2018/7/31

4522:パティシエ  

 私は慎重にIntegra A7にビニール袋をかぶせ、元のように発砲スチロールで両サイドを固定してから、段ボールに収納した。

 一緒に入っていたその当時の取り扱い説明書を手に取ってパラパラとめくってみた。40年ほどの年月が経過した紙からは、それだけの時間の経過をうかがわせる匂いがした。それは、古いレコードの内袋からする匂いととてもよく似ていた。

 「では、これは一旦あずからせて下さい。売却額はあまり期待できませんが、動作に問題がなければ、外観の状態が素晴らしので、2万円くらいで売却できるかもしれません。ノイズが出たり、動作上の問題があれば、2,3千円というところでしょうか・・・」私はそう話した。

 「わたりました・・・お任せします。いずれにしても、我が家にあっても有効に使われることはもうないものなので、使っていただける人がいたら、それだけでも良いと思います。」

 「お時間、大丈夫ですか・・・?」

 「寧々ちゃん」は表情を切り替えるようにして、私に訊いた。

 「ええ、まだ大丈夫です・・・」

 「そうですか・・・もしよろしければケーキを食べませんか・・・?」

 「ケーキですか・・・もちろん頂きます・・・」

 「実は、娘がパティシエをやっていて、今日はお休みなんですけど、午前中自宅でチーズケーキを作ってくれたんです・・・」

 「パティシエですか・・・」私は、娘の方を見て、「それは良いですね・・・どちらで・・・・?」と話の矛先を変えた。

 「吉祥寺です・・・お店の名前は『パティシエ・ジュン・ホンマ』です。まだまだ修行の身なんですけど・・・専門学校も吉祥寺で、その学校のOBで成功しているパティシエの方の店なんです。吉祥寺と高円寺にお店があります・・・」

 彼女は穏やかで控えめな笑顔でそう話した。

 「誰かに似ている・・・誰であろうか・・・はかなげな表情がわずかばかり西野七瀬を彷彿とさせなくもない・・・いずれにしても、母親とはまた別の淡いオーラを感じさせる・・・」私はその話し振りと表情を見て、ふと思った。

 彼女はすっと立って行った。そして皿に置かれた3人分のチーズケーキを持ってきて、ソファテーブルの上に置いた。

 「寧々ちゃん」は別途、アイスコーヒーを入れたカップを持ってきてくれ、それぞれ、その脇に置いた。

 オフホワイトの色合いのチーズケーキは見た目的な派手さは全くない。大きさもやや小ぶり。しかし、その外観からは、しっとりとした質感が感じられた。

 「そのお店は競争の激しい吉祥寺でも成功していて、オーナー・パティシエの本間さんの実力は高く評価されているようです・・・」

 「寧々ちゃん」は娘の方をちらっと見ながらそう話した。

 「では、いただきますか・・・」私は期待感を胸に抱きながら、シルバーのフォークをそのチーズケーキの先端部分に入れた。



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