2016/5/31

3731:ゴール  

 10kmを超えた辺りからターンパイクはその様相を変える。道は一旦平坦になってしばし下る。しかし、下りはやがてまた上りに転じる。

 その最初の下りで「ペースメーカー」との距離がぐっと縮まった。そしてその後の上りでほぼ真後ろに貼り付いた。

 2番目の下り、2台は高速で走る。フロントをアウターに入れ、リアもトップに・・・ぐいぐいと踏み込むとスピードは50km/hを超えていく。

 2番目の下りを終えると、少し長めの上りになる。この上りが散々酷使され続けた脚には大きな試練となる。

 この上りで「ペースメーカー」の前に出た。体はぎしぎしと唸っていた。お互い疲労の極みにありながら、坂にチャレンジし続けていた。

 長く感じた上りが終わると3番目の下りが入る。この下りは短い。ここも高速で走る。そして最後の上りへ入り込んでいく。

 沿道のスタッフの人達が「もうすぐですよ・・・頑張って!」と声をかけてくれる。体はとうに限界点を超えている感じであったが、ゴールに向けて最後の一滴まで絞るようにクランクを回し続けた。

 「ペースメーカー」の彼も私の後ろで困難な行程の最期を踏ん張っているようであった。振り返ることはなく、俯いて顔を歪め、ダンシングでラストスパートした。

 そして、緑色をした計測ラインを越えた。ゴールして少し行った先に計測チップの入ったベルトを回収する地点があり、右足の足首に巻いたベルトを自分で取ろうとした。

 ロードバイクを止めて左足のクリートを外して左足を地面に着けた。右足のベルトを取り外すには前かがみになって右手を伸ばさなければならない。

 その動作さえスムースに出来ないほどに疲れていた。スタッフの女性が見かねたのか屈んですっと取り去ってくれた。

 緑色の計測ラインを越えた瞬間にサイコンのストップボタンを押していた。改めてタイムを確認した。「1:03:38」と表示されていた。

 2012年の12月に走った時のタイムは「1:12:57」であったので、9分以上タイムを縮めることが出来た。

 それにしても疲れた。ロードバイクをバイクラックにかけて、しばらくの間座り込んだ。どのくらいそうしていたであろうか。

 しばし休憩して、「完走証」をもらうためにスカイラウンジの中に入っていった。中には売店や食堂がある。売店でコーラを買った。

 そしてスカイラウンジの2階に上がって「完走証」を貰った。完走証に印刷されたタイムは「1時間03分37秒267」であった。

 ラウンジを出て、防寒着や補給食が入ったリュックを受け取りにいき、リュックを背負って、芦ノ湖が見下ろせる地点まで行って、お握りを頬張った。

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2016/5/30

3730:ペースメーカー  

 カウントダウンが始まった。その数字は小さくなっていき、「スタート!」の号令で、皆一斉に走り出した。

 クリートが上手く嵌らずふらつく参加者もいたが、特にトラブルもなく走り出した。スタートゲートのすぐ先に緑の計測開始ラインがあった。これと同じ素材で出来たラインが13.8km先にある。残念ながら、そこまで辿りつくには厳しい坂を上るしかない。

 その計測ラインを越える瞬間、サイコンのスタートボタンを押した。サイコンは時刻を計測し始めた。秒数が勢いよく数字を刻んでいく。その流れに乗り遅れないように私もクランクを回した。

 箱根ターンパイクは普段は車専用の有料道路である。路面状況はとても良い。10%程度の厳しい斜度が続くなか、参加者は各々のペースで上っていった。

 GARMIN 520Jには心拍数は表示されてない。これは私の不注意が原因であらかじめ分かっていたことである。

 更に悪いことに、もう一つの重要な指標であるパワーも何故かしら表示されない。ウォームアップの時からもそうで、こちらは原因不明である。

 心拍数もパワーもサイコンには表示されない状態であるので少々不安であったが、とにかくペースメーカーとなってくれそうな参加者を探した。

 序盤のある程度の距離を走ると参加者はその出せるスピードに応じて縦に長い展開になる。同じくらいのスピードで上る参加者の中から「ペースメーカー」を見つけようとした。

 そしてちょうど良い参加者がいた。私はその後10mほどのところに付けた。「ついていこう・・・べったりと後ろに貼り付くのはちょっと失礼だから一定の距離を開けて追尾しよう・・・」そう思いながら走った。

 体感的には、まずまずのペースであった。どの位の心拍数でパワーはどの位かははっきりとは分からなかったが、速すぎて後半失速してしまうほどではなく、かといって楽をしているわけではないことは、体にかかる負荷の具合からも分かった。

 心臓はバクバクとした振動と音をたてていた。呼吸は排気と吸気を一定のタイミングで繰り返し、その呼吸音はロードバイクの乾いた走行音と混じり合った。

 ターンパイクは甘くない・・・それは分かっていた。事前に分かっていたことであるが、目の前の現実は改めてそれを身に沁み込ませるかのようにぐいぐいと食い込んでくる。

 「ペースメーカー」は、淡々と走る。その背中しか見えないので表情はうかがえないが、私のそれよりも余裕があるんじゃないかと思ってしまう。

 5kmほど上った。脚が重い。体、特に腰と背中に軽い痛みが走り始める。「ペースメーカー」の背中が少し遠ざかった。

 50mほどの差が開いた。その空隙には何人かの参加者が割り込んで来た。俯きがちになる顔を時折上げた。そして「ペースメーカー」の背中を探した。

 その背中を確認して、歯を食いしばった。追尾するその間隔はかなり広がってしまったが、視界からその背中が消え去ることはなかった。

 7kmを超えて後半に入っていった。長い時間厳しい走りを続けていると、少しふっと体が軽くなる時間帯もあるもの。

 何かがかみ合って体が順調に動くのか、あるいは強めの負荷をかけ続けると脳内麻薬の分泌が一気に高まる時間帯があるのか、その原因は不明であるが、少しの間だけ体が軽くなる。

 そんな僅かばかりのオアシス経験もしたが、それは行程の2%ほどのこと。98%は厳しい坂に表情を歪め、体を軋ませて進んでいった。

 ターンパイクは10km程までは厳しい斜度の坂が続く。10Kmを超えると3度の下りが入るアップダウンコースとなる。

 10Kmを超えるまであと1km程となった。「ペースメーカー」の背中は時折前に向ける視線の先に確かにあった。

 そしてその背中までの距離は徐々に近づいてきた。その背中の表情は苦し気に見えた。ここまでの行程で多くの参加者は疲弊している。彼の背中にもそれがはっきりと窺えた。もう少しでアップダウンコースに入り込む。

2016/5/29

3729:箱根ヒルクライム  

 「あれ・・・ない・・・」

 あるべきモノがあるべきところにないと、やはり焦る。そのあるモノとは、GARMIN520Jの心拍数センサーである。

 胸に巻くベルトはあるのであるが、そのベルトに装着するセンサーがないのである。使用したのは先週のロングライド。

 ロングライドを終えて自宅に帰りつき、ベルトはサイクルウェアと一緒にすぐに洗濯する。センサーはその時ベルトから外した。そしていつも置く位置にセンサーを置いたはず・・・しかし、その場所にない。

 いろんな場所を探したが結局見つからなかった。今日は「箱根ヒルクライム」に参加する。心拍数の情報が無い状態でターンパイクを上ることになってしまった。

 車にロードバイクなどを積み込み自宅を後にしたのは5時半であった。前日に受付をする必要があったので、昨日も車で走った同じルートを辿った。青梅インターから圏央道に乗り、海老名ジャンクションで小田原厚木道路に乗り換えた。

 時間帯が早かったので渋滞は無く、2時間後には目的地に着いた。小田原競輪場のそばの指定された駐車場に着いて、Kuota Khanを車から降ろして準備を整えた。

 防寒着や補給食などを入れたリュックを預けに、小田原競輪場の正面入り口に向かった。リュックを預けてから、30分ほど周囲を走って、ウォームアップした。

 天気は快晴。陽光は強く降り注いでいた。気温は高めである。曇り空であった方がヒルクライムには良いが、贅沢は言えない。

 「箱根ヒルクライム」は、箱根ターンパイクを走る。距離は13.8km、平均斜度は7.2%。上り始めから10Km程は10%ほどの斜度が続き厳しい行程となる。10kmを超えると下りも入り高速走行コースとなる。

 前回「箱根ヒルクライム」に参加したのは2012年・・・その時は開催時期が12月であった。とても寒かった記憶がある。

 その翌年も参加しようと思ったが開催されなかった。昨年から開催時期を変えて復活したようである。

 2012年に参加した時のタイムは「1時間12分57秒」であった。それから3年半ほどの時間が経過した。

 3年半の間、何もしなかったら年齢が加わり体力が落ちタイムも落ちる。その間「一日置き作戦」で私なりに努力したので、前回タイムよりも良いタイムで上り切りたいところである。

 「箱根ヒルクライム」は年齢別に順次スタートする。私は「50歳〜59歳グループ」に属する。そのグループは2番目にスタートする。スタート時間は9時5分。

 ウォームアップを終えて待機場所へ向かいスタートを待った。スタート前のこの時間はやはり緊張感が高まる。

 チームメンバーがいないので会話することもなく、静かに待った。スタートイベントが始まり、何人かの挨拶が続いた。

 そして最初にスタートするグループがスタートした。私たちのグループはその5分後にスタートする。スタッフに誘導されてスタート地点まで移動し、その時を待った。空は抜けるように青かった。

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2016/5/28

3728:海童道祖  

 「しんどいんでしょう・・・?」

 「しんどいね・・・とても・・・」

 「でも、楽しい・・・?」

 「楽しいのかな・・・いや、楽しくはないよね・・・でも、走り終えると、なんというか爽快感というか達成感はあるのかな・・・」

 「ふ〜ん・・・」

 「ふ〜んって・・・やってみる・・・ロードバイク・・・?前に少し興味あるって言ってたよね・・・」

 「う〜ん、どうかな・・・しんどいの嫌いだから・・・」

 「坂さえ上らなければ、そんなにしんどくないよ・・・もしその気になったら良いショップを紹介するよ・・・小平市だから少し遠いけど・・・」

 「その時はよろしくお願いします。」

 フレンチトーストを完食し、添えられていたサラダもすべて胃袋の中に納めた。珈琲をゆっくりと味わいながら、そんなとりとめのない会話を彼女と続けていた。

 「ゆみちゃん」は「あっ・・・そうだ・・・今日は良いものを持ってきているんです・・・」と言って、思い出したように自分の鞄の中を探った。

 そして、取り出したのは一つのカセットテープであった。そのミュージックテープのジャケットには「海童道祖」と書かれていた。

 「『わたづみどうそ』って読むそうですよ・・・」

 「これって尺八だよね・・・?こんなの聴くの・・・?」

 彼女は変わったところがある。もうすぐ30歳であるから、もの心ついた頃にはカセットテープなどは、巷から消えていたはずである。しかし、カセットテープで音楽を聴くのが好きである。自宅にはSONY製の古いラジカセも持っている。

 彼女がファンである「ねこ」という名前のインディーズバンドがCDだけでなくカセットテープでもその作品を発表するのがきっかけで興味を持ったようである。

 そして、いかにも古い感じのするミュージックテープを取り出して、「これとても良いんです・・・」と呟いたのが、尺八の演奏を収録したものである。

 「やっぱり、変わっているな、彼女・・・つかみどころがないというか・・・」そう心の中で思った。そんなこちらの思いには拘泥することなく、彼女は慣れた手つきでそのカセットテープをケースから取り出して、カウンターの上に置いてあるSONY製のラジカセにセットした。そしてPLAYボタンを押した。

 尺八の幽玄な響きが、小さなスピーカーから流れ出した。「目を閉じて聴いていると、なんだか自然の中にいるような気がするんです・・・山の中とか森の中とか・・・川が近くにあって・・・」彼女は目を閉じた。

 私も彼女に倣って目を閉じてみた。しばし、耳を静かに傾ける。暗示にかかりやすい性格ゆえか、確かに彼女が言うように自然のなかにいるような感覚に捉われた。

 「竹林だな・・・尺八だからかな・・・竹林の中を歩いているような気がする。」私は彼女に言っているのか、自分に言っているのか判然としない感じで呟いた。

 「川も近くにありませんか・・・?」彼女の問いかけに「はっきりと見えないけど、小さな川があるね・・・きっと・・・」と答えた。

 どのくらいの時間が経過したのであろうか、10分くらいであろうかあるいは15分くらいであったであろうか・・・1曲が終わった。彼女はラジカセのSTOPボタンを押した。

 我に返ったように私は目を開けた。「なんだか、良く分からないけど良かった・・・本当に自然の景色が見えるようだった・・・」

 私がそう言うと彼女は嬉しそうに笑った。「ヤフオクで見つけたんです。こういった古いミュージックテープが安い値段で出ているんです・・・」

 私は、会計を済ませて一足早く店の外に出た。彼女は別れ際「頑張ってください・・・ターンパイク・・・しんどいでしょうけど・・・」と言った。

 丸い形状のドアノブを押して「Mimizuku」の外に出た。後ろで鈴が鳴った。乾いた音であった。その音は一つの古い時間がそっと閉じていく合図のように感じられた。

2016/5/27

3727:三択  

 「私もこれお願いします。フレンチトースト・・・新メニューですか、これ?・・・えっとホットコーヒーで・・・」

 私は女主人に声をかけた。

 「まだ正式には決まったわけではないんですけど、試作段階なんです・・・でも、ゆみちゃんには好評なようで・・・」

 女主人は特に拘泥する感じではなく、さらりと言った。

 「これ、美味しいです。ぜひ、正式メニューに採用してください・・・!」

 「ゆみちゃんは」はきっぱりと言った。

 「じゅわってしていて、味わいが濃厚・・・口に含むと自然と笑顔になります。これなら、食事でもデザートでもいけますし、ナポリタンとホットサンドとフレンチトースト・・・三択で悩みそう・・・」

 彼女は笑顔である。私もその笑顔につられて、笑顔になる。座って、とりとめのない話をしばし「ゆみちゃん」としていると、バターの香りが香ばしいフレンチトーストがたっぷりと添えられたサラダと一緒に私の前のカウンターに置かれた。

 ナイフとフォークを使ってゆっくりと食べた。私は比較的食事時間が短い。いつも妻から「もっとゆっくり食べたら・・・」とたしなめられる。

 最近は意識してゆっくりと食事するようにしている。フレンチトーストは卵、牛乳、砂糖などを成分とする液体に一晩漬けられているようで、外はカリッとしているが中はじゅわっとしている。

 「ゆみちゃん」が言うように、何故かしら幸せな気分になる。笑顔になる。卵の色というものはなんだか「幸福」を連想させる。

 「これ、いけますよ・・・いけます・・・正式メニューにしてほしいですね・・・・」

 サラダも完食するとそれなりのボチュームがあり、食事としても十分成り立つ。たっぷりめのサラダが添えられているので、栄養のバランスもとれているように感じられる。

 我が家の上の娘はフレンチトーストが苦手である。あの中がふにゅっとしたパンの食感が馴染めないと言っていた。私は個人的にはこのふにゅっとした感触はいけると思うのであるが、まあ人それぞれである。

 食事を終えて、しばらくの間「ゆみちゃん」と会話をしていた。彼女は6月生まれ、今年の誕生日で30歳になる。そんな年齢の話や彼女の会社の話など、話題は紆余曲折しながらその姿を変化させていた。

 ふと話題が変わった。「ロードバイク、相変わらず乗っていますか・・・?」彼女がそう訊いた。

 「相変わらず・・・乗ってるよ・・・今週末は箱根ターンパイクをロードバイクで上るレースに出る予定でね・・・」

 私がそう答えると、彼女は「それって楽しいんですか・・・?」とちょっと呆れた感じの表情で訊いた。

 彼女の大きめの目を覗き込んだ。そして眉を少し上に上げて、「楽しいのかな・・・どうだろう・・・」とあいまいな返事をした。

2016/5/26

3726:フレンチトースト  

 コインパーキングにVW POLOを滑り込ませ、3番の番号が付された車室にバックで入れた。サイドブレーキを引いて、ATセレクターをパーキングに合わせた。

 体にはどしっとした疲労感があったので、シートを倒して、少し仮眠を取ろうと思った。「10分ほどの仮眠でも、随分違うからな・・・」そんなことを思いながら、リクライニング状態にした車のシートに体を任せた。

 車のウィンドウは半分ほど空いていた。午後の7時を少し回っていたので周囲は薄暗くなりはじめていた。外気温は24度と車のオンボードコンピューターに表示されていた。

 「すぐに寝入られるかな・・・」と目を閉じた瞬間はいぶかるが、すぐさま意識は消えた。10分後にスマホのアラームが鳴るように設定していたわけではないが、ほぼ10分後に目を覚ました。

 その時間の正確さは我ながら「これって特殊技術・・・?」と思ってしまう。この時間は長さは変えられる。

 30分後1時間後も可能である。寝入る前に「○○分後に起きる・・・」と念じてから寝入ると、ほぼその時間が経過すると目が覚める。自己暗示にかかりやすい性格なのであろうか。

 まだぼんやりとしている頭を2度3度と左右に振ってから、体を起こして、倒していたシートを通常の位置に戻した。

 車の外にでて、1回大きく伸びをした。空気は穏やかなものであった。昼は暑かったが、やはりまだ5月、陽が傾き空が薄暗くなる頃合いには気温は過ごしやすいものになる。

 歩いて数分のところにあるビルに向かった。その古いビルの1階には喫茶店がある。店の名前は「Mimizuku」。週に2,3度訪れる。

 店主は歳のころ60台後半の女性である。もともと夫婦で喫茶店を営んでいたようであるが、数年間にご主人は亡くなったようである。

 それ以来、女主人が一人で切り盛りしている。アルバイトを使わないと回らないほどに客足があるわけではなく、のんびりとした空気が常に店の中を支配している。

 私はその店の扉を開けた。ドアノブはまん丸い形をしている。色合いは元々は金色であったのかもしれないが、今は鈍い真鍮色に変わり、淡い光を反射していた。

 その丸いノブに手をかけた。金属であるのに柔らかい感触である。ノブを回すことなく押す。扉は思っていたよりも軽く開く。

 そして、扉の店側に取り付けられていた鈴が乾いた音を2度たてる。その音が鳴り終わると、女主人の「いらっしゃい・・・」というくぐもった声が聞こえる。

 カウンター席に向かった。カウンター席には先客が居た。その後ろ姿に声をかけた。「こんばんわ・・・」

 「ゆみちゃん」は振り返り、にこっと笑った。「ゆみちゃん」の前のカウンターには、いつものアイスコーヒーが置かれていた。

 そして、見慣れないものも置かれていた。大きめの皿にフレンチトーストが盛り付けられ、その脇にはサラダが添えられていた。

 「あれっ・・・もしかして、新メニュー・・・?」そう呟きながら、席に着いた。フレンチトーストは食パンを使ったものではなく、フランスパンをスライスしたもののようであった。

2016/5/25

3725:真夏日  

 「都民の森」は標高が高い。なので、この時期であれば涼しいはずであるが、太陽の光は夏のように強く、気温もそれなりに高かった。

 なので、長い下りに備えてウィンドブレーカーを着込む必要性は全くなかった。むしろ下り終えて下界に達すると、相当な暑さに苦しめられるのではという気がした。

 風を切って下っていった。長い下りである。路面は完全なドライであったので、心配することなく車体を倒してカーブを曲がっていける。

 ロードバイクの乗り始めの頃、多摩湖の周遊道路を走っていて、右カーブをロードバイクを倒しながら曲がろうとしたとき、前日に降った雨で濡れていた箇所があり、そこで細いタイヤがグリップを失って転倒した。

 右肩、右腰、右ひざ辺りをすりむいて痛い思いをした。それ以来、路面が濡れていると恐怖心が沸き起こる。幸い今日の路面はドライコンディションであった。

 長い下りを終えて、「橘橋」の交差点を右折した。檜原街道は木陰が多く比較的涼しい。緩やかな下り基調の道をトレインは快調に走った。

 檜原街道も山間を抜けて市街地に入ってくると、陽光を遮るものが無くなり、暑くなる。その暑さは、武蔵五日市駅前を右折して睦橋通りに入ると、夏を思わせるようなものになった。

 サイコンの気温表示は最高で「32.8」を表示した。睦橋通りの試練は暑さだけではなかった。「信号」も意地悪な存在である。

 何故か一旦赤信号に捕まると、連続して赤信号に捕まる。誰かが見ていて、わざと嫌がらせでもするかのような感じで、赤信号による「ストップ・アンド・ゴー」が繰り返された。

 「暑いけど、真夏に比べたらまだましか・・・真夏の頃の睦橋通りは意識が遠のくような暑さだからな・・・」そんなことを思いながら、ようやく睦橋通りを走り終えて、国道16号の下を潜る連絡通路を通った。

 往路でも休憩した拝島駅近くのファミリーマートで昼食休憩した。この暑さのために「冷しとろろ蕎麦」を選択するメンバーが多かった。私もそれに倣った。

 冷たい蕎麦は喉越しが良く、美味しかった。たれには鰹節の香りが色濃く反映されていて、爽やかな風味である。

 ここでほっと一息をついた。ロードバイクでのロングライドの楽しみの一つは「補給食」である。100km以上の距離をロードバイクで走ると、カロリー消費量は相当になる。なので、しっかりと食べても太る心配はない。コンビニの商品にも少し詳しくなった。

 ここまで来れば、我が家まではそれほどの距離ではない。長く・暑いロングライドも終わりを迎えようとしていた。

 Kuota Khanは艶やかなブラックの色合いである。黒は太陽光の熱を集めるのか、手で触れると熱っぽかった。夏を少しばかり早取りしたような気になった。

2016/5/24

3724:ソフトクリーム  

 すぐ前を走っていたメンバーにようやく追いつき、その右サイドを抜けていった。さらにその前には3番手を行くメンバーの後ろ姿があった。

 思っていたよりも差が開いていた。7,80メートル先にその背中があった。「結構開いているな・・・」そう思いながら、その細胞膜への突入を目指していた。

 前方を行くメンバーも相当疲れているはずであるが、ペースが落ちない。しっかりとした走りを継続していて、その差が一向に縮まらない。

 となると、その差を縮めるためには、私の方が更にペースを上げないといけないが、疲労で鉛のように重くなった脚には、それ以上のスピードを生み出す能力は残っていなかった。

 都民の森まで1kmと書かれた道路標識の下を潜った。状況は変わっていなかった。背中は見えているが、射程距離にはほど多く、追いつく可能性はほとんどなかった。

 「追いつけないか・・・」

 気持ちが切れてしまった。気持ちが切れると、途端に脚の重さが増す。鉛よりも更に比重が重い金属に2本の脚が化したようになって、脚の回転が落ちた。

 どんなスポーツでもそうかもしれないが、メンタルと結果というものは密接につながっている。心の糸が切れてしまうと、糸の切れた凧のように揺らいでしまった。

 すると、先程かわしたメンバーが後方から追いついてきた。「しまった・・・」と思い、すぐさまその後ろにぴったりと付けた。

 状況が変わると、脚の回転効率も変わる。しっかりとしたクランクの回転が戻った。追いついてきたメンバーは追いつくために脚を使ったようで、スパートする余力はなさそうであった。

 ぴったりと後方に貼り付いていて、ゴールが近づいた段階でスパートした。体に相当に重い疲労感がのしかかった状態でゴールした。

 Kuota Khanを柵に立て掛けて、体を休めるために座り込んだ。呼吸と心拍数は徐々に穏やかなものに変わっていった。

 しかし、疲労はなかなか抜けない。メンバーは次々に都民の森の売店名物のカレーパンを買ってがぶついていた。

 いつもであれば、私もすぐさまカレーパンか炭火で焼いた大ぶりな団子を買って口にするのであるが、今日は胃袋も疲れたのか、あまりそういった固形物を欲していなかった。

 重い腰を上げて、売店へ向かった。選択したのはソフトクリーム。バニラと抹茶のミックスである。滑らかで冷たく甘い・・・そのソフトクリームを完食する頃にはようやく体力が戻ってきた。

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2016/5/23

3723:乳酸  

 檜原村は、東京都の西に位置し、東京都多摩地域で唯一の村である。急峻な山嶺に囲まれ、村の大半が林野である。

 村の中央を走る高い尾根の両側に南北秋川が流れていて、この川沿いに集落が点在している。 南は山梨県、神奈川県に接し、北は奥多摩町に、東はあきる野市に接している。

 その檜原村の村役場を右手にやり過ごしていくと、すぐに「橘橋」のT字路の交差点が見えてくる。ここを左折すると「都民の森」まで約21kmである。

 ここから上り基調のアップダウンが暫く続く。10kmほど進むと、「上川乗」のY字路が見える。左へ行くと上野原方面へ道はつながる。

 「都民の森」に行くには、この蛇の舌のようなY字路を右斜め方向へ向かう。ここから上りの具合もだんだんとしっかりとしたものになってくる。

 7km程先に「数馬」があり、そこの公衆トイレまでは、比較的ゆっくりとしたペースで上っていく。ペースはゆっくりでも、上りは上りである。脚には疲労成分が溜まっていく。

 疲労成分と言えば一般的には「乳酸」と思われているが、実は「乳酸」は疲労成分ではなく、運動によって疲労した体を救う、有効成分であったようである。

 激しい運動をすると筋肉の中の乳酸は増加するため、長い間疲労成分だと誤解されていたようである。増加した乳酸は身体のエネルギーとして利用され、乳酸の増加は一過性のもので、特に何もしなくても1時間ほどで元に戻るとのことである。

 「数馬」に着く頃合いには、筋肉の中の乳酸は相当増加していて、疲労回復に貢献しようとがんばってくれていたようであるが、脚は重かった。

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 ここからはフリー走行区間になる。「都民の森」の駐車場まで4.5kmほどのしっかりとした上りが続く。トイレ休憩をすませて、先行スタートするメンバーが上り始めた。

 後続組はその数分後にゆっくりとスタートした。私は途中でペースを大きく変えることなくほぼ一定のペースで上る。

 序盤からその巡航ペースに乗せていこうとした。そして一定程度の距離を上ると、ペースを上げていくメンバーが前に出て行く。

 4名で形成された先頭集団がペースを上げて私の前に出て行った。その最後尾に暫くの間くっつこうかと思ったが、脚が重くてくっつけない。

 すぐさまその間隙は広がっていき、4名の背中は小さくなった。「少し体が重いな・・・」そう感じながら、クランクを回し続けた。

 4名の集団は暫く連なっていたが、やがて細胞分裂するかのように、2名、2名の細胞に分かれた。後ろの2名のメンバーは連なって、「鬼さん、こちら・・・手の鳴る方へ・・・」と言うかのように私の前5,60メートルくらいのところを走っていた。

 「どうにか、後半あの二つの核を持つ細胞膜の中に入り込みたい・・・」と思いながら、心臓と肺と2本の脚に負荷を掛け続けていた。

 前を行く2名のメンバーで構成された細胞は、やがて1名づつを核とする2つの細胞に更なる細胞分裂を起こした。それぞれが「単細胞」になったのである。

 「分かれてしまった・・・」

 前を行く2名の細胞膜に加わり、3名での「苦難のランデブー」を当面の目標としてきたが、それは無理な様相となった。

 では、とりあえず更なる細胞分裂の結果、単細胞となった、すぐ前のメンバーの背中に追いつくしかない。少しうつむきがちになりながら脚に込めるパワーを増した。

 製造されてから53年も経過している古びたエンジンは、恫喝するような唸り声をあげて、その出力をわずかばかり上げた。すぐ前のメンバーの背中が近づいてきた。

2016/5/22

3722:木陰  

 「熱中症にはくれぐれもお気をつけ下さい・・・」テレビの天気予報士は、天気予報の最後にそう付け加えた。
 
 今日の最高気温の予想は東京で29度であった。日中はかなり暑くなりそうであったが、朝の7時過ぎにKuota Khanに跨って自宅を後にした時には、ちょうど良い感じの気温であった。

 天気は快晴。紫外線が相当に強そうである。出かける前に、日焼け止めをしっかりめに塗った。チームでは、「しっかりと日焼けする派」と「日焼けしない派」に分かれる。

 私は後者に属する。「しっかり日焼けする派」は、この時期からどんどんとその色合いをブロンズに変えていき、夏頃にはレイサーパンツをめくって、くっきりとついたコントラストを見せて、「こんなに違う・・・!」と感嘆する。

 「日焼けしない派」の私も夏頃にはレーサーパンツの跡がくっきりと付く。汗で日焼け止めが流れてしまうのであろう。

 多摩湖サイクリングロードは最近、更に整備されて綺麗になった。この道は近隣の人々にとって憩いの道であり、犬の散歩コースであり、ジョギングやウォーキングにちょうど良い道である。

 私にとっては週に1回、ロードバイクで走る道である。この道を走っていって、集合場所であるバイクルプラザに着いた。気候が良くなったことや、Mt.富士ヒルクライムも近くなったので、参加者は先週同様多かった。

 11台のロードバイクがバイクルプラザの前に並んだ。その内訳はRIDLEY3台、BH3台、ORBEA2台、LOOK、GIOS、KUOTAがそれぞれ1台づつであった。

 今日の目的地は「都民の森」に決まった。往復距離は約120km。しっかりとした走り応えのあるコースである。

 玉川上水に沿って西に向かった。玉川上水沿いの道は木々が木陰を作ってくれていることが多く、涼しい。

 水辺の近くは空気も澄んでいるような気がする。長めのトレインは順調に進み、いつも休憩する拝島駅近くのファミリーマートに着いた。

 ここで、トイレ休憩をして、補給食を摂る。補給食にはベーコン、トマト、ゆで卵等を合わせたサンドイッチを選択。なかなか美味であった。

 これを「MONSTER」で胃袋に流し込む。エナジードリンクである「MONSTER」はこの手のドリンクの中でも味が比較的良い。

 コンビニ休憩を終えて、リスタートした。睦橋通りは、片側2車線の広めの道である。軽いアップダウンはあるが、ほぼフラットで走りやすい。ただし一旦赤信号に捕まると結構頻繁に赤信号で止められるパターンに嵌りやすい。

 武蔵五日市駅まで行って手前を左折、檜原街道に入る。軽い上り基調で市街地を抜けていくと、周囲は山間の風景に変わっていった。

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