2015/6/22

3382:雨の街を  

 喫茶店「Mimizuku」の店内は薄暗かった。照明はあるのであるが、薄らぼんやりとしたオレンジ色の灯りでは、照度は低いままである。

 今日も夜になってからぶらっと立ち寄った。かなりの年代物と思われるエアコンは電源が切られていた。今日は比較的涼しい。少し湿度が高めであったが、冷房の必要性は感じなかった。

 ホットコーヒーとナポリタンを頼んだ。店内には客の姿はなく、この薄らぼんやりとした店内の空間は静かである。

 有線放送などのBGMはかかっていない。音を出すとすれば、カウンターに置いてあるSONY製の古いラジカセでFM放送を聴くか、あるいは女主人の亡くなった夫が収集していたというカセットテープをかけるしかない。

 カウンターの左端には、そういったミュージックテープが入った細長い箱が一つ置かれていた。なにげにその箱を手もとに持ってきた。

 十数本のミュージックテープが入っていた。それらの古いテープたちを1本1本見ていった。そのなかに荒井由実の「ひこうき雲」があった。

 それを手に取ってみた。小さなカセットテープのケースは長方形をしている。その長方形が何故かしらしっくりとくる比率に感じられる。

 誰か以前に聴いたとき、A面を聴いたようで、B面を表に向けてカセットを入れた。そしてPLAYボタンを右手の人差し指で押し込んだ。

 きゅるきゅる・・・とかすかな作動音をさせながら、カセットテープはすまし顔で進んだ。B面の1曲目は「ベルベット・イースター」。

 音楽が流れ始めた。女主人は寡黙である。そのくぐもった声で「おまちどうさま・・・」と言って、ナポリタンとホットコーヒーをカウンターに置いた。

 「いつも奥の席にいる男性は今日はいないのですか・・・?」
 
 私は少し気になっていたことを口にした。

 「今日はもう帰ったんです・・・」

 「そうですか・・・」

 夜のこの時間帯に来るといつも一番奥の二人掛けのテーブル席に男性が座っていた。髪はすでに大半が白く、その表情には生気があまり感じられない。歳の頃は60代前半といったところであろうか・・・大概新聞を読んでいた。

 いつもあるものがそこにない時に感じる空虚な空間を背負うような感じで私はホットコーヒーに口を付けた。

 カセットテープは進んでいた。B面の3曲目「雨の街を」が流れ始めた。印象的なメロディーラインが静かな店内を漂い、その空間を緩やかに歪めているようにも感じられた。

 「雨の街を」が終わりかけた頃、入口の扉についた鈴が乾いた音を発した。「カラン・・カラン・・・カラン・・・」その鈴は三度鳴った。

 その鈴の音を耳にして、「郵便配達夫は二度ベルを鳴らす」という印象的なタイトルの小説のことが脈絡なく頭に浮かんだ。

 「二度ではなく三度か・・・」

 どうやら「待ち人来たり・・・」という感じであった。



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