2015/7/31

3421:茶色のエアコン  

 「少しお疲れですか・・・?」

 「ゆみちゃん」はさらっと言った。

 「疲れた顔してる・・・?」

 少し心配になって彼女に訊いた。確かに最近体は疲れがちであった。暑さによって体が参っているのか、疲れがなかなか抜けずに、いわゆる「だるおも状態」が続いているのである。

 「少し色合いが・・・」

 「色合い・・・あっ、もしかしてオーラ・・・?」

 彼女は少しばかり特殊な能力を持っている。人の背後に広がるオーラが見えるというのである。その色合いは人によって基本となる色があり、体調や健康状態によってその色合いが微妙に変わるようなのである。

 特殊な機械を使うと、そのオーラは撮影できるのであるが、それが肉眼で見えるという話は聞いたことがない。

 彼女はいつも見えるわけではないと言う。「昼間は見えることはなくて、薄暗い部屋で気持ちが穏やかな時になんとなく人の背後にぼんやりとした靄のようなものが見えて、それに色合いがついている・・・」と言っていた。

 喫茶店「Mimizuku」の中は少ない白熱灯が店内を薄らぼんやりと照らしているに過ぎない。夜の「Mimizuku」の店内は、オーラが見えやすい環境のようである。

 「色合いがくすんでいるとか・・・?」

 「そうですね・・・taoさんの場合、基本の色合いは緑なんですが、その色合いが少しくすんでいますね・・・」

 「いや〜最近疲れがちなんだよね・・・夏バテかもね・・・結構、立ちくらみなんかもあって・・」

 「この暑さのなかでも、ロードバイクで走っているんですか・・・?」

 「週一でね・・・この前の日曜日はきつかったな・・・暑すぎて意識がぼっとしてくるような感じで・・・」

 「それで、疲れてるんじゃないですか・・・?熱中症に気を付けてくださいよ・・・日中、外を歩くだけで息苦しい感じですもの・・・」

 「そうだよね・・・」

 苦しげに稼働音を発していたエアコンが「ガクガク・・・」と少しばかり異様な音を発し始めた。それを確認して、女主人はエアコンのそばに行ってその左側を持ち上げるようにして手で2,3度叩いた。すると、その異様な振動音は止んだ。

 「もうそろそろ、取り換え時かしら・・・30年以上頑張っているのよね・・・」

 女主人はそう言った。そのエアコンの色合いは濃い茶色であった。そのクラシックな風合いは古い店のなかに溶け込んでいた。今風の真っ白なエアコンはこの店にそぐわないように思えた。

2015/7/30

3420:ケチャップ  

 「和歌山県の出身だったよね・・・?」

 時間は夜の7時半ごろであった。午後に物凄い豪雨が通り過ぎたので、今晩はここ数日のなかでは比較的涼しい夜であった。

 「ええ、そうですよ・・・」

 「ゆみちゃん」は美味しそうにナポリタンを口にしていた。

 「和歌山県はケチャップの消費量が日本一なんだって・・・・テレビでやってたよ・・・」

 私は、先日なにかのテレビで放映していたことを話した。

 「そういえば、我が家も結構なんでもケチャップかけてたような気がする。」

 彼女の口の端は、少しオレンジ色に染まっていた。

 「じゃあ、ハンバーグは・・・?」

 「もちろん、ケチャップ・・・」

 「ケチャップとソースを両方かけたりしないの・・・?」

 「それは邪道でしょう・・・」

 「あと、変わったところではなんかある・・・?」

 「アジフライかな・・・アジフライにもケチャップかけてた・・・」

 「アジフライね・・・確かにケチャップをかけたことはないな・・・ウスターソースしか思いつかない・・・」

 「家族みんなそうだったから、不思議じゃなかった・・・」

 「テレビでやってたけど、味噌汁には入れないよね・・・?まさか・・・」

 「ああ、それは我が家ではなかった・・・どんな味になるんだろう・・・今度やってみよう・・・」

 「えっ・・・やってみるの・・・」

 彼女のナポリタン好きは、どうやら和歌山県民のケチャップ好きが影響しているのかもしれない・・・そんなことを思った。

 喫茶店「Mimizuku」のなかでは少し時代がかってしまったエアコンが苦しそうな運転音を響かせながら稼働していた。

 カウンター席には私と「ゆみちゃん」が座っていた。二つある四人掛けのテーブルには客の姿はなく、奥まったところにある二人掛けのテーブルには初老の男性が静かに座っていた。

 彼女はほぼナポリタンを食べ終えようとしていた。その脇にはアイスコーヒが置かれ、そのグラスの表面にはびっしりと水滴がはりついていた。

2015/7/29

3419:Audi A4  

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 Audi A4がフルモデルチェンジされその詳細が公開された。今回のNEW MODELはAudi A4としては5代目となる。一般公開は9月のフランクフルト・モーターショーの予定である。

 そのエクステリアは、現行型と比べて大幅に変わったという印象はない。Audiのデザイン・アイデンティティーであるシングルフレームグリルがよりワイドになり、クロームによる縁取りがシャープで直線的なラインになったことがまず目につく。

 その直線的でフォーマルなラインはフロントライトにも採用されている。より複雑な形状となってはいるが、ラインがきりりとしているので、むしろすっきりとした顔立ちである。

 Mercedes-Benzの新型Cクラスのデザインがどちらかというと曲線を多用した有機的なものであったのとは好対照である。

 Audiにとって今や一番大きなマーケットは中国である。中国人が好むデザインといったものが積極的に採用されるはずでる。Audiの「直線・きりり路線」は中国人好みなのであろうか・・・

 デザインはヴォルフガング・エッガー。2007年にAlfa RomeoのチーフデザイナーからAudiに移ってAudiのデザインを牽引してきた。その彼もジウジアーロに移籍したようである。この先Audiのデザインはもしかしたら徐々に変化するかもしれない。

 ボディ・サイズは全長が4726mm、全幅が1842mm、全高が1427mm。現行型より25mm長く、16mm幅広くなっている。Mercedes-Benz Cクラスと比べると41mm長く、32mmワイドで、13mm低い。

 サイズは現行型より大きくなっているが、車重は逆に軽くなっている、約120kgほどの減量に成功しているのである。ルーフを含む様々な部分にアルミニウムを使用したことが、軽量化に寄与しているようである。

 リアのデザインも現行型からそれほど大きく変わったわけではない。やはりよりすっきりとした造形でまとめられていて、インパクトの強いものではない。

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 安全システムは最新型らしく充実している。フロントガラス上のカメラモニターが道路状況を把握し、必要な場合には自動ブレーキが作動するシステムも標準装備されるようである。

 すっきりとしたシャープなデザインを纏って登場する予定のAudi A4・・・日本ではうけるであろうか・・・?ここ10年ほどで、Audiは日本でのブランドイメージを飛躍的に高めてきた。その勢いはまだ止まっていない。新型A4はその勢いを強めることはあっても、弱めることはないように思われる。

2015/7/28

3418:豚丼  

 和田峠を下り終え、陣馬街道を走った。帰りの陣馬街道は下り基調となる。スピードが速いと受ける風も強くなる。

 風を受けると体の熱を飛ばしてくれる。しかし、陣馬街道が市街地に入る頃には、その風はとても暑いものになってきた。道路には車が次第に増えてくる。車が放出する熱とアスファルトが発する熱が合体して、熱気をさらに激しいものにする。

 信号待ちで停車する時には日陰を探した。運良く見つけると信号から離れていてもそこで停車・・・信号が青になるのを待った。

 陣馬街道、浅川サイクリングロードを経て八王子市を北上した。その途中で休憩をする。普段はコンビニで休憩するのであるが、今日はコンビニではなく、「駿河」という店名の豚丼の店で昼食休憩することとなった。

 この店は信号のそばにあり、普段から信号待ちで止まった時に目についていた。「いつかここ行きたいですね・・・」と話していた店である。

 店の駐車場の脇に8台のロードバイクを重ねて、ワイヤーでロックした。運良く店はそれほど混んでいなかった。

 冷房が効いた店内は別世界である。早速メニューを見た。豚丼が中心であるが、いくつかの種類があるようで、鳥のから揚げ付などのセットメニューもあった。

 迷った末、から揚げ付の豚丼を選択した。しばし待っていると、店員さんが運んできてくれた。豚丼は甘辛いタレがかかっていて美味である。から揚げもからっとしていて及第点・・・

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 「今度は家族を連れてこようかな・・・」そう思わせる店である。自宅からなら車で1時間程で着く場所にある。

 「もしかしたら、このコースを通る際には定番の昼食休憩ポイントになるかも・・・」そんなことを思いながら、店を後にした。

 店の扉の向こう側は炎熱の世界であった。扉一つを隔てて全くの別の世界が隣接している感じである。

 そんな炎熱の世界を進んだ。「我慢比べ大会」のような「炎熱ライド」の末、我が家に到着した。火照った体を、冷房の効いたリビングルームでしばし休めた後、冷たいシャワーを浴びるとようやく人心地付くことが出来た。

2015/7/27

3417:和田峠  

 和田峠は上り始めた者を穏やかに迎えてくれる。鬱蒼と茂った木々は峠道に木陰を提供してくれていて、近くを流れている沢により気温は涼やかなものになっている。

 その峠道をしばし進んでいくと、やがて本来の和田峠の姿が見えてくる。斜度が上がり始める。そして一旦上がった斜度は緩むことがない。

 爽やかな空気が流れていた和田峠の峠道を満喫できていたのは最初のうちだけであった。斜度がぐっと上がってくると、余裕は全く無くなってくる。

 心拍数はあっという間に170を超えた。「今日は175以下で抑えていこう・・・」そんなことを頭の中でぼんやりと考えていた。

 体にキレはなく、脚は重かった。前を行くメンバーは3名。斜度がぐっと上がるポイントごとにずるずると遅れていった。

 ギアは最も軽いギアに固定されたまま・・・思わず苦笑したくなるような厳しさの斜度のところはダンシングでこなしていった。

 心拍数は170〜175ほどで推移していた。すぐ前を行くメンバーの背中は見えたり隠れたりしていたが、追いつくためにギアを上げる余裕は寸分もなかった。

 3.7km程の和田峠の上りも終盤に入ってきた。残り1kmを切ったあたりで、後方から一人のメンバーが追いついてきた。

 二人は前後になったり、並走したりしながら、残りが少なくなってくる峠道を進んだ。斜度は緩むことがないので、二人ともぎりぎり走行である。

 二人になるとなんだか心持ちが楽になった。そのまま2度ほど急カーブを曲がって上がっていくと、直線の先に峠の茶屋が目に入ってきた。そこが頂上である。

 「スパートしますか・・・?」

 私は並走してるメンバーに話しかけた。

 「3,2,1で行きましょう・・・」

 「3・・・2・・・1・・・スタート!」

 サドルから腰を上げ、最後のスパートをした。厳しかった和田峠をどうにか上り終えた。峠の茶屋は閉まっていた。神奈川側へ下りていく道は崩落により通行止めとなっていて、その影響であろうか・・・

 足場用のパイプで組み立てられているサイクルスタンドにKUOTA KHANをかけて、峠の茶屋の休憩所に腰かけた。

 ペースは上げられなかったが、心拍数は170〜175でしっかりとコントロールできていて、走りがだれることはなかった。現状の体調と調子では、まずまずといったところか・・・前回の有間峠の時のように脚が攣りそうになることもなかった。少し安心した。

 峠の茶屋はやっていなかったが、その休憩所でしばし疲れ切った体を休ませた。屋根があって陽光を遮ってくれる。峠を渡る風が通り抜けていき、実に心地よかった。

 和田峠はいわゆる「激坂」である。70kgの体重がある私にとっては一番の苦手科目ではある。しかし、上り切ると独特の解放感がある。

 「たまには『激坂』もいいな・・・」

 そんなことを思いながら、峠の景色をぼんやりと見ていた。その休憩所は居心地が良かったので少し根が生えてしまった。

 「下りたくないな・・・下ってしまえば灼熱が待っているだけだ・・・」

 心の片隅に巣食ったそんな思いが腰をすっかりと重くしてしまっていた。

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2015/7/26

3416:猛暑ライド  

 「ブ〜ン・・・」という野太い羽音が聞こえた。その音は近づいてきてきた。「コツン・・・」と窓ガラスに何かがぶつかる音がして、一旦その羽音が遠のいた。しかし、また近づいてきて、再度ガラスにぶつかるような音がした。

 そして、その羽音は上のほうへ向かって遠ざかっていった。どうやら大きめの蜂のようであった。

 その音で目が覚めた。窓ガラスの向こうはすでに明るくなっていた。目覚まし時計を確認するともうすぐ5時になるところであった。蝉の鳴き声が静かに家の周囲を埋め尽くしていた。3種類の蝉の鳴き声が確認できた。それらの蝉の鳴き声は、これから日中へ向けて暑くなるであろうことを予告しているかのようであった。

 ベッドから抜け出してシャワーを浴びた。夜寝ている間に汗をかいたのか、少し肌がべとつく感じがした。シャワーを浴びるとすっきりとした。

 時間に余裕があったので、ゆっくりと支度をした。サイクルウェアに着替えてから、朝食を摂り、テレビで海外のゴルフ中継を観た。

 ボトルにドリンクを入れて、氷を中に詰め込んだ。KUOTA KHANのタイヤに所定の空気圧まで空気を入れた。

 準備がすっかり整った。テレビを7時まで観てから、自宅を後にした。すでに気温は高かった。本格的な「猛暑日」になるであろうことは、この段階で分かった。

 いつもの道程を通って集合場所であるバイクルプラザまで向かった。そこで今日の目的地をどうするか話し合った。

 「少しでも涼しいコース・・・」ということで「和田峠」に決まった。往復距離は90kmほどである。

 「和田峠」を上るのは久し振りである。チームで上る峠の中でも1,2位を争う「激坂」である。最大斜度は20%近くにもなり、平均斜度でも10%を超える。

 最近は調子も体調も下降線を描いている。乗鞍まで1ケ月ほどとなってるのに、少し心配である。「7月一杯までは下げておいて、8月に入ってから上げていけば・・・」と思ってはいるが、暑い日々が続くことを思うと、上がり切らずに乗鞍本番を迎えてしまうような気がする。

 今日の参加者は6名であった。途中のコンビニで他のメンバーと合流する予定である。スタートした時点ですでに気温は30度を超えていた。

 しばし走ってから、玉川上水沿いの道を西へ進んだ。玉川上水の両脇には大きな木々が並んでいる。その木々が木陰を提供してくれるので、爽やかである。ずっとこんな道であればいいのであるが、そうはいかない。

 やがて木陰はなくなり、容赦なく太陽が照りつける道を進むことに・・・「ジリジリ・・・」という音が実際に聞こえてくるような、太陽の勢いである。信号待ちで停車する時など日影になっている所がないか、あたりを見回した。

 八王子方面へ南下して、途中のコンビニで休憩をした。ここで2名のメンバーと合流・・・6両編成から増強されて8両編成となったトレインは、大和田橋を渡り、浅川沿いの遊歩道を走った。

 そして陣馬街道にぶつかったところで遊歩道から離脱して、和田峠方面まで続いているその街道へ入り込んでいった。

 最初のうちは市街地を走る陣馬街道は時間の経過とともに人家がまばらになってくる。「恩方第一小学校」を右に見ながら通り過ぎるころになると、風景は山間の穏やかなものにすっかりと変わってくる。

 緩やかな上りが続く陣馬街道を走った。汗とともに体力も流れ去っていくような感じであった。

 ようやく和田峠の上り口に到着した。メンバーの口からは「暑い・・・」という言葉しか出てこないような状況であった。

 日陰を選んでしばし休憩をして自販機で購入した冷たい飲み物で火照った体をわずかばかり冷やした。右へ曲がると和田峠へ向かうことを示す青い掲示板が静かに佇んでいた。

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2015/7/25

3415:酷暑  

 猛烈な暑さは続いている。今日も日中は陽の光が殺人的な苛烈さであった。そんななかを私と妻は真黒な服を着込んで出かけた。妻の方の親類に不幸があったためである。

 葬儀場は大田区の方であった。車で1時間半ほどかかる場所である。東急池上線の「洗足池」駅のすぐそばである。
 
 その葬儀場のビルの窓からは、洗足池が臨めた。池は緑で囲まれて静かな面持ちであった。ここは桜の時期には多くの花見客で賑わうが、今日はさすがに人も少なく、ボートも1台も出ていなかった。

 葬儀場の中はクーラーが効いていて暑くはなかった。葬儀はきちっとした順序に厳格に従って進んでいった。

 僧侶の読経はマイクで拾われて、拡声され、それほど広くはない会場を満たしていた。焼香台に向かって、型通りの焼香を参列者が順番にこなしていく。

 祭壇には在りし日の故人のにこやかな写真が飾られ、その周囲を数多くの花が埋めていた。もう何も語ることのない故人の遺体は真っ白な棺の中に納めれれていた。

 斎場まではバスに乗って行き、そこでのいろいろを見聞きした。火葬しているときには、清潔な会場で用意されていた昼食を食した。

 それから合い箸で遺骨を骨壺に納めていった。会葬者が全員骨を拾うと、残りは職員が職人的な手つきで納めきって、骨壺は丁寧に箱の中に・・・

 すべてが滞りなく終わり、またしばしバスに揺られた。臨海斎場を出て、大森駅で数名を降ろしてから、元の葬儀場に向かった。マイクロバスの窓からは東京モノレールの電車が見えた。

 葬儀場でバスを降りて、親類の方と別れの挨拶を済ませ、そばのコインパーキングに停めていた車まで歩いた。

 強烈な陽に照らされ続けた車の中は恐ろしく暑かった。礼服の上着を脱いで黒いネクタイを取り去った。エアコンを猛烈な勢いでかけてから、車を発進させた。

 帰りは道が混んでいて2時間ほどかかった。妻は助手席で時折うつらうつらしていた。この暑さは体力を奪う。

 帰り道、車の窓からロードバイクを何台か見かけた。この暑さのなかアスファルトや周囲の車が発する熱を受けながら走っていた。

 妻が「明日も走るの・・・?」と訊いてきた。「その予定だけど・・・」と答えた。「明日は休めば・・・明日も暑いよ・・・」と妻は応じる。

 明日も今日と同じくらい暑いであろう。テレビのお天気コーナーでは熱中症の危険性が高いことを繰り返し伝えるに違いない。でも、恐らくその暑い空気のなかを走るであろう。

2015/7/24

3414:団長安田  

 安田大サーカスの団長安田は自転車好きで有名である。テレビでも自転車関連の番組に出ていたりする。

 その団長安田が7月19日に山形県内で開かれたトライアスロンの大会にゲスト参加した際、自転車で走行中に転倒し、大怪我を負った・・・とテレビで報道されていた。

 前頭部から顔を強打して、一時気を失い、救急搬送されてたが、幸い命に別状はなく、診察でも脳への異状は見つかっていないようである。

 そのテレビ報道を一緒に観ていた妻は「気を付けてよ・・・怪我したら仕事大変でしょう・・・ほどほどにね・・・」を釘を刺した。

 確かにロードバイクは危険な一面もある。かなりなスピードが出るだけに、落車にだけは注意が必要である。

 私自身今までに走行中の落車の経験は4回ある。一度目は多摩湖の周遊コースを走っていた際であった。前日に降った雨により濡れていた路面でタイヤが滑ったのである。

 ロードバイクのタイヤは極めて細い。路面と設置している面積が少ないので、路面が濡れているとカーブなどでグリップを失いやすい。

 その時は擦り傷とちょっとした打撲で済んだ。それ以来濡れた路面は大いなる恐怖の対象となることに・・・

 2度目は時坂峠へ向かうアプローチを走っている時であった。急に道路を斜めにダッシュして横断しようとした猫にぶつかっての「猫落車」であった。

 怪我は大したことなかったが、サイクルウェアが派手に破れた。それから、ロードバイクで走っているときに猫を見かけたら、その挙動からは目を離せなくなった。 

 3度目は柳沢峠の下りでの落車であった。右カーブの際に路面の左端に溜まっていた砂に後ろのタイヤが取られた。

 下りであったのでそれなりのスピードが出ていた。結構派手に転び、転んだ勢いでロードバイクが飛ばされたほどである。

 しかし、スピードが出ていた割には怪我の程度は軽く、その後も走行できた。しかし、下りの右カーブに関しては、トラウマとなることに・・・

 4度目は今年のことである。山梨県の塩山まで行った帰り道・・・その厳しかった行程の大半を走り終えようとしていた頃合いであった。

 辺りは陽がすっかりと落ちて暗くなっていた。バスの脇を通り抜けようとした時にアスファルトとコンクリリート部分との間の段差に気付かずに前輪がつっかえてしまった。

 左腰を強打したが、どうにかこうにか自力で走って帰れた。それ以来バスの脇を抜けるのが、とても億劫である。

 そうそう頻繁にあることではないが、落車だけはしたくないものである。

 「だから、言ったでしょう・・・ほどほどにしときなさいって・・・」と妻にたしなめられないように、安全走行を心掛けよう。

2015/7/23

3413:ジョコビッチ  

 最近流行りなのが「食べ放題」。ロードサイド店でも時折見かける。自宅から車で数分のところにある「馬車道」は、ピザの食べ放題が有名。

 食べ放題を選ぶと店内の本格的な窯で焼かれたピザが次々に運ばれてくる。やはり焼きたては美味しく、次々に平らげてしまい、メインの料理が来る時には、もうウンザリといった感じになっていたりする。

 パンの食べ放題で有名な「サンマルク」にも、家族で時折訪れる。パンが焼きあがるとバケットに入ったパンがスタッフによって運ばれてくる。

 コース料理が運ばれくる合間合間に焼きたてのパンを頬張る。一つ一つは普通のパンよりも小ぶりにできている。

 これまた焼きたては美味しい。「食べ放題・・・」といった意識が心の片隅にこびりついているためか、「食べなきゃ損・・・」といったさもしい考えも浮かび、ついつい食べ過ぎてしまう。メインの肉料理を見ても、少々げんなりとすることが多い。

 レストラン業界では「食べ放題」が流行っているが、音楽業界も「聴き放題」の時代になっているようである。毎月一定の金額を支払うとダウンロードし放題とのこと・・・時代は「し放題・・・」へ向けて一気に突き進んでいるようである。

 私はパンやピザが好物である。なので、「馬車道」や「サンマルク」には家族を引き連れて時折訪れていた。

 しかし、今後は少し自粛しようかと思っている。そう思ったきっかけは一冊の本である。その本のタイトルは「ジョコビッチの生まれ変わる食事」。

 ジョコビッチとはあのジョコビッチである。現在世界ナンバーワンのテニスプレーヤーであるノバク・ジョコビッチである。今年もすでに全豪オープンとウィンブルドンを征している。

 その彼が世界ナンバーワンになるにあたって大きな転機となたのが食事。彼と同じセルビア人である栄養学者セトジェビッチ博士の助言に基づき、2010年から食事を大きく変えたのである。

 具体的にはパンやピザなどの小麦を主成分とする食品を徹底的に排除し、さらに乳製品も極力口にしないようにした。そのことよる体調の変化はすぐに表れ、それに伴ってテニスの成績も飛躍的に好転した。

 その本を読んでみて、「そんなことがあるのか・・・でも、トップアスリートの世界でのことだからな・・・Mt.富士ヒルクライムで90分切りをして喜んでいるレベルでは関係ないかな・・・」と思った。

 しかし、「もしかしたら・・・食事を劇的に変えたら、来年のMt.富士ヒルクライムで85分切りを達成できたりして・・・」と思ったりもする。 

2015/7/22

3412:ミッドナイトブルー  

 Thorens TD124にはMk1とMk2がある。表面的な形はほぼ同じように見えるが、色合いが違う。Mk1がアイボリー、Mk2がホワイトグレーなので、色で見分けるのが早いようである。

 当然、中身も違っているようで、音の傾向も変わる。さらに複雑なのが同じMk1であっても、4つの時期に区分されて、使用部品や細かな仕様が異なるようである。

 4つの区分となると「最初期型」「初期型」「中期型」「後期型」といった区分になるのであろう。ヴィンテージオーディオの世界では、ほとんど場合、古ければ古いほど評価が高く、取引価格も上がる傾向がある。

 しかし、古いものが必ずしも好みに合うとは限らない。音の好みやどの年代のレコードを中心に聴くのかといった個別な要素によって、最適なTD124が変わってくるはず。

 例えば、1950年代のMONO盤が中心となれば、きっとMk1の「最初期型」が一番濃厚で厚手な音を聴かせてくれるであろうが、1960年代後半から1970年代のSTEREO盤を中心に聴くのであれば、Mk2の方がしっくりとくる可能性があるのかもしれない。

 TD124には様々なキャビネットが用意されている。見た目的には四隅がラウンドしてるものの方がTHORENSらしさというか、穏やかな感じがして好きである。

 Mk1のアイボリーに合わせるならば、茶系の色合いが合うような気がする。Mk2のホワイトグレーに合わせるならば、やはり艶消しのブラックであろうか・・・

 Mk1はアイボリー、Mk2はホワイトグレーというのが、オリジナルの色であるが、製造されてから半世紀ほど経過しているうちに、フルレストアを受けて、その色合いが変更されたものも稀に見かける。

 中にはレッドやブルーさらにはグリーンに塗装されなおしたものもインターネットで見かけたことがある。色合いが変わるとその受ける印象も当然のことながらがらっと変わる。

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 そんな変わりもののTD124の写真で一番インパクトがあったのが、鮮やかなブルーに再塗装されたもの。斬新で鮮やかな色合いである。

 「こんなTD124がリスニングルームにあったら、部屋の雰囲気が一気に変わるだろうな・・・」と思わせるデザインと色合いである。

 「最初期型」「オリジナル」を再優先するヴィンテージオーディオ・マニアからすると、「キワモノ」という評価しか受けないかもしれないが・・・



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