2017/4/8

4044:小瓶  

 Mimizukuの店内はいつもどおりであった。カウンター席には私と「ゆみちゃん」が座っていた。二つある4人掛けのテーブル席には客はおらず、二人掛けのテーブル席には一人の男性が座ってコーヒーを飲んでいた。カウンターに置いてあるパラパラ時計が時折「ハラリ・・・」とかすかな音をさせて時刻が変わったことを告げていた。 

 「あっ・・・それと今日は良いものを持ってきました・・・先週お会いした時に疲れているようでしたので・・・ちょっと待ってください・・・」

 そう言いながら「ゆみちゃん」は鞄の中を探って、一本の小さな瓶を取り出した。それは、青いガラス製の小瓶で、スプレーできるようになっていた。その瓶のなかには液体が入っていた。

 「これは不思議なスプレーで、中に入っている液体は医王石という鉱石を利用して抽出したエッセンスが入っているんです。これを人体にスプレーすると不思議とその人のオーラの色合いが良くなるんです。ということは体にも良い影響が出ているはずなんです・・・」

 そう言えば、先週「Mimizuku」で彼女と会った時に「疲れていますか・・・?」と訊かれた。そして私のオーラの色合いがくすんでいるとの指摘を受けたのであった。

 彼女は人の背後に広がるオーラが見える時があるという。本当かどうかは私のように普通の人間には判別できないが、彼女が嘘を言っているようにも思えない。

 オーラを撮影できる特殊な機械はあるようである。しかし、それは相当大がかりなもので価格も100万円以上もする。

 そういった特殊装置ではなく、肉眼で人間のオーラが見えることは普通ではあり得ないが、霊感がある人とない人が居るように、ごく少数ではあるが、オーラが肉眼で見える人間もいるのかもしれない。

 「えっ・・・そんなものがあるの・・・じゃあ、試してみて・・・色が変わるかどうか・・・」

 私はその不思議な液体について半信半疑ながら、そう言ってみた。「まあ、飲むわけではないから体に悪い影響はなさそうだ・・・」と心の中では思っていた。

 先週会った時、彼女は「握る温泉」という一風変わった健康グッズを持っていた。握ると人体に溜まった邪気を取り去るという金属の棒である。

 数分握らせてもらったが、特に変わったところはなかった。彼女は寝る前30分ほど握ると体が軽くなると言っていた。

 「ゆみちゃん」はしばし、目を細めるようにして私を眺めた。その眼の焦点は、私にではなく、私の背後に合っているようであった。

 「やはり少し疲れていますか・・・?」

 彼女は占い師のような口調でそう訊いた。

 「そうだね・・・最近疲れが抜けづらくて・・・」

 私はそう答えた。

 おもむろに彼女はその青い小瓶を右手で掴んだ。そして私の頭上に向けて4回スプレーした。霧状の液体が私の頭上にさっと広がり、ゆっくりと上から降り注いできた。

 特に強い香りがするわけではなく、小さな霧は私の体に降り注いで消えた。私は目を閉じた。そして何らかの変化を感じ取ろうとした。

 前回の「握る温泉」同様、特にはっきりと感じる変化はなかった。そしておそるおそる目を開けた。

 「ゆみちゃん」は相変わらずこちらを見ていた。そしてやはり目の焦点は私の背後に合っていた。

 「少し明るくなりました・・・ベースとなる色合いはグリーンンです。そのグリーンの色合いが明るくなりましたよ・・・」
 
 彼女の目の焦点が私の目に移った。そして軽く微笑んだ。

 狐につままれたような感覚というのはこういうものを言うのであろうか・・・私はきょとんとしていた。

 何かが変わっという実感は全くなかった。しかし、彼女の網膜に映っているはずの私のオーラの色合いは変わったようである。

 私は無意識にカウンターの上に置いてあるコーヒーカップの取っ手を右手の人差し指と親指で軽く握った。

 そしてコーヒーカップの中にまだ半分ほど残っていたコーヒーを一口飲んだ。そこではっとした。コーヒーの味わいが変わっていた。確かに先ほど飲んだ時に舌先に感じた味覚とは違う。

 「これ、一瓶差し上げます・・・カートリッジのお礼に・・・」

 彼女はそう言った。私は「ありがとう・・・では遠慮なく・・・」と言って、その青い小瓶を左手で掴んだ。そしてその瓶を上にかざして、Mimizukuの白熱灯の淡いオレンジの光にあててみた。

 瓶の色合いどおりに青く光るばかりで何の変哲もない液体にしか見えなかった。しかし、私は少々不思議な感覚に捉われたまま、その青い光を目に収めた。



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