2015/3/21

3289:KHAN  

 今日はお彼岸・・・1999年に癌で亡くなった父親の墓参りに行った。妻と子供2人、さらに近くに住む母親を車に乗せて出かけた。天気は曇りであった。

 入間市にある広い霊園には、多くの人々が墓参りに来ていた。真新しい花々が添えられ、普段は静かで穏やかな色合いの霊園も、今日は華やかな雰囲気であった。

 墓石に水をかけ、ブラシで軽く擦る。花を添えて、お線香に火をつける。一連の流れは皆もう手慣れたものである。手を合わせて「とりあえず、みんな無事でやってます。上の子は来月から社会人です・・・」と報告する。

 今年の命日が来たら16年という長い時間が経過したことになる。「もうそんなになるのか・・・」そんな昔のことには思えない。同じ年1999年に下の子が生まれた。亡くなる前数ケ月下の子は赤ん坊の時に父に何度も抱っこされた。もちろん下の子にはその記憶は残っていないが・・・

 墓参りを済ませてから、皆で多摩湖を見下ろす景色が美しい「菊水亭」で中華料理を食べた。多摩湖の水位は普段よりも少し下がっていた。丸い帽子をかぶっているように見える二つの給水塔がのんびりと佇んでいた。

 墓参り・昼食・食料品の買い物・・・そういった一連の用事を済ませてから、私は一人でMercedes-Benz E350にいそいそと乗り込んで、バクルプラザへ向かった。

 私の新たな相棒となるKUOTA KHANを受け取るためである。ショップに置かれていたKHANは艶やかな黒を身に纏っていた。最近の流行はマットブラックであるがグロスペイントの黒もなかなか気持ちが良い。

クリックすると元のサイズで表示します 

 組みあがったKHANをしげしげと眺めた。随所に特徴的な造形が見て取れる。シートステイなど細いところは繊細に細い。ヘッドチューブやBB回りなどはごついまでのボリュームを持たせている。

 遠目には真黒に見えるが、よく見るとKUOTAのロゴやKHANの製品名がうっすらと認識できる。奥ゆかしいというかあまり強い自己主張をしない仕様である。

 明日の天気はどうやら大丈夫そうである。実に2ケ月ぶりのロングライドとなる。それがKHANとの初ライドとなる。

 新たなフレームでの初ライド・・・テンションはぐっと上がるはずであるが、終盤では脚がもたない可能性が高い。

2015/3/20

3288:500X  

 フィアットの新型車500Xを写真で見た時「チンクエチェント・・・お前もか・・・」とシーザーのような嘆きがまず最初の印象であった。

 ミニのクロスオーバーを最初に見た時にも「これはミニじゃない・・・あんな大きな図体をしてミニと名乗るのは厚かましい・・・」と思った。それとほぼ同じような感想を持った。「これはチンクエチェントと名乗るべきではないのではないか・・・」と。

クリックすると元のサイズで表示します

 フィアット500Xは「コンパクトクロスオーバーSUV」という最近世界的に人気のジャンルに分類される新型車。夫婦と子供2人の4人家族で使える車が欲しい。「でもどれも同じような顔をしている没個性的なミニバンじゃあな・・・」と思っている30代40代のお父さんにとって、この手の車はかなりアピールするのではないか・・・

 コンパクトクロスオーバーSUVは、実用性がそれなりにしっかりと高い。荷室も積載力のある空間を持っているし、車高が高いので大きく見えるが、車の専有面積自体はそれほど大きくないので、狭い駐車場でも困ることは少ない。

 そして、コアなマニアからはやや冷ややかな視線を向けられる可能性があるとはいえ、スタイリッシュで個性的な外観を有する。

 この分野で先行したミニ クロスオーバーは日本でも成功している。この新たなカテゴリーにに投入されたフィアット 500X。最初の違和感が通り過ぎると「これはきっと成功する・・・もしかしたら日本で最も売れるFIATになる可能性すらある・・・」という気がしてきた。

 サイズは全長4,248mm、全幅1,796mm、全高1,608mmで、ホイールベースは2,570mm。先日「寧々ちゃん」が試乗してみたいと言っていた「500」は全長3,546mm、全幅1,650mm、全高1,490mm、ホイールベース2,300mm。サイズ的にはふたまわりは違う。二つは全く別のクルマである。

 一部の熱心なチンクエチェント・ファンから「こんなデカいのはチンクエチェントじゃない・・・」といった声があがるであろうが、よく見るとその外観はイタリアンな雰囲気を確かに纏っている。インテリアもチンクエチェントの文法に従っており、個性的でデザイン性が高い。

クリックすると元のサイズで表示します

 「これはこれでありかも・・・日本でもきっと売れるに違いない・・・私は買わないけど・・・」と、そんなふうに思った。

2015/3/19

3287:チンクエチェント  

 私の左腕の関節の窪みに「寧々ちゃん」の首は収まりよく任せられていた。彼女は私の左側にいて、こちらに顔を向ける形で横になっていた。

 私は仰向けになって、視線を天井に向けていた。ホテルの一室の天井にはBOSE製の小さな黒いスピーカーが取り付けられていて、そこから部屋の中に有線放送によるBGMが流れ込んでいた。

 二人とも黙っていた。彼女の左手は私の腹部の上に置かれていた。彼女のその手の温もりが、ちょうど手の形に切り取られたように腹部に刻み付けられているかのようであった。

 その時ふと、ジョージ・ハリソンの「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」のジャケットデザインのことが頭をよぎった。

 そのジャケットには手の写真が使われていた。手のサーモグラフィーのような特殊な写真であった。印象的て記憶に残っている。

 このアルバムのA面の1曲目に収められているのは、確か「GIVE ME LOVE」だった。その緩やかでどこかせつなげなメロディが思い起こされた。

 「そういえば、まだやり残していたいたことがあった・・・・」

 彼女が急に口を開いた。

 「やり残したこと・・・?」

 「Mitoの次の車が決まっていないでしょう・・・」

 「あっ・・・それね・・・そうだね・・・まだ決まっていなかったね・・・」

 今までに、二人で試乗した車は3台。アウディ A1、ルノー ルーテシア、マツダ デミオ・・・だがいずれも決定打を放つことはなかった。

 「そうだね、Mitoと同じセグメントとなると、他にはミニ、フィアット 500、それからシトロエンのC3くらいかな・・・」

 「フィアット500って乗ってみたい・・・かわいいよね、あの顔つき・・・癒されそう・・・」

 「今度試乗してみる・・・?フィアット500なら色はないがいいかな・・・」

 「今の流行は白でしょう・・・でも、イタリア車らしく赤もいいかも・・・」

 「そういえば、限定色かもしれないけど、チョコレート色みたいなものも出てたよ・・・これが意外と渋くてカッコよかった・・・」

 そういって私はベッドのサイドテーブルに置いておいたスマホを取り出して、画像を検索してみた。それはすぐに見つかった。その画像を彼女に見せた。

クリックすると元のサイズで表示します

 「これ、いいわね・・・あまり思いつかない色だけど・・・あとナンバーはやっぱり500ね・・・」

 彼女は乗り気なようである。

 「じゃあ、今度乗ってみようよ・・・チンクエチェント・・・」

 「チンクエチェント・・・?」

 「そう、500のイタリア語・・・チンクエチェント・・・」

 「名前もなんだかかわいいわね・・・」

2015/3/18

3286:ソナタ  

 私の舌先はうつ伏せに横たわっている「寧々ちゃん」の背中をゆっくりと下から上へ向かって移動していた。ぬるめのお湯に先ほどまで浸かっていた彼女の肌には熱がこもっていた。そして、うっすらと汗ばんでいるのだろう・・・舌先により拾い上げられていく感触は脳にゆっくりと伝達されてくる。

 彼女は肉食動物に捕食された草食動物のように横たわっていた。私は獲物を仕留めたネコ科の肉食獣のように、腰を上げ、頭を下げていた。両方の腕は肘のところで大きく曲げられ、捕食された動物の内臓をなめるかのように舌先を動かしていた。

 彼女の表情は見えない。しかし、その筋肉の動きや呼吸のテンポ、そして時折漏れ出る声の抑揚から、その表情を想像することが出来た。

 洗いたてのベッドの白いシーツは肌に心地よかった。羽毛が中に入っているのであろう、柔らかな枕が二つ並んでいる。その一つに彼女は顔をうずめるようにしていた。

 私の舌と唇はゆっくりと彼女の肌の上で陣地を拡大していく。そんな陣取り合戦に奔走していた間、この綺麗に整えられたホテルの部屋の中にはBGMとしてクラシック音楽がかかっていた。

 有線放送のチャンネルは「C13」に合わせられていた。このチャンネルはクラシック音楽のみを流すチャンネルである。本来の用途はレストランかなにかのBGMなのであろう。この手のホテルの一室で流されることはきっと想定していないのであろう。

 ちょうどバッハが流れていた。ヴァイオリンソナタ第3番である。ゆったりとしたテンポの第1楽章が部屋の中に響いた。

 そのヴァイオリンの響きと、時折漏れ出る彼女の声のみがこの部屋の空間を占有していた。「緩・急・緩・急」とテンポが変わる4楽章のソナタ形式で構成されているヴァイオリンソナタはやがて第2楽章に移っていった。私の舌先や唇、そして10本の手の指の動きが、流れが速くなる第2楽章に合わせるかのように、彼女の肌の上をテンポよく舞った。

 この部屋の中で過ごす約1時間ほどの時間の中で、彼女は何度か針が振り切れるように絶頂を味わう。それは継続していた彼女の声が途切れると共に下腹部の筋肉がきまって3度小さく痙攣することによりそれと分かる。

 緊迫から解かれた脱力感をしばし経過すると、飽くことの無い探求心を有する研究者のように、またそのテンションを高めていく。一旦下降した曲線はゆっくりとその頭を持ち上げ新たなる頂を目指す・・・そんなことがソナタ形式のように何度か繰り返されるのである。

 しっかりと閉じられた瞼の裏側の瞳は何を見ているのであろうか・・・何かしら具体的な映像を見ているようには感じられなかった。きっと色彩感のある抽象画のような景色でも映るのであろう・・・そんな風に感じられた。

 彼女は何度めかの、そして私は最初で最後の絶頂感を身にしたためて、ナイフにより二つに切り分けられたリンゴがごろっと真ん中から左右に分かれるように、重なり合っていた二人の体はベッドの上に分かれた。

2015/3/17

3285:脇道  

 狭山湖運動公園を左手にやり過ごした先にある駐車場の手前を左に折れた。道幅の狭い脇道に入っていくと、狭山湖周囲の鬱蒼とした木々がこの脇道を囲んでいた。

 この細い道に沿って数件のホテルが並んでいる。そのうちの1件の駐車場にVW POLOを滑りこませた。

 ホテルの入り口の脇にある大きなパネルで部屋を選択して、その番号のボタンを押した。番号を押すとその部屋番号が印字された紙がパネルの下からするすると出てくる。その紙を手にエレベーターに向かった。

 「307号室」と印字された紙を手にエレベーターで3階に移動し、部屋に入った。部屋はそれほど広いわけではないが、清潔に清掃されている。

 ここへ来る少し前、近くのイタリアンレストランで二人でランチをとった。その約1時間ほどの食事の間、お互いの子供の話などをしていた。

 彼女には一人娘がいる。私の上の娘と同じ年である。大学4年生で来月4月からは社会人。その就職活動の時の話で盛り上がった。二人ともどうにか内定を獲得して、就職浪人はしないで済みそうである。

 「ちょっと、肩の荷が下りた感じがする・・・」

 彼女は微笑みながらそう言った。

 「うちはまだもう一人残っているけど・・・大学を卒業して社会人になれば、とりあえず親としてのやるべき義務は果たせたかなって気がするね・・・あとは自分でやれって感じ・・・」

 「年月って気づくともうこんなに経ってしまったんだ・・・とちょっと驚くというか寂しい気もするけど・・・」

 「自分自身はそれほど変わっていない気がするけど、子供の成長で確かに時間が経過したということが分かるよね・・・それだけの時間が経過して、自分自身もその分ちゃんと歳をとっている・・・」

 「そうね・・・自分の時計は止まっているかのように感じているけど、本当はちゃんと進んでいるのよね・・・自分が歳をとっていくのが嫌だから、あえて時計を見ないようにしていただけなのかも・・・今年誕生日が来たら47歳・・・それが現実よね・・・」

 彼女は「広島産大粒牡蠣のペペロンチーノ・カラスミ仕立て」を食べていた。私は「ヤリイカとチェリートマトのペペロンチーノ」を頼んでいた。プリッとしたヤリイカが美味しい一品である。

 そんなふうに子供の成長の話や自分達の年齢の話をしながら、大きな窓から緩やかな陽が差し込む窓際のテーブルで穏やかな時間を過ごした。

 「そろそろ、この関係も終わらせる頃かもね・・・お互い壊すことのできないものがあるから・・・」

 私はそう彼女に言った。彼女はコップの水を口に持って行った。

 「もうどのくらい・・・5年・・・6年・・・それくらい続いたのかな・・・」

 「6年ほどだね・・・」

 私はあと2つ残っているヤリイカのうちどちらにしようかと少し悩んで大きいほうへフォークを刺した。それをゆっくりと口に運んだ。

 「もう、6年か・・・」

 彼女は私の目をじっと見た。その目の色合いの中にはつかみどころのない感情がゆっくりと渦巻いているように感じた。悲しいわけでもうれしいわけでもない、穏やかでも激しいわけでもない、今日の空模様のようにつかみどころない感じであった。

2015/3/16

3284:夢  

 「たった一日で髪の毛が真っ白になる・・・ごく一部ではなく、全てが真っ白。鏡に映る自分の姿に驚きながら『何が原因でこうなったのであろうか・・・?』と訝しくそして同時に悲しく思う。しばらくして、それが夢であることに気付くとほっとする。そんな夢を何度か見るんだけど、そんな経験ない・・・」
 
 私はVW POLOの助手席に座っている「寧々ちゃん」に話しかけた。

 「それはないかな・・・でも、『夢か・・・ほっとした・・・』というパターンのものって結構あるかな・・・例えばたった一日で急激に太ってしまって、たっぷりとたるんでしまったお腹の肉を手でつかんでうんざりしているっていうパターンなんてある・・・、」

 「それも嫌だね・・・あと髪の毛がごっそり抜けていて地肌が見えちゃっているていうパターンもあったな・・・これもその瞬間は落ち込むんだよね・・・夢だと分かった時に本当にホッとするんだ・・・」

 「そういうパターンの夢を見る時って、疲れているんじゃない・・・疲れているから、体が『あんまり無理しないように・・・』ってメッセージを自分に送っているのかもしれないよ・・・」

 「そうかもね・・・あと、スポーツなんかで派手に体を動かして疲れ切った時って、結構ハチャメチャな夢を見るんだよね・・・まったく理屈が合わないというか、設定自体が時間的整合性なんかがすっかりすっ飛んじゃって・・・」

 「体が疲れている時って眠りが深いじゃない・・・その眠りの深さが夢にも影響しているのかも・・・理性とはかけ離れた深い睡眠状況だと、ハチャメチャ度がぐんとアップするのかもしれない・・・」

 車は狭山湖の堤防を渡っていた。ここは少し道幅が狭い。すれ違う対向車との間隔に少しばかり気を付けながら進んだ。

 堤防を渡り終えた先の信号は赤であった。信号の手前で止まった。アイドリング状態でのVW POLOのエンジン音は実に静かである。タコメータに視線を移しその針がゼロを指していないことを確認した。針はピクリともせずに一点を指していた。

 信号が青に変わった。ブレーキペダルから右足を離し、アクセルペダルに移動させた。軽く踏み込むと少しくぐもったエンジン音が車内に響いてタコメータの針はすっと上がっていく。1速から2速、そして3速と素早くギアが上がっていく。ギアが上がるとその瞬間すっとタコメータの針は下がる。

 しばらく上りのくねくねと曲がる道を進み、右折した。周囲の木々にはそこかしこから春が近いことをうかがわせる変化が見られた。空気にも春の柔らかさが感じられた。天気は曇りであったが、コートがいらないくらいであった。

2015/3/15

3283:二つのTANNOY  

 今年の3月15日は日曜日。そのため確定申告の期限は3月16日となる。この時期の一日は気持的に大きな一日である。残りは2件を残すのみ。これを16日の月曜日に仕上げて提出すれば、完了である。

 実質的に確定申告業務を終えることができたので、今日は体の歪みを直すために杉並区にある「PROFIT」へ向かった。

 整体は体を整えると書くが、そのとおり歪みが生じている体は施術が進むにしたがって整ってゆく。腰と背筋の張りが解れていき、首回りと肩に何かがのっかているような重みも溶けていった。90分が経過すると、体はすっかりリセットされた。

 施術が終わる頃、横浜のVafanさんが来られた。今日はこの後、横浜のVafanさんとチューバホーンさんそして私の三人で「二つのTANNOYを味わう日帰りバスツアー」に参加する予定である。

 ツアーの内容はまずは駆動するパワーアンプが最近QUAD405に変更されたTANNOY LANCASTERを味わう。その後バスに乗って移動しモニターシルバーという非常に珍しく貴重なユニットを搭載したGRFでアナログを味わうという、内容のグルメツアーである。

 同じTANN0Yであるが、その風合いや味わいは相当異なるはずである。最初に訪れたLANCASTERにはモニターゴールドが搭載されていて、平行法により12畳の部屋の短辺に設置されていた。

 SONY MS1がトランスポート。SONY HD1がDAコンバーター。プリアンプはサウンドパーツ。そして、パワーアンプが今回変更されたQUAD405である。

 QUAD405は小さなパワーアンプである。デザインは分かっている人がデザインしたということが如実にその姿形に表れている。小ぶりではあるが、実にしっかりとした音をLANCASTERに送り込む。

 LANCASTERのモニターゴールドは1960年代の半ばの製造。時代は真空管からトランジスターに移り変わろうという頃である。QUAD405との相性も良いようである。

 CDから取り出された精緻な音情報はサウンドパーツのプリアンプとQUAD405を通過するとゴールドの色合いに染まるかのようである。華やかで現代的な音がLANCASTERから放出されて部屋を満たす。帯域は十分に広い。空間も広い。15インチのモニターゴールドはたてがみをもつ雄のライオンのように勇壮に声を上げる。

 ひとしきり金色の色合いのLANCASTERの音を楽しんだ後、ディーゼルエンジンを積んだ銀色のバスで移動した。車窓に流れる風景は徐々に鄙びた風情のものに変わっていった。

 次なるTANNOYは相当に古いものである。モニターシルバーはモニターゴールドよりも2世代古いユニット・・・そのモニターシルバーが搭載されたGRFはLEAKの見るからにヴィンテージ感溢れる真空管アンプで駆動されていた。

 スピーカーもアンプも1950年代の製品とのこと。まだモノラルの時代の遺物である。ソースはアナログのみ、それも1950年代半ばから1960年代の前半のLPレコードである。録音されたのは半世紀以上前のものである。

 GRFはコーナー型のキャビネットを有する。60年以上の年月を経過したそのキャビネットは深い色合いに染まっていた。

 その音の色合いは暗く、古い風情である。同じTANNOYであるが、モニターゴールドを搭載するLANCASTERとは大きく異なる音の風情・・・

 一気に時代を遡り、古い時代の風合いと肌触りのようなものを感じさせる。モダン、鮮烈といったものとは真逆な音の色合いに、どこかイギリスの片田舎の田園風景のようなものが頭に浮かぶ。

 今日の「二つのTANNOYを味わう日帰りバスツアー」は、とても対照的な二つのTANNOYを味わうことが出来た。そういう点においてとても有意義な日帰り旅行であった。「同じTANNOYでもずいぶんと違うものだ・・・だからオーディオは面白いのかも・・・」帰りのバスの車窓からゆっくりと流れていく風景を見ながら、そう思った。

2015/3/14

3282:ホワイト  

 ホワイトデイが始まったのはいつ頃からであろうか・・・私が中学生、高校生であった1970年代にはそんな習慣はなかったような気がする。

 きっと80年代に入ってから、菓子業界がその経済的な効果を狙って売り出したのであろう。日本では、バレンタインデイでは女性が男性にチョコレート送り、ホワイトデイでは男性がそのお返しとして菓子を女性に送る。

 ホワイトデイでお返しとして送る菓子は、これっといった決まりはないようで、以前はマシュマロかクッキーを送ると言われていた時期もあったようであるが、最近はチョコでもなんでもOKのようである。

 今日はホワイトデイであった。土曜日であるので事務所は原則休み。なので、事務所の女性スタッフには昨日クッキーの小さな詰め合わせを送った。

 そして、今日は妻と二人の娘に何故かしら天平庵の「どら焼き」を送った。この天平庵の「どら焼き」は結構美味しい。皮がもちっとしていてしっとりとした質感。中の餡もほっとする味わい感がある。

 天平庵に寄る前、そのすぐそばのバイクルプラザに向かった。ORBEA ONIXを持ち込んで、コンポーネントなどを新たなフレームに移植してもらうためである。

 いよいよ4年間労苦を共にしたORBEA ONIXとはお別れである。少々心寂しい気もする。新たなフレームは随分前からバイクルプラザに納品されていたが、少しばかりORBEA ONIXとの別れを先延ばしにしてきたのである。

 新たなフレームを目にするのは今日が初めてである。確定申告業務が始まってしまい忙しくて店に立ち寄ることが出来なかったのである。

 新たなフレームはオリジナリティー溢れる特徴的な造形がなされている。精悍な黒の色合いは凝縮感があり、頼り甲斐がありそうである。フレームとフォークで今まで乗っていたORBEA ONIXよりは300gほど軽くなる。

 来週の日曜日・・・雨が降らなければ新たな相棒との初ライドとなる。最近は日曜日になると天候が崩れ、随分長い間ロングライドに行っていない。

 久々のロングライドがニューパートナーとの初ライドとなるので、少々心配である。いきなりヘロヘロ走行となってしまう可能性が高いからである。

 私が新たに手に入れることとなるニューウェポンは、実はフレームだけではない。やっと終わった確定申告業務からの解放感も手伝ってか、ペダルも新調することにしたのである。

 TIME Xpresso15・・・恐ろしく軽く、そして恐ろしく値段の高いペダルである。色は地がブラックでアクセントとしてホワイトが加わる。今まで使っていたDuraaceよりも100gほど軽い。

クリックすると元のサイズで表示します

 ペダル新調は今回は見送る予定であったが、4年間使用したDuraaceはさすがに全身傷だらけ、新たなフレームを見ていると、どうしてもペダルも新しいものに換えたくなった。

 Xpresso15はホワイトが印象的に使われている。「今日はホワイトデイだからな・・・ホワイト・・・ホワイト・・・」と言い訳にもならないことを心の中で呟きながらバイクルプラザを後にした。

2015/3/13

3281:二面性  

 今日は「13日の金曜日」・・・であると同時に「大安吉日」でもある。有名な歌舞伎役者の結婚式が執り行われたということがテレビで報道されていた。

 同じ物事であっても見方というか光を当てる方向によって全く違ったシルエットとなって映るということは、よくあることである。

 最近日曜日の天候が思わしくなかったためにロードバイクのロングライドに行けていない。ロングライドは私にとっては運動にもなるし、山間の自然を堪能できるし、溜まっていたストレスを解消することもできる・・・と、良いことづくめなのである。

 しかし、妻にとっては「いい歳なんだから無理しないでね・・・転んで怪我したら仕事大変でしょう・・・やめとけば・・・」ということになる。

 彼女が結婚前に勤めていた会社の同僚のご主人が2年ほど前に亡くなった。フルマラソンを走るような方であったが、トレーニング中に心筋梗塞で亡くなったのである。50歳での死であった。そのことが結構強烈にインプットされているようである。

 スポーツジムでのトレーニングに、先日娘を一緒に連れていった。娘はダイエットが目的である。一緒にランニングマシーンで30分軽めのジョギングと60分のエアロバイクをこなした。

 エアロバイクでは、娘は軽めの負荷でゆっくりと漕いでいる。私はいつもの設定である。1時間経過すると私は汗を大量に流していた。

 すると後日妻が「ジムでもあんまり無理しない方がいいよ・・・お父さん汗だくで死にそうになってた・・・って言ってたよ・・・無理すると長生きできないからね・・・」とくぎを刺された。

 仮説として動物の寿命は心臓の心拍数で決まるという話を聞いた覚えがある。その説によると、動物の一生の心拍数は20〜23億拍と概ね一定である。ネズミのように心拍数の高い小動物は寿命が短く、ゾウのように体重が重く心拍数が低い動物は相対的に寿命が長いとのことである。

 この説を信じると、なるべく心拍数を低く保つ生活をした方が結果として長生きできるということとなる。

 となると、ヒルクライムで限界心拍数付近で喘いだり、ジムのトレーニングでだらだら汗を流しながら心臓を傷めつけるのは命を削っているのと同じということになる。

 しかし、ロードバイクでのロングライドやジムでのトレーニングにより心臓が鍛えられたなら、1拍当たりの送り出す血流量が増えるので、安静時の心拍数は下がる。いわゆる「スポーツ心臓」になっていくのである。

 日常生活における平均心拍数が下がると、結果として長生きできるのでは・・・という気もしてくる。 まあ、物事は何でも二面性があるということであろう。

2015/3/12

3280:GRF  

 TANNOY GRFが我が家にやってきてから1年が経過した。製造されてから60年以上の年月が経過しているので、このGRFにとっての1年という時間の重さは、それほど大きなものではないかもしれないが、私にとってはそれなりの変化を感じる1年であった。

 「なんで、こんなものがこんなところにあるのであろうか・・・?」

 という驚きとともに、私の目に飛び込んできたTANNOY GRF。キャビネットは英国オリジナル。搭載されているユニットはモニターシルバー。しかも2台のペア。キャビネットの状態もまずまず良好であった。

 QUAD ESLから断続的に発生するノイズに悩まされていて、「やはり、TANNOYに戻そうか・・・」と思っていた頃、「ZIPでポン!」という感じで私の目前に現れてきた。

 ヴィンテージの場合、タイミングを失すると二度と出会えないような製品がある。「このGRFもそうかもしれない・・・」という気がした。

 我が家にやってきたGRFは大きかった。私のリスニングルームは8畳ほどの広さ。妻のアップライトピアノも同居しているので、GRFにとっては少し窮屈な空間でしかない。

 最初の半年ほどは暗澹たる状況であった。どうやら数年ほど全く鳴らされていなかったようで、ユニットが凝り固まっていた。

 前のオーナーは亡くなられ、遺族が取扱いに困って他の多くのオーディオ製品とともに処分されたものであった。

 半年ほど鳴らし続けると、ユニットもキャビネットもようやく解れはじめてきた。最初の頃に比べるとだいぶ鳴りはじめてきたが「まだまだ響きが広がり深くなっていくはず・・・」と思い続けていた。

 「1年が経過して変わったか・・・?」

 どうやら変わったようである。使用機器は1年前と何ら変わっていないが、TANNOY GRFはこの新たな環境に馴染みはじめてくれたようである。

 ようやく1年である・・・しかし、同時にまだ1年でしかない。ウィスキーが熟成するには最低5年の年月が必要。我が家のGRFもようやくTANNOYらしい風合いに鳴り始めたが、熟成にはまだ多くの月日の経過が必要であろう。

 年月が積み重なっていけばいつかは「山崎12年」のようなまろやかで深みのある味わいのある音が我が家のGRFからも鳴りはじめるのかもしれない。

クリックすると元のサイズで表示します



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ