2014/9/30

3118:ギリギリバトル  

 正丸峠の頂上で恒例の記念撮影を済ませ、帰路についた。風を切って下り基調の帰り道を勢いよく走っていった。

 帰路で越えるべき峠は二つ。一つは小沢峠、もう一つは笹仁田峠。どちらも小さな峠である。ゆっくりと越えるのであれば、さほどの障壁ではない。しかし、ミニバトルに参戦するとなると話は違う。メインの峠で疲弊した脚と体にさらなるダメージが加わる。

 小沢峠まで軽快にトレインは走った。小沢峠に向かう交差点を右折するとやがて上りが始まる。最初はゆったりと上っていくが、すぐさまペースが上がり始める。

 ミニバトルに参戦するメンバーはトレインの前の方へ移動する。そしていよいよバトル開始である。ペースが上がっていき、ロードバイクの走行音とそれを走らせるエンジンの排気音も高まってくる。

 中盤からリーダーはトップを快走し、私とTさんがそれに次ぐ二番手のポジションを争う形となった。私のORBEA ONIXとTさんのLOOK 566は文字通り横並びになって走った。それぞれの前輪と後輪はぴったりと位置が合わさり、完全にシンクロしながら、坂を進んでいった。

 普段であれば前後に連なり機を見てペースを上げてそのポジションを入れ替えたりするのであるが、今回はぴったりと並走する形で上っていった。

 駆け引きという要素がほとんど入り込まないガチンコ勝負である。「ここは後ろに着けて様子を見て、最後でスパートする・・・」といった考えは沸いてこないようなバトルであった。

 ただただクランクをめいっぱい回し、激しく酸素を吸い込み、その前輪をすぐ隣で勢いよく回る相手の前輪の少しでも前にもっていこうとする・・・単純な意志のみで成り立つ並走勝負である。

 とても苦しかった。まさにギリギリという感覚である。体はほぼ限界・・・でもなぜかしら心の奥底では喜んでいた。「これがしたかった・・・正丸峠では叶わなかったが・・・これこそギリギリバトルだ・・・」

 ゴールが徐々に近づいてきた。ずっと続いていた横並び状態から、ORBEA ONIXが少し抜け出た。「このまま逃げ切れるかも・・・」心のなかには柔らかな安堵の風が少しだけ吹き込んできた。

 シッティングではペースを保てなくなったので、ダンシングに切り替えた。呼吸も心拍もギリギリである。表情は苦悶にゆがむ。

 ゴールが目前に迫った。その時私の右サイドに白い風が後方から強く吹いてきたように感じた。LOOK 566のラストスパートである。「速い・・・やはり来たか・・・」

 一旦LOOK 566の前輪はORBEA ONIXの前輪に並んだ。再度完全なる横並び状態が生じた。私も瞬間的に応戦した。クランクに込めるパワーをマックスに・・・そのまま、もつれ合うように2台のロードバイクは小沢峠の頂上に達した。

 小沢峠での「ギリギリバトル」を終えると、私は上半身をハンドルにもたれさせ、呼吸を整えようとした。これで完全に消耗しきった。最後の最後まで緩むことのないバトルであったので、その疲労度はずっしりと重かった。

 帰路にはもう一つ笹仁田峠が残っていた。「今日は参戦できるであろうか・・・かなり体にきているが・・・」よほどのことがない限り毎回参戦している笹仁田峠での高速バトル・・・棄権はしたくなかった。

 小沢峠を越えて走っていくと、笹仁田峠が近づいてきた。その前にあるほんのちょっとした上りでも息が切れた。

 笹仁田峠の上りに差し掛かった。ここは緩やかな上りで距離も短い。私は密かに「デザート」と名付けている。「デザートは別腹だからな・・・きっと大丈夫・・・」そう自分に言い聞かせながら、上り始めた。

 「デザート」にスプーンを突っ込んだのは私を含めて3名であった。3名がそれぞれ順次先頭を勢いよく引いていき、スピードがぐんぐん上がった。

 やがてハイスピードのまま最後のスプリントポイントへ突入した。「ベツバラ、ベツバラ、ベツバラ・・・」心のなかで密かに叫びながら、ダンシングでペダルにありったけのパワーを注ぎ込んだ。

 51歳の老いた肉体は、理不尽な脳からの指令を果たそうと懸命に働いた。その理不尽さに抗弁することもなく2本の脚はクランクを回し続けた。

 「ベツバラ」が「バラベツ」と聞こえる頃合いに笹仁田峠の頂上を越えた。惰性で峠の向こう側へ下りながら、「ごちそうさま・・・」と小さな声でぼそっと呟いた。これで完全なる「お腹いっぱい」状態に・・・

2014/9/29

3117:後目線  

 山伏峠を越えて下りに入った。すると相当差が開いたはずだと思っていたTさんのLOOK566がすぐ前に見えた。下りであるが、めいっぱいのスピードにはのっていなかった。

 「あれ、なんだかおかしな・・・」そう思いながら下りの途中でTさんをかわした。実はこの時Tさんは脚を攣っていた。

 下り終えて右に折れながら正丸峠の上りに場面は移転した。下りで少し体は回復していた。上り始めからハイペースでクランクを回した。

 Tさんの様子が少しおかしいとは思いながらも脚を攣っていたとは分からなかったので、きっとこの上りですぐに追いついてくるだろうと思っていた。

 上り始めるとやがて、バイクルプラザのチームジャージが見えた。先にスタートしたメンバー3名が一緒に峠道を上っていた。

 山伏峠を上りきるまでに先行メンバーを3名かわせたので、前を行く3名を一気にかわせれば、先行スタートしたメンバー全員に追いついたことになる。

 そのエメラルドグリーンのジャージに視線を固定し、引き上げてもらった。やはり前方に目標があると気持ちが楽になる。

 後ろからTさんが追いついてくるのではという後目線だけだと、焦って疲れが募るが、前に追いつくべき目標が設定されると、走りが俄然アグレッシブになるのである。

 心のなかで「良かった・・・」とつぶやいた。クランクを回すペースは落ちることはなくハイペースを保つことができた。徐々にその3名に近づいていった。

 そしてその右側を走り去った。「頑張ってください・・・」まだ声をかける余裕があった。右に一旦膨らんで走り、少ししてからまた道の左側に軌道を修正した。

 正丸峠の上りは終盤に入った。頂上が近づきつつあった。すると、私の右側をぐんとスピードを上げて抜き去るロードバイクが・・・「Tさんがやはり来たのか・・・」と一瞬思った。

 しかし、そのロードバイクはLOOK566ではなかった。さっき抜いた先行スタートしたメンバーの一人がラストスパートしたのであった。

 スパートするにはゴールまで少し距離があったが、そのスパートに反応して私もスピードを上げた。

 正丸峠の上り道は路面状況が悪い。タイヤを凹凸のある路面で少し跳ねさせながら、そのメンバーの右を再度すり抜けた。メンバーがスパートしてくれたので、その勢いを借りることができた。

 頂上が見えた。後方から追ってくる機影は見えなかったが、ダンシングに切り替えてスパートした。ゴールして峠の茶屋の前にORBEA ONIXを立てかけた。

 遅れてゴールしたTさんと話をした。山伏峠の頂上でふくらはぎを攣ったとのことであった。脚が攣ったまま下り、そして正丸峠を痛みに耐えて上り終えた。

 Tさんの脚が攣らなければ、追いつくことはできなかったであろう。あるいは正丸峠の上りの終盤でどうにか追いつき、かなりハードなバトルが勃発したであろうか・・・「ギリギリバトルがしたかった・・・」そういう気持ちが心の奥底にうっすらと沈殿した。

 その思いはすぐさまかなえられることとなった・・・帰りにもミニバトルが待ち構えていたのである。

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2014/9/28

3116:秋晴れ  

 季節は秋の深まりを着実に見せ始めていた。朝の7時にORBEA ONIXに跨って家を出て、集合場所であるバイクルプラザへ向かう遊歩道を走っている時、太陽の照射角度が以前と比べて随分と低いものになっていた。東に向かって走るこのコース、太陽の角度が低くなると太陽光がまっすぐに目に入ってくる。

 真冬の頃になるとその角度はとても低くなり、サングラスをかけていても視界の確保が難しほどである。徐々に下がるその角度に秋の深まりを実感した。

 朝のうちは肌寒く感じるほどであった。昼頃には27度ほどまで気温が上がると天気予報では言っていた。その頃には無用の長物となる可能性が極めて高かったが、ウィンドブレーカーを着こんで走った。

 今日のロングライドの目的地は「正丸峠」に決まった。チームでのロングライドにおける定番峠である。道も行き慣れた道である。

 爽やかな気候のなか、緑色のトレインは颯爽と進んでいった。西武多摩湖線に沿って走っている遊歩道を今度は来た時とは逆に西へ向かって走る。そして旧青梅街道へ入りしばらく進んでから岩蔵街道に入った。

 今日の爽やかな天候に誘われたのであろう、道すがらいつもよりも多くのローディーを見かけた。「この天気なら走りたくなるよな・・・」家でくすぶっているのが精神衛生上悪いような素晴らしい秋晴れである。

 やがて最初の休憩ポイントであるファミリーマートに着いた。ここでトイレ休憩を済ませ、エネルギー源を補給した。

 ここには店の前にベンチが数個置いてある。皆そこに腰を降ろし冷たい飲み物や補給食を口にする。南向きのそのベンチには陽光がさんさんと降り注いでいる。その太陽光を浴び続けていると暑くなってくる。もちろん真夏の日差しのように強烈ではないが、まだまだ力強さを秘めた陽光である。

 しばしの休憩後、山伏峠の上り口を目指した。周囲の景色はどんどん鄙びた雰囲気を纏い始める。空気はより清涼なものとなり、所々で川のせせらぎの音が響く。そのような穏やかな風景のなかを進むロードバイクの乾いた走行音は、人工的なものではあるが、自然な音のように響く。風の音の親戚か何かのように・・・

 山伏峠の上り口には今日も多くのローディーの姿があった。ここで一息入れてから皆上り始める。ゴールは正丸峠である。一旦山伏峠を上り切り、少し下る。途中で右に折れて正丸峠の上り口へ入り込んでいく。山伏峠の上りは4kmと少し、1kmほど下って、正丸峠までの上りは1.5kmほどであろうか・・・

 今日の参加者は11名。ゴール地点にほぼ同じ頃合いに着けるよう、先行して数名のメンバーが順次スタートしていった。

 最終組は5名。数分遅れでスタートした。少し行くと工事のために片側交互通行になっている区間があった。タイミング悪く直前で自動的に切り替わる信号が赤に変わった。2分そこで待たされる破目に・・・これで先行したメンバーにさらなるアドバンテージが与えられてしまった。

 120秒の待ち時間が終わり、信号が青に変わった。5台のロードバイクはいつもよりも速めのペースで坂を駆け上っていった。「正丸峠に着くまでに先行メンバーを全員かわさなければ・・・」少し焦りもあった。

 山伏峠は所々斜度がきつくなるが、激坂系ではない。中盤辺りから5台のロードバイクはその出せるスピードの差異によって縦に伸び始めた。

 山伏峠の上りで脚を使いきってしまうと、正丸峠の上りで失速してしまう。しかし、安全に行きすぎると、前を行くメンバーに完全に取り残されてしまう。その兼ね合いが難しい。

 山伏峠の中盤は少し抑え気味に、そして後半へ向けて少しづつペースを上げていった。山伏峠の頂上を越えた時、最終組の5名のうち2名のメンバーが私の前を走っていた。リーダーは相当前を行っているはずである。LOOK566を駆るTさんも相当速いペースで山伏峠を駆けあがっていったので30メートルほどの差がひらいているはずだと思った。

 しかし、正丸峠の上りに入ればもしかしたらゴール直前でTさんに追いつけるかもしれないとかすかな期待を抱いていた。そして、山伏峠の頂上を越えて、下りに入った。するとそこには意外な光景が・・・

2014/9/27

3115:第二勢力  

 バイクルプラザRTで他を圧倒する一大勢力を有しているメーカーがORBEAである。先週のヤビツ峠へのロングライドに参加した9台のロードバイクのうちなんと5台までがORBEAであった。

 ORBEAはスペインのメーカー。特にメジャーなメーカではなく、一般的な知名度はそれほど高いわけではない。しかし、その優れた性能とCP比の高さが隠れた人気となっている。

 9台のうち5台がORBEAだとすれば、残り4台はどの様な内訳であったか・・・2台がRIDLEY、そして残り2台がBHである。

 RIDLEYはベルギーのメーカーである。実はこのRIDLEYの最軽量フレームであるHELIUM SLは次期フレーム候補の一つに上がっている。

 BHはORBEAと同じスペインのメーカー。このBHの最軽量フレームはUltralight・・・名前からして軽そうであるが、そのUltralightが2015年モデルではUltralight Evoに進化した。フレーム単体で700gを切る重量のようである。フォークと合わせても1kgを超えないとのこと・・・これも良さそう・・・早速次期フレーム候補にピックアップされることとなった。

 2015年モデルからEvoがその名前に加わったUltralight・・・2014年モデルと比べると、見た目だけでは大きな変化はないようである。

 2014年モデルのインプレを雑誌で読んでみると、「単に軽いだけでなくいろんな要素がバランス良く高次元で融合されている・・・」と書かれている。まあ、オーディオ雑誌と同じで、サイクル雑誌のインプレ記事は良いことしか書いていないから、話半分に聞いておいた方が賢明ではあるが・・・

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 実は先週のロングライドには参加していないが、チーム内にRIDLEYはもう1台存在し、BHも同じくもう1台存在する。つまりそれぞれ3台・・・二つとも一大勢力のOEBEAに次ぐグループなのである。

 さて、もしも私がRIDOLEY HELIUM SLを次期フレームとして選択すると、チーム内でRIDLEYは4台となって第2位の勢力を有することとなる。

 もしも、BH Ultralight Evoを次期フレームとして選択したとなると、同じくBHが4台となってORBEAに次ぐ勢力を有することとなる。

 「この二つどちらも良さそう・・・さらにScott ADDICT SLも捨てがたい・・・」などなど、心は千々に乱れる・・・まあ、どうでもいいことではあるが、楽しくもある。

2014/9/26

3114:活用法  

 「弱虫ペダル」のテレビ放送第1期分38話まで観終わった。一区切りあるところで終わるのかと思っていたら、見事にその期待は裏切られた。めちゃくちゃ良いところで終わった。とてもその先が気になる。

 テレビ放送第2期分は10月6日からテレビ東京で始まる。それを待って毎週録画するか、あるいは漫画の単行本を入手して一気にその先の話を読むか・・・現在思案中である。

 YouTubeでの「弱虫ペダル」は、単に観るだけでなく別の活用法もあった。固定式ローラー台でクランクをもくもくと回している時に、観るのである。特に気分が盛り上がるシーンが入っているところを・・・

 「1年生レース」「合宿での1,000kmレース」「インターハイ」などの幾つものシーン・・・それを観ながらローラー台で汗をかいていると、無味乾燥で刺激のないローラー台での練習がけっこう熱の入ったものになる。

 多くの人が感じるであろうが、ローラー台でのトレーニングは退屈で面白みのないものである。風は吹かない(わざわざ扇風機を用意する人もいるが・・・)風景は変わらない、一緒に走っている人は当然いない(ジムでエアロバイクを使っている時は隣の人がダラダラ汗を流す私を怪訝そうに見ている時はあるが・・・)。その状態である程度追い込んだトレーニングを継続的に行っていくには、それなりのモチベーションなり意志の強さを持ち合わせていないと難しいものである。

 私の場合は一日置きなのでそれほどでもないが、なにかしら背中を押す要素がないと一日置きであっても続かないものなのである。

 「今日は仕事が忙しかったから・・・疲れたな・・・」

 「ちょっと風邪気味かな・・・体がだるい・・・」

 そんなことが頭をかすめ、ついついソファにごろっとしてしまって、根が生えて、気付いたらうたた寝していたりする。

 そんな時でも「弱虫ペダル」という餌をまいておけば、無理やり体をローラー台に向かわせることが可能となる。

 そして、退屈で辛いローラー台での練習も惰性でだらだらせずに「行け〜」と心のなかで叫んでケイデンスを上げたりする。さすがに「30回転上げ」は無理であるが・・・

 「やっぱ、漫画買おうかな・・・」漫画の方は話が相当進んでいるようである。ド〜ンと「大人買い」して一気に読むか・・・じっと待って毎週楽しみにテレビを観るか・・・思案のしどころである。

2014/9/25

3113:週一  

 ダンス教室の入っているビルまでは国分寺駅南口から歩いて5分ぐらいかかる。3階までは会社の事務所などが入っていて、それより上の階は居住用のエリアとなっている。エレベーターに乗って3階で降りる。ダンス教室の扉を開けると、広々としたダンスフロアが目に入ってくる。

 気温は低いはずであるが、湿度が相当高いのであろう、歩いてくると少し蒸し暑く感じた。ダンスフロアの床は淡い色合いの白木で、目にさわやかである。

 そのフロアには時折ダンス教室でみかける小学生の男の子と女の子のペアがいた。親の方は座りながらそのレッスンの様子を見ている。

 靴をダンス用のものに履き替えて、しばしそのかわいいペアのダンスを見ていた。小学生5,6年であろうか、かなり小さな頃からレッスンを受けているのであろう、その動きは堂々としたものである。

 「ジェニファー」のレッスンが始まった。「ジェニファー」は年のころ30代前半と思われる。身長は160cmほどであろうか・・・贅肉の類は一切ないシェイプアップされた体をしている。

 「少し痩せました?」

 「ジェニファー」は開口一番訊いてきた。

 「体重はそれほど変わっていませんが、少し体が締まってきたのかもしれません・・・週末は自転車に乗って結構長く走っているんです・・・」

 「どれくらい走るんですか?」

 「だいたい100kmほどです・・・」

 「えっ、結構走りますね・・・だから脚力が強いんですね・・・」

 そんな何気ない会話をしながら、レッスンは始まる。10月12日に行われる予定のダンスパーティーに向けて、「スローフォクストロット」と「タンゴ」の基本的なステップを習った。

 「どうにかなりますか・・・?」

 「競技会ではないですから、大丈夫ですよ・・・」

 ダンスパーティーは、ぱっと見それなりに様になっていて、楽しげであればなんとかなるものである。どちらかというと雰囲気を味わうことが大切・・・

 30分は短い。基本的なステップを繰り返しているうちに時間は経過した。週に1回のレッスンはさらりと終わる。

2014/9/24

3112:HEAD  

 ローディーは脚の毛を剃る・・・プロのようにほぼ毎日脚のマッサージを受けることのないウィークエンドローディーの場合、実質的な必要性はないのであるが、ほとんど方が脚の毛を剃る。

 私は当初「そこまでしなくていいか・・・」と思っていたが、チームメンバーの全員が脚の毛を剃っているので「郷に入れば郷にしたがえか・・・」と思い直し、Mt.富士ヒルクライムの直前に剃ってみた。

 一旦剃ると、剃り続けなければならない。一週間ほどすると1cmほど伸びてくる。そこでロングライドの前日に剃る。ほぼ一週間に一回ほどの割合で風呂場でカミソリを手にすることとなる。少々面倒ではあるが、これも習慣になってしまえば、どうってことなくなるのであろうか・・・

 週に一回・・・私は脚の毛を剃るために右手にカミソリを持つだけでなく、テニスラケットも同じ右手で握る。水曜日の夜、8時10分から9時40分までの1時間半。BIG BOXのインドアテニスコートで・・・

 テニスコートには時折試打ラケットが数本用意されていることがある。今月は「HEAD」キャンペーンのようで、HEADのラケットが4本、試打ラケットコーナーに置いてあった。「ラケット代25%OFF、ガット張り代無料・・・9月末まで」と張り紙がしてある。

 「せっかくだから、試してみるか・・・」そのうちの1本を手にしてみた。「プレステージ MP」という商品名であった。サイズは今私が使っているものよりも一回り小さい。そして少し重く感じた。

 テニスラケットもゴルフクラブ同様、上級者向けになると重くなる。それを使いこなす体力が必要になるからである。

 その「プレステージ MP」を使ってしばしラリーをしてみた。ラケットは重く、ボ―ルが当たった時の衝撃度もかなりしっかりとしたもの・・・使いこなしは難しそうであるが、しっかりと捉えられると、重い球質のボールとなる。

 長時間使うと体が参ってしまいそうである。しかし、使いこなせれば、これはこれで良い武器になりそうなラケットであった。

 ほぼ一週間に一度の割合で握るものはまだいくつかある・・・その一つは「ジェニファー」の手である。国分寺駅からほど近いダンス教室で・・・ 

2014/9/23

3111:アドバンスコース  

 アクティブブレインのベイシックコースを受講したのは7月の中旬のことであった。画期的な効果を生む記憶法ということで試してみたところ、確かにその効果のほどには目をみはった。

 関連性のないアットランダムな160語の単語を順番を一つも間違うことなく、すらすらと言えた時には、ちょっとキツネにつままれたような気分であった。

 今日はそのアクティブブレインのアドバンスコースと呼ばれる一種の「応用編」のセミナーを受講した。場所は中央区であった。講師はアクティブブレインの設立者である小田全宏氏。9時半から始まり夜の7時まで、みっちり中身の詰まったセミナーであった。参加者は50名弱。

 まずは数字を大量に記憶するテーマに挑戦。その独自の手法を使うと円周率を35桁まで記憶することが可能であった。

 しかも、それを一部の受講生だけでなく全員ができるところが凄い。数字を使う仕事をしているが、数字を暗記する必要性は特にない。日常生活で役立つかは未知数である。もしも私がまだ高校生であったなら、日本史や世界史の年号を覚える際にすごく役立ったであろう。

 続いて20のテーマについて原稿やメモを一切目にすることなくスピーチを行うというテーマに挑戦。これはなかなか手ごわい。順を追ってステップアップするようにその最終目的地を目指していく。

 そして、制限時間内で20のすべてのテーマについてスピーチをしおえた時には、ほっとして嬉しい気分になる。

 このテーマをこなすと、脳の疲労はかなりのレベルに達する。普段使っていない脳の機能をフル活動しているのであろう。脳の後ろの方が熱を持ってじんじんしているような感覚である。

 それにしても20のテーマを順番を間違えずに覚えるだけでも従前の感覚であれば大変な作業のように思われるのに、それぞれのテーマについて簡潔にスピーチをするのであるから、その脳内エネルギーの消費量は相当なものであったはずである。

 セミナーを終えると、時間の針は7時を回っていた。お腹もとても空いた。数名の受講生で近くの中華料理屋さんで懇親会・・・お腹をすかせた雛のようになっている胃袋に食料を投げ入れた。

 懇親会を終えて、家に着いたのは11時を少し回っていた。お風呂に入った。湯船につかっていると一瞬ふっと意識が遠のく。ロングライドの後の体の疲れのように、脳もアクティブブレインセミナーで相当鍛錬されてくたくたのようであった。

2014/9/22

3110:スティルス  

 その作戦の遂行にあたって決定的に不利なことに、私の愛車にはスティルス機能が欠如している。そっと背後に忍び寄ることなど全く不可能なのである。

 私のエンジンは、その排気と吸気のために大きな音量を発っする。その音は遥かかなたにまで達っしてしまう。前を行くメンバーは後ろを振り返ることなく、こちらの位置を明確に把握することが可能である。

 そして、その給排気音の音量の変化によって、私の位置が20メートル後方かあるいは10メートルぐらいまで近付いているのか、すっかり分かってしまうのである。

 残り500mほどであろうか、間合いが詰まった瞬間、前を行くメンバーはペースをぐいっと上げた。一旦詰まったかに思えた2台のロードバイクの差はあっという間に広がった。

 私はふと小学生の頃の夏休みのことを思い出した。わたしの手には虫取り網がしっかりと握られていた。そして肩からは虫かごが斜めにつるされていた。私の目は桜の大木につかまって盛大に鳴いている蝉を捉えていた。そしてその蝉めがけ、ゆっくりと虫取り網を近付けつつあった。しかし、セミは何かの気配を感じたのか、さっと飛び去った。

 その時の蝉の飛び去る後ろ姿のように青いBHはさっと飛び去った。私の手には虫取り網が握られたままであった。それは無用の長物のように空をさまよっていた。

 私の脚にはそのスパートについていける余力は残っていなかった。ゴール直前のスプリント勝負であれば対抗できる可能性があるが、残り500mのロングスパートに耐えうる脚の状況ではなかったのである。

 差は元のとおり20m以上開いた。スパートはかけられずに同じペースで残りをこなした。ヤビツ峠10kmの長い上りは終わった。

 峠の頂上には数多くのローディーがいた。さすがに人気の高い峠である。峠の頂上でしばしまったりとした時間を過ごした。時間が経過すると汗が冷えてきた。おもむろにウィンドブレーカーを着こんだ。

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 帰りは裏ヤビツを下った。こちらは道幅が狭い。その割には車が多く、結構気を使う。2度ほどすれ違えずに立ち往生している車の後ろで待たされた。

 下りであるが少々脚を使う裏ヤビツである。しばし下っていくとようやく宮ケ瀬湖に到着。ここは多くの店が並び観光客も多い。そこで小休止。ヒルクライムとは別世界の穏やかでまったりとした時間と空間を享受した。ついさっきまで限界心拍数で歯を食いしばっていたのが遠い昔のように思える光景である。

 まだ50km以上走らなければ家には辿りつかない。それは厳然とした現実であるが、そんなことをしばし忘れさせてくれる穏やかな時間であった。

2014/9/21

3109:ヤビツ峠  

 ローディーを惹きつけてやまない峠がある。「ヤビツ峠」もそういった峠の一つである。チームでのロングライドでは年に1回ほどヤビツ峠に向かう。

 峠の上り口までは約60km。上りが10km。往復で140kmと普段のロングライドよりも距離が長くなるため、第三日曜日の「ガッツリロング」でしか行けない。そのため年に1回ほどの頻度となる。

 天候は穏やかなものであった。朝のうちは少し肌寒く感じたが、走り始めるとやがて汗が流れ始めた。

 9台のロードバイクで形成されたトレインは、ヤビツ峠に向けて粛々と進んだ。新小金井街道、小金井街道、多摩サイクリング道路、野猿街道、国道16号、国道246号・・・いつものコースよりも比較的大きな道路を進んでいった。

 ようやくといった感じで「名古木(ながぬき)」の交差点が目に入ってきた。ここを右折すると上りが始まる。ここからアタックするローディーも多いが、この先信号が二つもある。「信号厳守」がチームのルールであるので、名古木から2つ目の信号のところにあるコンビニまで皆でゆっくりと上り、そのコンビニで一息を入れてからスタートする。

 このコンビニからヤビツ峠の頂上までの距離は約10km。普段のロングで上る峠よりも距離は長い。「ペース配分に気をつけないと・・・」そんなことを思いながらゆっくりとスタートした。

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 自然な流れで序盤から私は2番手のポジションに・・・前をいつも坂バトルで熱戦を繰り広げるメンバーが引いてくれていた。

 その2台と後ろの集団は少し差が開いていた。1kmほど上った。「今度は私が引きます・・・」と先頭交代した。

 「2台で1kmごとに先頭交代して中盤までは共闘体制をひいていこう・・・5kmを過ぎたらペースが上がるであろうから、それまでは脚を残しておかないと・・・」そんな構想を勝手に頭に描いていた。

 2kmを上った。「そろそろ交代してもらおうか・・・」と後ろを見ると、かなり差がついてしまっていた。ORBEAどうし共闘体制を組む予定であったメンバーは体調が思わしくなかったようである。何度か振り向く私に「先に行って・・・」

 想定した展開とは違うが、後ろの集団とはそれなりの差が開いていた。集団は半分くらいまではゆっくりと上って脚を温存して、後半ペースを上げる。逃げ切れる可能性はほとんどないが、一人で逃げる形となった。

 脚は比較的よく回っていた。「行けるところまで行ってみるか・・・」負荷をなるべく変えず一人旅をしばし続けた。

 一人旅は5kmほどまで続いた。半分を過ぎる頃に、リーダーに追いつかれた。そしてサクッと抜かれた。まあ、これはおり込み済みである。

 そして7kmほどの地点でもう一人のメンバーにも抜かれた。どうにかすぐ後ろに張り付こうとしたが、すぐさま差は開いた。

 20mほどの差がついたであろうか。どうにかその背中を視界の範囲にとどめておかないと、気持ちが切れてペースが落ちる可能性がある。その差を広げないようにクランクを回し続けた。

 前を行く青いBHから目をそらすことなく激しく心臓と肺と脚を働かせていた。その差は広がることはなかった。どうにか前を行くメンバーの背中を視界に捉え続けていた。

 徐々に残り距離が少なくなってくる。残り1kmほど。斜度が緩んだポイントでペースを上げて差を縮めた。すぐ後ろに貼り付くことができれば、ゴール直前のスプリント勝負を仕掛けられる可能性が残っていた。

 「気付かれずにそっと後ろに張り付くことができれば・・・」そう思ったが、その作戦の決行には、決定的に不利なことがあった・・・



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