2016/8/31

3823:乗鞍 5  

 全日本マウテンサイクリングin乗鞍は、終わった。私はスタートして、1時間25分8秒の間にわたり、自分が出せるものを出し尽くした。 

 そして、ゴールした。即席のライバルであり「戦友」でもあったTIME氏と別れて、リュックを預けているバスの近くに向かった。

 バスのそばで、Kuota Khanを横たえて、私は手前に座り込んだ。しばし体を休めてから、バスの前に取り出された数多くのリュックの中から自分のものを探した。

 ようやく自分のリュックが見つかった。リュックの中には防寒着と補給食が入っている。早速半袖のサイクルジャージから長袖のサイクルジャージに着替え、両脚にはレッグウォーマーを装着した。

 さらにウィンドブレーカーを着込んだ。予想したよりも寒くはなかったが、防寒ウェアに着替えると、心がほっとする。

 補給食が入った袋を取り出した。おにぎりもあったが、バナナを選択。2本のバナナを胃袋に納めた。

 私は比較的早いスタートのグループであった。しばし、待っていると徐々にチームメンバーがゴールして、合流していった。

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 乗鞍岳は穏やかな景色を見せてくれていた。下山はゆっくりと始まった。下山時の落車事故を防ぐため、集団で下る。スピードを出し過ぎないように、スタッフの人がカーブ地点で注意を促していた。

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 下りながら、「今年は本来のコースを走れて良かった・・・」と思った。3年連続で悪天候のためにコース短縮を余儀なくされた全日本マウテンサイクリングin乗鞍であったが、今年は良いコンディションで走り切ることができた。

 下り終わって、完走証を受け取った。完走証には、サイコンのタイマーどおり「1時間25分8秒」と表示されていた。

 来年に向けて宿題を残したような気になった。「たった8秒ではあるが、されど8秒・・・」という感じで、その数字は私の心に小さな棘となって刺さった。「来年はその小さな棘を抜こう・・・またここに来て走ろう・・・」そういう気持になった。

 宿まで戻って、ロードバイクを車に積み込んだ。同乗させてもらったスバル フォレスターは最大4台のロードバイクを飲み込むことができる。

 宿の温泉に浸かって疲れた体を休めた。「次の車はSUVにしようかな・・・」湯の花が浮かぶ温泉でそんなことを思った。

 「Mercedes-Benz GLC・・・Jaguar F-PACE・・・Porsche Macan ・・・Alfa Romeo Stelvio・・・」

 流行りのSUVは、魅力的なモデルが揃っている。「Alfa Romeo Stelvioなんか良いよな・・・早く出ないかな・・・」湯からは硫黄の強い匂いが漂ってきた。

2016/8/30

3822:乗鞍 4  

 残り5kmを切った。「出力を上げていきたい・・・」そう心から思うのであるが、実際には出力は上がらない。

 歯を食いしばる。心の中で自分を叱咤激励する。そうやってどうにか例のTIME氏の背中の背後に位置し続けた。

 残り5kmを過ぎると、1kmごとに残り距離を示す看板がある。その残り距離が4kmとなり3kmとなり、やがて2kmとなった。

 その都度タイムが気になってサイコンをチェックした。1時間25分の目標タイムにはぎりぎりな感じであった。

 気持ちが焦った。本来であれば残り距離が少なくなればなるほど、ペースアップをはかりたいところであるが、脚の余力はほとんどなく、力感のある走りには程遠かった。

 周囲には背の高い木々はすっかりと無くなり、周囲の眺望が一気に開けてきた。白い雲はあったが、空は所々青く抜けていた。

 その爽やかな青色をエネルギーに変えてクランクをペース良く回すことができれば良いのであるが、現実はそうはいかない。

 乗鞍スカイラインの上り道は、その名のとおり空に続いているように見えた。残り1kmを切った。

 「このペースだと間にあわない・・・ペースを上げないと・・・」無理をなかなか聞いてくれない体に更に鞭を打って、少しでもペースを上げようともがいた。

 少しペースが上がった。私の10mほど前にいたTIME氏の背中が近づいてきて、その右脇を抜けた。

 残り500m、残り300m、残り200m・・・残り距離を示す看板が道の脇に見える。残り200mからはダンシングに切り替えた。

 呼吸が苦しい・・・心肺はその機能をフル活動させてはいるが、2本の脚が発する推進力は充分なものではなかった。

 最後に左に曲がったらゴールが見えた。ともかく出せるものは全て総動員して、グリーンの計測ラインの上を越えた。

 ゴールと同時にサイコンのストップボタンを押した。脚を止め、惰性で少し走った。そして気になるタイムを確認した。

 「1:25:8」であった。
 
 「8秒か・・・8秒・・・」そのタイムを目にして、心の中で何度か「8秒」というフレーズが繰り返された。目標タイムである1時間25分を8秒超えてしまった。

 タイムを確認してから、左足のクリートを外して立ち止まって、後ろを振り返った。5,6台のロードバイクが通り過ぎた後で、TIME氏の姿を認めた。

 彼も私の姿を認めた。「お疲れ様でした・・・」私は右手を差し出した。「最後は追いつけなかったよ・・・きつかったね・・・」彼はそう言った。笑顔のようであった。

 「ありがとうございました・・・結構引いてもらいました・・・」私は握手する右手に力を込めた。

 私はTIME氏と別れて、リュックを預けてあるバスの方へ向かった。空には白い雲がいっぱいあったが、色合いは明るく、思っていたほど寒くなかった。

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2016/8/29

3821:乗鞍 3  

 全日本マウンテンサイクリングin乗鞍のコースは20.5km。スタートから7kmのところに第1チェックポイントがある。ここではボランティアの方々がスポーツドリンクなどを紙コップに入れて参加者に手渡してくれる。トイレや救護所もあり、走っていてトイレが我慢できなくなったり、急な体調変化がある場合には、ここに駆け込むこともできる。

 この第一チェックポイントまでの7km・・・斜度はそれほど厳しくない。平均5%程度で推移する。斜度が緩めだからといってこの区間であまり無理をすると、その後で後悔する羽目に陥る。

 「この区間は25分以内で通過しよう・・・」そう心に決めていた。次の第2チェックポイントはさらに8km走った15km地点にある。この第1チェックポイントから第2チェックポイントまでの8kmは平均斜度が上がる。

 第2チェックポイントは60分以内で通過して、残り5.5kmを25分以内で走り切る。それが今回の私のプランであった。

 計測開始ラインを越えてから、徐々に負荷を加えていった。走り出しは、エンジンが滑らかには回らないもの・・・周囲に惑わされることなく、無理のないペースを序盤は維持した。

 走り出して5分を経過する頃合いから心拍数を上げていった。心拍数を170〜175までの範囲に収めようと思いながらクランクを回すペースを調整した。

 走り出してしばらくは少々体が重く感じられたが、心拍数がほぼいつもの「巡航ゾーン」で落ち着いてくると、その重い感じも薄らいでいった。

 路面の状況は思っていた以上に良かった。昨日は雨が降ったが、その影響は軽微であった。数多くの参加者は皆それぞれのペースで走っていた。

 5kmほど走った。タイムをチェックした。第1チェックポイントを25分以内で通過できるペースで走れていた。

 旧式のエンジンも今のところ滑らかに回転していた。吸排気の際の音はやはり少々うるさいが、エンジンの回転が急に落ちるようなことはなかった。

 サイコンの距離表示はゆっくりとその数字を上げていき、7km地点が近づいてきた。すると第1チェックポイントが見えてきた。

 数名のボランティアの方々が手に紙コップを持っている。それを受け取る参加者もいれば、タイムロスを極力避けるために受け取らない参加者もいる。

 私もタイムロスを極力避けたいので紙コップを受け取らずに真っすぐに進んだ。25分よりも30秒ほど早いタイムで第1チェックポイントを通過できた。

 第1チェックポイントから第2チェックポイントまでの8kmは、斜度がぐっと厳しくなるエリアも入ってくる。脚の余力を考慮しながら、このエリアを走っていった。

 特定のトレインに乗ることはしなかった。ある程度の距離を走ってくると、ほぼ同じスピードで走る参加者を意識するようになる。

 ペースメーカーというわけではないが、その参加者のジャージを覚え、時折そのジャージを目で探して、ペース配分が適切かどうか判断したりする。

 第1チェックポイントを越えてから常に近くを走っている参加者がいた。時折私が前に出ることもあったが、必ず一定の距離を走ると、そのジャージが私の前に出る。

 ゼッケンの色は私と同じ青である。51歳から60歳までのグループである。ロードバイクはTIME製の高価なモデルであった。

 お互いを意識するように自然となっていた。即席のライバル関係が成立していたのである。第1チェックポイントから第2チェックポイントまでの8kmの区間で何度も2名の位置関係は変わったが、ヒルクライム能力がほぼおなじであったので、すっかりと離れることはなかった。

 15Km地点が近づいてきた。第2チェックポイントを60分以内で通過するのがぎりぎりの感じであった。第2チェックポイントが見えてきたところでペースを上げた。

 第2チェックポイントを60分以内で通過できれば、目標タイムの1時間25分は達成できるような気がしていた。TIMEに乗る例の参加者を追い抜き、第2チェックポイントを通過した。やはりボランティアの方が差し出す紙コップは受け取らなかった。

 ぎりぎり60分で第2チェックポイントを通過できた。ここからゴールまで残り5.5km。本当に辛いのはここからである。

 第2チェックポイントの手前でペースを上げた反動か、脚の回転が急に鈍くなってきた。体の疲労度は相当な高レベルに達していた。残り5kmと書かれた看板をやり過ごした。そのすぐ後でTIMEのロードバイクが私の右側を通過していった。例のジャージである。

 「頑張りましょう・・・」そう声が聞こえた。私も何か返事をしたはずである。その私の返事も彼の耳に届いたはずである。2台のロードバイクは一定の距離を保ちながら、終盤の厳しい局面へ入り込んでいった。

2016/8/28

3820:乗鞍 2  

 朝の4時にスマホのアラームで目が覚めた。あたりはまだ暗い。耳を澄ました。雨の音は聞こえてこなかった。

 「良かった・・・雨は降っていないようだ・・・」

 窓を開けた。雨は降っていなかった。霧があたりを包んでいるようであった。まだ闇が辺りを支配していたので、はっきりとはしなかったが、雨が降っていないことを確認してほっと胸を撫で下ろした。

 身支度を素早く整え、朝の5時からの朝食を済ませた。そして、5台の車に分乗して、会場近くの道路に車を停めた。
 
 道路の片側には車が数珠繋ぎになっていて、皆ロードバイクを車から降ろして、セッティングしていた。中には固定式ローラー台を使ってアップを開始している参加者もいる。

 私たちもロードバイクを降ろしてセッティングした。6時半までに頂上までバスで運んでもらう防寒着などを入れたリュックを預ける必要があるので、リュックを背負ってスタート会場まで走った。

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 その際、何故かしらリアのギアがトップから3段目くらいまでしか変速しなくなった。それ以上軽いギアを選択しようとしてDi2のボタンをいくら押しても、ギアはうんともすんともいわない。

 「えっ・・・なに・・・メカトラか・・・昨日の試走では全然問題なかったのに・・・」

 と、少々焦った。もしも、リアギアが重い3枚しか使えなかったら、まともには上れない。リュックをバスに預けてから車のところまで戻って、リーダーにDi2の様子を確認してもらった。

 タイヤを外して確認するとメカトラではなかったようである。タイヤをはめ直し、走行すると問題なくギアチェンジした。タイヤが真っすぐ装着されていなかったのが原因のようであった。

 ギアチェンジはするようになったが、軽めのギアだと少し異音がするので、Di2の微調整もしてもらった。これで、ギアは問題なく作動するようになった。

 ほっとして、しばしアップを続けた。空は灰色の雲がほぼ支配していたが、所々わずかばかりに青空も垣間見えていた。

 「雨の心配はないな・・・」アップを20分ほど続けてから、7時にスタート会場へ向かった。私たちのグループのスタート時間は7時20分である。

 前のグループが順次スタートしていく。やがて私たちのグループの番が来た。カウントダウンが始まった。

 カウントダウンにつれて心拍数が少し上がった。サイコンの心拍数は「100」を表示していた。緊張感がずんと高まった。喉が乾く。

 そして「スタート!」の号令が発せられた。Mt.富士ヒルクライムと違い乗鞍の場合、スタートしてすぐの地点にタイム計測開始ラインがある。

 緑色の計測開始ラインを越えると、右足の足首に巻かれたチップに反応する音が小さく聞こえた。その音とほぼ同時にサイコンのタイム計測開始ボタンを押した。

 いよいよ「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」が始まった。ここ3年連続で悪天候に見舞われコースが短縮されたが、今年は本来の20.5kmのコースを走れる。

 ゴールはまだまだ先であり、そこにたどり着くまでには、過酷な試練を越えていかないといけない。

2016/8/27

3819:乗鞍 1  

 「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」に参加するチームメンバーは全員で11名である。11名は朝の6時にバイクルプラザに集まってから、5台の車に分乗して乗鞍を目指した。

 早朝は小雨がぱらついていていたが、それも止んだ。国立府中インターから中央道に乗った。高速は所々渋滞していた。途中談合坂SAで休憩しようとしたが、駐車場待ちの車が長い列を作っていたので、次の初狩PAに向かった。

 初狩PAも駐車場待ちの車が列を作っていたが、しばし待っていると入ることができた。トイレ休憩を済ませてから、先を急いだ。

 次の休憩ポイントである双葉SAはすんなりと入れた。ここで、屋台で売られていたアジのから揚げを食した。からっと揚がっていて美味であった。しばしゆっくりと過ごして、松本インターまで走った。

 高速道を走っていると時折雨が車のフロントウィンドウを叩く。今日は一日落ち着かない空模様のようである。

 今日は雨でもいいが、本番の明日はどうにか雨が降らないでほしいものである。「乗鞍」は最近3年間は悪天候のためにコースが短縮されている。明日は久しぶりに本来のコースを走り切りたい。

 「乗鞍」に初めて参加したのは、5年前のことである。私にとって初めてのヒルクライムレースであった。

 その時のタイムは1時間38分59秒であった。森林限界を超えてから空気が薄くなり、脚が急に重くなり、とても苦しんだ記憶がある。

 今年の目標タイムは1時間25分。5年前よりも14分もタイムを縮めなければならない。この5年間で自分なりにやってきたことが試される大会でもある。

 松本インターからしばし車で走った。幾つものトンネルを抜け、水位が思いのほか下がっているダムを左手に見ながら進むと、受付会場に着いた。

 駐車場に車を停めた。雨が降っていた。受付時間までまだ少し時間があったので、コンビニで買ってきたお弁当で昼食を済ませた。

 受付が開始されたようなので会場へ赴いた。事前に郵送されていた参加証を見せると、ゼッケンや記念品をくれた。

 それを手にもちながら、数多く出ているメーカーのブースをぶらりと見て回った。LOOKのブースでは斬新なデザインのモデルが展示してあった。

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 降っていた雨が止んだ。そこで駐車場に戻って、ロードバイクを降ろした。前日はいつもあまり疲れない程度に皆で走る。

 空は灰色であった。11台のロードバイクは隊列を形成してゆっくりと走り始めた。走り始めてそれほど時間が経過していないところで、「パシュ〜ン!」という威勢の良い音がして、1名のメンバーのロードバイクがパンクした。

 パンク修理をしていると、一旦止んだ雨がまた降ってきた。どうにかパンク修理を終えて、降り始めた雨をついて先に進んだ。

 するとまたしばらくして別のメンバーのロードバイクがパンクした・・・雨もしっかりとしたものになってきたので、パンク修理を終えてから、「戻りましょう・・・」ということになり、Uターンした。

 残念ながら前日の走行練習は充分には行えなかった。宿に戻って、温泉で体を労わった。テレビの天気予報では明日の午前中は曇りとのこと。

 天気予報通りに明日の午前中は雨が降らないことを祈るしかないようである。そして、予想外のトラブルや体調の変化がないことも・・・祈ろう。

2016/8/26

3818:サイドボード  

 私はその大きな段ボール箱を早速開梱した。丁寧に梱包されていて、梱包材を慎重に取り除いていくと、DIATONEの古いスピーカーが姿を現した。

 現在は細身で奥行きのあるトールボーイ型が主流であるが、1970年代当時は奥行きが比較的浅いブックシェルフ型が主流であった。

 DS-251MkUの横幅は30cmほどで奥行きは25cmほどである。高さは50cmほどある。そのサイズはコンパクトと言う表現が必ずしも当てはまらないもので、思っていたよりも存在感がある。

 サランネットを外してユニットの状況を確認した。ざっと見たところ経過年数が信じられないくらいに、良い状態を保っている。

 キャビネットに関しても小さな傷は散見されたが、再塗装もしっかりとされているようで、思っていた以上に綺麗なものであった。

 さらに驚いたのがサランネットである。この時代のスピーカーのサランネットは酷い状態のものが多いが、とても清潔に保たれている。

 きっとしっかりと洗浄されたのであろう。そのざらざらとした表面を手で撫でてみた。この時代の息吹のようなものがその手触りからうっすらと感じられた。

 ヤフオクでは5,000円前後で取引されているスピーカーである。30,000円は少し高いかとは思ったが、このコンディションを確認すると、むしろ安いとさえ思えてくる。

 開梱したスピーカーを1台づつ2階に運んだ。2階の主寝室の空いているスペースには、現在ソファテーブルの上にYAMAHA YP-700とSONY TA-1120が少し間隔を空けて並んで置かれている。

 その両脇には専用スタンドに設置されたBrilon 1.0が置かれていたが、そのBrilon 1.0を部屋の脇に移動させて、DIATONE DS-251 MkUをその位置に置いてみた。

 床に直置きであると明らかに高さが足りない。低めのスタンドか、高さのあるウッドブロックなどが必要であるが、我が家にはそういった品物が無かった。

 しかたがないので、使っていないアルミ製のインシュレーターを持ちだしてきて、それをスピーカーの四隅に挟み、床から数センチほど持ち上げた。

 スピーカーケーブルを結線して、試しにレコードをかけることにした。YP-700のアームをアームレストから外し、レコード番の一番端まで持ってくる。そこで右手を放し、スタートボタンを人差し指で押した。
 
 するとターンテーブルが滑らかに回転し始め、ややあってからアームがゆっくりと降り始める。YP-700にばセミオート機構が付いている。そして、その機能は全く問題なくスムースに作動した。

 SHURE製のカートリッジの針先が盤面に達すると針音がスピーカーから漏れ始める。TA-1120のボリュームノブを右手で調整した。

 DS-251 MkUは40年数年前のスピーカーである。さぞぼやけた音がするのかと思っていたが、実にまっとうな音がする。

 これも少々意外であった。かなりラフなセッティングであるのに、音がボケボケではない。Tさんのところでネットワークの部品もほとんど新たなものに取り換えられているようある。

 これで「ゆみちゃん」の1970年代を彷彿とさせるオーディオ・システムは完成した。かかったお金は131,000円、予算の4倍以上である。

 あとは、このオーディオ・システムを彼女の部屋に運び込むことになる。それは来週か再来週あたりになるであろう。

 彼女の部屋のテレビが置いてあったサイドボードの上に、これらのシステムが置かれる予定である。横幅が1.5mあると言っていたから、少し大きめのサイドボードであろう。このオーディオ・システムに相応しい美しいサイドボードであれば良いのであるが・・・

2016/8/25

3817:DS-251 MkU  

 先日お邪魔した本郷三丁目のTさんの工房では、アンプとレコードプレーヤーの修理が主でスピーカーの修理は行っていない、とのことであった。

 フルレストアして販売しているものもアンプとレコードプレーヤーだけであった。それでも、スピーカーに関して良い情報があるかもしれないと思い、メールしてみた。

 すると返信があった。「実はうちでも先日お聞かせした大型のスピーカー以外に個人的なコレクションとして何セットが持っているんです。少し増えすぎたので、お譲りしてもいいです。メーカーは全てDIATONEで、古いものばかりです。型番は以下の通りです。DS-21C、DS-25B、DS-35B、DS-251MkU、DS-77HR。」

 私がその型番を頼りにインターネットで、これらのスピーカーについて全て検証した。どうやらTさんはDIATONEのコレクターでもあったようである。

 「DS-251MkUか・・・これは確か1973年ぐらいだったはず・・・大きさもちょうど良いかな・・・」そう判断して、DS-251MkUに関して、そのコンディションと譲っていただける場合の価格について再度メールで問い合わせた。

 「DS-251MkUに関してましては、かなり古い時代のものですので、ウーファーは両方とも修理されています。エッジの軟化処理も行いましたので、ユニット類の性能はほぼ往時のままです。キャビネットには2箇所ほど小さな傷があります。サランネットは色が少しぼやけていますが、汚れやほつれはない状態です。販売価格は30,000円となります。」

 ヤフオクで売られているものはジャンクに近いもので、安く入手してもその後の修理等にお金がかかることを考慮すると、30,000円という価格はそれほど高くないような気がした。

 「もうあれこれ迷ってもしょうがないから、これにするか・・・」と独り言を言った。DIATONE DS-251MkUは、1970年代前半を代表するスピーカーだし、『ゆみちゃん』のサイドボードに置く場合、サイズ的にちょうど良い。

 サイドボードの天板の両脇にスピーカー置き、その間にレコードプレーヤーとプリメインアンプを置く。その姿を想像すると少し頬が緩んだ。

 DIATONE DS-251MkUは、1973年の発売。低域には25cmコーン型ウーファー、 高域には5cmコーン型トゥイーターを搭載し、さらに超高域には3cmコーン型スーパートゥイーターを搭載している。

 スーパートゥイーターはオン・オフすることができる。オフにすれば普通の2ウェイスピーカーにもなる。

 発売されると爆発的に売れた。その当時のオーディオ小僧たちから垂涎の眼差しで見つめられていたスピーカーである。

 譲ってほしい旨のメールを送った。それが3日ほど前のことである。今日自宅に帰りつくと玄関には大きめの段ボール箱が二つ置かれていた。

2016/8/24

3816:風張峠 4  

 全員が上り終えたところで恒例の記念撮影を済ませた。風張峠から3kmほど下ったとことろに都民の森があるので、そこまで行って休憩することになった。

 都民の森の売店には、色んな美味しいものがある。炭火で焼かれる大ぶりな団子やカレーパンなどが有名である。

 カレーパンも美味しいが、今日はなんだか「和」の雰囲気を胃袋が要求していたので、「みとうだんご」と命名されている団子を選択した。

 みとうだんごは甘辛醤油だれか胡桃味噌だれのいずれかを選んで団子に塗ってもらう。私はいつも胡桃味噌だれを選んでしまう。

 さらにその隣にあった「冷やし田楽」も魅力的であったのでこちらも一つ頼むことにした。檜原村の特産品、手作り蒟蒻をこの田楽のためにトロトロの食感に改良したもの。

 えごま蒟蒻と黒胡麻蒟蒻の二種類がある。えごま蒟蒻の方が色が白く涼しげであったのでこちらを選択した。

 冷たさが口の中にすっと広がる。田楽味噌とのハーモニーも抜群。今日は予想に反して晴れて暑くなったので、爽やかな食感が気持ち良かった。

 「みとうだんご」と「冷やし田楽」を胃袋の中に納めてしばし談笑タイムを過ごした。都民の森は晴れた天気のおかげで大盛況であった。ローディーの姿も多く、すっかりとメジャーなコースになったようである。

 十分な補給と休憩をしてから、下り始めた。20km程の距離を豪快に下っていった。檜原村役場付近に達すると気温は高く、相当暑かった。

 さらに檜原街道を進み、武蔵五日市駅の手前を右折して睦橋通りに入るとその暑さは十分に「猛暑」と評すべきものになった。

 思わずサイコンの気温表示を確かめた。「36.7℃」と表示されていた。走っている時は風が体に当たるのでまだいいが、信号待ちで止まると体全体を暑い空気が覆い尽くす。

 拝島駅そばのコンビニでコンビニ休憩を済ませると自宅まではあと少しである。玉川上水に沿って東に向かった。途中多摩モノレールの下を潜る。ここまで来ると「帰ってきた感」が体に溢れる。

 「乗鞍」までちょうど一週間・・・今日は走れて良かった。ここ3年「乗鞍」は天気に恵まれていない。悪天候のためにコースが短縮されることが続いている。「乗鞍」でも今日のように天候に恵まれることを願わずにいられない。

2016/8/23

3815:風張峠 3  

 色の違う幾つかの橋を渡っていくと、奥多摩周遊道路に達する。ここから12Kmほど上った先に風張峠の頂上がある。

 今まで2度ほど走ったことがあるが、ゴール地点がよく分からなかった記憶が残っている。確か10kmほど上ると駐車場が左手に見えてきて、2度ほどアップダウンを繰り返した先にゴールがあったはずという曖昧な記憶が残っていた。

 峠と言っても頂上地点から素晴らしい眺望が臨めるわけではなく、標識も注意していないと見過ごしてしまいそうなほど目立たないものである。

 序盤は集団を形成してゆっくりと走り始めた。序盤は斜度が緩く、それほど脚にこない。しばし、走っていくとY字路があり、信号機がある。

 その信号が赤であったので、少し脚を休ませた。信号が青に変わってから、またクランクを回し始めた。

 ここから斜度はしっかりとしたものになりはじめる。この後、斜度の変化はそれほどなく、体感的にはほぼ一定の負荷で上る印象を受ける。

 2km、3Kmと走っていくと、心拍数は175〜178ほどで推移し始めた。集団は縦にばらけていった。先頭集団は3名で中盤以降は視界から消えた。

 30mほど前には一人のメンバーの背中が見え、ほぼ一定の間隔を保っていた。その背中を私ともう一人のメンバーが連れ立って追いかけていた。

 その膠着状態がどれほど続いたであろうか。残り距離は少しづつ少なくなってきた。左手に駐車場が見ててくると、この長いコースも終盤に入る。

 その手前辺りでほぼ一緒に走っていたメンバーが遅れ始めた。前を行くメンバーとの間隔は少しづつ詰まりはじめてきた。

 駐車場が見えた。ここからの眺望が素晴らしようであるが、残念ながらここがゴールではない。駐車場を過ぎると、下りが入る。

 ギアをトントンと上げて重くして、スピードを上げる。道は上りに転じる。ギアを元に戻してクランクを回す。

 「確かもう一回ぐらい下りが入ってゴールだったはず・・・」

 そんなことを思いながら、前を行くメンバーとの間合いを計っていた。

 「2回目の下りの後の上りで一旦追いつこう・・・」

 2番目の下りを下り、上りに転じたところでペースを少し上げて前のメンバーの背後に貼り付いた。

 「このまま、ゴール・・・」

 と思ったが、またまた下りが始まった。ゴールは思っていたよりもまだ先であった。

 「あれ・・・まだあるのか・・・」

 次の下りでは重いギアをテンポ良く回すことができなかった。あっという間にせっかく追いついたメンバーの背中が遠ざかった。

 やがて上り返しが始まった。気持ちが切れてしまっていて、ペースアップが図れなかった。下りも入るアップダウンではペースを乱されることがあるが、今回は見込み違いもあってペースが最後乱れてしまった。

 ようやくゴール。12kmほどのヒルクライムを終えた。終盤で少し乱れたが、ほぼ全行程一定の負荷に耐え続けることは出来た。来週の乗鞍に向けて良い調整が出来たように感じられた。

 調子は良いとは言えないが、少し上向いてきていることは確かなようである。1週間後の乗鞍でさらに調子が上がれば良いのであるが・・・

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2016/8/22

3814:風張峠 2  

 御岳駅そばのセブンイレブンを後にして、リスタートした。まずは奥多摩湖を目指した。しばらく青梅線に沿って走り、「将門」の交差点を左に入っていった。

 少し下ると城山トンネルが見えてくる。フロントとリアのLEDライトのスイッチを入れた。トンネルの中では、点滅するLEDライトに照らされて前を走るメンバーの背中が断続的に浮かび上がる。

 この城山トンネルから始まり、奥多摩湖に着くまで数多くのトンネルを抜けていく。今日は第三日曜日であるので、恒例の「旧車会」があるようで、古い時代の日本車が時折トンネルの中で追い越していった。そのエンジン音はトンネルのなかでは盛大に響き渡る。

 奥多摩湖をゴールとする普段のロングライドであれば、トンネルを抜けて行くに従ってスピードが上がっていき、最後のトンネルを抜けて小河内ダムの設備が見えてくると、ラストスパート体勢に入る。
 
 しかし、今日は奥多摩湖の向こう側にある風張峠が待ち構えているので、バトルモードでは走らなかった。

 先頭を引いていたメンバーが良いペースで引いてくれていた。そのペースに合わせてクランクを回していくと、奥多摩湖を堰き止めている小河内ダムに到着した。

 第2駐車場まで辿りついて、そこで休憩した。遅れてスタートし追いかけているメンバーをここで待つことにした。

 広い第2駐車場には数多くの「旧車」が停まっていた。スカイライン、ジェミニ、シグマ、ベレットなど、1960年代から1970年代の古い車は独自の雰囲気を有していた。

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 しばし、待った。まったりとした気分になり、少し眠くなってきた。休み過ぎると体が重くなるので、数名のメンバーが迎えに行くことになった。

 私は体がもともと重い感じがしていたので、休憩を続けることにした。少しすると、中学3年生のメンバーが到着。Twitterを見て、自宅から追いかけてきたようであった。

 ベテランメンバーの息子で、小さい頃から父親と一緒にロードバイクに親しみ、今ではロードレースにも数多く参加し、良い成績を上げている。おじさんローディーをはるかに凌駕する実力の持ち主である。

 さらにまったりとした時間が経過した。すると遅れてスタートした2名のメンバーと迎えに行ったメンバーのトレインが到着した。

 さすがに休み過ぎたのか体はすっかりと「普通モード」に切り替わっていた。それを「走行モード」に切り替えるべく、リスタートした。

 奥多摩湖を左手に見ながら走った。このエリアはいつ走っても気持ちの良い景色が迎えてくれる。赤い橋、オレンジの橋など幾つかの橋を渡っていった。

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