2015/8/31

3272:本番翌日  

 私にとって、年間の2大イベントの一つである「全日本マウテンサイクリングin乗鞍」が、あのような形で幕を閉じたことに対して、私はすっかりと落胆していた。

 昨日は走っていない。特に疲れるようなことはしていない。車の運転は、チームメンバーが行ってくれたので、私は後席で移動時間の多くを意識が遠のいた状態で過ごすこともできた。

 さらにまっすぐ帰るのではなく、松本市内にある浅間温泉の日帰り温泉施設に立ち寄って、天然温泉にもゆったりと浸かった。 

 表面的に見れば、多少の早起き以外は、のんびりとした観光に近い形で8月最後の週末を過ごしたことになる。

 しかし、今日はとても疲労していた。心の中にぽっかりと空いた穴から、体内のエネルギーが漏れ出しているような感じである。

 その穴を両手で抑えても、エネルギー漏れを止めることはできないかのようであった。時間がだらだらと経過していっても、その欠乏症状は改善されることがなかった。
 
 まあ、月曜日というのは、いずれにしてもエンジンのかかり具合は散漫になりがちではあるが、今日はすっかりとテンションが下がり切っていた。

 そんな、散漫でぼやけた状態の脳内で自問自答を何度か繰り返していた。

 「 たった7kmであっても、走った方が良かったのであろうか・・・欠落感は多少埋められたかもしれないけど、五十歩百歩といったところだろうな・・・」

 「この心の穴を埋めるにはどうすればいいのであろう・・・」

 「埋める方法はあるのであろうか・・・時間による解決を待つしかないのか・・・」
 
 「参加を検討しているグランフォンド八ケ岳に申し込んでみるか・・・」

 「でも、八ケ岳は八ケ岳だからな・・・やっぱり、走ってみるしかないか・・・」

 「ハンムラビ法典ではないけれど、目には目を・・・歯には歯を・・・だよな・・・」

 「乗鞍には乗鞍を・・・」

 頭の中には、そんな思いが行ったり来たりしていた。

 スケジュール帳をチェックしてみた。明日から9月である。9月のカレンダーを繰り返し眺めていた。スケジュール帳は仕事の予定が密度高く書き込まれていた。隅間を探した。

 「どうにかなるかな・・・」

 独り言をそっと呟いてから、スケジュール帳を閉じた。

2015/8/30

3271:本番当日  

 6人部屋としては、それほど広くない和室に、目一杯に六つの蒲団を敷いて、部屋の明かりを消したのは10時を過ぎた頃であった。

 本番当日の起床時間は4時半。皆、スマホでアラームを設定した。そのスマホのアラームが一斉に鳴り出す前の4時ごろに目が覚めた。

 屋根を叩く雨の音で目が覚めたようであった。その音は決して穏やかなものではなかった。この宿が古い木造で遮音がしっかりとなされていなかったからか、その音はすさまじく、朝一番の気分を大きく落ち込ませた。

 「雨か・・・これはどう考えても小雨ではないな・・・本降り、いやどしゃ降りに近い感じだな・・・」

 トイレに起き出して、小さな廊下の窓を半分ほど開けて外を眺めた。どしゃ降りの様子が目に飛び込んできた。

 「これは、予報よりもひどいことになっているな・・・」

 改めて、持ち出したスマホの天気予報のサイトを確認してみると、昨日の予報とは違い、傘マークがずらっと並んでいた。

 「距離が短縮されないといいけど・・・」

 そう思いながら、朝の5時に用意してもらっている朝食をメンバー全員で食した。思いのほかに強い雨に、メンバーのテンションは下がりがちであった。

 食事を済ませ、準備を完了したところで、車に分乗してスタート会場近くへ移動した。雨は降り続いていた。防寒着などを入れたリュックをスタート会場そばに停車しているバスに預ける必要があるので、リュックを担いで、傘をさして歩いた。

 すると、開催については本部で検討中との情報が入ってきた。上のほうは相当な雨になっているようである。レースの開催そのものが中止となる可能性もあるようであった。

 とりあえず、指定された番号のバスにリュックを預けた。そして、ロードバイクの準備をするために、車に戻るために歩いて戻っている時であった。距離を20.5kmから7kmに短縮して開催することが決定されたとの、情報が入った。

 「7km・・・」

 その距離の短さに皆唖然とした。

 「たった7kmか・・・この雨の中、ずぶ濡れになりながら走る価値があるのか・・・?」

 皆の表情が曇った。

 「どうします・・・?」

 「どうしよう・・・走る意味があるのか・・・?」

 「撤退しますか・・・?」

 しばし、11名のメンバーの間で話し合った。結論は「撤退」。雨は止みそうにもない。7kmであれば、普段のロングで上る峠とたいして変わらない。路面は相当濡れているし、パンクや落車のリスクも高くなる。もちろん体もロードバイクもびしょ濡れとなる。

 バスに預けたリュックを取りにUターンした。リュックを担いで、車に戻った。気持ちはすとんと落ちた。昨日からの緊張感は軽い虚脱感にすり替わった。

2015/8/29

3270:本番前日  

 いよいよ「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」の本番前日となった。朝の5時半に近くに住むメンバーが車で迎えに来てくれた。

 KUOTA KHANを分解して、スバル フォレスターに積み込んで、集合場所であるバイクルプラザを目指した。

 天気は微妙である。小雨がぱらついていた。スマホで確認する現地の天気は曇りや雨といったもので、今日も明日もほぼ同じような感じである。

 国立・府中インターから中央道に乗った。大きな渋滞はなく、スムースに車は進んだ。途中双葉SAで休憩を入れてから、松本インターで高速道路を降りた。

 電車で来るメンバーと途中のコンビニで合流して、受付会場を目指した。ちょうど運良く受付会場のすぐ近くの駐車場に入ることができた。

 受付開始までには時間がまだあったので、数多く出店しているメーカーや代理店のブースを見て回った。LOOKやTREKといったメーカーの最新のロードバイクが展示されていた。その近未来的な造形はやはり目を引くものであった。

 雨はちょうど上がっていた。路面は濡れていたが、少し足慣らしに走りましょうということになり、サイクルウェアに着替えて、ロードバイクにまたがった。

 そして、隊列を組んでゆっくりとしたペースで走り始めた。気温は低め。少々肌寒い。空には灰色の雲が張り付いていて、山は靄に覆われていた。

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 雨に洗われて空気は澄んでいた。木々に覆われた道は実に静かである。道はうっすらと濡れていた。

 軽めの足慣らし練習を済ませてから、受付をした。記念品をもらって再度車に分乗して、宿に向かった。

 明日の天気はどうであろうか・・・?降っても小雨程度であれば良いのであるが、まあ、こればかりは運を天に任せるほかないであろう。

 晴れることはなさそうである。曇りで小雨がぱらつく程度というのが、今日現在の予報といったところ。その通りであれば、昨年や一昨年のように、悪天候で距離が短縮されることはないであろう。

 Mt.富士ヒルクライムに引き続き、乗鞍でも90分切りを達成したい。そして、できることならMt.富士ヒルクライムでの今年のタイムと同様に1時間26分台のタイムが出るといいのであるが・・・どうなることであろうか。

2015/8/28

3269:A7  

 最初にSONY PS-2510のターンテーブルに乗せられたのはフランスのプログレッシブロックバンドEtron Fou Leloublan のセカンドアルバム「 Les Trois Fous Perdégagnent」であった。このA面の1曲目がオープニングとなった。

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 この曲が実にかっこ良かった。ちょっとフリージャズ的な要素も取り入れていたが、一捻りいや二捻りほど捻った疾走感が独特の爽快感をもたらしてくれる。

 「これは、良いですね・・・」

 そうふと呟くと、Tさんは妙に嬉しそうな笑顔を見せた。

 「エトロン・フー・ルルーブランの曲を良いというのは、相当な許容力がありますね・・・結構ディープなものも大丈夫ですね・・・ほとんどの人は、こういうのは、まず受けつけないんですよ。じゃあ、ファーストアルバムもいってみますか・・・A面の1曲目で・・・冒頭のアコースティックギターの独奏が最高ですよ・・・」

 そう言って、Tさんはレコードを入れ替えた。こちらも極めて印象的な曲である。曲は理知的な構成を次々に打ち破る破天荒な展開で進みながら、どこかしらユニークで、詩的でもある。

 「これはパクチーのような味わいですね・・・癖のある味ですが、一度入り込むと、抜け出せない旨みがあります。」

 Tさんの破顔振りは、少々見ものであった。よっぽどいままで孤独であったのであろうか・・・

 「エトロン・フー・ルルーブランはやはりファーストとセカンドが素晴らしいです。その後も何枚がアルバムを出しているのですが、1976年のファーストと1977年のセカンドです・・・その後は年を追うごとにクオリティというか鮮度感が落ちていきます。」

 「次はどうしますか・・・エトロン・フー・ルルーブランはちょっと立て続けに聴くと、少し疲れるでしょから、一気に爽快感満載のスティーヴ・ティベッツで口直しをしますか・・・これは1977年のファーストアルバムです。ギターのほとばしるような演奏が、気持ち良いんです・・・」

 スティーヴ・ティベッツは、広々とした大地や風の吹き渡る荒地といった独特な情景を連想させる音楽である。

 「では少し遡ってMandrake Paddle Steamer の『Strange Walking Man』でもかけてみましょう・・・これは1969年に出たシングル盤です。ちょっと初期のピンクフロイドを思わせるところもあります。シド・バレットがいた頃のピンクフロイドです。少しサイケが入っています・・・」

 マンドレイク・ペダル・スティーマーは確かに1960年代から1970年代に移り行く時代そのものを色濃く表出しているように感じられた。一般的はほとんど知られていないバンドであり、曲であるが、隠れた名曲と呼ぶにふさわしいできである。

 1970年代のSONY PS-2510、ONKYO A7、OTTO SX-441/Uという組み合わせにより構成されたオーディオシステムは実に良い色合いでこれらのレコードを奏でてくれる。特にオーディオ的に突出したものは全くないのであるが、出しゃばらない感じで自然である。

 40年という時間の経過を経て、Tさんの音楽の好みにすっかりと馴染み順応しているからなのか、不足感がなく、穏やかな心持ちで音楽を聴くことができる。やましさのようなものが微塵も感じられない。

 次にかかったのは、Syd Barrettの「Barrett」。ピンクフロイドを離れた彼のソロアルバムである。後に狂気に走る彼の研ぎ澄まされた神経の揺れが感じられる。

 その後もCAN、GONG、CLUSTER、Van der Graaf Generator、Soft MachineのLPがSONY PS-2510のターンテーブルに乗った。

 SONY PS-2510、ONKYO A7、OTTO SX-41/Uはいずれも1970年代の製品である。どれもとてもしっかりとした製品である。ONKYO A7のノブなどに触れると、この時代のオーディオ機器独特の重厚な手応えが指に伝わってくる。触れることそのものが悦びに直結するような質感を享受することができた。

 Tさんのお宅での数時間は、とても濃い時間となった。一つの閉ざされた理想郷のような空間がぽっかりと存在していたことが、懐かしく、そして嬉しくもあった。

2015/8/27

3268:タイムトリップ  

 Tさんとは中野坂上にある喫茶店「Mimizuku」で知り合った。きっかけは店に置いてあるSONY製の古いラジカセである。

 私がいつものようにカウンター席に座って、故人であるマスターが残したミュージックテープのコレクションから1本を選んで、SONY製のラジカセで音楽を聴いていた。

 その時に2人掛けのテーブルに座っていたTさんが声をかけてきた。年代的に私とほぼ同じであるTさんにとっても、1970年代に製造されたそのSONY製のラジカセはとても懐かしいものであったようである。

 それ以来、店で何度か出会った。そのうち、Tさんが古い日本製のオーディオを持っていて、たいそうな数のレコードをコレクションしていることを知った。

 「一度聴かせてください・・・私も古いオーディオが好きで、レコードばかり聴いているんです・・・」

 「そうなんですか・・・古いってどのくらいの時代のものなんですか?」

 「私の場合、1950年代までさかのぼってしまうので、古いというかもはや骨董品の領域でしょか・・・TANNOYのスピーカーに、MARANTZのアンプです。レコードプレーヤーはTHORENS・・・いわゆるビンテージオーディオですね・・・」

 「相当のこだわりのシステムなんですね・・・私の場合は若い頃にどうにかこうにか手に入れたオーディオ機器を故障しても直して根性で使っているだけのものです・・・その当時は、心躍る存在だったのですが、今となってはあまりにも長い付き合いなんで、手放すことが考えられないという感じです。特にこだわっているわけではなく、ただずっとそこにあって音を出し続けているんですね・・・」

 レコードの話にもなった。TさんのコレクションはROCKのレコードが多いようで、メジャーで多くの人が知っているアーティストではなく、かなり前衛的でマイナーな存在のアーティストのものが多いようである。幾つかのアーティストの名をTさんの会話の中で聞いたが、半分くらいしか知らなかった。

 「1970年代の前衛的なROCKは実に面白いんです・・・とても混沌とした時代の空気を反映してか、摩訶不思議でスリリングです。GONGの『YOU』なんかが代表格でしょうか・・・」

 「なんとなく雰囲気が分かりますね・・・GONGやCANやCLUSTERなんかが、あの時代の最前線って感じでしたからね・・・私は中学生の頃、NEUなんかもよく聴いていました。」

 「そうでうすか・・・実にマイナーな世界なので、こういった話をできる人間ってほとんどいないんですよね・・・家族からは、全く相手にされないし・・・じゃあ、一度いらして下さい。オーディオはどうでもいいようなものですが、レコードは珍しいものがいっぱいあります・・・」

 そういった話の流れで、Tさんのお宅を訪問した。涼しい気候であったので、Tさんはホットコーヒを出してくれた。

 ホットコーヒーは、お世辞にも美味しいものではなかったが、それを口にして1970年代のオーディオ機器を眺めていると、何とも言えないタイムトリップ感を感じた。40年という時間がすっと巻き戻っていくような感覚であろうか・・・

2015/8/26

3267:OTTO  

 「本当に8月であろうか・・・?」と訝しく思うほど涼しい一日であった。思わず長袖を着込んだ。仕事をきっかり5時に切り上げて、とある場所へ向けてVW POLOを走らせた。

 VW POLOは、イグニッションキーを差し込んで右へ回すと、その1.2L直噴エンジンが軽やかに吹き上がる。Mercedes-Benz E350 BLUETECの3.0Lディーゼルエンジンに比べるとはるかに軽やかで静かなエンジン音である。

 45分ほど走って、教えてもらった住所の近くに到達した。東京郊外の住宅地は道が細くなっていた。ようやく目的の家を見つけることが出来た。
 
 「家の前なら駐車していても、大丈夫ですよ・・・」

 とTさんから言われていたので、その家の前にPOLOを停めた。そして、呼び鈴を鳴らした。一度押すと、3度ほどチャイム音が響いた。

 玄関から顔を出されたTさに促されて、家の中へ・・・一方の壁がレコードで埋め尽くされた部屋に案内してもらった。部屋は広く10畳ほどはあったはず。

 部屋の中はレコード特有の匂いで満たされていた。入口から見て左側の壁には作り付けの棚があり、そこにはびっしりと隙間なくレコードが保管されていた。

 レコード棚がある壁の反対側の壁にはオーディオのセットが置かれていた。オーディオ機器は全て日本製で、相当な年代ものである。

 スピーカーはOTTO SX-441/U。プリメインアンプはONKYO A7。レコードプレーヤーはSONY PS-2510。Tさんに説明を受けたが、どれも初めて見る物ばかり・・・

 「オーディオはご覧のとおり、どれも古いものなんです。1970年代のものですから、40年ほど経っていますかね・・・何度か修理をしているんですけど、どれもしっかりと働いています・・・」

 と、Tさんは微笑んでいた。

 OTTO SX-441/Uは木製のスピーカースタンドに乗せられていた。2本のSX-441/Uの間には、YAMAHAのGTラックが置かれていて、そこにSONY PS-2510とONKYO A7が設置されていた。

 SX-441/Uはキャビネットに天然木と思われる突板が奢られていて、綺麗である。サランネットからはユニットが透けていてその存在が窺える。2ウェイのようである。

 OTTOは三洋電機のオーディオブランド。どちらかというとマイナーな存在のブランドであった。そのブランド名は「音」からきているのであろうか、あるいは驚いた時に発する「おっと・・・」からきているのであろうか・・・

 SONY PS-2510はがっしりとした木製キャビネットを持っている。この時代の日本製のターンテーブルらしくダイレクトドライブ仕様である。

 ONKYO A7はスイッチやノブが整然と配置された美しいプリメインアンプ。躯体もしっかりとした感じで、きっと手に持ったらずしっと重いのであろう。

 日本にとって「良き時代」と評すべき1970年代のオーディオ機器で構成されたシステムからは、どのような音が聴けるのであろうか・・・

 「オーディオの方は全然気にかけていないんです・・・まあ、音が出ればいいという感じですかね・・・」

 と、Tさんは話されていたが、個人的には興味がするすると引き出されてしまう。1970年代において、このシステムはきっと眩しいくらいに輝くものであったに違いない。

2015/8/25

3266:みとうだんご  

 都民の森の駐車場には売店がある。そこの名物はカレーパンと焼き団子。大概はカレーパンを選択するのであるが、今日は「たまにはこっちもいいかな・・・」と思い、焼き団子を選択した。

 「みとうだんご」と命名されている団子は、結構大振りで食べ応えがある。串に刺された大きめの団子は炭火で焼かれる。

 これに、あまからしょうゆかくるみ味噌だれのどちらかを選択して付けてもらう。団子は炭火で焼かれているから、周囲はうっすらと焦げ目がついてカリッとしているが、内側はふっくらとしてもちもちの食感。値段は1本300円。これと冷たいほうじ茶があれば、ひと時の悦楽を享受できる。

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 恒例の記念撮影を終えて下りの準備を始めた。今日は8月としては気温は低い。標高が高いこの場所は更に気温が低い。小雨で濡れた体で下ると下り始めは結構寒いはず。用意していたウィンドブレーカーを着こんだ。
 
 路面が濡れているので慎重に下っていった。下りで強い風を受けるとやはり寒かった。どんどん下っていき標高が下がってくるに従って、その寒さは和らいでいった。

 橘橋の交差点を右折して下り基調の檜原街道を走る頃には暑くなってきた。檜原街道を走り終え武蔵五日市駅の前を右折して睦橋通りを進んだ。

 8月の睦橋通りと言えば、灼熱地獄というイメージしかないが、今日は少々勝手が違った。自身の体からも発熱するので暑いことは暑いが、十二分にやり過ごせる程度である。

 激しいヒルクライムによって体には疲労成分が随分と蓄積はしている。しかし、8月としては涼しい気候に助けられて、疲労困憊という感じではなかった。

 「乗鞍」本番まで1週間・・・調子の方は普通という感じであった。決して悪くはない。と言って絶好調というわけでもない。まずまずである。「富士」に続いて「乗鞍」でも90分切りは可能なような気がしている。トラブルさえなければ・・・

2015/8/24

3265:坂バトル  

 3頭のシベリアンハスキーに見送られて都民の森に向かってリスタートした。しばらく行くと、檜原村役場が右手に見えてくる。

 「村役場」という言葉からイメージするよりもはるかに立派な建物である檜原村役場を過ぎると、すぐ先にT字路の交差点が見えてくる。

 その交差点を左折した。道標には「都民の森 21km」と表示されている。ここからしばらくは上り基調のアップダウンが続く。

 数馬までは一定のペースを維持して集団で上る。数馬で一息入れてからゴールとなる都民の森駐車場までは出力全開でのバトルエリアとなる。

 アップダウンが繰り返し現れてきて、徐々に標高が上がっていく。数馬に着くころには脚にはかなりの量の疲労成分が蓄積された。

 数馬で一息入れた。ここから5km程は、心拍数をぐっと上げることになる。「今日は175〜180までの間に納まるように調整しよう・・・」そう心に決めてから、リスタートした。

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 心拍数を早い段階でそのエリアに誘導するため序盤から徐々にペースを上げていった。サイコンに表示される心拍数は負荷の上昇に伴って上がっていく。

 やがて心拍数は170を超えてきた。呼吸も余裕のないものになってくる。1Kmを過ぎたあたりからは175に近づいてきたので、ペースを固定した。

 それほど速いペースではない。この巡航ペースで前半をこなす。やがて3名の先頭集団がペースを上げて前に出ていった。

 大きく離されない程度に負荷を調整しながらクランクを淡々と回し続けた。先頭集団は視界のなかに納め続けていた。

 3km程上ったところであろうか、工事区間がある。ここは片側一方通行になっていてガードマンが立っている。

 先頭集団の3名はここで停止。ガードマンの赤色灯は「止まれ」の表示であった。私もすぐにその後ろに追いつき、さらに後方から来たメンバー一人も止まった。

 しばし、ここで待った後、リスタート。5名でのリスタートとなった。リスタートしてからも負荷の具合はなるべく一定にしようと試みた。

 実力者2名がやがてハイペースで前に出ていく。その後ろを3名が縦に長くなりながら続いた。私はその最後尾で重いペダルに力を込めていた。

 残り1km程から少しだけペースを上げた。すぐ前のメンバーをかわした。さらにその先のメンバーの背中を目指すが、なかなか差が詰まらない。

 徐々にゴールが近づいてきた。すると先ほどかわしたメンバーが後方からぐんとスピードを上げて右脇を抜けていった。「ここからスパートするのは、タイミングが早いのでは・・・」と一瞬思った。

 案の定、そのスパートのペースはゴールの100mほど前で収束していた。ゴールがすぐ先に見えたところでラストスパートした。

 一人をかわして、その先のメンバーの背中に近づいていった。もう少しスパート前に差を縮めておく必要があったようである。後方近くまでは迫れたが、追いつくことはできなかった。 

 都民の森駐車場は涼しい空気に包まれていたが、到着した直後は汗が大量に流れ、体は酷使された証として激しく発熱していた。

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2015/8/23

3264:乗鞍直前  

 「乗鞍」本番まであと1週間となった。7月、下降線を描いていた調子は、8月に入ってからはやや上向いた。調子の方は悪くはないが、良くもない・・・といったところか。

 今日は、「乗鞍」直前、自分の調子を計る意味合いもあって、チームでのロングライドに参加した。

 朝起きると、実に涼しかった。お盆を過ぎてから、激しかった夏は一気に勢いを失った。空は灰色の雲がびっしりと覆い尽くしていた。天気予報は「時折雨が降るでしょう・・・」と報じていた。

 いつものように、7時に自宅を後にした。多摩湖サイクリングロードには、この涼しい天候に誘われたのか、多くの人がジョギングなどをしていた。

 大概は一人で走っている。時折サークルであろうか、7,8名の集団で走っているグループもある。時間を決めてどこかで待ち合わせをして、決まったコースを走るのであろう。

 今日の目的地は「都民の森」である。往復距離は120kmほど。チームのロングライドでよく行くコースなので、現在の自分の調子を計ることができる。

 参加者は8名。途中西武線の拝島駅そばのファミリーマートで1名が合流して9名になる予定である。その9台のロードバイクの内訳は、ORBEA3台、RIDLEY2台、BH2台、LOOK1台、そして私のKUOTA1台である。

 まずは、最初の休憩地点であり、1名のメンバーとの合流地点である拝島駅そばのファミリーマートに向かった。

 走り出すと小雨が少し降った。涼しい天候に小雨が混じり、8月とは思えない涼しさのなか8台のロードバイクは進んでいった。

 雨が降ると路面が濡れる。路面が濡れるとタイヤがグリップを失いやすい。少々気を付ける必要がある。「乗鞍」直前での落車だけは避けたいところである。

 雨は降ったかと思うとすぐに止んだ。そして止んだかと思うとまた降ったりといった感じであった。

 涼しいなか玉川上水に沿って西へ向かった。玉川上水沿いの道は木々が多い。葉が鬱蒼と茂っていて、静かである。

 特にトラブルもなく順調に進み、拝島駅そばのファミリーマートに到着した。合流予定のメンバーも来ていた。

 ここでトイレ休憩をして、補給食を摂った。ロードバイクで走るとカロリーの消費量は結構な数値となる。補給食でエネルギー源を補わないと、ガス欠になってしまう。

 9名となって睦橋通りを走った。武蔵五日市駅まで辿りついて左折し、檜原街道を進んだ。市街地を抜けると、風景はがらっと変わる。

 緑の領域が増え、民家はまばらとなる。山間のなかを通る道は上り基調である。途中公衆トイレがある場所でトイレ休憩を済ませた。

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 すぐそばにシベリアンハスキーがいた。近くで見るとやはり大きかった。3頭のシベリアンハスキーに見送られて都民の森へ向けて出発した。雨は止んでいた。

2015/8/22

3263:E220 BLUETEC  

 Mercedes-Benz E350 BLUETECが2回目の車検を終えて戻ってきた。ディーラーに車を預けていた2日間ほど、代車であるE220 BLUETECに乗った。

 E220 BLUETECは最近ラインナップに加わった。最新型のディーゼルエンジンを積んだモデルで、その2.2L 4気筒のディーゼルエンジンのスペックは177ps/40.8kg-mである。

 E350 BLUETECの3.0Lディーゼルエンジンと比較すると、おとなしいスペックである。確かに、発進加速や追い越し時の加速感は、E350 BLUETECの方が明らかに上回る。

 ディーゼルエンジンはそのエンジン音がうるさいというネガが確かにある。しかし、そのネガは徐々に払しょくされつつあるようだ。

 Eクラスは2年ほど前にマイナーチェンジが行われた。エクステリアはフルモデルチェンジのような変わりようであったが、インテリアはほとんど変化はなかった。
 
 マイナーチェンジ後しばらくしてから新たに加わった2.2Lのディーゼルエンジンの音と振動はどの程度まで改善されたのであろうか・・・その点は結構気になっていた。

 窓を完全に締め切ると室内に侵入してくる音と振動は、マイナーチェンジ前の私のE350 BLUETECと比べるとかなり静かなものになっている。

 もちろん、窓を開ければやはりディーゼルエンジンを思わせる音が入り込んでくる。しかし、音質的ながさつさは軽減していて、これはこれでありと思わせる音質に変化していた。

 これならディーゼルの音と振動を大きなネガと指摘する必要性はことさらないのかもしれないと思わせた。E220 BLUETECはパワーとトルクでは少々物足りなさを感じるが、その音と振動の佇まいは、極めて洗練されたディーゼルエンジンである。

 足回りもよりしなやかさを増した様に感じる。マイナーチェンジ前の足回りはもう少し硬質感があった。ちょっとごりっとした質感がある意味男性的であった。それがマイナーチェンジ後の足回りはよりしなやかな質感に変わっていた。

 マイナーチェンジでエクステリアデザインはちょっと中途半端な感じになり下がってしまったが、車の内実の向上はしっかりと行われているようであった。

 E220 BLUETECHを返却して、E350 BLUETECHに乗り換えた。パワーやトルクははっきりと上がった。しかし、音と振動は少々無骨なものとなった。

 来年の2016年にはEクラスは本国でフルモデルチェンジを受ける予定である。そのデザインはSクラスやCクラスと同様なNEW MERCEDES風のものになる予定である。

 その新たなモデルは、きっとさらなる洗練を身に纏っているのであろう・・・E220 BLUETECに乗ってみて、新たなEクラスに対しての期待感が少々沸き起った。

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