2018/2/24

4365:対話  

 リスニングポイントに置かれている座面が少しくたっとして柔らかな座り心地になっている黒い革のソファに座った。
 
 最初にかかったのは、ショスタコービッチの交響曲第5番の第2楽章であった。「おっと・・・奇遇だ・・・」と心の中で独りごちた。

 実はエム5さんのご自宅に来るまでに、車の中で聴いていたのが、シュスタコービッチの交響曲第5番であった。

 EMM LABSのトランスポートに収納されて高速で回転していたのは、ドミトリ・キタエンコ指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の演奏した盤であり、私が車の中で聴いていた演奏者のものとは違う。

 この盤はCD、SACD 2CH、SACDマルチが入っているハイブリッド盤である。聴かせていただいたのはSACDマルチであった。

 SACDマルチは実に盤石な構えで、揺るぎがほとんどない。音のリアルさに対する掛値なし具合が非常に高い。目をつぶって聴いていると、座っている革のソファの座面がさらに3cmほど沈み込んでいくような感覚にとらわれる。

 作り物に対する違和感、つまり「腑に落ちない・・・」という感覚がないので、「落ちてしまう」のであろうか・・・

 そんなエム5さんのリスニングルームでのSACDマルチの凄さは前回訪問時でも経験済みであり、それは前回の訪問から1年を経過した今回も変わりがなかった。

 エム5さんは「今は2CH再生にも力を入れているんです・・・」と話されていた。その後は、SACDマルチとともに、CDやSACD 2CHもいろいろと聴かせていただいた。

 そんななかで強く印象に残ったのは、次の3枚のソフトであった。

 1枚目は、白井光子のメゾソプラノ、ヘルムート・ヘルのピアノ伴奏でのブラームスの歌曲集のCD。レーベルはCAPRICCIO。1987年の録音である。

 「六つのリート」から「野のさびしさ」を聴きながら「沁みる・・・実に沁みる・・・」と心の声が思わずこぼれた。

 齢50を数年過ぎて、人生の折り返し点をとっくに通過し、過ぎし方を振り返ることの多くなった初老の男性の心には実に沁みる・・・長い年月において少なからず傷も負い、皺を刻んできた心には、じわじわと沁みる音楽である。

 2枚目はエフゲニー・スドビンのピアノ、オスモ・ヴァンスカ指揮ミネソタ管弦楽団の演奏によるベートーベン ピアノ協奏曲第4番・第5番。

 レーベルはBISで、こちらはSACDである。ベートーベンの5曲のピアノ協奏曲の中で、一番有名で演奏機会の多いのは第5番「皇帝」である。

 第5番が華やかで壮麗なイメージであるのに対して、その一つ前の第4番はどちらかというと地味なイメージがある。しかし、第4番は個人的にはとても好きな曲である。

 その第4番の第2楽章を聴いた。この第4番は、どこかしらベートーベンの心の揺れのようなものが感じられる。この曲からは難題に立ち向かう強靭なベートーベンではなく、人間が本来持っているもろさや弱さを謙虚な心持で表出しているような印象を受けるのである。

 特に第2楽章は、オーケストラとピアノが対話する形で曲が進む。第2楽章のその対話を聴いていると、べートーベンがより高い存在との対話を通して癒されているかのような展開を感じる。

 オーケストラがより高い存在として問いかけや励ましを語り、ピアノがべートーベンの内面の返答のように聴こえる。

 その演奏を聴き終えて「良い録音と演奏ならCDもSACDも関係ないですね・・・」とエム5さんとしみじみと語った。

 そして、もう一枚強く印象に残ったのは、私が自宅から持ち込んだグレン・グールドのピアノによるバッハのゴールドベルグ変奏曲のCDである。

 これはCDが最初に世に出た時に出されたCDの中の一枚である。当時の定価は3,800円であった。人気があったので、その後度重なり再販された。

 そのCDを聴くと「神がかっている・・・」という言葉が自然と漏れる。そこには自由があり、救いがあり、なにものかからの開放が強く表出されているように感じられる。

 グレン・グールドは様々な奇行で有名で、いわゆる「自閉症」的な性格の持ち主であったが、この演奏においては、その内面がまったく別の次元に浮き出てしまっているかのように感じられる。

 この「解放感」は、再販盤だと希薄になってしまう。CDもレコードと同じように盤によって音楽の濃淡が如実に表れるようである。

 時間にして2時間ほどの滞在であったが、実に濃厚な経験であった。B&Wのスピーカー群はウーファーが馴染み、部屋とのマッチングも進み、システム全体の熟成度が増したようである。それはCDであれSACDであれ、2CHであれマルチであれ、音楽の表情が豊かになったことからも感じられた。 

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