2017/5/31

4097:ロードサービス  

 正丸峠を下った。下りで落車したとのことなので、怪我の程度が心配であった。私も一度下りで落車したことがある。

 柳沢峠での長い下りの途中でのことであった。塩山まで行った帰路で、ハードな長距離走行のため疲労感が全身を覆っていた。

 気温は低く、強烈な向かい風が吹いていた。筋肉が疲れと寒さで強張っていた。右カーブを曲がっていると、後輪が道の端に溜まっていた砂利で滑って、バランスを崩した。
 
 その習慣、強くブレーキングしてしまいタイヤがロックしてさらに滑った。あっという間にロードバイクは倒れた。

 かなり派手に落車した。落車した勢いでロードバイクが相当な距離飛ばされたほどである。しかし、幸い怪我の程度は軽く、擦り傷だけで済んだ。

 正丸峠を下り終え、山伏峠の上り返しが始まる付近にメンバーが集まっていた。私が到着した時、落車したメンバーは立っていた。

 そして、痛々しい感じの擦り傷に消毒液を含ませたガーゼで手当てをしていた。どうやら怪我の程度は骨折等の重いものではないようであった。

 ほっとした。道の脇ではリーダーが落車時のダメージで歪んでしまった後輪のホイールと格闘していた。

 歪んだままだと走行不能である。しかし、ホイールの歪みはなかなか矯正できない。亀裂も入っているようであった。

 やはり、ホイールの歪みは直らず、走行不能であったので、落車したメンバーが入っていた自転車保険のロードサービスを依頼することになった。

 どうにか連絡がついて、ロードサービスが来ることになった。車が到着するまである程度の時間が必要とのことなので、皆で一旦正丸峠の奥村茶屋まで行って、昼食休憩を取りながら待つことになった。

 正丸峠まで再度上った。そしてリーダーが一人のメンバーのロードバイクから後輪を外してそれを片手に持って下った。落車したメンバーはその後輪を一時的に借りて上ってきた。

 当初の予定通り「奥村茶屋」に入って、「正丸丼」を人数分頼んだ。下りでの落車という大きなアクシデントがあったが、怪我は幸い軽傷で、ロードバイクが走行不能になるも、自転車保険のオプションであるロードサービスのおかげでどうにかなりそうであった。

 自転車保険は、自身が怪我をしたり、他人に怪我をさせた場合の補償が主たる目的であるが、ロードサービスがオプションで付いていると、落車や機材トラブルで走行不能になった場合安心である。

 正丸丼がテーブルに届いた。いろいろあったけど、正丸丼は相変わらず美味であった。その味わいは、心をほっこりとさせ、疲れた体に染み入った。

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2017/5/30

4096:ゴール  

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 ゆっくりと上り始めた。スタートして少しすると片側交互通行区間が現れるはずであった。しかし、随分と長い間続いていた崖崩防止工事はようやく終わったようであった。

 「あれっ・・・終わったんだ・・・」と、ちょっと嬉しかった。以前はこの片側交互通行区間の手前で明らかに2分の1以上の確率で待たされた。

 意味もなく得したような気分になって従前は片側交互通行区間であったエリアを抜けていった。この辺りからペースはゆっくりと上がっていく。

 山伏峠は、上り慣れた峠である。難所は2箇所ある。そこでは道が大きく曲がりながら斜度がぐっと上がる。
 
 前半は抑えめにクランクを回した。それでも心拍数は上がっていき160台の後半で推移していた。ラップパワーは240ワットほど。

 やがて一つ目の難所が現れた。ここはそれほど消耗することなく越えることができた。ペースを維持しながら走ていくと、二つ目の難所が見えてくる。

 道は大きく左に曲がっていく。斜度がぐっと上がる。途中からダンシングに切り替えてここを越えていった。

 隊列は長く伸びていた。前には4名のメンバーがいた。2箇所目の難所を過ぎてからペースをゆっくりと上げ始めた。

 すぐ前のメンバーは少し脚にきているようであった。ペースを上げ始めてすぐに追いついてかわした。

 山伏峠の終盤は鬱蒼とした森の中を走る。頂上手前200メートルほどになってからダンシングでスピードを上げた。

 さらに1名のメンバーをかわして、山伏峠を越えた。山伏峠を越えると、少し下る。下りではスピードが出る。

 2度3度とロードバイクを倒しながらカーブを曲がっていった。そして、正丸峠に繋がる上り道に向かって右折した。

 下りの勢いを活かしてスピードを上げて上っていった。すると前を行く2名のメンバーの背中が見えてきた。

 「あれ・・・スローダウンしている・・・」

 と、その2名に追いついた。「バトルモード」ではなく「まったりモード」であったので、私もその背後に追いついて、スローダウンした。

 「どうしようかな・・・このまままったり行こうかな・・・」と思い始めた頃合いに、「やっぱり頑張ろう・・・」という感じで2名のペースも上がった。

 私もその後ろからペースを元に戻した。正丸峠の終盤は斜度は緩め。しかし、脚には疲労成分が蔓延している。重くなった脚を勢いよく回転させていくと、ゴールが見えてくる。

 ゴールして峠の道標にKuota Khanを立て掛けた。先にゴールした2名の上級者は遅れてゴールするメンバーを応援するために下っていった。

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 私はそんな余力はないので、頂上で座り込んでいると、一人のメンバーが上りきって「○○さんが下りで落車・・・!」と言った。

 「それは大変・・・!」と私も立て掛けていたKuota Khanに跨って正丸峠を下り始めた。下りでの落車ならスピードが結構出ているはずなので、怪我の程度が心配であった。

2017/5/29

4095:定番コース  

 定番コースであるので、道は走り慣れている。8台のロードバイクが連なったトレインは快調に走り始めた。

 まずは、休憩ポイントであるファミリーマート飯能上畑店を目指した。走り始めた朝のうちは、空気が爽やかであった。

 多摩湖サイクリングロードを東から西に抜け、旧青梅街道を走った。天気が良かったせいか、普段の日曜日よりも車の数は少し多かった。

 岩蔵街道に入る頃には、うっすらと汗ばんできた。やはり今日は5月としては暑くなるようであった。今年の5月は例年よりも暑い。地球温暖化の影響であろう、年々暑くなる時期が早くなっているようである。

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 岩蔵街道を進んで行くと、目に映る風景に占める自然の比率が多くなっていく。空の青、雲の白、木々の緑が目に鮮やかである。

 ようやくファミリーマート飯能上畑店に着いた。ここにはサイクルラックが設置されている。そのサイクルラックはメンバーのロードバイクで満杯になった。

 ファミリーマートの看板の色合いはグリーン、ブルー、ホワイトである。晴天のこのエリアの色合いと見事にマッチしていた。

 補給食としてサンドイッチとコロッケを選択した。これらをアイスコーヒーで胃袋に流し込んで、しっかりとエネルギー源を補給した。

 リスタートして、山王峠をゆっくりと越えた。山伏峠に繋がる県道70号に出て、道なりに緩やかに曲がりながら、上り基調の道を延々と走った。

 県道70号は名栗川に並走するように続いている。信号がほとんどないので、ノンストップで走っていくと、やがて見慣れた山伏峠の上り口に到着した。

 ここにある公衆トイレでトイレを済ませ、自販機で購入した「リアルゴールド」で体に喝を入れた。

 ここから今日のメイン峠である「山伏峠経由の正丸峠」を走る。走る距離は6kmと少し。山伏峠は4kmと少し上る。斜度はまずまず。決して激坂ではないが緩やかでもない。トレーニングにはちょうどいい。

 山伏峠を上り切ると500メートルほど下る。下りではスピードが出るのでカーブでは慎重さも要求される。

 下りの途中で正丸峠への上り道へ向かって右へ曲がる。そこから1.5km程上ると正丸峠である。「今日は久しぶりに正丸丼でも食べますか・・・」とスタート前に話した。

 「正丸丼」は正丸峠の頂上にある「奥村茶屋」で提供されるどんぶりである。甘辛い特製味噌で味付けされた豚肉は美味である。その「正丸丼」を頭の片隅に思い浮かべながら、スタートした。

2017/5/28

4094:選択肢  

 朝早く目が覚めた。目覚まし時計を確認すると5時半であった。昨日の天気予報によると今日は雨の心配はない。

 しばし、ベッドの中で悩んだ。「どうするかな・・・富士スバルラインまで車で行って、先週に続いてタイムアタックをしてみるか・・・いつも通りチームでのロングライドに参加するか・・・」

 先週の日曜日は富士スバルラインでの試走会であった。チームで数台の車に分乗して富士北麓駐車場までいって、チームメンバー12名がタイムアタックした。

 私も参加したが、昨年の試走会のタイムよりも3分以上も悪かったので、少々意気消沈してしまった。

 調子が下降局面だったのか、体調がいま一つであったのか、単に年齢による衰えなのか・・・Mt.富士ヒルクライムの本番前にもう一度確かめたいと思っていた。

 富士スバルラインに向かうにしても、チームのロングライドに参加するにしても、サイクルウェアを着用することに変わりがないので、取り敢えずベッドを抜け出て、サイクルウェアに着替えた。

 朝早かったので頭が少々ぼうっとしていた。そのぼうっとした頭の中で先ほどの二つの選択肢を考えた。

 選択肢A:車の荷室にKuota Khanを入れて、約1時間半ほどかけて富士北麓駐車場へ向かい、富士スバルラインでのタイムアタックを行う。

 選択肢B:Kuota Khanに跨って、多摩湖サイクリングロードを走り、チームのロングライドの集合場所であるバイクルプラザに向かい、チームメンバーとともに100kmほど走る。

 車の運転を1時間半、往復で3時間以上車の運転をすることがちょっと億劫に感じられた。体はロードバイクに跨り風を切って走る爽快さをすぐに求めているようであった。

 ということで、今日は選択肢Bを選んだ。来週の日曜日には同じ二つの選択肢を前に悩むことになるかもしれないが、今日はいつも通り7時に自宅を後にして、バイクルプラザを目指した。

 今日の予想最高気温は27度。5月としては暑くなるようだが、朝の空気はとても爽やかなものであった。

 今日の参加者は8名であった。そのメンバーのロードバイクの内訳はORBEAが半分の4台。Ridleyが2台。BHとKuotaが1台づつであった。

 今日の目的地は「正丸峠」に決まった。チームでのロングライドで「都民の森」とともにもっとも数多く行く定番コースである。

 Mt.富士ヒルクライムの本番まであと2週間。定番コースを走れば、現在の調子の具合も分かりやすい。

 メインの峠である山伏峠経由の正丸峠の他に帰路での山王峠と笹仁田峠の上り返しもあるので、それらを全てきちんと走り切れるかで、現在の調子の具合を確かめたいところである。

2017/5/27

4093:歳の差婚  

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 我が家のTANNOY GRFには15インチのモニターシルバーが搭載されている。キャビネットは英国オリジナル。

 キャビネットは、前のオーナーが一度レストアしたようで、とても綺麗な状態を保っている。ニスが塗り直されているので、色合いは少し濃い目で艶が多い。音的にはどうかは不明であるが、見た目的には綺麗である。

 もしかしたら塗り直されたニスによって本来のオリジナルの響きとは微妙に変わってしまっている可能性もある。

 フロントネットにも汚れやほつれがない。これもレストアされたのであろうか。それとも代々のオーナーがとても丁寧に扱ってきたのかもしれない。

 モニターシルバーが搭載されたTANNOY GRFが製造されたのは1954年から1957年の4年間である。その後モニターレッドが登場し、モニターシルバーはその役目を終える。

 1954年から1957年といえば、モノラルレコードの時代である。ステレオ録音のレコードが一般の市場に登場し始めるのが1958年頃であるから、ステレオ時代が到来するのと同時に姿を消している。

 であるので、この仕様のGRFは1本のみを購入してモノラルレコードを聴くことが主たる目的のものであった。

 コーナー型のキャビネットは空間を有効に活用するうえでもとても上手く出来ている。家具調の設えが施されているので、ヨーロッパ調の重厚な内装のリビングルームでもしっくりと納まり、変にその存在を主張しないいでたちをしている。

 後にステレオ時代が到来すると、当時のオーディオ愛好家でこの仕様のスピーカーを愛用していた方は、もう1台同じ仕様のスピーカーを入手して部屋の両コーナーに設置する必要性が生じた。

 我が家の2台のGRFは製造年が明らかに違う。まずぱっと目につくのがエンブレムの違い。さらにフロントネットを外すと、ネットワークの取り付け位置も違っているのが分かる。

 キャビネット自体は外見上は違いがないようであるが、内部構造までは検証できない。もしかしたらキャビネットの構造もイヤーモデルごとに微妙に変わっているのかもしれない。

 もともと2台をペアで使うという前提ではないので、イヤーモデルで仕様の変更があっても支障がなかったのであろう。

 この2台のGRFが我が家のリスニングルームの主になってから3年と2ケ月が経過した。アンプの不調などでリスニングに十分な時間をあてがうことはできなかったが、アンプその他のシステムのラインナップがようやくきちっと固まったので、これからはリスニングタイムも少しは増えるであろう。

 こういった古いスピーカーは、奏でる音楽を少しづつ記憶し、スピーカー自体がそれに合わせていくようなところがあるという。

 我が家でかかるのは100%クラシックである。ハイエンド機器でシステムが構成されていた時代には、オーディオ的な興味からクラシック以外の音源も持っていたが、機器がヴィンテージになってからは、オーディオ的な興味から音源を選ぶことはしなくなり、そういった音源は手元から去っていった。

 聴くのは主に1960年代から1970年代前半に録音されたクラシックのレコード。今年になって、デザインが実に素晴らしいCDプレーヤ、BOW TECHNOLOGIE ZZ-EIGHTが我が家のラインナップに加わったので、最近ではCDも時々聴くようになった。

 モニターシルバーのGRFは、当然のこととしてCDなど影も形もない時代のスピーカーである。しかし、ZZ-EIGHTが多少アナログよりな音調であるせいか違和感なく聴ける。

 ZZ-EIGHTは1996年の製品である。GRFとの歳の差は実に40歳。かなりの差である。21歳の女性と61歳の男性が結婚したようなものか・・・

2017/5/26

4092:100叩き  

 OUTコースの5番を終わってボギーペースであった。「練習してないけど、ボギーペースで回れるかな・・・」と心の中の隙間から、そんな甘い考えが滲みだしてきた。

 「高を括る」と良いことはない。それはゴルフもロードバイクも同じである。先日も富士スバルラインでのタイムアタックで、「昨年と同じくらいで走り切れるはず・・・」と思い込んでいたが、3分以上タイムを落とした。

 6番ホールはショートホール。距離は127ヤードと短めであるが、グリーンが小さくさらにガードバンカーがその周囲をずらっと囲んでいた。上からストンとその小さ目のグリーンに落とさないといけない。

 ピッチングウェッジで打ったボールは、お約束のようにガードバンカーに入れてしまった。雨で砂が湿ったバンカーは打ち辛い。

 砂が重いから大きめにスイングしたバンカショットは、ダイレクトにボールに当たってしまい「ホームラン」となった。グリーンのはるか向こう側にボールに飛んでいき、そこからアプローチしたボールは下りのグリーンの上をすべるように転がりグリーンから転がり落ちた。結局4オン2パットのトリプリボギーが出てしまった。

 7番、8番はどうにかボギーで終えたが、前半の最後9番ホールでは痛恨のOBの影響で再びトリプルボギーが出た。

 OUTコースは二つのトリプルボギーが出て「49」で終えた。「100叩きしそうだな・・・」ちょっと弱気になって、クラブハウスへ向かった。

 少し早めの昼食を終えて、後半のINコースへ向かった。風が少し出てきて、肌寒いほどであった。空を覆っていた灰色の雲の色合いが濃くなったように感じた。

 10番ホールの途中から雨は少し強めに降り出した。キャディーさんから傘を受け取ってさした。その影響ではないであろうが、後半は出だしからダブルボギーにしてしまった。

 雨は幸い次の11番ホールでのパットを終えた頃合いにほぼ止んだ。傘をさす必要がなくなると、ちょっとした解放感を感じた。

 11番、12番とボギーの後、13番はティーショットが左に引っかかってしまい、ダブルボギー。ダブルボギーが先行する苦しい展開が続いた。

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 後半のINコースでようやくパーがとれたのは、16番のショートホールであった。145ヤードの距離に合わせて握ったのは8番アイアン。少し当りが悪く、グリーン手前のガードバンカーに入ってしまった。

 しかし、バンカショットは思いのほか上手くいって、カップの1.5メートルほど手前に止まった。そのパーパットを慎重に沈めた。

 17番ボギーの後、最終の18番ホールは短いミドルホール。距離はないが左右のOBゾーンが浅い。特に右側には池があり、0Bゾーンが張り出したようになっている。

 そのティーグランドはとても立ちづらいものであった。そういう時は概ねミスが出る。案の定OBを献上してしまい、最後の最後で今日三つ目のトリプルボギーが出た。

 INコースは「48」。トータルで「97」。どうにか「100叩き」は回避できた。ラウンドは月1回ペースで練習もしてないので、「100叩き」する可能性が高かったが、どうにか90台で回れたので、少しほっとした。

2017/5/25

4091:小雨  

 朝の5時半に起き出した時、窓の外からは雨が降る音が聞こえていた。本降りというほどではないが、細かな雨が降り続けていた。

 テレビで天気予報を確認すると、今日は降ったりやんだりでぐづついた天気が一日続くようである。

 このところ暑い日々が続いていたが、今日は気温はそれほど上がらず、長袖でちょうど良いくらいとのこと。

 今日は、ゴルフの予定が入っていた。場所は飯能ゴルフクラブ。天気は思わしくないが、本降りではないので、どうにかラウンドができそうである。

 BMW 523i Touringの荷室にゴルフバッグを納めた。523i Touringの荷室はステーションワゴンとしては標準的な広さであろうか。

 横幅はあまり広くなく、ゴルフバッグを真横に詰め込むことはできない。斜め45度の角度で入れた。

 この車の前に乗っていたMercedes-Benz E350 Stationwagonは、ゴルフバッグを真横に詰め込め、最大4個のゴルフバッグを飲み込んだ。それに比べると、523i Touringの収容能力はかなり劣る。

 6時半に自宅を後にした。雨は小雨であるが、降り続いていた。飯能ゴルフクラブには1時間ほどで到着した。

 受付を済ませ、一緒に回る予定のクライアント2名と一緒に練習グリーンで20分ほどパター練習をした。

 雨は細かい粒がかすかに降っていたが、傘をさす必要がないほどで、それほどプレーには影響がなさそうであった。

 飯能ゴルフクラブは乗用カートがない。全て歩きとなる。コースはいわゆる林間コースで、フラットである。今日は涼しいので全て歩いてもそれほど疲れないであろう。

 ゴルフは今年に入って5回目。月1回程度の頻度であり、練習場にも全く行っていないので、スコアは当然の帰結として良くない。

 ここのコースは距離もしっかりとあり、砲台グリーンはガードバンカーに囲まれていることが多い。「100叩き」になる可能性はとても高い。

 良いスコアが出るかもしれないという期待感が全くないので、緊張しなかった。出だしの1番はその気楽さ加減が良い方向に作用したのか、朝一のドライバーショットは思いのほか良いショットが出た。

 2打目もグリーンのすぐ脇に落ちた。ここからのアプロ―チでカップまで1.5mほどに寄せてパーパットを沈めた。出だしは幸先よくパーであった。

 しかし、続く2番のロングホールはドライバーショットはまずまずであったが、2打目、3打目をミスしてしまい、ダブルボギーとしてしまった。

 その後3番のショートホールでワンオンしてパーを奪うも、その直後の4番のミドルホールはバンカーショットでミスが出てダブルボギー。

 四つのホールを終えた段階でパー二つ、ダブルボギー二つという、調子が良いのか悪いのか判然としない展開であった。

 雨は相変わらずかすかに降っていた。しかし、傘は誰もささなかった。湿度は高いが、気温は高くないので、決して不快ではなかった。

 5番のミドルホールは3オン2パットでボギー。ここまで、ボギーペースで回れている。このままボギーペースで回れればOUTコースは「45」。全く練習していない私にとってはまずまずのスコアである。

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2017/5/24

4090:紅富士の湯  

 長い下りに備えて装着した防寒着はアームカバーのみであった。それ以外にも幾つかの防寒着がリュックには入っていたが、今日は予想以上に暖かく、不要であった。

 隊列を組んで下り始めた。少し下ったところにある「大沢駐車場 展望台」に立ち寄った。天候が良く、空気が澄んでいれば、南アルプス連峰、八ヶ岳などの眺望がすばらしいはずであるが、今日は春霞のため、景色はぼんやりと霞んでいた。

 再度隊列を組み直し、下っていった。次に立ち寄ったのは、標高1,663mのところにある「樹海台駐車場」である。

 樹海台駐車場の眼下には、青木ヶ原樹海が拡がり、その樹海と河口湖との組み合わせの景色は、爽快なものである。

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 ここにある公衆トイレに入っていった。トイレの中は暖房が効いていた。そのため空気がもわっとしていた。「今日は暖房は必要ないのでは・・・」そう思いながら用を足した。

 樹海台駐車場から料金所まで一気に下った。下っていくと道路の反対側を上ってくる数多くのローディーとすれ違った。

 Mt.富士ヒルクライムの3週間前の日曜日・・・今日は数多くのローディーが試走していた。料金所まで下っていってから一息入れて、さらに富士北麓駐車場まで走った。

 富士北麓駐車場に辿り着く頃には暑さは相当厳しいものになった。直射日光はかなり強く、日焼け止めを塗っていたが、相当日焼けしたようで、肌がほてっていた。

 この後は車で、日帰り温泉施設である「紅富士の湯」に向かい、ハードなヒルクライムで疲れた体を癒した。

 露天風呂からは富士山が望める。露天風呂は二つあり、そのうちの一つは温度が37度ほどでぬるめである。

 そのぬるめの方の露天風呂に入っている時に、「もう一度タイムアタックをしたい・・・」という気持がふつふつと湧いてきた。

 「次の日曜日かあるいはさらにその次の日曜日か・・・もう一度、本番の前にこのコースを走っておきたい・・・」

 少々ふがいない結果に終わった今日のタイムアタックにどうにも納得がいかなかった。もう一度タイムアタックしても同じような結果なら、いまの実力が昨年よりも相当低いということが証明される。そうすると、なんだかあきらめもつくような気がしたのである。

2017/5/23

4089:5合目  

 富士スバルラインの長い長い上りを走り終えて、疲れきった体を休めていた。富士山の5合目は相変わらず大盛況で、中国人を中心とした外国人に占拠されていた。

 飛び交う言語は中国語であったり、東南アジア系の言語であったりと、ここが日本とは思えないような様相である。

 この時期、5合目まで上ると気温が低いことが多いが、今日は強い直射日光が降り注ぎ、用意していた防寒着が不要なほどに暖かかった。
 
 ゴール地点で休みながら、メンバー全員が走り終えるのを待った。タイムが予想よりも悪かったので、かなり意気消沈していた。

 平均心拍数は173であった。これはほぼ予定通りである。昨年の本番と同じ平均心拍数であったので、体にかかっていた負荷はそれほど変わっていなかったはず。

 しかしタイムは随分と遅かった。「これが今の実力か・・・昨年よりもかなり落ちているな・・・」うなだれながらそう思った。

 今年のMt.富士ヒルクライムの目標は、昨年のタイム「1時間23分42秒」を1秒でも上回り、自己ベストを更新することであったが、その目標達成はどうやら不可能なようである。

 「1時間25分をきることも、今日のタイムからするとかなり厳しい・・・」考えれば考えるほど気分が落ち込んできた。

 「もう考えるのは止めよう・・・今日は体調が悪かったということで片付けるしかない・・・」とやや強引に開き直ることにした。

 メンバー全員がゴールした後、駐車場へ移動して、補給食を食べた。サポートカーに積んであったリュックには、おにぎり2個とどら焼き1個が入っていた。それらを胃袋の中に収めた。

 富士スバルラインでのヒルクライムで消費したカロリーはGarminのサイコンによると1,100キロカロリーであるので、これくらい補給しないといけない。

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 5合目の駐車場から富士山を仰ぐと、少し雲がかかっていた。この景色を再び視界に収めるのは3週間後の本番の時である。

 その時にどのような感情で同じ景色を見ることになるのであろうか・・・「やはり、今年は調整が上手くいかなかった・・・もうこの年齢だし・・・止む終えない・・」と重い心情で見上げることになるのであろうか・・・

 それとも「試走会の時は、やはり体調が悪かっただけで、ほぼ昨年と同じくらいのタイムで走り切れた・・・」と安堵の表情で見上げることになるのであろうか・・・

 可能性は前者の方が高いが、後者の可能性も全くないわけではない。「少ない可能性ではあっても頑張ってみる価値はあるはず・・・」そんな風に思いながら、長い下りに向かって、アームカバーを腕に装着した。用意していたが、ウィンドブレーカーはどうやら不要のようであった。

2017/5/22

4088:不調  

 自己申告タイムが「1時間25分」のメンバーは私ともう一人の2名であった。2名で一緒にスタートした。

 スタートしてしばらくは斜度がややきつめである。しかし、脚はフレッシュであるので、ペースがついつい上がってしまう。序盤から脚を酷使すると、後半で失速する。

 「序盤は抑える・・・」と決めていたので、サイコンに表示されるパワーの数値などを頼りに、出力を上げすぎないように気をつけながら走り始めた。

 体が少々だるい感じが気になっていたが、しばらくして心拍数が上がり巡航態勢がしっかりと整うと気にならなくなるであろうと思っていた。

 心拍数はゆっくりと上がっていき、2km程走ったところで170に達した。心拍数は170〜175の範囲でコントロールする予定であった。

 そのレンジであれば、最後までだれることなく走り切れるはずである。昨年の本番時の平均心拍数は173であった。

 走り始めて4km程までは抑えめに走ると決めていた。その序盤の4kmを走り終えた。残りは19.5kmほど。

 その段階で「あれ・・・なんだかおかしいな・・・」と感じ始めていた。序盤を終えたところからペースを少し上げていきたいところであるが、脚が重いままである。

 一緒にスタートしたメンバーはこの辺りからペースを上げていった。その背中について引いてもらおうと思ったが、脚も体も重い。

 体調が悪いという自覚はなかった。昨年同様のペースで走れるものと思っていたが、どうにも今日は脚の回りが思わしくなかった。

 一緒にスタートしたメンバーの背中は徐々に離れていってしまった。心拍数は予定通り「170〜175」のレンジに納まっていた。

 心拍数は予定通りであるが、パワーの数値は低い。210ワット前後で推移していた。予定よりも10ワットほど低い。

 平均パワーを上げようとするとが、体がついていけない感じである。まだまだ先は長い。心拍数を頼りに「あまり無理をしない・・・」ペースで中盤を走り続けた。

 今日のヒルクライムは長い。長丁場のヒルクライムの場合、その工程の中でも調子が変わる。後半に入って調子が復調することを願いながら、延々と続く坂道を走り続けた。

 しかし、今日はどうしても脚が回らない。「こんなはずでは・・・」と心の中では焦りが生じる。

 中盤を走っていてもペースはほとんど上がらず、体には疲労感のみが降り積もっていった。昨年は中盤を過ぎる辺りで「今日は行けそうだ・・・」という感覚があったが、今日はそういった感覚は微塵もなかった。

 体も脚も鉛のように重いまま、ヒルクライムコースは終盤に入った。4合目を過ぎると、このコースの最大の難所である山岳賞区間が待っている。

 重い体ではこの斜度が厳しくなる区間を力強く駆け抜けていくことはかなわず、さらにペースを落としていった。

 この厳しい区間を過ぎると、勾配が1%程度の緩斜面区間が約2kmほど続く。本番ではフロントギアをアウターに入れて40km/hほどのスピードで走るが、今日はすでにあきらめモードであったので、それほど無理にスピードを上げることはせず30km/hほどのスピードで駆け抜けた。

 ゴール直前には、短いながらも心臓破りの坂が待っている。この最後の試練はいつも辛いものである。今日は特別にしんどいものとなった。

 視線は下を向いてしまって前を向くことなかった。まったく高揚感のない気分のまま、ゴールした。サイコンに表示されたタイムは「1:28:38」であった。

 予定していたタイムよりも3分以上遅い。走り終えて、Kuota Khanをゴール付近の柵に立て掛けて、座り込んだ。



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