2015/5/11

3340:メインディッシュ  

 山伏峠さらにはその先の正丸峠へ向けて上り始めた。ゆっくりとしたペースで上り始める。上り始めてすぐのところに土砂潜れによる工事区間がある。

 ここは片側交互通行となっていて、そのための臨時信号が設置されている。信号が赤だった場合には、待ち時間も表示される。

 遠目に赤の信号が見えた。いつも待たされることが多いので、「また赤か・・・」と思ったが、近づいてくるとその待ち時間の秒数が少ない数字であることに気付いた。今日はちょうど青に変わるタイミングでこの工事区間に到着した。あまりないことである。

 工事区間を過ぎたあたりから少しづつペースを上げ始めた。心拍数は当然のことのようにその数字を上げ始める。

 ここは最も数多く上る峠道である。1年に10回くらいは上るのではないか・・・上りなれた峠道はやはり安心感がある。

 このあたりはこれくらいの強度で上がり、ここはしっかりとダンシングで踏ん張る・・・この辺りは斜度が緩むのでギアを上げて・・・といった感じで、ある程度展開を読みながら上れる。

 サイコンに表示される心拍数を眺め、170から175くらいまでの範囲に納まるよう注意しながらクランクを回すペースやギアを選択した。この範囲であれば、後半まで脚がもつはずである。心拍数が180を超えてしまうと、やがて脚が売り切れ状態になって最後まで踏み切れなくなってしまう。

 山伏峠の終盤、2名の上級者が先を走っていた。かろうじて前を行くメンバーの背中を視界に捉えるようにして私も続いた。

 4km程上って山伏峠の頂上を越えた。しばし、下る。何度かカーブを曲がりながら勢いよく下り、正丸峠への上り道へ入り込んでいった。

 残りはもう少しである。前を行く2番手のメンバーの背中は視界から消えることはないが、なかなかその間合いが詰まることはない。

 正丸峠の上り道、斜度はきつくはない。ペースを少しづつ上げていった。脚には疲労感が蓄積してゆく。呼吸も余裕がない。

 前を走るメンバーとの距離は少し縮まったようであるが、いわゆる射程距離には程遠い。背中がどうにか見えている程度である。

 最後はダンシングでラストスパート。今日の「メインディッシュ」を完食した。いつものことながらお腹一杯となった。

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 帰り道には二つの「デザート」が待っている。「メインディッシュ」を上り終えた直後にはとても「デザート」が入る余裕などないように感じられるのであるが・・・まあ、いつもなんだかんだいって、食べてしまうのである。

2015/5/10

3339:コーヒー  

 先週の日曜日は200kmを超えるような長い距離を走ったが、今日は普段通りのロングであるので100km程の距離を走ることとなる。

 では先週よりも楽なのかというとそういう訳でもない。距離が長い場合、脚を温存するためにペースを緩める。峠道でもバトルは無しで淡々と上る。限界心拍数まで追い込むようなことはしないのである。

 しかし、100kmほどの距離の場合、走り切れることは自明であるので、峠道ではバトルを行う。限界まで自分を追い込んで峠道を上る。結果として相当に疲れる。

 今日はいつも通り7時に家を出た。天気は快晴である。昨日は断続的に雨が降ったが、今日は雨の心配はなさそうである。

 集合場所であるバクルプラザまでは多摩湖サイクリングロードを走った。良い天気と爽やかな5月の空気に誘われて多くの人々がジョギングやウォーキングをしていた。犬の散歩をさせている人も多い。この道は小金井公園まで続いている。

 そういった人々をすり抜けるようにして走った。今日の最高気温は25度ほどと天気予報は伝えていた。5月としては少し暑くなりそうである。

 バイクルプラザに着いた。今日のロングの参加者は10名。今日は行き慣れた正丸峠に行きましょうということになった。10名の構成はORBEA3台、RIDLEY3台、BH2台、Biachi1台、そして私のKUOTA1台であった。

 10両編成の列車は比較的緩やかなペースで走った。しばらく走ると肌はじっとりと汗ばんでくる。陽気な雰囲気で降り注ぐ陽光は、気分を開放的なものにしてくれる。

 先週の超ロングの帰りで落車した際の左腰の打撲はまだ痛みがとれていなかった。走りそのものに影響があるほどではなないが、左腰付近には違和感が漂っていた。

 多摩湖サイクリングロードを走り、旧青梅街道を走り、岩蔵街道を走っていった。そして、いつものファミリーマートで休憩をした。

 ここには最近バイクスタンドが新設された。それだけローディーが頻繁に立ち寄るのであろう。休憩している間にもそのファミリーマートの前の道を何台ものロードバイクが颯爽と駆け抜けていった。今日はこの爽やかな天候に誘われて多くのローディーが繰り出しているのであろう。

 しばしの休憩後、山伏峠の上り口を目指して走りだした。周囲の風景は徐々に山間の度合いを深めていく。木々は生命力旺盛な色合いに染まり、しっかりとした気を放出しているように感じられた。その気を吸い込みながら私たちは走り続けた。

 緩やかな上り基調の道が続く。あいにく、風向きは向かい風であった。強烈な風というわけではないが、止むことなく向かい風は吹いてくる。その風は脚の充電量を少しづつ消耗させてゆく。向かい風に抗しながら比較的緩やかなペースで走っていった。

 ロードバイクにとって良い季節であるということは、オートバイにとっても良い季節である。時折数台連なったオートバイが大きなエンジン音をたてて通り過ぎていった。相当な二酸化炭素を放出しながら・・・「それに比べたらロードバイクで走る人間が放出する二酸化炭素は微々たるものであろう・・・」そんなことを思った。

 ようやく山伏峠の上り口に着いた。トイレ休憩を済ませて自販機で缶コーヒーを買って飲んだ。コーヒーをたくさん飲むと病気になりづらいとテレビニュースが伝えていた。「きっとあの報道以後、コーヒーの売れ行きは良いだろうな・・・」と思いながら一気に飲んだ。

2015/5/9

3338:大蛇  

 私は彼女にMitoのイグニッションキーを見せながら言った。イグニッションキーはベッドの脇のテーブルの上に置かれていた。

 「このAlfa Romeoのマークってどういう意味があるんだろう。この蛇と十字架って・・・」

 彼女もテーブルのキーの存在に目をやってから、少し得意げに話した。

 「このマークでしょう。これはね・・・知ってるの。左側の赤い十字架はミラノ市の市章だったはず。Alfa Romeoの創業地がミラノだから・・・それから右側の蛇は、かってミラノを支配したヴィスコンティ家の家紋なの・・・」

 「家紋か・・・この蛇って舌を出しているのか、火を吹いているのか、それとも人を飲み込んでいるのか・・・良く分からないよね・・・この赤いところ・・・」

 私は手を伸ばしてキーを取った。それを彼女に見せながら言った。

 「それはね・・・実は人を飲みこんでいるところなの・・・」

 「やっぱり・・・そうなんだ・・・人だったんだ・・・蛇に飲み込まれて断末魔の叫びを上げているような・・・」

 Alfa Romeoのマークの由来を知って、さらに感慨深げにその絵柄を眺めた。

 「Mitoって新型出ないのかな・・・もうだいぶ経つよね・・・」

 「発表されたのが2008年だから・・・何年・・・?7年・・・?」

 「Alfa Romeoは経営状況が厳しそうだから・・・しばらくは無理か・・・」

 私は上半身を起こしてベッドから両足を床に下ろした。ベッドに腰掛けるようにして話を続けた。

 「Alfa Romeoって少し前は147とか159とか、車名が数字だったけど、最近はMitoにGiulietta・・・名前がつくようになったよね。」

 「Giuliettaって実は3代目なの・・・連続してなくて飛び飛びなんだけど・・・初代は相当古い車で1950年代・・・その後2代目が70年代後半に復活して、そしてまた2010年なって3代目が復活・・・リバイバルのリバイバルって感じなの・・・」

 「それだけ、気合を入れて投入したんだろうね・・・でも、Giuliettaはそれほど売れてはいない・・・やっぱりMitoの新型はしばらくでないだろうね・・・」

 私はシャワーを浴びるためにバスルームへ向かった。勢いよくシャワーヘッドから暖かいお湯が流れ出した。それを頭から浴びた。

 ホテルのバスルームには鏡が取り付けてあった。シャワーのお湯でその若干湯気で曇った鏡を綺麗にした。

 そこに映った自分の体を見た。上半身はかなりほっそりとしている。太ももは若干太い。膝から先はほっそりとしている。

 「やっぱりあれは人だったんだ・・・人を飲み込んだ大蛇か・・・なんだか意味深だな・・・そしてエロティックでもある。」

 そんなことをぼんやりとした頭で考えていた。

 バスルームの扉が開いて彼女が入ってきた。私はシャワーヘッドを元の位置に納めた。彼女は私の背後にいた。

 「どうする・・・?また会う・・・?」

 彼女は唐突な感じで訊いてきた。

2015/5/8

3337:TANNOY巡り  

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 TANNOY CHATSWORTHは美しいプロポーションの持ち主である。横幅は3LZとほぼ同じ。縦にすっとストレッチしたその体つきはすらっとしていて目に馴染む。

 やや明るめの茶色のキャビネットに淡い独特のグレーのサランネット・・・底面には袴があり、4点の金属製と思われる鋲がある。それで床と接触する。

 その色合いといでたちは、いかにもイギリス的である。牧歌的でもあり、寓話的でもあり、呼吸しているのではないかと思わせるような有機的な雰囲気を見る者に与える。

 CHATSWORTHに換えて、先ほど3LZで聴いたCDやらレコードなどを再度聴いてみた。3LZのみを聴いているときには、「音楽を鑑賞するうえでこれ以上必要ないのでは・・・」という気持になったものであるが、聴き比べをしてみると、そういった感想とは別の感想が出てくるものである。

 「音の潤い感や、音楽の情感が、より深く、よりダイナミックに表現される・・・やはり違うものである。より歌っているという感じであろうか・・・」

 そんな感想を持つ。特に弦楽器、ヴァイオリンの響きなどに差が出る。比べてみて初めて感じるものであるが、3LZはからっとしていて音楽を拘泥なくすいすいと提示する。

 CHATSWOTHはしっとりとしていて、音楽のうねりなどをしっかりとためてから、表出する。クラシック音楽に限ったならば、CHATSWORTHの表現力の方が一枚も二枚も上手のような気がした。

 CHATSWRTHはわが家のリスニングルームでも数年間活躍したスピーカーであるので、その音の質感に私の耳が馴染んでいるということもあったのかもしれない。

 私はその後一時的にQUAD ESLに「浮気」したりしたが、結局TANNOYに戻った。やはりTANNOYには独特の響きがあり、その響きが魅力的に感じられたのであろう。

 LANCASTERをお使いのチューバホーンさんも、「JAZZのウッドベースなどは、低域が締まっていて3LZの良さが活きますが、クラシックはCHATSWORTHが良いと思いますよ・・・」と話されていた。

 3LZとCHATSWORTHは末弟とそのすぐ上の兄といった関係である。見た目は似通った兄弟であるが、その性格にはそれぞれやはり個性がある。

 「OLD TANNOY」というくくりの中にこの二つのズピーカーは属する。チューバホーンさんがお持ちのLANCASTERもそうである。我が家のGRFもそう・・・そういった50年も60年も前に作られた古いスピーカーを愛好する三人にとって、今日のささやかな「TANNOY巡り」は楽しい一時であった。

 その3人の心持を反映するかのように五月晴れの空には気持の良い青色が広がっていた。そして、爽やかな空気が・・・

2015/5/7

3336:3LZ  

 チューバホーンさんとともに、新宿駅から湘南新宿ラインの快速に乗った。目的地である大船に着くのに1時間もかからなかった。

 ゴールデンウィークの連休の最終日であった昨日、行楽客で車内は混み合っているのかと思っていたが、空いていた。

 大船駅に着くと、seiboさんが青い色のVW POLOで出迎えてくれた。車に乗り込み坂を上っていくようにして少し走っていくと、seibo邸に到着した。

 そのリビングでもあるリスニングルームには2セットのTANNOYのスピーカーが・・・一つはもともとお持ちのCHATSWORTH。そしてもう一つは3LZ。こちらは知人から一時的にお借りしているものとのこと。

 今日はこの美しく、清廉な印象を受けるTANNOYの古い二つのスピーカーを聴き比べましょうという趣向であった。

 二つのスピーカーのキャビネットはどちらも英国オリジナルで、淡い明るめの茶色である。そのキャビネットのなかのユニットはモニターゴールド。12インチと10インチのものがそれぞれ搭載されている。

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 まずは3LZから・・・床の上にオーディオボードが置かれ、3LZはその上にインシュレーターで仰角を少し付けられてセッティングされていた。

 とてもかわいらしく感じられる姿形である。仰角を付けられて少し上を向いているので、なんだかスターウォーズに出てくるR2D2を連想してしまった。目を離すとそのままの姿ですすすっと前に進んでくるかもしれないと思えた。

 3LZを駆動するパワーアンプはUESUGIのモノラル真空管アンプ。出力管は300B。プッシュプルであるので合計4本の300Bが並ぶ。やはり存在感のある真空管である。

 クラシックのCDを数枚聴いた。3LZは小型の躯体を活かし広い空間を提示してくれる。音の質感はこの5月の時期の空気感のように爽やかである。さらっとした肌触りですいすいとこだわりなく音楽を提示してくれる。

 「これで、十分というか、音楽を鑑賞するうえでこれ以上要らないのでは・・・」そんな印象を持ちながら聴き進んでいった。

 高低のバランスもとれていてけして破綻しない。確かにド〜ンと腹にくるような低域は望めないが、音楽を鑑賞するうえで必要なものは全て揃っていると感じさせてくれる質感に思わず頬が緩む。 

 アナログも数枚のLPを聴いた。送り出しは銘機として名高いTHORENS TD124。SMEのアームの先端にはSHELTER 501が取り付けられていた。

 アナログもしっかりとバランスが取れていて、心の襞にすっと染み込んでいく音の質感を提示してくれた。

 3LZはTANNOYの末弟的な存在であるが、なかなかしっかり者である。そういえば、スターウォーズでもR2D2は冷静沈着でここぞっという大切な時に活躍していた。

 3LZを一通り楽しんだのち、3LZが置かれていた場所にはCHATSWARTHが置かれた。その姿形は私にとってとても懐かしいものである。

2015/5/6

3335:落車  

 柳沢峠の標高は1472m。上り終えて時間が経過してくると盛大にかいた汗が冷えてくる。サイクルジャージ背面のポケットに忍ばせていたウィンドブレーカーを取り出して身に纏った。

 ウィンドブレーカーを着用しても体が冷えてきた。昨年は疲労と寒さで筋肉が硬直するような感覚にとらわれたが、今年は昨年よりも気温が高いうえ、疲労度もそれほどではなかった。

 下りは安全に走れる速度に抑えて慎重に下ることを心に決めていた。昨年の下りでの落車の際には運良く軽微な怪我で済んだが、下りでの落車はスピードが出ているので、転び方によっては大きな怪我に繋がる可能性が高い。慎重の上にも慎重を期さなければ・・・

 しばしの休憩後下り始めた。風が体を覆い尽くす。ウィンドブレーカーはバタバタと小刻みに揺れて音をたてる。右に曲がり、左に曲がり、斜度が緩み、やがてきつくなる。

 昨年落車したのは右カーブであった。右カーブに差し掛かるとブレーキングをしっかりとしてスピードをこれでもかというくらいに緩めた。

 昨年よりも寒くはなかった。ちょうど同じ時期であったが、今年の方が気温が高いのであろう。昨年は上半身の筋肉が寒さのためぶるぶると震えていた。

 峠道の下りはほぼ下り終えた。無事に下り終えたことに少し安堵した。奥多摩湖までは下り基調の道が続く。皆、上りが終わったのでガシガシと先頭を引いた。

 奥多摩湖を過ぎ、いくつものトンネルを潜った。古里駅そばのコンビニで最後の休憩を済ませた。補給食を口にして、空になったボトルに水を入れた。

 周囲は薄暗くなってきた。休憩ポイントを出発した。今日は青梅大祭があるので、いつものルートではなく。吉野街道を進むことになった。

 吉野街道は最初のうちは車も少なかった。しかし、ある程度進んでくると車のリアランプの赤い光が長い帯を作るようになってきた。ゴールデンウィークの行楽帰りの車が繋がってのろのろと走っていた。

 ロードバイクはその脇をスピードを緩めてすり抜けていく。吉野街道は道幅が狭い。車の脇のそれほど広くない隙間を通り抜けていった。

 ややその状態で進んでいくと渋滞の列の中にバスが1台混じっていた。バスの脇にはほんのわずかの隙間しかなく、ロードバイクでも通り抜けていくことは困難であった。

 そのバスにつっかえた形でのろのろと進むしかなかった。つっかえたまましばらく行くと、少し道の左側が広がっている箇所に出た。

 ここぞっとばかりにバスをやり過ごそうとした。バスの左わきには若干の隙間のアスファルト部分とコンクリートに覆われた部分があった。

 私はバスを手早くやり過ごそうとアスファルト部分からコンクリート部分へ向けてロードバクをやや斜め左に向けて走らせた。夜間走行で路面状況はよく確認できなかった。

 アスファルト部分とその左側のコンクリート部分には数センチの段差があった。コンクリート部分の方が若干高くなっていたのである。

 それに全く気付かなかった。ロードバイクの前輪はその段差にひっかかった。左斜めに進もうとしていたロードバイクは前輪が段差にとらわれてしまってバランスを維持できなかった。

 ちょうど加速しようとしていた矢先前輪をとられたかたちとなったロードバイクは左側に勢いよく倒れた。その際左の腰をそのコンクリートにしっかりとぶつけた。

 左腰に強い痛みを感じてすぐには立ち上がれなかった。数分間四つん這い状態で痛みが弱まるのを待ってからどうにか立ち上がった。

 「また・・・落車か・・・このルートの帰りには魔物でも憑りついているのであろうか・・・」

 全く予期しない出来事に少々落胆した。ロードバイクには走行に支障が出るような損傷はなく、私も左腰を打撲しただけでその他には怪我はなかった。

 今回の落車も幸いけがの程度は軽微なものであった。左腰の打撲もきっと明日以降数日間は痛みが残るであろうが、大したものではない。

 隊列を組み直して帰り道を急いだ。左腰は痛んだが、どうにかハイペースでのトレイン走行にもついていけた。

 岩蔵街道に出て、やがて旧青梅街道に辿りついた。もうすぐ我が家である。早朝の5時に家を出てから14時間以上の時間が経過していた。

 家に辿りつくのが待ち遠しかった。コンクリートに打ち付けた左腰が痛み、200kmほど走ってサドルに長時間押し付けられていた尻の坐骨部分が痛んだ。ダンシングを多用したために右手の手の平にはまめができ潰れて痛んだ。

 でも、家に辿りついたならそれらの痛みもすっと和らぐような気がしていた。もうすぐ我が家である。もうすぐ家族の暖かい笑顔に触れることが出来る。そんな何かしら随分懐かしいものに触れる時のような暖かい気持ちが自然に心の奥底から湧いてきた。

 長い一日は終わろうとしていた。今晩は深淵の底に沈みこむように眠りこけるであろう。たとえ、左腰が痛もうとも・・・泥のようになって眠るはずである・・・それだけは確かなことのような気がしていた。

2015/5/5

3334:ほうとう  

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 塩山まで降りてくると気温はぐっと上がった。塩山駅でトイレ休憩後、お目当ての「七福」へ向かった。

 ここのメニューには、名物のほうとうのほかに、蕎麦や何種類かの定食もある。かなり気温が上がってきたので、思わず冷たい蕎麦にも心惹かれたが、やはり初志貫徹とばかりにほうとうを頼んだ。

 ここのほうとうは具だくさん。運ばれてきた直後は「これは食べきれるのか・・・」といった驚きをもたらすが、食べだすと3種類の味噌をブレンドし、鰹節、昆布、アゴで出汁を取った味わいの良い汁が舌に心地よく馴染み、すいすいと食べてしまう。

 今日もしっかりと完食した。「七福」を出て、近くにある桔梗屋にも立ち寄った。信玄餅で有名な店である。信玄餅をアレンジした何種類かの菓子が出ている。

 「信玄プリン」「信玄ロールケーキ」「信玄クレープ」などなど・・・そんな多くの種類の中から「信玄ソフト」を選択。粘りが半端ないソフトの横に信玄餅が数個並び、上から黒蜜がたらされている。美味である。

 ほうとうと信玄ソフトで腹は十二分に満たされた。いよいよ柳沢峠を塩山側から上り返すために走りだした。

 もうすでに100km以上走っている。普段よりもペースは緩めとはいえ、体と脚には疲労成分がそれなりに堆積している。その状態で17kmほどの長い距離を上り続けることとなる。

 隊列を維持しながらゆっくりとしたペースで上り始めた。心拍数は120〜130ほど・・・この負荷であれば大丈夫といった範囲で上り続けていく。

 序盤は道の脇に地下水であろうか細い水路がある。その水路には水が勢いよく流れていた。水は低い方へ向かって流れていく。その流れとは逆にロードバイクの隊列は上へ向かった。

 10km程上った。ペースを若干上げた。心拍数はすぐに反応する。140を超えて150に近づいてくる。150を超えないようペースを調整しながらさらに3kmほど上がった。

 残りは4kmほど・・・このあたりから景色はダイナミックなものに・・・高架橋を通ってぐるっと曲がったり、いくつかのトンネルを抜けたりと景色が大きく変わる。

 脚の方はもちそうであったので、さらにペースを上げていった。サイコンの心拍数は160を超えて170に近づいていった。

 ほうとうパワーであろうか・・・あまり疲れない。そのまま良いペースを維持できた。もしかしたら最近新調したフレーム KUOTA KHANの効果もあるかもしれない。

 普段の坂バトルでも終盤でだれることがなくなった。最後の最後でまだ脚に粘れる力が残っているのである。やはり良いフレームのようである。

 ようやく柳沢峠に到着した。今日2度目の柳沢峠である。1回目の時よりもなんだか感慨深い。これで今日のミッションのほぼすべてを達成した。

 あとは柳沢峠の下りで昨年のように落車しないように慎重に下り、自宅に辿りつくのみである。まだ走るべき距離は長いが、下り基調であり、大きな上りはもうない。

2015/5/4

3333:柳沢峠  

 奥多摩湖の駐車場で休憩後、8両編成の列車は先へ進んだ。空には真っ青な青空が広がっていて、木々の緑は眩しいくらいに生命力にあふれた春の色合いを誇示している。奥深く続く奥多摩湖の湖面は静かで、しばしの間クランクを回し続ける私たちの目を楽しませてくれた。

 奥多摩湖が視界から消えると、山間の道からは野鳥の声が時折聞こえた。春を通り越して初夏のような陽気になってしまった季節の移り変わりの早さに、少々焦っているかのような鶯の鳴き声も耳をかすめた。

 往路は適宜休憩を取りながら進む。「丹波山 道の駅」でも休憩をとった。ここの名物は鹿肉。メンバー全員鹿肉のソーセージを食した。味わいは鹿肉と言われなければ、気づかないほどに癖のない味わいである。

 鹿肉のソーセージで元気を付けて、柳沢峠を目指した。道は上り始める。斜度は緩めである。塩山からの上り返しも考慮してゆっくりとしたペースで上がっていく。10kmほど上った先にある釣堀屋さんで小休止を入れた。残りは6kmほど。柳沢峠が終着点の場合にはここからがバトルエリアになる。今回はバトルなしである。

 心拍数が140ほどの中負荷で上り続けていた。先頭を引いてくれるメンバーのペースに合わせて、時折サイコンの心拍数をチェックしていた。

 残り3km程からであろうか・・・ペースが上がり始めた。心拍数を見ながらまだ大丈夫と判断して付いていった。

 しばしその速くなったペースで上ると、心拍数は150を超えて160ほどに、さらに160の後半になってきた・・・「どうだろう・・・まあ、いつものバトルの時に比べたら低いけど・・・それなりに脚にきそうだな・・・」そんなことを思いながらついていった。

 先頭を引いてくれたメンバーのおかげで、想定よりも少し速いペースではあったが、軽快に柳沢峠を越えることが出来た。

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 上り切った直後は汗が顎から滴り落ちていたが、標高がぐっと上がったので空気は爽やかなものに変わり、汗もそれほど時間を置かずに引いていった。

 皆が揃って記念撮影を終え、塩山まで一気に下っていった。何度も大きなヘアピンカーブを曲がり、長い距離を下っていった。

 下りは豪快で軽快である。強烈な風を受けながら進んでいく。しかし、心の奥底には不安感も堆積していった。

 「これを上り返すのか・・・相当な試練だな・・・」

 下りの時の方が斜度を強く感じるもの・・・上ってみれば何とかなるものではあるが、100km以上走ったのちにこの長い上りを上り返すのには、かなり気持ちを強く持たなければいけないのは確かである。

2015/5/3

3332:超ロング  

 普段のロングライドで走る距離は100kmほど。年に2回ほどそれよりもはるかに長い距離を走る。走る距離は200kmほど。今日はその日であった。

 行先は山梨県の塩山。奥多摩を抜けて柳沢峠を越える。塩山駅まで行って、そのそばにある「七福」という店名のほうとう屋さんで名物のほうとうを食べる。そして柳沢峠を逆方向から上り返して帰ってくる、というコースである。走行距離は215km・・・きわめて過酷なコースである。

 実はこのコース昨年初めて走った。その時の帰り道でのこと、柳沢峠の下りで落車した。疲労と寒さから筋肉が強張ったのであろうか・・・幸いけがの程度はかなり派手な落車であったにもかかわらず、擦り傷程度の軽微なものであった。それが昨年唯一の落車であった。それ以来下りには極めて慎重になった。「今回も気を付けて落車だけは避けよう・・・」そう心に秘めて朝の5時にKUOTA KHANに跨って自宅を後にした。

 今日の参加者は8名であった。内訳を見るとなんとRIDLEYが半数を占めて4台、BHが2台、ORBEAが1台、そして私のKUOTAが1台という構成であった。普段はORBEAが優勢であるチームであるが、最近ORBEA ONIXからRIDLEY HELIUMに乗り換えたメンバーもいて、RIDLEY時代の到来か・・・と思わせる構成であった。
 
 まずは奥多摩湖を目指して隊列を組んだ。なるべくペースを抑えて走った。今日は長丁場である。柳沢峠を両方向から上らなければならない。特に100km以上走ってから塩山方向からの上り返しは距離も17km程と長く、相当体に負担がかかるはず・・・前半はなるべく意識的にペースを緩めて脚を温存しなければならない。

 天候はこれ以上望むべくもないほど良い天気であった。昼頃には暑くなりだしそうであったが、朝のうちは爽やかな空気があたりを支配していて、ロードバイクで走ることをより一層楽しいものにしていた。

 旧青梅街道、岩蔵街道を走り途中青梅方向へ曲がっていった。青梅駅近くの商店街のある通りを抜けていくと、今日は「青梅大祭」の日のようで、その準備をする人々でにぎわっていた。まだ時間が早いのでお祭りは始まっていないが、お祭りが始まる前の熱気のようなものがこの通りをうずめていた。

 そこを通り抜けてひたすらまっすぐに走った。途中御岳駅そばのセブンイレブンで小休止した。ここは登山客でにぎわっていた。最近の登山ブームは凄いようで、登山ファッションに身を包んだ人々がたくさんいた。

 ここを出て一気に奥多摩湖を目指した。普段であればバトルエリアとなる奥多摩湖までの緩やかな上りのコースも今日ばかりは隊列をキープしてゆっくりと上った。いくつかのトンネルを越えていくとやがて奥多摩湖が見えてきた。

 新緑がまぶしく陽光に映え、その美しい緑が鏡のような湖面に映っている。優雅で美しい自然が迎えてくれた。 

2015/5/2

3331:イグニッションキー  

 「満月うどん」を出てからAlfaromeo Mitoを東大和方向へ走らせた。蔵敷の交差点で左折して上っていく道を進むとやがて多摩湖を二つに分断する堤防道路に出る。

 そのやや幅の狭い堤防道路を渡り切った先の交差点を左折してくねくねと曲がった道を行ってから右折すると狭山湖の周囲を走っている道に出る。

 大きめのコインパーキングの手前を左に入り、脇道のような雰囲気の狭い道路を進むと、ホテルが数件その道路沿いに並んでいる。その中の1件のホテルの駐車場にMitoを滑り込ませるようにして停めた。

 Mitoのイグニッションキーを左に回してエンジンを止めた。助手席に座っている「寧々ちゃん」と目があった。キーを抜いて、シートベルトを外した。

 彼女は助手席のシートベルトをしたままであった。もう一度目があった。その瞳の色合いには何かしら問いただすようなものがあった。

 私は彼女の目を見ながらMitoのキーを彼女に渡した。そして、ドアを開けて外へ出た。車の後方を回って助手席側に移動して助手席側のドアを開けた。

 彼女はシートベルトを外して外に出た。そのドアを自分で閉めてから、右手で持っていたキーのリモコンボタンを押して施錠した。小さく「ピッ・・・ピッ・・・」と2度音がしてハザートランプも2度点滅した。

 そして、そのキーをさも大事なもののように私に返した。私はそのキーを受けとってスーツの右ポケットにするりと潜り込ませた。

 MitoのキーはAlfaromeoのグリルの形を巧みにデザインに取り入れたお洒落な造形をしている。中世の騎士が持つ盾のように見えるその形状にそって施錠解除、施錠、トランクキーの順にボタンが並んでいる。

 部屋の中に入った。スーツの上着は部屋の中のクローゼットにしまった。その際ポケットに忍ばせていたMitoのキーを取り出して、ベッドの脇にあるガラス天板のテーブルの上に置いた。

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 イグニッションキーの差し込む金属部分は折りたたんで収納できる構造になっている。Alfaromeoのマークの付いた革製のキーホルダーが取り付けられていた。

 ネクタイを外し、スーツの上着をかけたハンガーにつるした。紺色のスーツに緑のレジメンタル柄のネクタイが馴染んでいた。

 これからしばしの時間、官能の時がすぎる。互いの肌の湿り具合や温度、そして重量感を伴った体の存在そのものが不思議と自然に溶け込むように混じりあっていく。そして独特の陶酔感へと導いていく。

 指先が触れ、唇が触れ、湿って暖かな舌先が触れ合う。その触感はじわじわと染み込む水のように、体を浸していき、独特の浮遊感をもたらす。

 やがて、軽やかな羽毛の掛布団はベッドの脇からずれ落ちて床に残雪のようにこごまっていく。二つ綺麗に並んでいた枕も一つは彼方から転げ落ち、もう一つは斜めになって窪んでいた。

 Mitoのキーは微動だにせず、二人の様子を眺めていた。Alfaromeoのマークである緑色をした蛇はくねらせた体を誇示しながら隣に並ぶ十字架をめがけて赤い舌を出していた。そのマークが目に入った。

 「あれは舌なのかな・・・もしかして火を口から吹いているのか・・・それとも人の半身を飲み込んでいる状態のようにも見える・・・下半身を蛇に飲み込まれ血に染まった人間の上半身のようにも・・・」

 視線を「寧々ちゃん」に戻した。彼女は目を閉じていた。その瞼の裏側には何か見えているのであろうか・・・いつか訊いてみよう・・・と、そっと思った。



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