2015/11/30

3364:都民の森  

 「橘橋」の交差点を左折すると「都民の森」までは21kmほどである。しばしアップダウンが続く上り基調の道を進んだ。

 少しづつ標高を獲得しながら進むと、獲得した高度に従って脚にも徐々に疲労が溜まっていく。天気は良かった。空は青く晴れ渡り、ひこうき雲が長く細く繋がっていた。

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 濃い灰色のアスファルトの道は時折うねりながら延々と繋がっていて、周囲の緑はその道を取り囲む衛兵のように静かに佇んでいた。

 「上川乗」のY字路を右方向へ向かうと、上りの比率がぐっと上がる。さらに上りの斜度もよりしっかりとしたものになってくる。

 そうやって標高を稼いできて、いつものように「数馬」にある公衆トイレでトイレ休憩をした。ここからゴールである「都民の森」の駐車場までは5Kmほどである。

 その公衆トイレの斜め前には古民家がある。「蛇の湯温泉 たから荘」の建物である。いつか時間がある時に家族を連れてひとっ風呂浴びてみたいものである。

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 ここからは各自のペースで上る。つまり「坂バトル・エリア」となる。序盤はゆっくりと走り、徐々にペースを上げていった。

 「都民の森」への上りは斜度の変化が比較的少ない。急激に上がることもないが、緩むこともない。後半疲れてきてもしっかりとした斜度の上りが続き、ただひたすら頑張り続けるしかない。

 ペースを上げていくに従って心拍数も上がっていく。心拍数を175〜178ほどでコントロールしながらクランクを回し続けた。

 この負荷であれば、終盤になってもへばる心配はないはず。3km程上った。工事のために片側交互通行になっている区間がまだ残っていた。

 幸いガードマンが右手に持っている誘導棒はくるくると回されていた。その誘導棒に合わせるようにクランクを回した。

 前を上級者2名が走っていた。片側交互通行区間を抜けたあたりから二人はペースを上げていき、その差はすっと広がっていった。

 あっという間に40メートルほど空いたであろうか・・・それ以上差が広がらないように私も若干ペースを上げた。その差はほぼ固定され、それ以上広がることも縮まることもない状態でしばし上り続けた。

 今はオフシーズンであるのでメンバーは調子が下がっている。これが春先になると上級者が調子をぐんと上げてくる。そうなると、その背中は視界からすっかりと消える。

 このオフシーズンの時期はかろうじてその背中を視界に収め続けることが出来る。その背中を見つめながら、荒い呼吸音を発しクランクを回していると、道の上に「都民の森 1km」と書かれた表示板が目に入った。

2015/11/29

3363:檜原村  

 顔にあたる風の冷たさは、かなり本格的なものになっていた。都立狭山公園に沿って下っていく道で感じる風の冬具合はもうすでに80%を超えているのではないであろうかと思った。

 いよいよ、あのロードバイクに乗る者にとっては辛い季節となる「真冬」が身近に迫ってきていることがしみじみ感じられた。

 寒さに体の筋肉が強張るのを感じながら、いつものように集合場所であるバイクルプラザを目指した。

 この季節になると、朝のうちに東を目指す道すがら、随分と低い角度となった太陽がまっすぐに目に入ってくることがある。そうなると、視界が確保しずらくなる。気をつけないとジョギングやウォーキングしている人に気付くのが遅れてしまう。慎重に走った。

 集合場所で今日の目的地を話し合った。目的地は「都民の森」に決まった。定番のコースの一つである。往復距離は120kmほど。

 今日の参加者は6名であった。参加者のロードバイクの内訳は、ORBEAが3台、BHが1台、LOOKが1台、そして私のKuotaが1台であった。

 気付くと一人のメンバーのホイールが新品に替わっていた。カンパニョーロのシャマルである。やはり新しいホイールは光り輝いて見える。

 6台のロードバイクは隊列を組んで走り始めた。冬仕様のウェアに身を包んでいたが、空気は冷たくしばし走ってもなかなか体は暖まらなかった。

 玉川上水にそって西へ進んだ。玉川上水はその両側に木々が植えられている。その木々は冬枯れに向かっていた。

 こうやってロードバイクで走っていると季節の移り変わりがよりしっかりと感じられる。そんなこともロードバクに乗る楽しみの一つなのかもしれない。

 西武拝島線の終点でもある拝島駅のそばまでたどり着き、その駅の近くにあるファミリーマートで休憩をした。

 急いでトイレを済ませた。寒くなるとトイレも近くなる。補給食には暖かいものを選択。アメリカンドッグを頬張った。それをホットコーヒーで胃袋に流し込む。

 休憩を終えて、睦橋通りへ向かった。片側2車線の広い通りは真っ直ぐに続いている。この通りは他のローディーもよく走っている。

 武蔵五日市駅の手前で左折して檜原街道に入っていった。軽い上りを走っていくと檜原街道は市街地を通る道から山間の道へその姿を変えていく。

 檜原街道は、山間に入り込んでいくと気温が更に下がる。夏にはありがたい檜原街道であるが、この季節になると、さらに下がる気温に体の筋肉がぎゅっと収縮する感じであった。

 檜原街道の途中にある公衆トイレでトイレ休憩をした。ここは駐車場や売店もある。すぐ隣には川が流れていて、その向こうには日本の里山を思わせる風景が広がっている。その川の向こう側には日が当たっているが、こちら側は日陰であった。

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 リスタートして檜原街道をさらに奥へ走っていくとやがて右手に檜原村役場が見えてくる。「村役場」というには少々立派過ぎる感もある村役場の建物には、ひらがなの「ひ」をモチーフにした村のマークが光り輝いていた。

 檜原村役場を過ぎるとすぐにT字路の交差点が見えてくる。ここを左に曲がれば都民の森に繋がる道が続いている。

2015/11/28

3362:悦楽の源泉  

 真空管に魅入られた人は数多い。私もその一人であり、shanshanさんもその一人である。shanshanさんの真空管のコレクションは質・両ともに相当なものである。

 本来の用途は食器棚と思われる棚の中は数多くの真空管で埋め尽くされていたし、トイレにはオブジェのように美しい真空管が飾られていた。

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 真空管はあくまでも実用品なのであるが、どこかしら工芸品的な芸術性や造形美を感じてしまう。そんなところにも心惹かれる所以があるのかもしれない。

 今日は、アナログ大好きなハンコックさんと連れだって、shanshanさんのお宅を訪問した。天気は良く、空気はからっと乾いていた。

 shanshanさんのリスニングルームにはグッドマンの12インチフルレンジの入ったスピーカーが部屋の両コーナーに静かに佇んでいた。大きさは、私が以前使っていたTANNOY CHATWORTHぐらいであろうか、コーナー設置用に後方が少し絞られた独特の形状をしたキャビネットは渋い色合いであった。

 レコードプレーヤーはトーレンス製のメカを自作のキャビネットに収めた物で、SMEのアームが装着されていた。そして、OrtofonのSPUがGシェルから取り外されて、より現代的で堅牢なシェルに取り付けられていた。

 CDプレーヤーはMARANTZ CD34。幾つかの改造が施されているようであるが外観からは窺い知る事は出来ない。

 プリアンプはMARANTZ #7。シリアルナンバーは10369・・・ごく初期の物で貴重な存在である。そしてパワーアンプは、PX25を出力管に使った自作アンプ・・・シングルアンプである。

 このPX25は1930年代に開発された真空管である。ナス型の形がなぜかしら見る者の心を和ませる。その隣の整流管はドイツ製・・・よく見るとナチス時代の国章であるワシのマークがプリントされている。ナチスドイツの時代の物のようである。

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 まずはジャズのレコードから・・・shanshanさんのレコードや、ハンコックさんがお持ちになったレコードがターンテーブルの上に乗り、その音溝に刻まれた情報が、グッドマンの12インチ・フルレンジユニットからストレスなく、ダイレクトにすぱっと放出された。

 その様は勢いが良く、ためらいがない。フルレンジの良いところであろうか。すぱっと切り込んでくる感じである。

 最近のプロのテニスはライジングでボールを叩き、相手に時間的余裕を与えないのが主流であるが、そんな感じで音のストロークショットが飛んでくる。トップスピンが多くかかったボールというよりもフラット系で伸びがあるボールである。

 クラシックのレコードも聴かせて頂いた。こちらも印象はジャズに近い。ストレートでフラット・・・パンパンとテンポが良く、ボールが伸びる。うまく打ち返すには、腰を落として視線を下げる必要がある。

 前半で数枚のレコードとCDを少々賞味した。しばし休憩して談笑タイム。shanshanさんとハンコックさんはオーディオやジャズ以外にもカメラというもう一つの共通の趣味もある。カメラの話題でも盛り上がった。

 休憩後の後半は、私がお持ちしたOrtofon SPU-GTEにカートリッジを変更した。このカートリッジはハーマン時代のものであるから40年ほど前のものであろうか。GTEなので、昇圧トランスが内蔵されている。

 同じSPUであるが、Gシェルに取り付けられていて、昇圧トランスが内蔵されている点が、前半との変更点となる。shanshanさんがお使いのNorthern Electric製の昇圧トランスはスルーしてダイレクトにMarantz #7に接続された。

 「同じSPUだから、それほど変化はないかな・・・」と思っていた、聴いてみるとその変化の大きさに驚いた。

 帯域バランスが明らかに下にさがった。音の質感も柔らかいものになり、ふわっとした音の空気感が感じられる。

 クラシックのレコードを立て続けに聴かせてもらったが、実に自然で穏やかな質感に頬が緩んだ。「クラシックにはこちらのほうが合うようですね・・・」と感想を述べた。

 続いてジャズのレコードも数枚聴いた。ウッドベースの存在感が上がり、肩ひじ張らずにリラックスして聴ける音楽の風情に、ソファに腰かけている背中の角度が緩んだ。

 ストレートでダイレクトな感じは減退するが、穏やかで落ち着いた風情を獲得した。「裸のSPU」はストレートでダイレクト。Gシェルで昇圧トランスを内蔵したGTEは穏やかな質感。「いや〜変わるものですね・・・」と一同驚きの結果となった。

 shanshanさんは自作マニアである。リスニングルームの隣の部屋には次のパワーアンプが片チャンネルのみ完成していた。300Bのプッシュプル・アンプである。

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 「これが駆動する番になったなら、どんな音がするのであろうか・・・?」自然と興味がわく。このわくわく感こそが自作マニアの悦楽の源泉であり、趣味としてオーディオを数十年に渡り長く続けてこられたshanshanさんの原動力なのであろう。

2015/11/27

3360:たられば  

 後半のINコースのスタート時間は11時16分であった。10分ほど前にクラブハウスを出た。その時には雨はすっかり止んでいた。

 空は灰色の雲が覆っていたが、その色合いは若干明るいものに変わっていた。どうやら「昼前には雨があがるでしょう・・・」と伝えていた天気予報は的を得たものであったようである。

 INコースの出だしとなる10番ホールは475ヤードのロング。ロングとしてはそれほど距離があるわけではなかった。ティーショットは右にそれてラフで止まった。残りは250ヤードほど。

 セカンドショットもやや右でラフで止まった。グリーンまでは90ヤードほど。ここはきっちりとパーオンしたいところ。

 しかし、距離感が合わずにグリーン手前のガードバンカーに捕まった。バンカーは雨のため砂が重く締まっている。サンドウェッジを開いて構え、ボールの手前の砂を掬い取るような感じでスイングした。幸い一発で脱出成功・・・そこからツーパットでボギー。

 続く11番は146ヤードのショートホール。ここでも距離感が合わずにガードバンカーに捕まった。2回連続のバンカーに少々がっくり。

 しかし、「出ればいいや・・・」と思って放ったバンカーショットがピタッとピンそばに・・・こういったラッキーもあるのがゴルフである。このホールをパーとした。

 しかし、続く12番と13番のミドルはどちらもティーショットが不調でダブルボギーとしてしまった。パーが一つに対してダブルボギーが二つ・・・形勢はやや不利である。

 次にパーが来るのかダブルボギーが来るのか・・・それ次第で形勢はがらっと変わる。14番はボギーであった。
 
 問題は15番のロングホール。距離は461ヤード。それほど距離があるわけではないが、ティーショットが大きく右にそれた。OB杭のはるか向こうにボールは飛び込んでいった。

 「これで万事休すか・・・」と天を仰いだ。結局、このホールはOBが響いてトリプルボギー。その結果、残り3ホールを全てパーであがらないと目標の「45」には届かない。

 それは私の腕では奇跡が起きない限り難しい相談である。結局上がり3ホールは、ボギー・パー・ボギーと手堅くまとめたが、あのOBが響いて「47」であった。

 ゴルフに「たられば・・・」は付き物である。私も心の中で「あのOBがなかったら・・・」と思わずにはいられなかった。

 OUTで一つ、INで一つそれぞれOBが出てしまった。「そのOBがなかったら・・・45+45=90だったのに・・・」そんな女々しい恨み言を心の中でぶつぶつ呟きながら、クラブハウスへ向かった。

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2015/11/26

3359:冷雨  

 今日は朝から冷たい雨が降っていた。昨日から気温が急激に下がり、真冬並みの気候となった。最近の気候の傾向として急激な気温変化があるが、昨日と今日はすとんと気温が落ち込んだ。

 天気予報は「東京の雨はお昼前には上がるでしょう・・・」と伝えていたが、私がゴルフバッグをトランクに詰め込んでから、車に乗り込んだ朝の6時半頃には、ほぼ本降りであった。

 ワイパーがせわしなくウィンドウに溜まる雨をかき分けているのを視界に入れながら、府中街道を南下していった。

 目的地は府中カントリークラブ。東京都多摩市にあるゴルフ場である。顧問先のお客さんとのゴルフの予定が入っていたのである。

 朝連絡を取り合って「どうしますか・・・?キャンセルしますか・・・?」と話し合ったが、昼前には雨は止むという天気予報であったので、「やりましょう・・・」ということになった。

 結構しっかりと降っている雨の様子を眺めながら、「本当に止むんだろうな・・・」と心の中で思った。多摩川を渡ってからしばらくすると府中カントリークラブに到着した。

 スタート時間は8時9分。30分ほど前に到着した。雨でなければ練習グリーンでパター練習でもするのであるが、この天気であるのでレストランで暖かいカフェオレを飲んで一緒に回るメンバーと談笑した。

 スタート時間が来ても雨は止まなかった。カッパを着るほどではないが、低い気温に雨が加わり、ゴルフをするには辛い環境であった。

 OUTコースの1番ホールへカートに乗って向かった。480ヤードのロングホールである。朝一のドライバーショットは左のラフへ・・・セカンドショットは右のラフへ・・・コースをジグザグに横切るようにして進んだ。残り距離は150ヤードほど・・・残念ながら第3打はガードバンカーに入った。

 バンカーは雨で締まっていた。どうにか一発で脱出し、ツーパットでボギー。穏やかなスタートとなった。

 続く2番は134ヤードのショートホール。ここはワンオンできた。手堅くツーパットでパー。雨は降り続いていたが、二つホールを消化して、ボギー、パーとまずまずの展開。

 しかし、その後は苦しい展開が待っていた。3番の399ヤードのミドルはティーショットを曲げてしまいダブルボギー。さらに5番の377ヤードのミドルでもOBが出てしまいトリプルボギーを叩いた。

 後はボギーでしのいだ。結局パーは2番のショートホールのみで前半のOUTコースを終えた。前半のスコアは「47」。目標の「45」には2打足りなかった。OUTコースを終えた時には雨は小降りとなっていて、もうすぐ止みそうであった。

 「INコースを回る後半にはきっと雨が上がっているであろう・・・」と期待させる空模様を確認しながらクラブハウスに戻り、昼食休憩を取った。昼食は「親子丼」を頼んだ。味わいはごく普通であった。

2015/11/25

3358:坂バカ菌  

 山伏峠を上り切った。霧雨に煙る山伏峠には特にこれっといった華のある風景を見出すのは難しい。ただ自分自身を追い込んで峠道を上りきったという穏やかな心理状態を静かに受け入れてくれているような気がした。

 当初の目的地であった有間峠が通行止めで上がれないので、比較的近くにある山伏峠へ急いで向かったというのは、いかにもバイクルプラザR.T.らしいといえるであろう。

 何かしらヒルクライムでもがかないと走った気になれないという「坂バカ」の病にメンバーの多くが感染しているチームならではである。

 私もその感染者であるということは疑いのない事実である。これはにはワクチンや特効薬といったものは無いようで、体内に「坂バカ菌」があるうちは、どこかしら峠であがきたいという欲求にさいなまれ続けることになる。

 そういった「坂バカ」の病に感染したメンバーは、山伏峠からの帰り道に待っている小さな峠でも「坂バトル」を飽きることなく繰り返す。

 まずは距離は短いがパンチのある「山王峠」である。メインで脚をそこそこ使い切っているので、山王峠では、残り少なくなった歯磨き粉を搾り出すようにして、その坂道を上っていく。

 私は序盤から徐々にペースを上げていった。2名のメンバーがそれに続いた。そして中盤当たりから加速したその2名が前に出た。

 その背中を見据えながら、クランクを回し続ける。メインディッシュで既に重くなった胃袋には、この山王峠はなかなか手強い。

 終盤に入ってもペースを引き上げられないでいた。それは前を行く2名も同じことで、かなり脚にきているようであった。

 ようやく頂上が目線の先にしっかりと入ってきた。こうなったら、ラストスパートである。ここでスパートすることは、脚の筋肉に相当なダメージを与えることになるということは十分分かってはいたが、「分かっちゃいるけど、やめられねえ・・・」といった心境で、腰を浮かしてダンシングでクランクを猛烈に回した。

 持続可能距離がきわめて短いラストスパートをして、山王峠の頂上を捉えた。脚には重い疲労感がずしりと蓄積された。

 「坂バカ」は、きっと懲りない人々である。メインの山伏峠でもがき、短いがパンチのある山王峠でもがいたのに、さらにもう一つもがこうとする。飽くなき欲望にとらわれた人々である。

 笹仁田峠は斜度が緩く高速バトルエリアとなる。私が比較的好物としている峠なのである。しかし、今日はその笹仁田峠にさしかかる前にある軽めの上りを走っているときに、右脚の太ももに違和感を感じた。

 鋭い痛みが2度3度と走ったのである。これは筋肉が攣る前兆である。負荷を強くかけなければ大丈夫であるが、負荷を強くかけると間違いなく攣るであろうと思われる兆候である。

 「笹仁田峠・・・もつだろうか・・・無理かな・・・いけるところまでいってみるか・・・」という少し腰が引けた心境で、笹仁田峠に入っていった。

 それでも序盤からペースを少しづつ上げていった。右脚のことがあるので普段よりはペースは若干遅めに抑えた。中盤からリーダーがぐっとペースを上げて逃げを打った。

 その逃げに合わせて、私もペースを上げた。道の左側にあるゴルフ練習場をやり過ごし、もう少し走ると斜度が上がり、スプリントエリアに入るという時であった。

 右脚の太股に先ほどよりは強めの痛みがずんと走り、筋肉を締め付けた。「だめだ・・・攣る・・・」ととっさに思い、クランクを回す力を地面に放り投げるように抜いた。

 右手で右太股をさすりさすりしながら、歩くほどのゆっくりなスピードまで落とした。どうにかこうにか右脚の太股は完全に攣ることはなかった。残念ながら笹仁田峠での坂バトルは途中棄権となってしまった。

 「まあ、3週間ぶりだから無理もないか・・・」と自分を慰めながら最後の休憩地点であるファミリーマートで一休みした。

 3週間ぶりのロングライドはある意味盛りだくさんであった。有間峠の予期せぬ通行止め、山伏峠、山王峠でのいつもの坂バトル、そして笹仁田峠での途中棄権・・・そういった盛りだくさんな「料理」を胃袋の中に納めた。きっと、それらの「料理」は体内に生息する「坂バカ菌」の栄養素となり、「坂バカ菌」はさらに増殖するのであろう。

2015/11/24

3357:山伏峠  

 通行止めによって跳ね返されたピンポン球のように、5台のロードバイクによって構成されたトレインは上ってきた道を引き返していった。そしてくだんのY字路まで戻った。

 そこを鋭角的に左折して走り慣れたコースに戻り、すいすいと山伏峠の上り口を目指した。雲は空を覆ったままで、太陽は顔を出す気配は全くなかった。雨が降り出してもおかしくない色合いをしている灰色の雲たちは、予期せぬ通行止めにコース変更を余儀なくされた5両編成の列車の様子を冷ややかに眺めているようであった。

 しばし風を切って走ると、見慣れたそしてどこかしら心が落ち着く山伏峠の上り口に到着した。天気は良いものではなかったが、三連休の中日である今日、思いのほか数多くのローディーが集っていた。

 上り口にある公衆トイレでトイレ休憩をした後、「仕切り直しで上りますか・・・」という雰囲気で峠道を上り始めた。

 今日は既に時間を使ってしまっていたので、正丸峠までは行かずに、山伏峠の頂上でゴールということになった。

 山伏峠の上りだけであれば、その距離は4.4kmほど。2箇所斜度がぐっと上がるポイントがあるが、それ以外はそれほど厳しい上りではなく、道幅も広く、上り易い峠である。

 上り始めるとすぐの所に、長い間続いている工事のため片側交互通行になっている区間がある。自動の簡易信号機が設置してあって、多くの場合ここで待たされる。

 しかし、今日はそこに行き着く少し前に信号の色が赤から青に変わった。青であるうちにその区間を走りきった方がいいので、その区間からペースが上がり始めた。

 その後もペースは緩まず、いつもよりもやや早めのペースで序盤を上っていった。心拍数はすいすいとその数字を上げていく。

 年代物の割に高回転型のエンジンを搭載している我が愛機 Kuota Khan もそのペースに合わせながら峠道を駆け上っていった。

 サイコンの心拍数は「180」を指し示すようになった。この位の負荷で抑えておかないと、斜度が厳しくなる二つ目のポイントを越えた後、脚がまったく伸びなくなってしまう。

 「180」をほんの少し超えたあたりの数字にまとめながらクランクを回した。先頭集団は3名。中盤を過ぎるまで一塊で私の30メートルほど先を走っていた。

 斜度がきつくなる二つ目の左コーナーあたりから先頭集団がばらけ始めた。一人が遅れ始めた。私はその厳しめの左折コーナーをダンシングで何とかやり過ごし、「ここを越えたら後はそれほど厳しくはない・・・」と心の中で独り言を言って、心拍数のリミットを上げた。

 新たなリミットは「185」。エンジンはさらに苦しげに唸り始める。決して高性能ではない2気筒エンジンはぶるぶると震える。その振動と騒音の割には、加速するに充分なトルクを絞り出すことは出来ない。それでもわずかづつスピードを上げ始め、前を走っていた3番手のメンバーをかわすことができた。

 峠道は終盤エリアに入ってきた。2番手を行くメンバーの背中はしっかりと視界に入っていた。エンジン回転数が「185」のまま、Kuota Khanは上り続けた。

 ラストスパートの目印にしている看板を道の右側に探しながらペースを落とさずにクランクを回した。そしてようやくその「印」を右目で確認した。

 腰を上げ、ダンシングでお約束のラストスパート・・・ラストスパートをする必要性が特にある訳ではないが、習性とでもいうべきか、単なる自己満足か、食後に珈琲を飲まないと収まらない気がするのと同様に、最後はあがいて終わりたいのであろう・・・あがいた。

 2番手のメンバーの背後まで迫ったが、追いつくことはできなかった。頂上を越えて惰性で少し下った。いつもはここを少し下って、正丸峠の上り道に入り込んでさらにもがくのであるが、今日はこれで「メイン」が終了。気がつけば霧雨が降っていた。

 山伏峠の頂上は素っ気ない景色しかない。遠くを見渡せる眺望も、今を盛りと色づく紅葉もない。地味な山間の風景が広がり、それが霧雨にうっすらと煙っていた。

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2015/11/23

3356:通行止  

 そのY字路からしばらく走っていくと、少し上りが入ってくる。その上りを緩やかなペースで走っていくと、やがて有間ダムが見えてきた。そしてその向こうにはそのダムによって出来たダム湖である名栗湖が静かに広がっていた。

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 天気が良ければ、鏡のように静かな湖面に映る紅葉を愛でてため息をついていたであろうが、今日は紅葉狩りには最適な天気とは言えなかった。

 湖まで来ると路面がうっすらと濡れていた。朝方に雨が降ったのであろうか・・・湖では釣りを楽しんでいる人々がいた。
 
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 名栗湖を後にしていよいよ有間峠を目指した。路面は上に行くほど濡れていた。道の周囲には色づいた木々が並んでいた。

 しばし、上がっていくと釣り堀が見えてくる。ここの釣り堀は思い出深い。前回飯能方面から有間峠を越えた時、上っている途中から猛烈な豪雨に見舞われた。その雨の中今から上ろうとしているルートを下ってきた。道は川のようになっていて、その下りの途中でパンクも発生。散々な感じで下ってきてこの釣堀にようやく達した。激しかった雨も止み、この釣堀で休んだ。なんだかとてもほっとしたことを覚えているのである。

 その釣堀から有間峠の頂上までは約10kmほど。途中緩む地点があるが、そのエリア以外はしっかりとした上りである。

 「では、行きますか・・・」という感じで、クランクに込める力を少し増した。しかし、その長いはずの厳しい行程は、上りはじめてすぐに閉ざされた。

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 踏切にある遮断機のようなものがしっかりと道をふさいでいた。黒と黄色に縞状に色分けされた表示板には白い文字で「通行止」と書かれていた。さらにご丁寧に「監視カメラ設置中!!」と書かれた紙も貼られていた。

 道の路肩が崩壊した箇所があるようであった。「どうするか・・・?」対応をメンバーで協議した結果、右と左に枝分かれしていてその左方向へ突き進んできたあのY字路まで引き返し、そこを鋭角的に左折して山伏峠へ向かうこととなった。

2015/11/22

3355:三週間ぶり  

 先週と先々週の日曜日は雨のためチームでのロングライドは中止となった。「二度あることは三度ある」とも言うので心配していたが、昨晩確認した今日の天気予報は「曇り」であり雨は降らないとのことであった。

 朝早く起き出して空を確認すると、どんよりとした雲が空を覆い尽くしていたが、雨は降っていなかった。

 サイクルウェアに着替える時に少し悩んだ。今日の気温は低そうであった。結局、冬仕様のサイクルウェアを選択した。太陽が顔を出すようなことがあれば暑いだろうが、今日は太陽の顔を拝むことはなさそうな気がした。

 集合場所であるバイクルプラザへ向けてKuota Khanを走らせた。西武多摩湖線に沿うように続いている多摩湖サイクリングロードはすっかりと冬の風景に変わろうとしていた。鉛色の空を背景に落葉樹は葉の色をすっかりと茶色に変えていて、道路にははらはらと落ちた葉が・・・

 「もうすぐ11月も終わる・・・そして2015年も終わろうとしている・・・」そんな少々物悲しい気持ちを心に抱きながら、特に急ぐでもなく、走った。

 今日の目的地は「有間峠」である。チームで稀に行く峠である。今年は一度有間峠を上っている。その時は名栗湖側から上るのではなく、秩父方向から上った。

 そのロングライドは鮮烈に記憶に残るものとなった。猛烈な豪雨にあったり、路面がひどく荒れていたためにパンクが相次いだりと、ハードなロングライドとなったからである。

 今日は名栗湖側から上るので、距離はそれほど長くはならないが、心配なのはパンクである。有間峠の上り道は路面が荒れていることが多い。切っ先の鋭い小石が路面に点在してると、タイヤに傷が付きパンクを誘発するのである。

 5台のロードバイクで隊列を整えて有間峠を目指した。5台のロードバクの内訳はORBEAが2台、BHが1台、Ridleyが1台、そして私のKuotaが1台であった。

 有間峠への道は山伏峠へ向かう道と途中まで同じである。旧青梅街道、岩蔵街道と進んでいった。すっかりと冬仕様のサイクルウェアで走っていたが、「今日はこれでよかった・・・」と思えるような天気であった。気温は低いまま上がらず、太陽は分厚い雲に隠れたままであった。

 山間に入っていくに従って、気温は更に下がっていくように感じた。いつものファミリーマート飯能上畑店で休憩した時も、ここはいつも陽だまりでほんわかするイメージが強いのであるが、肌寒い感じがして、ついつい暖かい補給食を選択した。

 肌寒く、重い感じのする空気を切り裂くようにしてリスタートした。休憩後リスタートすると最初のうちは脚が重く感じられる。

 2週連続雨で中止となったため3週間ぶりのロングライドである。少々体が重い。ジムには定期的に行っていたが、長い距離を走るのは随分と久し振りとなる。脚が最後まで持つか少々心許なかった。

 名栗川に沿って県道を走っていくうちにやがて、右へ向かえば山伏峠、左へ入っていけば有間峠へ向かうY字路が見えてきた。そのY字路を左へ緩やかに曲がった。

2015/11/21

3354:ATPツアーファイナル  

 今シーズンの最後を締めくくるATPツアーファイナルは世界ランキング1位から8位までの選手が集い戦われる。

 通常のトーナメント戦と違い、ATPツアーファイナルは、8名を4名づつ二つのグループに分けて、まずそれぞれのグループで総当り戦を行い、各グループの上位2名がトーナメントに進むという特殊な形式で行われる。

 錦織圭は、今シーズンの前半は比較的好調であったが、後半は怪我などに悩まされて期待を裏切る結果となることが多かった。しかし、どうにかこうにか世界ランキング8位に踏みとどまり、この大会への出場権を確保した。

 総当り戦の第1試合であるジョコビッチ戦は、良いところのない完敗であった。その試合をWOWOWで観たが、時折顔を背けたくなるような一方的な試合展開に「こんなに実力差があったのか・・・」と心が重くなった。

 しかし、第2戦のベルディヒ戦からは、彼本来のキレのあるプレーが徐々に蘇ってきた。この第2戦を接戦の末ものにした。

 そして、第3戦の相手はフェデラーである。フェデラーはこの前の試合で世界第1位のジョコビッチを破っている。

 フェデラーは相当調子が良いはず。錦織も第2戦のベルディヒ戦から本来の調子を取り戻していた。かなり良い試合になるのではという期待があった。

 次のトーナメントへ進むためには、勝つことが絶対条件であった。さらにフェデラーに勝ったとしても、その後に行われるジョコビッチとベルディヒとの試合でジョコビッチが負けない限り次に進めないという厳しい条件も付されているので、準決勝進出の可能性は極めて低いと言わざる得ない状況であった。

 WOWOWでその試合を観た。実に良い試合であった。どちらも調子は良かった。驚くべきショットがてんこ盛りであり、目を離せない試合であった。

 結果はフェデラーがセットカウント2-1で勝利したが、錦織が勝利する可能性も十分にあった。ほんのわずかな差で、勝利の女神はフェデラーに微笑んだ。

 負けたのは残念であったが、内容はとても良かった。錦織圭は実に良いプレーをした。このポテンシャルを持っていれば、来シーズンも期待できる・・・そんな風に感じることが出来た試合内容であった。

 しかし、それにしてもテニスのシングルス戦はほとんど格闘技のようである。観る者の脈拍を上げるほどに、強い刺激と興奮を与える。実際にテニスコートでプレーするのはダブルスだけであるが、観るのは圧倒的にシングルスの方が面白い。



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