2017/11/30

4279:カウンター  

 「結婚する気はないの・・・?」

 私は、「Mimizuku」のカウンター席で一つ空けて隣に座っている「ゆみちゃん」に訊いた。カウンターの右端に置いてあるオレンジ色をした「パタパタ時計」が標示している時刻は「PM 7:15」であった。

 しかし、この時計は大概ずれた時刻を表示している。カウンターの上に置いていたスマホの電源ボタンを軽く押すと画面は明るくなりその真ん中に時刻が表示される。「19:07」と表示された。

 「ちょっと怖くて・・・あんまり結婚願望ないのかも・・・」彼女はそう答えた。

 「怖いって・・・上手くいかないかもってこと・・・」

 「う〜ん・・・そうじゃなくて、子供を産むことが怖いのかな・・・」

 「えっ・・・子供・・・?」

 「弟みたいな子供が生まれるかもって・・・思ってしまって・・・」

 彼女は視線をカウンター席の向こう側、キッチンの壁に固定するようにして、家族のことを話し出した。

 彼女の弟は自閉症である。かなり強度の行動障害があり、コミュニケーションもほとんど出来ないようであった。

 彼女の両親は2歳年下の弟のことで大変な状況が続いて、彼女自身はあまりかまってもらえなかったようである。

 彼女の出身地は和歌山である。地元の大学を出た後、就職で東京に出てきたのも、弟の居る実家を出たかったと以前話していた。

 自閉症の原因ははっきりとが分かっているわけではない。先天的な脳機能障害で、遺伝的な要素も大きく関連している可能性が高いようである。

 「遺伝的なものが関わっているのかな・・・」私が呟くようにそう言うと「一卵性双生児で片方が自閉症である場合、もう一方も自閉症である確率は9割を超えて、二卵性双生児だと4分の1。兄弟姉妹の場合、一人が自閉症と診断された場合、兄弟姉妹が自閉症である割合は一般よりもかなり高いそうです。」と彼女は話した。

 自分の弟が自閉症であることは彼女の心に一つの重しのようにのしかかっているようであった。「自分の遺伝子が、自閉症の子供産む可能性が一般よりも高いものだとしたら、やはり少し怖いですよね・・・」彼女は静かにそう話した。

 カウンター席の真ん中あたりにはSONY製の古いラジカセが置かれている。そのカセットホルダーの中には一本のミュージックテープが入っていた。

 そのミュージックテープは、4.76cm/秒のスピードでヘッドの上を通過していた。そしてその小さなスピーカーからは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が控えめの音量で流れていた。

 少し重くなった雰囲気を変えようとたのか、彼女は少し明るいトーンで話し始めた。「実は先日面白い店を見つけたんです。いわゆる『名曲喫茶』って言うんですか・・・とても古そうで・・・場所は高円寺です。まだ、入ったことがなくて、前を通っただけなんですが・・・いつか行ってみたいなって思っていて、もしよかったら一緒に行きませんか・・・?」

2017/11/30

4278:OUTコース  

 昼食休憩を挟んで、後半はOUTコースへ向かった。後半のスタート時間は12時33分。乗用カートに乗り込んでOUTコースのスタートホールである1番ホールへ・・・

 天気は変わらずに曇りである。太陽が顔を出すことはなかった。風は全く吹いていないので、木々が揺れる音がしない。

 鳥の鳴き声もしない。無論もう虫の鳴き声はない。「今日、何組入っているの・・・?」とキャディさんに訊くと「33組です・・・」と答えた。

 あまり混んでいないので、人の声も時折遠くからする程度であった。全体に静かである。気温は12度程度と思われたが、体感的には寒くはなかった。

 1番ホールは、368ヤードのミドルホールである。ティーショットはトップした。低くボールは飛び出してすぐに地面にバウンドした。多少転がったが、距離は全然不足していた。

 セカンドショットでグリーンの手前30ヤードほどのところまでボールを運んだ。「ここからスリーオンしてツーパットでボギー」と皮算用したが、残り距離30ヤードのアプローチショットはバンカー越えの難しいものであった。しかもピンはバンカーを越えてすぐの位置にあった。

 ややフェイスを開いてふわっと浮かせたボールを打つ予定であった。しかし、結果はトップしてボールはバンカーの土手に当たってこちら側に戻ってきた。

 結局このホールはダブルボギー。INコース終盤の悪い流れを引きずってしまったのか、OUTコースはなかなか流れを変えることが出来ないまま、ホール数をこなしていった。

 INコースでは7ホールを終えて、パーが三つでボギーが四つであった。しかし、残り二ホールで大叩きしたのであった。

 OUTコースは7ホールを終えて、ダブルボギーが二つにトリプルボギーが一つボギーが四つという散々な内容であった。

 どうにか一矢報いたいところである。17番ホールは142ヤードのショートホール。8番アイアンで放ったボールはグリーン手前にオンした。

 カップまで相当距離が残ったが、どうにかツーパットで収めてOUTコース初のパーを奪った。少しほっとした。

 最期の9番ホールは388ヤードのミドルである。ティグランドに立つと池が目につく。「240ヤードで池に入ります。それ以下の距離でお願いします・・・」とキャディーさんは言った。

 3番ウッドで放ったボールはやや右に出た。飛距離は220ヤードほど。距離はちょうど池の手前で止まるものであったが、方向が狙いよりもやや右に出て、バンカーに入ってしまった。

 2打目はバンカーから池越えとなる。グリーンまでの距離は150ヤードほど。「これは難しい・・・クリーンに当たればどうにかなるが、少しでもだふると池ポチャは免れない。」

 スコアが良ければ無理にグリーンを狙わずにだふっても池に入らないように左を向いて小さ目のクラブを選択するところであるが、スコアが悪いので「なるようになれ・・・」という感じで7番アイアンを手にしてグリーンに向かってアドレスした。

 結果はやはりだふって池ポチャであった。「残念・・・!」最終ホールはフォーオン・ツーパットのダブルボギーであった。

 後半のOUTコースは「49」であった。トータルは「94」・・・大叩きというほどのスコアではないが、良いスコアでもない・・・私のスコアカードでは、よく見かけるスコアとなった。

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2017/11/28

4277:INコース  

 「今日の最高気温は14度までしか上がらないでしょう・・・」と天気予報は伝えていた。「少し寒いかな・・・特に飯能は東京よりも寒いだろうな・・・」そう思って、車の荷室にキャディーバッグを詰め込んだ。

 スタートは9時45分であるので、9時過ぎにゴルフ場に着けばよかった。場所は飯能グリーンカントリークラブ。自宅から1時間と少しで着く。

 8時少し前に自宅を後にした。ちょうど通勤時間帯であったので、少し時間がかかったが、9時15分にはゴルフ場には着いた。

 天気は曇りである。空には灰色の雲が広がっていて、太陽の姿は見ることができなかった。しかし、風は全く吹いていなかったので体感的には思っていたほどには寒くなかった。

 今日は税理士仲間が集まってのプライベートのゴルフである。「思っていたほど寒くないですね・・・」と挨拶しながら、スタートまでの時間、練習グリーンでパッティングの練習をした。

 スティンプメーターは9.5。やや速いグリーンである。「これは上に付けると神経を使いそうだな・・・」そう思った。

 INスタートであった。10番ホールは396ヤードのミドルホール。朝一のティーショットはいま一つ当りが悪かった。

 グリーンまでの距離が随分残ったのでフェアウェイウッドで2打目を打った。グリーン手前30ヤードほどのところまでボールは転がった。

 そこからグリーンにオンして、ツーパット。大体いつものような感じの「入り」であった。INコースの前半は、それほどバタバタした感じはなく、穏やかにホールをこなしていけた。

 二つのショートホールではどちらもパーであがり、さらにミドルホールでもう一つパーを重ねた。

 INコースの7つのホールを終えたところでパーが三つにボギーが四つ・・・私としては上出来である。

 INコースの残りは二つ。17番と18番である。この二ホールをボギーで収めれば、スコアは「42」である。

 そう思ったのがいけなかったのか、17番はティーショットをミスしてしまい、ダブルボギーにしてしまった。

 INコース最後の18番ホールは522ヤードのロングホール。ティーショット、セカンドショットはけしてナイスショットではなかったが、2打でグリーンまで100ヤードほどのところまで持っていった。

 スリーオンすればパーの可能性が高い。しかし、3打目がシャンクした。ちょっと力んでしまったようである。

 ボールは右斜めに飛んで行ってしまってバンカーに入った。バンカーからは出すだけになってしまい、ようやく次の5打目でグリーンにオンした。

 リズムがすっかり悪くなってしまい、ここから3パット。結局トリプルボギーとなってしまった。INコースは最後の二ホールで、ここまで慎重に築き上げてきたものがガラガラと崩れ去ってしまった。

 ゴルフは甘くない。練習していないと、こういうことはよく起こることなのである。結局午前中のINコースは「45」であった。

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2017/11/27

4276:モニターシルバー  

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 一週間ほど前に、モニターシルバーが戻ってきた。製造されてから60年以上の時を経ているので、その貴重なユニットは多くの錆に覆われ、とある部分が剥離していたりしていたようである。

 分解清掃されて長い年月の間に溜まった汚れはすっかりと落とされた。どうやらすっかりとリフレッシュしたようである。

 PSDの大山さんが愛車のVOLVO S60で、専用箱に入れられた2個のモニターシルバーを我が家まで運んでくれた。

 早速その二つの箱をリスニングルームに持ち込んで、キャビネットに取り付けた。取り付けは、一人でやろうとすると結構大変な作業になるであろうが、二人でやるととてもスムースに事は運ぶ。

 大山さんはTANNOY GRFのキャビネットを指でコツコツとしながら「こんなんで、大丈夫なのかな・・・」と呟いた。

 その英国で製造されたキャビネットは、指でコツコツすると盛大に響く。どこを叩いても響く。響きを抑えるという発想が全くない。

 一方、PSD T4のキャビネットを指でコツコツしても全く響かない。キャビネットの響きは音を濁らせるので、堅牢な構造で隙なくしっかりと組まれていて、高性能なユニットの音のみが響き渡る。

 正反対の思想で作られた二組のスピーカーが、私のリスニングルームに偶然居合わせたことになる。

 取り付けは完了した。では早速音を出して確認するべきところであるが、実は我が家のMarantz Model7が急遽体調不良を訴えて入院していたので、残念ながらその日すぐに音を確認することはできなかった。

 ようやく昨日、Model7が退院して我が家に戻ってきた。今日は仕事を終えてから、綺麗になったモニターシルバーの音を確認することができた。

 モニターシルバーが全身を洗ってもらっている間、大山さんのご厚意によりPSD T4を聴かせてもらっていた。

 その澄み切った音に耳が慣れている状態で、60年も前に製造された盛大にキャビネットが鳴くスピーカーを聴いたら「古い・・・」と絶句する危険性もあった。

 「T4はスポーツカーで、GRFはラグジュアリーセダンだから・・・同じ土俵で勝負する車ではないからね・・・心するように・・・」と自分に言い聞かせながら、聴き慣れたCDをかけた。

 「やっぱり乗り心地が違うもんだ・・・ラグジュアリーだよね・・・ラグジュアリー・・・足回りのセッティングも緩め・・・」

 T4のスポーティーなセッティングに体が慣れていたので、最初のうちは少々物足りなさを感じる場面もあったが、CDでルターのレクイエムを聴き終え、さらにラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴き終え、レコードでバッハのパルティータ第1番を流す段になると、肩の力もすっかりと抜け、その乗り味に耳も慣れてきた。

 パルティータ第1番が収録されたレコードのA面が終わる頃にはなんとなく納得した。「なるほどね・・・GRFにするとオーディオから心が離れるような感覚があるな・・・T4の時にはその高性能なハンドリングやサスペンションの動きに神経が向いたが、GRFになると周囲の風景に心が向くような・・・そんな感じであろうか。

 モニターシルバーは綺麗になった。分解清掃そして移送・・・そういったことはモニターシルバーにとって、少々ストレスであったに違いない。

 GRFのキャビネットに納まって今は少しほっとしていることであろう。これから時間をかけていけば、もっと馴染みよく融和してくるであろうと思えたので、一安心であった。

2017/11/26

4275:将来  

 人生の行方というものは、意外性に富んでいる。ふと振り返って「なんでこんなことに・・・?」あるいは「どうして私は今ここにいるのであろう・・・?」と思う事が時々ある。

 例えば、ロードバイクでのヒルクライムで限界値近い心拍数数で喘ぎ喘ぎクランクを漕いでいる時に「なんで、私はこんな苦行を自ら好んでしているのであろう・・・?」と思う事がある。

 その疑問をゆっくりと紐解いていけば、多摩湖で愛犬の散歩をしている時に、多摩湖の周囲でジョギングをしている人やロードバイクで走っている人を度々見かけて「何か持久系の運動をした方が良いかな・・・もう歳だし、体は衰える一方だから・・・」と思ったことに行き着く。

 「ジョギングよりロードバイクの方が楽そうだし、ロードバイクそのものがものとしてかっこいい・・・」そんなことを思った。

 それが端緒となり、やがてはMt.富士ヒルクライムなどのヒルクライムレースにも参加するようにもなった。

 愛犬を連れて、多摩湖の周囲を走っているロードバイクを見かけた当初は予想だにしなかった展開である。

 今日、私は日野市にある新町交流センターのホールの中にいた。その比較的綺麗で清潔なホールの中で「なんで、私はここにいるのだろうか・・・?」とふと思った。

 このホールでは頻繁にいわゆる「ダンスパーティー」というものが行われる。今日は私が3年ほど前から「初級クラス」で社交ダンスを習っている講師の方(仮名で「ジェニファー」と呼んでいる美しい女性である)が主催されるダンスパーティーに参加したのである。

 まったくひょんなことから、私は社交ダンスの教室に通うことになった。3年ほど前、知り合いから「ウィンナ―ワルツの舞踏会があるから一緒に参加してほしい・・・」と頼まれたのが、そのきっかけであった。

 その舞踏会は「日本・オーストリア文化交流会」が竹橋にある学士会館で年に1回主催するもので、初めての参加者には「ウィンナ―ワルツの踊り方」という講習会を事前に開いてくれた。

 私は全くの初めてであったのでその講習会に参加した。しかし、講習会に参加したからといってすぐに踊れるものではない。

 そこでしかたなく国分寺のダンス教室に通うこととなった。それがずるずると続いていたのである。

 週に1回「初級クラス」のレッスンがある。時間は1時間。2ケ月ごとにダンスの種目を変えて、基本的なステップを習っている。

 ダンスパーティーの参加者は大半が「リタイア組」である。時間がいくらでもあるので毎日のようにダンスをしている。ダンス歴はだいたい10年以上で、それが「生きがい」になっている方々が多い。

 実にこなれた感じで踊る。こちらは週に1回だけしかも「初級コース」で基本的なステップを習っているだけなので、実に肩身が狭い。

 プロのデモ、アマチュアの上級者のデモに混じって我々のような初級者グループの発表もプログラムの中に組み込まれた。

 そして、合間合間にフリーのダンスタイムが入っている。「ワルツ」「タンゴ」「スローフォックストロット」「ルンバ」「チャチャ」といったダンス用の曲が順次流れる。

 みんな器用に踊る。我々初級クラスのぎこちない踊りとはかけ離れていて、踊り慣れたものである。

 ちょっと場違いな感じを心の中に感じながらも、発表を済ませ、フリーのダンスタイムでは「すみません・・・まだ始めたばかりで・・・」と謝りながらどうにかこうにかこなした。

 休日の日中、ダンスフロアに特化したような設計のこの交流センターのホールで繰り広げられる数時間は、私にとって少々居心地の悪いものであった。

 しかし、参加者の真摯なエネルギーには、何かしら感じるものがあった。

 私が「リタイア組」に加入するまでにはまだ11年ほどの時間が残されている。その間は細々と「初級コース」で続けていき、仕事から解放されたら十分な時間を割いて練習し、こういったパーティーにも堂々と参加できるようになるのもいいのかもしれない・・・少しばかり遠い将来のことを思った。
 
 いや、時間の流れが加速して止まない現状を鑑みると、それは「少しばかり遠い将来」ではなく、「もうすぐそこにある将来」なのかもしれない。

2017/11/25

4274:KRELL STUDIO  

 リスニングポイントから見て右側に設置されている大型のラックにはいくつかのオーディオ機器が設置されていた。

 アンプは「オーディオショップ・グレン」の定番的な存在であるLEAKのものが設置されていた。プリアンプはPoint One Strereo、パワーアンプはTL-10であった。

 そして、レコードプレーヤのROKSAN XERXES10も設置されていたが、こちらは今日は出番がなかった。

 デジタル系の送り出しは、ちょっと変わっていた。小暮さんの個人的なコレクションであるGOLDMUND MIMESIS39AとMIMESIS12のペアもあったが、それ以外にWadia WT-2000Sの姿もあった。

 これはコンパクトで電源部が別躯体となっているCDトランスポートである。メカはTEAC製のものが使われている。1990年に発売されたもので、シャープなデザインである。

 そしてKRELL STUDIOの姿もあった。こちらは1993年に発売されたDAコンバーターである。どうやらWadia WT-2000SとKRELL STUDIOがペアとなっているようであった。

 まずはGOLDMUNDのペアでCDを聴いた。EMPIRE 8000Pを聴くのはもちろん初めてである。コンパクトであるが、一切手抜きが無く、しっかりとした物量が投入されたことが窺える優れた表現力を備えていた。

 聴いた曲はドボルザークのチェロ協奏曲ロ短調の第1楽章であった。チェロの音域あたりの表現力は出色のものがあるのかもしれない。

 続いて、CDをWadiaのCDトランスポートに移動させた。DAコンバータはKRELL STUDIOである。この両者、メーカーは違うが何故かしらその醸し出す雰囲気に共通項があるように感じられた。

 GOLDMUNDのペアに比べると明らかに温度感が高い。音の厚みがぐんとアップした印象を受けた。チェロのダイナミックなボーイングがより切れ良く伝わってくる。

 GOLDMUNDが全体を俯瞰しバランスよく表現するのに対して、WadiaとKRELLのペアは押し出しが強く、抑揚をダイナミックに出してくる。

 大川さんはメインではORACLE CD2000とZanden Model5000のペアを使われているが、KRELL MD-10とKRELL STEALTHのペアをお持ちである。

 グールドさんは大のKRELLファンでCDプレーヤーはKRELLの一体型CDプレーヤーであるCD-DSPを使われている。

 お二人ともこのWadiaとKRELLのペアには興味津々のようであった。私もこの二つのペアが見せてくれる異なった音世界に興味津々であった。

 その後も何枚かのCDを聴き比べた。グールドさんが持参されたグレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲もかかった。

 やはり、最初に受けた印象が深まるばかりで、CDによって印象ががらっと変わることはなかった。

 グレン・グールドの幾何学的な世界観にはGOLDMUNDの方があっているように感じたが、ドボルザークのロマンチックでダイナミックな世界観にはWadiaとKRELLのペアが嵌っているような気がした。

 「グレン隊 第1回」では、とても珍しい体験をさせてもらった。EMPIRE 8000Pは既に嫁ぎ先が決まっているとのことであった。

 そして、Wadia WT2000Sも同様であった。唯一KRELL STUDIOはまだ販売中とのことで、グールドさんは真剣な表情でそのDAコンバーターを見つめていた。

2017/11/24

4273:グレン隊  

 「オーディオショップ・グレン」に着いた時には、周囲はすっかりと暗くなっていた。今は5時になると辺りは真っ暗である。

 灰色の鉄製のドアをノックすると、暗い空間に鈍い音が響いた。ややあって「どうぞ・・・」という声が聞こえた。

 中に入ると「どうも・・・」という感じで三人の方と挨拶した。その三人は、この店のオーナーの小暮さんと、大川さん、グールドさんであった。

 今日は、「グレン隊 第1回」という催しであった。まあ、催しというほどのことではないのであるが、「オーディオショップ・グレン」の常連さんが集まっての試聴会ということのようで、私もメールでお誘いを受けた。

 大川さんとグールドさんとは面識がある。大川さんのお宅には3回ほどお邪魔したことがあるし、我が家にも来ていただいたことがある。グールドさんのお宅には一度お伺いした。

 「オーディオショップ・グレン」は主にヴィンテージ機器を扱うことが多いが、19990年代の製品も結構扱っているようである。

 大川さんもグールドさんも1990年代の製品をメインに使われている。今日は送り出しにその時代のものを使うようである。

 そして、スピーカーは1960年代の珍しいものが入ったので、それを聴いてみましょうということになった。

 オーディオショップ・グレンの広さは15畳ほどであろうか・・・縦長の部屋の短辺側に見慣れないスピーカーがセットされていた。

 それは小さくコンパクトなもので、円柱形をしていた。その「円柱」の高さはそれほどの高さはなく、空間の中にすんなりと納まっていた。

 「これか・・・初めて見るスピーカーだな・・・」そう思いながら、リスニングポイントに置いてある三人掛けソファーの左に腰かけた。

 その「円柱」の意匠は確かにヴィンテージのものであった。円柱の正面にはユニットが二つ見える。

 それらは小さめなユニットが二つ縦に並んでいて円柱の中に小型2ウェイスピーカーが埋め込まれているかのような印象を受けた。

 円柱の天板は大理石のようである。その上に美術品なり花を活けた花瓶を置けば、飾り棚のように見えてしまうかもしれない。

 「このスピーカーはアメリカ製でEMPIRE 8000Pです・・・小さなスピーカーですがなかなか良い製品です・・・」と、小暮さんは紹介した。

 「こういった製品はかなりお洒落な部屋に置かないと活きないだろな・・・」と思いながら眺めた。

 見えているユニットは二つだけであるが、ウーファーは内部に隠れている。実は3ウェイのスピーカーである。今日の主役はこのEMPIRE 8000Pであった。

2017/11/23

4272:ルンバ  

 最近祝日は月曜日に無理やり移動させられることが多い。「体育の日」は10月10日、「敬老の日」は9月15日と覚えていたが、現在ではそれは意味のないこととなった。

 しかし、11月の二つの祝日は強制移動を逃れている。11月3日は「文化の日」で、11月23日は「勤労感謝の日」である。

 勤労感謝の日は、「国民が勤労を尊び、生産を祝い、互いに感謝し合う日」である。朝から冷たい雨が降っていた。

 午前中は、事務所で仕事であった。勤労感謝の日に、勤労するのは良いことなのか、あるいは勤労せずにいるべきなのかは不明であるが、溜まった仕事をこなした。

 午後からは社交ダンスのレッスンである。「初級クラス」の6名は、日曜日に行われる予定のダンスパーティーで発表がある。

 初級クラスであるので、それほど難しいステップではないのであるが、参加者から見られていると思うと、相当緊張するであろう。

 種目は「ルンバ」。ラテンに分類される。時間は3分弱で、決まられたステップを6名、3ペアで踊る。

 今日はその最終レッスンである。曲に合わせて1時間ほど繰り返し、講師からポイント、ポイントで修正してもらった。

 ダンスパーティーでは、プロのデモンストレーションもある。どのスポーツの分野でもそうであるが、プロは別格である。

 それは社交ダンスでも同じ。プロのデモを見ていると「どれだけ体幹が強いんだろうと・・・」と思えるほど、体がしなやかで強靭である。

 その他幾つかのグループが、社交ダンスを披露する訳であるが、我々は「初級クラス」であるので、当然のことながらレベルは低い。

 レベルが低いのであるが、それぞれの参加メンバーは必死である。1時間のレッスンを終えるとぐったりとした。

 特に背筋が疲れた。私は普段、どちらかというと猫背気味である、さらにロードバイクで走っている時の姿勢は背中が丸まっている。

 それを社交ダンスの時には、これでもかと言うくらいに背筋をピンと張らなければならない。普段しなれていない姿勢を強要されるので背筋が疲れるのである。

 「本番ではミスを怖がってこじんまりと踊らずに、ぱっといきましょう・・・もっと抑揚をつけて・・・」

 と講師である「ジェニファー」は言った。ついついステップを間違わないようにと、こじんまりとした踊りになってしまう初級クラスのメンバーであった。

2017/11/22

4271:二つの世界  

 Kuota Khanを「顔振峠」の道標に立て掛けて、記念撮影をした。時間に余裕があれば、峠の茶屋に寄って疲れた体を休めたいところであったが、残念ながら時間の余裕はほとんどなかった。

 とんぼ返りで引き返した。帰路はノンストップで走る予定であった。午後からは明治記念館で行われる披露宴に出席しなければならなかった。

 11時30分には家を出れば披露宴に間に合うはずであった。折り返した時の時刻は9時25分。時間的な余裕はなく、ぎりぎりな感じであった。

 顔振峠を勢いよく下っていった。上る時は20分ほどかけて苦労して上ってきたが、下りはあっという間である。

 国道299号に戻り、この道をまたひたすら走った。国道299号は軽いアップダウンがある。その路面のうねりにKuota Khanをぴたっと乗せるようにして、一定のスピードで走った。

 カインズホームが角にある交差点で飯能市街方面へ右折した。飯能駅前の市街地を抜けると、八高線の線路が見えてきた。

 距離を重ねていくと、体の疲労感も積み重なっていった。単独走はやはり疲れる。しかもペースはいつもよりもやや速め。

 八高線の踏切を渡るポイントが近づいてきた。そのポイントで左折して踏切を渡った。しばし住宅街の中を抜けてから右折し、「栗原新田」の交差点を目指した。

 「栗原新田」の交差点まで達すると、「もう少しだ・・・」と思えてくる。この交差点を左折して、少しペースを上げた。

 県道をひた走ると、やがて道は多摩湖へ向かう上り道へ差し掛かった。この上りを走り終えると多摩湖の堤防である。

 その上りをどうにか走り切った。多摩湖の堤防は晴天に誘われて多くの家族連れが来ていた。人をかき分けるようにして走り、堤防を渡り切った。

 どうにか予定通りの時刻に自宅に帰りつくことが出来た。素早くシャワーを済ませて、礼服に着替えた。

 そして、Kuota KhanからBMW523i Touringに乗り換えて、明治記念館を目指した。523iは納車から1年以上が経過して、走行距離も2万4,000キロを超えた。

 NAVIに従って走っていった。心配された渋滞はほとんどなく、開宴の30分以上前に明治記念館の駐車場に到着した。

 披露宴は、つつがなくそして賑やかに行われた。明治記念館で出された御馳走で、ロングライドで消費したカロリーは十二分に補えたようである。

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 顔振峠の木々に覆われた峠道と、明治記念館の豪華な祝宴は全く異なった二つの世界である。この決して交わらない二つの世界を今日は堪能できた。

2017/11/21

4270:ヒルクライム  

 上り始めはそれほど斜度はきつくない。表面がちょっとがたがたとする舗装路は小さな集落の中を通っていて民家もちらほらと見える。

 道の右側は川が流れている。白いガードレールが道なりにうねっていて道路と川を隔てていた。やがて白いガードレールは途切れた。

 しばし行くと散在していた民家もなくなり、道の両側を木々が覆い始める。それとともに斜度も上がってくる。

 10月は雨に祟られほとんどロングライドできなかった。11月は私用が日曜日と重なり、充分な時間をロングライドに割けない。

 走り込みは不十分であるので、当然の帰結として調子はあまり良くない。今日も速いペースで走るわけにはいかなかった。

 出力は220ワット程度、心拍数は170前半に抑えて走る予定であった。斜度が上がってくると平均パワーも心拍数もその予定値にすぐさま到達した。「無理をしないで、抑え気味で・・・」と自分に言い聞かせながらクランクを回し続けた。

 峠道は静かであった。車はほとんど通っていなかった。上っている間に通過した車は1台だけであった。

 鳥の声もしない。時折風景が広がるエリアもあったが、多くは道の両側を木々が覆い、アスファルトには木漏れ日のまだら模様が不規則に描かれていた。

 路面の状況はあまり良くはなかった。ロードバイクの走行音が峠道に響いた。そしてその乾いた走行音に私の呼吸音が覆いかぶさった。

 上る距離は4km程で、中盤の斜度が特に厳しい。この斜度が厳しいエリアで脚を使い過ぎてしまうと、斜度が緩み始めてもしっかりと踏ん張れなくなってしまう。

 中盤の斜度が厳しいエリアを走っていった。サイコンに表示される斜度は11〜15%。20%を超えるようなことろはほとんどないが、やはり厳しい峠道である。

 ダンシングを入れながらどうにかこうにか上っていった。顔振峠の終盤には短い下りが入る。そこに到達すれば、ゴールまでもうそれほどの距離はない。

 道の周囲が広がり小さな集落が見えてきた。この集落の途中から下りが入る。短い下りを勢いよく下りきると、また道は上り始めた。

 しばし上っていった。ゴール手前はぐっと斜度は穏やかになる。「もうそろそろかな・・・」と思っていると、カーブしながら斜度が厳しくなるところがあった。

 「まだ、あったのか・・・」と思いながらダンシングで上っていくと、ようやく斜度が緩やかになった。

 「ゴールが近い・・・」そう思った時、前方にローディーの背中が見えた。ペースを上げていくとその背中が近づいてきた。

 ラストスパートしようとしたが、斜度が緩くなったゴール手前でシャカリキになって前を行くローディーをかわすのは、ちょっと大人げないような気がして、クランクを回すペースを落とした。

 前を行くローディーと一定の距離を保ったまま峠の頂上に達した。Kuota Khanを峠の道標に立て掛けて、記念撮影をした。

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 ヒルクライム区間の平均パワーは218ワットであった。最大心拍数は175であった。ゆっくりと休憩する時間はなかったので、すぐさま引き返すことにした。



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