2018/12/11

4655:焼き芋  

 コンビニ休憩を切り上げて、小河内ダムを目指してリスタートした。しばしJR青梅線に沿って2台のロードバイクは走っていった。

 その途中、以前いつもコンビニ休憩をしていた御嶽駅近くのセブンイレブンがあった場所の前を通りすぎた。その建物はそのまま残っていて、空いたままになっていた。

 「将門」の交差点まで上り基調の道を走っていって、左折した。道は少し下っている。鉄橋を渡ると、最初のトンネルである「城山トンネル」が大きな口を開けていた。

 その中に吸い込まれていった。城山トンネルは前半軽い上りである。トンネルの中は薄暗いので上りか下りかは視界からは判然としないが、脚にかかる負荷の変化により判別できる。真ん中あたりから下りに転じる。脚にかかる負荷がすっと軽くなる。

 このまだ新しいトンネルを皮切りに小河内ダムまでは八つのトンネルを抜けていく。2台のロードバイクはトンネルを一つまた一つと通りすぎていくごとにペースを上げていった。

 4つ目のトンネルを抜けてから、負荷をさらにぐっと上げた。出力は250ワット以上になった。その出力を維持しながらさらに三つのトンネルを潜り抜けた。

 最後のトンネルは「中山トンネル」である。このトンネルを抜けるとゴールは近い。中山トンネルに入り込んで、辛くなってきている脚に鞭を打ち続けた。

 中山トンネルを抜けると、小河内ダムの巨大な排水設備が視界に入ってくる。それを目にしてからダンシングに切り替えて、喘ぎながらラストスパートした。

 斜度は緩いけれど、ハイペースで駆け抜けていくので、やはり消耗した。斜度×スピード=しんどさ、といったところであろうか。

 ゴール地点に設定している駐車場からさらに少し上って奥多摩湖の湖畔にたどり着いた。気温は低いままであったが、風はなく穏やかな雰囲気であった。

クリックすると元のサイズで表示します

 「今日は焼き芋屋さん、いないな・・・」と一緒に走ったメンバーが話していると、ちょうど焼き芋屋さんの軽トラックがゆっくりと走ってきた。

 メンバーは早速買いに行って、1本の焼き芋を半分づつ食べた。とても甘く、スイートポテトのような食感の焼き芋である。「ほくほくタイプ」ではなく「ねっとりタイプ」である。私はこちらの方が好みであるので、美味しく頂いた。

 しばしの談笑タイムを過ごしていると、体が冷えてきた。冷え切らないうちに下りましょうということになり、ヘルメットをかぶり、サングラスを装着し、グローブを両手にはめた。

2018/12/10

4654:夢想  

 JR青梅線に沿って続く商店街を抜けていくと、道の周囲の風景は鄙びた風情を帯びてくる。この道は2月に行われる青梅マラソンのコースにもなっているので、ジョギングをしている人を時折見かけた。

 このコースを走る時には、御嶽駅近くのセブンイレブンまで行って休憩をするのが恒例であった。しかし、そのセブンイレブンは最近閉店したとのことであった。

 そのため、もう少し手前にあるセブンイレブンに立ち寄った。馴染みのコンビニが閉店したのは少々残念であった。

 日曜日のロングライドの途中に御嶽駅近くのセブンイレブンに立ち寄ると、ハイキング客などで結構混んでいたので、経営状態は良いのかと思っていたが、そうではなかったようである。

 コンビニの店内に入っていってトイレを済ませてから、補給食を選択した。ブリトー「ハム&チーズ」と「牛肉コロッケ」を選び、ホットコーヒーを合わせた。冬の定番メニューと言える組み合わせである。それらを体内に取り入れて少し暖まった。

クリックすると元のサイズで表示します

 一緒に走ったメンバーのロードバイクはCOLNAGOのV2-rである。軽量バイクでありながらエアロロード的な要素を上手く取り入れたロードバイクである。

 最近チーム内では、チームメンバーが本格的なエアロロードであるORBEA ORCA AEROを購入したことで、エアロロードに対する注目度が高まっていた。

 「今日のコースはエアロロードだと気持ちよく走れそうですね・・・」

 そんなことを話した。奥多摩湖までは緩やかな上りが続いている。その道は幾つものトンネルを通過していってやがて奥多摩湖を堰き止めている小河内ダムに達する。

 斜度が緩めであるので、ハイスピードで駆け抜けていくことになる。エアロロードは、ヒルクライムに焦点を当てた軽量バイクよりも重量は重くなるが、剛性がしっかりとしていてスピードに乗せやすく、維持しやすい。高速巡行が得意である。

 LOOKは、2018年モデルでは、私が乗っている785 HUEZ RSが注目を集めたが、2019年モデルはエアロロードである795 Blade RSが注目を集めている。

 795 BLade RSはきっと売れるであろう。価格面においても戦略的な設定がしてある。795 Aerolight RSはかなりとんがったところのあるフラッグシップモデルであり、少々割高感があるのに対して、795 Blade RSはコストパフォーマンスが高いと思える。

 少しばかり夢想した・・・LOOK 785 Huez RSと795 Blade RSを2台所有して、ロングライドの目的地に合わせて乗り換える。小河内ダムが目的地の時はBlade、和田峠が目的地の時はHuezといった感じ・・・Huezはグロスブラックだから、Bladeはグロスホワイト・・・夢想はしばし続いたが、妻の「なんで2台あるの・・・?」という怒気を含んだセリフをふいに思い浮かべてしまって、その夢想は泡のように消滅した。

 コンビニ休憩を切り上げた。ここから一気に小河内ダムまで走る。そのコースには多くのトンネルが待ち構えていた。

2018/12/9

4653:待ち合わせ  

 今日の朝は、いつもよりも1時間ほどゆっくりとできた。というのも、今日はリーダが所要があるので、チームでのロングライドはなかった。

 そのかわり、同じく東大和市在住のメンバーとロングライドに出かける予定であった。待ち合わせ場所は、東大和市高木1丁目にあるセブンイレブンで、待ち合わせ時間は8時であった。

 自宅からロードバイクで5分ほどの距離にあるので7時50分まで自宅でのんびりと過ごすことができた。

 テレビの天気予報は「今日は真冬並みの寒さになるでしょう・・・」と伝えていた。「真冬並みか・・・」と思って、今日は厚手の生地のサイクルジャージを着用した。

 インナーも冬用にして、サイクルシューズには先端部分を覆うシューズカバーを装着した。ネックウォーマーとウィンドブレーカーも着用して準備完了である。

 自宅を出た。「やはり空気感が先週と全然違う・・・真冬までの厳しさはまだないが、十分に寒い・・・」と思いながらセブンイレブンに着いた。

クリックすると元のサイズで表示します

 この店の入り口の脇にあるサイクルスタンドにLOOK 785 HUEZ RSをかけた。外で待っていると寒いので店の中に入って、メンバーを待つことにした。

 8時までにはまだ5分ほどあった。カー雑誌を手に取って眺めていると、バイクルジャージが目に入ってきた。

 外に出て、待ち合わせをしたメンバーと挨拶をした。「寒い」という言葉が、何度か口から出た。今日の目的地は、奥多摩湖の小河内ダムである。そして帰り道に「担々麺 杉山」に立ち寄って昼食休憩をする予定でいた。

 2台のロードバイクは連なって走り始めた。旧青梅街道を西へ向かった。冬の空気は冷たく重い。前を引くのか後ろに付くのかによって脚にかかる負担は随分と違う。

 先頭交代をしながら走り慣れたコースを進んでいった。旧青梅街道を走り終えて、岩蔵街道に向けて右折した。

 岩蔵街道は道の周囲が開けているので、風が吹きつける。それほど強い風ではないが、向かい風気味に吹いていた。

 2台のロードバイクは、ハイペースで駆け抜けていった。岩蔵街道を走っていくと圏央道の青梅インターの下を潜る。
 
 その先の「今井馬場崎」の交差点を左折した。そして青梅方面へ向かって走った。途中で「担々麺 杉山」の前を通りかかった。

 その瞬間鼻孔を広げた。しっかりと海老の香りがした。ここは出汁に海老を大量に使う。仕込みをしているということは、今日は営業する予定ということである。ほっとした。

 しばし、道なりに走るとJR青梅線の踏切にさしかかった。この踏切を渡って、昭和レトロな商店街を走っていった。

2018/12/8

4652:34 VS 39  

 CDプレーヤーをMark LevinsonのNo.39Lに替えて、もう一度マーラーの交響曲第5番の第1楽章を聴いてみた。

 変わったのはCDプレーヤーだけで、電源ケーブルも含めてケーブル類も同じものを使用している。Maratnz CD34とMark Levinson NO.39L・・・この両者を正面切って比べるというのはいささか滑稽でもある。

 CD34は、CD黎明期のモデルで価格帯も常識的な範囲のものである。一方No.39Lは一体型とはいえ、高価なハイエンド機である。それはその投入された物量や使用されいる部品の差になって表れる。

 普通に勝負すれば勝敗は明らかであるが、このCD34はただのCD34ではない。徹底的なモディファイが幾度にもわたって施されたスペシャルバージョンである。表面的な見た目だけでは分からないが、中身は別物と言っていいほどである。

 Paoさんは「度重なる改造費は累計で優に100万円は超えている・・・」とかつて話されていた。ちなみにCD34の定価は59,800円であった。

 CD34で先ほど聴いた音の記憶を頭の片隅に置きながら、No.39Lで奏でられる楽音に神経を集中させた。

 細密感とソリッドな質感を持つ深い音である。音の密度感とっいったものが深々としていてギュッと目が詰った印象を受ける。

 切れ込みがシャープで深い響きは、聴き応えがある。その受ける印象は、No.39Lの高品位なブラック・フィニッシュのデザインとの類似性を感じる。

 音場感も豊かだ。CD34の時よりもサウンドステージが一回り広くなった。「さすがに、Mark LEVINSON・・・」と感心させる音である。

 4段のオーディオラックには、Mark Levinsonのオーディオ機器が綺麗に並んでいだ。最上段にはNo.39Lが、2段目にはNo.26Lが、3段目にはNo.26Lの電源部が、そして最下段にはNo.27.5Lが設置されている。

 その4段ラックがセンターにあり、その両脇をYAMAHA NS-5000が固めている。その光景は実にすがすがしいものであった。

 マーラーの次には先程と同じく、チャイコフスキーの交響曲第6番の第1楽章がかかった。こちらもじっくりと聴いた。

 その出だしは重々しく悲しげである。その重さの重量がより重くなったような気がする。その沈鬱な表情がより苦し気で悲しげである。

 その後曲調は暗さを内包しながら、様々に展開していく。軽やかになったり、激しくなったりと、その姿を変えていく。その変容の様子は、聴く者の精神をどんどんと引き込んでいく。

 頭の中に次のようなことが浮かんだ。「No.39Lはベルリンフィルだな・・・そしてCD34はウィーンフィル・・・」

 No.39LとCD34との両者がPaoさんのシステムで聴かせてくれた音楽の姿は、同じ曲をベルリンフィルで聴いた場合と、ウィーンフィルで聴いた場合の受ける印象の差とよく似ているような気がした。

 どちらも高次なレベルでるあるが、受ける印象には大きな差がある。どちらが好きかは、人それぞれであろう・・・

 チャイコフスキーの交響曲第6番第1楽章を聴き終えて、私とPaoさんは率直に感想を述べあった。私の比喩に対してPaoさんは「うまいこと言うね・・・確かにベルリンフィルとウィーンフィルだね・・・」と笑っていた。

 「率直に言って、どっちが良いと思う・・・?」Paoさんは私に訊いてきた。

 「No.39Lですね・・・このデザインは本当に素晴らしいものがあります。音の緻密さにおいても、一枚上手です。ドイツ車の乗り味が好きなものにとっては、Mark Levinsonの硬めの乗り味に軍配を上げます・・・」と、私は答えた。

2018/12/7

4651:No.39L  

 「これね・・・このNo.39Lは、知り合いから借りているだけでね・・・実はCD34を改造された方が健康を害してしまって、修理やバージョンアップは今後難しいようなんだ・・・今のところは大丈夫だけど、いずれ替えることになるかもしれない・・・」

 「デザイン的には、どう見てもMark Levinsonの方が上ですよね・・・」

 「確かに、いい顔してるよね・・・No.26LやNo.27.5Lとは一世代違うけど。これを持っているマニアは、PCオーディオに移行しちゃってね・・・これは、今使ってないそうだ。気に入ったら安く譲るって言われていてね・・・」

 「そうですか・・・次なる候補として確保しておくというという手もありますね・・・」

 そんな会話の後、Paoさんのシステムを聴かせてもらった。最初にかかったのはマーラーの交響曲第5番第1楽章であった。演奏はブーレーズ指揮のウィーン・フィルである。録音は1996年。

 YAMAHA NS-5000は鳴らし始めてから1年半程の期間が経過して、だいぶ馴染んできた感があった。従前は音のエッジが若干立つ感じがあったが、その角がまろやかになり、ふくよかさと評してもいいと思われる雰囲気を纏っていた。

 NS-5000は現代のスピーカーらしく、伸びやかでストレスのない音を奏でていた。音離れがよく、スピーカーによる色付けがあまりないタイプである。

 その形状だけを見ると、空間表現が得意なタイプではないように感じるが、空間の拡がりも十分に再現できる。

 ユニットの素性がとても優れているのであろう、音の立ち上がりが素早いので、ホールの響きや残響も綺麗に再現し、正確な音場を再生する。

 続いてかかったのは、チャイコフスキーの交響曲第6番第1楽章であった。演奏はアバド指揮のウィーン・フィルである。録音は1974年。

 受ける印象は、マーラーの時と変わらなかった。NS-5000は、Paoさんのシステムの要としての役割をしっかりとこなしていた。

 音色に関しては、Mark Levinsonのアンプが概ね担っているような気がした。緻密で明晰でありながら、有機的な色彩感を有している。

 音のグラデーションの表現が豊かで、時折艶めかしさをも感じさせるのは、きっとMark Levinsonの古いアンプがもたらしているように思えた。

 2曲を聴き終えて、「じゃあ・・・聴き比べしてみるか・・・」ということになり、CDプレーヤーをCD34からMark Levinson No.39Lに替えた。

 CD34は、小さな座布団のような独特のインシュレーターの上に乗っていた。その見た目的には決して褒められたものではない形状のインシュレーターの上に、No.39Lは慎重に乗せられた。

2018/12/6

4650:ブラック  

 Paoさんと知り合ったのは10年以上前のことである。もっとも古いオーディオ仲間の一人ということになる。

 知り合った最初の頃と現在のラインナップは大きく変わった。知り合った当初は、そのラインアップは、Paoさんが熱心な「長岡教信者」であったことが如実に窺えるものであった。

 当初のラインアップは、スピーカーが長岡鉄男氏設計のD-55、CDプレーヤーはMarantz CD34をアンプ製作で有名な工藤氏が大幅に改造したもの、プリアンプがAurex SY-Λ88Uで、パワーアンプがLo-D HMA-9500であった。

 CDプレーヤーは今も同じものを使っているが、プリアンプがMark LevinsonのNo.26Lに替わり、パワーアンプも同じMark LevinsonのNo.27.5に替わった。いわゆる「オールドレビンソン」と呼ばれることの多い30年ほど前のMark Levinson製のアンプである。

 そして、スピーカーは2年前に、YAMAHAのNS-5000に替わった。これにはとても驚いた記憶がある。YAMAHAはピュアオーディオ分野にここ数年意欲的な製品を出しているが、その中核をなすスピーカーである。

 その姿形は、往年のYAMAHAの代表的なスピーカーであるNS-1000を彷彿とさせるものであるが、最新の技術がふんだんに導入されているようである。

 Paoさんは「この形がね・・・俺のような年代の人間には、懐かしさを覚えるんだよね・・・それと色付けのない抜けの良い音に、YAMAHAの粋を感じたんだよな・・・」と話されていた。

クリックすると元のサイズで表示します

 Paoさんのオーディオ機器の色は全てブッラクである。「オーディオ機器の色は黒でないとダメ・・・」というのが、Paoさんの変わらない信条である。

 今日は1年ぶりにPaoさんのリスニングルームを訪れた。親から相続した家は築50年以上経過している。木造の家屋であり、防音に関しては心許ない。

 しかし、新宿区の甘泉園公園に面している家屋の右隣りは古い中層マンションであり、左隣は小さな教育系出版社の社屋であるので、音漏れに関してはそれほど気を使わなくていい状況である。
 
 1階の8畳ほどの広さの部屋がオーディオ部屋になっている。その部屋に入りリスニングポイントのソファに腰かけた。

 カリモク製の3人掛けソファは、昭和を感じさせる年代物である。木部は濃い茶色で優雅な曲線を多用している。クッションのカバーは紺色の地に茶色の色合いで優麗な植物模様がプリントされている。

 オーディオのラインナップは昨年お邪魔した時と変わっていないが、床に気になるものが置かれていた。

 それはMark LevinsonのNo.39Lであった。No.39Lは20年ほどに販売されていた一体型のCDプレーヤーである。

 No.39Lは、電源コードが繋がれていて、電源が入った状態で床に置かれていた。「CDプレーヤーを替えるのであろうか・・・Marantz CD34は改造費に相当な金額をつぎ込んでいるので、替える気はないようだったけど・・・」と思いながら、No.39Lの姿をぼんやりと眺めていた。

 ややあって、珈琲をお盆に二つ乗せたPaoさんが、部屋に入ってきた。珈琲を受け取ってソファの前のテーブルの上に置いた。

 「Paoさん・・・CDプレーヤー替えるんですか・・・?」とMark Levinson No.39Lを指さしながら、訊いた。 

2018/12/5

4649:デザート  

 今日も、奥村茶屋に立ち寄ることになった。9名全員が「正丸丼」を頼んだ。談笑しながら待っていると、順次メンバーの前にはその丼が運ばれてきた。

クリックすると元のサイズで表示します

 豚肉を甘辛い味噌で炒めたものが、ご飯の上に乗っている。一口食べると、「この味は、ご飯に実に合うよな・・・」と納得しながら、食べ進んでいく。

 全てを胃袋に中に納めるのに、それほどの時間を要しなかった。食べ終えてからもしばし茶屋の中でまったりとしていた。

 外は寒そうであった。会計を済ませてから実際に外に出てみると、「寒い・・・」と思わず言葉が口からこぼれ出てしまった。

 正丸峠を山伏峠方面へ下り、山伏峠を500メートルほど上った。そして山伏峠を名郷に向かって4kmほど下っていった。

 冷たい空気の中を風を受けながら下っていくと体の筋肉は強張った。山伏峠を下り終えて少し行った先にある「新井不動尊」に立ち寄った。

 ここは名水で有名。常に豊富に水がホースから出ており、飲むとさっぱり冷たい水である。その水をボトルに詰めてから、リスタートした。

クリックすると元のサイズで表示します

 この先の行程には、いつものように「山王峠」と「笹仁田峠」が待ち構えている。今日は「メインディッシュ」である正丸峠の前の「前菜」が、かなりボリュームがあったので、お腹はいっぱいではあった。

 しかし、「デザート」は別腹ということで、いつものように完食することにした。山王峠も笹仁田峠も最後でスパートして、喘ぎながら上りきった。

 風邪により崩していた調子は思っていたよりも早く戻ったようである。冬の間はヒルクライムレースに参加する予定はない。オフシーズンであるが、調子をキープしながら冬越えしたいところである。

2018/12/4

4648:正丸峠  

 天目指峠では脚を使い切らないようにやや抑えめで走ったので、今日の「メインディッシュ」である正丸峠では目一杯気味に走る予定であった。
 
 国道299号から上る正丸峠の峠道は4kmほどの距離である。普段は山伏峠側から上ることが多く、こちらから上ったことは数回しかない。斜度に厳しさはなく、それほど変化しない。

 ということは結構ハイスピードで走ることになる。序盤から高めの負荷を脚に課した。平均パワーは240ワット前後である。

 すぐに心拍数は反応した。1kmも走るとサイコンに表示される心拍数は175まで達した。これ以上の負荷を与えると、後半失速することが目に見えているので、負荷を固定して峠道を走り続けた。

 正丸峠の上り口までに既に50km程の距離を走り、抑え気味だっととはいえ、山王峠、天目指峠、国道299号のだらだら上りを走ってきたので、脚の余力は十分とは言えなかった。

 最後まで、高めの負荷をかけ続けられるか、少々不安であった。風邪により落としてしまった調子は回復しつつあったが、100%戻ったわけではなかった。

 正丸峠の峠道を2km程上り、このヒルクライムコースの後半に入っていった。前を行くメンバーは3名、残念ながらその背中はやがて視界から消えた。

 私の後には1名のメンバーが走っていたが、後半に入ると振り返ってもその姿が視界に入ってこなくなった。つまり、単独走状態になったのである。

 こうなると、心の糸を切らさずに保つ唯一の方法は、サイコンとの対話である。心拍数を175から落とさないように、気を付けた。

 心拍数は体にかかる負荷を如実に示してくれる。ちょっと楽をすると、心拍数は170に近づいていく。そうするとダンシングに切り替えて、負荷を増した。

 終盤の苦しいエリアでは、相当自分に厳しく当たらないと心拍数が下がる。心の中で常に自分自身を叱咤激励し続けた。

 視界の先に、ようやくゴール地点である奥村茶屋の建物が目に入ってきた。それと確認すると、腰を上げて、ラストスパートした。

 ゴール後に、サイコンの記録を確認した。国道299号側から上る正丸峠は、距離が4.08kmであった。かかったタイムは16分32秒で、その間の平均パワーは238ワットであった。

クリックすると元のサイズで表示します

 正丸峠は眺望が良い。赤や黄色に所々色付いた山の向こうには青い空と白い雲が見えて、目に心地よかった。

 風は峠を吹き抜けていた。メンバー全員が揃ってから、峠の道標の前で恒例の記念撮影を終えた。正丸峠まで来た時には、結構な確率で奥村茶屋に立ち寄る。目当ては「正丸丼」である。

クリックすると元のサイズで表示します

2018/12/3

4647:天目指峠  

 コンビニ休憩を切り上げて、天目指峠に向けてリスタートした。天目指峠は、途中まで山伏峠へ向かう道と同じである。

 まずは山王峠を越えた。普段はかなり抑えて走るが、今日は結構速いペースで走っていった。「速いな・・・できれば温存したいところだけど・・・」と思いながら、クランクを回した。

 山王峠を越えてしばし下った。T字路の交差点で左折して、名栗川に沿って続く県道を走った。この県道は信号がほとんどなく、山間ののどかな雰囲気の中をうねりながら続いている。

 上り基調の道を9両編成のトレインは颯爽と進んでいった。天目指峠・・・その名前はちょっとロマンチックであるが、斜度は厳しい。鬱蒼とした峠道が続いていて、峠の頂上でも眺望がぱっと開けているわけではない。

 しばし、県道を走り続けて、分岐点にさしかかった。脇道に入る感じで右に直角に曲がった。道は緩やかに上り始める。少し走ると、喫茶店らしい建物が見えてくる。

 「こんなろころに喫茶店か・・・」と思いながら先に進むと斜度は厳しさを増してくる。「天目指峠は、隊列キープで行くのかな・・・」と思っていたが、途中からペースが上がってきた。

 「あれ・・・このペースだと正丸峠を上る脚がなくなるのでは・・・」と思いながら、しばし後方に付いていたが、心拍数が170を超えたので、ペースを緩めて離れた。

 「心拍数は170以下に抑えて走ろう・・・そうすれば脚は使い切らないはず・・・」と思いながら、天目指峠の後半を走った。

 心拍数を170以下に抑えても、天目指峠の厳しい斜度で結構脚を削られながら上り終えた。あまり上らない峠であるが、上り応えは結構ある。

クリックすると元のサイズで表示します

 天目指峠の頂上には東屋がある。周囲は木々が茂っていて薄暗い。ここで一息入れてから向こう側へ下っていった。

 途中、子の権現の参道の上り口を通過した。ここは1月にチームで「初詣ラン」に来る。とても厳しい斜度の上りであり、「激坂四天王」の一つである。

 今日は、ここを上るわけではない。通過してしばし走ると国道299号に突き当たった。左折して国道299号を走った。

 国道299号も緩やかではあるが上りである。天目指峠で脚を削られ、さらに国道299号のだらだと続く上りでさらに脚を削られた。

 ようやくという感じで正丸峠の上り口に到着した。国道299号から上る正丸峠は約4km、こちらから上ることは滅多にない。斜度はそれほど厳しくはない。

 上り口には「奥村茶屋 ここから4km」と書かれた看板があった。奥村茶屋がゴールの目印である。上り口では止まらずに流れのまま正丸峠を上り始めた。

2018/12/2

4646:12月  

 もうすでに今年も12月に入った。「残り1ケ月か・・・」いつも思うことであるが、1年が風のように過ぎ去ろうとしている。

 今シーズンの冬は「暖冬」になるという。確かに昼間の最高気温は12月としては高いようである。しかし、朝はまだ寒い。

 朝の7時になってLOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした時には、太陽は雲に隠れていた。太陽が出ているか、出ていないかは体感気温に大きく影響する。

 肌寒さを感じながら、多摩湖サイクリングロードを走っていった。サイクリングロードの両脇に並ぶ木々の葉が赤やオレンジに色付いていた。

 集合場所であるバイクルプラザに着いた。今日の参加者は8名であった。目的地を話し合った結果、今日は「天目指峠」を経由して国道299号側から「正丸峠」を目指すことになった。正丸峠は国道299号側から上ることはほとんどないから、珍しいコースとなった。

 8台のロードバイクは隊列を形成して走り始めた。太陽はまだ雲に隠れていたので、空気は冷たかった。8台のロードバイクの内訳は、ORBEAが2台、COLNAGOが2台、LOOKが2台、FUJIとKuotaが1台ずつであった。

 多摩湖サイクリングロード、旧青梅街道と走っていき、岩蔵街道に入る頃に太陽が雲間から姿を現した。

 太陽の陽光はこの時期とてもありがたい。真夏の頃には散々に痛めつけられた陽光であるが、冬は味方である。

 岩蔵街道を走り抜けていき、いつも休憩するファミリーマート飯能上畑店に到着した。ここには店の脇にサイクルラックが置かれている。

 そのサイクルラックは、チームメンバーのロードバイクで埋まった。飯能市内にはあちらこちらにサイクルラックがある。サイクリストに優しい街である。
 
クリックすると元のサイズで表示します

 店内に入り、トイレを済ませてから、補給食を選択した。やはり暖かいものに目が行く。「ピザサンド 明太マヨチーズ」と「嬬恋産キャベツのメンチカツ」を選んだ。そして飲み物はホットコーヒー。これで体の中から暖まる。

 コンビニ休憩中に、もう一人のチームメンバーが追いついた。Twitterで目的地を確認して、追いかけてきたのであった。これで今日は9名でのロングライドになった。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ