2016/6/7

3738:1週間後  

 時坂峠を上り始めてしばらくすると、心拍数は「巡航ペース」の範囲を超えて、180に迫ろうとしていた。

 私の場合「巡航ペース」は175までくらいで、それを超えて1963年製のエンジンがその回転数を上げて回り始めると、体全体に疲労成分が蔓延し始める。心拍数は177、178、179と上がっていき、あっさりと180を超えた。

 峠道の後半に入っていくと、前を引いていた上級者2名はぐんぐんとペースを上げていき、その背中は小さくなっていった。

 後続メンバーもやがて縦に長くなっていった。私の視界の先には3番手をいくメンバーの背中があった。その背中も徐々に小さくなっていった。

 その差が一定以上開くと追いつける可能性が低くなってしまう。その差が開かないようにしたいが、出力は上がらない。すぐに50〜60mほどにその差は広がった。

 時坂峠は終盤に入ると一気に風景が広がる。道の左側を遮るものがすっかりとなくなり、山と空が視界に飛び込んでくる。

 風景は一気に開放的なものとなったが、心も体も依然として重圧にさらされ続けていた。すぐ前を行くメンバーのペースが落ちてくれると助かるのであるが、この時期は皆気合が入っていて、そのペースが落ちることはなかった。

 前を行くメンバーとの差はほんの少しは縮まったが、ゴール前のスプリントで追いつけるほどの距離まで縮まることにはならなかった。

 それでもゴール前では、ダンシングに切り替えてクランクに込めるパワーを増した。時坂峠を上り終えた。メンバーは皆一様に「きつ〜い・・・」と言いながら、その表情を歪めていた。

 私も疲れ切った体をハンドルにもたれかけるようにして、休ませた。こういった限界付近でのヒルクライムを何度も繰り返していけば、その辛さに体が慣れてくるのかと思っていた。

 しかし、残念ながらそうではないようである。数年前よりは速く上れるようにはなったが、楽になるということはない。

 「どれだけ練習しても、走るのは楽にはならない。ただ速くなるだけだ。」というグレッグ・レモンの言葉は真実のようである。

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 時坂峠の頂上からは美しい山々が見える。その山々の姿を見ていると、ついさっきまでの辛さは記憶のなかからすっとその姿を消していく。

 1週間後のMt.富士ヒルクライムの長い上りも辛いであろう。それはきっと確かである。楽に上れることは、途中で諦めて脚を緩めることがない限り、けっしてないはずである。



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