2015/1/31

3240:ハザードランプ  

 「Mad Sound」を出てくるとき、「ゆみちゃん」だけでなく、私も荷物を抱えていた。そして、私の顔は少しばかり上気していた。冷たい冬の空気が顔に当たって心地よかった。

 彼女は当初の予定どおりSONY CF-1610を購入した。外観には大きな傷や錆もなく程度は良好であった。きちんとメンテナンスが行われているので、ラジオもカセットの動作もいたって正常である。ラジオ受信用のアンテナもまっすぐに伸び、ねじれたりよれたりしていなかった。

 エアパッキンで丁寧にくるまれたCF-1610は、大きめの紙袋に入れられて彼女に手渡された。価格は20,000円である。

 そして、私も紙袋を持っていた。入っているのはSONY CF-1900である。しかし、このCF-1900はエアパッキンにはくるまれてはいない。

 元箱があったのである。「まあ、奇跡のようなものです。元箱も綺麗に保管されていたんです。内部は徹底的にメンテナンスしましたから、当分修理の必要はないと思います。これは人気のある機種で、デザインも素晴らしいですよね。この時代のSONYの底力のようなものを感じますよね・・・」店主は感慨深げに話した。

 こちらの価格はぐっと上がって45,000円である。ヤフオクでジャンク品に近い内容のものであれば10,000円程度で入手できるであろうが、結局メンテナンス費用を含めるとそれなりの出費になるであろう。

 クリーニングもしっかりと行われたようで40年という年月の経過を思わせない美しさであった。ラジオのチューニングメーターが私の心をころころとくすぐった。

 もしも小学生の頃のSONY CF-1900を手に入れていたならば、布団の中にもぐりこんで真っ暗ななかでラジオを聴いたに違ない。暗い空間のなかでオレンジ色に光るこのチューニングメータに心躍らせながら・・・

 「Mimizukuに戻って、聴き比べしませんか・・・?」

 「ゆみちゃん」は嬉しそうにそう言った。MimizukuのCF-2580と合わせると70年代前半のSONYのラジカセが3台揃うことになる。こんな機会は滅多にないはず。

 CF-1610、CF-1900、CF-2580・・・3台がMimizukuのカウンターに並んだところを想像した。

 イジェクトボタンを押してカセットを入れる。そして蓋を閉じる。PLAYボタンを押すとカセットが回転しテープが走行しはじめる。ヘッドの上をテープが通り過ぎていき音楽が流れる。それらの一連の流れは、時間そのものの流れと一致して、妙に心に安心感をもたらす。同じカセットテープを次は別のラジカセで聴いてみる。

 そんな時代錯誤な出来事が、砂時計の砂が詰まってしまって砂が落ちなくなったような古ぼけた喫茶店Mimizukuのカウンターの上で繰り広げられる。それは、奇妙でありながら心躍るささやかな出来事に違いない。

 「それは、いいね・・・きっと楽しいよ・・・」

 コインパーキングの精算を済ませた。Poloのリモコンキーを押した。「ピッピッ・・・」と音がしてハザードランプが2回明滅した。Poloもどうやら賛成のようである。

2015/1/30

3239:CF-1900  

 店から数分歩いたところのコインパーキングが空いていたので、Poloを停めた。車を降りて「ゆみちゃん」がプリントアウトした地図を見ながら、ラジカセ専門店が入っているビルを探した。

 それはすぐに見つかった。そのビルに2階に階段で上がり、指定された番号の部屋を探した。その部屋の扉には小さな看板が貼り付けてあった。「Mad Sound」と書かれていた。

 チャイムを押した。インターホンから「どうぞ、お入りください・・・」と男性の声がした。ドアを開けて中に入った。

 店内は思っていたよりも明るく、組み立て式の大型の収納棚が並んでいた。その棚には多くのラジカセが綺麗に収納されていた。

 二人はそれらの古いラジカセを順番に見ていった。SONY、National、Victor、SANY0、HITACHIなどのメーカーの様々なラジカセが並んでいる。

 小学校6年生の頃、通学路の途中に上新電気の店舗があった。1階には白物家電が置かれ、2階には音響関連とテレビが置かれていた。小学校からの帰り道よく寄り道をした。入口を入ってすぐ左に階段があり、その階段を一段飛ばしで駆け上がり、ラジカセコーナーに向かった。そして、飽きることなくそこに綺麗にディスプレイされているラジカセを眺めた。

 そこには小学生の目がすると宝物のような様々な機器が立ち並んでいた。特にSONYのラジカセが好きであった。SONYのラジカセからは、えも言われないような魅力的な香りが発散されていて、それに惹きつけられる虫かなにかのように私の目は釘付けになった。

 70年代に発売されたラジカセがずらっと並んでいる店内にしばらくいると、ちょっとしたタイムスリップ感が湧き上がってくる。

 「懐かしい・・・上新電気の2階にいるような気になってくる・・・」そんなことを思いながら、一通り見てまわった。

 「ゆみちゃん」はSONY CF-1610を見つけたようで、それを手にとってその外観を詳細にチェックしていた。

 私はとあるラジカセに見入っていた。それはSONY CF-1900。小型のラジカセであるが、別売りのタイマーを用意すると留守録が出来たり、フェライト&フェライト・ヘッド採用していたりと、その当時としては高性能なラジカセであった。

 そして、その作りが本当に隅々まで気合が入っている。そして気合が入っても空回りすることなく、そのエネルギーがこの小さな体にしっかりと詰め込まれている。餡が尻尾の先まで詰め込まれているたい焼きのように、手に持ってみてもずっしりとした手応えがある。

 しばし、その前で佇んでいた。

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2015/1/29

3238:Polo  

 「この車はなんていう車なんですか?」

 「ゆみちゃん」はその質問にそれほどの興味はないことを示すかのように抑揚のあまりない語調で訊いてきた。小柄な彼女はポロの助手席のシートすっぽりと収まっていた。

 「フォルクスワーゲンのポロ・・・かわいい車でしょう・・・」

 私はエンジンをかけるためキーをイグニッションに差し込んで軽く右に回した。1.2Lのガソリンエンジンはすっと目覚めた。

 「taoさんは背が高いから、大きな車に乗っているのかなって、思ってました。」

 「ゆみちゃん」はシートベルトをした。車をゆっくりとコインパーキングから出した。喫茶店Mimizukuで待ち合わせ、これから渋谷へ向かう。道が混んでいなければ大した距離ではないのでそれほど時間はかからないはずである。

 「小さいものが好きなんだ。不必要に大きなものはどうもね・・・このポロは小さなお利口さんって感じの車で、気に入っている。外観もインテリアもかちっとしていて大人な感じがして、こちらに媚びてこないデザインが良い・・・」

 ナビに目的地の住所を入力したので、ナビが指示した通りの道を進んだ。ナビの画面には指示された道路に紺色のラインが入る。その紺色のラインから外れないように車は静かに進んでいった。道は徐々に混み始めた。

 「昨日ホームページを確認したんですけど、SONY CF-1610はまだ残っているみたい・・・現物が綺麗ならいいけど・・・」

 「ゆみちゃん」はどうやら候補を絞っているようである。CF-1610は1973年の発売のモノラル・ラジカセである。SONYらしい清潔感のあるデザインのなかに、独特なラインによる縁取りがあり、心惹かれるデザインである。当時のエントリー的なポジションの存在である。それだけに、機能はシンプルである。しかし、エントリーモデルだからといって気を抜いた感じは微塵もなく、隅々までしっかりとした作りがなされている。

 「CF-1610はお薦めだよね・・・このモデルはエントリーモデルなんだけど、小さなお利口さんって感じで、しっかりとしているんだよね・・・ちょうどポロのような感じかな・・・ポロのインテリアデザインとこの当時のSONYのデザインって少し共通点があるよね・・・媚びていない感じが良い・・・」

 車内はFM放送が流れていた。Inter FMにチューニングがあっていた。The Lumineersの「Ho Hey」がかかっていた。

 「この曲好き・・・」

 彼女は笑顔でそう言った。

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2015/1/28

3237:在庫確認  

 「SCOTTのADDICT SL・・・TIMEのIZON・・・BH ULTRALIGHT EVO・・・それからKUOTAのKHAN・・・在庫の確認を来週にでもお願いできますか・・・すみません、なかなか一つに絞れなくて・・・」

 ロングライドの途中でリーダーに頼んだ。バイクルプラザで扱っているブランドは限られている。その限られたブランドのなかでも、候補が多くて決めきれない。とりえず4つに絞った。

 私の身長は181cm、大概のメーカーではLサイズのフレームが適正サイズとなる。あまり数の出ないLサイズは日本にはそれほど入ってこない。完売になってしまうと、来年まで入ってこない可能性もある。とりあえず、候補に残った4つの在庫の確認をしてもらうことにしたのである。

 メールは翌週の月曜日に来た。「SCOTT ADDICT SLはLサイズは完売、TIME IZONは現在在庫はないが予約すれば4月か5月に入荷する予定、BH ULTRALIGHT EVOはLサイズが数台在庫有り、KUOTA KHANは入荷したばかりで現在検品中で在庫有り」とのこと。

 「ふむふむ・・・」とメールの内容を確認した。「どうすべきか・・・ADDICT SLはMサイズなら在庫は若干あるとのこと、Mサイズでもステムのサイズを工夫すればどうにかなるかも・・・TIME IZONは予約をすぐに入れれば6月のMt,富士ヒルクライムには間に合う。BH ULTRALIGHT EVOとKUOTA KHANはLサイズ在庫有り、発注すれば近いうちに入荷する。」

 2月から3月中旬までは確定申告で仕事が一番忙しい時期である。確定申告が終わる3月下旬ぐらいにフレーム交換をするのが気分的に一番のる。

 確定申告が終わる時期というのはその解放感から気分が高揚する。そして、忙しさからくる心理的鬱屈感をさらに強力に吹っ飛ばす起爆剤のように新たなフレームが確定申告明けに到着するとタイミング的には抜群である。

 とりあえずどれか一つ押さえる。3月下旬にコンポーネントとホイールを移植し、新たな相棒が完成する。そんな流れが望ましような気がする。

 「となると、Lサイズの在庫が現在あるBH ULTRALIGHT EVOかKUOTA KHANのLサイズを押さえて、3月下旬に入ってからセットアップする。それが妥当なプランか・・・」

 「いや、TIME IZONも捨てがたい・・・あの独得な存在感は、やはり凄い。Mt.富士ヒルクライムには間に合うしな・・・」

 在庫確認はしたが、結論がすぐに出るわけではない。しかし、時間に余裕はない。近いうちに結論を導き出す必要はあるようである。

2015/1/27

3236:城山湖  

 城山湖へ向かう上りを上り始めた。ゆったりとしたペースでしばし上った。1km程とかってに想像していたのであるが、1km程上っても道はずんずんと続いている。

 「あれ・・・まだあるの・・・」

 と少々面食らう。やがて隊列は長く伸び始めた。先頭を引いている2名がペースを上げた。心拍計を見たら170を超えていた。

 「結構しんどい・・・斜度もしっかりある・・・どこまで続くんだ・・・」

 と、心の中を「?」マークでいっぱいにさせながら、上り続けた。「ここを曲がればさすがに終わりだろう・・・」という期待は何度も裏切られた。

 やっと駐車場が見えた。「ついた・・・長かったな・・・」と思い、ペースを落とす。しかし、数名いるローディーのなかにチームメンバーは見当たらない。

 「まだ、上るの・・・」

 折れた心はさらに折れた。しばし上り続けるとようやく城山湖に到着した。結局3km以上あったような気がする。斜度もしっかりとしたものであった。これはヒルクライムコースとして実にしっかりとしたコースである。気合を入れて緊張感を持って臨むべきコースであった。

 『それさぁ、早くいってよぉ〜』と心のなかには松重豊のテレビCMでのセリフが響いた。かってな想定ではあったが、想定外にしっかりとした城山湖ヒルクライムであった。

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 城山湖はとても小さな湖であった。少し行ったところに眺望の良いポイントがあるということで、そちらに移動した。広々した眺望にしばし見入る。

 上ってきたルートとは別のルートで下りていった。大きな道に出て、車に気をつけながら帰路を進んでいった。

 国道16号、野猿街道と進んでいき、やがて多摩川サイクリングロードに入った。ここはジョギングやウォーキングをしている人、サイクリングを楽しんでいる人が多くいるので気を使う。スピードを少し緩めて川沿いの道を走っていく。

 郷土の森公園のところで多摩川サイクリングロードを降りて、府中街道へ向かった。ここで東大和メンバーは本隊から切り離されて、府中街道を北上して東大和市を目指した。

 「緩め・・・」のコースとして選択された相模湖・城山湖コースであったが、決して緩くはないロングライドであった。その証拠に脚にはしっかりとした疲労感が詰め込まれていた。

2015/1/26

3235:パンク  

 大垂水峠を越えると相模湖までは下りである。風を切ってロードバイクは勢いよく下っていく。緩やかなカーブをいくつか曲がっていくとやがて相模湖に着いた。

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 天候は穏やかである。陽光は分け隔てなくこの湖の淵に集った我々を暖めてくれる。その熱を強引に奪い去る風もほとんど吹いていなかった。

 湖面には観光客の姿はなく、ボート置き場に停泊している様々な色合いの貸しボートたちはただ何をするでもなく、この穏やかな時間を揺れながら過ぎるに任せていた。

 どこかのボート部であろうか、3艘ほどの競技用ボートが練習をしているのが遠くに見えた。細いオールが水を掻くと、アメンボのように競技用ボートはすいっと進んでいる。

 相模湖は何度かロングライドで来たことがあるが、いつも穏やかな印象がある。巡り合わせであろうか、湖面はいつも静かで、陽の光は身も心も暖めてくれる。しばし、とりとめのない話をしながら時間を過ごしたくなってくる。

 しかし、そうまったりとはしていられない。まだ50km程走らなければならない。相模湖の穏やかな景色に別れを告げて、次なる目的地である城山湖へ向けて出発した。

 城山湖へは行った記憶がない。コース設定の際に「ついでに城山湖に寄って・・・」といった話の展開だったような気がしていたので、あまり気にとめていなかった。「少し行った先にあるのかな・・・」程度の認識であった。

 隊列を組んで順次先頭交代を繰り返しながら走った。日陰に入ると肌寒く、日当りが良いところを走っていくとウィンドブレーカーが不要に感じられる。

 城山湖への道程を順調に進んでいるところであった。緩やかな下りを下っていた。下りであるのでそこそこスピードが出ていた。

 「パッシュ〜ン!!」と威勢の良い音が響いた。私のすぐ手前でその音はしたように感じた。急にハンドルがぐらっと揺れた。

 その音の発生源は私のORBEA ONIXの前輪であった。ロングライドでのパンクはずいぶん久しぶりである。長い距離を走るようになって4年近くになるが、2回目のパンクである。

 すぐにロードバイクを道路わきに寄せてパンク修理にとりかかった。あまり経験がないので少々焦ったが、どうにかこうにか無事修理を終えた。

 原因は、ブレーキシューの取り付け位置が悪く、タイヤのサイドに一部当たっていたことであった。ブレーキシューに挟まった細かな金属片を取り除いて再度取り付ける際、しっかりと位置を確認しなかったようである。不注意であった。

 気を取り直して再スタート。その後はトラブルもなく順調に進んだ。やがて城山湖へ向かう上り道に入っていった。ここの上りについてはぜんぜん予備知識がなかった。「1kmほどかな・・・ついでに寄るって感じだったし・・・」と漫然と捉えていた。

2015/1/25

3234:大垂水峠  

 「先週は激坂だったから、今日は緩めのコースにしましょうか・・・」という話の流れで、今日のチームでのロングライドの目的地は「相模湖」に決まった。さらにその後、「城山湖」にも寄るというコース設定になったのであるが、「城山湖」には行った記憶がない。

 まずは相模湖へ向かう道の手前にある「大垂水峠」を目指す。今日はこの時期としては比較的穏やかな天候である。玉川上水に沿って西へ向かい、途中から八王子方面へ南下する。大和田橋を渡り終えたところから、浅川沿いに続く遊歩道を走った。

 その遊歩道を終点まで走りきり、高尾山方面へ向かい、高尾山を右手に見ながらやり過ごししばらく行くと、いよいよ大垂水峠へ向けて徐々に上り道となっていく。

 前半部分はとても緩やかな上り、後半へ向けて斜度が少しづつ上がってくる。穏やかなペースで上り始め、少しづつペースが上がり始める。

 斜度が緩いと高速バトルになる。斜度が緩めだからといって楽が出来るわけではない。最後には限界心拍数付近での喘ぎが待っていることに変わりがない。

 後半エリアに入ってくると実力者3名が先頭集団を形成した。そして高速で引いていく。「とりあえず、付いていけるところまで付いていこう・・・」と気合を入れてその高速先頭集団の後ろについていた。

 3名の先頭集団を私ともう一人のメンバーが追うという展開。心拍数が180を超え、呼吸が追いつかない感じになってくる。

 しばらくは頑張っていたが、前を行く3名との差が広がり始める。オーバーペースからか、終盤では脚の踏ん張りがきかなくなってきた。

 ペースがずるずると落ち、3名の背中ははるか彼方へ遠ざかっていく。一緒に3名を追っていたメンバーのペースにもついていけなくなってしまった。

 緩めの斜度の上りである「大垂水峠」ではあったが、ハイペースで上って行くとやはりきつい。頂上付近の休憩ポイントでハンドルにもたれるようにして体を休めた。呼吸が落ち着き、顔を上げて美しい景色を眺めた。

 真っ青に澄み切った空に山並みが連なり、その向こう側から雪をかぶった真っ白な富士山が少しだけ顔をのぞかせていた。

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2015/1/24

3233:マンデリン  

 私は紙袋に入れてきたスピーカーケーブルを取り出した。「これです・・・この前電話で話したケーブルです。」オーディオショッ・グレンのオーナーにそのケーブルを手渡した。

 「少し太いね・・・でも軽いな・・・この軽さならいいんじゃない。それにやわらかい。重くて硬いケーブルって最悪だよね・・・音も大概ひどいものが多いよ・・・」オーナーはそんなことを独り言のように呟きながら、「試してみるか・・・」と言った。

 このスピーカーケーブルの両端は小さなYラグが装着されている。ヴィンテージオーディオのスピーカー端子は現在のオーディオ機器のような立派なものではない。大概小さなネジのようなもので挟み込む構造となている。それに対応するようもっとも小さなサイズのYラグで仕上げられている。

 「アンプはどっちがいいかな・・・LEAKかArmstrongか・・・」とオーナーが訊くので「LEAKでお願いします。LEAKの方が音が柔らかいですよね・・・頼りなげともいえるかもしれないけれど・・・LEAKの方が耳馴染みが良いような気がします・・・」と答えた。

 「それはそうかもな・・・じゃあTL12PLUSに接続してみよう・・・」そう言って、オーナーはスピーカーケーブルの取り換え作業を黙々と行った。

 長さは4メートル。ちょうどいい具合にパワーアンプとデッカ・コーナー・スピーカーとの間をそのケーブルが繋いだ。

 オーナーはスピーカへの接続を完了したとき「このケーブル・・・おろしたてじゃないよね・・・?」と確認した。 

 「我が家に着いてからしばらく鳴らし込んでいますから、もう大概落ち着いているはずです・・・ それほどエージングが必要なタイプでもないようです・・・」そう答えて、ソファに座った。

 黒い革製の3人掛けのソファの前には茶色の木製のソファテーブルが置いてある。そこには空になったコーヒーカップがソーサーに乗った状態で置かれていた。カップとソーサーには白地に紺色の線で幾何学的な模様が描かれていた。どこかしら清廉な印象を与える器である。

 オーナーはLP12のタンテーブルに乗っていたTELEFUNKENのマークの付いた10インチレコードを取り上げてジャケットに戻した。そして、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番がA面に入っているレコードを取り出して、ターンテーブルに乗せた。

 アームをレコードに近づけて針先を盤面にゆっくりと下ろした。このレコードの盤の状態はそれほど良いものではない。小さな傷から発せられるノイズが流れ始める。

 そう言った不規則に流れるノイズをかき分けるようにして力強いヴァイオリンの音色が響き始める。ぐいっと前面に出た音はすっと上に昇って行く。

 猛禽類の急降下からの飛翔のように軽やかでありながら力強い音の流れはよどみがない。このレコードに秘められた不思議な魔術のようなものがその飛翔の羽ばたきの間から漏れ出てくる。

 「変わるね・・・」オーナーはぶすっとした表情ではあるが、感心したような目をしてそう言った。「確かに変わる・・・音の表情がね・・・細かめに曳いたマンデリンっていう風情だな・・」オーナーは相変わらずぼそぼそと呟くようにしゃべった。

2015/1/23

3232:Model222  

 ラウテンバッハのヴァイオリンでバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第一番を聴き終えた。その後、オーナーはジョアン・フィールドのバイオリンでブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番のレコードをかけた。10インチの可愛いレコードである。

 鮮度感の高いヴァイオリンと重厚なオーケストラの掛け合いが聴く者の心をぐっと惹きつける演奏である。A面には第1楽章と第2楽章が納められている。第3楽章はB面である。A面のみを聴き終えた。

 「ちょっと、スピーカーの位置を調整してみましょうか・・・」

 オーナーはそう言うと、デッカ・コーナー・スピーカーと背面の壁との距離を微調整し始めた。何度かトライしてみる。
 
 壁から離すと、空間表現は広がる傾向はあるようである。しかし、その反面音の求心力のようなものが薄まり、ふわっとして心地よいが音の芯が細くなる。聴く者の好みにより時間をかけて調整していく必要があるようである。

 デッカ・コーナー・スピーカーは、やはりセッティングに敏感に反応する。なかなか難しいスピーカーと言えるであろう。

 「この、プリメインアンプも聴いてみますか・・・?」

 オーナーはそう言って、Armstrong Model 222の電源を一旦切って、そのスピーカー出力端子にスピーカーコードを接続しなおした。

 ArmstrongのModel222は実にモダンなデザインである。5個ある丸いノブが均等に配置されていて、LEAKのアンプに比べて一世代新しい感覚に溢れている。

 同じブルッフのヴァイオリン協奏曲のレコードをかけた。先ほどまではLEAK Ponit One StereoとTL-12PLUSのペアと比べると、見た目同様音の造形もモダンな印象である。

 骨格がしっかりとして、より頑丈な構造体により音が構成されている。Model222はECL86のプッシュプルで出力は10W+10Wである。出力がTL12PLUSよりも高いわけではないが、音の押し出し感はアップしたような気がした。

 日本においては、滅多に目にすることのないModel222である。隠れた銘機の一つと言ってもいいであろう。このアンプを使ってシンプルな構成のシステムを構築するのは、実に魅力的で洗練された感覚を感じる。

 例えば、今この部屋で聴いているシステム・・・LINN LP12、Model222、DECCA CORNER SPEAKERといったラインナップがリスニングルームにさりげなく置かれていたとしたら、そのオーナーのセンスの良さに脱帽するしかないような気がする。

2015/1/22

3231:教会録音  

 セッティングがとりあえず完了した。デッカ・コーナー・スピーカーは背面上方に放出された音が背面の壁に反射して部屋に音が響く。そのため背面の壁とスピーカーの距離に応じて音の質感に大きな変化があるはずである。追い込むには時間がかかりそうなスピーカーである。

 私はバッグに忍ばせていたレコードを一枚取り出した。スザーネ・ラウテンバッハのバッハ無伴奏ヴァイオリン集の一枚である。

 「やっと3枚揃いました・・・無伴奏ヴァイオリン集。この最初の1枚がなかなか見つからなくて・・・」

 そのレコードをオーナーに見せると、オーナーは「よく見つかったね・・・3枚のうち、この1番がはいっている盤が少ないんだよね・・・じゃ、これをかけてみようか・・・その前にコーヒーでも淹れよう・・・アンプもまだ暖まっていないからね・・・」

 そう言ってオーナーはコーヒーを淹れるために部屋の隅にあるミニキッチンに向かった。デッカ・コーナー・スピーカーはそれほど大きなスピーカーでない。17畳ほどの広さのこの部屋の中では控えめな表情で佇んでいた。

 オーナーが入れてくれたコーヒーをゆっくりと飲んだ。オーナーはマンデリンが好きなようで、大概マンデリンを細かめに曳いた濃厚なコーヒーを出してくれる。その濃厚な味わいの黒い液体は周囲の色を吸い込むようである。

 オーナーはジャケットから慎重にレコードを取り出してLP12のターンテーブルに置いた。ゆっくりとアームを盤面の上に移動させリフトレバーを下した。

 デッカ・コーナー・スピーカーから聴こえてくるのはその構造上間接音が主である。ユニット背面からの音はキャビネット内の複雑な音道を通ってキャビネット下部から放出されるが、それも直線的にリスニングポイントに飛んでくるわけではない。

 音の定位はしっかりとしている。しかし、音の響きは何かしら天井に向かって円錐状に伸びていくような印象を受けた。

 先週、杉並区のAさんのお宅でレコードを聴かせてもらった際に教会録音のバッハの無伴奏が一枚かかった。そのレコードのことを思い出した。

 その教会録音のレコードの響きは、教会録音らしく残響成分がすっと上に向かって伸びていた。その音を聴いていると、自分自身の意識が上に上に伸び上っていくような気がした。

 それが続くと、一種の幽体離脱ではないが、意識が体を離れて天井に昇って行くような錯覚に捉われた。

 その時の印象に近い音である。デッカ・コーナー・スピーカーは独特な音の質感を有している。その提示する風景はまさに教会の内部のように厳粛で気持ちが鎮まるものであった。



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