2014/8/11

3068:チェロソナタ  

 天候は台風の影響により荒れていた。私は木の窪みにひっそりと身を潜めてやり過ごしていた。陽が落ちてあたりがすっかりと暗くなってきた頃から雨は止んだ。風は依然時折強く吹いていた。

 夜行性の習性からであろうか、あるいは台風による荒れた空模様が気分を高揚させたからなのであろうか、私はまだ風が強いなか、羽を広げ飛び立った。

 風が強いなか飛ぶのはやはり困難を伴う行為であった。飛び立って少しすると少々後悔モードとなった。ひとしきりこの悪天候での飛行をやり終えたらどこかの木にしがみつこうと思った。

 ちょうど新青梅街道の上を横切ろうとした時であった、急に猛烈な風が吹いた。その風に押し流されるように私の体は急降下した。

 何度かきりもみ状態で回転した私の体は新青梅街道を向こうから走ってきた車の窓に手ひどくぶつかった。「ドンッ!」と鈍い音が響いた。

 私の意識はその瞬間、ほぼ失われたようである。意識が薄らと戻ってきた時、私は草むらのなかにいた。仰向けに倒れ6本の足は空しく天に向けられていた。無意識的な痙攣がその6本の足を時折襲っていた。

 意識は少し戻ったが、目の前は真っ黒なままであった。何も見えない。風はまだ吹いているようであった。草むらが風に煽られて揺すられる際の音が周囲に響いていた。

 私は悟らざるを得なかった。この打撃が決定的なものであることを・・・そして、風前の灯となった私の生命がやがて間もなく尽きることを・・・

 生命が終わりを迎える時、光の輪が現れ、そのなかを通っていく、という話しを聞いた記憶があるが、果たして本当にそんなことが起こるのであろか・・・あれは人間にだけ限られた現象で昆虫である私には縁のないことなのであろうか・・・

 不思議と痛みは感じなかった。それは体だけでなく、心においても、無謀をしでかしたことに対する強い後悔も、あのタイミングで走ってきた車に対する恨みも、感じることはなかった。

 私は「光の輪」をどこかで心待ちにしていた。しかし、目の機能がすっかりと失われたためか、真っ黒な空間しか見えてこなかった。

 意識が再び薄らいできた。すると、どこかしらから音楽が聴こえてきた。チェロとピアノである。チェロソナタ・・・ベートーベンである。あの特徴的な旋律はチェロソナタ第3番第1楽章である。

 「光りの輪」は現れなかったが、ベートーベンのチェロソナタが葬送曲のように私の儚い命の送り火となってくれるのか・・・そう思った瞬間、私の右手がピクリと動いた。遠ざかりつつあった意識が戻ったようであった。

2014/8/10

3067:アクシデント  

 台風の影響で今日は朝から雨が降っていた。雨は時折強く降り、また時折止んだ。風も夜になるにつれて強くなってきた。

 私は夜の8時半ごろ、新青梅街道を西に向かっていた。台風の影響であろう、車は少なかった。赤信号で止まる以外はスムースに車は流れていた。

 風は強く、車の窓を閉じていてもその風の威力は、音や車に時折加わる圧力により充分に感じられた。雨はちょうど止んでいた。

 もうすぐ自宅のあるエリアに差し掛かる頃であった。フロントウィンドウに「ドンッ!」と鈍い音があって、何かがぶつかった。

 強い風にあおられて何かがとんできたようであった。暗い中であったのでそれが何かしっかりと判別することはできなかった。

 しかし、それほど硬いものではなかった感覚が残っていた。昆虫かなにかであろうか・・・夜行性の昆虫が空を飛んでいたが、強い風によってコントロールを失い、車の窓にぶつかった・・・そんなイメージが脳内に映し出された。

 もしあの未確認飛行物体が昆虫であったとしたら、風で押され飛んできたスピードと車が向かってくるスピードとが加算された勢いでぶつかったこととなるので、致命傷となったかもしれない。

 フロントウィンドウにぶつかった反発で上方へ跳ね飛ばされた昆虫はきっと道を越えて道路脇の草むらか何かに不時着したのではないであろうか。ぶつかった衝撃のために身動きは取れず、その場で空しく手足を痙攣させている。

 その昆虫の寿命がどれくらいかは不明であるが、きっと夏が終わるまでの間は特別な事情がなければ生きていけたはずである。

 しかし、このアクシデントによりその昆虫は寿命をまっとうすることなく、さらには子孫を残す機会を得ることもなく、その生命を終えようとしているのかもしれない。

 未確認飛行物体がぶつかったフロントウィンドウには特に何の痕跡もなかった。ぶつかったものが昆虫であったかどうかも不明である。

 できれば、小さな木の実か何かであってほしいような気がした。丸い有機体であったことは確かなような気がしていた。そして、なぜかしら昆虫であるような気がしていた。

 東京は台風11号の直撃は避けられたようである。チームでのロングライドが当然のこととして中止となった以外には、私の生活にはそれほどの影響はなかった。しかし、あの昆虫(もしも『あれ』が昆虫であったとして・・・)には決定的な影響を与えたかもしれない。

2014/8/9

3066:CF1480  

 2,3日前だったであろうか・・・朝、NHKのテレビを何気なく観ていたら、渋谷にある中古ラジカセ専門店のことが放送されていた。1970年代、1980年代の古いラジカセが修復されて完動品の状態で売られている店である。

 購入層はラジカセ世代・・・つまり40代、50代の中年男性かと思いきや、そうとばかりとも限らず、若い女性なども購入するという。

 「えっ・・・なんで・・・」という気になって見入っていると、最近カセットテープでソフトを発売する動きが一部インディーズにおいて流行っているとのこと・・・不思議な現象である。

 テレビのなかのインタビューで若い女性が「カセットテープで聴くと、優しい音がする・・・」と言っていた。

 カセットテープ・・・私が中学生・高校生の頃はとても重要なアイテムであった。レコードが高価であったため、友人が持っているレコードをカセットデッキで録音してもらって、家にあったSONY製のラジカセでよく聴いたものである。

 カセットテーブは一本どのくらいしたのであろうか・・・確かLP1枚がちょうど入る45分のテーブで300円〜500円ぐらいだった気がする・・・記憶は定かではない。LP1枚が2,500円の時代であるから、5分の1以下の価格で音楽を楽しめたのである。

 私はなぜかTDKのカセットテープが好きであった。パッケージやテープ本体のデザインも美しく音も良いような気がしていたのである。まあ、音が良いと言ってもラジカセでの世界であるので怪しいものであるが・・・

 私が中学生から高校生の頃まで愛用していたラジカセはSONY CF1480という型番の機種であった。1970年代の前半に発売されたこのラジカセはSONYデザインの素晴らしさを伝える銘機である。この時代SONYは本当に輝いていた。そのデザインには気品があり志の高さが見る者の気持ちを高揚させた。

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 CF1480はラジオの周波数表示部分が円形をしていて個性的であった。スイッチ類の感覚もしっくりとしていて操作する悦びを感じさせるものであった。

 そのNHKの放送を観て、少し懐かしい気分になった。TDKのカセットテープをSONY CF1480に入れてもう一度音をその音を聴いてみたいと思った。YES「危機」のA面の冒頭部分がフェードインしてくる様子が、私の脳内で古びた色合いの時間の流れとともに静かに再生されてきた。

2014/8/8

3065:SIDI  

 スポーツにはそれぞれ専用のシューズを用意する必要があることが多い。私は今4種類のスポーツを定期的に行っているが、それらも例外ではない。

 そういったスポーツ系の専用シューズはおおむね高価である。一番最近に購入した社交ダンス用のシューズは、ぴったり20,000円であった。

 MADE IN ENGLANDと誇らしげに銘記されたその靴は黒くピカピカと光っている。とても軽く、靴底は滑りが良い素材でできている。

 テニスやゴルフもそれぞれ専用のシューズがある。たまたまどちらもadidas製のシューズを使用中である。特にadidasが好きというわけではなく、デザインの良いものを店頭でみつくろったところadodasのシューズをそれぞれ選んだのである。価格は2万円まではしなかった記憶がある。どちらもMADE IN CHINAである。

 ロードバイクのシューズは確か3年ほど前に購入した。定価は18,000円+消費税であった。シューズとしても性能・機能はまだ充分保っているとは思われるが、外観は傷や汚れで相当くたびれてきている。そろそろ買い替え時かもしれない。

 現在のロードバイク用シューズはMAVICのものを使っている。バイクルプラザRT内においては少数派である。断トツでシュア率が高いのが「SIDI」である。続いて「SHIMANO」、その次が「MAVIC」という順位となっている。

 SIDIはイタリアの老舗メーカーである。そのフラッグシップは「WIRE」という製品名のシューズで見るからに高性能な外観をしている。2014年モデルの定価は43,800円(税別)とその性能に比例して高価である。

 チーム内ではWIREは二人のメンバーが使用している。カラーはホワイト/レッドとイエロー/ブラックである。どちらも輝くばかりにまぶしい光沢を放つ。

 特にイエロー/ブラックはその基調となるいイエローの色合いが実に明るく、イタリアンな雰囲気を周囲に放っていた。

 そのWIREの2015年モデルが発表となった。幾つかの改善がなされているようであるが見た目的にはほとんど同じに見える。新色が2種類出た。

 「これに履き替えると速くなるのかな・・・」という気にさせるような優れた見た目ではある。実際にはエンジンしだいで、サイクルシューズが高性能になったから速くなるということはないのであるが、WIREで足元を飾れば気分はぐんとアップするであろう。

 2015年もモデルの価格は、為替事情からするとやはりアップするであろう。となると「セカンドモデルとして新たに発売されたKAOSでも良いか・・・」という気分にもなってくる。

 ロードバイクを始めて体はぐんとしまった。ヒルクライムの試練にも耐え続けている。さらに物欲にも耐える鍛錬が必要なようである。

2014/8/7

3064:ボベスコ  

 涼しかった北海道で三日ほど過ごしたからか、あるいは旅行はのんびりしたつもりでも移動に伴う疲れが体にしっかりと残るものなのか、今日の東京の暑さは結構応えた。

 昼間は直射日光を浴びると少々身の危険を感じるような暑さであった。顧問先を3件訪問したが、どこでもまず最初に口に上るのはこの暑さのことである。

 陽が落ちるとさすがに暑さも一段落。風も吹いて夕涼みにはちょうど良い感じとなった。夜になってから、私はリスニングルームに入った。

 この夏の時期、リスニングルームはエアコンと除湿器を常時稼働させている。気温は25度、湿度は40%以下になっているので、室内はとても快適である。

 アンプの電源をONにした。LEAKの真空管アンプは寝起きが悪い。最低でも1時間は経過しないとその本来の音色を提示してくれないのである。

 エアコンも除湿機もそのままにして、しばらくその部屋で本を読んだ。小山田浩子著「工場」の本を読みかけのところから開いた。

 出口のない不思議で憂鬱な世界のなかをさまよい歩くような作品である。長い迷路を、こちらでもない、あちらでもないと行きつ戻りつしていたら、思いがけず出口に出くわしてしまった・・・そんな読後感を抱かせる。

 そういえば昨晩羽田空港に着いた時、第2駐車場の4階に停めた自分の車の駐車番号を忘れてしまっていた。家族に訊いても覚えている者は誰もいない。確かこのあたりだったはずとさまよったが、見当たらなかった。

 結局4人で手分けして、その広い駐車場を探しまわってようやく見つけた。その見つけた瞬間の「ここだったのか・・・」という気持ちが一瞬軽くなるような、安堵するような・・・そんな心の動きを持って、この作品の最後を読み終えた。

 時間は1時間ほど経過したようであった。私は1枚のレコードをLP12のターンテーブルに載せ、針を降ろした。ジャック・ジェンティのピアノ伴奏によるローラ・ボベスコのヴァイオリンが流麗な響きを奏で始めた。

 曲はA面1曲目のヘンデル: ヴァイオリン・ソナタ第4番である。録音されたのは1962年。私が生まれる1年前である。その曲を聴きながら私は胎児のように透き通って丸くなった。

2014/8/6

3063:灯台  

 朝起きだして、ホテルの窓のカーテンを開けた。洞爺湖は曇ったままであった。湖の中に浮かんでいる中島は悠然とした風体で、人々のせわしない営みを憐れそうな視線で見つめていた。

 遅めの朝食をホテルでとってからチェックアウトした。洞爺湖の周囲は温泉街でもある。温泉街特有の猥雑で場末的な雰囲気が漂う街並みである。長い不景気の間に疲弊した地方観光地の風情があちらこちらから感じられる。唯一変わらぬ自然の美しさだけが、人間の短絡的な営みを補完してあまりあるかのようである。

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 洞爺湖を後にして室蘭へ向かった。道央自動車道を通り、室蘭インターを降りた。室蘭は港町であるとともに、石油コンビナートなどの工場が立ち並ぶ工業地帯でもある。窓を開けていて走っていると石油系の嫌な臭いが車内に入り込んできて、慌てて車のウィンドウを閉めた。

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 工業地帯を抜けてしばらく車を走らせて「地球岬」に到着した。岬の高台には小さな展望台があり、とても見晴らしが良い。

 展望台からは、白い小さな灯台が海に向かってぽつねんと佇んでいるのが見えた。とても孤独な佇まいである。その白い色合いはどことなく寂しげでもある。

 灯台はその姿を見つめる者の気持ちを感傷的なものにする効果を持っているようである。人生の第4コーナーをすでに回り始めている人間にとっては特にそういう効果をもたらすのかもしれない。

 室蘭市の市内観光を滞りなく終えて、新千歳空港に向かった。レンタカーを空港近くの営業所に返し、我々は他の観光客数名とともに送迎バスで空港に送り届けられた。

 2泊3日のささやかな家族旅行であった。天候は曇りや雨でめぐまれなかったが、その分気温は低めで推移した。東京では猛暑日が続いているようである。北海道での最高気温はおおむね26度前後であった。涼しく、穏やかな休日を過ごすことができた。

2014/8/5

3062:塩ラーメン  

 道央自動車道は高速道路であるが、一般的な高速道路と少し様子が違う。基本片側一車線区間であり、時折追越車線が加わる。その追越車線が加わる区間は2kmほどでまた片側一車線に変わる。さらに完全な対面通行エリアも時々現れ、その区間は制限速度が70kmとなる。

 函館観光を済ませ、昼食として、有名な「一文字」で塩ラーメンを食べ終えるころまでは、雨は降っても傘をさすかどうか迷うほど弱いものであったが、洞爺湖へ向かうために車に乗り込み、道央自動車道に乗り込んだあたりから、雨は本降りとなり、その降り方はどんどん激しいものに変わっていった。

 北海道の高速道路は轍が大きめにうねっている。その轍に激しく降る雨がたまり、そこにタイヤを取られるとひやっとする。

 レンタカーとして借りたTOYATA PASSOは高速道路での高速巡航はあまり得意ではない。走行感覚が腰高で落ち着きがない。エンジン音は乾いていてガサツな感じで、車内に相当な音量で侵入してくる。サイズがほぼ同じであるVW POLOとは雲泥の差である。

 車内は走り始めて30分もすると静かになった。みな「一文字」の塩ラーメンでお腹が満たされて、熟睡態勢に入り込んでいったようである。

 「一文字」の塩ラーメンはまずまずの味わいであった。スープは上品であるが、コクがあり、麺やその他の具材もしっかりと吟味されていて、丁寧な仕上げであった。人気があるのも分かる気がした。

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 函館から洞爺湖までは2時間半ほどの時間を要した。洞爺湖へ向かうインターを降りるころには雨は徐々にその勢いを弱め、洞爺湖の湖畔に立つホテルに着くころには、ずいぶんと小ぶりとなっていた。

 ホテルに着いてチェックインを済ませようとしたら受付カウンター前のロビーには中国人の団体客がにいて、にぎやかであった。中国の人の話し声は明らかに日本人よりも大きい。その響きはロビーの中を埋め尽くさんばかりににぎにぎしかった。

2014/8/4

3061:函館山  

 函館山は上り口から4kmほどで頂上に達する。かなり急な斜度の上りである。ここをロードバイクで上るとなると、相当な鍛錬になりそうである。

 「ここ、ロードバイクで上ると良い練習になるな・・・」

 ふと、そんな独り言を漏らすと、助手席に座っていた妻が

 「いつもこんなところを走っているの?」

 と不思議そうな表情で訊いてきた。

 「だいたい、こんな感じのところが多いね・・・」

 そう答えると、妻はちょっとあきれた表情をしていた。

 「よく、こんなところ自転車で走ろうという気になれるね・・・」

 レンターカーであるTOYOTA PASSOは苦しげなエンジン音を車内に響かせながら、何度も曲がる登り道をゆっくりと登っていった。

 頂上には駐車場があり、テレビ塔が数本設置されていた。展望場からは函館港と彼方まで広がる海が見えた。

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 天気は良くなかった。空は灰色の雲がほとんど覆い尽くしていた。さらに頂上に着くころから霧が出始めた。霧は風に吹かれて思いのほか速い速度で移動してくる。気温は26度程と表示されていた。霧の効果もあってすずしく感じられる。

 何枚か写真を撮った。平日であるので観光客はそれほどの数ではなかった。やがて、霧はすべてをぼんやりとさせ始めるともに、肌寒さをもたらし始めた。

 「ちょっと寒くなってきたね・・・そろそろ降りようか・・・」

 私は家族にそう言って、駐車場へ向かった。PASSOに乗り込み、上ってきた道を下り始めた。下り始めると霧は徐々に薄くなっていく。急なカーブを何度も曲がった。

 PASSOのふわふわした足回りでは、妙に腰の据わりが悪い。道路の周囲は鬱蒼とした林である。下りながら、「これは平均でも斜度が10%以上はあるな・・・」そんなことを思い浮かべていた。

2014/8/3

3060:清澄ゴルフ倶楽部  

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 炎天下のロードバイクも過酷なものであるが、炎天下のゴルフもそれなりに過酷なものである。埼玉県にある清澄ゴルフ倶楽部の上空には雲はほとんどなく、午前中から夏空が広がり、厳しい陽射しが所かまわずに照りつけていた。

 スタート時間の1時間ほど前にゴルフ場に到着した。時間があったので練習場で1コイン分のボールを打った。それだけで背中には汗が流れ始めた。

 パター練習を終えて、INコースのスタート地点へ向かった。10番ホールは503ヤードのロングであった。朝一のティーショットはまずまず、フェアウェイウッドのセカンドショットもまずまず、そして残り100ヤードを切った3打目もまずまずでパーオンした。そこからツーパットでパーをとった。

 練習をほとんどしていないのに順調な出だしである。その後もそれほど大きく崩れることはなかった。INコースを上がってみると8オーバーの「44」であった。

 昼食休憩時、「もしかして、90切れるかな・・・」と、ちょっと欲深い気分となっていた。しかし、体はかなり疲労していた。

 午前中から気温はぐんぐん上がった。芝の照り返しもあるので、コース上ではきっと体温以上の気温となっていたはずである。カートにはホール間の移動時以外には乗らずに歩くか軽く走ったので、体力の消耗度はかなりなものとなった。

 午後はOUTコースを回った。気温は午前中よりもさらに上がったようであった。太陽光の強烈度は畏怖感を持ってしまうほどである。皆水分補給をしっかりとして、熱中症にならないように気をつけていた。

 OUTコースのスタート、1番ホールはドライバーショットを右の林のなかに打ち込んでしまってダブルボギーとなった。疲れのためか、体の切れがかなり鈍くなってきたようである。

 その後もショットの方向性が安定しなかった。スコアが悪くなると、どうしても視線は下を向きがちとなる。暑さはプレーヤーの弱まった心と体に覆いかぶさるように厳しさを増していった。

 午後は結局「48」であった。トータルでは「92」・・・いつものようなスコアとなった。この炎暑のなか、コース上は最後までカートに乗らずに歩きとおしたので、ずっしりと重い疲労感が体全体を埋め尽くしていた。

 「練習もしないで90切りはやはり難しい・・・またゴルフスクールにでも通おうかな・・・彼女もまた行こうと思っていると言っていたし・・・」

 そんなことを思いながら車に乗り込んだ。車のなかは猛烈な暑さである。エアコンを最大限にして、車内を急速に冷やした。

2014/8/2

3059:スクール  

 「今度の日曜日もロードバイクで走るの?また、暑くなりそうだけど・・・」

 彼女はベッドのなかで、軽く伸びをするような姿勢を取りながら、訊いた。

 「今度の日曜日はゴルフなんだ・・・顧問先の社長3人とね・・・久し振りのゴルフ・・・」

 ちらっとベッドに付属するように付いているコントロールユニットに小さく表示されている時刻を見た。「16:55」と表示されていた。この部屋に着いてから1時間半近い時間が流れていた。

 「ゴルフ、最近調子どう・・・まずまずのスコアでまとまっている?」

 私と彼女が知り合うきっかけはゴルフスクールであった。昭和の森ゴルフ練習場の同じゴルフスクールの受講生であったのである。鈴木プロというレッスンプロから教えてもらっていた。4年ほど通っていたのであろうか・・・鈴木プロが体調を壊して、そのスクールが休講になったのが1年半ほど前である。他のプロのスクールに移ればよかったのであるが、ゴルフに対する熱意も少し冷め始めていたので、結局他のプロのスクールに通うことはなかった。彼女も同様に他のプロのスクールには参加しなかった。

 「回数も減ったからね・・・最近は・・・やっぱりいまひとつかな・・・またスクールに行った方がいいかもしれないと思っているんだけど・・・」

 「私も最近は100からほど遠くなってきちゃって・・・そろそろスクール再開しようか思っているの・・・」

 「どのプロが良いって情報ある?」

 「今度調べておくね・・・Nさんは枚方プロのコースに行っているけど、鈴木プロと言うことが違うって、言ってたよ・・・」

 「そうなんだよね・・・プロによってポイントが微妙にずれるんだよね・・・だから一旦習い始めたら、つくプロは変えない方がいいらしいよ・・・混乱するからね・・・」

 「また、一緒のコースに行く?」

 「そうだね・・・再開しようか・・・やっぱりスクールに行ってた方がスコア安定するよね・・・」

 私は私の体の左側でこちらに向かって横になている彼女の顔を見つめながら話した。枕に3分の1ほど沈んで残りの3分の2がこちらを向いていた。髪が少しばかり乱れていた。私は右手で彼女の前髪をすっと後ろに流した。顔を近づけてその額に唇を優しくつけた。

 彼女の目の光には微笑みが薄らと流れた。彼女は美しい顔立ちをしている。それぞれのパーツの造形と構成が違和感なくバランスを取り合っている。表情に笑みが加わるとそのバランスの良さがさらに際立つような印象を受ける。

 BGMとして流れているバロック音楽がゆったりと降りそそぐように感じられる。どうやらヘンデルのバイオリンソナタらしかった。ヘンデルらしい優しく伸びやかな旋律である。

 天井には黒いBOSE製のスピーカーが2つ取り付けてあった。そこから音楽は降りてくる。片一方のスピーカーに白い点が見えた。目を凝らして見ると、羽虫であった。真白である。じっとしていた。



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