2017/8/11

4169:ねこのコネ  

 「ゆみちゃん」はいつもと変わらない風に入ってきた。「こんばんわ・・・」と挨拶して、カウンター席に座った。

 彼女は和歌山出身であるので、ふとした言葉の端々に関西風のイントネーションが混じる。彼女の「こんばんわ・・・」は、尻上がりのイントネーションではなく、「こ」にアクセントが軽くつく。

 CF-2580の中で順調に回転をしていたクラフトワークのミュージックテープはA面の収録曲を全て終えて、無音の領域に入り込んでいた。

 そこで一旦ストップボタンを押してテープの回転を止め、さらにイジェクトボタンを押してカセットテープを取り出した。

 取り出したテープは、ケースに慎重に納め、ボックスにしまった。CF-2580は古い機械であるが、正確に動いている。操作ボタンを押すときに発せられるカチャっという操作音もカッシリとしていて安心感がある。

 「ゆみちゃん」は、ナポリタンとアイスコーヒーを女主人に頼んだ。そして、おもむろに鞄の中からカセットテープの入ったケースを取り出して言った。

 「出たんです・・・『ねこ』の4枚目のアルバムが・・・今回もCDと一緒にカセットも出ました。タイトルは・・・『ねこのコネ』です・・・!」

 「『ねこのコネ』・・・?意味不明だな・・・まあ、これまでの3枚のアルバムタイトルも意味不明なものが多かったけど・・・」

 私は微笑みながら、そのカセットケースを手に取った。インデックスカードの表面には、真ん中に緑色のネクタイを締めた黒猫がいて、その左にはハトが、そしてその右側にはスーツを着たサラリーマンの男性の後ろ姿が、軽妙なイラストで描かれていた。

 その黒猫が、サラリーマンをハトに紹介しているという風情である。両者は軽くお辞儀をしている。ユーモアのあるイラストである。

 「ねこ」は、彼女と同じ和歌山出身のインディーズバンド。彼女は贔屓にしていて、今まで出たアルバムは全て持っている。

 変わっているのは、CDだけでなく、カセットテープでもアルバムを全て販売していること。彼女はCDとカセットテープを両方購入している。

 彼女はSONY製の古いラジカセを持っている。一度そういった懐かしいラジカセを修理して販売している専門店に一緒に行った。その時に購入したものである。

 CDの方はパソコンで読みこんでスマホに登録しイヤホンで聴いているようである。自分の部屋ではカセットテープをそのSONY製のラジカセに入れて聴くと話していた。

 「かけてもいいですか・・・?」

 彼女が訊いてきたので、「もちろん・・・」と答えて、手に取っていたカセットケースを彼女に返した。

 彼女は慣れた手つきでカセットテープを取り出して、CF-2580の中にいれ、プレイボタンを押した。

 どこかしらロボットの目のようにも見える、二つのハブがゆっくりと一定のペースで回転し始めた。

 スロウなテンポのフォークロックが流れ始めた。その良さを理解することは私にはできないが、彼女は曲のテンポに合わせて軽く顔を上下させて、ご満悦のようであった。

 「オーディオの方は調子はどう・・・?」

 彼女のオーディオは一度カートリッジの不調があった。その後は大丈夫のようであるが、なんせ古い機械であるので、心配になって訊いてみた。

 「大丈夫です・・・今のところ・・・レコードも増えたんですよ・・・もう20枚ぐらいになったかな・・・」

 「結構増えたね・・・今一番聴くのは・・・?」

 「五つの赤い風船の『おとぎばなし』かな・・・」

 「また、渋いね・・・」

 「ちょっと暗いかな・・・」

 「まあ、30歳の独身女性が聴くレコードじゃないかも・・・」

 そんなとりとめのない話をしばらく続けていた。彼女のナポリタンも出来上がり、アイスコーヒーと一緒に彼女の前に置かれた。

 カセットテープが回転するスピードに合わせるかのように、ゆっくりとそのオレンジ色の物体は、白い皿から彼女の胃袋の中へと移動していった。

 「あっ・・・そうそうtaoさんに訊こうと思っていたんですけど、カセットデッキを買おうかと思っているんですけど、どうですか・・・?カセットデッキ・・・?」

 彼女はふと思い出したようにそう言った。私は残り少なくなっていた自分のアイスコーヒーの最後の部分をストローで吸い上げているところであった。

 「ズズッ・・・」と黒い液体とともに空気もストローの中に入り込んでしまう音がした。その音を感知して、吸い込むのを止めた。

2017/8/10

4168:CF-2580  

 「Mimizuku」のナポリタンは美味しい。そのレシピを完成させたのは、数年前に亡くなった女主人の夫であった。

 かなり研究熱心な人であったようで、一度、そのレシピノートを見せたもらったことがあった。古ぼけた大学ノートには、几帳面な字体で様々なことがかき込まれていて、幾つものカットアンドトライが繰り返された過程が記録されていた。

 女主人はそのレシピを忠実に守っている。普段の動作はのんびりとしているが、ナポリタンを調理する段になると、彼女の二つの手は実に手際よく動く。

 ナポリタンとアイスコーヒーがカウンタに並んだ。ナポリタンからは湯気が真っ直ぐに上がっている。

 彼女の夫が遺したものは、レシピノートだけではなかった。このカウンターに置かれているSONY製のラジカセと、数多くのミュージックテープも彼の遺品である。

 「Mimizuku」では有線放送はかかっていない。唯一この1970年代に製造されたラジカセのみが音楽を店内に提供する道具である。

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 型番はCF-2580。1970年代の半ばに製造販売されていた。この時代のSONY製のラジカセは実に良い顔立ちをしている。緊張感を持ったきりりとした表情である。

 二度ほど修理を経ているが、いまだなお現役で活躍している。そのCF-2580に投入されるべきミュージックテープは、数多くのコレクションのうちの一部が、小物入れのボックスに入れられてカウンターに置かれている。

 私はそのボックスを覗き込んだ。10数本のミュージックテープの中にクラフトワークの「マンマシーン」のテープがあった。

 「珍しいな・・・これ・・・」と目についたそのミュージックテープをボックスの中から取り出した。
 
 小さな長方形のケースからカセットテープを開放して、SONY CF-2580の中に移動させた。そしてカチッとした触感を保っているPLAYボタンを右手の人差し指で押し込んだ。

 ミュージックテープは、長かった眠りから覚めて、4.76cm/sのスピードで回転を始めた。そして音楽が含まれている部分に達して、無機的なクラフトワークの世界が流れ始めた。

 音が大きくなり過ぎないようにボリュームダイヤルを微調整した。その音楽を背景にして、ナポリタンを食した。

 SONY CF-2580、クラフトワーク「マンマシーン」、そしてナポリタン・・・それらが三位一体となって、空間と時間をわずかばかり歪めているかのようであった。

 時刻は徐々に7時に近づいていった。ナポリンタンを食べ終え、クラフトワークのミュージックテープのA面がやがて終わろうとする頃、「Mimizuku」の扉が開いた。扉が開かれたことを示す鈴は、店内に乾いた響きを解き放った。

2017/8/9

4167:中野坂上  

 コインパーキングにVW POLOを停めて、徒歩で数分歩くと、白い外装の古い5階建てのビルがある。

 築40年以上が経過していると思われるそのビルの1階にあるのが、喫茶店「Mimizuku」である。この喫茶店もビル同様古い。

 大きな通りに面しているわけではないので、店の前はそれほど人通りがあるわけでもない。その喫茶店はひっそりと佇んでいる。

 木製の扉を開けた。扉の上部に取り付けられた鈴が乾いた音をたてた。店の内部には4人掛けのテーブルが二つと2人掛けのテーブルが一つあり、そしてカウンターには椅子が4つ並べられている。女主人が一人で切り盛りしている。

 私はいつもカウンター席に座る。カウンター席の一番奥の椅子に腰を掛けて、寡黙な女主人にナポリタンとアイスコーヒーを注文した。

 時刻は午後6時半になっていた。店内には私以外の客は1名のみであった。奥まったところにある2人掛けのテーブルに腰かけ、新聞を読んでいるその客は、白い髪を短く刈り込んだ初老の男性であった。

 「Mimizuku」が入っているビルの4階には「オーディオショップ・グレン」がある。「オーディオショップ・グレン」は、英国製のヴィンテージオーディオ機器を中心に扱っている。

 我が家のオーディオ機器の主要な製品はこの「オーディオショップ・グレン」から購入したものである。

 この店でTANNOY GRFを見かけたのは4年前のことであった。搭載されているユニットはモニターシルバーであった。

 さらにキャビネットはイギリスオリジナルであるので、その希少価値は相当高い。しかも1台でなく2台のペアであった。

 ペアと言っても、その2台は同じ時期に相前後して製造されたわけではない。TANNOY GRFにモニターシルバーが搭載されていた時代はまだモノラルの時代であるので、その当時のオーナーは1台を購入してモノラルレコードを聴いていた。

 その後ステレオ時代が到来すると、もう1台購入する必要があった。そういった事情を反映してか、その2台は明らかに製造された年が違うようで、取り付けられているエンブレムの形状が違っていた。

 この貴重なGRFを購入したのが「オーディオショップ・グレン」との付き合いはじめである。その後LEAKのPoint One StereoとTL-10、さらにはMarantzのModel7とModel2も「オーディオショップ・グレン」から購入した。

 そういった経緯で時折このビルを訪れるようになって、1階に入っているこの古い喫茶店にも時折足を運ぶようになった。

 足を運ぶ頻度は徐々に増えていった。やがて「常連」に近い存在となった。そういった「常連」は、何人かいるようであった。

 そのなかの一人が「ゆみちゃん」である。彼女は和歌山出身でこの店の近くで一人暮らしをしている。

 カウンター席で度々合うようになり、言葉を交わすようになった。平日のこの時間帯にこの店に来ると、彼女と遭遇する可能性が高かった。

2017/8/8

4166:GTI  

 VW POLOにほんのわずかな不具合が生じた。そのトラブルは車の走行には直接的に関係がないものなので、直す必要性は低かったが、直さないとやはり気になるので、事前に部品を手配してもらっていた。

 その部品はアームレストの先端についているプッシュボタンである。左手でそのボタンを上に引き上げると、アムレストの上部が開いて、小物入れとして使える。

 アームレストを小物入れとして使用しないのであれば別に部品を取り換える必要は無いのであるが、本来機能すべきものが機能しないのは、やはり気になるものである。

 部品さえ揃えばその交換は短時間で終わるものである。夕方にVW小平に立ち寄った。この時期はディーラーも空いている。

 広い空間に客は私だけであった。キーを渡した。出されたアイスコーヒーを飲みながら、しばし待った。

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 ディーラーの建物の中には展示車が数台配置されていた。私が座っているところからはすぐ近くにGOLF GTIが展示されていた。

 色は紺色。GTIはスポーティーなモデルである。レッドラインをあしらったハニカムグリルやLEDヘッドライトがGTIを識別するエクステリアの特徴である。

 搭載されるエンジンは、ノーマルモデルの1.4LTSIエンジンから2.0LTSIエンジンになり、もちろんパワーも大幅アップする。足回りやブレーキも強化されている。

 そんなGTIを眺めるでもなく眺めていると、「終わりました・・・」とサービス担当のスタッフが報告しにきた。部品代と交換作業代は合わせて5,184円であった。

 スタッフに誘導されて、新青梅街道を左折した。東へ向かってPOLOを走らせた。新しくなったプッシュボタンを左手の中指と薬指で上に引き上げてぱかっとアムレストの上部を開けた。中には何も入っていない。それを確認して閉めた。

 2泊3日の石垣島旅行を終えて、現実の世界に戻ってきた。その世界では灰色の時間が流れているかのようである。

 時折その時間の流れを遅らせるために立ち寄るところへ向かって、車を走らせた。ディーラーを出てから45分ほどでその目的地に近いコインパーキングに着いた。今日は普段よりも車の数が少なかった。

2017/8/7

4165:フィット  

 最終日の3日目は、レンタカーを借りて島内観光をする予定であった。朝の9時にホテルまで持ってきてもらった車はホンダ フィットであった。

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 石垣島はこの時期レンタカーで溢れている。ほとんどのレンタカーがBセグメントのコンパクトな5ドアハッチバック。

 一番多く見かけるのが、トヨタ ビッツ。その次がホンダ フィット。あとは日産 マーチとマツダ デミオが同じくらいか・・・何故かスズキ スイフトは見かけなかった。

 フィットに乗って出かけた。天気は晴天である。今回の旅行ではどうにか台風5号の影響はほとんど受けることはなかった。唯一初日に那覇空港からの乗り継ぎの飛行機が2時間ほど出発が遅れたのが、台風5号によって被った影響である。

 玉取崎展望台・・・石垣島サンセットビーチ・・・平久保崎灯台と3箇所の観光名所を巡った。いずれも「ここまで来て良かった・・・」と思わせる絶景を堪能できた。

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 特に石垣島の最北端に位置する平久保崎灯台から眺める海は、格別な感があった。強い直射日光に含まれる紫外線は、東京の4倍とのこと・・・紫外線対策は相当厳重にする必要があった。

 ホンダ フィットは軽快に走った。コンパクトで実用的な車である。足回りやエンジンの質感、シートの出来には、多少コストの影響か、軽めの腰高感とでも言うべきものを感じたが、それほど長い距離を乗るのでなければ、疲労感は少ない車である。

 予定の観光スポットを全て巡った後に石垣空港へ向かった。帰路の飛行機には大きな遅れはなかった。

 那覇空港での乗り継ぎもスムースにいき、夜の7時半に羽田空港に着くと、現実の世界に戻ってきたことが痛感された。

 それは家族も皆同じようで「東京に戻ってきてしまった・・・」という感情からか、羽田空港内で、夕食にタンメン専門店でタンメンを食べている時にも、表情は皆さえなかった。唯一、タンメンは野菜の旨みがしっかりと出ていて美味しかったのが、救いであった。

2017/8/6

4164:水牛  

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 「この水牛の名前はアカハチくんです・・・とても怠け者です・・・」と紹介された水牛は、時折歩みを止める。

 そのたびに「こら!ハチ!」と心優ししそうな島のお兄さんから、その巨大なお尻に軽めの鞭を受けて、8名の観光客を乗せた水牛車を再度ゆっくりと引き始める。

 竹富島は、石垣島から船で10分の距離にある離島である。人口は360名ほど。昔ながらの沖縄の面影が残っている。

 そのタイムトリップしたかのような集落を、水牛車は歩くよりも遅いスピードでゆっくりと進む。

 「集落の家々の周囲を囲む石垣はいつ頃作られたのであろうか・・・」その時間の長さを心のなかで測ろうとしたが、水牛車の後方に広がる景色はただただ静かに佇むのみで、心の中に緩やかな微笑みをもたらしてくれる。

 30分ほどかけて所定のコースを回った。その後は「アカハチくん」と一緒に記念撮影を済ませて、また船に乗った。

 八重山そばが美味しいと評判の店で昼食を済ませ、お土産屋を数件覗いたのち、次なる観光スポットに向かった。

 「青の洞窟」と呼ばれる観光ポイントへは、車でホテルから45分ほど走り、さらに徒歩で20分ほど行った海の中にあった。

 残念ながら干潮のタイミングであったので、色合いはそれほど青くなかったが、神秘的な洞窟の中をウェットスーツに身を包んで、泳いだりして楽しんだ。

 観光ガイドの写真のようには海の水が青くなかった「青の洞窟」を背にして、沖のほうへ泳いでいった。

 シュノーケリングは随分と久しぶりである。ライフジャケットを着用しているので、決して沈まないと分かっていても最初のうちは少し恐怖感を感じた。

 しかし、それはすぐに消え、透明度が高く、魚が数多く泳いでいる海を泳いでいくと、その美しい景色に心奪われていく。

 海底は急に深くなったり浅くなったりを繰り返す。深いところでは20メートルほどある。その深さを感じると、やはり若干身がすくむ。

 海の散歩は1時間ほど続いた。インストラクター1名で観光客6名を引率・・・インストラクターは趣味であったダイビングに嵌りこんでしまって、サラリーマンをやめ、横浜から2年前に石垣島に移住してきた30代の男性であった。

 「そういった人生もありかな・・・」そんな風に思えた。

 シュノーケリングによる海の散歩を終えて、また来た道を帰っていった。「シュノーケリングをした後は、想像以上に体が疲れていますよ・・・シャワーを浴びてホテルのベッドに横になると熟睡してしますよ・・・」インストラクターの男性は帰りの車のなかでそう話した。

 その通りとなった。ホテルに帰り着きシャワーを浴びてさっぱりとして、ベッドにゴロンと横になるといつの間にか無意識の領域に落ちていった。

 ふっと目を覚ますと時計は7時になろうとしていた。夕食はホテルの近くのステーキハウスを7時で予約していた。

 慌てて家族を連れてそのレストランへ向かった。「石垣牛」のステーキは想像以上に美味しかった。ドイツ人のオーナーシェフは話好きで気さくな感じであった。

 旅の2日目は天気にも恵まれて、内容の濃い1日となった。明日でささやかな旅行も終わる。緩やかな時間の流れを感じられるのもあと少しである。

2017/8/5

4163:移動  

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 「本機は、ただいまより着陸態勢に入ります・・・」機内のアナウンスが流れ、キャビンアテンダントもそれぞれ所定の椅子に座って、シートベルトを着用した。

 主翼のすぐ後ろの窓際の座席であったので、小さなガラス窓から翼の様子が見えていた。着陸態勢に入ると高度を下げるために、翼の形状が変わった。

 その形状を変化させるための動作音が鈍く響いた。翼の後方へ流れる気流が変化しためであろう、一筋細く白い筋が流れていた。

 台風5号の影響で那覇空港を2時間遅れで飛び立ったANA1777便は、もうすぐ石垣空港へ着く。もうすでに午後7時を回っているのに、空にはまだ明るさが残っていた。

 窓から見える海面が徐々に近づいてくる。そしてランディングの時を迎えた。タイヤが滑走路のアスファルトの上に着地した瞬間の音と振動は、やはり心に安堵感をもたらしてくれる。

 「人間は地に足を着けて生きていくべき・・・」と格言めいたことが頭にふと浮かぶ。

 ささやかな家族旅行・・・2泊3日の石垣島旅行である。羽田空港を12時半に出て、那覇空港までは順調であったが、那覇空港での乗り換えの際、台風5号の影響で機の到着が遅れたようで、2時間空港で待たされた。

 旅行の初日は移動のみでほぼ終わった。石垣空港を出てタクシーに乗り込むころには、空もさすがに夜の闇に8割がた覆われていた。

 ホテルまでは車で20分ほど・・・サトウキビ畑の中の道をしばらく進むと、市街地に入る。その一角にホテルはある。

 チェックインを済ませてから、すきっ腹を抱えて市街地に繰り出した。ホテルから歩いて数分の、炭火焼きの焼き肉も出す居酒屋さんに入った。

 ここで「豆腐ちゃんぷる」「そうめんちゃんぷる」「ミミガーのニンニク炒め」などの一品料理と石垣牛の焼き肉を満喫した。焼き肉はテーブルに運ばれてきた七輪で焼いた。

 どれも美味で、ご飯と合う。小さな店は老夫婦とアルバイトの若い女性の3名で仕切っていた。「もしかしたら老夫婦の孫であろうか・・・」と思ったアルバイトの女性は高校生ぐらいの感じ。

 「夏休みの期間だけ手伝っているのかもしない・・・」そんな風に思われるアットホームな雰囲気にあふれた店であった。

 空っぽであったお腹を満たし、ホテルに戻ると風呂に入ってからすぐさま熟睡態勢に入った。長距離の移動はやはり疲れる。

 明日は旅の本番・・・九州南部は台風5号の影響で大変そうであるが、石垣島は明日、明後日と晴れる予報である。とりあえず一安心・・・

2017/8/4

4162アダプティブシャシーコントロール:  

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 オーディオマニアという種族は、「聴き比べ」が好きである。ある一つの要素以外は固定しておいて、その要素を切り替えることによって、音がどのように変わるのか・・・そういった「聴き比べ」になると、神経を聴覚に集中させて、じっと聴き入る。

 先日は我が家で二つのDACを聴き比べ、さらには3本のデジタルケーブルを聴き比べた。もちろんその結果が全てあまねく通用するわけではなく、システムなどの前提条件が違えば結果も違うのであるが、興味深い結果となった。

 そんな「聴き比べ」が、昨日チューバホーンさんのお宅でも行われた。2ケ月に1回の割合で杉並区の「ProFit」で整体の施術を受けて体をニュートラルな状態に戻してもらっているが、今日はその施術の前に1時間ほど興味深い「聴き比べ」を行った。

 チューバホーンさんのMarantz 7は、ある意味「7であって、7でない・・・」という少し異端児的な7である。

 Catbossさんによって、オリジナルパーツに拘らない徹底的なリファインが行われていて、その性能はヴィンテージ・オーディオの領域をはるかに超えている。

 そして、そのリファイン作業は現在も進化して止まることを知らず、フォノ回路も2系統の仕様を内蔵できるようになった。

 その二つのフォノ回路・・・違いはコンデンサーのようであるが、それぞれしっかりとした個性を持っていて、同じ7でありながらまるで二つの顔を持っているようであった。

 今日はその二つの顔をいろいろなか角度から検証すべく、アナログタイムが進行したのである。クラシックやポピュラーのレコード数枚を使って、その検証作業は行われた。

 2系統の回路は、セレクターを「PHONO 1」と「PHONO 2」に切り替えることによって選択できる。

 まずは「PHONO 2」で聴いて、その後同じ曲を「PHONO 1」で聴くという手順で、聴き進んで行った。

 この二つのフォノ回路、実に対照的な性格を有している。「PHONO 2」で聴くと、アナログらしい質感を感じる。レンジはそれほど広くないが、音の穏やかさや密度感、やや高めの温度感が心地いい。空間表現も一般的なそれで格別というほどではない。

 一方、「PHONO 1」にすると、音数が増え、レンジもサウンドステージも広がる。温度感は若干下がり、良い意味でも悪い意味でもCD的な音になる。

 「一長一短ですね・・・1960年代から1970年代前半までの録音のレコードは『PHONO 2』の方がしっくりときます・・・そういった古い時代の録音の曲を『PHONO 1』で聴くと録音年代がぐっと引き上げられてしまって時代の雰囲気や息吹といったものが希薄になってしまいます。1970年代後半から1980年代にかけての新しめの録音のレコード、特にデジタル録音されるようになった時代以降のものは『PHONO 1』の方が断然良いような気がします・・・」

 私はそう感想を述べた。どちらがより良いと断定できない感じであった。録音された時代に応じて切り替えるのが、この二つのPHONO回路を活かすコツなのかもしれない。

 専用のウッドケースに入れられたMarantz 7はヴィンテージ・オーディオの王道的な瀟洒な外観をしているが、この7はやはり「7にして7にあらず・・・」といった感を再認識した。

 「羊の皮をかぶった狼」とでも言うべきか・・・二つのフォノ回路は、車で言うと「アダプティブシャシーコントロール」のようなものかもしれない。

 「PHONO 2」の方は、快適な乗り心地を維持する「コンフォート」であり、「PHONO 1」は俊敏性を一気に高める「スポーツ」モード・・・それらをスイッチひとつで選択可能・・・実に贅沢な仕様である。

2017/8/3

4161:タイムアタック  

 「橘橋」交差点から、「都民の森」までの距離は道路標識によると21kmある。前半は上り基調のアップダウンが繰り返される。

 「上川乗」のY字路交差点を過ぎると、上りの比率が上がり、「数馬」からはしっかりとした上りがゴールの「都民の森」まで続く。

 上りだけが続くコースよりも、ペース配分が難しい。前半は平坦路や下りもあるのでスピードが出る。調子に乗って前半頑張り過ぎると、「数馬」からの上りでペースダウンしてしまう。

 前回挑戦した時には、そのパターンであった。「数馬」まで40分で到達したので、残りの上りを20分で走り切れば、目標タイムの60分で走れたが、終盤で脚が無くなり結局61分かかった。「数馬」から21分かかったのがいけなかった。

 今日は前半抑えめに上ろうと決めていた。上り始めて徐々に負荷を上げていった。心拍数はそれに伴って上がっていく。

 「数馬」までは心拍数を165〜170の範囲にコントロールする予定であった。このくらいの心拍数であれば、終盤の厳しい上りにも耐えられるぐらに脚が残るはず。

 雨は止むことはなかった。随分と小降りになったが、路面は完全にウェット。特に下りに入るとドライ路面の時に比べ、スピードを上げることが出来なかった。

 緩やかなカーブであっても、これだけ路面が濡れているとタイヤがグリップを失う可能性があるので、下りでは不本意ながらブレーキングをしながら走らざる得なかった。

 心拍数はしっかりとコントロールされていた。ちょっと抑えすぎかなという気もしないではなかったが、「勝負は『数馬』以降・・・」と自分に言い聞かせながら走っていった。

 「上川乗」のY字路交差点は幸い青信号で通過できた。さらに工事のため片側交互通行になっている場所に差し掛かったが、ここもどうにかガードマンに止められることなく通過できた。

 抑えめに走ったこともあったが、タイムはあまり良いものではなかった。「数馬はまだかな・・・」と思いながら、走っていくとようやく「数馬の湯」の施設が見えてきた。

 「数馬の湯」を通り過ぎ、斜度の厳しい坂を上っていくと、チームで走る際の休憩ポイントである「数馬」のバス停が見えてきた。

 チーム走行時にはここまでは隊列をキープして、ここで一旦止まりトイレ休憩をする。ここから先がフリー走行区間(いあわゆるバトル区間)になる。

 「数馬」のバス停まで42分20秒ほどかかった。「前回よりも2分以上遅い・・・まずいな・・・抑えすぎか・・・」と焦った。

 ここからは、上りが最後まで続く。心拍数はすぐさま170を超えてきた。「きた、きた・・・」という感じで、その数字を眺めた。

 パワーメーターの電池が切れてしまったようで、パワーの数値はサイコンに表示されていなかった。

 1ケ月ほど前にパワーメーターのボタン電気を換えたばかりである。最近パワーメーターの電池寿命が妙に短くなった。何かしらの不具合であろうか・・・

 残念ながらパワーの数値は検証できないので、心拍数の数値のみを時折確認しながら上っていった。

 しばし高めの回転数でエンジンを回して走っていくと、また道路工事による片側交互通行区間が見えてきた。ガードマンの前では1台の車が止められていた。

 「まずい・・・ここで止められると痛い・・・」と思ったが、残念ながらガードマンの誘導棒は横に向けられたままであった。

 車の後ろで止まり、左足のクリートをペダルから外した。30秒ほど待たされた。ここで止められると、タイムをロスするだけでなく、リズムが狂う。

 ようやくリスタートした。どうにか気を取り直し、ペースを上げていった。都民の森までの上りには激坂エリアはないが、斜度はしっかりとしている。

 標高が上がるに従って周囲は白く煙ってきた。その白く湿った空気のなか、激しい呼吸音を発し続けた。

 残り1kmの道路標識の下を潜った。サイコンのタイム表示は徐々に60分に近づいていった。「くそ・・・無理か・・・」心拍数は175になっていた。

 残り700mを残して60分が経過した。それでも、残り700mを気持ちを切らさずに走り切った。タイムは「62分22秒」。

 「課題」はクリアされず、まだ残ったままとなった。またいつか機会があったらチャレンジしてみたい。

 60分以上強い負荷をかけ続けた体は重く疲労していた。休憩所の椅子に座り込んで、疲れて雨に濡れそぼった体を休めた。

 都民の森には当然のことながらローディーの姿はなかった。駐車場もがらがらであった。周囲は真っ白に煙っていた。それはまるで私の心象風景を見るようであった。

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2017/8/2

4160:涼風  

 日曜日のロングライドは、雨のため中止となった。そこで久し振りに休暇をとって、今日は単独でロングライドに出かけた。

 目的地はどうしようかと思案したが、チームでのロングライドでもよく行く定番コースである「都民の森」に行くことにした。

 朝のうちはのんびりと過ごし、自宅を出たのは10時頃であった。天気は曇り。空は灰色の雲にすっかりと覆われていた。

 8月としては異様なくらいに涼しい。体に受ける風は実に爽やかである。このまま夏が終わることはないであろうが、最近は不順な天候が続いている。

 そんな涼しい空気の中、走り慣れたコースを走っていった。やがて拝島駅そばのフォミリーマートに着いた。

 チームで走る時には、ここで補給食を摂る。まだ大丈夫そうであったのでそのまま走った。いつも通り国道16号の下を潜る連絡通路を通ろうとしたが、工事中のため閉鎖されていた。

 そのため国道16号をしばらく走り、睦橋通りに向かって右折した。涼しさは相変わらずで、走っていると体内からの熱で若干汗ばんでくるが、体に感じる風はまるで秋風のようである。

 このままの天気であれば、この時期としては快適なロングライドで終わったのであるが、そうは問屋が卸さなかった。

 睦橋通りの「雨間」の交差点あたりから、その交差点の名前に呼応するかのように、雨が降り始めた。

 その雨は最初は小雨であったが、やがてしっかりとした降りになってきた。「本降りか・・・どうしよう・・・引き返すか・・・」と思いながら、武蔵五日市駅まで辿り着いた。

 「どうせ濡れるのは同じ・・・」と、駅前を左折して檜原街道に入っていった。市街地を抜けていくと、周囲を木々に囲まれた「陰地」に入る。

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 この季節、本来であれば「陰地」はありがたい存在。「あ〜涼しい・・・」とそのありがたみを感じながら走り抜けていく。

 しかし、今日は気温が低くしかも体が雨で濡れている。そのありがたみはほとんど感じられなかった。

 雨は少しその勢いが弱まったが、完全に止むことはなかった。路面は完全にウェット・・・タイヤが跳ね上げる水が冷たい。

 檜原街道を進んで行って檜原村役場の前を通り過ぎた。その先には「橘橋」のT字路交差点が見えてきた。

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 この交差点から「都民の森」までは21km。ここをタイムアタックする予定であった。目標タイムは60分。

 前半は上り基調のアップダウンが続く。後半に入ると上りの比率が多くなっていき、数馬から先は上りが最後まで続く。

 前回チャレンジした時には、前半飛ばし過ぎて終盤の上りで遅れた。今日は前半抑えめに走ろうと思っていた。

 交差点の前で止まって一息入れた。ここからは強い負荷を体にかけていく。気持ちを一旦静めて、おもむろにスタートした。



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