2018/2/4

4345:薄型  

 この約8畳の広さを持つリスニングルームにある三つのプリアンプは、いずれも薄型の躯体を持ち、色は黒である。

 「プリアンプは薄くなくちゃ・・・そして、パワーアンプはがっしりとした筋肉質でないとだめなんだよ・・・プリアンプで巨大なのはNG。パワーアンプで軽いのもだめ。プリは女性的、パワーは男性的・・・そういった組み合わせがぐっとくる・・・」

 これは、もう何度も耳にしたPaoさんの持論である。なので、Paoさんのリスニングルームにあるプリアンプはどれも薄型である。

 そして、そのデザインも優れたものが集まっている。Mark Levinson NO.26Lは言うに及ばず、YAMAHA C2aもYAHAMAらしい精細な清潔感にあふれている。

 AUREX SY-Λ88Uは、一見茫洋としているが、その実しっかりと計算されたような造形バランスを見せている。

 NO.26Lは二人がかりで丁寧に一旦その場所から取り外されて、リスニングルームの床に着陸した。

 そしてそのぽっかりと空いた空間には、Aurex SY-Λ88Uが据えられて、MITのケーブル類が接続された。

 先ほどと同じマーラーの交響曲第5番第1楽章を聴いた。Mark Levinsn NO.26Lとの対比となるが、パワーアンプがMark LevinsonのNO.27.5なので、相性という点では多少不利になるのかもしれない。

 SY−Λ88Uは、素直なまとまりの良さのようなものを感じる。魅惑的なフレーバーは控えめである。

 歪が少なく、清潔感のある音がする。綺麗に整理整頓されて埃のない部屋のような空気感である。
 
 どこかしら内省的で、豊饒さとは別のベクトルを向いている。無駄のない響きはしっかりとしたサウンドステージを形作り、滲みや曇りがない。

 音艶の発色は控えめで、破綻がなく、耳を刺激するような過度な演出は絶対に出てこない。「理系のまじめな大学生」といった印象であろうか・・・かなりのハイクォリティ・アンプであることはまちがいない。どちらかというとクラシック向きかもしれない。

 第1楽章が終わった。もう一度Paoさんと私で、プリンアンプの移動作業が行われた。次にひのき舞台に立ったのは、YAHAMA C2aである。

 このプリアンプは、実に美しく、様になる。YAMAHA独特のきりっとした精細さが目に心地よく、その周囲の空気感が変わる。

 YAMAHA C2aで聴くマーラーの交響曲第5番は、情緒的なうねりの強弱よりも、空間的な抜け具合が印象的であった。

 相当に物理特性の優れたパーツなどが奢られているのであろう。ワイドレンジでありかつ音の粒立ちが良い。

 マーラーの音楽のどこかおどろおどろしい感覚は出にくいが、すっきりと広がるサウンドステージは「爽やかな青年・・・」といった印象を受ける。

 Paoさんは、比較的短期間の使用でこのC2aを見限ってしまったようであるが、それが分かるような気がした。

 Paoさんは「爽やかな青年・・・」とは真逆な存在であるからである。きっと、深い情念・あるいは怨念といったものまでもを、その音楽からくみ取りたいという場合には向いていないのかもしれない。

 C2aもどちらかというとクラシック向き。特に編成の大きな交響曲や協奏曲が向いている。そして、マーラーよりもモーツァルトのほうが合っているような気がした。

 「どう・・・Marantz Model7を手放す気になった・・・?どっちでも持っていっていいよ・・・7万円で、どう・・・?」

 Paoさんは我が家のオーディオを「骨董趣味」と評して、「もっと新しい機械にしたら・・・?」と口にする。

 確かにヴィンテージオーディオはいろいろ忍耐すべき点が多いのは事実である。しかし、Paoさんのところのオーディオ機器もNS5000を除けば、どれも世間一般的にはかなり古いものばかりである。

 それを指摘すると、「いや1970年代以降のものは決してヴィンテージではない・・・」と反論するのであるが・・・私はひそかに「50歩100歩」ではないかと、思っているのである。



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