2014/12/21

3199:パン工房 シロクマ  

 いつものようにORBEA ONIXに跨り朝の7時に家を出た。空気は冷たかったが、先週のように痛いと感じるほどの寒さではなかった。

 昨夜遅くまで降り続いた雨によって路面は濡れたいた。「これはロードバイクが汚れるな・・・」そう思った。路面が濡れているとロードバイクはタイヤが跳ね上げた泥やごみによってすっかりと汚れてしまう。

 西武多摩湖に沿って走る遊歩道には落ち葉くずなどが一杯で、それらがロードバイクのフレームのあちらこちらにくっつく。

 集合場所であるバイクルプラザに着いた。サイクルスタンドにロードバイクを立て掛けると、もうすでにONIXはシクロクロスでもしたかのような状況になっていた。

 今日のロングライドはいつもと違う。普段であれば往復距離100km程を走り、どこかの峠に上って戻ってくるというコースを選択するのであるが、今日はチームの忘年会が午後6時から予定されているため、あまり疲れないコースを選択することになった。

 今日の目的地は「シロクマパン」。このパン屋はサイクリストに有名な店。埼玉県の越生町にある。とてもおいしく、どういう経緯でサイクリストに有名になったのかは忘れてしまったが、少しわかりにくい場所にあるにもかかわらず、休日になると次から次にサイクリストが訪れる。もちろん店の前にはサイクルスタンドがある。しかし、そのサイクルスタンドがすぐに一杯になるほどの人気である。

 往復距離は90kmほど。峠道はないが、コースには緩やかなアップダウンはある。まずは多摩湖の堤防を目指した。

 来た道を逆回しに戻すように遊歩道を進んだ。多摩湖の堤防をゆっくりと渡ると湖面は太陽の陽光に照らされて美しかった。風はなく、穏やかな休日の風情である。

 今日は峠を上らないので緩やかな心持ちである。気温はきっと低いはずである。しかし、湿度が高いせいか、空気は少し柔らかく感じられた。

 ところどころ、短い上りを上る。短くても上りでは心拍数はすっと上がる。息も切れる。7台のロードバイクで構成されたトレインは行く手に峠が待っていない気安さからか、快速ペースで進んだ。

 峠の厳しい上りが待っているときはそれまで脚を温存しておきたいので、ペース配分を少し考えながら進む。今日はそういった調整は必要ない。

 途中でコンビニ休憩を一度入れて、埼玉県を内陸部に向かって進んだ。冬は内陸部の方が寒い。そのためか走り進むほどに気温が下がってくるような気がした。

 シロクマパンは県道から一本脇に入ったところにある。特にこれといった目印がないので、行き過ぎてしまうこともある。

 その分かりづらい脇道へ入りこんだ。道なりに右に緩やかに曲がっていった先にその小さなパン屋はあった。

 「シロクマパン」の正式名称は「パン工房 シロクマ」。淡い黄色に塗られた外壁が目印のかわいらしい建物が見えた。サイクルスタンドには4,5台のロードバイクがすでに立て掛けられたいた。

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2014/12/20

3198:再開  

 風邪が完治してから「一日置き作戦」は再開された。「一日置き作戦」とは、その名のとおり一日置きに、固定式ローラー台かスポーツジムでのエアロバイクで1時間ほどトレーニングするというもの。ひねりはまったくない。単純な作戦である。

 トレーニングした翌日は筋肉を休ませる。休ませる必要性のあるほどハードなトレーニングではないのであるが、とりあえず継続させるために一日置きとなっている。

 毎日トレーニングするというのは、額に汗をかいて働かないと日々の生活の糧を得ることが出来ない身である私にとって、かなり困難な課題である。不動産所得のような不労所得や年金で生活できる身分なら別であるが、仕事を忙しくこなしながら、定期的にトレーニングもするということは、たとえ一日置きであっても、それなりの意志力がないと続かない。まさに「継続こそ力・・・」という感じである。

 風邪によってその継続は中断された。1年ほど継続してきただけに残念であった。3週間ほど全くトレーニングできなかった。そのため、締まっていた体は緩み、ヒルクライムでの持久力も落ちていた。

 トレーニングを再開してまだそれほどの時間が経過していない。今後もどうにか細々ではあってもトレーニングを継続して調子を上げていきたいものである。

 しかし、12月は風邪だけでなく忘年会という障害も行く手を遮る。やれ顧問先の会社の忘年会だ、税理士会の忘年会だ、テニスサークルの忘年会だ、と何かと賑やかなのである。

 そういった忘年会の合間を縫うようにして、今週も1時間のトレーニングを一日置きに遂行することが出来た。

 一日置き、ということは1週間で3日ほど黙々とクランクを回し続け、汗をたらたらと流し続けることになる。

 この単純なるトレーニングは楽しみというものが伴わない。風景は変わらず風を全身で感じることもない。美しい山も空も木々も見えない。

 目にするのはスマートフォンの小さな画面から流れるYoutubeの動画である。動画はその日の気分で選択するが、大概ヒルクライムレースの車載カメラによる動画か、ロードバイクの室内トレーニング用に編集された動画を見ることとなる。

 これは、どう見ても楽しみとは縁遠い。ゲーム性もなく、得点が入るわけでもない。でも、1時間汗を流し続けると、何かしら得るものがあるような気がする。

 あるいは得るのではなく、盛大に流れ去っていく汗とともに、心の底に溜まっている良くない気を吐き出しているとでも言うべきであろうか・・・トレーニングを終えて汗を流すためにシャワールームに入る時、体は疲れているが、心は幾ばくか軽くなっているのを感じる。

 再開した「一日置き作戦」・・・病気になったり、怪我をしたりしないでいれば、継続することは可能なような気が今のところしている。

2014/12/19

3197:産毛  

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 Susanne LautenbacherのBach無伴奏ヴァイオリン集は3枚のセットである。今我が家にあるのはそのうちの2枚。あと1枚入手できればコンプリートとなる。

 なかなか希少価値の高いレコードのようで中古市場にも稀にしか出ないようである。「このレコード、演奏は素晴らしいのであるが、録音が・・・」と従前は思っていた。

 しかし、ここ数日はこのレコードがLINN LP12のターンテーブルに乗る機会が増えていた。それはスピーカーケーブルをGe3のものに替えたのが契機となっている。

 「このレコード、こんな良い録音だっけ・・・」

 と意外に思ったのが1週間ほど前であった。従前はもっとぎすぎすした質感のように感じられていたのである。

 Ge3のスピーカーケーブルを返却しなければならないので取り外し、従前使っていた黒く細く柔らかいスピーカーケーブルに替えた。

 そして、LautenbacherのBACH無伴奏ヴァイオリン集のうちから一枚をLINN LP12のターンテーブルに乗せた。盤面に下ろされたSPUの針先が拾い上げた音楽信号はLEAKのアンプで増幅されて、TANNOY GRFから流れ出した。Lautenbacherの演奏は素晴らしものであった。それは変わりはない。しかし、私の表情は冴えない。

 「何かが、欠落している・・・決定的な何かが・・・」
 
 従前のスピーカーケーブルで充分であるという判断であれば、出費は抑えられる。しかし、そういった心の傾きとは別のところで、その音の質感の差異については素直に認めざる得ない。

 空間表現が広いとか、帯域が広いとか、そういったものではない要素である。音の生命感のようなものに大きな差異がある。

 「産毛・・・」私の頭の中にはそんな言葉がふっと浮かんだ。音の表面を覆っていた産毛のようなものが、Ge3のスピーカーケーブルの時にはあった。それが見えなくなっている。そんな気がした。

 A面を聴き終えた。ゆっくりとSPUの指掛けを人差し指で下から持ち上げ、SME3009をアームレストまで戻した。LINN LP12の電源ボタンを押してOFFにした。LEAKのアンプの電源も落とした。レコードをパラフィン紙の内袋に入れてから、ジャケットに戻す。

 Lautenbacherは毅然とした演奏をする。高山植物のように人の目につきにくい環境でも可憐な花を咲かせる。人工的に栽培される大輪の花とは違う。

 山に上り、その花を認める。でもけしてその花を摘み取ろうとは思わない。しばし、心静かに愛でるのみである。そんな感じで・・・レコードを聴く。

 いずれはこのBachの無伴奏ヴァイオリン集ももう一枚が加わり、3枚揃うであろう。「その3枚のためにも、Ge3のスピーカーケーブは必要かもしれない・・・」そう思った。

2014/12/18

3196:床ドン  

 コーナー型のスピーカーは壁のコーナーに設置する。壁にぴったりとくっつけるわけではなく、いくらかの隙間を設ける。

 この隙間が音に与える影響は結構あるので、皆自分の好みの間隔に調整する。二等辺三角形の長さが等しい2辺と壁との間隔は揃えるのが原則である。

 ケーブルを交換してスピーカーを起き上げ、インシュレーターを差し込んだ状態では、壁との隙間はかなりくるってしまっている。そこで少しづつ動かしながら壁との隙間を調整する。

 ほんのわずかな移動で済めばいいのであるが、結構ずれてしまっている場合には注意が必要である。スピーカーを少しづつ移動させる。インシュレーターの表面はツルツルである。スピーカーがその表面を滑ってしまうと、GRFの二等辺三角形の頂点の袴がドスンとインシュレーターからずれ落ちてしまう。

 この「壁ドン」ならぬ「床ドン」は、とても心臓に悪い。悪い意味で「ドキュン・・・」としてしまう。「床ドン」してしまうと、また最初からやり直しである。

 GRFの前にマットレスを敷いて、GRFを前方へ倒す。コーナーの角に置くインシュレーターの位置を調整する。「動くなよ・・・」とそのインシュレーターに言い聞かせ、GRFを起こす。

 両サイドのインシュレーターを指しこむ。そしてトントンしながら壁との間隙の調整を慎重に行う。「床ドン」が起こらないことを願いながら。

 左側のスピーカーが終わると次は右のスピーカーにとりかかる。その間「なんだよ・・・この野郎・・・」という悪態を何度がつくことになる。
 
 そういった作業を終えて、アンプの電源を入れた。スピーカーケーブルが従前使っていたものに変わった。

 Ge3のスピーカーケーブルは丁寧に箱にしまった。この状態で慎重に聴き直し、Ge3のスピーカーケーブルを注文するか否か決定しようと思っていた。

 Ge3のスピーカーケーブルは安価ではない。1mあたり1,000円ということはないのである。それだけのコストをかける必要性があるのか否か・・・それはGe3のスピーカーケーブルでしばらくの期間聴いた後に従前のものに戻した時に一番よく分かるような気がしていた。

 一枚のレコードを取り出した。SUSANNE LAUTENBACHER 「plays Bach: Partitas and Sonatas for Solo Violin」のうちの1枚である。これは3枚でコンプリートなのであるが、今我が家には2枚揃っている。

 そのレコードをLINN LP12のターンテーブルに乗せた。静電気を除去するブラシでレコードを何度かなぞった。そしてSPUの針先を盤面にゆっくりとおろした。

2014/12/17

3195:ケーブル交換  

 一般的にスピーカー端子というものは、スピーカーの背面に付いていることが多い。それゆえ、スピーカーケーブルを交換する作業というものは、それほど大変な作業ではない。

 スピーカーの末端がYラグでもバナナ端子であっても、取り外して新たなものに付け替える作業時間というものは、1分かかるかどうかといったものでしかない。

 しかし、スピーカーの底面に端子が付いている場合には、そうはいかない。一旦スピーカーを倒し、ケーブルの付け替え作業をして、またスピーカーを起こす必要性があるからである。

 底面に端子が付いていても、スピーカー自体の重さが比較的軽ければ、その作業もそれほどの苦労を伴わないかもしれない。しかし、スピーカーの重さがそれなり以上のものである場合には、スピーカーケーブルを交換する作業は、苦労を伴う。

 我が家のTANNOY GRFはスピーカー端子(スピーカー端子と呼べるほどにしっかりとしたものではないが・・・)は、スピーカーの底面に付いている。

 そして、その重さはかなり重い。スピーカーはインシュレーターを使って三点支持で浮かせてもいる。これらの条件が重なると、スピーカーケーブルを交換する作業は、かなりの気合を入れて行わないといけなくなってくる。「できれば、したくない・・・」というのが正直な思いである。

 もう一人作業を手伝ってくれる要員がいればいいのであるが、自分一人で行う場合には「今日こそやるぞ・・・」と気合を入れる必要がある。

 実は今、GRFのスピーカー端子には、Aさんを通じてGe3から自宅試聴用に借りているスピーカーケーブルが接続されている。

 Ge3の製品は見た目的に拒否反応が出てしまうものが多いが、スピーカーケーブルは至ってノーマルな形状である。黒く、それほど太くもない。軽く、柔らかく、取り回しも良い。両方の端子はYラグで処理されている。特別に小さなサイズのYラグで処理されてるので、ヴィンテージ機器にちょういいサイズである。

 このGe3のケーブルをしばらくの間お借りしていて、自宅で試すことが出来た。しかし、延々と借りているわけにもいかず、Ge3に返却しなければならない。

 12月は仕事が忙しく、なかなかその作業にとりかかる気合が入らなかったのであるが、今日意を決してその作業を行なった。

 一人で行った。まずはスピーカーの前面の床にマットレスを敷く。そしてゆっくりとGRFを前方へ倒していく。

 小さめのプラスドライバーを手にスピーカーの底面に付いている端子(といっても小さな普通のネジで締め付けるだけの簡易なものである)を緩め、スピーカーケーブルを外す。そして従来から使っていたケーブルに取り換える。

 ここまではスムースであるが、これからが問題である。ただ起き上げるだけであれば、それほどの苦労ではないのであるが、大きな問題は三点支持のインシュレーターである。コーナー型のスピーカー形状であるので、二等辺三角形の頂点に当たるスピーカーの後端部分を支えるインシュレーターが大きな問題となる。

 見えないのである。この辺であるはずという位置にインシュレーターを置いておく。そして気合を入れてスピーカーを持ち上げる。スピーカーの後端をそのインシュレーターの位置にうまく合わせるようにセットする。うまくいかないと、もう一度スピーカーを倒して位置調整する。

 とりあえず後端がインシュレーターの上に乗った。前面両サイドのインシュレーターを挟み込む作業は比較的楽である。そしてこれからが、微妙に神経を使う。スピーカーの位置調整である。

2014/12/16

3194:コンビニおでん  

 奥多摩湖でしばし休憩していると、やがて雲が太陽を隠してしまった。それと同時に風もでてきた。こうなると、体感気温が急激に下がり始める。

 寒くなってきたので、いそいそと帰りの支度にとりかかった。ヘルメットをかぶり、グローブをはめ、サングラスをかける。やりなれた一連の動作を手際よくこなし、ロードバイクに跨った。右足のクリートをペダルに嵌めた。カチッと乾いた音がした。

 「帰りは相当寒いだろうな・・・まあ、冬だからな・・・しょうがない・・・」

 そんなことを思いながら、トレインを組んで下り始めた。急激に体に襲いかかってくる冷気は体から容赦なく熱を奪い去ってゆく。腕や太ももが小刻みに震える。

 「冬の下りは寒い」それはローディーにとって、「1+1=2」というのと同じくらいに当たり前のことである。そのことは今までに何度も身をもって体験している。そして、これからも何度も経験することとなるであろう。

 12月ではあるが真冬並みの寒さの今日・・・当然のこととして下りは猛烈に寒かった。「これは当たり前のこと・・・当たり前のこと・・・冬の当たり前・・・」そんな意味のないつぶやきを脳内でぶつぶつやりながら、風を切って下っていった。

 いくつかのトンネルを逆方向から抜けていく。耳元を猛烈な勢いで過ぎ去っていく空気が、盛大な風切音を途切れることなく掻き鳴らしていく。

 8両編成のトレインは下り基調の道をドンドンと進んだ。順番に先頭交代を繰り返し、やがて青梅駅前のレトロな雰囲気満載の商店街を抜けた。

 岩倉街道に入る前にコンビニ休憩をして、枯渇したガソリンタンクにたっぷりとエネルギー源を放り込んだ。

 先日「マツコの知らない世界」で「コンビニおでん」の特集を観たせいか、おでんが食べたくなった。冷えた体も温かいものを求めていた。

 「タマゴとちくわぶ・・・それから大根をお願いします。つゆは半分くらいで・・・」

 コンビニのアルバイト店員は手際よくおでんのタネをつかみ、専用の容器に入れる。そして半透明のプラスチックのふたをした。

 温かいおでんがおいしかった。「コンビニおでん」は決してバカにできないクオリティーである。つゆも全部飲み干した。良いだしで仕上げられていて美味であった。

 コンビニ休憩を切り上げて、さらに帰路を進んだ。岩倉街道を進み、青梅街道に入り込み、東へひたすら向かう。武蔵村山市役所を過ぎると、自宅まであとわずかとなってくる。

 東山大和市のメンバーは途中で本隊から離脱してそれぞれの家を目指す。私も途中で青梅街道を左折して、トレインと別れた。

 「お疲れ様・・・」乾いた冬の空気に挨拶が数回響いた。一人になった。「よかった・・・長引いた風邪による悪影響は思ったほどではないようだ・・・2,3ケ月かかると思っていたがもっと早い段階で従前の調子を取り戻せるかもしれない・・・」そんなことを思いながら家への道を急いだ。

2014/12/15

3193:ヨーロッパ選手権  

 バトルゾーンに入りこんでくると、走行スピードは上がっていく。私は先頭集団にへばりついていた。終盤に近くなると、リーダーがぐんと加速して先頭へ・・・そしてその背中はどんどん小さくなっていく。

 3台のロードバクが2位集団を形成して、お互い牽制しあいながら緩やかな上りを速いスピードを維持しながら走った。

 3台のロードバイクの内訳は、フランスを代表してLOOK、ベルギーを代表してRidley、そしてスペインを代表してORBEAという、ヨーロッパ選手権的な様相を呈していた。

 フランス、ベルギー、スペインは互いに順繰りに仕掛けた。まずはベルギーが仕掛け、続いてフランスが仕掛けた。そして、私のスペインの番である。

 残り1km程であろうか・・・ちょっとタイミングが早いかもとは思ったが、順番としては私の番か・・・という感じで、ぐっとクランクを回す脚に力を込めた。

 フランスとベルギーを一旦は引き離した。しかし、スパートは300mもするといきなり空気が抜けたタイヤののように、尻つぼみになってきた。

 「だめだ・・・ロングスパートなど無理な話であった・・・」ペースはブレーキをかけたように緩やかなものに戻ってしまた。

 フランスとベルギーはこの好機を逃すわけがない。すぐさま、私の右を2台のロードバイクがすり抜けていった。

 充電量がゼロになった私のバッテリーはスカスカと力ない音を発していたが、ペースを落としてしばし脚を休めたので、またその充電量を増やし始めた。下から一つ、そして二つ目のインジケーターに緑色の明かりが灯った。

 そして、最終盤に再度ペースを上げた。フランスの背中が近づいてきた。ようやくかわした。そして少し前を行くベルギーへ近づく。間合いは詰まったが、追いつくことなくゴール・・・

 ゴール直後はいつものように、乱れた呼吸を整えるべく、ハンドルに上体を持たせかけるようにした。「疲れた・・・きつかった・・・」出てくる言葉はいつものようなものである。でも心の中では「バトルできた・・・」とほっとしていた。予想以上に長引いた風邪の影響でしばらくはバトル参戦はできないかも、と危惧していたのである。

 奥多摩湖に着いた。着いた直後は太陽が柔らかな陽光を降り注いでいて、暖かかった。湖面は穏やかであった。キラキラと光っていた。

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2014/12/14

3192:バトルゾーン  

 今年は寒くなるのが早い。まだ12月半ばであるがすでに真冬のようである。今朝もほぼ真冬を感じさせるような寒さであった。

 サイクルウェアに着替えて、ロードバイクを玄関から持ち出した時に、きゅっと寒さに身が引き締まった。

 そして走り出した。走り出してちょっとすると下りが続く。そのエリアでは凍り付くような冷気が鼻孔に急激に押し寄せてくる。冷たいというよりも痛い・・・「この季節がやってきたか・・・」そんなことを思いながら、集合場所であるバイクルプラザを目指した。

 西武多摩湖線に沿って走る遊歩道を歩く人々はしっかりとした防寒着に身を包んでいた。アスファルトの両脇には土の上に落ち葉が覆いかぶさっていて、その上に霜が降りていた。その景色は冬そのもののようである。

 集合場所で今日の目的地をどこにするか話し合った。その結果今日の目的地は「奥多摩湖」に決まった。往復距離はちょうど100kmほど。奥多摩湖への上りは緩やかである。そのため、バトルが勃発すると高速バトルになる。

 長い期間抜けなかった風邪の症状に苦しめられた直後である。「バトルに参戦したいけれど、大丈夫であろうか・・・この前のようなことにはならないと思うけど・・・」そんなことを思いながらスタートした。

 2週間前のロングライドは試練の連続であった。その時は、風邪が完治しない状態で都民の森へ向かったのであるが、体が異様に重く脚がまったく回らなかった。都民の森への厳しい上りではふらつきながら上る破目に陥った。

 スタートしてしばらくすると、前回のロングライドと決定的に違う感覚にとらわれた。「進む・・・ロードバイクが自らの意識を持っているかのように進む・・・」そういう感覚である。もちろん実際には私の脚が回転してロードバイクを前へ進めているのであるが、ロードバイクが自発的に走ってるような感覚である。

 前回と違って体が軽い。脚も回る。「これなら普通に走れそうだ・・・」少しほっとした。風邪に苦しめられた結果、調子は当然下降気味かもしれないが、前回のひどい状況から比べると雲泥の差がある。

 青梅街道、岩倉街道を走り青梅駅方向へ・・・そして奥多摩を目指す。8台のロードバイクで形成されたエメラルドグリーンのトレインは快調に進んだ。気温は低いが天気は良い。太陽の光が当たっていると少しばかりの暖を得ることが出来た。

 コンビニ休憩を一度入れて、奥多摩湖を目指した。トンネルをいくつかくぐっていくため、フロントライトとリアのライトのスイッチを入れた。

 トンネルの中では、素早い間隔で明滅するライトが、すぐ前を走るメンバーの背中を照らす。通過するトンネルの数が増えていくに従って、走行スピードも徐々に上がってくる。バトルゾーンに入り込んできたようである。

2014/12/13

3191:WIRE  

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 発注していたSIDIのサイクルシューズが届いたとの連絡が入っていた。受け取りにバイクルプラザへ向かった。空は晴れわたり、鮮やかな青が空を染めていた。ここ数日同様、気温は低めで推移しているが、天気が良いと寒さもそれほど身に染みないようである。

 箱から出されたサイクルシューズは鮮やかな色合いである。チームカラーと同じ明るい緑を選択した。製品名は「WIRE」。その名のとおり、ワイヤーでフィットさせる。ワイヤータイプのシューズは初めてである。試してみるとこれが実に合理的で、しっかりとフィットする感覚が好ましい。

 WIREのデビューは2012年。2015年モデルではカラーがいくつか追加され、ワイヤー式締め付け調整機構「テクノ3システム」が小変更を施され「テクノ3プッシュ」になった。

 従来は指で巻き取りレバーを立ち上げていたが、これに加えてダイヤル中央の小さなボタンをワンタッチすることでレバーが立ち上がる機能が追加され、走行中にレバーを探さずとも増し締めが行えるようになった。

 まあ、ウィークエンドローディーの場合、この新たな機能を使う機会はないであろうが、試してみるとなんだか気持ち良い。意味なくこの小さな赤いボタンを押したくなってしまうかもしれない。

 坂バトルの最終盤、スパートを仕掛ける前にこの赤い小さなボタンを押してレバーを立ち上げ、締め増しを行う。それで気合を入れてクランクを思いっきり回す・・・なんてシチュエーションが・・・もしかしたらあるのかもしれない。

 実際に履いてみると高い剛性が感じられる。しなりがあまり感じられず、パワーの伝達効率が高そうである。

 驚いたのはかかと部分に装着された締め付け具合調整機能。ネジを緩めると踵の締め込みが強くなるこの調整機能・・・「Adjustable Heel comfort Fit Insole」と名付けられている。ちょっと試したくなる機能である。

 新たなサイクルシューズを手に入れたが、残念なのは今年は寒くなるのが早いということである。まだ12月なのに真冬並みの寒さである。明日のロングライドで早速この新兵器を履こうと思っているのであるが、この寒さについついシューズカバーの出番を願うことになりそうな感じである。そうなるとこの鮮やかな色はカバーの下に隠れてしまう。

 明日は最低気温が0度ほどになるであろう。普通であればしっかりとしたシューズカバーをかぶせる寒さである。しかし、明日は、明日だけはカバー無しで出撃しようかと画策している。

2014/12/12

3190:Mito  

 オーディオショップ・グレンを出たのは7時半ごろであった。階段を降りていって1階にたどり着いた。Mimizukuの窓には明かりが灯っていた。通り過ぎがてらに店内を覗いてみた。4人掛けのテーブルに二人の男性が座っていた。カウンター席には誰もいなかった。CF-2850が静かに佇んでいるのみであった。

 少し歩くと、近くのコインパーキングに停めてあるVW POLOを認めた。駐車料を機械に支払った。6台が停められるコインパーキングは私のVW POLO以外にもう1台の車が停まっていた。

 白いMitoであった。不思議な偶然のように感じた。Mitoは比較的マイナーな車である。そのMitoが私が停めたコインパーキングに停まっている。それも他の車はなく、この白いMitoのみである。

 リモコンキーでPOLOの施錠を解除した。ハザードが軽い挨拶のように光った。今では当たり前の機能になっているスマートキーの機能はついていない。ドアを開けて乗り込み、キーを差し込み、右へ回した。エンジンは軽くハミングするように始動を始めた。

 VW POLOは最近マナーチェンジされた。外観は必要最小限の変更に留められている。比べて検証すると所々に変更が加えられているのであるが、ぱっと見にその印象が変わるということはない。

 外観と違って、中身はそれなりに変わっているようである。まずエンジンが変わった。1.2L直噴ターボ「TSI」エンジンが、ゴルフ7と同世代の後方排気・DOHC・4バルブユニットに変更された。従来型、すなわち私のPOLOに乗っている1.2L直噴ターボ・エンジンもかなりなものであるが、さらなる性能向上が図られているようである。

 もう一つの大きな変更点は、ゴルフ7に続いてミリ波レーダーを全車標準としたこと。これにより衝突被害を軽減・回避するプリクラッシュブレーキシステム「フロントアシストプラス」が、Bセグメント車では異例の全車標準になった。

 最近車を運転していて猛烈な睡魔に襲われることがある。前の晩にジムでのトレーニングをした場合、昼食後の一定の時間にとても眠くなるのである。そういった時にこの安全装備がついていると、少し安心である。

 まだ、マイナーチェンジしたPOLOに乗ったことはないが、きっとかなりの質感向上を果たしているのであろう。

 「そういえば、『寧々ちゃん』のMitoもマイナーチェンジを数回経ている。外観は変わっていなくても、今乗っているMitoよりも格段に良くなっている可能性がある。試してみる価値があるかも・・・無理に他の車に買い替える必要性はないかもしれないな・・・同じMitoに乗り換えるなら色は白だろうな・・・きっと、白・・・」

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