2018/3/31

4400:POLO  

 新型POLOが日本でも3月20日から発売が開始された。営業マンからは「試乗車を用意していますので、時間がある時にぜひお立ち寄りください・・・」と何度か連絡があった。

 確定申告も終わり、そのしわ寄せによりたまっていた月次の処理もようやく片付いて、時間が取れた土曜日に、フォルクスワーゲン小平に向かった。

 すでに旧型となったPOLOに乗り込んで、キーを差し込んで45度右に回した。1.2Lの4気筒エンジンは乾いた音を発してスムースに回り始めた。

 フォルクスワーゲン小平に着いて、ディーラーの建物の中に入っていった。春らしい穏やかな気候の土曜日の午後、店の中はにぎわっていた。

 しばしテーブルに座って出された珈琲を飲んでいると「試乗車の準備ができました・・・」と営業マンが呼びに来た。

 その後ろに付いて行って、駐車場に停まっているPOLOに乗り込んだ。ドアの締まる音の高級度は2ランクぐらい上がっていた。

 新型POLOは、ドアを開けて乗り込んだだけで車としての充実度がぐんと上がっているような気がした。

 新型はもちろんもうキーを差し込んで回す必要はない。シフトレバーの右前にあるスターターボタンを押すと、3気筒エンジンは目覚めた。

 先程まで乗っていた旧型POLOの1.2Lの4気筒エンジンの音と比べて、特に雑な印象はなかった。右足を軽くアクセルにそえているだけであれば、3気筒独特の音や振動が感じられることはなかった。

 サイドブレーキは残念ながら電子式ではなく、旧型と同じ機械式である。この辺は一つ上のGOLFとの差別化のためであろうか・・・

 それを解除してゆっくりと駐車場から新型POLOを走らせ始めた。印象的であったのは、走りがしなやかで実に滑らかなことである。

 「Bセグメントでもここまでやるか・・・」的な上質感は、やはり期待通りである。試乗は市街地のみを15分程度走るだけであるので、車のポテンシャルの全部を探ることはできないが、それでも新型の出来の良さがひしひしと感じられた。

 少々気になっていた1リッター3気筒ターボエンジンは、思っていたよりも出来は良かった。道が空いた時にアクセルを少し強く踏んだ時にもパワーは必要にして十分で、音や振動も想像よりは悪いものではなかった。

 きっともっとアクセを踏んでエンジン回転数が4,000を超えるてくると音が気になるかもしれないが、日常的な使用領域では特に気になるものではなかった。

 「さすがフォルクスワーゲン・・・」と感心しながら、ディーラーの駐車場に戻ってきて、POLOから降りた。後ろ手で締めたドアの音に「Bセグメントの音ではない・・・」と改めて思った。

2018/3/30

4399:ハーツフィールド  

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 JBLのハーツフィールドは1954年の発売である。まだ、モノラルの時代であり、2台ペアではなく1台ごとに販売されていた。

 発売された翌年の1955年にはタイム誌の表紙を飾り「究極のスピーカー」と絶賛された。このハーツフィールドの成功により、JBLの名は一躍世界に広がった。

 ハーツフィールドはかなり大きなスピーカーであるが、Mさんのリスニングルームにおいては、その大きさを感じさせない。

 ハーツフィールド背後の壁は「パイプオルガンをイメージして設計してもらいました・・・」と言われるとおり優雅なデザインが施されている。

 ロードバイクで106kmを走破し、三つの峠を全力で上りきった同じ日の夕方、私はまったく別世界と評したいほどに贅沢な空間に身を置いていた。

 この広々とした空間でレコードコレクターでもあるMさんの貴重かつ膨大なコレクションの一部を聴かせてもらった。

 レコードプレーヤーはEMTとトーレンスのどちらも巨大なものである。その姿かたちからは巨大なエネルギー感をひしひしと感じる。

 JBL ハーツフィールドが聴かせる音楽は実に濃い。濃厚な空気感の中にきらきらと煌めくブリリアントな響きがリスニングポイントに向かって迫ってくる。

 その響きは耳の鼓膜を通じて、脳の聴覚中枢の奥のほうまで届くかのようである。ロードバイクのロングライドで体は相当に疲れているはずであるが、レコードでクラシック音楽を聴いている最中でも意識が遠のくような感覚はなく、むしろ覚醒するかのようであった。

 ハーツフィールドはその大きく美しい姿形からも独特のオーラを盛大にはなっていたが、その奏でる音からも、じりじりと肌で感じるほどに強い輝きを放っていた。

 時代的にはモニターシルバーを搭載したTANNOY GRFとほぼ同じである。しかし、TANNOYが聴かせる世界とは全く別のものである。

 「1950年代のアメリカ・・・黄金期を迎えていたアメリカ・・・ベトナム戦争前のアメリカ・・・」ハーツフィールドの音からはなぜかしらそういった輝かしさを感じた。

 ハーツフィールドのキャビネットは製造されてから60年以上の年月が経過している。完全に乾ききったキャビネットの響きは、黄金期の輝かしい記憶を音として表現しているのかもしれない。 

2018/3/29

4398:春爛漫  

 全員がヒルクライムを終え、恒例の記念撮影を済ませてから、予定通り「奥村茶屋」で「正丸丼」を食べることにした。

 「正丸丼」は、甘辛い味噌で炒めた豚肉が美味しいどんぶり。サラダ、味噌汁、お新香が付いて850円はリーズナブル。

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 テーブル席に座って待っていると順次運ばれてきた。七味を少し振りかけてから頂いた。箸はどんどんと進み、すぐに完食した。

 「正丸丼」に舌鼓を打ち、談笑タイムを過ごした。「奥村茶屋」での休息タイムを終えて、再度ロードバイクに跨った。

 正丸峠を下り、山伏峠の短い上り返しを走った。そして、山伏峠を勢いよく下っていった。下りに備えて着用したウィンドブレーカーは強い風を受けてばたついた。

 山伏峠を下り終えると県道を往路とは逆方向に走っていく。下り基調なので快速でトレインは走った。

 そして一つ目の「おまけのバトルポイント」である山王峠に向けて右折した。右折して少し走ると道は上り始める。

 「山王峠」は距離は短いが斜度はしっかりとある。斜度が上がるとここは300ワット以上の出力で走っていく。

 距離が短いとはいえ高い出力を維持するのは骨が折れる。山伏峠・正丸峠で脚を使い切っていなかったので、どうにか最後まで高い出力を維持できた。

 一つ目が終わると次は二つ目の「笹仁田峠」である。「デザートは別腹・・・」とは言うが、体調がよほど悪くない限りは完食するのが常である。

 「笹仁田峠」は斜度が緩い。それゆえ、30km/hを超えるスピードで上りを駆け抜けていく。ここもどうにか最後まで脚が緩むことなく上りきった。

 これでもう上りポイントはない。あとは平たん路をひたすらすいすいと走っていけばいい。笹仁田峠を重力に任せて下っていくとき、独特の解放感に包まれる。

 春は、ロードバイクで走るのには最適の季節である。今日は「春爛漫ライド」という雰囲気で走れた。

 帰路を走りながら、脚を出して走る季節が近いことを感じていた。「そろそろ、脚の毛を剃らないと・・・」そう思った。

2018/3/28

4397:春霞  

 イーブンペースといっても常にパワーを一定に保つことは不可能である。峠道の斜度に応じてサイコンに表示されるパワーの数値は変わる。

 斜度がきつくなればパワーの数値は増え、斜度が緩めばパワーの数値は下がる。斜度に応じてケイデンスを調整し、ギアを軽くしたり重くしたりしながら、サイコンに表示される平均パワーの数値をある一定のレンジの中に納め続けながら山伏峠を上っていった。

 前半は私がペースメーカになる形で進んだ。山伏峠は斜度が厳しくなる難所が二つある。一つ目か二つ目のその難所で上級者はペースを上げて前に出る。

 今日は一つ目のポイントではばらけることなく、二つ目のポイントで縦に長い展開となった。ペースを上げて前に出ていくメンバーの背中を見送りながら、私はペースを維持した。

 二つ目のポイントを越えると後は比較的緩めの斜度である。先行スタートした2名のメンバーを二つ目のポイントのすぐ先でかわしてその前に出た。

 4名のメンバーはほぼ等間隔で散らばっていた。三番手のメンバーの背中までは60メートルほどであろうか・・・視界の中には納まっていたので、後半はその背中を目指してモチベションを維持すれば、だれずに脚が回るはずである。

 山伏峠の終盤が近づいていた。車が後ろから上ってきた。道路の左側によってやり過ごした。日産のスカイラインであった。

 スカイライン R34・・・発売されたのは1998年。ちょうど20年前である。「ワイルドスピード」でポール・ウォーカーが乗ったのはR34の最上級モデルであるGT-Rであった。

 通り過ぎたのは2ドアクーペではあったが、GT-Rではなかった。R34はスカイラインがスカイラインらしかった最後のモデルである。

 その後ろ姿を一旦は見送ったが、その丸いテールランプは再度視界の中に戻ってきた。上から1台の別の車が降りてきていた。2台の車は峠道の細いところですれ違うところであった。

 道幅がぎりぎりであるので、2台はほとんど止まっていた。私のロードバイクはそのすれ違おうとしている2台の車に行く手を阻まれた。

 左足のクリートをペダルから外して地面に着けた。R34 スカイラインのすぐ後ろで止まった。そしてこの2台がゆっくりとすれ違うのを待った。

 2台の車のドアミラーが擦れるかというばかりに狭い道幅であったので2台は、のろのろと進んだ。ようやくすれ違えた2台は別々の方向に走り去った。

 この間20秒ほど待たされた。ようやくリスタートできたが、前を走っていたメンバーの背中はすっかりと視界から消えていた。

 「このタイミングでこれはないよな・・・」すっかりと意気消沈しながら山伏峠の終盤を走った。

 山伏峠を越えて向こう側へ下った。2度、3度とカーブを曲がり、正丸峠への上り返しの道へ右折しながら入っていった。

 モチベーションを維持するのはなかなか困難な状況であったが、どうにか気を持ち直して正丸峠を上っていった。

 そして上りきった。正丸峠は天気が良いと遠くまで景色が見通せることが多いが、今日は「春霞」で景色はもやっていた。

2018/3/27

4396:上り口  

 小沢峠を上り終えると、小沢トンネルが迎えてくれる。フロントとリアのLEDライトのスイッチをオンにしてその中に入っていった。

 暗いトンネルを抜けると、下りである。重力に身を任せて下りながら右、左とカーブを曲がっていった。カーブする方向に体重をかけながら、ロードバイクを斜めに倒す。

 下り切ると、山伏峠の上り口までつながる県道に入っていく。この道は緩やかな上り基調で、信号が少ないので快速で走れる。

 ちょうど先頭を引いていた。心拍数が140程度の負荷で走っていた。しばし走っていくと隊列の後方から「ストップ・・・!」の指示が出た。

 「パンクか・・・?」と思ったが、一人のメンバーの脚が攣ったようである。私の前に先頭を引いていたメンバーであった。

 まだロングライドが3回目で体がロングライドに慣れていないうえに、小沢峠の上りで先頭を引いた際に少し無理なペースで走ってしまって脚に負担をかけたようであった。

 休憩タイムの後、リスタートした。リスタート後はペースをぐんと下げて6両編成のトレインは走っていった。

 山伏峠の上り口に着いた。ここには公衆トイレがあるのでトイレを済ませて一息入れた。ここから山伏峠の頂上までは4kmほど。

 山伏峠を越えると500mほど下る。途中で右に曲がって正丸峠の上り口に入っていく。そこから1km程さらに上っていくと正丸峠の頂上に達する。

 今日の昼食は正丸峠の「奥村茶屋」で「正丸丼」を食する予定であった。先週は風張峠を越えて「数馬の湯」の中の「レストラン とちの実」で「舞茸天丼」を食した。2週続けてのグルメライドになる予定であった。

 2名のメンバーが先行スタートした。新たにロングライドに参加するようになった2名はまだ体がヒルクライムに慣れていない。

 2名は無理のないゆっくりとしたペースで上っていった。その後ろ姿を見送って数分してから「では、そろそろ行きますか・・・」と、残りの4名はゆっくりとスタートした。

 4台のロードバイクは連なったまま上りの序盤を走った。「今日はイーブンペースで走ってみよう・・・」と思っていた。

 500メートルほどゆったりとしたペースで脚を回してから、サイコンのラップボタンを押して、負荷を上げた。

 「230ワットぐらいのイーブンペースで行こうかな・・・」と思いながら、なるべく脚にかかる負荷がばらつかないように気を付けた。

2018/3/26

4395:光陰  

 「もう、ロードバイクは長いんですか・・・?」

 今日がロングライド3回目であるチームメンバーから尋ねられた。

 「6年ぐらいですか・・・あれもう7年になるのかな・・・」と不確かな答えしか出せなかった。そしてふと考えた。

 「Mt.富士ヒルクライムに参加するのは今年で6回目だから、もうそろそろ7年になるのか・・・」チームのロングライドに参加するようになった翌年からMt.富士ヒルクライムに毎年挑戦している。

 「そうか・・・もうすぐまる7年になるのか・・・『光陰矢のごとし』だな・・・」と思った。年月というものは振り返ると、「もうそんなになるんだ・・・」という感慨をもたらすものである。

 今日のロングライドの目的地は定番コースである「正丸峠」である。参加者は6名である。天候は晴れで春らしい穏やかな空気が気持ち良かった。

 そしてこの定番コースを走る時にいつも立ち寄る「ファミリーマート飯能上畑店」で休憩した。ここは店の前にベンチがいくつか並んでいる。南側を向いているので、天気が良いと陽光が降り注ぐ。

 今日は天気が良かった。ベンチに座って補給食を摂っていると、暖かな空気に包まれて、まったりとした気分になる。

 猫が縁側で日向ぼっこしている時に感じているのと同じようなゆったりとした気持ちでしばしの時間を過ごした。

 「お尻に根が生えてしまいますね・・・」そんな言葉が自然と出る。しかし、いつまでもベンチに座り続けているわけにはいかない。

 後ろ髪を引かれる思いではあったが、この休憩ポイントを離れ、再びロードバイクに跨った。山伏峠の上り口に達するには二つのルートがある。

 「山王峠」を越えるルートと「小沢峠」を越えるルートである。普段はより短い「山王峠」ルートを選択することが多いが、今日は「小沢峠」ルートを選択した。

 6台のロードバイクはトレインを形成して進んだ。道はじわじわと上り基調になってくる。「小沢峠」は斜度が緩いので「峠」という感じはあまりしない。

 じんわりと上っているのでペースを抑えていればそれほど脚に負担がかかるわけではない。ちょうど先頭はロングライドが3回目のメンバーが引いていた。

 かなり良いペースで走っていた。「あれ、大丈夫かな・・・このペースで・・・」と思いながらそのすぐ後ろを走っていた。

 成木峠に向かう道との分岐で、成木峠に向かおうとしていたミツイキサイクルチームのメンバーと遭遇したので、トレインは一旦ここで停止した。

 先頭を引いていたメンバーはハンドルに上体をもたれかけるようにして、呼吸を落ち着かせようとしていた。

 かなり疲弊している感じだった。「先頭変わりましょう・・・」リスタートする際私はそう言って先頭交代した。

 そして、小沢峠の最後の行程を走り始めた。最後だけ斜度が上がる。その先には小沢トンネルが見えていた。

2018/3/25

4394:額縁  

 「確かに変わる・・・すっと伸びる・・・」

 私はほぼ2ケ月に1回の割合でチューバホーンさんが経営する杉並区の「Pro・Fit」で整体の施術を受ける。

 2ケ月ぐらいの時間が経過すると背筋に張りが生じていて、かなり体全体が硬くなっている。特に体の右側にその症状がでるようである。

 その筋肉の張りが原因で腕がすっとまっすぐに上がらなかったり、スムースに上体を左右に回せなくなる。

 施術前にはその具合をチェックする。この2ケ月、ロードバイクや社交ダンス、テニスなどで体を酷使したうえ、確定申告業務を経ているので、体は相当疲弊していた。潤滑油が不足している機械のような具合であろうか・・・

 施術時間は1時間半。鍼も活用して順次筋肉の張りを取っていく。体は少しづつニュートラルな状態に戻っていく。

 そして、施術が終わった段階で、再度両腕の伸び具合や上体の左右への回転の具合をチェックする。

 すると左腕も右腕もすっとまっすぐに伸び、その際の動きも抵抗感がなくスムースである。左右の回転も、ひっかりがなくなりストレスなく回る。

 この瞬間はいつも気持ちの良いものである。「ニュートラルな状態だとこんなに伸びやかな感じなんだ・・・」と思うのである。

 その整体の施術後、チューバホーンさんのリスニングルームに移り、オーディオで音楽を楽しんだ。

 映画「ダンケルク」で観たスピットファイアを連想させるブリティッシュサウンドは実に耳に心地良いものであった。

 そのオーディオタイムの最後に、チューバホーンさんのご希望によりとある検証が行われた。その検証の対象は、まだ正式には市販されていないが、近い将来に販売される予定のGe3の製品である。

 市販前なので製品名はまだないが、その見た目から「額縁」と呼んでいる。実際に額縁のような姿で後ろに付いている紐を利用して壁に掛ける。

 リスニングルームのいずれかの壁にこの「額縁」をかけると、部屋のエアボリュームが聴感上のみ増えたように感じるというまったく理屈が通らない「とんでも商品」である。

 どう考えても「オカルト」であり、こういったものを毛嫌いするタイプの人間が圧倒的に多いオーディオマニアには、受け入れられる可能性はとても低いものである。

 チューバホーンさんも当然オカルト嫌いである。私も実は好きではない。しかし、知人のお宅でその効果のほどを実際に耳で確認すると「訳が分かないけど、確かに効果はあるようだ・・・」と判断せざるえなかった。

 そしてその検証はチューバホーンさんのリスニングルームでも行われた。そして、リスニングルームに響いた音を耳にして、心の中に浮かんだ言葉は、「確かに変わる・・・すっと伸びる・・・」というものであり、少し前に施術ルームで、整体を受けたのちに心の中に響いた言葉と同じものであった。

 私の耳だけに感知される錯覚ではないことは、チューバホーンさんも同じような変化を感じられたことからも推測された。

 ちょっとした余興も行われた。一旦その「額縁」を外して部屋の外に出したうえで、チューバホーンさんのお知り合いのプロの美術家の方が描いた絵が入った「額縁」を同じ場所に掛けてみた。そして音楽をかけた。

 「変わりませんね・・・」

 「もしや・・・」と一抹の期待を込められていたチューバホーンさんは少しがっかりされたようであった。

2018/3/24

4393:スピットファイア  

 映画「ダンケルク」において最も印象的な存在はスピットファイアだったかもしれない。ドイツの戦闘機メッサーシュミットとの空中戦はとてもリアルで、この映画の華である。

 監督であるクリストファー・ノーランはCGが嫌いで、この映画においても一切CGは使用しなかった。つまりスピットファイアとメッサーシュミットの空中戦はすべて実際の戦闘機を使って行われたのである。

 チューバホーンさんのお宅で、TANNOY LANCASTERから放たれるクラシック音楽を聴きながら、私の脳内スクリーンには、映画「ダンケルク」で観たスピットファイアの雄姿が再現されていた。

 「イギリスの音がしますね・・・バランスが良いブリティッシュサウンドです・・・」私はそのスピットファイアの主翼の先端が丸いことを思い浮かべながらそう言った。

 TANNOY LANCASTREを駆動するパワーアンプはQUAD 405 Uである。この両者が醸し出すブリティッシュサウンドの香りは実に耳に心地いいものである。

 この両者の組み合わせが「チューバホーンサウンド」の基本を形作っているように感じられた。その色彩感はまさにスピットファイアのそれである。

 そのブリティッシュサウンドの香りをさらに色濃いものにしているのが、QEDのスピーカーケーブルである。英国製のケーブルメーカーであるQEDの味わいはTANNOYやQUADと同じ出自を感じさせせるものである。

 その他のオーディオ機器は、SONY MS1がトランスポート。DACはO-DAC PRO。そしてプリアンプがMarantz Model7である。

 ピアノ曲、ピアノ連弾、ピアノ協奏曲とピアノものを立て続けに聴いた。その後はショスタコーヴィッチの交響曲第8番の聴き比べをした。

 ムラビンスキーの指揮による演奏をフィリップス盤とアルタス盤で聴いた。同じ音源であるがまったく異なった雰囲気に聴こえる。

 そして私が持参したCDも聴かせてもらった。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番第1楽章である。ピアノはリーリャ・ジルベルシテイン。

 スピットファイアを連想させるブリティッシュサウンドは無理に欲張ってバランスを崩すことはない。落ち着いた心持で音楽を俯瞰できる。

 つい最近の「ケーブルミニバブル」の主役はMITであったが、昨年において出現した「ケーブルミニバブル」の主役はキンバーの電源ケーブルであった。

 キンバーの電源ケーブルには「10」と「14」の2種類がある。私はDACに太い「10」をあてがいトランスポートに細い「14」を使用している。
 
 チューバホーンさんのお宅ではDACに「14」を使い、トランスポートには「是枝モデル・黄色バージョン」を使われていた。

 トランスポートにも「14」を使い、両者を統一した場合にどうなるのか試してみたいとのことで、我が家の「14」を今日はお持ちした。

 デジタル機器のどちらにも「14」を使うと、スピットファイアの色彩感がメッサーシュミットのそれに変わった。

 メッサーシュミットの色合いは、よりくっきりとしていて色鮮やかである。黄色の差し色はモダンである。

 「オーディオ的にはこっちかな・・・でも、音楽を俯瞰する感じは薄らぐか・・・」そんな感想を持った。しかし、それにしても電源ケーブルの音色に対する支配力にはいつものことながらあきれる。

 最後にもう一つの検証も行った。これもチューバホーンさんのご希望により我が家のリスニングルームの壁にかかっている「あるもの」を持参したのである。

 その「あるもの」をくるんでいたエアパッキンから取り出して、チューバホーンさんのリスニングルームの壁にかけてみた。エアコンのリモコンをかけていたフックを利用して左側の壁に設置した。

 そして、先ほどまで聴いてきたCDを聴いた。「スピットファイアはどう変わるのだろうか・・・」「ロールスロイス製エンジンの至高の調べはその姿形を変えるのであろうか・・・」音が流れ出すまでの短い時間、そんなことを思った。

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2018/3/23

4392:ミニバブル  

 オーディオ機器とオーディオ機器を繋ぐインターコネクトケーブルを変えると、音が変わることは多くのオーディオマニアに知られている。

 さらに壁コンセントとオーディオ機器を繋ぎ電源を供給する電源ケーブルを変えることによっても音が変わることも、広く認識されている。

 そのため、オーディオ雑誌では「ケーブル特集」と題して様々なケーブルを比べて、その音質傾向を評している記事が定期的に載ったりしていた。

 「ケーブルバブル時代」というものがあった。十数年前のことである。その当時は非常に高額なケーブルが売れた。

 現在はそう言ったバブルはすっかりとはじけ飛んで、日本ではビジネスとしてはほとんど成り立たない状態であるが、私がオーディオを趣味とするようになった2006年ごろにはまだまだバブル状態が続いていた。

 そのため、当初ハイエンドオーディオ機器に嵌まっていた私は、当然の帰結としてケーブルにも嵌まった。

 その後オーディオ機器がハイエンドの高価なものから、どんどん古い時代のものに変わっていくに従って、ケーブル熱も冷めていった。

 しかし、時折「ケーブルウィルス」は我が家にもたらされることがある。それは多くは外から持ち込まれる。
 
 今年新種のウィルスに感染した。それは「MIT MI330ウィルス」である。自宅でのOFF会の時に「これ、使ってみてください・・・」と持ち込まれたのは、MIT MI330であった。

 見た目はしょぼい。かなり古いケーブルのようである。「ケーブルバブル時代」以前の時代のもののようである。

 独特の肌色のような色合いの被膜にケーブルは覆われていてRCA端子はそれほど頑丈なものではなかった。

 従来から使っていたものを外しこれに替えると、なんだかすっとした。抜けが良くなり空間がさらっとするのである。

 「ヤフオクで2万円ほどで取引されていますよ・・・」とのことであった。この2万円ほどという価格・・・実に厄介なものである。

 これが5万円を超えてくると「まあ、いいか・・・」となるが2万円ほどであれば「試してみる価値あるな・・・」と判断が変わる。という経緯でそのウィルスは私の鼻孔から入り込んできた。

 すぐさまヤフオクをチェックしたが、その時は見かけなかったので、eBayやアメリカの中古オーディオサイトをチェックするとすぐに見つかった。

 ノーマルのMI330だけでなく、その上級モデルであるMI330 Shotgunもついでに購入した。アメリカのほうが価格は安く、ノーマルのMI330で1万円ほどShotgunでも2万5千円ほどであった。

 そして、それらは我が家のオーディオ機器を接続する役目を担い始めた。我が家のオーディオワールドにもたらされた「MIT MI330ウィルス」は宿主をしっかりと見つけたようである。

 「ケーブルバブル時代」のケーブルに比べるとその価格は可愛いものであったが、ちょっとした「ミニバブル」であったと言えるかもしれない。

2018/3/22

4391:舞茸天丼  

 風張峠から3km程下ったところにチームでよく行く「都民の森」がある。普段は檜原方面から上ってくるが、今日は風張峠から下って到着した。

 穏やかな天候であったので、多くの車がその駐車場には停まっていた。そしていつものように多くのローディーの姿もあった。

 昼食はさらにこの先にある日帰り温泉施設である「数馬の湯」の中にある「レストラン とちの実」で「舞茸天丼」を食べる予定でいた。

 そのボリュームは相当ある。「都民の森」にある「売店 とちの実」の名物は大ぶりな3個の団子を炭火で焼いた「みとう団子」か自家製の「カレーパン」であるが、それを食べてしまうと「舞茸天丼」が少々辛くなるかもしれない。

 そこで、下りで体が冷えたこともあり、暖かい「けんちん汁」を補給食に選択した。「けんちん汁」は心和む味わいであた。

 天候は良かった。陽光を浴びていると心も体も暖まった。そして次なる「グルメポイント」へ向かった。

 隊列を組んで勢いよく5km程下っていくとその施設に着いた。日帰り温泉「数馬の湯」である。この中に「レストラン とちの実」はある。

 暖かい温泉に浸かってから食事でもしたいところであるが、そういうわけにもいかないので、施設の中に入りすぐさまレストランへ向かった。

 メニューは豊富である。その中から選択したのは予定通り「舞茸天丼」であった。食券をスタッフの方に渡してテーブル席に陣取った。

 しばし談笑しながら待っていると「舞茸天丼」が到着した。その見た目的なインパクトはやはり凄い。

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 「舞茸天丼」の名前からすると舞茸が主役のように思われるが、3尾の海老の天ぷらが上に乗っていて、視線はまずそちらに注がれる。

 大ぶりな海老の天ぷらを食べ、その下の大きな舞茸の天ぷらも胃袋の中に納めていった。後半になると胃袋の中はかなり満杯状態で、少々箸の動きが重くなってくる。

 どうにかこうにか完食した。味わはやはり素晴らしいが、そのボリュームは50代男性の平均的な胃袋には少々荷が重い。

 消費したカロリーを超えるくらいに大量の補給食を胃袋に納めて、帰路へ向かった。帰路は下り基調であるが、時折短い上り返しもある。その上り返しでは脚がスカスカなのが実感された。

 脚はスカスカであったが胃袋は満杯。「舞茸天丼」の消化に胃袋は四苦八苦しているようであった。

 ノーマルな「舞茸天丼」を小ぶりにした「ミニ天丼」もメニューの中にあり、そちらを選択したメンバーもいた。

 「ミニにしておけばよかったかな・・・」そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら、檜原街道、睦橋通りを走った。

 そして玉川上水に沿った道にたどり着くと、上水の周囲に並んでいる桜の木々のつぼみの膨らみ具合が春を感じさせた。

 「きっと来週は綺麗に咲いているだろうな・・・・」そんなことを思いながら帰路の最終行程を走っていった。



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