2015/10/31

3333:ラグジュアリー  

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 仕事を終えて、BMWのディーラーに到着した時には、周囲は暗くなり、夜の空気があたりを支配し始めていた。

 ディーラーの展示空間のなかには、発売されたばかりのBMW 740iが照明に照らされ、その輝かしい造形美を誇っていた。

 展示車の色は「マジェリン・グレー」と呼ばれる明るめのグレーである。落ち着いた質感とスポーティーさを兼ね備えた良い色である。

 最近、車の色は白が人気である。展示車も白かと思ったが、対応した営業マンに訊くと、一時は絶大な人気を誇った白も、さすがに食傷気味となったのか、その人気に陰りが見え始めているとのことであった。流行は移ろいやすいものである。

 試乗車の準備をする間、展示車の中に乗り込んだりして、じっくりと740iを眺めた。展示車の内装色は「キャンベラ・ベージュ」。明るく爽やかな質感である。

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 試乗車の用意が整ったので、建物の外に出て、試乗車に乗り込んだ。試乗車も展示車と同じ740iである。ボディーはノーマルタイプ。

 色は展示車よりもより濃い色合いのグレーである。暗い中で見ると黒に見える。軽く開くドアを開けて、乗り込んだ。

 シートはMercedes-Benzに比べると柔らかくしっとりと体を包み込む。インテリアは従来のBMWのデザインを踏襲しつつより豪華により華やかにといった方向に修正していったという印象である。

 ブレーキを踏みながらエンジンボタンを押すと、最近の傾向であるバーチャルメーターが恐ろしく鮮明に画像を浮き上がらせる。

 横長のディスプレイにはNAVIの画面が浮き上がる。こちらも目に痛いくらいに解像度が高い。このディスプレイは「iDrive コントローラー」を操作すると様々な画面に変わる。この画面で数えきれないくらいの細やかな設定ができるようである。

 パーキングボタンを軽く押すとパーキングブレーキが解除される。ハンドルを軽く握り、ゆっくと発進させた。

 静かで滑らかである。街中を穏やかに流すくらいのペースで走った。新型7シリーズのキャッチフレーズは「駆け抜けるラグジュアリー」であるが、しばらく走っているうちにそれがじわじわと体に納得されてくる。

 静かさ、穏やかさ、軽やかさ・・・そういったものが、極めて上質に整えられている。3L直列6気筒エンジンは右足の微妙な加減にも敏感に反応する。

 道が空いたところで、ほんの少しアクセルを踏み込んでみた。パワーが瞬間的に湧き上がる。その俊敏さはやはりBMWである。

 一般道だけであったので、高速走行は試せなかったが、高速道路でもっとも輝く車であろうことは、容易に察しがついた。

 足回りや変速の設定は4つのモードが選べる。「コンフォート」を「スポーツ」に変えると、その性格はよりスポーティーなものに・・・腰を落とした筋肉質な質感で身を引き締める。

 時間にして30分ほどの試乗であった。ディーラーの駐車場に戻って、試乗車から降りた。ドアを閉めて振り返った。740iは極めてクールな面持ちでこちらを見ていた。

 「ラグジュアリー」という表現には、良い意味合いの裏側に「スポーティーではない」というマイナスイメージを秘めていることが多いが、新しい7シリーズの場合には「ラグジュアリー」が表の顔であり、その裏側にスポーティーな表情が潜んでいるというという印象であった。

2015/10/30

3332:ディーゼル  

 日本でも少しづつ認知度が上がってきたディーゼルエンジンであるが、ドイツでは自家用車の約半分がディーゼルエンジンであることに比べたら、まだまだ発展途上といったところである。

 ドイツ・プレミアム御三家のうち、Mercedes-BenzとBMWは比較的早い時期からディーゼルエンジンを搭載したモデルを日本にも持ち込み始めた。Audiはずっと静観していた。

 VOLVOが一気にディーゼルエンジン搭載モデルを日本に導入したのが、今年の夏のことである。国内メーカーではMAZDAがディーゼルエンジンに積極的であり、セールス的にも成功している。日本でもディーゼルエンジンに対する意識が変わり始めたようである。

 そういった機運に水を差す形となっとのが、フォルクス・ワーゲンのディーゼルエンジンに関する不正問題である。この大きな問題が日本でも広がり始めたディーゼルエンジンに対する需要にブレーキをかけることになるのであろうか・・・

 5年前、2010年に購入したMercedes-Benz E350 BLUETECのエンジンはディーゼルエンジンである。日本の厳しい規制をクリアしてクリーン・ディーゼル補助金を受け取ることができた。

 私にとって初めてのディーゼルエンジン体験となったE350 BLUETEC。・・・そのE350 BLUETECで100,000km以上を走った。

 それだけ長い期間、そして長い距離をディーゼルエンジンで走った経験を踏まえて、ディーゼルエンジンに関してどのような感想を持ったのか・・・「功罪相半ば・・・」というのが、正直な感想である。

 もっとも優れているのは、その経済性であろう。確かに燃費が良い。同じ排気量のガソリンエンジンに比べて20%ほどは燃費が良いように感じる。それと軽油を入れるので、ハイオクガソリンに比べるとリッター当り40円ほど安い。年間走行距離が多い人間にとっては、馬鹿にならない差となる。

 それと溢れんばかりのトルクも魅力である。ぐわっと底の方から湧き上がってくるような力強さは頼りがいがある。急峻な坂道でも、高速道路の追い越し車線での加速でも、パワー不足を感じることはなかった。

 では、マイナスポイントは・・・その音と振動である。一昔前のディーゼルエンジンとは異なり、随分とそのマナーは洗練されているはずであるが、やはりディーゼルエンジン特有の音はしっかりと耳につく。

 その音質は・・・心躍るものではない。ガソリンエンジンのような官能性とは随分と乖離している。

 そして、細かく伝わってくる振動・・・最新モデルではこちらも相当な改善が進んでいるはずであるが、2010年モデルで、なおかつ100,000km以上走った私のE350 BLUETECにおいては、気になるポイントである。

 「ディーゼルエンジンは、確かに優れた点が多い。経済性を優先するドイツ人が好んでディーゼルエンジンを選択するのは、理にかなっている。しかし、エンジンボタンを押しても、はるか遠くでかすかに音がするような静かなモデルに次は乗ってみたいな・・・」そんなことを思っているこの頃である。

2015/10/29

3331:100,000km  

 「ジロ・デ・シラカワ」を終えての帰り道、東北道を走っている時であった。Mersedes-Benz E350 BLUETECの走行距離を示すメーターの数字が「100,000」を超えた。

 購入してから5年と2ケ月が経過していた。1年あたりの走行距離は約20,000km。結構走るほうである。

 今まで、走行距離が100,000kmを超えると、買い換えモードになることが多かった。そのくらいの走行距離になってくると、車にも不具合が出始めるのが常であったからでもある。
 
 E350の前に乗っていたのは、BMW 735iであった。開発コード「E65」の4代目7シリーズである。クリス・バングルが設計したアバンギャルドなデザインが物議を醸し出したモデルで、そのあまりに不調和的な造形は、従来のBMWファンからは不評であった。

 私も最初のうちは強い拒否反応に襲われたが、発表されてから3年ほど経過したタイミングで購入を決めた。その「乱調のなかにこそ美がある・・・」といったアクの強さが、ようやく目に馴染みはじめたのである。

 今でも街中で「E65」を見かけると、ついついじっくりと眺めてしまう。多くの方にとっては、目に馴染まない造形であるとは思うが、何故かしら「これはこれで、一つの世界を持っているよな・・・」と思ってしまうのである。

 その今となっては懐かしさを感じさせるBMW 735i(E65)は100,000kmを超えたあたりで走行中にエンジンルームから突然白煙を吐いて停車してしまった。

 ウォーターポンプが走行中に破損し、オーバーヒートしたようである。JAFに電話してどうにか大事にならずに済んだが、その後しばらくしてから「買い換え作戦」が発動された。

 E350は100,000kmを超えても概ね快調であるが、時折、原因が分からないマイナートラブルが発生することがある。

 まずはエアコン・・・常にではなく、稀にではあるが、すぐに空気が冷たくならないことがあった。

 それから、運転席側のパワーウィンドウ。これも稀に発生する症状であるから、かえって厄介なのであるが、挙動がおかしくなるのである。

 ボタンを強く押すと普通はウィンドウが下まで下がり切るのであるが、それがほんの少し下がっただけで止まってしまう。まあ、大したことではないので、ほっといている。

 買い換え作戦を緊急に発動させるほどではないので、走行距離が100,000kmを超えたからといって、すぐに動くことはなさそうであるが、心が少々そわそわし始めている。

 今週末にはBMWの新型7シリーズが日本で発売される。ディーラーには真新しい7シリーズが展示されるはずである。

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 冷やかし半分ではあるが、足を運んでみたい気持ちになっている。新型7シリーズは更に大きくなったキドニーグリルが象徴するように、より押し出しが強い立派さを身に着けたようである。乗り心地は素晴らしくラグジュアリーであろう。

2015/10/28

3330:ゴールライン  

 最後の直線である・・・風は追い風。ゴールラインに達すれば、もうその向こう側のことは考慮する必要がない。出し切ればいいだけである。

 10名ほどの先頭集団はすでにゴールしていた。その後ろは5,6名の選手がばらけてラストスパートしていた。私もダンシングでスピードに乗せて、ギアをがんがんと上げていった。体に残っているエネルギーのすべてを2本の脚に注ぎ込みながら、前を見続けた。

 ラストスパート態勢に入った時に、20mほど先に前を走る選手の背中が見えていた。スピードを上げていくとその背中が徐々に近づいてきた。

 ゴールラインが視界に入ってくるエリアで、スピードをさらに上げて、前の選手をかわした。緑色のゴールラインがす〜と近づいてきて、その上を越えた。

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 ゴールラインを越えてからは惰性で走っていき、折り返し地点まで行ってゆっくりと折り返した。私の初クリテリウムは、こうして終わった。

 芝生エリアにKuota Khanを横たえて、私はその脇に座り込んだ。しばらく咳が出て止まらなかった。

 ゴールしてしばらくしてから、受付会場の脇に貼り出されたリザルトを確認すると、50歳以上のグループの参加者は34名であった。私の順位は15位であった。4名は周回遅れとなりリタイヤになったようである。

 周回遅れにはならなかったし、落車などのトラブルもなかった。初クリテリウムとしては、まずまずといったところであろうか・・・

 私達のグループの後は、高校生のレースであった。地元の高校の自転車部の選手たちが参加していた。白河実業高校自転車部の選手がもっとも多く6,7名参加しているようであった。黄色いお揃いのチームジャージが目立っていた。インターハイ常連の強豪高である。

 若々しい高校生たちの真剣勝負を見るのは気持ちの良いものである。さすが強豪校である・・・白河実業高校の選手2名が終盤逃げを決めて、ワンツーフィニッシュであった。

 最後はメインイベントである「エリート」グループ。大学の自転車部の選手などが参加するハイレベルなグループである。昨年は日大自転車部の選手がワンツースリーを独占した。

 今年も優勝候補は日大自転車部の選手であったが、結果は単独での逃げが見事に決まり、大差で40歳代の選手が優勝した。強烈な風がレースの行方にも大きな影響を与えたようである。

 すべてのレースが終わった。参加者には暖かい豚汁とおにぎりがふるまわれた。それでお腹を満たしてから、本部テントにいらしたヒデさんに挨拶し、近くの駐車場に停めていた車に向かった。

 午後からは子供向けのイベントなどが企画されていたようであるが、帰りの時間がずれると、高速道路の上りは行楽帰りの車で渋滞してしまう。

 Kuota Khanを車に詰め込んで、帰路についた。幸い、高速道路は混んでいなかった。東北道は延々とまっすぐな道が続いていた。視界の上のほうには、真っ青な空が広がっていた。

 車のハンドルを握りながら「来年も出てみたいな・・・レースをしているという高揚感がしっかりとあったからな・・・思っていた以上にきついけど・・・」そんなことをぼうっと考えていた。

2015/10/27

3329:北風  

 強烈な向かい風に向けて三度目の突進を試みた。風の抵抗を減らすため上体は低く保ったままダンシングでスピードを乗せていこうとする。

 しかし、強い風はそうはさせまいと吹きつけてくる。まるで旅人の外套を力ずくで脱がせようとする「北風」のように・・・

 「北風」は結局外套を脱がせることはできなかったが、10名程の先頭集団の最後方にいた私の脚にきつめの疲労を蓄積させることには見事に成功したようであった。

 先頭集団と私との間の空間には亀裂が入った。その亀裂は風に煽られて見る見るうちに広がっていった。

 そして亀裂ではなく空隙という表現が適切な広さになった。やがて、その空隙は急速に発展し、広々とした空間にまで発達した。

 「切れた・・・しまった・・・」

 と思ったが、その空間を詰めていくエネルギー源の蓄積は体内には見当たらなかった。集団の後方にいると、向い風が幾分弱まるが、集団から切れてしまうと、向い風は容赦なく全身を襲ってくる。

 10名の先頭集団から遅れること30mほどの位置でもがいていたが、再び先頭集団に追いつくことはなかった。

 向かい風路線から切り返して追い風路線に入った。こちらは重いギアでガシガシと踏み込む。追い風は背中を押してくれる。

 呼吸はすでに乱調の極みである。喉を猛烈な勢いで空気が流れていく。その空気の激しい流れが喉の湿気をほとんど奪ってしまうのか、途中呼吸が詰まったような感じなる。2度3度と咳きこむ。

 4周目に突入した。折り返しを過ぎて、再度「北風」が思いきり頬を膨らませてすぼめた口から激しく風を吐き出すエリアに入り込んでいった。

 後方から来た3名のトレインに拾ってもらう形で後ろに付いた。そのトレインには、さらに後方から選手が加わったり、切れていったりという感じで、形態を変えていった。

 4周目、5周目はそんな感じで先頭集団からは随分と遅れたが、どうにかこうにか小さなトレインにくっつたりはなれたりして走り続けた。

 先頭集団からは飛び出して逃げを打つ選手はいなかったようである。6周、7周と集団のまま進み、最後はゴール前スプリントで勝敗が決したようであった。

 先頭集団に遅れた数名はバラつきながら縦に長く広がっていた。6周目を終えて、計測ラインを越えると、スタッフの女性が最終周回であることを示すためにジャンを鳴らしてくれた。

 そのジャンがとても嬉しかった。心に染み入るそのジャンの音は、体から溢れんばかりに溜まった疲労を一旦心の外に押しやってくれた。

 折り返して、最後の「北風」との闘いに臨んだ。「これが最後・・・これが最後・・・」と自分に言い聞かせながら、クランクを無心に回し続けた。

 緩やかな上りを疾駆していくと、ようやく最後の折り返し地点が見えてきた。ここを回れば、後は追い風の吹く高速走行エリアが残るのみ。

 十分に減速して左回りでくるっと回った。ギアを上げて、ダンシングでペダルを踏み込んでいく。スピードが徐々に乗ってくる。ギアがより重いものに切り替わっていくに従って、がっしとした踏み応えが脚に伝わってきた。

2015/10/26

3328:苦難の道  

 アップを終えて、前のレースを沿道で観戦した。バイクが前を先導してそれにロードバイクが続く。先頭集団は周回ごとに形を変える。逃げを打った選手が集団を引き離したり、また吸収されたりといった感じであった。

 スタート前15分ほどになったので、次のレースに参加する選手の待機場所に向かった。そこには同じグループに出る30名程のローディーたちが待機していた。

 寒さに震えながらそこで待っていると、ヒデさんが私を見かけてカメラを片手に近くに来てくれた。

 挨拶をしてしばし言葉を交わした。ヒデさんは現役時代は超一流の競輪選手であった。引退後は後進の指導にあたられている。オリンピック自転車競技日本代表の監督を務められたこともある。白河市で自転車競技がこれほど盛んであることに大きな貢献をされている方である。

 前のグループのレースが終わり、スタート地点に誘導されていった。やはりスタート前というものは緊張するものである。

 しかも初めてのクリテリウム。勝手は全く分からない。トップの選手に周回遅れにされてしまうと、その段階でリタイヤとなってしまう。どうにか周回遅れだけは避けたい。

 ヒルクライムレースと違って、スピードが出る。最もスピードが出ることろでは50km/h近くは出るであろうから、接触による落車は絶対に避けたい。

 そんな不安感を心に抱きながらスタートの時間を待っていた。風は相変わらず強く吹いていた。スタートのカウンダウンが始まった。

 スタートした。ゆっくりと走り始める。ダンシングでパワーをクランクに伝えてスピードを上げていく。

 スタート地点から少し行くと折り返し地点が見えてくる。皆しっかりと減速してUターンしていく。Uターンしてしばらくは直線が続く。

 東から西へ向かう直線は強い向かい風が待ち構えている。この苦難の直線はなるべく集団の中に埋没していたい。

 1周目は集団の中で苦難の直線をどうにかやり過ごした。心拍数は一気に上がる。折り返し地点手前では皆スピードを落として、慎重に曲がっていく。接触による落車がないよう参加者の全員が気をつけている。

 参加者も30名程でそれほどの密集度はない。これなら安心して走れそうだ。折り返すとダンシングに切り替えて、再加速。西から東への直線は緩やかな下りで追い風・・・思いっきり踏み込んでスピードに乗せていく。反対側の直線とは全く違う。

 しかし、心拍数が下がるかというとそういうわけではなさそうであった。相当なスピードを維持するためには、やはりエネルギーは必要であった。

 スタート地点は同時にゴール地点でもある。50歳以上のグループは7周走る。1周を走り終え、また折り返す。そして再び苦難の直線へ発進していく。

 「うわっ・・・やはりきついな・・・この風・・・」そんなことを思いながら先頭集団の後方でクランクを必死に回した。

 先頭集団は10名程で形成された。この向かい風なのでなるべく集団の中にいたい。しかし、ペースは相当速い。このペースについていこうとしたら後半脚が売り切れるであろうことは目に見えていた。

 2回目の苦難の直線をどうにかこうにかやり過ごして、折り返した。こちら側はギアをずんずんと上げる。最高速が出るところでは最も重いギアになっている。

 向かい風エリアでは集団は固まり、滑走エリアでは縦に細長くなる。私はその集団の最後方に位置していた。

 滑走エリアが終わり、折り返した。三度目の苦難の道へ・・・まだ5周あるが、心拍も脚も余裕度はなくなっていた。向かい風は緩む気配がなかった。

2015/10/25

3327:強風  

 クリテリウムは交通規制によって公道を閉鎖し、周回コースを設定して、このコースを何周か走ることにより争われるロードバイクのレースである。

 ジロ・デ・シラカワはそのクリテリウムにより行われる。年齢等により幾つかのグループに分類され、そのグループ別にレースが行われる。

 私は50歳以上のグループに分類される。幸いそのグループのスタート時間は遅めであった。10時35分のスタートであり、受付はその30分前までに完了するように、とのことであった。

 「9時ごろに着けばいいかな・・・」と、思いながら朝の6時前に家を出た。道は空いていた。東北道を延々進んでいくと、やがて白河インターに・・・そこで高速を降りて、少し走った所に会場はあった。

 着いた時には、すでにレースは始まっていた。車を降りて、最初に感じたことは「寒い・・・」ということであった。

 天気は良いのであるが、気温が低い。さらに強烈な風が吹きすさんでいた。この風はレースをするうえで、とても大きな支障になるであろうことは、容易に想像できた。

 レース会場は、白河駅前の片側2車線の広い道路である。「白河羽鳥レイクライン」という名前の付いた道路を1km弱閉鎖してその道路を周回する。

 今日は強い風のため、その周回コースが片側ともう一方の側では全く異なった表情を見せる。東から西に向かうときは強烈な向かい風に行く手を阻まれる。しかも、こちら側はゆるやかな上りになる。逆に西から東に向かうときは追い風で緩やかな下りとなり、スピードが相当出る。

 「これは地獄と天国の繰り返しだな・・・これだけ強い風が吹けば、地獄コースでは相当な疲労が蓄積されるはず、天国コースではギアを目一杯上げて踏み込んで滑走していくって感じか・・・」

 先に行われていたより若い年代のグループのレースを見ていると、皆地獄コースでは苦しそうな表情をして、必死にクランクを回している。天国コースでは猛スピードで走り切っていく。

 レース会場の沿道には、参加する家族やチームメイトを応援する人々もいて声援を送っている。しかし、強く冷たい風は沿道の人々も襲い、皆寒そうであった。

 白河駅前はとても広々している。小さな子供向けのイベントも行われていて、応援に来た家族が退屈しないような配慮もある。

 受付を済ませ、計測器具をフォークに取り付け、ゼッケンシールをヘルメットに貼り付けた。スタートまで1時間以上あるので、アップを30分ほど行った。

 風は強かった。そして寒かった。アップをした直後は体が温まるが、すぐさまその熱は強風に奪われた。 

2015/10/24

3326:宇宙船  

 その美しく、どこかしら近未来的な造形美を誇っているレコードプレーヤーは、Oracle製のものであった。製品名は「Delphi」。現在はMk6となっていて、基本構造を保ったまま、何度も改良が加えられている。

 確か、Mk5からベース部分が透明になったが、Mk4以前はベース部がブラックであったと記憶している。今、私の視線の中に収まっているOracle Delphiはベース部が黒い。

 三つの特徴的な支柱は銀色に光っている。ターンテーブルには黒いシートが敷かれ、その中心部分には銀色のクランパーが乗っている。

 トーンアームは黒い。その姿形はSME製であることを明確に物語っている。確かSME製のアームで配線のみをORACLE側の要求でバンデンハル製のものに変えたOracleバージョンのはずである。

 その証拠にトーンアームの側面には「ORACLE SME」と印字されている。ベース部の前の方には回転数が印字された二つの押しボタンが並んでいて、小さな盾のようなもので囲われていた。

 「Oracleか・・・」私は、軽い驚きを覚えた。確かにこの店で見かけるのは、ThorensやLINNが多く、Oracleを見るのは初めてのことである。

 「これは、Mk4ですか・・・?」

 オーナーに尋ねると、珈琲を淹れながら、「そうそう・・・Mk4だよ。だから相当古いはず・・・今はもうMk6までいってるでしょう・・・Mk4はね、確か1990年の発売だったかな・・・とすると、25年も前の話か・・・まあ、ヴィンテージとは言えないけど、準ヴィンテージという感じかな・・・」

 「25年か・・・1990年といえば、バブル経済が破綻し始めた頃ですね・・・まあ、Oracleはカナダの会社だから関係ないけど・・・じゃあ、小暮さんはバリバリの商社マンとして働いていた頃ですね・・・」

 「まあ、そうなるね・・・バリバリって感じではなかったけど・・・その頃は ロンドンに居た頃だね・・・もうずいぶんと昔のことだ・・・」

 オーナーが淹れたくれた珈琲がソファーテーブルに置かれた。オーナーは手際よく、レコードをDelphi Mk4のターンテーブルにセットした。

 レコードプレーヤは比較的新しい製品であるが、それから先は随分と時代を遡った製品達となる。プリアンプとパワーアンプはLEAK製の真空管アンプがあてがわれていた。

 そして部屋の両隅には、TANNOY製のコーナー形スピーカーが美しくセットされていた。その鈍く光を反射するキャビネットはCanterberryのようであった。

 「ユニットはシルバーですか?」

 私の問いに、「そうそう・・・これは売り物じゃないんだけどね・・・私物だよ・・・私物・・・今、スピーカーの在庫が無くてね・・・自宅から持ってきているんだ・・・」とオーナーは答えた。

 レコ−ドはカール・ズスケの演奏によるバッハの無伴奏であった。これは素晴らしいレコードである。

 この一連の無伴奏ヴァイオリン曲は、聴くと「これは一つの祈りであり、祈りとしての純粋さがこの曲の骨組みであり、ある意味全てを構成している要素かもしれない・・・」と思えてくるのが常であるが、カール・ズスケの誇張や偽りのない表現は、より一層そのことを感慨深く感じさせてくれる。

 「何だか違和感が無いですね・・・時代的にはちょっとレコードプレーヤーだけ新しくなってどうかなと思いますが、しっくりと寄り添っている感じですね・・・見た目だけはちょっとミスマッチ感がありますが・・・」

 私がそう言うと、オーナーは「まあ、THORENS TD124なんかが、外観的には馴染むんだろうけど、この宇宙船もいけるよね・・・音もしっかりとしている。もっとSF的な音がするのかと思ったけど・・・」と、笑いながら話した。

 「SF的な音ってどんな音ですか・・・?それはそうと、TD124ってまだ結構かかるんですか・・・?」私は少し心配顔で尋ねた。

 私が尋ねると、「あそこはね・・・いつも時間がかかるんだよ・・・自分が納得するまでゆっくりとやるから・・・レストア待ちのTD124がまだ相当あるはずだから、まだ何ヶ月かかかると思うよ・・・」

 「そうですか・・・実はLP12を欲しい方がいて、近々譲るんですよ・・・TD124がそんなに時間がかかるとは思ってなくて・・・」

 「じゃあ、これ持っていけば・・・何ヶ月か貸しとくよ・・・この宇宙船・・・店にはROKSANとLINNがあるしね・・・」
 
 「売り物じゃないんですか・・・?」

 「売り物だよ・・・まあ、長期自宅試聴ってことでどう・・・?気に入れば買えばいいし・・・Thorensの方はキャンセル効くしね・・・まだ全然取りかかってないはずだから・・・」

 なんだか、急な展開であった。何はともあれ、しばし「宇宙船」を自宅で試してみることが出来るのは嬉しいことである。

 Oracle Delphi、Marantz #7と#2、そしてTANNOY GRFという組み合わせは、きっと滅多にお目にかかれない珍しいラインナップに違いない。少なくとも「肉じゃがホットサンド」よりも珍しいはずである。

2015/10/23

3325:オーラ  

 「それ」を右手の人差し指と親指でつかんだ。そして、それを持ち上げた。こちらの思惑とは裏腹に「それ」はとても軽々と持ちあがった。

 そして、一旦「ゆみちゃん」の目を見た。彼女はちょっといたずらっぽい表情で微笑んでいた。私はその表情に一瞬頬を緩めてから、「それ」を口の中に放り込むようにして、噛んだ。

 ゆっくりと咀嚼すると、それは紛れもない肉じゃがの味がする。肉じゃががパンにはさまれて、こんがりと焼かれてホットサンドになったとしても、やはり肉じゃがは肉じゃがである。

 そして、パンと肉じゃがが壊し合わないというか、上手くマッチしている。どちらかちうとパンが肉じゃがに寄り添っている感じであろうか・・・

 「いけますね・・・これ、店のメニューに入れたら案外人気が出たりして・・・」

 私はそう言って笑った。

 「ですよね・・・意外ですけど・・・なんだか、何でも行けそうな気がしてくるでしょう。」

 「ゆみちゃん」は、その「肉じゃがホットサンド」をさらに頬張りながら、話した。いつのまにか「それ」は皿から姿を消していった。

 しばし、私と「ゆみちゃん」はホットサンド談議に時間を潰した。彼女はそのテレビで紹介されていた、ホットサンド専門店に行ってみたいと話していた。

 場所は荏原中延にあるようであった。話の流れから「じゃあ、一緒に行ってみようか・・・」という話になった。

 時刻は7時半になろうとしていた。「オーディオショプ・グレン」の小暮さんには7時ごろ行くと言ってあった。

 私は会計を済ませて、「じゃあ、また会いましょう・・・」と「ゆみちゃん」に別れを告げて店を出た。

 古ぼけたビルの階段を上がっていった。4階まで上がって、ドアをノックした。「どうぞ・・・」というオーナーの声を確認してから、ドアを開けた。

 靴を脱いでスリッパに履き替えてから、いつものように黒い3人掛けのソファの真ん中に座った。そして、その位置から見て右側にあるオーディオラックを眺めた。

 その最上段には、キラキラと輝く感じのレコードプレーヤーが、一際その存在感を主張していた。明らかにヴィンテージのそれとは違うオーラを発していたので、余計に目だったのかもしれない。

2015/10/22

3324:肉じゃが  

 ホットサンドを作る器具は電熱式で、がっしりとしている。相当使い込まれたもののようで、色合いはすすけてくすんでいた。

 蓋を開けると、ホットサンドが二つ同時に焼ける構造になっている。そこに具を挟んで耳を切り取られたサンドイッチを入れて、蓋をギュッと閉める。

 するとパンの正方形の四つの辺が強く圧縮される。焼きあがるとパンの周囲は上下がしっかりとくっついていて、具を包み込んでいる。焼き上がりの色合いはこんがりとしたきつね色。食欲を促す色合いである。

 焼きあがった二つの正方形は真ん中でざくりと切り分けられる。結局四つの長方形になり、皿に綺麗に盛られて出てくる。

 ホットサンドは当然のことながら暖かい。ハム&チーズは焼きあがったばかりでは、気をつけないととろけたチーズが熱い。

 この暖かさが、なんだか嬉しい。昼は気温がそこそこあり暖かであるが、陽が落ちるとぐっと気温が下がる。今の季節、ホットサンドはピッタリであろう。

 ホットサンドを頬張り、珈琲を口に含む。そんなことを繰り返し、皿の上の四つの長方形が姿を消そうとしていた頃合いであった。

 扉が開いた。それまで店内の客は私一人だけであったが、その少し寂しげな空間にもう一人の人間が入り込んできた。

 「ゆみちゃん」であった。会社帰りであろうか、肩からかけた薄茶色のカバンのほかに、その右手には小さ目のビニール袋が・・・

 彼女は「おひさひぶりです・・・」と私に挨拶した。そして、そのスーパーのマークの付いたビニール袋をカウンターの上に置いた。

 そのビニール袋から、惣菜の入った透明なプラスチックの入れ物が出てきた。中のものはどうやら「肉じゃが」のようであった。

 「ゆみちゃん」は女主人に向かって話しかけた。「これでホットサンド、お願いします。片方だけこれで、もう一つはハムとチーズで・・・コーヒーはアイスで・・・」そして、その惣菜の入ったケースを女主人に渡した。

 私はその様子を見ていて、頭の中には「?」がぷくぷくと湧き上がってきた。これから目の前で起ころうとしていることが予測できなかった。一瞬脳内のスクリーンに「ゆみちゃん」の言葉通りの光景が映り込んだが、それを肯定する気にはなれなかったのである。

 しかし、現実に展開した光景はその一瞬予測した映像とぴったりと重なった。パンの上に肉じゃがが並べられ、もう一枚のパンで蓋をされた。耳が細く切り落とされて、その白い正方形はホットサンドを作る器具に入れられた。

 もう一つのサンドイッチとともに器具に詰め込まれた「それ」は、電熱で焼かれ、数分後には美しいきつね色になった。

 私が不思議そうな表情をしていたのであろう。「ゆみちゃん」は説明を始めた。「少し前にテレビでやっていたの・・・それを見て、試してみようと思って・・・ちょっと不思議でしょう。肉じゃがのホットサンドって・・・番組ではもっと変わったものも紹介されていて・・・たとえば、おでんとか、だし巻き卵とか、おはぎなんかもあった。」彼女の表情は子供っぽく輝いていた。

 ハム&チーズのホットサンドと同様に真ん中から二つに切り分けられた「それ」は皿に盛られた。断面からは中の具が垣間見える。それは紛れもない肉じゃがであった。

 「ゆみちゃん」の表情はそれを見て、さらに輝いた。そして、「それ」を彼女の右手が軽くつかみ取り、口元にゆっくりと持って行った。

 私の視線も、そしてカウンター越しの女主人の視線もその口元に吸いつけられた。「それ」の一部は上下の歯によって切り取られて、彼女の口のなかへ・・・そして咀嚼された。彼女はその味わいを慎重に見極めようとするかのようにゆっくりと口を動かした。

 「これってありかも・・・」「こんな風になるんだ・・・ちょっと新鮮・・・」彼女は目を少しきょろっとさせた。

 そして、「試してみますか・・・?」と私に向かって尋ねた。一瞬ためらったが、女主人からナイフを受け取って、「それ」を一口分皿の上で切り取った。



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