2015/1/10

3219:フタ  

 コーヒーの入った紙コップはしっかりとしたもので、プラスチック製のフタがついていた。スターバックスや、最近ではコンビニコーヒーでも採用されている。穴のあいたフタの付いたカップである。

 このフタは歩きながら飲んでも中身がこぼれないとか、冷めにくいといった利点があるのであろうが、椅子に座ってゆっくり飲む場合、むしろ邪魔なような気がする。

 フタがついていると、中身の熱い液体が、どのタイミングでどれくらい口の中に流れ込んでくるのか推測が難しい。私はそのフタをとった。

 「左手の親指のアドバイスなかなか良かったね・・・特にフォローで親指を左肩上方へまっすぐに伸ばすように意識すると、ボールのつかまりが確かに良くなる。」

 私はそう言ってコーヒーを飲んだ。コーヒーはそれほど美味しいものではなかった。「これなら、セブンイレブンのコーヒーの方が美味しいかも・・・」そんなことを心のなかで密かに思った。

 「そのレッスンプロ、結構的確なアドバイスをくれるの。ちゃんとした感じだった。Nさんが習っているプロとは違うんだけど、このプロが担当しているゴルフスクールに通おうかと思っちゃった。」

 「何曜日の何時からのスクール・・・?最近ゴルフ熱も冷め気味だから、一緒に行こうかな・・・スコアも高止まりしちゃって、去年は90切りが3回しかなかった。それもぎりぎりばっかり・・・今年はもう少し何とかしないと・・・」

 「ロードバイクにのめり込んでいるからじゃない・・・今週末も走るの・・・?」

 「天気良さそうだからね・・・日曜日には走ると思うよ・・・寒いけどね・・・」

 「この寒さで良く走る気になるよね・・・私は絶対無理・・・春と秋しか走る気がしない。それも平坦のみ・・・」

 「今度の日曜日も寒そうだね・・・寒いと指が辛くてね・・・厚手のグロ―ブをしても指先の感覚なくなってきちゃって・・・」

 そんなとりとめのない話をしばらくしていた。時間はゆっくりと流れた。紙コップの中のコーヒーも残り少なくなっていた。

 紙コップに僅かに残っている黒い液体を口の中に納めきった。右手に持った軽く頼りなげな物体をテーブルの上にそっと戻した。

 「主人がね・・・戻ってくることになった。4月から羽村工場に戻るって・・・」

 「寧々ちゃん」はさらっと感情を込めずに言った。3年間盛岡工場に単身赴任していた彼女の夫が戻ってくるようである。

 ふっと空気が重くなったような気がした。彼女との関係はもう5,6年になる。彼女の夫の単身赴任とは関係はないはずであるが、何故かしら気分が重く感じられた。

 彼女の目を見た。その瞳の奥に潜む光にもうっすらと陰りが見えた。それが意味するところを推測しかねて、私の首はやや俯きがちの角度に下がった。視線の先には先ほど外した穴のあいたフタがあった。



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