2014/12/5

3184:カセットテープ  

 ベートーベンの交響曲第5番の第1楽章が終わった。私はCF-2850のストップボタンを押してカセットテープの回転を止めて、イジェクトボタンを押してカセットテープを取り出した。

 そのカセットテープをケースにそっとしまってミュージックテープが入っている細長い箱に入れた。コーヒーは飲み終えていた。そろそろ席を立とうかと思っていた瞬間であった。

 カウンターに座っていた女性が「カセットテープでまだなにか聴かれますか・・・?」と私に尋ねた。

 「あっ・・・いえ、私はもう・・・どうぞ、何か聴きたいものがあれば・・・」私は少々不意を突かれた感じでどぎまぎしながら答えた。

 すると、その女性はミュージックテープが入っている箱ではなく、自分のカバンを探った。そしてカセットテープが入っているケースを一つ取り出した。

 そのカセットケースには猫の白黒写真が印刷されていた。彼女は慣れた手つきで操作してそのカセットテープを再生した。アコースティックな雰囲気のポップミュージックが流れてきた。

 20代半ばと思われる女性の年齢からすると、カセットテープなんて過去の遺物であり、日常生活の中で使用したことはないはずである。

 不思議な感じであった。「カセットテープ・・・持っているんですか・・・?」今度は私が尋ねた。

 「ええ、最近なんですけど・・・インディーズのアーチストがカセットテープで新作を出すんですよ・・・好きなバンドもカセットテープで出すので、なんでかな・・・と思って。何本かネットやライブの時に買ったんです。それが、なんとなく気に入っちゃって・・・なんだか新鮮で・・・」

 彼女は目がくりっとしていて、どちらかというと童顔であった。化粧っ気もほとんどなく、言葉にも少し訛りがあった。

 「でも、カセットテープって不便でしょう・・・頭出しもできないし・・・音も少しこもった感じがするし・・・」

 「ああ、それはそうですね・・・でも、最初からちゃんと順番に聴くって、逆に良いのかも・・・i-Podだとついついバンバン飛ばしちゃうんですよね・・・それにあんまり耳が痛くならないんですよね・・・i-Podからイヤホンで聴いていると時々耳が痛くなってきちゃって・・・」

 「そう・・・でも、ラジカセ持ってるの?」

 「持ってなんです・・・時々この店に来て聴くんですよ・・・家が近いんで・・・そのうちに古いタイプのラジカセを買おうかと思っているんです・・・」

 「えっ・・・古いラジカセ売ってるの?」

 「ええ、専門店があるみたいですよ・・・あとはヤフオクなんかでも売ってるみたいです・・・」

 その女性はあまり物おじせずにしゃべった。相当隔たりのある世代間を偶然繋いだカセットテープであった。

 私は、コーヒー代を払い、その女性に「じゃあ・・・お先に・・・」と軽く挨拶して、店を出た。腕時計は5時半を指していた。外はすっかりと暮れて暗くなっていた。

 「なんだか優しい音がするんですよね・・・カセットテープって・・・」その若い女性が言った言葉が頭の中でころっと一回転した。



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