2019/1/21

4696:四里餅  

 初詣ライドで必ず立ち寄るところがある。それは飯能銘菓「四里餅」で有名な大里屋 本店である。スタート前には、四里餅の餡を「ツブ」にするか「コシ」にするか選択する。「ツブ」と「コシ」はほぼ半々であった。私は「ツブ」を選択した。

 大里屋 本店を目指して、所沢市・入間市・飯能市という具合に走っていった。隊列が長くなりすぎるので、二つに分割されたトレインは順調に行路をこなした。

 大里屋 本店の少し手前のセブンイレブンに立ち寄って、子の権現で食べる昼食を購入した。私はお握りを三つ選択した。毎年、リーダーの奥さんのお手製の豚汁が振舞われるので、それに合わせて和風を選択した。

 セブンイレブンを出てすぐのところに大里屋 本店はある。サポートカーに乗せてあるリュックにセブンイレブンの袋に入った食料を詰め込んで、リーダーの奥さんが先回りして購入してくれていた四里餅を早速手に取った。
 
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 四里の焼き印が横ならばこしあん、縦ならばつぶあんである。その見た目は小判みたいである。

 素材を活かした美味しい餅である。へんな小細工のない直球勝負といった感があり、素直に美味しく、一口食べると自然と笑顔になる。

 四里餅を食べ終えて、子の権現の上り口へ向けて走り始めた。国道299号へ抜けるため、丘陵地に大規模に開発された西武飯能・日高分譲地ニュータウンを越えていった。

 前半は結構な距離の上りである。綺麗に区間整理されたニュータウンを通りすぎると、国道299号に出た。

 国道299号は道幅が狭い。その割に交通量が多いので、10台のロードバイクは3分割された。小さな集団に分かれて、上り基調の道を走った。

 国道299号沿いのファミリーマートでトイレ休憩を済ませた。天気はすっかりと晴れになった。陽光が降り注ぎ風がないので、この時期としては実に快適なライドである。

 リスタートして、さらに先へ進んだ。西武秩父線に沿ってうねるように続く国道299号を走っていくと、子の権現へ向かう分岐点に達した。

 分岐点を左折した。川沿いに続く道は、過去には霜が溶け残っていて白くなっていることもあったが、今日はそんなことはなく、穏やかな田舎道そのものであった。

 その道の途中に上り口がある。この上り口に降りたつのは何度目であろうか、もうすでに7、8回は来ているはずである。

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 黄色い看板には「子ノ権現 山頂まで3KM」と書かれている。その看板の下には赤い矢印があった。その赤い矢印は「気合を入れろ!」と命令しているようであった。

2019/1/20

4695:初詣ライド  

 1月の第3日曜日は、恒例の初詣ライドである。向かう先は「子の権現」。子の権現は足腰守護の神仏として有名で、境内には巨大な鉄のワラジや、夫婦下駄などがある。

 サイクリストも多く訪れるようで、数年前から境内にサイクルラックが設置されている。自転車用のお守りも売られている。

 子の権現まで上るルートは二つある。北から南へ上るルートと南から北へ上るルートである。バイクルプラザRTでは北→南ルートを走る。こちらを「表・子の権現」、南→北ルートを「裏・子の権現」と呼んでいる。

 しかし、裏・子の権現がNHK BSの「チャリダー」で紹介されたこともあり、今では裏・子の権現の方が有名なようである。

 どちらのルートも斜度は厳しい。表・子の権現は、序盤はそれほどでもないが、やがて10%以上の坂が続き、後半に行くにしたがってさらに斜度が上がる。先週の顔振峠も激坂であるが、ゴール手前では斜度は緩む。しかし子の権現はゴール手前の斜度が一番厳しい。

 集合時間はいつもと同じ7時半である。「はやく起きた朝は・・・」を観終わってから、LOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした。

 背中には、子の権現での初詣に備えての防寒着とスニーカーが入ったリュックを背負っていた。今日はリーダーの奥さんが運転するサポートカーが出るので、リュックはその車に乗せてもらう予定である。

 多摩湖サクリングロードを西から東へ向かって走った。真冬の朝の太陽は角度が低い。ちょうど向かう先からオレンジ色の光が放たれる。

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 集合場所であるバイクルプラザに着いた。今日の参加者は9名であった。さらに1名は飯能市で合流する予定であるので総勢で10名になる。

 9台のロードバイクは、冬の空気の中スタートした。多摩湖サイクリングロードを抜けて、「武蔵大和駅西」の交差点を直進して多摩湖の堤防まで続く坂道を上っていった。

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 多摩湖の堤防から見る湖は穏やかな様相であった。空には雲があったが太陽は出ていた。風は吹いていない。

 堤防を渡り終えて、その向こう側にあるファミリーマートで小休止した。缶に入った暖かい「お汁粉」を購入した。それを両手で持って手を暖めた。

 このファミリーマートにもサイクルラックが置かれている。多摩湖の周囲には1周12kmほどのサイクリングロードが整備されていて、サイクリストも多く訪れる。

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2019/1/19

4694:ケーブル・インシュレーター  

 ハイエンドオーディオに嵌まっていたのは、今から10年以上も前のことである。その頃は、巨大なパワーアンプをスピーカーの間の床に置いていた。

 その設置方法だと、パワーアンプとスピーカーの距離が短い。必然的にスピーカーケーブルもそれほどの長さは必要なく、1.5メートルの長さのものを使っていた。

 スピーカーケーブルも現在のようなヴィンテージケーブルを使っていたのではなく、NORDOST製のハイエンドケーブルであった。

 その当時、スピーカーケーブルをインシュレーターを使って床から浮かせると音に良い影響があるという情報を、知人のオーディオマニアから教えてもらった。

 今でもあると思うが、その当時「ケーブル・インシュレーター」というオーディオアクセサリーが売られていた。

 私は1個数千円する木製のケーブル・インシュレーターを購入した。それを複数個使ってスピーカーケーブルを床から浮かせた。

 その結果は、音にも良い影響があった。すっきりとした空気感に変わったのである。「なるほど・・・これは良い・・・」と感心した。
 
 しかし、ケーブルインシュレーターもハイエンドケーブルとともに我が家を去っていった。今は、ハイエンドオーディオに嵌まっていた時には、見向きもせず、絶対に使うことはあり得なかった細く軽いヴィンテージケーブルをスピーカーケーブルとして使用している。

 「そういった古い時代のケーブルでも床からの振動に対する対策をすると効果があるのであろうか・・・」という疑問が浮かんだ。

 それは時折訪問するオーディオマニアの方のお宅で、古い時代の細いスピーカーケーブルの下にインシュレーターらしきものが敷かれていたからであった。

 「ヴィンテージケーブルのように細く軽いスピーカーケーブルでも効果があるのか・・・」そう思いながら、そのインシュレーターらしきものを眺めていた。

 そのインシュレーターらしきものとは、Ge3の「礎・F」という製品であった。フェルト製の小さな長方形で、その上にスピーカーケーブルが置かれていた。

 「床からの振動がスピーカーケーブルに及ぼす悪影響を軽減するのであろう・・・」と思い、私も購入した。価格は4個で6,480円。高いのか安いのか微妙な価格である。

 現在のスピーカーケーブルは4メートルの長さがある。片チャンネルに4個使った。概ね1メートルに1個という割合である。

 見た目的には、正直無い方が良い。それは確かである。しかし、まあ、ぎりぎり許容範囲内か・・・

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 このインシュレーターと言っていいのかどうか少し迷うものをスピーカーケーブルの下に敷いた状態で耳タコソフトを幾つか聴いてみた。

 「その差はあるのか・・・ほとんど気のせい程度の変化なのか・・・」じっくりと耳を傾けたが、じっくりと耳を傾けなくてもその差は体感された。

 この紺色のとても小さな座布団のようなものをスピーカーケーブルの下に敷くと、音が丁寧になる。

 「音が丁寧になる」という表現は今一つぴんと来ない可能性が高いが、そういう感じなのである。

 珈琲豆は同じ、焙煎も挽き方も同じ、ただ丁寧にお湯をゆっくりと注いだ。その結果現れる珈琲の味の差のような印象である。

 丁寧ということはやはり良いことである。大事にされているということは、良い方向への変化をもたらすようである。

2019/1/18

4693:RFT  

 RFTはテレフンケンの真空管製造設備を受け継いだ東ドイツの会社であった。1970年代にEL34を大量生産した。

 真空管には「TELEFUNKEN」や「SIEMENS」と印刷されているが、RFTがOEMしたものである。合理化と工業化が進んだ時代のEL34であり、その品質に関してもばらつきなく安定している。

 RFTがOEMしたEL34は、TELEFUNKENでもSIEMENSであっても1本7,000円ほどの値段であり比較的入手しやすい。

 実は程度の良いもので値段の手ごろなRFT製のEL34を見つけて最近入手した。TELEFUNKENと真空管には印刷されていた。 

 現在Marantz Model2の出力管には、ムラードが1950年代後半に製造したEL34を使っている。ムラード製のEL34は製造年代ごとに仕様が四つある。私が持っているものは「Xf2」で2番目に古いものである。

 ロット番号が残っていて、それを解読すると1950年代後半に、英国のブラックバーン工場で製造されたものであることが分かる。

 1950年代のムラード EL34の音は、多少ゆったりとした雰囲気を有している。解像度が高いという印象はなく、程よくまじりあった音が、音楽の多様性を垣間見せてくれる。

 音の厚みはあり、どちらかというとジャズなどとの相性が良いのかもしれない。私はクラシックしか聴かないが、その温かみのある音の質感は心地よい。

 このムラード製の出力管を、RFT製のEL34に交換してみた。RFT製のものは見た目的に細身であり、すっきりとしている。

 左右それぞれ2本ずつ、合計4本のEL34を交換した。電源をONにしてしばし待った。そして、先ほどまでムラードのEL34で聴いていたソフトをかけた。 

 RFT製のEL34に替えると、音はモダンになる。すっきりとしていて、解像度も上がる。ある意味現代的な音である。

 ニュートラルというか、肩に力が入っていないバランスの良さを感じる。クラシックに限って言えば、こちらの方が見通しが良い。

 温度感はムラードに比べて下がる。熱くほとばしるような音は出てこないが、ニュートラルでウェルバランスである。

 出力管は、真空管の花形的存在である。真空管マニアに言わせると、実は出力管よりも整流管や初段管の方が音に対する影響度は大きいとのことではあるが、出力管を変えると音の印象は随分と変わる。

 RFT製のEL34はかなり好印象であった。1970年代に大量生産されたので中古市場にも多く出回っている。OEMなので人気も低く、価格も安い。入手容易なのはうれしいことである。

2019/1/17

4692:Model2  

 パワーアンプであるMarantz Model2をGTラックの前の方に移動させることの障害となっていたプリアンプとパワーアンプとを繋いでいたRCAケーブルを新調した。

 従来のものは長さが1メートルであったため、Marantz Model2をラックの奥の方に設置しないといけなかった。

 新調したRCAケーブルの長さは1.5メートルである。これであれば十分な長さがあり、Marantz Model2をラックの前面ぎりぎりまで持ってこれる。

 ケーブルは、ジャーマンビンテージのものである。ビンテージケーブルの世界で有名なのは、ウェスタンエレクトリック製のケーブルであるが、このドイツ製のケーブルも優れものである。

 現在、RCAケーブルを含むほとんどのケーブルがジャーマンヴィンテージのものに変わった。取り外されたケーブル類は段ボール箱に入れられて階段下の物置に納められた。いずれ買取業者にすべて送ることになるであろう。

 早速その長くなったRCAケーブルを接続した。そして2台のMarantz Model2をラックの前面ぎりぎりまで移動した。

 そして電源をONにした。Model2の真空管にオレンジ色の明りが灯った。プリアンプのMarantz Model7のパイロットランプも小さく光り始めた。

 CDで検証してみた。白井光子のブラームスの歌曲集のCDを選択した。その小さな丸い円盤をORACLE CD2000にセットしてみて、リモコンのスタートボタンを押した。

 1曲目が流れ出した。RCAケーブルが変わり、パワーアンプの設置位置が変わった。その変化は音にどう出るか・・・

 従前のRCAケーブルも仕様は少し違うが、ジャーマンビンテージのものであったので、多少の差異はあるであろうが、同傾向の音と思われる。変化があるとすればそれは設置位置の変化の方が大きな要因になるのかもしれない。

 耳を傾けて、その差異の具合を聴き分けようとした。なんだかすっきりと抜けるような感覚がある。

 真空管のパワーアンプはできればラックの上段に設置するのが良い。つまり上に遮るものがなく広い空間が確保できている設置場所が良いのである。

 しかし、我が家のリスニングルームに並んでいる三つのGTラックの上段にはORACLEのレコードプレーヤーとCDプレーヤー、さらにはMarantz Model7が置かれている。

 これらを下段に移動することは、どう考えてもあり得ない選択であった。やはりパワーアンプは下段に設置するしかない。

 パワーアンプの位置の変化によるものか、ケーブルの変更によるものか、あるいはそれらの複合的な要素が絡み合ったものなのか、確かに音の質感には変化があった。

 印象は良いものであったので、ほっと一安心である。見た目的にもMarantz Model2がしっかりと視界に入ってくるので、良い感じである。

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 実はパワーアンプに関しては、設置位置だけでなくもう一つ検証したいことがあった。それは出力管の変更である。

 現在は1950年代に製造されたムラード製の6CA7/EL34を使っている。それを1970年代にRFTで製造された真空管(ラベルはTELEFUNKEN)に替えるとどうなるのか、ということを検証してみようと思っていた。

2019/1/16

4691:デザート  

 メンバー全員が上り終えた後に、恒例の記念撮影を済ませた。そして、顔振峠の頂上に建つ「平九郎茶屋」に立ち寄って、そばやおでんを食べて体を暖めた。

 店内の壁には「平九郎茶屋」の屋号の由来と思える「渋沢平九郎」と書かれた武士の写真があった。明治維新あたりの写真を思われるが、どういう人物が不明であった。

 しばしの談笑タイムの後、店の外に出た。暖かい店内から出るとさすがに寒く感じた。8台のロードバイクは、リスタートして下り始めた。

 下り始めて少し行ったところを鋭角に左に折れて、東吾野方面に下る道を選択した。急峻な坂道を下っていった。

 下り終えて西武線の東吾野駅でトイレ休憩をした。ちょうど駅には電車が入ってきた。冬なので、乗り降りするハイキング客はわずかであった。

 ここからは小さな三つのの峠を越えていく。まずは「東峠」である。西武線の踏切を渡ってその峠に向かった。

 ここはヒルクライムバトルになることもあるが、中継ポイントとして流して上る場合もある。今日は序盤から「バトルなしオーラ」が出ていたので、無理にバトルせず流すことにした。後半先頭集団はペースを上げたが、私は最後まで流して越えたので、脚を使うことはなかった。

 東峠を越えてしばし走ると、次なる峠は「山王峠」である。ここは必ずバトルが勃発する。私も序盤から300ワットを超えるパワーをクランクに込めて走り始めた。

 もちろんそのパワーをずっと維持できるわけではなく、途中で少しパワーを下げて、最後に備えた。そしてゴール地点が見えてきた段階で再度パワーアップ・・・激しい呼吸音をさせながらその頂上に達した。

 そして、最後は「笹仁田峠」である。ここは高速バトルの舞台である。その峠の手前で私は先頭を引いていた。

 峠の手前では脚を残すためペースを落とし気味にして、峠に突入した。緩やかな上り道に入り、ペースをぐっと上げた。

 3,4名のメンバーが付いてくることを想定していたが、背後に付いてきたのは一人だけであった。

 スパートエリアまでの前半は私が先頭を引いて、後半はそのメンバーが引いてくれた。そして2台のロードバイクは連なって最後のスパートゾーンに入った。

 斜度が上がるスパートゾーンに入って、ほぼ同時にスパートした。ぴったりと後ろについて必死で脚を回したが、スパートのスピードは全く同じであったので、抜くことができなかった。

 2台のロードバイクは連結状態のまま笹仁田峠を越えた。これで本日のヒルクライムバトルは完了である。

 濃厚なロングライドであった。来週も実は激坂に挑戦する予定である。1月の第3日曜日にはここ数年決まって「子の権現」へ行く。

 「顔振峠で激坂慣れしたから、来週の子の権現もどうにか走り切れそうかな・・・」そんなことを思いながら、笹仁田峠を惰性で下っていった。 

2019/1/15

4690:激坂  

 顔振峠の序盤は、まだそれほどの厳しさはない。川に沿って続く道を緩やかなペースで走っていった。民家が点在している序盤は会話しながらクランクを回していた。

 やがて集落が途切れて、道の両側は鬱蒼とした木々が覆い始める。斜度もぐっと上がってくる。いよいよこの辺りから顔振峠の本来の姿が現れてくる。

 顔振峠は、厳しい斜度の坂が3kmほど続き、その後一旦短い下りが入る。下りの後は上り返しがあって、ゴール手前は斜度が緩んで、平坦に近くなる。

 前半で無理をすると、後半がかなりつらい。そうは分かっているが、斜度が上がると、体にかかる負荷も当然上がる。

 サイコンが表示するパワーの数値は250ワットを超えて、時折300ワット近い数値を示す。あまりパワーの数値が上がり過ぎないように注意しながら走った。

 走行距離をサイコンで確認しながら、ヒルクライムコースの前半を走った。苦手な激坂であるが、まずまずのペースで走ることができ、脚の余力もまだある感じであった。

 前半を終えて、上級者2名が前に出て、その後を4名の集団が追いかける展開となっていた。後半から苦しい持久戦に入った。

 厳しい斜度の坂は、「まだあるか・・・まだあるのか・・・」といった感じで続いた。4名の集団は後半に入ってばらけていった。

 私の30メートルほど前には、一人のメンバーが走っていた。その背中越しに先頭の2名の背中も時折見えていた。

 下りに入る前にもう少し前のメンバーとの差を詰めておきたい。そうすれば上り返しの後の平坦部で追いつける。

 そうは思うが、厳しい斜度に阻まれてペースは上がらない。差は開くことも縮まることもなく、短い下り区間に入った。

 下りを快速で飛ばして、上り返しに入っていった。下りの勢いを活かして上り返しを勢いよく上っていった。

 前のメンバーとの差も少し縮まった。その差は20メートルほどであろうか・・・上り返しにも斜度の厳しい箇所が一つある。

 そこを苦しい表情で乗り越えた。そして斜度が緩み始めた。ゴールに向かってどんどんと緩み始めるコースに従って、スピードを徐々に増していった。

 ほぼフラットに近いコース状況になってからラストスパートした。一気にスピードに乗って、前を行くメンバーをかわした。

 ゴール地点である平九郎茶屋の前を通過した。その駐車場にLOOK 785 HUEZ RSを立てかけて、車止めの上に座り込んだ。

 顔振峠は、やはり非常に厳しいヒルクライムコースであった。前を走っていたメンバーのおかげで最後まで脚を緩めることはなかった。

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 陽光は降り注いでいた。顔振峠からは青空の下に遠くの山並みが見えた。青のグラデーションで稜線がほのかに描かれていた。

2019/1/14

4689:上り口  

 8台のロードバイクは、隊列を形成して走り始めた。多摩湖サイクリングロードを東から西に走り抜けて、「武蔵大和駅西」の交差点を直進して、多摩湖の堤防に向かった。

 緩やかな坂道を上っていって多摩湖の堤防に達した。朝のうちはまだ雲が空を覆っていたので、多摩湖の表情はどんよりとしたままであった。

 多摩湖の堤防を渡って、しばしアップダウンのあるコースを走っていった。「北野天神前」の交差点を左折して、だらだらと上っている県道179号を走ると国道16号との交差点に達する。

 その交差点を真っ直ぐに突っ切って、「栗原新田」の交差点を右折した。ゴルフ場の傍を通り抜け、圏央道の上を通過した。

 突き当りまで進んで左折した。八高線の踏切を渡って、県道218号に合流した。その後は八高線の線路に沿って、トレインは進んだ。

 普段はあまり八高線の電車に出会うことはないが、今日は線路の向こう側から八高線の電車が向かってくるのにすれ違った。

 「阿須」の交差点を渡って、うねるように続く道を進むと、やがていつも休憩するセブンイレブンが道の右側に見えてきた。

 セブンイレブンの駐車場に入っていって、そのフェンスにロードバイクを並べた。ちょうど休憩地点であるセブンイレブンに着いた時から太陽が顔を出した。

 陽光が降り注ぐと体感気温がすっと上がる。「やはり太陽は偉大だ・・・」と感謝の気持ちがふっとわいてくる。

 「暖房機のスイッチを入れたみたい・・・」とチームメンバーが言った。確かにそんな感じである。

 補給食には「ブリトー 2種チーズのラザニアソース」と「サクッとメンチ」を選んだ。飲み物はホットコーヒーである。

 これを陽光を全身に浴びるようにしながら、胃袋の中へ納めていった。もちもちのブリトーとサクッとした食感のメンチカツは相性が良いようであった。

 太陽が顔を出してくれたので、元気をもらってリスタートした。道なりに走っていくと道は国道299号に突き当たった。

 ここを左折して国道299号を走った。車の通行量も増えてくるので、8台のロードバイクは、3分割されて小さな集団になった。

 こうすると、車が抜きやすくなる。十分な空間がない道路では、車との接触事故がないように注意を払わなければならない。

 国道299号は大きくうねるように曲がりながら続いていた。西武線の駅が道の左側に続いていた。「高麗駅」「武蔵横手駅」「東吾野駅」と通り過ぎていくと吾野トンネルが見えてきた。

 まっすぐに行くと吾野トンネルに向かうが、手前で左に折れて旧道に向かった。旧道を走ると「吾野トンネル西」の交差点に出た。

 この交差点を直進するとすぐに顔振峠の上り口である。上り始める前に一旦止まって、ウィンドブレーカーを脱いだ。

 上り口の風景はとても穏やかなものである。右手には「玉宗寺」に続く道がある。ヒルクライムコースはまっすぐに進む。「では、行きますか・・・」という感じで8台はそのヒルクライムコースに進み出ていった。

2019/1/13

4688:Zwift  

 朝の6時にベッドから起きだして、まず感じたことは空気が柔らかいということであった。もっと寒いかと思っていた。

 昨晩は雨が降った。その後も雨雲が上空にとどまったので、放射冷却が進まなかったのであろう。サイクルウェアに着替えて、「はやく起きた朝を・・・」を観終わってから、自宅を後にした。

 自宅周辺の道路はまだ濡れていた。路面が濡れていると、ロードバイクが汚れやすい。さらにパンクのリスクも増える。

 前回のロングライドからタイヤをコンチネンタル グランプリ5000に替えた。前のモデルであるグランプリ4000よりも耐パンク性能が20%向上したという。グランプリ4000もパンクしないタイヤであったが、さらにパンクしずらいということであるから、今日のロングライドもきっと大丈夫であろう。

 多摩湖サイクリングロードを走り抜けた。集合場所であるバイクルプラザに着くと、店内にはある新しい機材がセットされていた。

 それはZwiftに対応したスマートトレーナーである。Zwiftは、ローラー台を使っての室内トレーニングを画期的に興味深いものに変えるアプリである。

 バーチャルライドの世界へ誘うZwiftをよりリアリティーのある世界へ導くのが、Zwiftに対応したスマートトレーナーである。

 Zwiftが設定したコースの状況に応じて、負荷を自動的にコントロールし、パワーの数値をZwiftに送信する。

 早速メンバーの数名が、Zwiftとスマートトレーナーが提供するバーチャルトレーニングの世界を試してみた。その中にはもちろん私もいた。

 短時間であるが、試してみた感想は、「これは使える・・・」というものである。バーチャルな世界ではあるが、そこに登場するアバターは全世界の実際のローディーの分身であり、皆同じ時間に異なった空間でロードバイクのクランクを回しているのである。

 ローラー台でのトレーニングというものは退屈なものである。週に3回のトレーニングを継続するのは、ある程度の精神力を必要とするが、Zwiftとスマートトレーナーを活用すれば、その継続は容易になるであろう。

 今日の目的地は「顔振峠」に決まった。「激坂四天王」の一角を占める「顔振峠」は、なかなか手強い峠である。

 参加者は8名であった。そのロードバイクの内訳は、ORBEAが3台、COLNAGOが2台、LOOKが2台、そしてKuotaが1台であった。

2019/1/12

4687:イギリス組曲  

 Spendor SP-1/2で聴くローラ・ボベスコの印象は、「渋い・・・」というものであった。発色は決して鮮やかなものではなく、少し暗く感じる。

 しかし、その色合いがなんだか妙に安心感をもたらす。決した浮ついた感じがしない。しっかりと地に足が着いている。

 帯域を欲張ったり、必要以上に解像度を上げるようなことがなく、バランスよく響きが溶けあっている。

 ATCのプリとパワーの質感とSpendor SP-1/2の持ち味とはうまい具合に手を取り合っているように思えた。

 A面の前半はヘンデルのヴァイオリン・ソナタである。その4つの楽章が終わった。そこで小暮さんはカートリッジをリフターを使って盤面から上げた。

 「なんだか・・・これで十分というか、音造りが絶妙というか、とても緻密ですね・・・」私は全くとりとめのない感想を述べた。

 「完結しているよね・・・もう何も足さない何も引かないで良いと言いたくなるよね・・・」小暮さんも、かなり気に入っているようであった。

 続いて小暮さんが取り出したレコードは、Susanne Lautenbacherのバッハ無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番であった。

 3枚入りのBOXから取り出されたそのレコードは、ROKSAN XERXES10のターンテーブルに慎重にセットされた。

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 こちらは、先ほどよりも煌びやかで澄んだ音質である。しかし、そこはやはりSpendorである。澄んでいるが、あくまでイギリスの空の色を思わせる範囲での透明度である。

 その奥底には翳りが潜んでいる。たっぷり、ゆったり、濃厚といった質感ではない。どちらかというとスレンダーな体形と言ってもいいであろう。

 守備範囲は広そうである。古楽器を使ったバロック音楽から、編成の大きなものもきっと破綻なくこなすであろう。

 わが家のリスニングルームは8畳ほどの広さしかない。その広さのリスニングルームには少々荷が重い大きさのスピーカーを使っているが、本来ならこのSP-1/2ぐらいの大きさのスピーカーが丁度いいのかもしれない・・・と心密かに思った。

 その後3枚のレコードを聴いた。どれも印象は悪くなかった。ROKSAN、ATC、Spendorというトリオは「イギリス組曲」とでも評したいような実に魅力的な音を聴かせてくれた。



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