2017/3/29
4034:握る温泉
「Mimizuku」はカウンター席が4席、四人掛けのテーブルが二つ、そして二人掛けのテーブルが一つある。
私はカウンター席に座っていた。「ゆみちゃん」が店に入ってきたのは7時半ごろであった。彼女の職場は新宿御苑にある。コンピューターソフトウェアに関連する200人程の会社との話であった。
「こんばんわ・・・」「ゆみちゃん」は挨拶をしてカウンター席に座った。私は「おつかれさま・・・」と言って、少し残っていたコーヒーを口に運んだ。
彼女は女主人にナポリタンとアイスコーヒーを頼んだ。そういえば、彼女はいつもアイスコーヒーを頼む、ホットコーヒーを頼んだのを見たことがない。
「極端な猫舌なのであろうか・・・」そんなことが頭の中に浮かんだ。「仕事は忙しい・・・?」私がそう訊くと、彼女は「私の部署は総務だからそれほどでもないんです・・・システム開発の部署の人は時期によっては相当忙しいみたい・・・」と会社のことや仕事のことを話し始めた。
彼女はもともとはシステム開発の部署にいたが、3年ほど前に過労から体調を一時的崩したようある。1ケ月ほどの休職期間を経て、総務部に配属が変わった。それからはそれほど残業をすることはなくなったようである。
「一時的に体調を崩したから、私ってこう見えて結構健康オタクなんですよ・・・」と言って彼女は鞄から普段愛用している健康グッズを取り出した。
「これは酵素です。ペースト状になっていて1日にこの小さな袋に入ったものを二つぐらい飲むんです・・・」
「それからこれはちょっと不思議なグッズで、この金属の棒をこうやって1本づつ手で握るんです。体にたまった邪気を吸い取ってくれるんです・・・『握る温泉』って言う商品名なんですよ・・・変でしょう・・・でもこれ効くんです・・・」
「それっ・・・試してみていい・・・?」
「もちろん・・・いいですよ・・・こうやって右手と左手で1本づつ握るだけです。」
私は「ゆみちゃん」からその金属製の小さく細い棒を2本受け取った。そしてそれを1本づつ両手で握った。
金属部分はアルミであろうか、真ん中に黒いゴムのようものが巻かれていた。金属の中は空洞になっていて何かが入っているようであった。
それを握ってしばし目を閉じた。何かを感じようと感覚を研ぎ澄ましたが、両手に感じた金属の冷たさが、やがて手の熱で暖かくなっていった他は、格別の感覚はなかった。
「これって本当に効くの・・・?」
私は2,3分その金属棒を握ってから彼女に返した。
「30分ほど握ると、効果が出てきます。夜寝る前なんかに、テレビ観ながら握っているんです。なんだか体がすっと軽くなりますよ・・・」
彼女の目は笑っていた。私もそれにつられて意味のない微笑みをその顔に浮かべた。そして、今日の本来の目的を思い出した。
「あっ・・・そうそう・・・これを渡すんだった・・・」
そう独り言のように言って、先程取り出してしげしげと眺めていたGRACE製のカートリッジを鞄の中から再度取り出した。
小さな箱に入っていたGRACE F-8L'10を箱から出して、それをカウンターの上に置いた。黒いシェルに取り付けられた金色の小さなボディーは白熱灯の明かりの下で鈍く輝いていた。先ほど一人で見ていた時よりもその色合いが若干変わっているように感じられた。
それは、「ゆみちゃん」が隣にいるからであろうか・・・それともほんの数分であったが、「握る温泉」を両手で握ったからであろうか・・・
私はカウンター席に座っていた。「ゆみちゃん」が店に入ってきたのは7時半ごろであった。彼女の職場は新宿御苑にある。コンピューターソフトウェアに関連する200人程の会社との話であった。
「こんばんわ・・・」「ゆみちゃん」は挨拶をしてカウンター席に座った。私は「おつかれさま・・・」と言って、少し残っていたコーヒーを口に運んだ。
彼女は女主人にナポリタンとアイスコーヒーを頼んだ。そういえば、彼女はいつもアイスコーヒーを頼む、ホットコーヒーを頼んだのを見たことがない。
「極端な猫舌なのであろうか・・・」そんなことが頭の中に浮かんだ。「仕事は忙しい・・・?」私がそう訊くと、彼女は「私の部署は総務だからそれほどでもないんです・・・システム開発の部署の人は時期によっては相当忙しいみたい・・・」と会社のことや仕事のことを話し始めた。
彼女はもともとはシステム開発の部署にいたが、3年ほど前に過労から体調を一時的崩したようある。1ケ月ほどの休職期間を経て、総務部に配属が変わった。それからはそれほど残業をすることはなくなったようである。
「一時的に体調を崩したから、私ってこう見えて結構健康オタクなんですよ・・・」と言って彼女は鞄から普段愛用している健康グッズを取り出した。
「これは酵素です。ペースト状になっていて1日にこの小さな袋に入ったものを二つぐらい飲むんです・・・」
「それからこれはちょっと不思議なグッズで、この金属の棒をこうやって1本づつ手で握るんです。体にたまった邪気を吸い取ってくれるんです・・・『握る温泉』って言う商品名なんですよ・・・変でしょう・・・でもこれ効くんです・・・」
「それっ・・・試してみていい・・・?」
「もちろん・・・いいですよ・・・こうやって右手と左手で1本づつ握るだけです。」
私は「ゆみちゃん」からその金属製の小さく細い棒を2本受け取った。そしてそれを1本づつ両手で握った。
金属部分はアルミであろうか、真ん中に黒いゴムのようものが巻かれていた。金属の中は空洞になっていて何かが入っているようであった。
それを握ってしばし目を閉じた。何かを感じようと感覚を研ぎ澄ましたが、両手に感じた金属の冷たさが、やがて手の熱で暖かくなっていった他は、格別の感覚はなかった。
「これって本当に効くの・・・?」
私は2,3分その金属棒を握ってから彼女に返した。
「30分ほど握ると、効果が出てきます。夜寝る前なんかに、テレビ観ながら握っているんです。なんだか体がすっと軽くなりますよ・・・」
彼女の目は笑っていた。私もそれにつられて意味のない微笑みをその顔に浮かべた。そして、今日の本来の目的を思い出した。
「あっ・・・そうそう・・・これを渡すんだった・・・」
そう独り言のように言って、先程取り出してしげしげと眺めていたGRACE製のカートリッジを鞄の中から再度取り出した。
小さな箱に入っていたGRACE F-8L'10を箱から出して、それをカウンターの上に置いた。黒いシェルに取り付けられた金色の小さなボディーは白熱灯の明かりの下で鈍く輝いていた。先ほど一人で見ていた時よりもその色合いが若干変わっているように感じられた。
それは、「ゆみちゃん」が隣にいるからであろうか・・・それともほんの数分であったが、「握る温泉」を両手で握ったからであろうか・・・