2015/6/30

3390:7シリーズ  

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 BMWは、フラッグシップサルーン「7シリーズ」を6年ぶりにフルモデルチェンジした。今回のNEW MODELは初代から数えて6代目となる。モデル型式も従来のF01からG11へ変わった。

 新しい7シリーズの売りの一つは軽さ・・・ボディにアルミやスチールにくわえてカーボンファイバーを多用することで軽量化が図られている。結果として先代とくらべ最大で130kgもの減量が達成されている。もっとも軽い「740i」では1,725kgとなっている。

 軽いことは良いことである・・・それはロードバイクも車も同じ。今年ローバイクのフレームをKUOTA KHANに変えてその恩恵を受けている身としては、納得のポイントである。

 NEW MODELの7シリーズのサイズは、ノーマルボディで全長5,098mm全幅1,902mm全高1,478mm。直接的なライバルとなるMercedes-Benzの「Sクラス」とほぼおなじサイズといえる。

 さて、その容姿であるが、すぐに分かる変更点はフロントライトがキドニーグリルにくっついている点である。これは最近のBMWのデザイン傾向で、現行の3シリーズから始まった。個人的にはあまり好きなデザインではないが、この傾向はきっと次なる5シリーズでも採用されることであろう。

 またキドニーグリルもさらにサイズが拡大されたかのように見える。こういったフルサイズの高級セダンに要求される押し出しの強さを演出してるのだろう。少し品がないようにも見えてしまうのであるが・・・

 リアのコンビネーションランプもその造形が変わっている。こちらはL型というBMWのデザインアイデンティティーをかろうじてキープしながらエレガントでスポーティーな雰囲気に仕上げられている。

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 外観に関してはそれほ大きな変更点はなく、おおむね正常進化の範囲内である。しかし、装備や乗り味に関してはかなり大きな変化があるはずである。

 以前フルモデルチェンジされたばかりのMercedes-Benz Sクラスに乗って驚いた。そのラグジュアリーで上質な乗り味に「またもうワンランク突き抜けた感じがあるな・・・7シリーズもA8結構置いていかれたな・・・」と感じた。

 そのSクラスに真っ向勝負をかけるNEW 7シリーズは相当な進化を遂げていないと勝負にならないはず。きっと素晴らしい具合に仕上がっているのであろう。

 日本での発売は今年の末あたりか・・・冷やかし半分ではあっても、発表されたならすぐにディーラーに試乗を申し込もう。

2015/6/29

3389:ブロンズ  

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 昨日、定型の封筒が届いた。その封筒を開けてみると、フィニッシャーリングとステッカーが入っていた。

 その色はブロンズ。Mt.富士ヒルクライムを90分以内で完走した参加者にはブロンズ色のフィニッシャーリングが参加賞として送られてくる。

 90分以降だと、その色はブルーとなる。一昨年、昨年と2年連続でブルーであった。気分もブルーであったが、今年は初めてブロンズをゲットできた。

 ブロンズの上は75分以内がシルバーで、65分以内がゴールド。このレベルに到達するのは無理なので、ブロンズを連続してゲットし続けることが今後の実質的な目標となる。

 年齢が52歳である私にとって、あと何年連続してブロンズゲットを続けられるかは切実な問題である。できることなら50代のうちはブロンズゲットし続けたいのであるが・・・きっとだんだん難しくなってくるのであろう。

 来年以降のMt.富士ヒルクライムも大事であるが、2ケ月後に行われる「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」もとても重要である。

 この大会は私が初めて参加したヒルクラム大会。3年前に初参加した時にはあまりの苦しさに泣きそうになった。タイムは1時間38分59秒であった。

 「全日本サイクリングin乗鞍」の距離は20.4km。Mt.富士ヒルクライムよりも距離は短いが平均斜度が上がるので、タイムは似たりよったになることが多い。

 Mt.富士ヒルクライム同様90分切りを目標に参加してきた。しかし一昨年と昨年は悪天候により距離が短縮されてしまった。

 昨年は1.4km短縮されて19kmを上った。そのタイムは1時間20分42秒であった。「たられば」でしかなのであるが、残り距離とタイムを勘案すると、本来の20.4kmを走れていたと仮定すると1時間30分を切れていた可能性が高かった。

 今年はどうにか悪天候に邪魔されることなく、本来の距離を走り切りたい。そして、Mt.富士ヒルクライム同様「90分切り」を達成したい。

 「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」では、90分を切って完走しても、ブロンズリングを貰えるわけではないが、90分切りを達成できれば、気分はブルーではなく、ブロンズになるはずである。

2015/6/28

3388:フルレストア  

 その4階建ての古い賃貸マンションには、階段はなかった。「となると、4階までの階段を3往復する必要があるのか・・・」そう思って、少々意気消沈した。

 「これから持って上がります・・・」と電話連絡をして、まずはModel2をMercedes-Benz E350から持ち出して、その階段を上り始めた。

 MODEL2は両手で持つにはサイズ的にはちょうどいいぐらいの大きさであるが、重さは結構ある。ずしっとした重みをその両手に感じながら、階段を上りようやく4階まで持って上がった。そしてそれをYさんの工房へ運び込んだ。

 MODEL2はモノラルアンプなので2個ある。もう一度その重みを手に感じながら4階までの階段を上った。2個目を運び込んで少しほっとした。あとはMODEL7である。こちらは軽い。

 MODEL7を手にするとその軽さに頬が緩んだ。こちらは軽いステップを踏んで4階まで上ることが出来た。

 中野坂上のある「オーディオショップ・グレン」から預かっていたこれらのアンプについては、その代金を払った。なので、その所有権は前のオーナーから私に移っている。

 「オーディオショップ・グレン」は私が払った代金から15%の手数料を差し引いて、残額を前のオーナーに支払ったはずである。

 これらのアンプは一応完動品である。音は出る。しかし、コンディションが素晴らしいかというと、それはこういった古いオーディオ機器の場合常に疑問符がまとわりつく。

 MODEL2は1956年。MODEL7は1958年の発売である。60年ほどの時間の経過の間にこれらの機器は何人かのオーナーの手を渡ったはず。その間に何度かのメンテナンスを受けている。

 その際の交換された部品などの選定によって、見かけは同じでも音は相当変わってくるのである。さらに交換された真空管の質によっても音が変わる。

 なので、信頼できる工房でフルレストアする必要がある。つまりこういったヴィンテージ製品は機器の購入代金にプラスしてフルレストア費用がかかるのである。

 Yさんは工房に持ち込まれたそれらの機器の天板を外して早速中身をチェックしていた。その表情はあまり芳しいものではなかった。

 そして、その中のいくつかの部品を指さしながら、「このコンデンサーはダメ・・・これは交換しないと・・・」と独り言のように呟いていた。

 それからしばらくの間、古い時代の真空管やコンデンサーの話をお伺いした。私はその方面の知識は乏しいので、興味深く聞いていた。

 その雑然とした工房の中には様々な貴重な真空管が・・・その道に精通した真空管マニアが見たなら陶然とした表情になるような貴重なものを幾つか見せてもらった。

 何十年もかけて集められたそれらの貴重品は、どれも高価なものである。市場では数十万円で取引されるものもある。少々緊張しながら、それらの真空管を手に取ってしげしげと眺めた。

2015/6/27

3387:対向法  

 スピーカーの設置方法にはいろいろな方法がある。もっともポピュラーなのが、二つ並んだスピーカを少し内側に向けてリスナーの耳に音を直線的に届けるような設置法。名前を付けるなら「内振り直線法」といったところであろうか・・・

 さらには、内振りをまったく付けずに真正面を向かせる設置方法もある。二つのスピーカーのフロント面が平行になるので「平行法」と呼ばれたりもする。これはスピーカー後方深くサウンドステージが展開しやすいようである。

 また、部屋のコーナーなどに置き、背面の壁に対して45度の角度を付けてセッティングする方法もある。スピーカーの正面から垂直に仮想ラインを引くと、リスナーの手前でそのラインが交差する。それゆえか「交差法」と呼ぶ方が多い。

 我が家のTANNOY GRFはコーナーキャビネットなので、必然的にこの「交差法」でセッティングしている。

 「我が家のリスニングルームのような狭い空間に大きなGRFを押し込んでしまったら、どうなるのであろう・・・相当息苦しいのでは・・・」と当初思っていたが、部屋のコーナーにすっぽりと収まってくれるので、以外と圧迫感は少なかった。

 今までいくつかのスピーカー設置法をOFF会などで実際見て聴いてきたが、今日はまったく新たなスピーカーのセッティング方法を目の当たりにすることとなった。場所はkikiさんのリスニングルームである。

 その部屋はマンションの一室。広さは6畳ほどであろうか・・・長方形の部屋を横長設置で使われている。比較的狭い長方形の部屋での横長設置・・・そうなるとスピーカーとリスニングポイントの距離は近い・・・そのニアフィールドなリスニングルームの様相を極めて特異なものにしているのが、スピーカーのセッティング方法である。

 左右の二つのスピーカーがお互い向かい合っているのである。完全に向かい合っているわけではなく、カタカナの「ハ」の字のように若干リスニングポイント側に開いているのであるが、その開度はわずかである。

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 使用スピーカーはQUAD ESL。サブ的なポジションでBrilonも低い位置に置かれていた。そのいずれもがほぼ向かい合っている。

 ESLは土台により比較的高い位置に置かれ、Brilonはインシュレーターにより強めの仰角が付けられていた。

 「これはまた・・・なんと言うべきか・・・」その第一印象は結構強烈である。「対向法」とでも命名すべセッティングに少々面食らった。

 kikiさんはオーディオ暦うん十年のベテランである。様々なスピーカーセッティングを試しているうちにこの方法に行き着き、それを継続・熟成されているとのことであった。

 少々あっけにとられながらリスニングポイントに置かれたリクライニングチェアに腰を下ろした。自然の河のせせらぎの音や野鳥の声を収録したCDが流されていた。脳波をα波にいざなうかのような音の響きが部屋を満たしていた。

 kikiさんはこういった自然の音でスピーカー位置などを調整されていらっしゃるようであった。「なるほど・・・そういった手もあるのか・・・」と感心して、目を閉じてみる。

 目を開けるとそのスピーカーセッティングのインパクト具合に、どうしても視線が奪われてしまうが、目を閉じれば、そういった外界からの刺激が遮断されるので、耳を澄ますことができる。

 するとスピーカーやオーディオ機器の存在感がふっと消え去っていき、実際にマイナスイオンが部屋を満たしているかのような森林浴気分になってくる。

 「確かに見た目と違って自然な感じがする・・・」

 ずっと自然の音に浸っていると脳波がα波からどんどんと下がっていきそうであったので、音楽をかけて頂くこととなった。
 
 まずはBrilonから・・・送り出しはSONYのCDプレーヤー。自作プリアンプ、京セラのパワーアンプ(京セラがオーディオ機器をかって出していたなんて知らなかった・・・)を経てBrilonは音楽を奏でる。

 クラシックを中心に聴かせて頂いたが、最初に聞いた自然の音同様、見た目のインパクトとは裏腹に自然な質感に心が和む。

 歪感は少なく、ピーキーな偏重もない。ごく自然で、澄んだ空気感が部屋全体を満たしている。「夜明けの音」という印象を受ける。夜の間の喧騒はすっかりと溶け去り、夜明けとともに街の空気がリセットされて澄んでいくような音の印象である。

 「それにしても不思議である・・・」、視覚的にはかなりアヴァンギャルドな前衛性を感じるが、聴覚的は自然な落ち着き感がもたらされる。二つの感覚には埋めがたいギャップが存在し続けた。

 ややあって、今度はスピーカがESLに切り替わった。こちらのシステムは送り出しがCECの5連奏CDプレーヤー(これは以前サンフラワーさんのお宅で見かけたことがある)。アナログはTRIO。プリメインアンプがサンスイである。

 ESLはコンデンサー型スピーカー。私も「QUAD熱」に侵されていた頃一時使用していた。コンデンサー型らしい爽やかな空気感が特徴のスピーカーである。

 ESLは独特の形状をしている。これが「対向法」で設置されていると、視覚的なインパクトの度合いはいやがうえでも増す。

 しかし、目を閉じれば背面の壁も顔を突き合わしているように見えてしまう二つのスピーカーもさっと消え去る。

 マジシャンの右手に握られていたはずの銀色のコインが消え、その左手の中から、なにくわぬ顔で再び表れるような、そんな不思議な感覚に陥りながら、CDやレコードを聴かせてもらっていた。

 時間は山あいの清流が流れていくように、淀みなく流れていた。結構な時間リクライニングチェアに座っていたはずであるが、それほど長くは感じられなかった。

 視覚と聴覚の整合性は最後まで噛み合わなかったが、kikiさんのお宅での「マジカル・ミステリー・ツアー」はチャイコフスキーの交響曲第4番第1楽章で幕を閉じた。

 その印象的な冒頭部のファンファーレは、この部屋に第一歩を踏み入れた時の私の驚きのようであった。

 その部屋を去る際、もう一度しげしげとそのセッティングを眺めた。QUAD ESLは澄まし顔であった。そして向かい合った双子の兄弟のように、二人にしか通じない言葉で会話しているように感じられた。

2015/6/26

3386:OB  

 「さすがに、少し食べ過ぎたかな・・・」

 シャトレーゼのデザートが数種類、矢継ぎ早に放り込まれた胃袋はやや重くなっていた。午後はINコースを回る。でだしの10番ホールは418ヤードのパー4。距離のあるミドルホールである。

 午前中同様、最初のドライバーショットはまずまずの位置に付けた。OUTはここからずいぶんとてこずってトリプルボギーとしてしまったので、慎重に2打目以降をつなげていった。

 どうにか無難にボギーであがれた。続く11番は354ヤードのミドルホール。パーオンに成功して「パーは確実・・・」と思われたが、1メートル半ほどのパーパットを外してボギーとしてしまった。

 「少し流れが悪くなった・・・」そう思ってしまった。ゴルフというものは結構メンタルな要素が大きなスポーツである。

 12番は305ヤードととても短いミドルホールである。ティーグランド脇には「200ヤード以内のクラブを選択してください。左側に民家があります。」と注意書きがしてあった。

 ドライバーはちゃんと芯に当たると240ヤードほど飛ぶので、ユーティリティーを選択した。これならちゃんと当たっても190ヤードほどである。

 そして、クラブを振った。何かがいけなかったのであろう。勢いよく飛び出したボールは途中からぐんと左へ曲がり始めた。

 「左は浅いんですよね・・・もう一球お願いします・・・」

 キャディさんの低いトーンの言葉が私の心をずんと沈めた。打ち直しはナイスショット・・・「なんで最初からこう打たないんだ・・・」と心の中で独り言をつぶやいた。このホールはOBのためトリプルボギーであった。

 「やっぱり、練習もしないで90切りなんでおこがましいよな・・・」そんなことを思いながらカートに乗り込んだ。空には雲が少しかかっていたが、雨の心配はないようであった。

 日中の大半の時間を使ってゴルフをしているなかで、ゴルファーの心理状態というものは山の天気のようにころころ変わる。

 少し沈みがちであった心に変化が訪れることに・・・14番のショーホールでのことであった。163ヤードの距離表示を見て6番アイアン手にした。なるべく力まないように注意しながら打った1打目は右に大きくそれた。

 ボールが向かった右方向には白杭が等間隔に並んでいる。ボールはその白杭の外側に吸い込まれるかと思いきや、ずんぜんのところで大きくバウンドして左側に戻ってきた。

 グリーンそばに行ってみると、グリーンのやや右奥の平らなところに止まっていた。「ラッキー・・・!」と微笑んでアプローチ・・・これが同伴競技者から「OK!」をもらえるほどピンそばにつけた。「ラッキーパー」である。

 なんだか心が軽くなった。その後15番と17番のロングホールで、どちらもパーオン、2パットのパーを奪った。それ以外のホールはボギーで切り抜けた。

 午後のINコースは終わってみると「44」。12番のOBであきらめかけた、90切りをぎりぎり達成することが出来た。

 「まあ、こんなこともあるものだ・・・」とゴルフの不思議さを噛み締めながら、18ホールの小旅行を終えた。

 今日は顧問先の会社の社長二人と回った。一人はかなりの上級者である。しかし、前半のOUTコースは乱れ「47」。後半のINコースはしっかりと調子を取り戻し「40」。週に1回は必ずラウンドする上級者でも、調子は一定しないもの。それがゴルフの不思議さであり、面白いところでもある。

2015/6/25

3385:シャトレーゼ  

 湿度は高かった。そして気温も高かった。空気は水蒸気をたくさん含んでいてどんより重かった。いわゆる不快指数はとても高い状態であった。

 随分と久し振りにゴルフ場を訪れた。練習場にも全く行っていないので、「今日は100叩きは必至だな・・・」と少々心が重かった。

 町田市にある東京国際ゴルフ倶楽部には自宅から1時間ほどで着いた。スタートはOUTコース、8時42分の予定であった。
 
 予定の時間よりも少し遅れて1番ホールのティーグランドに立った。「どうにでもなれ・・・」という感じで振り回したドライバーは、思いのほかちゃんとボールを捉えたようで、やや左側にそれてラフに入ったが、まずまずの軌道を描き、距離も240ヤードほど稼いだ。

 1番ホールは465ヤードのパー4。とても距離の長いミドルホールである。まだ、グリーンまで200ヤード以上の距離が残っている。

 フェアウェイウッドで打ったセカンドショットは低く飛び出し、それほど距離が伸びなかった。グリーンまで60ヤードほどのところにボールがあった。

 いけなかったのが第3打。トップしてしまい低く飛び出したボールはグリーンでワンバウンドして勢いよくグリーンを飛び出して奥へ・・・

 グリーン奥からのアプローチは難しい。ここのグリーンはかなりの受けグリーンであるので、グリーン後方からは相当な下りとなる。

 慎重にアプローチしたが、ボールはコロコロと転がり一向に止まらない。ほぼグリーンの端まで転がった。ここから3パット。

 出だしはトリプルボギー。ティーショットはまずまずであったが、その後が続かなかった。「そうそう、そういうこと・・・練習もしてないで良い結果はでないもの・・・」と自分を無理やり納得させて、2番ホールへ向かった。

 続く2番ホールはショートホール。期待していなかったが、ワンオンしてパーを取った。さらに3番ホール。330ヤードと距離のないミドルホールである。ティーショットは左に引っ掛けたが、運よく平らなラフで止まっていた。セカンドショットが見事にグリーンオン。2パットで納めて連続パー。

 「あれ、なんだかリズムが良くなってきた・・・」そんなことを思いながら、ホールを消化していった。

 ダブルボギーを一つ叩いたが、パーももう一つ取れた。あとは無難にボギーでまとめて、前半のOUTコースは「45」で切り抜けた。

 「久しぶりのゴルフ、それも全く練習していないのに・・・まずまずだな・・・」予想よりも良いスコアに少しにんまりしながら、クラブハウスで昼食をとった。

 ここは、シャトレーゼが数年前から経営している。レストランは、サラダとデザートが取り放題である。デザートのコーナーにはシャトレーゼの様々なデザートが小さく切り分けられて並んでいる。

 食事を済ませた後、それらのデザート類を皿に数種類盛った。ショートケーキ、エクレア、チーズケーキなど・・・ついつい欲張って手を出してしまう。

 それらのデザート類を胃袋の中に放り込んでから、後半のINコースへ向かった。「もしかして80台のスコアが出たりして・・・」心の中では、随分虫の良いことを思ったりもしていた。

2015/6/24

3384:自閉症  

 「この曲聴くといつも泣けてくるんですよね・・・」

 「ゆみちゃん」はそう言って、ナポリンタンを頬張った。そしてアイスコーヒーを勢いよくストローから喉に流し込んでいた。

 「ジムに行った時には、ジムのシャワーを浴びて帰るんです。だから自宅の水道光熱費も少し節約になるんですよ・・・」

 「普段はお風呂に浸かる派・・・?それともシャワーで済ましちゃう派・・・?」

 「だいたいシャワーで済ましちゃう派かな・・・冬はお湯に浸かることが多いけど・・・結構めんどくさがり屋というか、せっかちなところがあって、シャワーだけだと時間も短くて済むし・・・水道代やガス代も少し助かるような・・・」

 「節約家だね・・・」

 「一人暮らしは大変なんです・・・」

 「和歌山に帰ろうとは思わないの・・・?」

 「時々考えます・・・でも実家は実家でいろいろ大変なんです・・・自閉症って知ってます・・・?」

 「自閉症・・・?まあ、詳しく知ってるわけではないけど、知ってるよ・・・脳のどこかしらに疾患があって、自分の思いと行動との連携が普通にいかない病気だよね・・・」

 「弟が自閉症なんです・・・家族は弟に振り回され続けているんです・・・」

 「そう・・・じゃあ、ご両親は大変だね・・・」

 「子供の頃から両親は弟のことばかり気にかけていて、まあ、しょうがないんですけど・・・」

 「去年だったかな・・・自閉症の男性が書いた本が話題になっていたよね・・・奇異な行動とは全く別の思いが内面に存在することが書かれていて・・・」

 「『僕が飛び跳ねる理由』でしょう・・・読みました。あれを読んで、随分心が楽になったんです。心のどこかで、弟のことを少し憎んでいたんです・・・私・・・。でも、なんだか楽になりました。表面的には弟の行動はどうしても理解できないことばかりなんですけど、心の中では家族に迷惑をかけていることをすまないと思っていることが分かって・・・本人が一番苦しんでいるんだなって・・・ボロボロ泣いちゃいました。」

 「ご両親も読んだ・・・?」

 「読んだみたいです・・・感動したって言ってました。」

 「もしかして、東京に出てきたのも、弟の影響があったのかな・・・?」

 「きっと、そうかも・・・離れたかったのかも・・・弟のいる環境から・・・」

 小1時間ほど彼女と話した。その間店には新たな客は来なかった。女主人はカウンター内の奥に置かれた椅子に座って本を読んでいた。

 「もう行かなきゃ・・・」

 彼女は腕時計を確認してそう言った。

 「じゃあ、ジムで頑張ってね・・・」

 「ええ、頑張ってきます・・・」

 彼女は勘定を手早く済ませて、ドアの外へ出ていった。入ってきた時と同様に、ドアに付けられている鈴が乾いた音を鳴らした。

 「カラン・・・カラン・・・」

 今度は2度であった。その回数を確認してから、SONY製のラジカセのEJECTボタンを押して、カセットテープを取り出した。そのカセットテープをケースに入れて、箱にしまった。

 店の窓からは天気予報どおり降り出したらしい雨の音がかすかに漏れてきていた。「雨の街を」の歌詞がふと思いだされた。

2015/6/23

3383:バッグ  

 「ゆみちゃん」は、大きなバッグを持っていた。「こんばんわ!」彼女は挨拶してカウンター席に座った。隣の椅子の上にそのバッグを置いた。

 「随分大きなバッグだね・・・一泊旅行でもできそうな・・・」

 「あっ、これですか・・・最近スポーツジムに行ってるんです・・・今日もMimizukuで食事してから、行くんです・・・」

 「ジムか・・・ランニングマシーンで汗を流すとか・・・?」

 「その時の気分で色々ですね・・・だいたいまずはウォーキングを30分ほど、あとなんていうのかな、スキーをする時にみたいな動きをするマシーンがあって、これが結構楽しいんです。それから自転車なんですけど、少し低くなっていてリクライニングチェアに座るような格好で漕ぐものがあるんですけど、それも少し・・・」

 「がんばってるね・・・そのうちフルマラソン走ったりして・・・」

 「それはないですね・・・でも、週に2回か3回ほど行ってるんですよ・・・近くに出来たんです、小さ目のスポーツジムが・・・24時間営業で年中無休・・・会費も安いんです。月7,000円ぐらい・・・それで、始めようと思って・・・」

 「月7,000円ならいいよね・・・それで行き放題でしょう・・・毎日行けば1回200円ちょっとってことか・・・」

 「毎日は無理でしょう・・・夜の9時ごろ行っても結構な人が来てるんです・・・女性もかならず何人かいて、ストイックにトレーニングしている人もいますよ・・・筋トレマシーンで。」

 そんな話をしているうちに、彼女が頼んだナポリタンとアイスコーヒーがカウンターに置かれた。

 彼女は29歳。今年誕生日が来ると30歳になる。もう若いとは言えない年齢ではあるが、大きめの瞳が印象的な童顔であるので、実際の年齢よりも若く見える。

 SONY製のラジカセからは「ひこうき雲」のB面が流れていた。曲は最後の「ひこうき雲」に移っていた。

 「ユーミン聴くんですか・・・?」

 「いや、普段は聴かないけど・・・ちょっと懐かしくて・・・小学生の高学年の頃かな・・・4年生か5年生ぐらいに聴いた覚えがあって・・・」

 「私、このアルバム、CDで持ってますよ・・・『雨の街を』って曲が一番好き。」

 「ひこうき雲」が終わってから、私はラジカセの巻き戻しボタンを押した。「シュー・・・」という動作音を発して、カセットテープは巻き戻されていった。

 CDプレーヤーと違って曲の頭出しはできない。「確か3曲目だったから、この辺かな・・・」とテープの左右のバランスを目で見ながらストップボタンを押した。

 PLAYボタンを押すと「雨の街を」の途中であった。また少し巻き戻す。そして同じ動作を繰り返した。2曲目の「紙ひこうき」の終わりの方であった。

 そのまま、曲を流した。そして、「雨の街を」が流れ始めた。

 しばし、彼女はナポリタンを食べるためのフォークの動きを止めた。そして耳を傾けているようであった。

 「この冒頭部分の歌詞が好き・・・『夜明けの雨はミルク色・・・静かな街に・・・ささやきながら降りてくる・・・妖精たちよ・・・』何かが降りてこないと書けない歌詞って感じですよね・・・このメロディーも、明らかに何かが乗り移っているというか、霊感っていったものが感じられます・・・」

 彼女はそう言ってから、フォークを動かした。彼女のアイスコーヒーの入ったガラスコップにはびっしりと水滴が付いていた。今日は湿度が高い。空気中にはたくさんの水蒸気が漂っている。それらは冷たいガラスの表面に触れて本来の姿の水になる。

 彼女の瞳にもその沢山の水蒸気が押し寄せたのであろうか・・・ほろりという具合に涙がこぼれた。

2015/6/22

3382:雨の街を  

 喫茶店「Mimizuku」の店内は薄暗かった。照明はあるのであるが、薄らぼんやりとしたオレンジ色の灯りでは、照度は低いままである。

 今日も夜になってからぶらっと立ち寄った。かなりの年代物と思われるエアコンは電源が切られていた。今日は比較的涼しい。少し湿度が高めであったが、冷房の必要性は感じなかった。

 ホットコーヒーとナポリタンを頼んだ。店内には客の姿はなく、この薄らぼんやりとした店内の空間は静かである。

 有線放送などのBGMはかかっていない。音を出すとすれば、カウンターに置いてあるSONY製の古いラジカセでFM放送を聴くか、あるいは女主人の亡くなった夫が収集していたというカセットテープをかけるしかない。

 カウンターの左端には、そういったミュージックテープが入った細長い箱が一つ置かれていた。なにげにその箱を手もとに持ってきた。

 十数本のミュージックテープが入っていた。それらの古いテープたちを1本1本見ていった。そのなかに荒井由実の「ひこうき雲」があった。

 それを手に取ってみた。小さなカセットテープのケースは長方形をしている。その長方形が何故かしらしっくりとくる比率に感じられる。

 誰か以前に聴いたとき、A面を聴いたようで、B面を表に向けてカセットを入れた。そしてPLAYボタンを右手の人差し指で押し込んだ。

 きゅるきゅる・・・とかすかな作動音をさせながら、カセットテープはすまし顔で進んだ。B面の1曲目は「ベルベット・イースター」。

 音楽が流れ始めた。女主人は寡黙である。そのくぐもった声で「おまちどうさま・・・」と言って、ナポリタンとホットコーヒーをカウンターに置いた。

 「いつも奥の席にいる男性は今日はいないのですか・・・?」
 
 私は少し気になっていたことを口にした。

 「今日はもう帰ったんです・・・」

 「そうですか・・・」

 夜のこの時間帯に来るといつも一番奥の二人掛けのテーブル席に男性が座っていた。髪はすでに大半が白く、その表情には生気があまり感じられない。歳の頃は60代前半といったところであろうか・・・大概新聞を読んでいた。

 いつもあるものがそこにない時に感じる空虚な空間を背負うような感じで私はホットコーヒーに口を付けた。

 カセットテープは進んでいた。B面の3曲目「雨の街を」が流れ始めた。印象的なメロディーラインが静かな店内を漂い、その空間を緩やかに歪めているようにも感じられた。

 「雨の街を」が終わりかけた頃、入口の扉についた鈴が乾いた音を発した。「カラン・・カラン・・・カラン・・・」その鈴は三度鳴った。

 その鈴の音を耳にして、「郵便配達夫は二度ベルを鳴らす」という印象的なタイトルの小説のことが脈絡なく頭に浮かんだ。

 「二度ではなく三度か・・・」

 どうやら「待ち人来たり・・・」という感じであった。

2015/6/21

3381:雑誌  

 唯一定期購読していた雑誌である「FUNRIDE」が廃刊になることに・・・今後はネットでの情報発信とイベント企画のみを行うようである。

 昨今のロードバイクブームに乗って発行部数も伸びているのかと思いきや、雑誌部門は赤字だったようである。

 我々の世代にとって雑誌というものは情報発信メディアとして多きな存在感を有していたのであるが、インターネットやスマホの急速な普及が進んだ現代においては、それほど大きな影響力を持ち得ないだけでなく、経営的にも難しい状況に陥ることが多いのであろう。

 5,6年ほど前までは、オーディオ雑誌を定期的に購入していた。もう既にオーディオは完全なる斜陽産業に成り下がり、オーディオマニアといったものも絶滅危惧種に認定されるような状況であったが、幾つかのオーディオ雑誌は存在していた。

 月刊誌は「stereo」だけで、あとのものは季刊誌である。どういうわけか、いきなりハイエンド・オーディオに嵌った私は、3ケ月に1回書店に並ぶ「Streo Sound」を毎回必ず購入して、楽しみに眺めていたものである。

 しかし、その後オーディオ機器が何故かしら古いものにどんどんと変わって行くに従って、「Stereo Sound」を購入する事は稀になり、最近では書店で見かけても手にとることすらなくなっていた。

 そんな状況であったが、昨日Dolonさんのお宅にお邪魔したときに、最近号が置いてあったので「懐かしい・・・ステサンだ・・・」と手に取ってみた。

 ぱらぱらめくって面白い記事を見つけた。評論家4名が順繰りにそれぞれのお宅を訪問するという特集記事である。勿論、記事の内容は本心かどうかは怪しいところであるが面白く拝読した。

 ステサンも発行部数はピーク時から比べると相当減ってはいるはず・・・しかし、廃刊せずにしぶとく生き残っているということは、コアなファンがしっかりとついているということであろう。

 そして、ステサン世代というのはおそらく50代以上がほとんど。平均すると60歳に近い世代なはず・・・その世代は雑誌世代である。インターネットが普及しようがスマホが普及しようが雑誌からは離れない世代である。そこに生き残っていける余地が残っているのであろう。

 勿論そういった世代はやがて居なくなってしまう。そうなるとステサンも自然消滅するのかもしれない。



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