2018/1/27

4337:音出し  

 C21はしばらく使われていなかったので、その当時の元箱に入れられて保管されていた。昨日はその元箱からC21を取り出したのであるが、その中に取り扱い説明書とパイオニアのオーディオ機器のカタログが入っていた。

 1970年代のパイオニアのオーディオカタログは懐かしく、しげしげと眺めた。レコードプレーヤー、アンプ、カセットデッキそしてスピーカーなど、オーディオ機器が燦然と輝いていた時代の製品群はどこかしら誇らしげでもある。

 カタログには昭和53年のとの記載があった。昭和53年は1978年である。1978年と言えば、私は15歳である。中学3年生。

 その当時我が家には、四本足の着いた一体型のオーディオがあった。おそらく1960年代の製品で、その当時すでに色褪せた存在であった。友人宅にあったそれぞれの機器が独立しているコンポーネントオーディオに憧れたものである。

 1978年当時のパイオニアのオーディオカタログを眺めていると、当時のことが懐かしく思い出された。

 電源が入れられたパイオニア C21は、淡い色合いのオレンジをそのパイロットランプに灯した。さっそくその音を確認することにした。

 ORACLE CD2000に恭しくCDを一枚セットした。ラフマニノフ ピアノ協奏曲が2曲収録されているCDである。第3番の第1楽章を聴くことにした。

 リモコンのスタンバイボタンを押してCDのデータを読み込ませてから、「4」を押してPLAYボタンを押した。

 CD2000が読み込んだデジタルデータは、O-DAC PRO MK2に送られる。そこでアナログ信号に変更されてからパイオニアC21に送り届けられる。

 O-DAC PRO MK2とC21の間をつなぐRCAケーブルは、MIT MI330である。これは一時的に友人からお借りしているものである。

 そして、C21で整えられた音楽信号は、Marantz Model2に送られてスピーカーを駆動できるまでに増幅される。

 C21とModel2とを橋渡しするRCAケーブルは、先日アメリカから届いた同じくMIT MI330。こちらはRCA端子がコレクトチャック式のものであり、お借りしているMI330のマイナーチェンジモデルのようである。

 そして音の出口はTANNOY GRFである。搭載されている「モニター・シルバー」は、昨年分解清掃されて、その身に付いた錆は綺麗に落とされた。英国で60年前に製造されたキャビネットは鈍い光を緩やかに放っていた。

 Marantz Model7と比較すると、C21はSN比が良い。無音時にGRFから漏れ出るサーというノイズは低い。

 音の傾向は、やや乾いた質感で滑らかさ粘りといったものは少なめで、すっとまっすぐに音を出してくる。

 しばし元箱の中で身を潜めていたことや、電源を入れたばかりでまだまだ暖まっていない状況なので、本領を発揮しているわけではないはず。暖まってくれば、その音のほぐれ加減も良い方向に向かうであろう。

 発売当時の5万円という価格からすると、決して「高級機」ではなかったはず。そのため、部品に関してもコストの制約があったので、際立って高性能ということはないはずである。

 そういったことを考慮すると、「実に頑張っているかな・・・」という感想を持った。確かに音の表情はやや硬めで、もう少しこなれてくると音楽の聴こえが違ってくるはず。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の第1楽章が終わったので、CDを入れ替えた。ショスタコービッチの交響曲第8番である。

 リモコンの「3」を押して第3楽章を選択した。演奏はムラビンスキー指揮のレニングラード管弦楽団。録音は1982年である。



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