2015/8/11

3252:奥多摩湖  

 御岳駅そばのセブンイレブンで休憩をした後、奥多摩湖に向けて走り出した。古里を過ぎて少し行くと「将門」という少し勇ましさを感じさせる名前の交差点を左へ入っていった。そして、「城山トンネル」という新しいトンネルの中へ入っていった。新しい道とトンネルにより、従来よりも快適な走りができるようになった。

 目指すは奥多摩湖の小河内ダム。そこに到達するまでにはいくつかのトンネルを通過していく。いつもはトンネルを通過していくたびにスピードが上がり、バトルモードに切り替わっていく。

 しかし、今日はこの上りの前に「激走」してしまったので、脚が実に心細い状態になっていた。中盤からリーダーが先頭を引いてくれた。

 速すぎず、緩みすぎない絶妙のスピードで引いてくれたので、それにしっかりと付いていった。いくつかのトンネルをやり過ごしていくと、やがて小河内ダムの設備が見えてきた。

 今日の奥多摩湖への上りはバトルモードではなく、トレーニングモードで上がった。上り切った後、奥多摩湖を背景にしてKUOTA KHANをパチリとした。

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 湖面は穏やかで美しいグリーンであった。空は青く、山々はその濃淡の差で遠近を表していた。気持ちがすっとする景色である。

 4名のメンバーで恒例の記念撮影をした。リーダーのスマホをコンパクトな三脚でロードバイクに固定して、リモコンのスイッチを操作して撮影する。

 そうしていると、絶好のタイミングで山梨方面から走ってきたメンバーが到着した。ドンピシャという感じのタイミングである。

 改めて合流したメンバーを加えて、記念撮影を済ませた。木陰の休憩コーナーで座って、談笑・・・話題は今日の昼食休憩のことになった。

 先週はパスタ・・・先々週は豚丼・・・普段はコンビニで済ませる昼食休憩であるが、ここのところグルメライドが続いていた。

 その流れを切らさないために、帰り道にある「担々麺 杉山」に寄りましょうという話となった。ここは担々麺の専門店。実に美味な担々麺を出してくれる。

 5名となったメンバーは「担々麺 杉山」を目指して、走り始めた。朝のうちは涼しく感じた天候もその頃には、しっかりとした夏の気候になっていた。

2015/8/10

3251:習性  

 「この展開はまずいな・・・」

 スピードの上がった4両編成のトレインの先頭を引く段になって、そう思った。少し前にトレインの右脇を通り抜けていったロードバイクは前方に小さく見えていた。

 チームではヒルクライム重視の走りをする。上りが待っているので、峠までの走りにおいては脚を温存する。ヒルクライムを終えた帰路ではスピードが上がることはあるが、行きの平坦路で目一杯に走ることは滅多にない。

 しかし、今日は4両編成という軽快さ故か、あるいは今日の上りは奥多摩湖への緩めの上りという安心感からか、ずっと流れが速めであった。

 そして、こういう展開の場合、ローディーの習性からすると、前を行くロードバイクの重力に引っ張られるパターンである。

 別に前を行くロードバイクを追いかける必要性は微塵もない。さらっと追い抜かれたからといって、いちいちその後ろを追いかけていたのでは、体も疲れてしまう。

 しかし、NとSが引きあうように、ロードバイクには磁力がある。後ろを行く場合、実力差やスピード差がそれほどない場合、大概引っ張られるのである。 

 「お魚くわえたどら猫」を「サザエさん」がついつい「裸足で」追いかけてしまうように、私も、ついつい前を行くロードバイクを追いかけてしまった。裸足ではなく、足にはSIDIのシューズをちゃんと履いてはいたが・・・

 フロントのギアをアウターへ入れた。ぐっとペダルの踏み応えが増した。道は緩やかな上り基調である。スピードは時速35kmを超えはじめた。

 「和田峠」や「顔振峠」のような激坂では、強烈な足枷となる70kgの体重がこういう時にはしっかりとした味方になる。

 一旦スピードに乗せてしまえば、慣性の法則が強く働くので、体重が軽いメンバーに比べて、高速巡航するのは楽である。

 前を走っていたローディーの背中は徐々に近づいてきた。間合いを詰めすぎないように注意しながら、一定の間合いをキープし続けた。

 サイコンのスピード表示には「35」「36」「37」といった数字が見え隠れしていた。「ちょっと、大人げないかな・・・」と頭の片隅では思ってはいたが、「これは習性・・・習性・・・今日のメンバーなら大丈夫・・・きっと・・・」ともう一方の脳の領域で思い直していた。

 その緊迫関係は、御岳駅の近くのセブンイレブンで休憩を入れるまで続いた。セブンイレブンの駐車場の片隅にKUOTA KHANを立て掛けた時には、全身から汗が流れていた。まるで一つの峠を上り切った時のように・・・

2015/8/9

3250:空気感  

 「全く違う・・・爽やかと言ってもいいな・・・今日は楽かも・・・」

 すぐにそう思った。朝の7時すぎにKUOTA KHANに跨って自宅を後にした時、体に感じる空気の感触が、先週や先々週のロングの時と全く違っていた。

 先週は「顔振峠」、先々週は「和田峠」と激坂にチャレンジした。その厳しい斜度にも苦しめられたが、それ以上に酷暑に苦しんだ。

 しかし、今日はそれほどの酷暑になる感じではなかった。それなりに暑くはなるであろうが、酷暑というほどのものにはならないような気がした。

 爽やかさすらも感じる空気感のなか、集合場所であるバイクルプラザへ向かった。今日の参加者は4名と少なかった。お盆休みの帰省などで都合がつかないメンバーが多かったのであろう。

 目的地は奥多摩湖に決まった。帰省で松本にいるメンバーが柳沢峠を越えてこちらに向かっているので、奥多摩湖で出会う計画である。

 奥多摩湖への上りは緩やかである。バトルになると高速バトルになる可能性もあるが、2週続けて激坂だったので、「今日は暑さも斜度も緩めだから、楽だろう・・・」と心の片隅で思った。

 4両編成という短く軽い列車は、その軽快さを活かして、スムーズにコースを進んだ。旧青梅街道、岩蔵街道を平均時速30km程といつもよりも速めのスピードに乗って進んでいった。

 圏央道を潜ってちょっと行った先の「今井馬場崎」の交差点を左折して青梅方面へ向かった。青梅駅前の商店街の通りを抜けていく頃から、薄曇りの空模様から、晴天に変わり始めた。

 太陽が出るようになるとさすがに暑くなってくる。JR青梅線にそって西へ向かった。西へ向かっていくにしたがって風景も変わっていく。

 しばし、平均スピード時速30km程で進んでいると、とある場所でその右側を「ぎゅん・・・!」という感じで抜いていくロードバイクがあった。

 若い男性が単独で走り抜けていった。時速は35〜40kmほどのスピードが出ているようであった。4両編成のトレインを抜いていくと、すっとその背中は遠のいていった。

 道はほぼまっすぐに続いている。その背中は小さくなったが、しっかりと視界の中にポツンと存在していた。

 4両編成の列車のスピードが上がった。私は2両目に組み込まれていた。平均速度は30kmを超えていった。私は先頭を引くメンバーの背後にぴったりと張り付いていて、空気抵抗を抑えていた。ややあってから、先頭交代の合図があって、私が先頭を引く番になった。

 「この展開は、まずいな・・・こういう展開だと行きつく先は・・・きっと・・・」頭の中では、ちょっとした危惧感が沸き起こった。

2015/8/8

3249:美術館  

 2泊3日のささやかな家族旅行は、あっという間に最終日を迎えた。最後の日はあくせく観光をしないで、のんびりと過ごしたかった。

 温泉旅館らしい純和風の朝食の後、ラウンジでコーヒーを飲みながら、綺麗に整備されている庭園を眺めていた。

 帰りの北陸新幹線「かがやき」は午後1時半に金沢を発つ。それまでの時間をどのように使うか・・・それほど時間に余裕があるわけではないが、レンタカーを返す前に一箇所だけ、立ち寄りたいところがあった。

 それは金沢駅からほど近いところにある「金沢21世紀美術館」である。伝統の街「金沢」にある現代美術を集めた美術館である。「金沢」と「現代美術」の組み合わせは、ちょっとしたミスマッチに感じられる。それだけに意外性があり、際立った存在感を放っているように感じられる。

 現代美術というと、意味不明で理解不能といったマイナスイメージが付きまとうが、この美術館に展示されている作品には、観る者にストレートに驚きと楽しさをもたらしてくれるものが多い。

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 外から見るとプールの中に人が沈んでいるように見えて、逆にプールの中からは水面の向こうに揺らぐ人影が見える作品が人気を集めていた。

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 また天井に開けられた四角い空間から空を眺めるだけっといった、簡素にして禅問答的な作品も面白かった。

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 そして、「開かれた美術館」というコンセプトのもとに設計されたこの美術館の建物自体が、繊細にして優美な造形美を誇っていて、優れた美術作品のようであった。

 ひと時、異空間と清澄な時間を堪能した。その後、レンターカーを返却して、金沢駅へ向かった。北陸新幹線「かがやき」の車体は今風のノーズが細長い形状をしている。高速で走るうえでの空力を考慮しての造形であるが、優美さが感じられる。

 「かがやき」は、先代のクワトロポルテをデザインした奥山清行がデザインを監修した。この流麗な車体は、「金沢21世紀美術館」で見てきた現代美術作品に負けず劣らず、美しく力強い「作品」であった。

2015/8/7

3428:禅寺  

 「兼六園」と「ひがし茶屋街」という、金沢を初めて訪れた観光客の大半が訪れる観光名所を訪ねた後、山代温泉へ向かった。

 予約していた宿は「森の栖(すみか)」。最近リニューアルオープンしたこの旅館は、とても美しい建物と庭園と内装が魅力であった。

 夜には効果的なライトアップが施され、一種幻想的とも思われる光景を提示してくれる。和のテイストを基本としながら、モダンな造形美や家具が随所に散らばっていて、心豊かに落ち着かせてくれる。

 料理はとても手の込んだもので美味しかったが、こういった温泉旅館で出される懐石料理の域を出るものではなく、特別な感慨をもたらすものではなかった。

 お風呂も清潔で美しかったが、特に際立ったものではない。ここは、食事もお風呂も軽めに済ませて、いくつかあるラウンジでゆったりとしたサイズのリクライニングチェアに腰を掛け、ライトアップした庭園を眺めて、のんびりとした時間を過ごすのが正解であろう。

 2日目は、お隣の福井県まで足を延ばした。まず向かったのは「東尋坊」。東尋坊と言えば「自殺の名所」でありかつ「火曜サスペンス劇場」のラストシーンでも有名である。

 そのため、ちょっと暗めの印象を持ちがちであるが、晴天の青い空と海を背景にそびえたつ断崖絶壁には、そういった暗いイメージはなかった。
 
 これが曇り空でもっと寒い季節であったりすれば、また印象は大きく変わったかもしれない。一通り散策して遊覧船にも乗った。

 自然が意図することなく創り出した造形は雄大で、何かしらの意志が働いているのではと思ってしまうほど一種芸術的であった。

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 山盛りの海鮮丼で昼食を摂ってからもう一つの観光名所へ向かった。向かった先は「永平寺」である。

 道元が開いた永平寺は曹洞宗の大本山。到着する前に雨が降ったようで石畳の道は濡れていた。その雨のおかげか、空気は幾分涼やかなものに変わっていた。

 靴を脱いで、修行僧の説明を受けた。その後、左側通行で参拝コースに沿って、いくつかの建物を見て回った。

 今も180名もの修行僧が修行している禅寺でもある永平寺では、廊下などで何度か修行僧とすれ違った。修行僧には話しかけたり、写真撮影をすることは禁じられている。修行僧は皆、静かではあるが足早に歩いていた。

 雲間から幾筋かの太陽の光が降り注いでいて、それらに照らされたいくつもの伽藍や巨大な木々が荘厳な雰囲気を醸していた。

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 福井県を代表する二つの観光名所を訪れてから、レンタカーを宿に向かわせた。帰り道、私以外の3人はほとんど時間、熟睡していた。一刻も早く宿に戻って、温泉で体を休めたかった。

2015/8/6

3427:金沢  

 金沢の名所と言えばまず一番最初に名前が上がるのが「兼六園」であろう。加賀藩により金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする回遊式庭園である。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられる。

 今週は一足早い夏休みを取って金沢に家族旅行をしてきた。朝の7時半に東京駅を出発した北陸新幹線に乗って、快適にやってきた金沢駅から一番最初に向かったのは、その「兼六園」である。金沢駅から車でほどないところにある「兼六園」はとても広い庭園であった。

 金沢は東京と同様に暑かった。4人全員が日傘をさして、さらにできるだけ日陰を選んで園内の道を進んだ。

 手入れが隅々まで行き届ていて、幾つもある池が涼しげな風景を提示してくれてはいたが、暑さで顔が火照ってくる。園内の地図を見ながら、最低限のコースを辿ることにした。

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 園内には日本最古と言われる噴水があった。もちろん電気などのない時代・・・噴水より高い位置にある霞ヶ池を水源とし、池の水面との高低差を利用した自然の水圧で吹き上がっているとのこと・・・水の高さは通常約3.5mあり、霞ヶ池の水位の変化によって変わるようである。先人の技術レベルの高さに驚かされる。

 昼食をはさんで午後は「ひがし茶屋街」へ向かった。ここは京都の祇園のような風景が広がる。しかし祇園のような敷居の高さはなく、より親しみ易い雰囲気が漂っていた。
 
 石川の伝統工芸品や九谷焼などのお皿、金箔の化粧品などの店が並び、喫茶店のような店もある。3対1で女性が優勢な我が家は、女性陣の口から発せられる「ここ見よう・・・」「ここも入っていい・・・?」といった言葉が途切れることがないため、なかなか前に進まない。それほど広いエリアではないのに、たっぷりと時間をかけて見て回ることとなった。

 さすがに疲れてきたので、町家を改装した風情ある喫茶店に入って休んだ。頼んだかき氷に心和ませて、店内を見渡すと、細長い町家づくりの古い家屋を上手く使っている。古いものに新しいものが加わり、快適空間を形作っていた。

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2015/8/5

3426:蘇生  

 顔振峠、東峠と上り、正丸峠などに行った帰りのいつものルートにたどり着いた。いつもと違っているのは、その二つの峠の上りで脚を使い切ってしまったことと、恐ろしい酷暑であった。

 その二つの差異は私の体に大きくのしかかっていた。エンジンはうるさめの稼働音を響かせて、ぶるぶるとした振動をハンドルに伝えてきてはいるが、出力とトルクを十分に発揮してはいなかった。

 エンジンの温度計は適正な水準の範囲を超えるエリアを指し示していた。オーバーヒートであることは明白で、本来であればエンジンを止めてその温度が下がるのを待つべき状態であった。

 そんな調子で挙動が少しおかしいまま、山王峠の上り口に達した。上り距離は短い。しかし、斜度はしっかりとある。

 一人のメンバーが加速し始める。それを合図に数機がスクラブル発進していく。悠然と飛び立っていく、それら数機の後姿を眺めながら、私はクランクをじっとりと回し続けた。

 いつも目にする風景とは違っている。アクセルを踏み込んだが、エンジンの反応はいたって鈍い。その稼働音と振動はどこかに大きな欠陥が生じていることを如実にうかがわせるものであった。

 離陸に十分な出力とトルクを絞り出せぬまま、山王峠の頂上に達した。重力に任せて山王峠を下りきっても不具合は良い方向へ向かうことはなかった。

 他のメンバーにもその挙動がおかしいのが分かってしまった。「大丈夫ですか・・・」と声をかけてもらった。

 「大丈夫です・・・」

 と力なく返答したが、どうやらオーバーヒートであることは明白であった。淡い白煙がエンジンルームから漏れ出ていた。

 もうすぐ笹仁田峠に達するほんの少し前でのことであった。一人のメンバーのロードバイクがパンクした。

 少し後方に木陰のエリアがあったので、そこでパンク修理を行うこととなった。私はKUOTA KHANを道端において、そのすぐ脇に座り込んでしまった。

 そこは木々が恵み豊かな木陰を作ってくれていて風も通っていた。私は座り込んでじっとしていた。パンク修理はタイヤブートが必要な種類のもので少し時間がかかっていた。

 エンジンの温度を示すメーターの赤い針先はゆっくりと左方向へ向けて傾いていった。そしてパンク修理が終わる頃には適温を示す範囲に収まっていた。

 軽くアクセルをふかしてみた。先ほどとは違うスムースなエンジン回転である。そのエンジン音はBMWのシルキーシックスかと思われるほど滑らかで力強く感じられた。

 「復活しました・・・」私はそう告げた。パンクしたメンバーには申し訳ないが、このパンクは私にとっては「天恵」であった。私はこの涼しい木陰でのしばしの休息によってすっかりと蘇生した。

 「さっきまでは軽い熱中症であったのかもしれない・・・」

 そう思いながら、笹仁田峠へ向かって走り出した。峠と称するほどのものではない笹仁田峠の緩やかな上りを、序盤から加速していった。左手にゴルフ練習場が見えてくるあたりでさらにギアを上げてスピードを30km以上にもっていった。最後はダンシングでスパート・・・

 蘇生したエンジンは快調であった。私には最後のシルキーシックスと呼ばれるE34 535iに搭載されていたM30エンジンのようにすら感じられた。

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2015/8/4

3425:スパート  

 顔振峠を上り終えてから、近くの隠れ家的なイタリアン・レストランで昼食休憩をとることになった。

 普段は帰り道のコンビニで昼食をとることが多いが、先週の「駿河」での豚丼に続いての「激坂+グルメ」ライドとなった。

 顔振峠の頂上から少しばかりいったところにある「ベラヴィスタ」には、まだお昼には時間が少し早かったので他のお客さんはいなかった。

 テラス席を占領して、そこから見える雄大な景色とともにパスタを味わった。ここのテラス席は急斜面からテラスが突き出したような感じになっているので、ちょっとした空中浮遊感が味わえる。

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 グルメの後は再びライドである。顔振峠を下っていき、途中の分岐点で上ってきた道から外れて、東吾野方面へ下っていく道を選択した。下りきって「東吾野駅」でトイレ休憩を済ませた。

 駅のすぐ脇の踏切を渡り、「東峠」へ向かった。この峠は年に1,2回上る。上りは2kmほどでそれほど長くはないが、すでに顔振峠を上ってきた脚には負担は大きい。

 序盤は穏やかな雰囲気で上っていった。「もしかして、バトルなしの平和的な上りで終わるかも・・・」と心の中で多少の期待感を込めて思っていたが、だんだんと先頭集団のペースは上がっていった。

 やがてペースは完全なるバトルモードにまで達した。リーダーが先頭を引き、3名が付いていった。さらにぺースが上がって一人が遅れた。私ともう一人のメンバーが遠ざかりつつあるリーダーの背中を追った。

 巡航できる目一杯の負荷で2台のロードバイクは並走していた。「スパートをどこでかけるか・・・もうすぐ頂上のはず・・・確か左カーブを過ぎれば、頂上だった記憶がある・・・」そんなことをぼんやりと考えていた。

 すると前方に左カーブが見えてきた。「ここか・・・あそこを曲れば、すぐが頂上のはず・・・」うろ覚えの記憶に従って、スパートをかけた。

 並走していたメンバーを引き離し、先頭を行くリーダーの背中に迫っていった。しかし、やがて重大なことが判明した。

 峠の頂上はすぐそこではなく、まだずいぶんと先であった。さらに2度ほどカーブを曲がらなければ頂上には達しないという現実が、否応なく突きつけられてしまった。

 「しまった早まった・・・スパートするタイミングを間違えた・・・」

 そう思った瞬間、私の脚の乳酸飽和点は一気に瓦解した。ペースがガクンと落ち、近づいていたリーダーの背中は再び遠のき、後方からはしっかりとペースをキープしているメンバーにするっとかわされた。

 早すぎたスパートの顛末はほとんど例外なく辛いものである。ひいひいの態でどうにか東峠の頂上に達した。

 この東峠の上りは、顔振峠の激坂上りで疲弊していた体に深刻なダメージを与えたようである。東峠を下り、平坦路を進む段になっても、体の疲労度は増すばかり、猛暑はその疲弊した体を容赦なく包み込んだ。

 「軽い熱中症であろうか・・・脚が重い・・・体が言うことをきかない・・・」

 帰路にはまだ「山王峠」と「笹仁田峠」が待ち構えている。よっぽどのことがない限りどちらもバトルに参戦する主義であるが、「もしかしたら今日は無理かもしれない・・・」と、少々朦朧とする意識のなかで、思った。

2015/8/3

3424:顔振峠  

 さすがに「激坂御三家」の一つに位置づけられている「顔振峠」である。上り始めてしばらくすると、厳しい斜度が早速迎えてくれる。

 その坂の急傾斜の角度に合わせるかのように、私の心拍数も急上昇していった。「160・・・170・・・180・・・」今日のリミットに設定していた「180」に達するのに、それほどの時間を要さなかった。

 峠道は静かである。時折野鳥の鳴き声が響いていたりする。その中を乾いた走行音をさせながら、10台のロードバイクは修行僧の行進のように寡黙なまま進んだ。

 斜度が厳しいので隊列はすぐに縦に伸びていった。私は先頭集団のしんがりあたりの位置につけていた。呼吸がいつものように激しいものに変わっていく。

 この呼吸音については、どうにかしたいと思ってもどうにもならない。他のメンバーで大きな呼吸音を発する人はいない。何かしら、呼吸系の機関に根本的な欠陥があるのであろうか・・・いつも不思議に思う。

 これでは先行するメンバーにそっと近づいていき、一気に抜くという芸当はとても無理である。近づいてきていることが激しい呼吸音ですぐにばれてしまうからである。

 サイコンの心拍数を睨みながら負荷を微調整していた。やがて先頭集団の4名との差が開き始めた。しかし、リミットに設定した「180」を守るようにしていた。

 リミットに設定した「180」を超えて走ると、多少体調が良くなってきたとはいえ、後半脚が売り切れることは明白である。多少差が開いても、無理をしないように上っていった。

 4名の先頭集団もいくつもの激坂ポイントを越えていくにしたがって、長く伸びていった。その集団を私ともう一人のメンバーが追うという展開である。

 顔振峠の上りは4Km弱・・・厳しい斜度はなかなか緩まない。メンバーの疲労度も後半へ入るとかなりの度合いに達し始める。

 前を行く4名のうち2名の背中は視界に捉えていた。その様子は後ろから見ていても、相当疲弊している様が窺われた。

 終盤には短い下りが挟まる。それからまた上るのであるが、それほどの厳しい斜度ではなくなる。そのエリアで前の二人に追いつくことは十分可能であると思われた。

 サイコンの心拍数は「180」に張り付いたまま。終盤に向けてもペースが大きく落ちることはなかった。

 短い下りに入りギアを一気に上げてクランクをしっかりと回した。スピードに乗せてごくわずかな時間勢いよく風を切った。

 下りでついた勢いで再度上昇していく峠道を進み、斜度が緩んだ道をスピードを上げて上っていった。前を走る2名のメンバーを抜いて、その先に視線を走らせた。
 
 前の2名の前にはさらに2名いるはずであるが、残念ながらその背中は視界には入ってこなかった。

 最後はお約束のスパートで駆けていった。頂上にある峠の茶屋の建物が見えた。この瞬間の開放感は一種独特なものである。

 特に「顔振峠」のような激坂系の峠の場合には、「やっと・・・終わった・・・上り切った・・・」という思いはより強くなる。

 峠の道標にKUOTA KHANを立てかけて、疲れた体を休ませた。汗は数珠つなぎに垂れて落ちていく。心拍数はすっと落ちていっているのであろう。呼吸も通常のものに戻っていく。

 しばし、そこで休んで後続のメンバーの到着を待った。皆厳しい斜度と暑さに参っていた。しかし、峠の頂上に達するとその苦しげな顔には一瞬笑顔が浮かぶ。きっと同じような開放感を味わっているのであろう・・・

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2015/8/2

3423:御三家  

 朝起き出して窓を開けた。思っていたよりも涼しい空気が入り込んできた。「先週のロングの時よりも暑くないかもしれない・・・」そんな淡い期待が心に湧き起こった。

 先週は「猛暑」のなかでのロングであった。帰り道では少し意識が朦朧とするかのような時間帯もあったほどである。

 しかし、テレビをつけて天気予報を確認すると「都心でも36度、熊谷では38度の予報が出ています。屋外での活動の際には熱中症に厳重に注意してください・・・」と伝えていた。

 「淡い期待はしない方がいいかも・・・」

 そう思い直してサイクルウェアに着替えた。7時になってからKUOTA KHANに跨って自宅を後にした。走り出した時には肌に感じる空気が先週よりも軽く感じられた。

 「先週の方が空気がもっとじっとりとしていたな・・・」

 多摩湖サイクリングロードは木陰エリアが多い。そのエリアをすいすいと走った。自宅から集合場所であるバイクルプラザまでは7km。先週よりも涼しげに感じられたとはいえ、その距離を走っただけで汗が流れ出した。

 「今日の目的地をどうするか・・・」チームメンバーで話し合った。その結果、目的地は「顔振峠」に決まった。

 「顔振峠」はチームのロングで行く峠のなかで、先週行った「和田峠」、年初に必ず行く「子の権現」と並んで斜度の厳しい「激坂」である。私は密かに「激坂御三家」と呼んでいる峠の一つである。

 10両編成のトレインを形成して、まずは飯能方面へ向かった。体調の方は先週、先々週と比べると少し良くなってきていた。7月は今一つ体調がすぐれなかった。当然調子の方も下降線を描くことが多かった。

 月が変わり8月となった。今月の30日には「乗鞍」の本番が待っている。そろそろ調子を上げていかないといけない状況である。

 「先週よりも湿度が少し低いのであろうか・・・暑いことは暑いのであるが、先週よりはましかも・・・」と思いながら、走っていった。

 途中で一度コンビニ休憩を入れて、「顔振峠」の上り口を目指して走っていった。国道299号線を走る頃には、太陽はその高さを増していて、その太陽光はより容赦のないものになっていた。

 真新しい「吾野トンネル」を抜けると、「顔振峠」の上り口に達した。普段は峠の上り口の前で一旦止まり休憩を入れることが多いが、今日はそのままの流れで上り始めた。

 「先週は体調が優れず上限心拍数を175に抑えて走ったが、今日は少し体調が良いので180まで上げていこう・・・」そんなことを思いながら上り始めた。



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