2018/6/30

4491:試聴  

 GOLDMUND MIMESIS 39Aからは、その後、ラフマニノフのビアノ協奏曲第2番の第1楽章、マーラー交響曲第5番の第1楽章、そして、ブルッフのバイオリン協奏曲第1番の第1楽章のデジタルデーターがMIMESIS 12へ送られた。

 1UサイズにまとめられたMIMESIS 12は、その控えめな躯体のわりに実に良い仕事をしているようで、OCTAVEのHP-300SEに精緻なアナログ信号を粛々と送り込んでいた。

 OCTAVEのHP-300SEとRE280 MK2は、そのアナログ信号を、デフォルメすることなくきっちりと増幅し、スピーカーを駆動するに十分な出力までもっていってから、デンマーク製のスピーカーのユニットを振動させていた。

 温度感は決して高いものではない。どちらかというと、冷静沈着と評していい質感を有していた。しかし、冷徹と評するほどに表情が乏しいわけでもない。

 つまり、最初に聴いたグレン・グールドのピアノ演奏によるゴールドベルグ変奏曲であれば、実際に聴いた1981年の録音のものではなく、1955年に録音された彼のデビュー盤の方がふさわしく、次に聴いたラフマニノフのピアノ協奏曲では、実際に聴いた第2番ではなく、第3番の第1楽章の方がふさわしく、次に聴いたマラーの交響曲第5番であれば、ブルックナーの第5番の第1楽章の方がふさわしく、そして最後に聴いたブルッフのヴァイオリン協奏曲であれば、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の第1楽章の方がふさわしい・・・そう感じさせる音の質感であった。

 わが家のリスニングルームで聴ける音とは、当然のことであるが、方向性の異なる音である。まあ、我が家のオーディオシステムは60年前に製造されたスピーカーと真空管アンプが主たるポジションを占めているのであるから、この真新しく高性能なシステムと比べるまでもないことではあるが・・・

 一通り聴いて、このシステムの大まかな印象を脳裏に刻んだ後、ほんの少し「実験タイム」も設けられた。

 つい最近一般販売が開始されたGe3の「額縁」を導入したばかりのグールドさんは、勢いあまって、Ge3のRCAケーブルも購入したようである。

 その製品名は「銅蛇」・・・Ge3らしく怪しいネーミングである。しかし、その見た目はいたって普通のRCAケーブルである。

 それをグールドさんが持参されてきていたので、プリアンプとパワーアンプを接続しているRCAケーブルをこれに交換してみることになった。

 さきほどまで使用されていたMITのMI330 SHOTGUNを外して、「銅蛇」に差し替えた。そのうえで直前に聴いていたブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番第1楽章を再度聴いた。

 その印象は変わったか・・・やはり変わる・・・まあ、これも当然ではある。帯域バランスはどちらかというとやや高域よりにシフトした。そして、音の抜けきり感は明らかにアップした。

 MITの時はちょっと詰まった感じかしていたのかもしれない。しかし、そのことがややタメを作っていて、聴感上は耳なじみの良い穏やかさを演出していたようである。抜けの良さを取るか、タメを取るか・・・まあ、これは個人的な好みなのかもしれない。

 OCTVAEのプリアンプとパワーアンプ、さらにはRaidho Acousitcsのスピーカーは順次ヤフオクで処分される予定である。

 これらのオーディオ機器が、次なるオーナーのもとで、その本領を発揮できることを願いながら、私は「オーディオショップ・グレン」を後にした。

2018/6/29

4490:ヨーロッパ連合  

 GOLDMUND MIMESIS 39Aはトップローディング方式のCDトランスポートである。ブラックアクリル製のふたを上に跳ね上げてCDをセットする。

 今日、この「オーディオショップ・グレン」に集まった3名は、いずれもトップローディング方式のCDプレーヤーを使っている。

 小暮さんはMIMESIS 39A、グールドさんはKRELL CD-DSP、そして私はORACLE CD-2000である。いずれも各メーカーの主張の籠った個性的なデザインをしているが、トップローディング方式であるということは共通している。

 セットしたCDの上に小振りなスタビライザーを乗せてから、その蓋は手動で静かに閉められた。MIMESIS 39Aはフロントパネルに操作ボタンが綺麗に並んでいる。

 その一つを小暮さんは押した。最初にかかったのは、グレン・グールドのピアノによるバッハのゴールドベルグ変奏曲である。

 グールドさんの愛聴盤である。グレン・グールドは、1955年そのデビュー盤としてこの曲を録音し、翌1956年に発売している。さらに彼が50歳で亡くなる前年に当たる1981年にも、この曲を録音している。

 彼にとって、この曲は特別な存在であり、どちらの盤も名盤として名高い。23歳の時の演奏であるデビュー盤と、彼にとっては晩年となる49歳の時の録音では、その醸し出す雰囲気はまったく異なっている。

 一般的には1981年の録音のものが広く知られている。そこにはグレン・グールドのみがなしえる孤高の演奏が記録されていて、記念碑的な存在となっている。

 MIMESIS 39Aにセットされたのも、この1981年に録音されたものである。グールドさんが持参されたCDである。再発盤ではなく、発売当初のものである。

 CDが初めて世に出された時代のCDであり、コレクターズアイテム的な存在である。CDもレコード同様、オリジナルと再発では音が随分と違う。

 このCDは人気が高いので、繰り返しリマスタリングされて再発された。SACDも出されたし、非常に高価なガラスCDも出された。

 グールドさんは、そのハンドルネームが示す通り、グレン・グールドの大ファンである。この1981年録音のゴールドベルグ変奏曲だけで5枚のCDをお持ちである。(その中には高価なガラスCDも含まれている。)「でも、やっぱり録音の翌年である1982年に発売されたオリジナルのCDが一番しっくりときますね・・・」と話されていた。

 このCDからは一切の束縛から解放されたかのような彼独自の音世界が展開する。テンポは極端にデフォルメされ、時には異様なまでに遅くなったり、速くなったりするが、それが不思議と耳に馴染む。体に無理なく浸透していくので、拒絶反応は起きない。

 ゴールドベルク変奏曲は全部で30曲ある。そのうちの10曲まで聴き進んで、小暮さんはリモコンのストップボタンを押した。

 グールドさんは、KREL CD-DSPを送り出しとして、KRELLのプリアンプとパワーアンプで、WILSON AUDIOのCUB(オリジナル)を鳴らされている。CDのみでアナログはされていない。

 GOLDMUND、OCTAVE、そしてRaidho Acousiticsという組み合わせで聴いたゴールドベルグ変奏曲はどのように心に響いたのであろうか・・・

 「OCTAVEは真空管のアンプと聞いていたので、もう少し暖色系かと思いましたが、結構硬質というか、カチッとしたしっかり感のある音でしたね・・・総体として良い印象です。このスピーカーなかなかの実力ですね・・・」

 グールドさんはそう評された。確かに、私も同じような印象を持った。スイス、ドイツ、デンマークというヨーロッパの国々のオーディオ機器によって構成されたシステムは、なかなか実力が高い。

2018/6/28

4489:Ayra C-2  

 「Mimizuku」のコーヒーの代金420円をぴったり支払ってから店を出た。朝のうちの雨はすっかりと止んでいた。空には雲がまだ残っていたが、その隙間から太陽が顔を覗かせていた。

 ビルの脇にある階段を登った。このビルは1フロア1部屋の構成である。2階は「光通商」と会社名らしきものが書かれた白く小さなプレートが扉に貼り付けてある。しかし、一度も人の出入りを見かけたことはない。

 3階は随分と前から空いているようで、扉には何の表札も掲げられていなかった。階段の登り口にある集合ポストにも3階のポストには何の記載もなく、ポスティングされた広告のみが乱雑に入っていた。

 4階まで登ってくると息が切れた。4階の扉には「オーディオショップ・グレン」と書かれた横長の看板が掲げられている。

 呼び鈴がないので、金属製の扉を右手の人差し指の背でノックした。「ゴン・・・ゴン・・・ゴン」鈍い音が響いた。

 「どうぞ・・・」オーナーの声が聞こえた。扉を開けて、中に入った。リスニングポイントに置かれている3人掛けソファには、先客が来ていた。

 グールドさんである。グールドさんと小暮さんに挨拶して、私もそのソファに腰かけた。リスニングポイントから見て右側にある横長のオーディオラックには、先日搬出を手伝ったOCTAVEのプリアンプとパワーアンプの姿があった。

 そしていつもはOLD TANNOYなどのヴィンテージ・スピーカーが据えられている場所には、Raidho AcousitcsのAyra C-2がすらっとした姿で立っていた。

 その姿は、実にモダンでいて、どこかしら北欧的な静謐感も有している。Ayra C-2には、平面型リボントゥイーターとセラミックスドライバーが採用されている。

 そのユニットからは爽やかな音がしそうな予感が溢れている。2.5ウェイ・フロアスタンド型のスピーカーは目に馴染む造形をしていた。

 オーディオラックには、小暮さんが普段自宅で使っているGOLDMUNDのMIMESIS 39AとそのペアとなるGOLDMUND MIMESIS12も置かれていた。

 この時代のGOLDMUNDはいかにもSWISS MADEらしいきりっとした端正な表情をしている。その質感は、Ayra C-2と共通なものを感じさせてくれる。  

2018/6/27

4488:CF-1480  

 コーヒーを飲み終えたが、まだ2時にはもう少し時間があった。カウンター席に座ったまま、何をすることもなく、SONY製のラジカセから小さめの音量で響く「ケルン・コンサート」を聴き続けた。

 そして、カウンターに裏返しにしていたスマホを手に取った。「ヤフオク」のアプリを起動した。そしてSONY製の昔懐かしいラジカセを何気に検索した。

 実は私はSONY製の古いラジカセを1台所有している。2年ほど前に専門店でしっかりとメンテナンスされたものを購入したのである。

 なので、あらためて購入する必要性はないのであるが、ちょっとしたコレクター目線で、スマホの小さな画面に表示されるものを眺めて、時間をつぶすことにしたのである。

 「SONY ラジカセ」と入力して検索した。すると1970年年代のものや1980年代のもの、さらに最近のものも含めて様々なSONY製のラジカセが表示された。

 そのなかで目についたのが、1974年に発売されたCF-1900であった。1970年代の古いものはやはりそのほとんどがジャンク扱いであり、製品の状態が良くないものが多い。

 しかし、目についたCF-1900は、「商品のボディにキズヨゴレの無い非常に美しい状態の美品です。」と紹介されていた。

 さらに「ロッドアンテナ折れ無く真っ直ぐ伸びます。バッテリーのチューニング(ライト)動作確認済みです。テープ再生、早送り、巻き戻し、テープ録音、動作確認済みです。ラジオFM/AM受信動作確認済み、受信良好です。」と続いていた。

 きっとコレクターが保存していたものであろう。CF-1900は、非常にコンパクトな躯体であるが、そのデザインはスイッチ類の配置なども含めて、極めて合理的で、引き締まった良い表情をしている。

 「これは良い状態だな・・・」と思った。価格は34,800円。他のものよりも明らかに高い値付けである。

 2年前に購入したSONY製のラジカセは現在事務所に置いてある。BGMとしてFM放送を流しているのであるが、「その横にもう1台置いて、気分で使い分けるのもいいかな・・・」と妄想した。

 さらにスマホの画像を次々に見ていくとCF-1480もあった。写真を見る限り状態は良いようであったが、「ジャンク扱い」となっていた。

 CF1480の特徴は丸いダイヤルスケール。同調するとLEDが光るギミックも使う楽しさを演出している。ダイヤルスケールは一般的には長方形で直線基調であるが、この丸いデザインは目を引く。

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 価格は8,000円。「ジャンク扱い」となると価格はぐっと下がる。こういった古いものを修理してくれる専門店はまだあるようである。

 フルメンテナンスするとなると2〜3万円ほどのプライスにはなるようである。写真で見て、良い状態のものであれば、「ジャンク扱い」のものを安く購入して、メンテンナンスを受けるという選択肢もある。

 スマホを見始めると、時間は現代の流れに変わり、その経過スピードが速くなったようで、気付くと時刻は2時になっていた。 

2018/6/26

4487:ケルン・コンサート  

 カセットテープのクリーニング部分が過ぎ去って、「ケルン・コンサート」の冒頭、印象的なフレーズが響いた。

 この歴史的な名盤が録音された日のキース・ジャレットの体調は最悪だったようである。前日の夜にソロコンサートをローザンヌで終え、朝早くにケルンへ車で移動した。その移動に要した時間は6時間ほど。

 ほとんど寝ていない状態での長時間の移動で、体は相当に疲弊していたはず。さらに会場に用意されていたピアノの状態も良いものではなかった。

 その状態は、「ずいぶん前から調律されておらず、ハープシコードのきわめてまずいコピーか、ピアノの中に留め金でも入っているみたいな音がした」・・・そうである。

 24時間ほとんど寝ていない状態・・・満足のいく調律がなされていないピアノ・・・そんな状況で臨んだコンサートで、伝説的な名演が生まれた。

 SONY製のラジカセは、製造されてから40年以上の年月が経過している。何度かの修理を経ているようであるが、いまだに現役で活躍している。その姿は実に頼もしく感じられた。70年代のSONYのデザインはやはり優れている。今見ても決して古びた感じがしない。

 「ケルン・コンサート」が小さめの音量で始まって少しすると、私のコーヒーがカウンターに置かれた。白いカップに注がれた黒い液体の表面は周囲の光を吸い込んでいるかのように静かであった。

 女主人と会話することは、ほとんどない。女主人は作業を終えると、いつも座る椅子に座って本を読み始めた。

 この小さな空間に3人の人間がいて、時間を共有していたが、それぞれ交わりがほとんどなく、「ケルン・コンサート」の音のみが響いていた。静寂と測りあえるほどに、その音楽は精妙であった。

 今日はこの後、この同じビルの4階にある「オーディオショップ・グレン」に向かう予定であった。「2時ごろに店にお伺いします・・・」と午前中に連絡した。

 国立にお住いのグールドさんも店に来られる予定であった。実は先日「寧々ちゃん」の家から運び出された彼女の夫が愛用していたオーディオ機器のうち、スピーカーとアンプが「オーディオショップ・グレン」に展示されていて、試聴会をしてみることになったのである。

 レコードプレーヤーであるOracle Delphi5とフィニッテ・エレメントのオーディオラックは既にヤフオクで売却されたようである。

 「新しいものだから、CDが良いかなと思ってね、自宅からGOLDMUNDのCDトランスポートとDAコンバーターを持ってきているんだ・・・」と小暮さんは話していた。

 ということは、デジタルはGOLDMUNDのペアで、アンプがOCTAVEのペア、そしてスピーカーがRaidoh Acousitcsのものという組み合わせとなる。ヴィンテージオーディオを扱う「オーディオショップ・グレン」では滅多に聴くことのできない組み合わせである。

2018/6/25

4486:カセットテープ  

 店内に入って、カウンター席に向かった。カウンター席には人影はなかった。二つある4人掛けのテーブル席も無人であった。奥まったところにある2人掛けのテーブル席には一人の初老の男性が座って新聞を読んでいた。

 小さめのテーブルの上にはコーヒーカップがソーサーの上に置かれていた。その横には何故かしらスプーンが少し離されてテーブルの上に直に置かれていた。

 私は四つあるカウンター席の一番奥側の席に座った。女主人は「いらっしゃい・・・」とくぐもった声を発した。

 コーヒーを注文した。手に持っていたスマホをカンターの上に裏返しに置いた。カウンター右端にはオレンジ色をしたパタパタ時計が置いてある。

 その時計がかすかな動作音をさせていた。ほんとに小さな音であるが「ジジジジジ・・・」とささやいていた。

 ふと、妄想した・・・・その息も絶え絶えのような古いパタパタ時計の表示がものすごい勢いで逆方向に回っていき、それとともに時間が遡り、過去に戻っていく。そのパタパタ時計の表示板は目にも留まらないようなスピードで回転し続け、1ケ月前、1年前、10年前といった単位で時間が遡っていく・・・

 もちろん、そんなことは起こるはずもなく、ただただ時間は淡々と進んでいった。正確な時刻を表示しているわけではないが、「COPAL」というメーカ名が刻まれたパタパタ時計はその実際の時間の運行にせっつかれるように、表示板を切り替えていた。表示板をおおよそ1分ごとに切り替えるための動力をためるために、そのかすかな動作音はしているようであった。

 このカウンターには昔懐かしいものがもう一つある。それはSONY製のラジカセである。1970年代に製造された製品で、明らかに1980年代以降のデザインとは一線を画する極めて精緻な造形美を誇っている。

 この店にはBGMはかかっていない。このラジカセは唯一音を発する設備である。その横にはミュージックテープが入っている箱が置いてある。

 数年前に亡くなった女主人の夫が集めた数多くのミュージックテープの一部が入っている。現在では絶滅状態であるが、昔の駅前の商店街には必ずと言っていいほど個人経営のレコード屋さんがあった。そのレコード屋の脇にはミュージックテープの入った棚があった。確かレコードと同じくらいの価格で売られていた。

 コーヒーが出来上がるまでの間、その箱を手元に引き寄せて中身を覗いていた。種々雑多のジャンルのミュージックテープが入っていた。

 特に一定のジャンルにこだわって集められたものではないようであった。そのなかで目についたのが、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」であった。

 それを手に取った。収録日は1975年1月24日と記載されていた。会場はケルンのオペラハウスである。
 
 キース・ジャレットのピアノによるソロ・コンサートで、事前の準備なしの完全即興である。そのため曲名もついていない。

 ケースからカセットテープを取り出した。それをSONY製のラジカセに挿入した。「PLAY」ボタンをかっちと音がするまで押し込んだ。

 カセットテープはするすると回転し始めた。カセットテープの最初のところはクリーニングテープとなっている。その部分は当然無音である。 

2018/6/24

4485:Mimizuku  

 目が覚めたのは、朝の6時であった。窓の外からは、雨の音らしいものが聞こえてきていた。「あれっ・・・昨日の天気予報では今日の天気は大丈夫そうだったけど・・・」といぶかしく思って、その音の正体を確認するために窓から外を眺めた。

 やはりその音の正体は雨であった。「雨か・・・今日のロングライドは中止かな・・・」起きだして、1階のリビングに降りていった。年齢のせいか、一旦朝に目が覚めると二度寝できないのである。

 そして、スマホのTwitterをチェックすると、リーダーから「本日のロングは雨天のため中止にします。」とのツイートが入っていた。

 少しがっかりしたが、午前中は普段できない庭の手入れなどで過ごした。昼食は自宅で軽いものを食べてから、フォルクスワーゲン ポロに乗って出かけた。

 もうすぐ納車からまる7年が経過するフォルクスワーゲン ポロは依然快調である。先日試乗した新型のポロは確かに良くなっていたが、乗り味が軽快な雰囲気に味付けされていた。「もう少ししっとりとした乗り味の方が好みだけどな・・・」と思いながら、試乗を終えた。

 結局、新型に買い替えることは、もう少し先延しすることにした。既に一世代前のモデルとなった私のポロは、ボディ剛性やインテリアの質感ではやはり新型にはかなわないが、Bセグメントの車であることを意識させない、しっとりと落ち着いた乗り味はいまだ健在である。

 家を出てからしばし走った。1時間ほど経過して、青梅街道から少し脇道に入ったところにあるコインパーキングに車を入れた。

 バックで2番の車室に入れた。少し斜めになってしまっていたので、一旦前に出して再度バックして入れなおした。車室をかこっている黄色いラインに車の側面がきっちりと平行になっていることを確認して、車を降りた。

 コインパーキングから数分歩いたところに、そのビルはある。白い外壁は長い年月の間にくすんだ色合いになっていた。

 そのビルの1階に喫茶店「Mimizuku」がある。人知れずひっそりと営業しているその喫茶店にはどこかしら郷愁を誘うような雰囲気がある。

 「コーヒーが冷めないうちに」川口俊和 著・・・とある街の、とある喫茶店のとある座席には不思議な都市伝説があった。その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという・・・ロマンチックな設定の小説であるが、この小説を映画化するなら、この「Mimizuku」を撮影現場に選ぶべきであると思えるような雰囲気が、この店にはある。

 古びた木製の扉を開けた。扉には鈴が取り付けてある。その鈴が「カラン・・・カラン・・・」と乾いた音をたてた。その音を耳にすると、その瞬間に時間が一気に遡っていくような気がした。

2018/6/23

4484:月一ゴルフ  

 ヒレカツとシャトレーゼのデザートでお腹を十二分に満たしてから、後半のINコース向かった。空は曇り空のままであるが、多少明るくなってきた。天気予報通り雨の心配はないようであった。

 INコースの最初、10番ホールは412ヤードのパー4。距離があるミドルホールである。体が少し重くなったせいか、ドラーバーショットを引っ掛けてしまった。

 10番ホールの左側は下り斜面になっていて、ボールはその斜面を転がっていった。2打目はフェアウェイに戻すだけ。3打目でもグリーンに届かず、フォーオン・ツーパットのダブルボギーとなってしまった。

 INコースのスタートも、OUTコース同様、ダブルボギー発進となってしまった。やや出鼻をくじかれてしまったが、その後の二つのホールをボギーでしのいだ。

 13番ホールは339ヤードのミドルホール。ドライバーショットが良ければ十分パーが取れる可能性がある。

 しかし、気負ってしまったのか、ドライバーショットはだふってしまって200ヤードも飛ばなかった。

 気を取り直して打ったセカンドショットは珍しくグリーンを捉えた。しかもカップから2メートルほどの距離にボールはあった。

 滅多にないバーディーチャンスである。慎重に打ったバーディーパットはカップに向かったが、弱くなってから軽くフックした。カップの端をするっと舐めて、ボールはカップのすぐ近くに止まった。「惜しい・・・」思わず天を仰いだ。バディー外しのパーであった。

 続く14番ホールは173ヤードのショートホール。5番アイアンで打ったボールはグリーンの左側に外れた。

 そこから、ゆっくりとアプローチウェッジを振ってふわりと放ったボールはするするとグリーンを転がっていって、ピン手前30cmに付いた。OKパーとなった。

 13番、14番と連続パー・・・「後半はいけるかも・・・」と気を良くした。15番のロングホールは惜しいパーパットを外してボギー。

 16番は162ヤードのショートホール。ここは左右にOBエリアが潜んでいてティーグランドは立ちづらい。

 6番アイアンで放ったボールは左に引っかかった。左の木の枝に当たって右下に落ちて、ガードバンカーに入った。

 今日のバンカーの砂は昨晩の激しい雨で重かった。フェースを開いてサンドウェッジを振った。ボールはバンカーから出るには出たが、グリーンには届かなかった。

 結局このホールはダブルボギーとなった。これで16番まで終えて、パー二つ、ダブルボギー二つ、ボギー三つとなった。

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 もう一つパーが欲しかった。17番は492ヤードのロングホール。どうにかパーオンしたいところである。

 ドライバーショットは良い当たりであった。しかし続くセカンドショットはやや右に出てしまった。

 ボールは右のラフ深くにあった。落ちた場所が良くて、木が邪魔になることはなかった。ここからグリーンまでは80ヤードほど・・・アプローチショットで打った3打目は見事にグリーンにオンした。ここからツーパットでパーであった。

 最終18番ホールはドライバーショットをミスしたが、どうにかこうにかボギーで収めた。その結果、後半のINコースは「44」であった。トータルは「91」。私としてはまあまあと言えるスコアであった。

 月一ペースのゴルフで、練習場にも全く行っていないので、これが精一杯であろう。1ケ月前の5月の飯能ゴルフ倶楽部でのゴルフも同じ「91」であった。

 「週一ぐらいで練習場に行けば、90を切れるようになるのかな・・・」とも思ったが、まあそんなに甘いものではないであろう。 

2018/6/22

4483:曇り空  

 水曜日は梅雨らしく一日中雨が降った。その翌日にはゴルフの予定が入っていたので、天気予報が気になった。スマホで何度か確認すると、午前中の降水確率は30%で、午後は10%であった。「どうにか大丈夫かな・・・」と思っていた。

 当日の朝は、曇り空であった。雨は降ってはいなかった。6時半に自宅を後にした。向かった先は、東京国際ゴルフ倶楽部。

 ゴルフ場には8時前に到着した。スタート時間までは40分ほどあったので、練習グリーンでパター練習をした。昨日降った雨の影響もあり、グリーンは重めであった。

 スタートまで10分ほどになったので、OUTコースの1番ホールへ向かった。1番ホールは465ヤードのパー4。ミドルホールとしては異様に距離が長い。

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 ここはツーオンするのはとても難しい。スリーオンでのボギー狙いでいった。狙い通りスリーオンはしたが、ファーストパットが随分とショートしてしまい、スリーパットとなってしまった。

 残念ながら、ダブルボギー発進となった。続く2番はショートホール。距離は160ヤード。6番アイアンで打ったボールはグリーンの右手前に落ちた。ここからアプローチしたが、あまり寄らずにボギーであった。

 3番もボギー。4番は336ヤードのミドルホール。距離は短いが、左に引っ掛けるとOBジーンが近くに広がっていて、ちょっと嫌なホールである。

 ドライバーショットは良かったが、2打目がシャンク・・・右斜めに飛んでいった。この2打目のミスが響いて、二つ目のダブルボギーを献上した。リズムが悪くなりそうであった。

 5番ホールは494ヤードのロングホール。ドライバーショット、セカンドショットともまずまず、グリーンまでの残り距離は80ヤードほど・・・アプローチウェッジで打ったボールは見事にグリーンにオンした。ここはしっかりとパーオン・ツーパットでパーを取った。

 しかし、この5番ホールのパーが前半OUTコースでの唯一のパーとなった。7番ホールでもスリーパットしてしまい、OUTコース三つ目のダブルボギーを打ったため、前半のOUTコースは「47」であった。

 まあ、いつものようなスコアである。グリーンがいつもよりも重くて、なかなか距離感が合わなかった。パッティングがもう少し良ければ、ボギーペースでは回れたはずである。

 雨は降ってこなかった。午後も天気は大丈夫そうであった。空は灰色の雲が覆っていた。「晴れるよりも曇りの方が良いですね・・・暑くもなく、寒くもなくという感じで・・・」と同伴者と話した。

 昼食には「ヒレカツ御膳」を選択し、しっかりとカロリーを補給した。このゴルフ場は数年前に倒産し、郊外型洋菓子店を経営する「シャトレーゼ」が買い取った。

 そのため、レストランにはデザートしてシャトレーゼのお菓子が取り放題になっている。ヒレカツを胃袋に納めた後には、小さくカットされたシャトレーゼのデザートを皿一杯に取った。

2018/6/21

4482:170km  

 メンバーが全員柳沢峠を上り終えた。皆一様に「きつかった・・・」という表情をしていた。しばしの休息の後に恒例の記念撮影を済ませた。

 ウィンドブレーカーを着用して、長い下りに備えた。当初思っていたよりも気温は高かった。それでも下りでは風を強く受けるので、体温が奪われていく。

 ウィンドブレーカーをバタバタとなびかせるようにして下り始めた。まっすぐに下っていくときはスピードを増していき、カーブの手前でブレーキングして減速、曲がる方向にロードバイクを倒していってカーブを抜けていく。

 そういったことを何度も繰り返していった。やがて釣り堀の前を過ぎ去り、そして「おいらん淵」近くのトンネルを抜けていった。

 往路で休憩した「道の駅 たばやま」を通り過ぎると時折上り返しも挟まる。そこでは脚がすかすかであるので、ペースを維持するのに苦労した。それはメンバー全員が同じであった。

 奥多摩湖が見えてきた。往路とは逆に右手に湖面を見ながら走った。このエリアは下り基調であるので、アドレナリンに刺激されてついついペースが速くなりがちであるが、今日はしっかりとペースがコントロールされていた。

 奥多摩湖の駐車場で一息入れてから次なる休憩ポイントである古里駅そばのセブンイレブンを目指した。

 下りながら幾つものトンネルを抜けていき、しばし走った後にセブンイレブンに着いた。ここでしっかりとした補給食を摂った。

 私が選んだのは、「明太子と大葉の和風パスタ」。明太子を使い醤油で仕上げた和風パスタで、比較的さっぱりとした味わいであった。

 ここからはノンストップで走った。しっかりと補給できたので、ややペースは上がった。自宅に帰りついた時にサイコンを確認すると走行距離は170kmであった。

 普段のロングライドよりもかなり長い距離を走った。しかも、柳沢峠では相当に追い込んだ走りとなったので、体に刻み込まれた疲労感は相当に深いものとなった。

 シャワーですっかりと汗を流し去って、リビングのソファでくつろいでいると、疲労からか、その上半身の角度はだんだん緩やかなものになっていき、やがて3人掛けソファの座面にすっかりと横たわっていた。



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