2015/2/28

3268:ワルサーP38  

 「この曲って、ユーミンみたい・・・」

 「ゆみちゃん」はプロコルハルムの「青い影」を聴きながらそう言った。

 「えっ・・・そう・・・?」

 「古い時代のユーミン・・・荒井由実時代かな・・・70年代の頃の曲の雰囲気に似てる・・・」

 「そう言われると、そんな感じもしてくるね・・・でも、そんな古い時代の曲も聴いているんだ・・・」

 私はコーヒーカップに僅かに残っていたコーヒーを飲みほした。Mimizukuのコーヒーは美味しい。濃い目で香ばしい香りがする割に苦みや酸味はそれほど舌に刺さってこない。むしろ滑らかな感触で舌と喉を過ぎ去っていく。

 「私って結構70年代マニアなんです・・・音楽もあの時代のものってかなり好きかも・・・なんだかぎゅっと身がつまっている感じがするんですよね・・・」

 「そうそう、雑誌に投稿してたよね・・・70年代ファッションの洋服着て、自撮りした写真・・・採用された・・・?」

 「ぜんぜん・・・まだ一度も・・・」

 「採用されると、なんかもらえるの・・・?」

 「1万円・・・それよりも雑誌に自分の写真が載ることが大事・・・一生の記念になるでしょう・・・」

 「なるほど・・・最近の作品はどんな感じ・・・?」

 私が興味を示すと、彼女は嬉しそうにスマホに撮りためた写真を見せてくれた。それらの画像のなかで彼女がきている洋服の数々は70年代に中学・高校時代を過ごした私にとって、懐かしさを感じさせるものである。

 「あ〜こういうの昔あったね・・・肩のところが丸く盛りあがっている・・・サリーちゃんだよ・・・これ。」

 「どちらかちうとアッコちゃんですよ・・・これ・・・」

 「あっ・・・そうか・・・アッコちゃんね・・・」

 「でも、なんでそんな自分が生まれる前の古いものが好きなの・・・なんかきっかけがあったのかな・・・?」

 「ルパン三世かな・・・ルパン三世って古いものほど良いんですよね・・・最初のテレビ放送時代のものが一番良いかな・・・1971年からなんです、テレビ放送が始まったのが・・・その頃のルパン三世が最高・・・」

 「ルパン三世か・・・観てたよ・・・小学校の何年生だっただろう・・・3年生ぐらいかな・・・ワルサーP38・・・憧れておもちゃのピストル買ってもらった記憶があるな・・・」

 「あの時代のエンディングの歌が好きで、DVDであれが流れると一緒に口ずさんじゃう・・・」

 「わかる!ワルサ〜ピーサンジュハチ〜、コノテノナカニ〜≠ナしょう・・・」

 そんな風に話が弾んだ。ナポリタンを食べ終え、コーヒーも飲みほした。「そろそろ店を出ないと・・・」と思い、「ごちそうさま・・・」と言って勘定を済ませた。

 「お先に・・・」と彼女に言おうと思ってあることを思い出した。「そうだ・・・これ聴いてみる・・・CDだけど・・・」

 そして、私はたまたま鞄の中に入っていたCDを一枚取り出した。ヴァシュティ・バニアンの「Just Another Diamond Day」である。

2015/2/27

3267:青い影  

 「電球切れたみたいですね・・・」

 私は女主人に話しかけた。女主人はそれに頓着することはほとんどないような無関心な雰囲気で、「よく切れるのよ・・・」とボソッと答えた。

 「LEDにしたらどうですか・・・?最近は値段もこなれてきたようですし・・・明るいし、数年使っても切れないようですよ・・・」

 私はそう付け加えた。

 「LEDってなに・・・?」

 女主人は聞きなれない言葉であるかのようにLEDについて訊いてきた。

 「えっ・・・新しいタイプの電球ですよ・・・明るいし、電気は食わないし、なによりも滅多に切れないんです・・・値段が高いんですけどね・・・」

 「ふ〜ん・・・」

 女主人は、気のない返事をするばかりであった。

 「ゆみちゃん」はそれを聞いていて、「LEDはこの店には合わないかも・・・」とつぶやくように言った。

 「LEDの明かりって、電球色でもなんだか白っぽい感じがする・・・どこかしら冷たい感じ・・・白熱灯の温かみがない。この店にはやっぱり普通の電球が良い・・・冬は暖かいしね・・・」

 「ゆみちゃん」はそう言って、アイスコーヒーをストローですすった。ほとんど黒い液体がなくなっていたので「ズッズ〜」とストローから音が発っせられた。

 カウンターの上にはカセットテープが入っている箱が置かれていた。私はその箱を手元に手繰り寄せた。

 その中には10本ほどのカセットテープが入っていた。女主人のご主人が集めていたミュージックテープである。昔はレコード屋の脇の棚にこういった市販のカセットテープが置いてあった。

 そのなかにプロコルハルムの「青い影」のテープがあった。「こんなものも出ていたんだ・・・」珍しいものを見つけた気持ちでそれを手に取った。

 そのカセットテープをSONY製の古いラジカセに入れた。真四角なきれいな形をした「PLAY」ボタンを押した。

 印象的なメロディーのオルガンが流れ出した。1967年に発表されたこの曲はこのバンドのデビュー曲にして最大のヒット曲である。どこかしらバロック音楽を思わせるような壮麗さを感じさせるオルガンのメロディーに合わせて、やがてボーカルが加わる。そのオルガンとボーカルが絡み合うように、音楽は進行していく。「青い影」という邦題が実にしっくりとくる音楽である。

2015/2/26

3266:白熱灯  

 その乾いた音に釣られるように、視線を扉の方へ向けた。一人の年配の男性が入ってきた。コートは脱いで手にかけて、グレーの少しくたびれた感じのスーツを着ていた。

 「いらっしゃい・・・」

 女主人はさらっと言って、コップに水を注ぎ、おしぼりとともに運ぶ準備を始めた。その男性は入り口近くにあるマガジンラックから新聞を手にとって、店の奥まったところにある二人掛けのテーブル席に座った。

 「ブレンド・・・」

 水とおしぼりを運んできた女主人にそう告げると、男性は新聞を広げた。新聞を読むのには照明が少し暗めであるが、そこが定位置であるのであろう。

 「Mimizuku」の照明は一様に暗めである。ここの照明は変わっている。船舶用の照明をイメージさせるデザインの古いものが使われている。

 アンティークな雰囲気のその照明器具は、金属製の小さな楕円がいくつも連なったチェーンにより天井からつるされて、優しく頼りなげな光を周囲に投げかけている。

 「青の人・・・」

 「ゆみちゃん」はつぶやくように言った。

 それを耳に止めて、彼女の表情を確認した。うつむき加減の彼女の表情は上から照らされる照明の加減か、少し暗いものに感じられた。

 「青の人・・・?」

 私は小さめの声でその言葉を繰り返した。

 「そう・・・青の人・・・」

 彼女はまた同じ言葉を繰り返した。

 私は前回彼女に会った時に彼女が人の背後に靄のようなものが見え、それぞれその色合いが人によって違って見えるという話をしていたことを思い出した。

 「青か・・・青はその色合いによって感じ方が違うもの・・・抜けるような青空の青であれば爽快な感じだし、暗く濃い青は沈んだ感じ・・・」そう頭の片隅で考えた。

 「どんな青・・・?」

 「濃い青・・・少し黒が混じっているような・・・」

 「そう・・・」

 私はコーヒーカップを手に取った。一口飲んだ。そしてさらに声を落として訊いた。

 「あまり、いい色じゃない・・・?」

 「そんな感じがして・・・」

 「チッチッ・・・」と音が左後方の上のほうでした。急に一瞬オレンジ色の明かりが煌めいて、そして暗く終息した。複数ある照明の一つの白熱灯が切れたようである。

2015/2/25

3265:アゲアゲ  

 「インターハイって富士山の麓を走ってるじゃないですか、あのコース走ったことあるんですか・・・?」

 「ゆみちゃん」はナポリタンを食べ終えて、アイスコーヒを飲んでいた。私のナポリタンはようやく出来上がり、私の前に置かれていた。私は右手でフォークを持って中に入っているソーセージの一つに狙いを定めていた。

 「富士山・・・同じコースじゃないけど、毎年富士スバルラインを自転車で上るレースがあって、もう2回出たよ・・・」

 ソーセージを捉えたフォークは私の口に運ばれた。それを咀嚼した。「一口で30回噛むと健康に良いし、ダイエットにもなる・・・というのを新聞か何かで読んだな・・・」そんなことを頭の片隅に浮かべながら、噛む回数を数えていた。

 「インターハイの終盤みたいにずっと上りなんですか・・・?」

 「そう、ずっとね・・・上りばっかり・・・」

 20回・・・30回・・・30回まで数えた。「これを毎回やっていると健康に良いのは分かるけど、まだるっこしいな・・・時間もかかりすぎるし・・・」

 「楽しいんですか・・・?」

 「楽しい・・・?う〜ん、どうだろう・・・苦しいかな・・・とても」

 「苦しいですよね・・・」

 「そう、苦しいし、辛い・・・」

 「じゃあ・・・なんで走るんですか?」

 「なんでだろう・・・」

 フォークをくるくる回してスパゲティーを多めに捉えて口に運んだ。噛む数を数えようか、どうしようか一瞬迷った。数を数えるのは止めた。

 「上りきるとなんだがすっきりするんだよね・・・脳内麻薬の作用かな・・・ランナーズハイって感じかもしれない。気分が高揚するって言うか、余分なものが削げ落ちていって、純粋な部分が露出するって感じ・・・まあ、よく分からないけど・・・」

 「平たく言うととアゲアゲになるってこと・・・?」

 「それかも・・・」

 「坂道君みたいに、上っている途中でケイデンスを30回転上げるって出来るんですか・・・?」

 「あれは無理・・・少なくともおじさんローディーでは全く不可能・・・」

 「そうなんですか・・・坂道君がケイデンスを上げる瞬間って、観ていてキュンとなるんですよね・・・」

 「盛り上がるよね・・・」

 カウンター席から見て右斜め目の方向にある扉がゆっくりと開いた。ドアの上部に取り付けてある小さな鈴が「カラ・・・カラン・・・」と鳴った。

2015/2/24

3264:坂道の役割  

 特にこれといった用があるわけではなかったが、夜の7時ごろに中野坂上の喫茶店「Mimizuku」に立ち寄った。

 世田谷区の深沢に確定申告の資料を受け取りに行き、その帰りに「食事でもするか・・・」と思い、VW POLOをそちらに向かわせたのである。

 昨日から寒さが緩んだ。今日も2月としては暖かい一日であった。いつものコインパーキングに停めて、店まではほんの少し歩くのであるが、コートのボタンは留めなくても平気であった。

 「もしかしたら、来ているかな・・・」

 と頭の片隅で思いながら、Mimizukuの扉を開けた。扉の上部に取り付けられている鈴が軽く鳴った。

 カウンター席には一人の人影が・・・「やっぱり、来ていた・・・彼女は毎日のように来ているのであろうか・・・」そんなことを思いながら、カウンター席に向かって歩いていき、「こんばんわ・・・」と「ゆみちゃん」に挨拶した。

 彼女はいつものようにナポリタンとアイスコーヒーのセットを頼んでいた。

 「こんばんわ・・・お久しぶりです・・・あっ、先日はありがとうございました。渋谷まで付き合ってもらって・・・」

 彼女はいつものように4つあるカウンター席の手前から二つ目の席に座っていた。私はコートを脱いで一番奥の席に座った。

 「私もナポリタンください・・・」

 私は女主人に頼んだ。女主人は「はいはい・・・」と呟くように言ってから、手早くその準備に取り掛かった。

 「そうそう・・・弱ペダ観ました・・・?」

 彼女は目をキラッとさせて訊いてきた。

 「もちろん・・・『坂道の役割』でしょう・・・いつもは録画して観るんだけど、昨日はリアルタイムで観たよ・・・盛り上がったね・・・」

 「良かったですよね・・・あの三人のバトル・・・もう手をぎゅって握ってました。」

 「それ分かる・・・心の中で『行け〜!』って感じで、力入るよね・・・」

 「それから、今泉君の覚醒感って言うか、ワープしました感がすごいですよね・・・前半は3人のデッドヒートで一気に盛り上げて、後半は今泉君の凄みが良かった・・・」

 「ああ、今泉君ね・・・変わったよね・・・御堂筋君が『きもいずみ〜』って感じでちょっかいを出しても、さらっとかわし、さらに『キモウ筋』とやり返すあたりついつい笑っちゃった・・・」

 「あそこ私も笑っちゃいました・・・」

 「そのあと、御堂筋君の容貌がほとんど妖怪と化すあたり、『ちょっとやりすぎだろう・・・』とは思ったけど・・・」

 「あれがいいんですよ・・・あの妖怪感が・・・」

 アニメマニアである彼女は、『弱虫ペダル』を楽しみにしているようである。ロードバイクに乗っているわけではないが、純粋にアニメとしてとても面白いのであろう。

2015/2/23

3263:MONEY  

 TIMEのロードバイク用のペダルの主要商品の名前は「Xpresso」。そのラインナップは豊富で2,4,6,8,10,12という具合にXpressoの後に偶数の数字がついていて、その数字が大きくなるほど重量は軽くなり、価格は高くなる。

 その豊富なXpressoのラインナップンに新たなフラッグシップが加わったようである。偶数続きできたそのラインナップからすると「Xpresso14」かと思われたが、何故か今までの偶数並びのロジックをあえて変更して「Xpresso15」という商品名で出された。

 今までのフラッグシップであった「Xpresso12」は、重量が154gで価格は36,000円。非常に軽く価格はDURAACEよりもかなり高額。2倍に近い価格である。

 そして、新たなフラッグシップである「Xpresso15」は、重量が133gとさらに軽量化され、価格は58,000円と一気にアップする。 

 その価格差22,000円。重量差は21g。1g軽量化するにための単価はおそよ1,000円という計算になる。「う〜ん・・・」と唸ってしまう。

 TIMEのペダルは、その構造が独特という話を聞く。「SHIMANOと比べてどうなのだろう・・・最初のうちは慣れないのかもしれない・・・」という気はするが、時間の経過とともに自然な感覚になっていくのであろう。

 「試してみたい気もするが、DURAACEとの価格差は結構凄いものがあるな・・・軽量化するとそれと反比例して耐久性が劣るのでは・・・という気もするが・・・」

 と少々不安な点もないわけではないが、その見た目はやはりTIMEらしいかっこよさが溢れている。ペダルは結構目につくもの、ペダル次第でロードバイクの印象も大きく変わる。

 「やっぱりTIME、試してみるかな・・・では12にするのか15にするのか・・・」

 「12で十分だよな・・・15は高すぎるでしょう・・・」

 「でも、どうせなら・・・15にすべきか・・・後で15にしとけばよかったなんてことになるかな・・・ならないか・・・」

 「TIME IS MONEY」って感じで忙しく過ごしている最近である。そんななか「TIME」と「MONEY」について少々頭を悩ませている。

2015/2/22

3262:TIME  

 朝、起きるとどんよりとした空であった。明け方少し雨が降ったようで、アスファルトは濡れていた。

 天気予報は「曇りのち雨・・・午後の降水確率は60%・・・」と伝えていた。「今日のチームでのロングライドは難しいかな・・・」と思いながら、Twitterをチェックした。

 「天候が思わしくないので残念ですが今日のロングライドは中止にします。」

 とのメッセージを確認した。「今日も一日仕事か・・・」と観念することとなった。これで2月は休みなしが確定した。

 確定申告は3月15日まで。今年は15日が日曜日なので16日が期日となる。例年、2月中に大半の申告書を仕上げてしまって、3月以降は少しペースダウンしてのんびりする。

 今年もスタートダッシュを決めようと、2月からハイケーデンスデでクランクを回し続けた。今日からの2月最後の1週間をハイペースで駆け抜ければ、少しばかり明るい見通しが見えてくるはずである。

 次の日曜日である3月1日にはどうにかロードバイクに跨って長い距離を走りたいものである。徐々にORBEA ONIXとの別れの日は近づいてきている。

 次なる相棒となる新たなフレームはすでにバイクルプラザに納品されて、コンポーネントなどの移植手術を待っている状態。

 新たなフレームの乗り味を味わいたいという気持と、ORBEA ONIXとの別れを惜しむ気持ちと今は半々といったところであろうか。

 天候が良ければ3月1日と3月8日はORBEA ONIXで走り、その後新たなフレームにコンポーネントを移植。残念ながら3月15日は予定がすでに入っているので、3月21、22日の連休で、新たな相棒に跨って長い距離を走る予定である。

 コンポーネントは現行のものを継続使用する予定である。唯一ペダルを換えようかどうか考え中である。今はSHIMANO DURAACEを使用している。

 がちっとした剛性感があり、安心感のあるペダルである。特に不満があるわけではない。しかし、長い年月使っているので外観には多くの傷がついている。フレームがピカピカになるので、目につきやすいペダルもピカピカがいいかな、という単純な理由である。

 チーム内では、LOOKのペダルを使用しているメンバーが多い。次にSHIMANO、SPEEDPLAYが続く。私が気になっているのは「TIME」のペダル。

 値段が少し高いのが難であるが、TIMEの上級ペダルはなんといても軽量である。一番軽いものと今使っているDURAACEと比べると、100g近く違う。

 軽ければ良いというものではないのは分かっているが、「軽い」というキーワードに敏感に反応するのが最近の私の傾向である。

2015/2/21

3261:プリアンプ  

 「ありえない、組み合わせだな・・・Mark LevinsonのJC-2とLEAK TL-10の組み合わせって・・・」

 そんなことを思いながら、その両者を見比べていた。JC-2は1974年に発表された。40年も前の製品であるが、古臭さを微塵も感じさせない外観である。

 JC-2のJCは設計を担当したジョン・カールの名前からきているようである。JC-2以降のプリアンプは型番にMLがつく。MLがつくようになってもそのデザインはJC-2のものを踏襲している。

 「このJC-2は初期型なんだ。このシルバーのノブの形状が初期型だと小さ目にできていて、後期型だと少し大きなものに変わる。MLが型番に付くこの後のプリアンプに使われているものと同じ形状になる。俺は個人的には、この初期型のノブの形状の方が好きかな・・・」

 オーナーはそんなことを話しながら、レコードをジャケットから取り出してLP-12のターンテーブルに乗せた。

 さっきまでLEAK TL-10に音楽信号を送っていたLEAK POINT ONE PLUSは真空管式のモノラルプリアンプである。製造された年代もさらに古い。その外観はいかにもイギリスのヴィンテージという雰囲気を身に着けている。

 一方JC-2はプロ機器のようなシャープな外観。シンプル・イズ・ベストを貫いたような硬派な印象のプリアンプである。

 コーナー型のCHATSWORTHで最初に聴いたべートーベンの弦楽四重奏曲第3番が流れ始めた。第一印象は「チェロやビオラの存在感がぐっと上がったな・・・」というものであった。

 音の流れ出すスピードがアップしたかのようである。トルクでぐいぐいくるのではなく、高回転でエンジンを回してスピードを上げていく・・・そんな印象であろうか。

 「ぐっとモダンな感じになりますね・・・」

 「プリアンプで大きく変わるよね・・・まあ、ヴィンテージらしさは薄れるかもしれないけど、これはこれで楽しめる組み合わせなんじゃないかな・・・これを実際にやる人はほとんどいないだろうけどね・・・」

 「そうですね・・・プリアンプって音の支配力が強いんですね・・・」

 「たまにプリアンプマニアってのもいるからね・・・何台ものプリアンプをラックに納めてその日の気分で切り替えたりするマニアが・・・」

 「なるほど・・・少しだけわかる気がしますね。」

 「いろんな楽しみ方があるからね・・・」

 「一粒で二度美味しい・・・」ではないけれど、珍しいモニターシルバー入りのコーナー型CHATSWORTHを二つの対照的なプリアンプで楽しむことが出来た夜となった。

2015/2/20

3260:3番  

 12インチのモニターシルバーが入ったTANNOY CHATSWORTHからは、べートーベンの弦楽四重奏曲第3番が流れ始めた。

 その姿形は可憐で華奢なイメージのCHATSWORTHであるが、出てくる音の勢い感はしっかりとしたものである。

 1950年代のユニットであるモニターシルバーが提示する帯域はそれほど広いものではないはずであるが、不足感は感じない。

 コーナ型のキャビネットは部屋のコーナーに納まりがいいので、部屋が広く感じられる。スピーカー自体の容積も大きくないので、余計にそう感じるのかもしれない。全く威圧感なく佇むCHATSWORTHは、そのより大きく感じられる部屋の空間に音をゆったりと広げていく。

 オーディオ・ショップ・グレンの広さは一般的なリビングよりも少し広い。もっと大きなスピーカーでも十分対応できる空間である。その空間のなかで小さ目なスピーカーであるCHATSWORTHは、たっぷりの湯の中で茹でられる蕎麦のように、ゆったりとした感じで鳴っていた。

 「小さいわりには、しっかりとした感じですね・・・空間がなんだか広く感じられます・・・」

 私はコーヒーカップの取っ手を右手で持ち、左手を少し丸めてそのなだらかな窪みにコーヒカップの底を置きながら、しばらく聴いていた。

 「これで充分というか、過不足ない・・・そう思わせるよね・・・」

 オーナーはそう言って、ズスケ弦楽四重奏団の演奏に耳を傾けていた。そして、そのレコードのジャケットを私に渡した。

 ジャケットの右上には「ETERNA STEREO」と印刷されている。彫刻の女性像の白黒写真がその中心部に飾られていて、静かな印象を与えるレコードジャケットである。

 レコードジャケットは、レコードの楽しみの一つである。CDでは小さすぎて存在感があまり感じられないが、レコードだとちょうどいい大きさとなり、一種のアートのように感じられる。

 弦楽四重奏曲第3番は、ベートーベンが完成させた最初の弦楽四重奏曲だと言われている。ウィーンに出てきて音楽家としての新たなスタートを切ったベートーベンの若かりし頃の希望に満ちた心象風景が反映された美しい曲である。

 B面には第4番が収録されている。A面の第3番を最後まで聴き終えて、オーナーはそのレコードをLP12のターンテーブルから取り上げた。それからあと2枚ほどのレコードを聴いてみた。

 「プリアンプを換えてみようか・・・JC-2に・・・」

 オーナーはそう言って配線を変え始めた。JC-2は薄型の非常にスタイリッシュなプリアンプ。フロントフェイスはブラック。ノブはシルバー。LEAKのアンプの意匠とは180度異なる都会的な雰囲気を纏っている。

2015/2/19

3259:12インチ  

 その細身でコンパクトな形状のTANNOY製のスピーカーはチョコレートのような濃い茶色の色合いのキャビネットを纏っていた。

 部屋のコーナーにすっぽりと収まるコーナー型のキャビネットはイギリスオリジナル。その色合いはオリジナルのものなのか、濃い色合いのニスで塗り直されたものなのかは不明であるが、空間をギュッと凝縮させるようなその色合いは、渋みに溢れていた。

 足元には3本の細い足があり、それにより床からそのスレンダーなボディを浮かせている。サランネットは淡い茶色。ほつれやくすみのない状態の良いものである。歴史を感じさせる「TANNOY」と綴られたエンブレムが鈍い光を控えめに放っていた。

 12インチのモニターシルバーが収納されている場所は、綺麗な丸がネットの向こうに透けて見えていて、中心ポイントよりもやや下に設置されている。

 リスニングポイントに置かれた革製のソファから見て右手に複数の機器が置かれたラックが見える。そこにはQUAD 22、QUAD U、LEAK TL-10、LEAK POINT ONE PLUS、LINN LP12などが整然と並べられていた。その中に背が低く横長な黒い機器が一つ混じっていた。それがMARK LEVINSONのJC-2のようであった。

 リスニングポイントの背後を見たが、他のスピーカーは見当たらなかった。1ケ月ほど前に来た時にはデッカのコーナースピーカーがあったが、それはもう新たなオーナのもとに納品されたようである。

 モニターシルバーが搭載されているということは1950年代の製造である。モノラルの時代であるので、1本単独で使用するのが前提。その後1950年代の終わりごろからステレオ録音のレコードが発売されるようになったので、もう1本同じスピーカーを追加購入したペアであろう。なので、全く同じように見えるこの2本のスピーカーも、詳細に検証すると細部の仕様が異なっていたりするはず。

 我が家のTANNOY GRFも製造された年代が微妙に異なるようで、付いているエンブレムの形状が異なっていたりする。

 LEAK POINT ONE PLUSとLEAK TL-10にオレンジ色の灯りが灯っていた。これらの機器も1950年代の製品。なので全てモノラル仕様である。ステレオで聴くためにはそれぞれ2台づつ必要である。

 2台のプリアンプ、2台のパワーアンプ、そして2台のスピーカー。それらが細いケーブルで繋がれている。

 オーナーが淹れてくれたコーヒーがソファの前の長方形のテーブルの上に置かれた。白いコーヒーカップに注がれた黒い液体はその表面が緩やかに波打っているように見える。右手をコーヒカップの取っ手に軽くかけて、カップをそれが乗せられているソーサーから持ち上げた。カップがソーサから離れる瞬間、カップの底がソーサーの表面を軽く擦ったのか、陶器同士が触れ合う乾いた音がした。

 その音がスタートの合図になったかのように、Ortofon製のカートリッジの針先がレコードに降り着いた針音がCHATSWORTHの12インチモニターシルバーから漏れ出た。



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