2017/9/16

4205:CD2000  

 CD2000の銀色の蓋を開けた。その蓋は工芸品的な造形美を誇り、静かに光を反射していた。それを慎重に脇に置いた。

 そして、一枚のCDをその蓋が覆っていた窪みのなかにセットした。そして取りはずして脇に置いてあった蓋を再度上に乗せた。

 蓋を取り外す際に指を入れる穴を所定の位置にぴったりと合わせた。その状態で眺めるCD2000のデザインは実に独創的である。

 一種神秘的とも言えるその造形は、目の前にあるものがオーディオ機器なのか、現代美術のオブジェなのか判断に迷うほどである。 

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 四隅にはDelphiでも使われているスプリングによるフローティング機構が設けられている。アクリルとアルミで形作られているので、全体の印象は冷徹であるが、シャーシが描く優雅なラインがその冷徹さに若干の有機的な色合いを加えている。

 最初に聴いたCDは、マーラー交響曲第4番第1楽章であった。演奏はピエール・ブーレーズ指揮クリーブランド管弦楽団。

 私の従前のシステムとの変更点は、CDトランスポートとデジタルケーブルである。BOW TECHNOLOGIE ZZ-EIGHTとAT&Tの業務用デジタルケーブルとの比較ということになる。

 その音の第一印象は「音が淡くなり、空間が広がった・・・」というものであった。ZZ-EIGHTは、ある意味「盛っていた」と思われた。

 特に中低域のふくらみ感は、確信犯的に「盛っていた」ようである。CD2000になると全体にプロポーションがすっきりとしたスレンダー体型になった。

 CD2000の方が、アキュレートな音質と言えるであろう。しかし、ZZ-EIGHTの「盛り」に慣れた耳には少しばかり、味わいが薄いとも感じられる。

 しかし、このあたりはデジタルケーブルなどで調整可能な範囲である。大川さんがお持ちのVooDoo CABLEは、その名前のおどろおどろらしさとは正反対の知的で冷静沈着な性格のケーブルのような気がした。

 これをもう少し色気のある音色をもたらすデジタルケーブルに換えると、随分と印象は変わるはずである。

 音のクオリティー自体は相当に高い。セッティングしたばかりでこの質感であれば、環境に馴染んでくるに従って、さらに高いレベルまで上がるはずである。

 その後、CDはベートーベンのチェロソナタ第3番に切り替えた。こちらも第1楽章を聴いた。チェロはジャクリーヌ・デュ・プレである。

 バレンボイムと出会う前の重要なパートナーだったコヴァセヴィッチと、1965年に録音した演奏である。

 録音当時、デュ・プレは若干20歳である。その年齢の時の演奏とは思えないほど全体の造形が見事。

 そして、彼女らしい内に秘めた情熱がほとばしり、それと同時に冷徹な楽曲分析が演奏の随所に見え隠れする。

 デュ・プレの天才としか言えない演奏をしっかりとサポートするコヴァセヴィッチのピアノも素晴らしい。

 CD2000で聴くと「情熱」よりも「理知」が若干勝る。チェロとピアノの定位もしっかりとして揺るぎない感じ。

 当然のことながらZZ-EIGHTの時とは受ける印象が異なる。

 「良いですね・・・CD2000・・・冷静で知的な印象です・・・」

 べートーベンのチェロソナタ第3番第1番が終わった後で、大川さんにその印象を語った。

 「もしよろしければ、ZZ-EIGHTが戻ってくるまでお貸ししましょうか・・・?我が家にはKRELL MD10がありますから・・・」
 
 と、大川さんからは嬉しい提案がなされたが、この高価なCDトランスポートをお借りして、誤って傷でもつけたら大変との思いから、「いえ、いえ、今日でけで大丈夫です・・・貴重なものですから・・」と返答した。

 その後、数枚のCDを聴いた。「このトランスポートは素晴らしい・・・」その思いは確信に変わっていった。

 CD2000はデザインの素晴らしさはもとより、奏でる音の質感も素晴らしいものであった。「いつかはこの構図を手に入れたい・・・」と二つのORACLE製品がMarantz MODEL7を挟んで対峙している光景を眺めながら思った。



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