肖像画からその人物の内面を見事に表現してみせた。

 電源工事により、音の立ち上がりの俊敏さと力強さが確実にワンランク向上し、その音が見せる表情は精緻な彫琢が施されシャープな切れ味を見せる。

 ルノアールの幽玄さとレンブラントの彫琢のキレ、どちらも魅力的ではあるが、サロンコンサートまたはライブハウスでの生演奏を思わせるリアリティーのある音を眼前にすると、電源工事は正解であったと思わざる得ない。

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 小休止の後、後半はアナログタイムへ移行した。レコードプレーヤーは新たに導入されたトーレンス プレステージである。

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 巨大で重厚なレコードプレーヤーである。スピーカーのXRT26同様、これが一般的なリスニングルームに置かれていたなら、違和感を覚えるほどに豪華で立派ないでたちであるが、「Le Salon」の非日常ともいえる絢爛で広い空間においては全く違和感がない。

 アナログを聴いた。「これは和田峠か・・・」と心の中で独り言がおもわず漏れた。音の密度感がCDとは桁外れに違う。

 CDが富士スバルラインの平均斜度5%程度のヒルクライムだとすると、アナログは最高で20%もの斜度を有する和田峠の峠道をロードバイクで走る時のようなクランクの重みを感じた。

 そのクランクの重みは、トーレンス プレステージの導入によりさらに重厚感を増したようである。「ぐっとくる・・・」いや、「ぐわっとくる・・・」という表現の方が適切か・・・

 このマッキントッシュ・システムは、まずはCDから聴き始め、その後にアナログを聴くという順番は絶対に順守しなけらばならないであろう。

 最後は、ジミ・ヘンドリックスのレコードで締めた。脳内麻薬を否応なしに放出してしまうようなエネルギッシュな音であった。

 刺激的なOFF会であった。和田峠をロードバイクで走り終えた直後のように、私の脳内にはアドレナリンが大量に放出されていたようである。建物の外に出ると冷たく強い風が吹いていた。火照った顔から、その風は急速に熱を奪っていった。

2019/1/4

4679:RCAケーブル  

 GTラックに納まったMarantz Model2の写真を見た知人のオーディオマニアの方からメールが来た。「ラックの奥の方にModel2を設置されていますが、手前に出した方が熱がこもらずに真空管には良いですよ。音も不思議とこもらずに抜けます。本当はラックの上段に設置できればいいのですが・・・」との内容であった。

 実はMarantz Model2をラックの奥の位置に置いているのには訳があった。プリアンプとパワーアンプとを繋いでいるRCAケーブルの長さは1メートルである。三つあるGTラックの真ん中の上段に設置したMarantz Model7と左右のGTラックの下段に設置してあるMaranzt Model2とを1メートルのRCAケーブルで繋ごうとすると、Model2をラックの奥の方に下げないと物理的に繋がらないという単純明快な理由であった。

 「もしかしたら音のことを考慮するとModel2を左右のGTラックの上段に移すのが一番良いのであろうか・・・」と思った。

 となると現在左右の上段に置いてあるOracleのレコードプレーヤーとCDプレーヤーを下段に移す必要がある。それは操作性を含め視覚的にも許容範囲を大きく逸脱してしまう。

 「それはないな・・・」と即断した。一番良い解決策はもっと長さのあるRCAケーブルに換えることであろう・・・

 ただし、今手元にあるRCAケーブルは全て長さが1メートルであった。1.5メートルの長さがあれば、Model2をラックの一番手前まで持ってきても大丈夫である。

 「では、1.5メートルの長さのRCAケーブルを新たに購入するか・・・」と思った。現在使っているのは、ドイツ製のヴィンテージケーブルを利用したRCAケーブルである。できれば、同じケーブルを使ったものがいいが、このケーブルを購入した方の話では既に在庫は無くなっているとのことであった。
 
 多少種類が変わっても同じくヴィンテージケーブルを使ったものを新調しようとは思ったが、「Model2を手前ぎりぎりまで持ってくると本当に音に良いのであろうか・・・」と考えて、現状で検証できないか、GTラックをじっと眺めた。

 RCAケーブルはプリアンプの背面からラックの後ろを通ってパワーアンプに繋がっている。「RCAケーブルをプりアンプの前に持ってきてラックの前からパワーアンプに持ってくると・・・もしかしたら・・・」と思い、試してみた。

 Model7もModel2もラック手前ぎりぎりまで移動した。そしてRCAケーブルをプリアンプの手前を通して繋ごうとした。

 ぎりぎり繋がらない。そこでModel2をラックから少しはみ出るぐらい前に出した。すると繋がった。見た目的には「これはないな・・・」という感じになってしまったが、音に対する影響度を検証するためだけの一時的なセッティングであるので、ここは文字通り目をつぶってもいいであろう。

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 セッティングを変えただけである。音を確認した。「確かに変わるようだ・・・からっとした質感で抜けが良い・・・」

 Model2は前面に真空感が横にずらっと並んでいる。ラックの手前ぎりぎりまで持ってくることは真空管の熱の放出効果が高まり、ラック内の反響が真空管に及ぼす影響を軽減する効果があるのであろう。

 「なるほど・・・ケーブルを新調する意味合いは充分あるようである。1.5メートルの長さがあれば大丈夫だよな・・・」念のためメジャーを取り出して確認した。

 1.5メートルであればお釣りがくるくらいであった。幾つかのケーブル候補の中から今後選択することになるであろう。

2019/1/3

4678:◇マーク  

 Marantz Model7には12AX7が6本使われている。12AX7はポピュラーな真空管であり、中古市場にも数多くの在庫が存在する。

 オリジナルではTELEFUNKENの12AX7が使われていたようである。◇マーク入りのTELEFUNKEN 12AX7が良いと一般には言われている。

 その◇マーク入りの TELEFUNKEN 12AX7は希少価値が高いのか、中古市場でもとても高い価格が付いている。

 幸い我が家のModel7には、4年前に購入した時に、◇マーク入りTELEFUNKEN 12AX7が装着されていたので、当面の間は高額な12AX7を購入しなくて済みそうである。

 パワーアンプであるMarantz Model2には整流管として6AU4GTAが使われている。現在はRCAのものが装着されている。

 パワーアンプの真空管については、ついつい存在感のある出力管に目が行ってしまうが、実は整流管の音に対する影響度は出力管以上であると真空管マニアの間では言われている。

 「整流管か・・・片側で2本使われているから両方で4本必要か・・・高くないかな・・・」そんなことを思いながら真空管販売業者のHPを覗いてみると、RCAやGEといったメーカーのものの在庫があった。

 価格はそれほど高いものではなく、1本1,000円から1,500円ほどとリーズナブルである。出力管である6CA7/EL3に比べると、需要が少ないせいであろうか安く感じた。

 「これくらいなら気軽に試せそうだな・・・」と思った。1本10,000円以上するとやはり二の足を踏んでしまうが、1,000円から1,500円ほどであれば、ついつい試したくもなる。

 Model2の前段管には12AX7と6CG7が1本ずつ使われている。12AX7はプリアンプであるModel7同様、◇マーク入りのTELEFUNKENのものが一番良いと一般的には言われている。

 Model2に刺さっているものを取りはずして確認すると、残念ながらTELEFUNKENではなく、メーカー名がプリントされていなかった。

 「CV4035 KB/DC」とプリントされている。「12AX7」とも「ECC83」とも印刷されていない。「大丈夫か・・・これ・・・?」と疑問に思って、インターネットで調べてみるるとその素性が判明した。

 「MULLARD CV4035 - 1961-62 Military Box Plate Premium Grade Long Life ECC83 CV4004 12AX7 Wrinkle Glass Halo Getter Whyteleafe Prod」とその海外のサイトには写真入りで紹介されていた。

 その写真と取り外した真空管を見比べると全く同じ仕様であった。軍用であったために、「CV4035」という型番がプリントされていたようである。Mullardが1960年代前半に製造したもののようであった。

 「なら、大丈夫かな・・・」と一安心した。もう一つの前段管である6CG7も取り外して確かめた。こちらは整流管とおなじRCAのものであった。

 Model2を随分と前から使われている知人のオーディオマニアによると、真空管の音の対する影響度は「整流管」「前段管」「出力管」の順番で大きいそうである。

 真空管に詳しくない者は、ついつい真空管の中でスター的な存在である出力管に注目してしまうが、玄人は整流管や前段管の選別により注意を注ぐようである。

 Marantz Model2で言えば、6AU4GTA、12AX7、6CG7が6CA7/EL34よりも重要ということになる。しかし、見た目的な存在感が高く一番目立つ場所に装着されいる出力管には、多少高くても良いものを選択したくなるが、縁の下の力持ち的で地味な存在である整流管や前段管には、なるべくお金をかけたくないと思ってしまう。

2019/1/2

4677:集い  

 妻は3人姉妹の真ん中である。3人姉妹それぞれに二人ずつ子供がいるので「いとこグループ」は全員で6名である。

 今となってはその6名も皆大きくなり32歳から19歳までのレンジに移っているが、このブログを始めた12年前には、20歳から7歳までのなかに6名が納まっていたので、とても賑やかであった。

 その当時、まだまだ幼かった子供たちの様子を見ながら、「このまま時間が止まったままであればいいのに・・・」という気持ちを持ったものであるが、そんなことは神様が許すわけもなく、時間は容赦なく過ぎ去っていき、幼かった「いとこグループ」も皆、大人になってしまった。

 上の3名は既に社会人であり、下の3名も全員大学生である。一番年長の甥には昨年子供も生まれ父親になった。時間は確かに経過しているようである。私も年を取った。

 今日は妻の親族の新年の集まりであった。集まった場所は妻の実家ではなく、義母が入っている有料老人ホームであった。

 妻の母が脳梗塞で倒れたのは2年前であった。その前年には義父は他界していた。左半身に麻痺が残ったため、退院後義母は千葉市中央区にある有料老人ホームに入った。

 それ以来、妻の親族の新年の集いは、その老人ホームのファミリールームで行われる。そのファミリールームは総勢15名でちょうどいいくらいの広さがあった。

 その有料老人ホームまで、道が空いていれば2時間ほどで着くが、1月2日の今日は道がとても混んでいた。

 結局9時15分に家を出て、目的地に着いたのは12時10分であった。渋滞が激しく約3時間もかかった。少々ぐったりして、老人ホームの中に入っていった。

 12年前ほどではないが、賑やかな時間を過ごした。ファミリールームに人数分の寿司を持ち込み、それぞれの家庭で作ったお節などもテーブルを飾った。

 父親となった甥は、妻と赤ん坊を連れてきていた。4ケ月の赤ん坊を少しだけ抱かせてもらった。赤ん坊を抱くのは随分と久しぶりである。少々緊張した。

 大きくなった6名の「いとこグループ」を眺めながら、ふと12年前の光景を思い浮かべていた。そして過ぎ去った時を思った。あっという間のような気もするし、随分昔のような気もする。

 3時間ほどの「集い」はつつがなく終わった。そしてそれぞれの家族は別々の車でそれぞれの家に戻っていった。

 帰路は、そほどの渋滞はなく、2時間ほどで家に着くことができた。往復5時間の車の運転はやはり疲れた。



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