2018/4/10

4410:事故現場  

 数馬までの行程はだんだん上りが多くなってくる。昨日のテニスの影響で太腿が重かったので、無理のないペースを維持したままで走っていった。

 その間、救急車や消防車、さらにパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら走っていった。「事故かな・・・」と思った。奥多摩周遊道路はバイク事故が多いところである。

 数馬のバス停の傍には公衆トイレがある。ここで一息入れた。普段であれば、ここから4km程走った「都民の森」までがフリー走行ゾーンとなり、おのおの耐久力に応じて駆け上がる。

 しかし、今日のゴールは「都民の森」ではなく、さらに3kmほど上った先にある「風張峠」である。「普段とは違うペース配分が必要・・・」と思っていた。

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 ストレッチしたりして体をリフレッシュさせてから、7km以上の厳しいコースへ向けてスタートした。天気は素晴らしく、空は真っ青であった。

 数馬からはしっかりとした上りが延々と続く。「都民の森までは抑え気味で・・・」そう自分に言い聞かせながらクランクを回した。

 220ワットほどの平均パワーで走っていった。メンバーもいつもと違って比較的慎重な走りであった。

 一人のメンバーが先行する形で走ってくれていたので、その背中と一定の距離を保つことによってちょうど良いペースで走っていくことができた。

 順調に距離をこなしていった。心拍数は170〜175ほどで推移していた。通過ポイントとなる「都民の森」が近くなってきた。

 上級者2名はすでにペースを上げていって前に出ていった。「都民の森」まで残り1km程のところから私も少しペースを上げた。

 前を引いてくれていたメンバーの前に出て、2番手を行くメンバーの背中を目指していると、パトカーが見え、警官が交通整理をしていた。

 事故の後処理をしていて、片側交互通行になっていた。残念ながらここで止められてしまった。

 3名のメンバーはここで一旦止まって警官の「止まれ」の指示が解除されるのを待った。そして1,2分ほど待ってからリスタートした。

 事故はバイクと車の接触事故のようで、バイクが炎上したようであった。想像するに、下ってきたバイクがスピードを出しすぎてカーブを膨らんでしまい、上ってきた車に衝突した事故のようであった。

 バイクのライダーの怪我はそれなりに大変だったはず。救急車で搬送された後であったのでその詳細は分からなかった。

 事故現場を通り過ぎてから、それぞれの脚の余力に応じてスピードを上げていった。パワーは240ワットほどに上がっていた。

 そして「都民の森」を通り過ぎた。ここから3kmほどさらに上る。いよいよ勝負エリアに入った。

 ここから風張峠までの道はいつも逆方向に下っていたので、上りの行程がどのようなものだったのか想像できていなかった。

2018/4/9

4409:変更  

 信号に邪魔されながらも睦橋通りを走っていった。ペースはやはりやや速めであった。武蔵五日市駅前を左折した。

 ここからトレインは檜原街道を進んでいった。軽い上り基調の道を走っていき、市街地を抜けた。周囲の風景は道を進むにつれて、鄙びた風情が支配的になっていった。

 そして、やがて道は「陰地」に入っていった。ここは道の両側が鬱蒼とした木々に覆われていて、完全に日陰になるので気温が低い。

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 夏には涼しく嬉しいエリアであるが、今日の気温では少しひんやりとする感じであった。檜原街道を進んでいって檜原村に入ると、やがて道の右側に檜原村の特産物などを売っているお土産屋「山の店」がある。ここには広い駐車場があり公衆トイレもある。ここでトイレ休憩をした。

 ここまで良いペースで走ってきていたので、いつもよりも時間が早かった。「じゃあ、風張峠まで行ってみますか・・・」ということになった。

 チームで風張峠に行くときは、奥多摩湖側から上ることが多い。檜原側から上ることは少ない。私はこちら側からは「都民の森」までしか走ったことかなかった。

 檜原側からは「都民の森」を通り過ぎ、さらに3km程上ると「風張峠」に着く。「数馬までは無理のないペースで走っていって、数馬で一息入れる。その後、風張峠まではフリー走行ということで・・・」ということになり、休憩を切り上げてリスタートした。

 「都民の森からさらに3km上るのでペース配分に気を付けないといけないな・・・普段は都民の森がゴールであるので、そこまでで脚を使い切るようなペースで走るが、今日は都民の森までは抑え気味にいって、そこから先が勝負エリアになるだろう・・・」そんな風に思った。

 まずは数馬まで走った。檜原村役場の前を通り過ぎて「橘橋」のT字路交差点を左折した。ここから数馬までは16km程である。

 上り基調のアップダウンを走っていった。標高が高くなってくると道の周囲に時折桜の花が華やかな色合いを放っていた。このエリアでは桜はまだまだ見頃を保っていた。

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2018/4/8

4408:ハムチーズたまごサンド  

 春は気まぐれである。昨日の土曜日は気温は高かったが、強い風が吹いて花粉や風塵を巻き上げていた。

 そんななか2時間ほどテニスで汗をかいた。その影響か、今朝の6時に目覚めると太腿の筋肉が重かった。

 テニスは瞬発力が要求される。脚の筋肉の使い方もロードバイクと違うのか、軽い筋肉痛になっているようであった。

 今朝は肌寒かった。天気予報は「最高気温は15度で、昨日よりも下がるでしょう・・・」と伝えていた。

 サイクルウェアをどうするか、少し悩んだ。レッグカバーはニータイプにするのか否か・・・グローブはハーフフィンガータイプにするのか否か・・・

 「今日は先週よりも寒いかも・・・」と思いつつ、一つぐらいは季節感を先行させたいような気にもなり、グローブをハーフフィンガータイプに変えた。

 「はやく起きた朝は・・・」を観終えて、自宅を後にした。朝の空気はひんやりとしていた。ハーフフィンガータイプのグローブではやはり指先が冷たい。

 多摩湖サイクリングロードの桜はもうすでに花はほとんどなく、新緑の葉が枝を覆っていた。集合場所であるバイクルプラザまでは約7kmである。

 肌寒い空気の中を走っていって集合場所に着いた。目的地をどうするか話した。「都民の森」に行くことになった。

 今日の参加者は9名であった。そのロードバイクの内訳はKuotaが3台、ORBEAとCOLNAGOが2台ずつ、そしてLOOKとRidleyが1台ずつであった。先週に続きKuotaがシェア率No.1であった。

 9台のロードバイクは連なって走り始めた。朝のうちはやはり気温が低いままであったので、ウィンドブレーカーは着用したままであった。

 9両編成のトレインはいつもよりやや速めの巡航速度で走っていった。小平市の市街地を抜けて玉川上水に沿って走った。

 玉川上水の両側には木々が植えられていて、その色合いは新緑に染まっていた。その緑を次々に後方へ展開させながら走っていくと、最初の休憩ポイントである拝島駅前のファミリーマートに着いた。

 拝島駅の白いフェンスにずらっと9台のロードバイクが並んだ。コンビニに入りトイレを済ませてから、補給食を選んだ。

 補給食には「ハムチーズたまごサンド」を選んだ。ハムとチェダーチーズ、たまごサラダを組み合わせたサンドイッチで、派手ではないが良い味わいであった。

 リスタートして国道16号の下を潜る連絡通路を通り抜けていってから、睦橋通りに入っていった。

 睦橋通りは片側2車線の広い道路で、ほぼ平坦である。走りやすい道であるが、信号が多く、タイミングが悪いと赤信号で何度も止められる。

 今日はどちらかと言うとタイミングが悪かったようで、信号の手前で急に信号が変わったりと、信号にやや翻弄されながら走っていった。

2018/4/7

4407:COPAL  

 私が、目玉焼きが上に乗せられたナポリタンを食べ終わる頃、二人の話題はまたレコードに戻っていた。

 彼女は月に2枚ほどの中古レコードを買うようである。「最近洋楽のレコードを結構買うようになったんです・・・」

 彼女はそう話した。主に彼女が熱心に応援しているインディーズバンドの「ねこ」のメンバーがSNSなどで取り上げたレコードを買っているようである。

 「『ねこ』のボーカルの人が最近のお気に入りとして紹介していたのが、テレビジョンというバンドのファーストアルバムでした。タイトルは『マーキー・ムーン』。これを中古レコード店で見つけて買ったんです。これに今嵌まっていて・・・」

 「テレビジョンか・・・随分と古いバンドだね・・・確か1970年代だよね・・・」

 「ファーストアルバムが1977年です。」

 彼女の発した「1977年」という言葉に反応して、私は頭の中で、「1977年ということは私が14歳の頃か・・・中学2年生・・・随分と昔のことだ・・・」と思った。

 彼女はそのアルバムのことを話し続けていた。カウンター席の右端に置いてある「COPAL」というブランド名が印刷されているパタパタ時計が、何かしら薄いものをきしませる音をかすかにさせて、その表示を変えた。

 その音につられて視線をそちらへ向けた。表示は「8:15」になっていた。瞬間的に「まだ、そんなに時間がたっているはずはない・・・」と思った。「そうか、ここの時計は合っていることはないんだった・・・」と思い直し、その時計を眺めた。
 
 周囲はオレンジ色をしている。全体的に滑らかな曲線を活かした良いデザインをしている。1970年代の製品であろうか・・・もしかしたらさらにその前の1960年代の製品かもしれない。そのデザインは慎ましく穏やかで上質である。

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 長い年月の間に、正確に時を刻むという時計が本来持ち合わせるべき能力は失われてしまったようであるが、ここ「Mimizuku」においては、そんなことはさして重要ではない。正確ではなくても、時を刻み続けることが大切なのであろう。

 この店の中に入ると時間の感覚がおかしくなる。店内は1970年代を思わせる雰囲気である。きっと開店当初からほとんど内装なども変わっていないはずである。

 椅子やテーブル、壁に掛けられている絵やランプ、カウンター席に置かれているSONY製のラジカセやCOPALのパタパタ時計など、きっと当初のままであるはず。

 そして、きっとメニューも変わっていないのであろう。メニュは茶色の皮の表紙が付いている。手に持ってみると少し重い。

 以前、女主人にこの店はいつからあるのか尋ねたことがあった。確か1977年と答えたはずである。

 このCOPALの時計は、1977年からの様々な事柄の推移を刻み続けてきたのであろう・・・そして、その様々な事柄の多さが、正確であった時計の歯車の進行を狂わせ始めているのかもしれない。

 そのCOPALの時計を眺めていると、昨年の夏15歳で亡くなった愛犬メリーの晩年の目を思い出した。その眼球は真ん中が白っぽくなっていて、視力が相当落ちていたはずである。しかし、何かを、目の前にない何かを見ている風であった。

2018/4/6

4406:目玉焼き  

 喫茶店「Mimizuku」の中では、少しムッとするような濃厚な空気が漂っていた。私のためのナポリタンと珈琲がカウンターの上に並んだ。先に来ていた「ゆみちゃん」は、すでにナポリタンを食べ終えて、アイスコーヒーを飲んでいた。

 まずは珈琲を一口飲んだ。「Mimizuku」の珈琲は味わいが澄んでいる。舌の上でまろやかにうねったのち、喉を通り過ぎた。

 そして、ナポリタンにフォークを入れた。実は「Mimizuku」にはメニューに載っていない「裏メニュー」のナポリタンがある。

 と言ってもそれほど大げさなものではない。+100円で目玉焼きをナポリタンの上に乗せてもらうことができるのである。

 これは実は彼女の要請で特別にしてもらっているトッピングである。目玉焼きは半熟気味で、フォークでつつくと黄身がトロリと出てくる。

 それをやや太めでくたっとした柔らかい麺に絡めて食する。まったりとした味わいが口の中に広がる。

 最初は「目玉焼きってどうなの・・・?ちょっとくどくない・・・?」と、隣で「ゆみちゃん」が食べているのを見て思ったが、今ではすっかりとその魅力に魅入られて、ほぼ毎回目玉焼き乗せで頼んでしまう。

 彼女はよくしゃべる。和歌山終身であるが、関西圏の人のノリであろうか・・・そしていつしか話題は車の話になった。

 「車買い替えるんすか・・・前、パンフレット見てましたよね・・・」

 「車ね・・・いくつか試乗してきたんだけど、これっという決定打がなくて・・・どれも良いんだけど・・・今乗っているPOLOが7年も経っているのに、結構良くて・・・」

 「あの車良いですよね・・・デザイン、私も好きです。『かわカッコいい』感じで・・・」

 「そうそう、古い感じがしないんだよね・・・ドイツ車のデザインってそういったところがあって・・・」

 「あのPOLOを見ていると、私が使っているBRAUNの目覚まし時計を連想します。色も黒で一緒だし、醸し出す雰囲気が似ているんです・・・」

 「BRAUNの目覚まし時計・・・あれ良いよね・・・小ぶりで・・・とてもシンプルなデザインなのに、なんだか凛とした表情もあって・・・」

 「無理に買い替えなくてもいいんじゃないんですか・・・気に入っているなら・・・」

 「まあ、それもそうだね・・・不具合が出ているわけではないし・・・」

 確かにもうすぐ納車からまる7年を経過するPOLOはまだまだ元気である。7速DSGが時折発進時にぎくしゃくすることはあるが、それ以外は快調である。

 先日試乗した新型POLOは確かに進化していた。車体の剛性感は2ランクぐらい上がっていたし、自動ブレーキなどの安全装備も充実していた。

 「良い仕事しているよな・・・」と思いながら試乗車から降りた。しかし、フルモデルチェンジ直後はマイナートラブルが生じやすいし、値引きもほとんどない。

 「7月の車検は一旦通して、じっくりと待ってみるかな・・・」そんなことを頭に浮かべながら、ナポリタンを咀嚼した。

2018/4/5

4405:SPIN CLEANER  

 「レコードって洗ってますか・・・?」

 彼女は「Mimizuku」のカウンター席でナポリタンを食べていた。彼女は最近購入した中古レコードのことについてひとしきり話した後、私に尋ねた。

 「もちろん・・・洗うと音が良くなるよ・・・いろんな洗い方があって、一番お金がかからないのが、歯ブラシでゴシゴシする洗い方かな・・・」

 そう答えると、彼女は「歯ブラシですか・・・レコードに傷がつかないんですか・・・?」と怪訝そうな顔をした。

 「大丈夫、大丈夫・・・歯ブラシくらいでは傷つかなよ・・・歯ブラシもデンターシステマが良いんだって・・・硬さは柔らかめ・・・デンターシステマのブラシは細いので、レコードの溝に入りやすいって・・・」

 「そうなんですか・・・でも水をかけるんですよね・・・・レコードラベルがふやけちゃいそう・・・」

 「それを防ぐ専用の道具も売ってるよ・・・」

 そう私は話してスマホをしばし操作して、その商品の画面を出して彼女に見せた。それはレコードのレーベル部分を保護する器具である。

 「こんなものもあるんですね・・・」彼女はその画面を見ながらつぶやいた。

 「歯ブラシで洗うのが面倒かなという場合には、こういうのもあるよ・・・」私はスマホの画面に「Pro-Ject SPIN CLEANER」を表示させて彼女に見せた。

 「これだと値段が1万円を超えるけど、作業はとても簡単・・・プラスチックの容器に精製水と専用の洗浄液を入れてからレコードを縦にセットしてレコードを手で回すんだ・・・すると固定されているブラシがレコードに付着したゴミや埃を取り除いてくれる・・・あとは水気を専用の布でふき取って、乾かすだけ・・・」

 「1万円以上ですか・・・ちょっとお高いかな・・・でもレーベルを保護するカバーも5千円もするし・・・そう考えるとこっちのほうが手間がかからず良いかも・・・」

 「そうだよね・・・オーディオ用ってなるとなんでも高くなるんだよ・・・でももっとすごいものもあるよ・・・レコード洗浄機なのに何十万ってするものもあって・・・『超』の付くようなレコードマニアはそういった高額な機器を使っている・・・レコードのコレクターは1枚ウン十万円のレコードを購入することもあるからね・・・金銭感覚が違っちゃってる・・・」

 「私は1枚1,500円ぐらいの中古レコードしか買わないから・・・レーベルカバーを買って歯ブラシか・・・あるいはこの手で回すレコード洗浄器具かな・・・これってAmazonで売っているんですね・・・13,250円って高いような気がするけど・・・長く使えるなら良いかも・・・これ買おうかな・・・」

 彼女はしばし迷っていた。ナポリタンを食べ終わる頃合いに彼女は急に「やっぱり買ってみよう・・・歯ブラシは面倒そうだし・・・だって歯ブラシだとA面をやってから続けてB面も洗わないといけないでしょう・・・これなら両面1回で済みますし・・・手でくるくる回すだけだから・・・こっちのほうが絶対楽ですよね・・・」と言った。

2018/4/4

4404:3連短  

 「ベラヴィスタ」での昼食休憩を終えて、東吾野方面へ下っていった。東吾野駅でトイレ休憩をしていると、電車が駅に向かってゆっくりと走ってきた。

 東京の桜はすでに葉桜になっているが、この辺りはまだまだ見頃を保っていた。その桜の木々の間を白い電車が近づいてくる様子はとても朗らかなものであった。

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 しかし、「顔振峠」からの帰路は朗らかな気分で過ごすわけにはいかない。三つの短い峠が待ち構えているからである。

 「3連単」ならず「3連短」といった感じで、「東峠」「山王峠」「笹仁田峠」と連続して並んでいる。上る距離はいずれも短いが、3つ並ぶと激坂ヒルクライムを終えた脚にはかなり過酷である。

 その「3連短」のうちいずれかひとつを「バトルモード」ではなく「和みモード」で走れば、体的には随分と楽であるが、Mt.富士ヒルクライムが近づいてきているので、3つとももがく予定でいた。

 まずは東峠、前半は斜度はそれほど厳しくはない。顔振峠を走った後なのでそう感じるのかもしれない。

 後半は若干斜度が上がり、そのまま続く。後半に入ってからペースを上げていった。1963年製のエンジンは旧式の割に頑張って回った。

 とりあえず「3連短」の一つ目を終えた。東峠を原市場方面へ下っていき、しばし走ると今度は山王峠である。

 山王峠は斜度が厳しい。前半はダンシングでその坂道を上っていった。道はやがて左に曲がる。そこから先が後半である。

 後半もペースを維持して、ゴール地点が視界に入ってきた段階でぐっとペースアップした。2つ目を終えた。

 そして、「3連短」の最後を飾るのは「笹仁田峠」である。ここは斜度が緩い。ちょうど笹仁田峠に入った時に先頭を引いていた。

 徐々にスピードを上げていると、かなり早い段階で一人のメンバーがアタックした。相当なスピードで駆けていった。

 「ここは、追わずにじっくりといこう・・・」と判断した。中盤でリーダーもアタック。私は後半からペースを上げた。

 そして最後のスパートエリアでダンシング。最初にアタックしたメンバーをかわして前を行くリーダーの背中を追った。

 追いつくことはできなかったが、差を縮めてゴールした。これで「3連短」は完了である。「別腹」もすっかりと満杯になった状態で笹仁田峠の向こう側に下っていった。

 「激坂」+「3連短」=「ぐったりライド」といった感じのロングライドであったが、上りがすべて終わるとほっとした。後は平担のみである。

 春というよりも初夏に近い雰囲気の空気の中を走っていった。家に帰りついてロードバイクを掃除した。黄色い花粉が相当量付いていた。花粉の発生源エリアを走ったのであるから当然の結果であろう。

2018/4/3

4403:激坂  

 顔振峠の上り口はのどかな風景である。右側には「玉宗寺」という名前のお寺がある。小さな川に沿った道が続いている序盤は比較的穏やかである。

 この先に激坂が続いているとは思わせない導入部であるが、やがて集落がなくなり、民家が途切れると、辺りは鬱蒼とした木々に覆われる。

 そして斜度が「激坂」と評すべきものに変わる。一旦そうなると、あとは「忍」の一文字である。

 私のスプロケは今や定番になりつつある「11-28」であるが、チェーンはすぐさま一番軽いギアに達してしまう。

 心拍数は登坂スピードとは裏腹にすいすいとその数値を上げていく。前半で無理をすると後半激坂にやられてグタグタになってしまう。

 心拍数が180を超えないように注意しながらペースをコントロールした。それでも、厳しい斜度の坂が続き、脚の余力は勢いよく削り取られていく。

 激坂エリアが後半に入ってくると道が大きく曲がる。その曲がるポイントの斜度はぐっと上がる。
 
 ダンシングをおりまぜながらどうにかこうにか激坂エリアをこなしていった。顔振峠の激坂エリアは2km以上続いた。

 ようやく短い下りにさしかかった。その下りを終えるとまた道は上り始める。しかし、激坂ではない。

 ペースを上げて、前を走るメンバーの背中を追った。50メートルほど先にその背中はあった。ゴール手前は斜度がぐっと緩む。

 追いつけそうな差ではなかったが、ラストスパートをして、その差を縮めてゴールした。久々の激坂ライドはやはり刺激的であった。

 峠の頂上にある平九郎茶屋の駐車場にロードバイクを立てかけて、そのそばに座り込んだ。ロードバイクの向こう側には真っ青な空と綺麗なグラデーションを見せる山並みが見えていた。

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 今日は、ヒルクライムを終えた後、この先にある「ベラヴィスタ」に行って昼食を摂る予定であった。

 全員が上り終えて、峠の道標をバックに記念撮影をした。そしてレストランへ向けて走った。「ベラヴィスタ」は道から少し下った斜面に立っている。

 その建物へ向けて降りて行ったが、まだ開店していなかった。しょうがないので店の前でしばし待っていると、話し声に気づいたのか、少し早めにお店を開けてくれた。

 ここはテラス席からの眺めが素晴らしい。今日は晴天であったのでなおさらである。その素晴らしい景色を堪能しながら、各々パスタやカレーライスを頂いた。

2018/4/2

4402:ゴルフ  

 8台のうち3台がKuotaであるトレインは順調に進んでいった。所沢市を抜けると道はやがて入間市に入っていった。

 「栗原新田」の交差点を右折すると「狭山ゴルフクラブ」のコースの合間を通る道を進む。今日から4月である。4月、5月はゴルフコンペが多い時期である。

 「ゴルフも少しは練習しないとな・・・」ちょっと反省モードになった。30代の後半にゴルフに嵌まったことがある。

 毎週2,3度は練習場に通い、年間で40回ほどのラウンドをこなした。大体80台のスコアが出て、ごく稀に70台のスコアも出た。

 その後40歳を過ぎてゴルフ熱は冷めた。練習場からは足が遠のき、ラウンド数も年間20回ほどに減ってしまった。スコアもすっかり低迷・・・

 そんなゴルフに関する現状に「まあ、しょうがないか・・・時間もないし・・・」と最近はすっかりとあきらめモードであったが、「もう一度頑張ってみようかな・・・」という気持ちはわずかではあるが、心の片隅にある。

 「趣味がないのも問題ではあるが、多すぎるもの問題かもしれない・・・」ふとそんなことを思った。

 「仕事をリタイヤしていれば時間は有り余るほどあるが、現役のうちは仕事で時間に追われるので、幾つも趣味を掛け持ちするのは確かに大変・・・」

 そんなことを考えながらクランクを回し続けていくと、道はJR八高線の線路に沿って続いていった。

 入間川を跨ぐ「加治橋」を渡り終えて、少し走ると休憩ポイントである「セブンイレブン飯能川寺店」が道の右側に見えてきた。

 ここでコンビニ休憩をした。トイレを済ませて補給食を選択した。その補給食を駐車場のフェンスに並べたロードバイクの前で胃袋の中に納めた。

 本日のシェア率1位を見事にゲットしたKuotaの3台は仲良く並んでいた。私のKuota Khanはその真ん中で艶やかな黒色を発していた。

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 コンビニ休憩を切り上げてリスタートした。飯能市内を走っていくと道はやがて国道299号に入っていく。

 国道299号は車の通行量も多い。慎重に走った。道は大きくうねり、アップダウンを繰り返していく。

 そのアップダウンをやり過ごしてくと「吾野トンネル」が見えてきた。このトンネルは道幅が狭いのでロードバイクで走るのは危険である。なので、トレインはトンネルではなくその左側を走る旧道へ向かった。

 迂回するように走る旧道走り切ると「吾野トンネル西」の交差点に達した。ここを抜けていくと「顔振峠」の上り口に着いた。

2018/4/1

4401:鏡面仕上げ  

 ここ数日は桜の満開に合わせるかのように穏やかな天気が続いている。今日もそれは続いていた。天気予報は「最高気温は20度以上になるでしょう・・・」と伝えていた。

 しかし朝のうちの気温は10度を少し超えるぐらい、ちょっと肌寒い。サイクルウェアに悩む時期である。

 グローブはハーフフィンガーにすべきかに否か、レッグカバーはフルタイプにすべきかニータイプイニすべき・・・などなど。

 私はどちらかというと寒いのが苦手なので、保守的な選択を済ませて着替えた。そして、25年目に入ったと冒頭でやっていた「はやく起きた朝は・・・」を観た。

 最近は長寿番組が終わることが多い。昨日は「めちゃいけ」が最終回。22年続いた番組である。上の娘は好きでよく観ていたようで、とても寂しがっていた。

 そんななか注目度はそれほど高くはないが、長く続いている「はやく起きた朝は・・・」は貴重な存在のような気がした。

 朝の7時に自宅を後にして、多摩湖サイクリングロードを走った。桜は葉が出始めていた。葉が出始めるとやはり華やかさが少し減退する。

 集合場所であるバイクルプラザに着いて、目的地を話し合った。そして今日の目的地は「顔振峠」に決まった。

 「顔振峠」は「激坂四天王」の一つ。久々の「激坂ライド」である。今日の参加者は8名。そのロードバイクの内訳を見ると、Kuotaが3台、ORBEAが2台、Ridley、LOOK、Ridleyが1台づつであった。Kuotaがシェアトップであった。

 隊列を組んで、春の空気の中を走り始めた。朝のうちはまだウィンドブレーカーを着用していたが、30分も走ると暑くなってきた。

 多摩湖サイクリングロードを抜けて、「武蔵大和駅西」の交差点から多摩湖の堤防に向けて続く緩やかな坂を上っていった。

 そして、多摩湖の堤防に着いた。そこから見る多摩湖の様子が普段と違っていた。湖面がまるで鏡面のようであった。

 湖面が「鏡面仕上げ」になるのには、幾つかの気象条件が伴う必要あるのであろう。その詳細は不明であるが、今日はその条件をクリアしていたようである。

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 湖面のラインを境にして上下逆の景色が向かい合っていた。ここまで綺麗に映り込むことはそうあるものではない。

 その美しい景色を左側面の視界に捉えながらゆっくりと走っていった。多摩湖を過ぎると所沢市である。しばしアップダウンの多いコースを走った。



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