2017/8/11
4169:ねこのコネ
「ゆみちゃん」はいつもと変わらない風に入ってきた。「こんばんわ・・・」と挨拶して、カウンター席に座った。
彼女は和歌山出身であるので、ふとした言葉の端々に関西風のイントネーションが混じる。彼女の「こんばんわ・・・」は、尻上がりのイントネーションではなく、「こ」にアクセントが軽くつく。
CF-2580の中で順調に回転をしていたクラフトワークのミュージックテープはA面の収録曲を全て終えて、無音の領域に入り込んでいた。
そこで一旦ストップボタンを押してテープの回転を止め、さらにイジェクトボタンを押してカセットテープを取り出した。
取り出したテープは、ケースに慎重に納め、ボックスにしまった。CF-2580は古い機械であるが、正確に動いている。操作ボタンを押すときに発せられるカチャっという操作音もカッシリとしていて安心感がある。
「ゆみちゃん」は、ナポリタンとアイスコーヒーを女主人に頼んだ。そして、おもむろに鞄の中からカセットテープの入ったケースを取り出して言った。
「出たんです・・・『ねこ』の4枚目のアルバムが・・・今回もCDと一緒にカセットも出ました。タイトルは・・・『ねこのコネ』です・・・!」
「『ねこのコネ』・・・?意味不明だな・・・まあ、これまでの3枚のアルバムタイトルも意味不明なものが多かったけど・・・」
私は微笑みながら、そのカセットケースを手に取った。インデックスカードの表面には、真ん中に緑色のネクタイを締めた黒猫がいて、その左にはハトが、そしてその右側にはスーツを着たサラリーマンの男性の後ろ姿が、軽妙なイラストで描かれていた。
その黒猫が、サラリーマンをハトに紹介しているという風情である。両者は軽くお辞儀をしている。ユーモアのあるイラストである。
「ねこ」は、彼女と同じ和歌山出身のインディーズバンド。彼女は贔屓にしていて、今まで出たアルバムは全て持っている。
変わっているのは、CDだけでなく、カセットテープでもアルバムを全て販売していること。彼女はCDとカセットテープを両方購入している。
彼女はSONY製の古いラジカセを持っている。一度そういった懐かしいラジカセを修理して販売している専門店に一緒に行った。その時に購入したものである。
CDの方はパソコンで読みこんでスマホに登録しイヤホンで聴いているようである。自分の部屋ではカセットテープをそのSONY製のラジカセに入れて聴くと話していた。
「かけてもいいですか・・・?」
彼女が訊いてきたので、「もちろん・・・」と答えて、手に取っていたカセットケースを彼女に返した。
彼女は慣れた手つきでカセットテープを取り出して、CF-2580の中にいれ、プレイボタンを押した。
どこかしらロボットの目のようにも見える、二つのハブがゆっくりと一定のペースで回転し始めた。
スロウなテンポのフォークロックが流れ始めた。その良さを理解することは私にはできないが、彼女は曲のテンポに合わせて軽く顔を上下させて、ご満悦のようであった。
「オーディオの方は調子はどう・・・?」
彼女のオーディオは一度カートリッジの不調があった。その後は大丈夫のようであるが、なんせ古い機械であるので、心配になって訊いてみた。
「大丈夫です・・・今のところ・・・レコードも増えたんですよ・・・もう20枚ぐらいになったかな・・・」
「結構増えたね・・・今一番聴くのは・・・?」
「五つの赤い風船の『おとぎばなし』かな・・・」
「また、渋いね・・・」
「ちょっと暗いかな・・・」
「まあ、30歳の独身女性が聴くレコードじゃないかも・・・」
そんなとりとめのない話をしばらく続けていた。彼女のナポリタンも出来上がり、アイスコーヒーと一緒に彼女の前に置かれた。
カセットテープが回転するスピードに合わせるかのように、ゆっくりとそのオレンジ色の物体は、白い皿から彼女の胃袋の中へと移動していった。
「あっ・・・そうそうtaoさんに訊こうと思っていたんですけど、カセットデッキを買おうかと思っているんですけど、どうですか・・・?カセットデッキ・・・?」
彼女はふと思い出したようにそう言った。私は残り少なくなっていた自分のアイスコーヒーの最後の部分をストローで吸い上げているところであった。
「ズズッ・・・」と黒い液体とともに空気もストローの中に入り込んでしまう音がした。その音を感知して、吸い込むのを止めた。
彼女は和歌山出身であるので、ふとした言葉の端々に関西風のイントネーションが混じる。彼女の「こんばんわ・・・」は、尻上がりのイントネーションではなく、「こ」にアクセントが軽くつく。
CF-2580の中で順調に回転をしていたクラフトワークのミュージックテープはA面の収録曲を全て終えて、無音の領域に入り込んでいた。
そこで一旦ストップボタンを押してテープの回転を止め、さらにイジェクトボタンを押してカセットテープを取り出した。
取り出したテープは、ケースに慎重に納め、ボックスにしまった。CF-2580は古い機械であるが、正確に動いている。操作ボタンを押すときに発せられるカチャっという操作音もカッシリとしていて安心感がある。
「ゆみちゃん」は、ナポリタンとアイスコーヒーを女主人に頼んだ。そして、おもむろに鞄の中からカセットテープの入ったケースを取り出して言った。
「出たんです・・・『ねこ』の4枚目のアルバムが・・・今回もCDと一緒にカセットも出ました。タイトルは・・・『ねこのコネ』です・・・!」
「『ねこのコネ』・・・?意味不明だな・・・まあ、これまでの3枚のアルバムタイトルも意味不明なものが多かったけど・・・」
私は微笑みながら、そのカセットケースを手に取った。インデックスカードの表面には、真ん中に緑色のネクタイを締めた黒猫がいて、その左にはハトが、そしてその右側にはスーツを着たサラリーマンの男性の後ろ姿が、軽妙なイラストで描かれていた。
その黒猫が、サラリーマンをハトに紹介しているという風情である。両者は軽くお辞儀をしている。ユーモアのあるイラストである。
「ねこ」は、彼女と同じ和歌山出身のインディーズバンド。彼女は贔屓にしていて、今まで出たアルバムは全て持っている。
変わっているのは、CDだけでなく、カセットテープでもアルバムを全て販売していること。彼女はCDとカセットテープを両方購入している。
彼女はSONY製の古いラジカセを持っている。一度そういった懐かしいラジカセを修理して販売している専門店に一緒に行った。その時に購入したものである。
CDの方はパソコンで読みこんでスマホに登録しイヤホンで聴いているようである。自分の部屋ではカセットテープをそのSONY製のラジカセに入れて聴くと話していた。
「かけてもいいですか・・・?」
彼女が訊いてきたので、「もちろん・・・」と答えて、手に取っていたカセットケースを彼女に返した。
彼女は慣れた手つきでカセットテープを取り出して、CF-2580の中にいれ、プレイボタンを押した。
どこかしらロボットの目のようにも見える、二つのハブがゆっくりと一定のペースで回転し始めた。
スロウなテンポのフォークロックが流れ始めた。その良さを理解することは私にはできないが、彼女は曲のテンポに合わせて軽く顔を上下させて、ご満悦のようであった。
「オーディオの方は調子はどう・・・?」
彼女のオーディオは一度カートリッジの不調があった。その後は大丈夫のようであるが、なんせ古い機械であるので、心配になって訊いてみた。
「大丈夫です・・・今のところ・・・レコードも増えたんですよ・・・もう20枚ぐらいになったかな・・・」
「結構増えたね・・・今一番聴くのは・・・?」
「五つの赤い風船の『おとぎばなし』かな・・・」
「また、渋いね・・・」
「ちょっと暗いかな・・・」
「まあ、30歳の独身女性が聴くレコードじゃないかも・・・」
そんなとりとめのない話をしばらく続けていた。彼女のナポリタンも出来上がり、アイスコーヒーと一緒に彼女の前に置かれた。
カセットテープが回転するスピードに合わせるかのように、ゆっくりとそのオレンジ色の物体は、白い皿から彼女の胃袋の中へと移動していった。
「あっ・・・そうそうtaoさんに訊こうと思っていたんですけど、カセットデッキを買おうかと思っているんですけど、どうですか・・・?カセットデッキ・・・?」
彼女はふと思い出したようにそう言った。私は残り少なくなっていた自分のアイスコーヒーの最後の部分をストローで吸い上げているところであった。
「ズズッ・・・」と黒い液体とともに空気もストローの中に入り込んでしまう音がした。その音を感知して、吸い込むのを止めた。