2016/6/30

3761:半地下  

 家に帰りついたのは、2時40分であった。「時間がないな・・・急がなければ・・・」そう思いながら、Kuota Khanをサイクルラックに掛けた。

 急いでシャワーを浴びて汗を流し去った。ほぼ3時ちょうどにMercedes-Benz E350の硬めのシートに身を任せた。

 疲れた体にシートの硬さが心地よかった。フットブレーキを右足で踏んで、エンジンボタンを押した。勢いよく3Lのディーゼルエンジンは目覚めた。

 ハンドルの右側にあるATコラムを操作してDレンジに入れ、サイドブレーキを解除した。右足をブレーキからアクセルにそっと移すと車はゆっくりと走り始めた。

 「ペダルを漕がなくても前に進むってやっぱりいいな・・・こりゃ楽だ・・・」ロングライドの後に車に乗ると、そんな当たり前のことが妙に嬉しかったりする。

 車で1時間ほど走ると目的地であるAさんのお宅に着く予定である。Aさんのリスニングルームには月に1回お邪魔する。フランスや英国から定期的に送られてくるレコードの中から数枚を聴かせてもらうのである。

 青梅街道を延々と走り、杉並区に入ったある地点で脇道に入り込んだ。杉並区は幹線道路から一本入ると途端に道幅が狭くなる。一方通行の指定がある所はまだいいが、そうでない所では対向車が来ると、すれ違うのに一苦労する。

 大概は対向車が来ることなくAさんのお宅に辿り着くが、今日は運悪く真ん中あたりで対向車が来た。

 「どうするか・・・どう考えてもこのままではすれ違えない・・・下がるしかないか・・・」と判断して少しバックし始めた。

 すると対向車はある御宅の駐車スペースに入り込み始めた。「良かった・・・あそこの家の車だったのか・・・」と思い、車が駐車スペースに納まったのを確認して、前進した。

 Aさんのお宅に辿り着いた。どん詰まりの私道に車を止めてから降りた。Aさんのお宅はコンクリート打ちっぱなしの堅牢な建物である。

 チャイムを鳴らし、いつも通りの挨拶をしてから、半地下になっているリスニングルームに向かう階段を降りていった。そして、その扉を開けた。

2016/6/29

3760:空梅雨  

 都民の森の駐車場はほぼ満車状態であり、多くのローディーも来ていた。メンバーはカレーパンやソフトクリームで補給した。恒例の記念撮影を済ませて、長い下りを走り始めた。

 隊列を組んで下って行くと多くのローディーとすれ違った。こちらは下りで向こうは上りである。上って来るローディーはそれぞれ自分の出せるスピードで走っていて、皆しんどそうであった。

 ほんの少し前までは私も腹痛で表情を歪めながら上っていた。しかし、上り終わってしまうと、すっかりとその時の苦しさは心の外に吐き出されてしまう。

 風を切って走って行くと長い下りの行程はすいすいと進んでいった。標高が一気に下がっていくので、空気感が変わっていく。

 「橘橋」の交差点に着く頃には気温の高さが感じられ始めた。檜原街道を通っているうちは木陰が多く、まだそれほどではなかったが、武蔵五日市駅まで達して、睦橋通りに入ると日陰がなく、かなり暑く感じられた。

 サイコンの気温表示を確認すると「32.8」の数字が出ていた。それでも、真夏の頃の睦橋通りに比べるとまだ楽である。あと1ケ月ぐらいすると灼熱地獄が待ち構えているのであろう。

 暑い空気のなか、睦橋通りを走り終えると往路でも休憩した拝島駅そばのファミリーマートで昼食休憩をした。

 昼食にはスパゲティを選択。選んだのは「生パスタ3種きのこのクリームソース」(税込 498円)であった。その味わいはまずまずといったところか・・・点数にすると70点。

 休憩を利用して、パワーメーターを再チェック。ボタン電池は新しいものに交換したが、結局機能は復活しなかった。

 再度電池を外してみた。そして、再装着。ボタン電池を確認すると一か所小さな傷が付いる。ボタンを丸いプラスチック製の蓋に装着して蓋を本体に取り付ける。その際の取り付けがいま一つしっくりとこない。

 後でリーダーに確認してもらったところ、マイナスアースの金具がめくれてしまっているようであった。その金具がボタンに小さな傷をつけるともに電池がしっかりと装着されない原因となっていたようである。

 昼食休憩を終えると玉川上水に沿って東へ走り、「百石橋」までチームと一緒に走り、この橋で私は左折して東大和方面へ向かった。自宅まではもうすぐである。

 梅雨時は雨のためロングライドが中止になることが多いが、今年の梅雨は空梅雨気味であるためか、日曜日ごとのロングライドはしっかりと走れている。今日もどうにか走り終えることができた。

2016/6/28

3759:腹痛  

 序盤は連なっていた4台のロードバイクも、その走行距離を伸ばしていくに従って縦に長くなっていく。

 スピード力に欠ける私は、ペースについていけなくなってくると、徐々に後ろに下がり始める。「もう少し付いていこう・・・」と、脚に鞭を入れるが、やはりその差は広がり始める。

 行程の半分以上を走ると、先頭のリーダーは相当前を行き、視界からやがて消えようとしていた。その後を一人のメンバーが多少離されながらもついていっていた。

 私の50mほど前には一人のメンバーの背中があった。その差はしばらくは詰まることも、離れる事もなく、ほぼ一定の間隔を保っていた。

 どうにか残り1kmを切った辺りから前を行くメンバーの背中に追いつこうと画策していた。終盤に入るまでは、概ねいつも通りの展開であった。

 しかし、今日のヒルクライム終盤では予想していないことが起こった。もう少しで残り1kmの地点に差し掛かる時であった。

 右の腹部が痛み始めた。いわゆる「横っ腹が痛い・・・」というやつである。ヒルクライムでは、ほとんどなったことがないものである。

 中学生の頃のマラソン大会で横っ腹が痛み始め手で抑えるようにして走った記憶がふっと蘇ってきた。

 その原因のほどは分からないが、その痛みははっきりとしていた。思わず顔をしかめながら走っていたが、体に力が入らなくなった。

 終盤で前を行くメンバーとの差を詰めたいと思っていたが、現状のペースを維持するのも難しくなってしまった。

 ペースが保てず、徐々にスローダウンしていった。左手で右腹を押さえるようにしたが、痛みは治まらない。結局最後の1kmはスローダウンしたままで上り終えた。

 Kuota Khanを立て掛けて休んだ。「あの腹痛の原因は何だったのだろう・・・今まで出たことはなかったけど・・・前半オーバーペース気味だったのであろうか・・・体調が悪かったのかな・・・」そんなことをぼんやりと考えていた。

 「カレーパンでも食べるか・・・」と思い、サイクルジャージの背面ポケットにしまってある財布を探した。

 するとサイクルジャージのポケットの中に「BCAA」と「Mag-on」の小さな包みがそのまま残っていることに気付いた。

 「あれ・・・?そうか今日は飲むのを忘れていた・・・」いつもヒルクライムの前に飲む「BCAA」と「Mag-on」を飲むことを今日はうっかりして忘れたようであった。「BCAA」は疲労回復のため、「Mag-on」は脚の筋肉が攣るのを防ぐためのサプリである。

 「BCAAを飲まなかったのが、腹痛の原因かな・・・まあ、関係ないか・・・」そんなことを思って、それらの包みは元に戻した。

 「都民の森」の売店でカレーパンとコーラを購入して食した。いつものように美味であった。腹痛は走り終えるとすっと収まっていったので、カレーパンはすんなりと胃袋の中に納まっていった。

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 「都民の森」のマスコット的な存在である「ゆりーと君」は颯爽と自転車に乗っている。カレーパンを食べ終えて、コーラを飲みほした。その姿を見上げて「乗鞍の本番で今日のような腹痛が起きないといいけどな・・・」と少し不安に思った。

2016/6/27

3758:数馬  

 トイレ休憩を終えて、リスタートするとやがて檜原村役場の前を通り抜けていく。村役場を過ぎるとすぐに「橘橋」のT字路交差点が見えてくる。

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 この交差点を左折してから目的地の「都民の森」まで21kmである。その区間をタイムアタックするローディーが多い。
 
 その21kmの区間におけるタイムアタックの一つの基準が60分。60分を切るにはそれなりの脚力がないと難しい。

 前半は上り基調のアップダウンが続く。後半はしっかりとした上りが続く。そのペース配分は結構難しいはずである。

 前半で飛ばし過ぎると後半が厳しい。上り一辺倒の21kmの方がペース配分に関しては一定のリズムで走れるので楽なのかもしれない。

 この区間のタイムアタックはまだ実施したことはないが、単独で来た時には一度試してみたい。相当辛そうではあるが・・・

 チームで来た時には「数馬」までは、隊列を維持してゆっくりめのペースでアップダウンをこなしていく。

 すぐ前を走るメンバーのロードバイクのチェーンステイを見据えながら、思考範囲を極端に狭めるようにして、上ったり、時に下ったりした。

 「上川乗」のY字路を右に進むと、上りの比率が上がる。ここが「橘橋」から「都民の森」までの21km区間で唯一信号がある。タイムアタックの時に「赤」だったら、少しショックであろう。

 「上川乗」を過ぎて、何度めかのきつめの上りを走り切りと、ようやく「数馬」に到着した。ここには「温泉宿」がある。

 茅葺屋根の趣のある建物の温泉宿である。ここに来るたびに一度家族を連れてきてあげたいと思うのであるが、まだ一度も実現していない。

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 ここから「都民の森」までは5kmほど。その区間は全力で上るバトルエリアである。メンバーが順次先行スタートしていく。

 後発スタートのメンバーもゆっくりとスタートした。4台のロードバイクは一団となって上り始めた。

2016/6/26

3757:ルアー  

 「最高気温は30度まで上がるでしょう・・・」そう気象予報士はテレビで伝えていた。しかし、朝の7時にKuota Khanに跨って自宅を後にした時には、肌に当たる風が気持ち良かった。

 多摩湖サイクリングロードは、犬の散歩にちょうど良い道である。我が家の愛犬と同じパピヨンを見かけたりすると、心が和む。今朝は何故かしらパピヨンを多く見かけた。

 道の両側に続く木々は葉をしっかりと茂らせていて、アーチ状に道を覆って木陰を提供している。その涼しげな空気のなかを走っていって、集合場所のバイクルプラザに着いた。

 メンバーで今日の目的地を話し合った。その結果、チームのロングライドでの定番コースのひとつである「都民の森」に決まった。

 8台のロードバイクは隊列を組んで、西へ向かった。玉川上水に沿った道は木陰が多く気持ちが良い。

 拝島駅そばのファミリーマートに着くころには気温も上がってきた。「今日はやはり熱くなりそうだ・・・」と思いながら、Kuota khanをフェンスに立てかけた。

 そして、クランクの裏側に装着されているパワーメーターの電池を取り出した。実は先週のロングライドからパワーがサイコンに表示されなくなった。

 パワーメータの電池が切れたようであった。丸く小さな電池を取り出してその型番を確認した。一般的なボタン電池でコンビニでも売っているものである。

 サンドイッチと豆乳、そしてボタン電池を購入した。電池を新しいものに変えてパワーメーターに装着した。

 コンビニ休憩を終えて、リスタートした。国道16号の下を潜る連絡通路を通り、睦橋通りに入っていった。

 走りながらサイコンを操作して、パワーメーターとサイコンをペアリングしようとした。しかし、検索中と表示されたままで、先に進まない。

 「あれ、電池ではなかったのかな・・・」何度か繰り返したが、うまくいかない。結局、今日はパワーメーターは機能しなかった。

 睦橋通りは日陰がない。かなり暑く感じた。今日は天気が良かったので、多くのローディーが同じ道を走っていた。

 私たちのトレインの前に5,6名の隊列が走っていた。すると信号で止まった際にその隊列の1名が落車した。

 前を見ていなかったのか、赤信号に気づくのが遅れて急ブレーキをかけたのが原因のようであった。ゴロンと道路に転がった。どこか痛めたようで顔をしかめていた。

 ついさっき、サイコンを操作しながら走っていて、赤信号に気づくのが遅れたことがあった。「気を付けよう・・・」と思った。

 武蔵五日市駅の前を左折して檜原街道に入った。軽い上りを走って市街地を抜けていった。市街地を抜けると、木陰が道を覆い始める。

 途中にある公衆トイレでトイレ休憩を入れた。広めの駐車場があり、売店も併設されている。ここからは川が見下ろせる。

 川は涼しげであった。釣り人が釣りをしていた。川の流れに沿って釣竿をゆっくりと動かしている。ルアー釣りであろか。

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2016/6/25

3756:SQ5B  

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 LUXMAN SQ5Bを目にするのは初めてであった。ユニコーンさんリスニングルームの右脇にひっそりと置かれてはいたが、その存在感はしっかりと感じられて、その姿は部屋に入るとすぐに目に飛び込んできた。

 「このアンプどこのメーカーだと思います・・・?」と、一緒にユニコーン邸にお邪魔したチューバホーンさんに訊かれたが、すぐには分からなかった。

 「これラックスなんです・・・」とユニコーンさんから教えられて少々意表を突かれた。イギリスかあるいはどこか他のヨーロッパの国のメーカーが、1950年代終わりから1960年代前半あたりにかけて製造したアンプかと思ったのである。

 LUXMAN SQ5Bは1960年代の半ば頃に製造・販売された製品である。私は1963年生まれであるのでほぼ同年代ということになる。

 そのデザインは素晴らしく魅力的に感じられる。穏やかではあるが、工芸品的な志の高さを感じさせててくれるアンプである。

 このアンプでジャーマンフィジックスのユニコーンが駆動されることはなかったが、「いつか機会があったらSQ5Bの音を聴いてみたい・・・」と思った。

 ユニコーンさんのリスニングルームにお邪魔すのは2年ぶりである。部屋の片隅にそのSQ5Bがひっそりと飾られていること以外には、目に見えて分かる大きな変化はないように感じられた。

 送り出しはLINN LP-12。アームはオルトフォン、カートリッジはSPU GT。プリンアプはMARANTZ #7、パワーアンプは是枝さん製作のKT-88のシングル。そしてスピーカーは、ジャーマンフィジックスのユニコーンである。

 ユニコーンさんのリスニングルームにお邪魔するのは何度目であろうか・・・その度に思うのは、オーディオ機器や家具類その他の装飾品等がとても大切に扱われている、ということである。

 素晴らしく清潔に保たれ、それらが持つ物としての美しさが最大限発揮されるような置き方がなされている。

 それはこの部屋の気配をとても居心地の良いものにしている。大切にされると、きっとオーディオ機器もオーナーの期待に応えようとしてくれるのであろう。オーナーに寄り添い、その意に沿うような音を奏でてくれている。

 ユニコーンさんはJAZZがメインジャンルである。前半はJAZZのレコードを聴かせてもらった。ユニコーンさんの最近の愛聴盤がLP-12のターンテーブルに次々に乗った。

 JAZZの様々な名盤は、その美音がストレートに聴く者の耳に届き、その生気溢れる勢い感は快感である。

 ビル・エバンス、オスカー・ピーターソン、アート・ペッパーなど普段JAZZを全く聴かない私でもその名前を知っている著名な演奏家の素晴らしい演奏が、ジャズクラブの特等席で聴くような臨場感で、部屋に響いた。

 後半はクラシックのレコードへと移った。レコードがクラシックに変わってからは、音量の話となった。

 「普段これくらいの音量で聴いてますか・・・?」と訊かれて、チューバホーンさんも私も「もう少し小さ目です・・・」と答えた。

 Marantz #7のボリュームが若干絞られると、リスナーの近い位置にあった音像はすっと引いて、絵画が美しい額に納まるように音場も収斂して俯瞰できるポジションに納まった。

 音量で音楽の顔つきが大きく変わる。スピーカーの高性能さが如実に分かるとともに、システムの追い込みが十分に熟成しているとことが窺われた。

 私がユニコーンさんのリスニングルームに初めてお邪魔したのは2006年のことであった。それから10年。その時と変わったのは、唯一レコードプレーヤーのみである。

 熟成のあるべき一つの姿が感じられる。変化を楽しむことも否定されるべきではないが、なんだが「大事にする・・・」ということの意味合いと効用が心に沁みるOFF会となった。

2016/6/24

3755:AQUILAR  

 ドイツ人と言うのは、アナログが好きなのであろうか。日本にもドイツ製のアナログ製品が結構輸入されている。

 最近たまたま雑誌で見かけたドイツ製のアナログ製品が気になった。それはacoustical systems社製のトーンアーム AQUILAR(アクイラス)である。AQUILARは、見るからにドイツ製らしいメカニカルな美しさに溢れた製品である。

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 AQUILARはスタティックバランス型10インチのアームである。カスタムメイドベアリングによるアーム軸受け部、チタンの外皮と中のカーボンファイバーパイプの間に特殊ダンピング材を充填したトーンアーム、高精度な取り付けが可能な微調整機構を有するヘッドシェルなどを持つ。

 ドイツ製というと車などでもそうであるが、とてもカチッとした精緻な作り込みが特徴である。そのデザインには過剰な装飾はなく、あくまで機能を前面に押し出しているが、バウハウスの伝統に基づく美的な清潔感が感じられる。

 そういった要素をこのAQUILARの写真を見た時にも感じた。また、アームの高さ調整をはじめとするセッティングの為の調整が正確にかつダイヤルを回すことのみで出来るという利便性の高さも魅力の一つである。

 アームの高さ調整は、六角レンチでネジを緩めてから手で上下させて、ここかなっというポイントで締め付けて止める。水平を確認して再度微調整するというタイプが多いが、このダイヤル式でアームが上下する仕組みであれば、水平を確認する器具を見ながらダイヤルを調整するだけでいいので、かなり楽である。

 AQUILARの写真を見て、その紹介記事を読んでいると、一度試してみたいものであるという気もしてくる。

 ただし、ORACLE DELPHIは一つのアームしか装着できない。ベテランのオーディオマニアはダブルアーム式のターンテーブルを愛用していたりするが、その気持ちも良く分かる。

 さらに、幾つものカートリッジをカートリッジキーパーに保管し、時折取り換えたりする・・・その楽しみは、やはり否定できない面を有する。

 AQUILARのような高級なアームは数が出るものではない。今や音楽はCDではなく配信で聴く時代である。アナログはCD以前の古いものである。それでもなお、情熱を持って新たなアナログ製品を開発する技術者がいるということは、なんだか心強い気がする。

2016/6/23

3754:二匹目のドジョウ  

 全日本マウンテンサイクリングin乗鞍は、8月28日に開催される。怪我など不測の事態が生じない限り、今年もチームメンバーと一緒に前日の8月27日に乗鞍に向かう予定である。

 初めて全日本マウンテンサイクリングin乗鞍に参加したのは2012年のことである。その時が初めてのヒルクライムレースへの参加であった。

 今からもう4年も前のことになる。そんなに年月が経過したようには思われないのであるが、確かにそれだけの時間は過ぎ去ったようである。

 2012年の時のタイムは1時間38分59秒であった。初めてのヒルクライムレースであったので緊張したのを覚えている。スタートする前、緊張からか喉が渇き、ボトルの水を何度も口にした。

 前半は思いのほか快調であったが、後半とても辛かった記憶が残っている。特に森林限界を超えてからは、空気も薄くなり、脚が急に鉛のように重くなった。

 ゴールしてから見た、澄んだ青空を背景とした頂上付近の景色は荘厳なものであった。初めて参加したヒルクライムレースということもあってか、その時の美しい光景は記憶にしっかりと刻まれている。

 その後、2013年、2014年、2015年はいずれも天候不良が原因でコースが短縮された。昨年などは本来のコースの20.5kmから7kmに短縮された。

 今年はどうにか20.5kmを走り切りたい。しかし、天候ばかりはこちらの思うようにはならないもの。雨が降ったら降ったで、あきらめるしかないのかもしれない。

 今年の全日本マウンテンサイクリングin乗鞍の目標タイムは1時間25分である。Mt.富士ヒルクライムでも1時間25分を切れたので、「二匹目のドジョウ」を狙いにいくのである。

 全日本マウンテンサイクリングin乗鞍は、距離はMt.富士ヒルクライムよりも短いのであるが、平均斜度は6.1%とMt.富士ヒルクライムを上回る。

 さらにゴール地点は標高2,720mと国内ヒルクライム大会の中では最高所となるため、ゴールの近くになると空気が薄くなってきて、参加者を苦しめる。

 そのため、チームメンバーの多くがMt.富士ヒルクライムでのタイムに近いタイムで上ることになる。

 4年前に初めて参加した時よりも14分ほどタイムを縮める必要がある。この4年間でやってきたことの一つの証明としても、どうにかMt.富士ヒルクライム同様、目標を達成したいところである。

 ただし、全日本マウンテンサイクリングin乗鞍は、あまり好きなコースではない。体重が比較的重い私は斜度が厳しくなると途端にスピードが出なくなる。

 さらに呼吸器の能力不足からかあるいは何かしら致命的な欠陥があるためか、ヒルクライム時には大量の酸素を必要とする。

 そういった体質からすると斜度が緩めのMt.富士ヒルクライムのほうが適している。なので諺どおり「二匹目のドジョウ」は、待てど暮らせど現れない可能性は高い。

2016/6/22

3753:SIZ  

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 顔振峠に辿りついて一息入れた。この峠からの景色は素晴らしい。曇りではあったが、山々が青い稜線をその濃淡で描き、美しいグラデーションを成していた。

 当初はこの先もグリーンラインを走り、鎌北湖に辿り着く予定であった。しかし、スマホのアプリで雨雲の様子を再度確認すると、なるべく早めに帰った方が良さそうだということになり、グリーンラインから外れて西武池袋線の東吾野駅まで下った。

 ここまで下ってくると気温が随分と上がって蒸し暑く感じられた。東吾野駅には多くのハイカーが居た。4両編成の電車が到着すると、ハイカーは皆乗り込んだので、ホームはいつのもように静かで鄙びた風情に戻った。

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 駅前にある公衆トイレでトイレを済ませた。ここから国道299号を通って帰るルートにするか、東峠、山王峠、笹仁田峠を越えていくルートを選択するのか、メンバー間で話し合った。

 前者は上りがほとんどなく脚に優しいが、距離は長くなる。後者は距離は短くなるが、上りが多い。結論は後者となった。

 まずは東峠を越えるために先へ進んだ。白石峠とグリーンラインでの「インターバルトレーニング」を経ているので脚の消耗度合いは高かった。

 東峠はバトルせずにスルーする可能性もあった。そうすれば山王峠と笹仁田峠だけもがけば済む。東峠ももがけば、山王峠と笹仁田峠は相当きつくなる。

 東峠を上り始めた。上り始めは温存ペース。私の気持ちは揺らいでいたが、上りはじめて少しした段階で腹を決めた。

 「やはり『SIZ』でいこう・・・」そう心に決めるとなんだかもやもやしたものが晴れた。「パワー全開で行きます・・・」と宣言して、クランクを回すテンポを速め、前に出ていった。

 バトルモードで上り切ると、ハンドルに上体をもたれさせて疲れ切った体を少しの間休ませた。体は全力で上るのを相当嫌がっている様子であった。

 しかし、その後に続く山王峠も「SIZ」でいった。体にキレは無く、脚の余力はスカスカではあったが、その状況での全力で上った。

 最期の笹仁田峠は、上る前から既に疲れ切っていた。疲れてくるとついつい俯きがちになる。笹仁田峠に向かう道すがら、首は直角に近い角度で垂れていた。

 笹仁田峠の緩めの上りに入ると、前を向いて「SIZ」モードに切り替えた。スピードを上げた。最後のスプリントエリアも全力でクランクを回し切った。

 「SIZ」の結果は、意識が朦朧とするほどの疲労感として体に残った。笹仁田峠を下る時にはよろけていた。

 笹仁田峠を下り切った所にあるファミリーマートで昼食休憩をしてから、最後の行程を走った。自宅に帰りつき走行距離を確認した。サイコンの距離表示は128kmであった。それほど長い距離を走ったわけではないが、走り応えのあるロングライドであった。

2016/6/21

3752:グリーンライン  

 残り1kmを切った。白石峠の最終盤は斜度が緩む。しかし、脚には余裕が残っていないので、スピードはそれほど乗ってこない。

 「勝負平橋」というなんだか気合が入りそうな名前の小さな橋を渡った。ギアを一つ重くした。ペダルを交互に強く踏み込んだ。

 スピードは徐々に上がっていく。心拍数も上がっていく。「まだか・・・」と視線を前方遠くに向ける。

 「意外と長いな・・・」苦しい呼吸で少々酸欠状態になりながら、クランクを回し続けると、ようやくゴール地点が見えてきた。

 頂上に達してサイコンのボタンを押した。タイムを確認すると「30:34」であった。前回よりはタイムを縮めることができたが、30分を切ることはできなかった。

 また、機会があったらタイムトライアルしてみたいと思った。次こそ「三度目の正直」で30分を切りたいところである。

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 白石峠の頂上は4本の道が交差していて交差点のようになっている。その内1本はグリーンラインに繋がっている。

 白石峠の頂上でしばしの休憩をした。多くのローディーがやってきては、休憩していく。移動販売車が来ていて、冷たい飲み物やアイスなども売っている。

 時間が経過してくると少し肌寒く感じられるようになった。さらに空を覆っている灰色の雲は今にも雨が降り出してくるような様相であった。

 メンバーがスマホのアプリで雨雲の様子を確認するとかなり危険な状況のようで、グリーンラインを通って帰路につくことにした。

 グリーンラインを通って、大野峠、刈場坂峠を経由して顔振峠まで辿り着いた。グリーンラインはアップダウンが繰り返される。周囲は鬱蒼とした木々が茂り、夏の暑い時期にはここを通ると涼しくて気持ちが良い。

 繰り返しやってくる短い上りではミニバトルが繰り広げられ、インターバルトレーニングをしているような感じであった。

 上りではメンバー数名がペースをぐっと上げる。ケイデンスも心拍数も上がる。上りが終わるとペースを緩める。惰性でしばし下っていく。また上りが始まると同じことが繰り返される。まさにインターバルトレーニングである。

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