2018/12/31

4675:変化  

 2018年が終わろうとしている頃になって、ようやくわが家のオーディオシステムのレギュラー陣が揃った。

 Marantz Model7が入院中は、PIONEER C21が代役を果たし、そしてMarantz Model2が修理中の間は、6L6 PPが代役を果たしてくれた。

 オーディオマニアの知人からお借りした代役のアンプ達は、新しい風をリスニングルームにもたらしてくれた。それはそれで楽しい経験であった。

 オーディオマニアは様々である。機器の変更を定期的に繰り返して、音の変化を楽しむということを喜びとしているマニアもいる。

 それはそれで、気持ちが分かる気がするのである。新しいオーディオ機器をリスニングルームに持ち込んで、機器を入れ替える。

 そして、その新しいオーディオ機器がラインナップに加わったシステムの音を初めて聴くときには、どきどきわくわくするものである。

 オーディオを趣味とするようになった最初の頃は、オーディオ機器が定期的に変わった。今となって振り返ってみると懐かし思い出である。

 実は、今でこそ我が家のリスニングルームでは、TannoyやMarantzといったメーカーの1950年代に製造されたオーディオ機器が主要なポジションを占めているが、オーディオを趣味とするようになった最初の頃は、ハイエンドオーディオ機器を所有していた。

 一番最初のスピーカーはAVALON Ascendantであった。AVALONらしい独特のフォルムを有する2ウェイのトールボーイタイプのスピーカーである。

 次に導入したスピーカーはGerman-Physiks HRS-120 CARBONであった。八つの角を持つ円柱のような形状で、上部には銀色の円錐形ユニットが鎮座していた。

 その銀色の円錐形ユニットは「DDDユニット」と命名されていた。360度、無指向性に音を放出する最新の技術が詰め込まれたユニットである。ウーファーは円柱の底に下を向いて付いている。とても特徴的な構造をしている。

 しかし、その後最新鋭のハイエンドオーディオ機器は、ヴィンテージオーディオと呼ばれる古い時代のものに変わっていった。

 そして、現在に至る。スピーカーはTannoy GRFである。オリジナルキャビネットにモニターシルバーが搭載されている。

 モニターシルバーは1953年から1957年までの間に製造されたもので、その後後継機であるモニターレッドに変わった。
 
 モニタシルバーはモノラルの時代、モニターレッドはステレオの時代に対応している音作りであると言われている。

 モノラル時代のモニター・シルバーは中域の音の密度が高く、音の質感は両者で大きく違っている。

 ようやく揃ったレギュラー陣でのオーディオシステムを聴きながら、年末とお正月休みのフリーな時間を楽しめるのは良かった。やはり、その音は心落ち着く質感である。

 アンプとスピーカーに関しては今後変更される可能性はない。ORACLEのレコードプレーヤとCDプレーヤーも、二つ揃うとそのデザインが前輪と後輪のように共鳴しあっているので、替えようがない。今後変化を楽しむとなるとケーブルなどのアクセサリー類ぐらいであろうか・・・

2018/12/30

4674:ペアリング  

 現代はスピードの時代である。モノの流れも速い。27日にインターネットで真空管販売業者に発注したMullard EL34が、30日の今日届いた。

 早速開封してみた。そして、その細長い真空管を手に取ってしげしげと眺めた。「Mullard」のプリントはやや消えかかっていたが、判読は十分にできた。

 そしてロット記号も光の当て加減を上手く調整すると読み取れた。「Xf2 B6F4」と読み取れた。最初の「Xf2」はEL34の第2世代のモデルであることを示す。

 「B」はBlackburn工場で製造されたことを、そして「6」は1956年製であること、「F」は6月、「4」は第4週をあらわしているので、「B6F4」は、英国Blackburn工場で1956年6月の第4週に製造されたことを表している。

 1956年であるので62年前に作られた製品である。わが家のリスニングルームの主であるTannoy GRFもモニターシルバーが搭載されたオリジナルモデルであるので、ちょうどその時期に製造販売されたはずである。

 その小さな真空管は、62年という時の流れを経て、私の手元に届いたのである。少々感慨深いものがある。

 早速、1台のMarantz Model2に装着されている2本のElectro-Harmonix製のEL34を外した。そして、今回新たにペアを組むことになったMullard製のEL34の2本に取り換えた。

 この新たなペアの特性がマッチしているかは不明であるが、ほぼ同じ時代に同じ工場で製造されたものであるので問題はないであろう。Model2には2本の出力管のバランスを取る回路があるので、マッチングに神経質になる必要はないとのことである。

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 2台のMarantz Model2は3台のGTラックの左右に分かれ、その下段に納まった。電源を入れると、オレンジ色のほのかな明りが真空管に灯った。

 「代打」としてしばらくの期間活躍してくれた6L6 PPアンプは、Tannoy GRFの間の床に移動して休息をとってもらうことになった。

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2018/12/29

4673:ヴィンテージ管  

 2台のMarantz Model2にはそれぞれ出力管が2本ずつ装着されている。出力管は合計4本である。Mullard製のEL34を使っていたが、そのうち1本が不良状態の判定を受けてしまった。

 そのため、1台のModel2の出力管2本は、「響工房」の井村さんからお借りしたELECTRO-HARMONIX製のEL34に取り換えられた。

 ELECTRO-HARMONIXはロシアのメーカーで、現在も真空管を製造している。ELECTRO-HARMONIXのEL34は、Amazonでも1本4,000円ほどの価格で購入できる。性能は安定していて、中国製の真空管よりも信頼性は高い。

 1本4,000円であるから、4本そろえても16,000円である。「それほど、高いものではない・・・これでも十分なはずであるが・・・・」そう思いながら、ついついヴィンテージ管と呼ばれる、古い時代に製造された真空管の情報をいろいろと集めていた。

 今まで使っていたMullard製のEL34はヴィンテージ管である。ヴィンテージ管になると、その希少性から価格はぐんと上がる。

 製造された年代や、コンディションによって1本10,000円から20,000円程するのである。4本そろえると、高額になる。

 Mullard製のEL34は、製造年代に応じて仕様が4つある。ロット記号の頭に「Xf1」とあるのが一番古く、その後「Xf2」「Xf3」「Xf4」と順に新しくなる。

 私が使っていたのは「Xf2」であった。1950年代の後半ごろに製造されたもののようであった。もう1本購入する際には、できれば同じ仕様のものにしたい。

 Xf2のEL34、コンディションの良いものは価格も高い。しかし、現行品の真空管にはない要素があるようで、音の深みが違う。

 ついつい、高額ではあってもヴィンテージ管に目が向いてしまう。Mullard製のヴィンテージ管をもう1本購入して、またヴィンテージ管で揃えるというのが、第1案である。

 もう一つの案は、ヴィンテージと評するまでには古い時代のものではないが、1970年代に東ドイツのRFTが製造したEL34に4本とも替えてしまうという案である。

 RFTはTELEFUNKENの真空管製造設備と技術を引き継いで、東ドイツで真空管を作り続けた。真空管にTELEFUNKENと印字されているものの多くは、このRFTが製造したものである。

 価格は1万円以下で購入できる。Mullard製のEL34よりも細身ですっきりとした外観である。音もモダンで解像度が高く、製造年代が新しいので性能面での安定性も高い。中古市場でもよく見かける。

 今はインターネットで情報がすぐに収集できる。日本国内だけでなく、海外の情報も多く入ってくるので、ついついいろいろと見てしまう。

 しかし、情報が多すぎると混乱してしまうこともあるもの。とりあえず、Mullard製のEL34で今使っているXf2と同じ仕様のものを1本購入することにした。

 RFT製のEL34については、将来の楽しみにとっておこう。私はどちらかというと、古い英国製のものが好きである。それ故、MullardのBlackburn工場で1950年代後半から1960年代前半に製造されたものに、ついつい食指が動いてしまう。 

2018/12/28

4672:太管  

 「響工房」には、LuxmanのCDプレーヤー、D-500が置かれている。D-500は1994年に発売された高級CDプレイヤーである。
 
 トップローディング方式を採用しており、トップパネルは緩やかにスラントしている。この独特なデザインが今でも人気があり、動作品であれば中古市場でも高値で取引される。

 そのD-500にCDが一枚装着された。リモコンを操作すると、音がフォステクス製と思われるユニットを使用したバックロードホーンタイプのスピーカーから発せられた。

 ノラ・ジョーンズのCDであった。音は鮮明で繊細であった。ボーカルの質感はしっとりとしていて、ボーカルのバックのアコースティック・ギターの音もリアルな感触があった。

 「やはり、Marantzは音が綺麗ですね・・・ALTECだと音が厚く気強さが際立つけど、Marantzは繊細で美しい音がする・・・」井村さんはそう評されていた。

 その音の差はパワーアンプの姿かたちにも如実に表れている。Marantz Model2は繊細な造形美を誇っている。とりあえず、これで一安心である。

 実はModel2の修理の間shanshanさんから借りているQUAD Uと同じ回路のPPアンプの印象が良かったので、もしもModel2の回復が難しそうであったら、QUAD Uの復古モデルの一つである「Gold Special Edition」でも購入しようかなと思っていた。

 すると、その私の思いを見透かしているかのように、中古市場で滅多に見かけないその小振りで金色に輝く2個1セットの物体がヤフオクに出ていた。

 「うわ・・・このタイミングで出てくるか・・・」と、その金色に輝く「金閣寺」を思わせるような真空管パワーアンプの写真を眺めていた。しかし、ぐっと我慢して入札しようとする右手を「理性の左手」でどうにか抑えた。

 ようやく修理が完了したMarantz Model2をBMW 523iの後部座席に慎重に乗り込ませた。帰り道、ハンドルを握りながら「出力管をどうするかな・・・」と思った。現在はMullard製の真空管を使用している。いわゆる「太管」である。そのうちの1本が動作が不安定になった。Mullardのものを1本新規に購入すれば済む。

 「いや、TELEFUNKEN製の細管に一気に替えてみるか・・・」とも思った。見た目的には細管の方がすっきりとしている。

 音の傾向も、見た目と類似しているとのことである。「細管」は、モダンですっきりとした見通しの良さが特徴で、太管はややぼんやりとするが、温かみのある音がする。

 真空管アンプの場合、真空管を取り換えることにより、音の変化を楽しむという側面もある。「まあ、いろいろ楽しめる要素があることは良いことだ・・・しかし、あまりのめり込むと危ない世界でもある・・・真空管に嵌まると、底なし沼に引きずりこまれる可能性がある・・・」そんなことを思いながら車を走らせていった。

 自宅には1時間ほどで着いた。そして、Marantz Model2を自宅のリスニングルームに慎重に運び込んだ。

2018/12/27

4671:3ケ月ぶり  

 埼玉県ふじみ野市にある「響工房」に、我が家のMarantz Model2を修理に出したのは、9月26日のことであった。
 
 それからきっかり3ケ月が経過した昨日、12月26日に修理が完了したMarantz Model2を受け取りに、車で「響工房」まで向かった。

 青梅市にある顧問先の会社での作業を終えたのは、午後の5時過ぎであった。車に乗り込み、ナビで確認すると1時間もかからずに、ふじみ野市に着けそうであった。

 圏央道の青梅インターから高速に乗った。鶴ヶ島ジャンクションで関越道に乗り換えてしばらく走った。

 ナビは「三芳スマートIC」で高速を降りるように指示していた。最近所々でみかけるスマートICはETCのみに対応している。

 「三芳スマートIC」は上り線では出口のみで入口はない。そのこじんまりとした出口を出て一般道に進むと、「響工房」までそれほどの距離はない。

 「響工房」にはMarantz Model7のコンデンサーの交換作業に始まり、その他こまごまとしたことも依頼したので、もうすでに5,6回は足を運んでいる。

 車を停めて、作業所の中に入ると、私のMarantz Model2が作業台に置かれていた。3ケ月ぶりに対面するModel2は、目にまぶしく感じた。

 2台あるModel2の1台の電圧が安定しない症状の原因はトランスの不良ではなく、チェックすためのメーターの不良と、2本ある出力管のうち1本が不安定になっていたためとのことであった。

 メーターには、抵抗を入れることにより応急措置が施され、6CA7/EL34の出力管はとりあえず、ロシア製の真空管に入れ替えられていた。

 「出力管は、一旦これをお貸ししますので、どれか良いものを選択して、新しい真空管が決まったら、また一旦持ってきていただいて、電圧等をチェックします・・・」

 とのことであった。不具合の原因がトランスのレアショートでなかったので、ほっと一安心であった。

 トランスがダメになった場合、もう1台中古市場でModel2を購入して、トランスを移植しなければならないところであった。

 Model2を修理に出している間、普段は滅多に中古市場で見かけないModel2が立て続けにヤフオクに出品されていた。
 
 それもいずれもペアで。ついつい「これは何かの啓示であろうか・・・予備にもう1セット購入しろというメッセージであろうか・・・」と思ったりもしたが、落札価格はやはり高額になったので、手は出さなかった。

 「トランスがダメでした・・・替わりのトランスを探すしか手がないですね・・・」という判定であれば、「落札すべきであったか・・・」と後悔したはずである。

 「6CA7/EL34はポピュラーな出力管ですから、中古市場でも多数出ていると思います。ただし中古は当たり外れが大きいですから、信頼できる業者で購入したほうが良いですよ・・・ヤフオクなどはリスクが高いです・・・」

 との注意を受けた。「では、確認のため繋いで鳴らしてみますか・・・」と「響工房」の井村さんはおっしゃって、ケーブル類をModel2に接続した。 

2018/12/26

4670:正丸丼  

 正丸峠の頂上にたどり着き、LOOK 785 HUEZ RSを峠の道標の前に立てかけてスマホで写真を撮った。しばし待っていると、先行スタートしたメンバーも全員上り終えた。

 恒例の記念撮影を済ませてから、「奥村茶屋」に立ち寄った。正丸峠の頂上に建つ老舗の茶屋が「奥村茶屋」である。

 店からの眺望は抜群で、遠くに東京のビル群も小さく見える。ハイキングやツーリング途中に休憩するお客さんが多い。

 食事のメニューも豊富で、「ジンギスカン」が有名である。私たちはいつも甘辛の味噌だれで焼いた豚肉がご飯の上に乗っている「正丸丼」を頼む。

 今日も8名のメンバーは全員「正丸丼」を頼んだ。談笑しながらしばし待っていると、そのお目当ての「正丸丼」が順次運ばれてきた。

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 「正丸丼」はサラダ・お新香・お味噌汁が付いて850円。一口含むと、納得の味わいである。こういう素朴な味わいは人の心を穏やかにしてくれる。

 暖かい店内にいつまでもいたいところであったが、そういうわけにもいかず、会計を済ませて店の外に出た。

 一歩外に出ると冷たい空気にさらされる。筋肉はギュッと委縮した。「寒い・・・」という言葉がメンバーの口々から立て続けに発せられた。

 そして、下った。正丸峠を下り、山伏峠を上り返してその向こう側へ下った。下りでは冷たい風を強く受け続けるので体が寒さで強張った。

 下り切ると標高が下がるので少し気温は上がったようである。8台のロードバイクは隊列をキープしながら、名栗川の流れに沿って下り基調の道を走っていった。

 帰路では「山王峠」と「笹仁田峠」を越える。この二つはミニバトルポイントである。どちらも上る距離は短いが、短いがゆえに瞬間的にかかる負荷は大きい。

 山王峠では、ちょうど先頭を引いていた。道の斜度が上がり始めてから、300ワットを超えるパワーでクランクを回し始めた。中盤から上級者2名がペースを上げて前に出た。

 中盤は270ワットぐらいのパワーを維持しながらやり過ごして、最後のゴール前は400ワットまで一気にパワーを上げてスパートした。残念ながら前を行く2名の背中には追いつくことはなかった。

 笹仁田峠では、途中まで5名の集団の一番後に位置取り空気抵抗を避けて走っていた。「アタックしてみるか・・・逃げ切れる可能性は低いけど・・・」と思い、左手にゴルフ練習場が見えてきたポイントで一気にアタックした。

 アタックして前には出たが、その後ろには2台のロードバイクがぴたりと追走していた。そして斜度が上がるスパートエリアに入ると、その2台のロードバイクは、切れのあるスパートで前に出ていった。私もダンシングに切り替えてスパートしたが、その脚は重く切れがなかった。

 どちらも体を酷使して走り切った。2018年の「もがき納め」は、かなり過酷なものであった。しかし、体調も戻り最後までたれることなく走り切れたので、気持ち良かった。

 その後の行程でもパンクなどのトラブルもなく、無事に走り終えた。チームでのロングライドは年内はこれが最後で、来年は1月6日が「走り始め」になる予定である。

 いつものように「セブンイレブン東大和高木1丁目店」の前でチームメンバーと別れた。「お疲れさま・・・来年もよろしくお願いします・・・」と挨拶をして・・・

2018/12/25

4669:ヒルクライム  

 山伏峠の序盤は集団でゆっくりとしたペースで走っていった。そのペースも徐々に上がっていく。負荷が上がっていくにしたがって、サイコンに表示されるパワーの数値も大きくなっていった。

 5台のロードバイクは連なって進み、見慣れた風景を一つ一つ通り過ぎていく。峠道は何度も曲がる。右に曲がり、左に曲がり、その行程をこなしていった。

 山伏峠には斜度がぐっと上がる難所が2箇所ある。一つ目は皆、そつなく走り、まだ集団はばらけなかった。

 しかし、次なる2箇所目の難所では、その厳しい斜度により、集団はばらけた。大きく左に曲がるこの難所では、盛大に脚が削られる。

 私はダンシングでここを上っていった。ここで無理をし過ぎると、山伏峠の終盤で踏ん張れない。少し抑えめにクランクを回し続けた。

 上級者2名はすっと前に出ていき、長く伸びた集団の一番後方に私は下がった。どうにか難所を越えた。

 ここから山伏峠の頂上まで斜度はそれほど厳しくはない。難所を越えて呼吸を整えてから、ペースを少しずつ上げていった。

 パワーは250ワット前後で推移していた。すぐ前を走っていたメンバーをかわして、3番手のメンバーの背中を視界に入れ続けて、その間合いを詰めるべく、パワーを落とさずに山伏峠の終盤を走った。

 調子が戻ったので脚は元気であった。私の旧式のエンジンの排気音はうるさい。どう考えてもマフラーが壊れているとしか思えないような音がする。なので、背後からそっと近づいていってかわすことはできない。

 近づいてきていることはバレバレである。山伏峠の頂上が近づいてくると2台のロードバイクは連なるようになり、ほぼ同時に山伏峠の頂上を越えた。

 ここから500メートルほど下る。下り始めて少しすると、前を走っていた2名の上級者がスローダウンして下っていた。

 「あれ、ここで終わり・・・?」とその後姿を見て、スピードを一旦落とした。その後ろにゆっくりと付けば、休戦協定が成立である。後は正丸峠の頂上まで談笑しながらゆっくりと走ることになる。

 少し迷ったが、「いや、調子が悪くないので、正丸峠でももがこう・・・」と思い直して、一旦落としたスピードを元に戻して、その右脇をさっとすり抜けていった。

 休戦協定にはサインをせすに、無謀にも「宣戦布告」をした。追いかけられたら勝ち目はないが、いつものスピードで下り、直角に右に曲がり、正丸峠の上りを勢いよく駆け上がっていった。

 もちろん後ろからは追いかけられている。猟犬に追われるイノシシのように必死で走ったが、やはり正丸峠の終盤で上級者2名にはかわされてしまった。

 最後はお約束のラストスパートをして、山伏峠・正丸峠のヒルクライムコースを走り終えた。疲れ切ったが、すがすがしい気分であった。

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2018/12/24

4668:小沢峠  

 小沢峠は「こさわとうげ」と読む。「峠」と名が付いていて、頂上付近には石碑も建っているが、成木側から走ると峠感は薄い。

 その道の大半は1〜3%程度の斜度であり、道幅も広く生活道路としてしっかりと機能している感じである。そのため、峠道を走っているという感じがあまりない。

 しかし、最後の500メートルだけはきっちりとした斜度となり、勾配は10%ほどになる。斜度がぐっと上がった道は、小沢トンネルまでまっすぐに続いている。

 メインディッシュである「山伏峠・正丸峠」に備えて温存モードで走っていくが、斜度が厳しくなると、心拍数は自然と上がっていった。

 トンネルの手前が頂上である。この道から外れた脇道に石碑がある。「せっかくだから記念写真でも撮りますか・・・」ということになり、石碑の前にメンバー全員が並んで写真を撮った。

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 リスタートして小沢トンネルを抜けた。トンネルの向こう側は下りである。路面が濡れていたので、慎重に走っていった。

 県道に達したところで、1名のメンバーと別れた。そのメンバーは右に曲がり、本隊は左に曲がった。

 名栗川に沿って上り基調の道を走った。周囲が緑に覆われた山間の道は気持ちが良い。山伏峠の上り口である名郷に向かって先頭交代を繰り返しながら向かった。

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 しばし走っていくと、名郷に到着した。ここはバス停があり、公衆トイレもある。ここで一息入れた。

 自販機で購入した暖かいココアを飲んだ。その暖かく甘い飲み物は心をほっとさせる。順次先行スタートするメンバーが走り出した。

 3名が先行スタートし、その数分後5名が「では、行きますか・・・」という感じで走り出した。

 ここから4km程走って山伏峠を上り切り、向こう側へ500mほど下る。直角に右折して正丸峠の上り道に向かう。そこから1.5km程上るとゴールである。全部で6km程のコースである。

2018/12/23

4667:走り納め  

 朝の7時にLOOK 785 HUEZ RSに跨って自宅を後にした時、「先週よりも随分とましだ・・・」と思った。

 先週の日曜日は真冬の寒さであった。しばらく走ると、冬用のグローブをしていても、指先は寒さでかじかんで痛くなり、冷たい空気に直接触れる顔や耳も痛かった。
 
 しかし今朝はそんなことはなかった。空気の感じは湿度も高く柔らかい触感であった。気温も10度ほどあるのではと思えた。

 なので、この時期としては比較的快適に多摩湖サイクリングロードを走っていった。集合場所であるバイクルプラザには20分ほど走ると到着した。

 今日はチームでのロングライドの「走り納め」である。目的地はチームで一番多く行く「正丸峠」である。

 今日の参加者は8名であった。そのロードバイクの内訳は、ORBEAが3台、Kuotaが2台、LOOKが2台、そしてCOLNAGOが1台であった。

 天気は曇り。空は灰色の雲が覆いつくしていて、太陽はその姿を見せてはいなかった。そんな一種モノトーンの景色の中、8台のロードバイクはスタートした。

 10月から11月にかけて長引いた風邪の影響で一時調子を落としてしまったが、その後順調に回復して調子も戻った。

 今日のコースだと、山伏峠とそれに続く正丸峠、さらに帰途では山王峠と笹仁田峠で「もがき納め」をすることになるが、どの峠でもしっかりと走ろうと思っていた。

 8両編成のトレインは多摩湖サイクリングロードを西へ向かって走った。多摩湖サイクリングロードを抜けたところで、1名のメンバーが合流したので、トレインは1両増えて9両編成となった。

 旧青梅街道、岩蔵街道と走り抜けていき、いつも休憩する「ファミリーマート飯能上畑店」に到着した。

 店の脇にあるサイクルラックにロードバイクをかけて、店内に入った。トイレを済ませ、補給食を選択した。冬はやはり暖かいものがいい。「カレーまん」「ピザまん」を選択した。これにホットコーヒーを合わせた。

 この店の前にはベンチが並んでいる。店は南に面しているので、天気が良いとこのベンチには陽光が降りそそぐ。しかし、今日は曇りであったので、その恩恵を被ることはなかった。

 バイクルプラザがある小平市よりも飯能市の方が気温が低いようであった。ホットコーヒーの入った紙コップで両手を暖めた。

 山伏峠の上り口である名郷まで行くには「山王峠」か「小沢峠」かを越えていく。今日は途中で引き返すメンバーがいたので、小沢峠に向かった。
 
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 灰色の雲の下に並ぶ山並みに向かって9台のロードバイクは一列になって進んだ。道は緩やかに上っていた。

2018/12/22

4666QUADII GOLD Aniversary Special Edition:  

 ピエール・フルニエは、その流麗且つ気品溢れる演奏スタイルから「チェロの貴公子」と呼ばれ、20世紀の名チェリストとして名を馳せた。

 彼の演奏によるJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲のレコードは、1960年の録音である。レーベルはARCHIV。第1番と第2番が収録されたレコードのA面を上にして、ORACLE Delphi6のターンテーブルに乗せた。

 SME シリーズ5をアームレストからゆっくりと解き放ち、盤面のちょうどいいところまで移動させてからアームリフターを下げた。

 ZYXのカートリッジの針先が盤面に降りたった。「ポツッ・・・」という針音のしばし後に、無伴奏組曲第1番の1曲目「プレリュード」が、流麗にTANNOY GRFから流れ始めた。

 フルニエの演奏の最大の特色は、高貴さにあるだろう。その演奏は、彼の横顔を写した古い写真の表情と見事に合致する。

 我が家のMC昇圧トランスは、「MA COTTER Mark2 Type L」である。Marantz Model7の右脇に控えめに置かれている。その色合いは極めて上品な青である。

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 フルニエが演奏するバッハ 無伴奏チェロ組曲の質感は、このMA COTTERの青を連想させるものである。冷徹でも華美でもなく聴く者の心をじんわりと鎮める効果がある。

 「代打」ではあるが、6L6 PPの真空管パワーアンプを得て、我が家のシステムからは心穏やかに音楽に浸れる質感の音が得られた。

 「もしも、Model2が直らなかったら、このパワーアンプのオリジナルといえる『QUADU』を我が家のリスニングルームに再デビューさせるか・・・」そんなことも思ったりもした。

 アナログはやはり気分が良いものである。A面全てを聴き終えた。そして次もフルニエのレコードを選択した。ヴィバルディのチェロ協奏曲ホ短調がA面に収録されている10インチ盤である。レーベルはDECCA。録音は1964年。

 50年以上も前の録音であるが、音は重厚で生々しい。決してリアルなハイファイ調ではないが、エネルギーの厚みがぐっと迫ってくる。

 アナログを聴き始めると、オーディオ的な視点は徐々にどうでもよくなる。CDでは気になるようなことが、些細でどうでもいいことのように思える。

 結局、アナログは全てピエール・フルニエで終えた。電源を切った時にふと頭に浮かぶものがあった。

 「そういえば、QUADUの復刻モデルでゴールドのスペシャルエディションモデルがあったな・・・見た目的も素晴らしいし、予備のパワーアンプで所有するのにはいいかも・・・でも中古の在庫はないだろうな・・・」

 スマホで早速調べてみた。インターネット上にはゴールドエディションの流麗な外観の画像が幾つか見つかった。しかし、残念ながらその全ては売却済みであった。

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