2015/1/24

3233:マンデリン  

 私は紙袋に入れてきたスピーカーケーブルを取り出した。「これです・・・この前電話で話したケーブルです。」オーディオショッ・グレンのオーナーにそのケーブルを手渡した。

 「少し太いね・・・でも軽いな・・・この軽さならいいんじゃない。それにやわらかい。重くて硬いケーブルって最悪だよね・・・音も大概ひどいものが多いよ・・・」オーナーはそんなことを独り言のように呟きながら、「試してみるか・・・」と言った。

 このスピーカーケーブルの両端は小さなYラグが装着されている。ヴィンテージオーディオのスピーカー端子は現在のオーディオ機器のような立派なものではない。大概小さなネジのようなもので挟み込む構造となている。それに対応するようもっとも小さなサイズのYラグで仕上げられている。

 「アンプはどっちがいいかな・・・LEAKかArmstrongか・・・」とオーナーが訊くので「LEAKでお願いします。LEAKの方が音が柔らかいですよね・・・頼りなげともいえるかもしれないけれど・・・LEAKの方が耳馴染みが良いような気がします・・・」と答えた。

 「それはそうかもな・・・じゃあTL12PLUSに接続してみよう・・・」そう言って、オーナーはスピーカーケーブルの取り換え作業を黙々と行った。

 長さは4メートル。ちょうどいい具合にパワーアンプとデッカ・コーナー・スピーカーとの間をそのケーブルが繋いだ。

 オーナーはスピーカへの接続を完了したとき「このケーブル・・・おろしたてじゃないよね・・・?」と確認した。 

 「我が家に着いてからしばらく鳴らし込んでいますから、もう大概落ち着いているはずです・・・ それほどエージングが必要なタイプでもないようです・・・」そう答えて、ソファに座った。

 黒い革製の3人掛けのソファの前には茶色の木製のソファテーブルが置いてある。そこには空になったコーヒーカップがソーサーに乗った状態で置かれていた。カップとソーサーには白地に紺色の線で幾何学的な模様が描かれていた。どこかしら清廉な印象を与える器である。

 オーナーはLP12のタンテーブルに乗っていたTELEFUNKENのマークの付いた10インチレコードを取り上げてジャケットに戻した。そして、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番がA面に入っているレコードを取り出して、ターンテーブルに乗せた。

 アームをレコードに近づけて針先を盤面にゆっくりと下ろした。このレコードの盤の状態はそれほど良いものではない。小さな傷から発せられるノイズが流れ始める。

 そう言った不規則に流れるノイズをかき分けるようにして力強いヴァイオリンの音色が響き始める。ぐいっと前面に出た音はすっと上に昇って行く。

 猛禽類の急降下からの飛翔のように軽やかでありながら力強い音の流れはよどみがない。このレコードに秘められた不思議な魔術のようなものがその飛翔の羽ばたきの間から漏れ出てくる。

 「変わるね・・・」オーナーはぶすっとした表情ではあるが、感心したような目をしてそう言った。「確かに変わる・・・音の表情がね・・・細かめに曳いたマンデリンっていう風情だな・・」オーナーは相変わらずぼそぼそと呟くようにしゃべった。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ