2014/6/4

3000:希望  

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 カンダタはその紙切れをしげしげと眺めました。その紙切れには美しい女性の写真が印刷されていました。その女性は身長が170cmはあろうかと思われる伸びやかでスレンダーな体つきをしていて、その肢体には悲しむべき矮小さは微塵も含まれておらず、醜い贅肉の類はその影すら見えませんでした。

 細く長い右腕は天に向かってさっそうと伸ばされ、左手で愛車RIDLEY HERIUM SLを軽々と支えていました。その美しい顔立ちには満面の笑みが沁み出していて、その笑顔を眺めているとカンダタの顔にもつられて笑みが漏れ出てきました。

 その女性はカンダタが密かに想いを寄せている日向涼子さんでした。そしてその写真の下の余白の部分には「3度目の富士ヒルでブロンズゲットだぜ!応援して下った皆様、本当にありがとうございました!」と印刷されていました。

 「そうか・・・彼女は3度目の挑戦でついに90分を切ったのか・・・さすがだ・・・俺はせっかく手繰り寄せた蜘蛛の糸がレース終盤であえなく切れてしまったが、3度目の挑戦になる来年こそ、きっと彼女同様満面の笑みを湛えることができるはずだ・・・」

 カンダタは心のなかでそう呟きました。そして、その視線を彼女の笑顔からそのそばに寄り添っているロードバイクに移しました。

 RIDLEYの最軽量フレームであるHERIUM SLには機械式のDURA-ACEが装着されていました。そしてそのホイールにはFFWD F2Rが奢られていたのです。F2Rはペアで1100gという超軽量ホイールなのです。

 カンダタは食い入るよにそのロードバイクを眺めていました。そして、心のなかで一つの決心をしたのでございます。

 「来年のMt.富士ヒルクライムの前にRIDLEY HERIUM SLを購入しよう。機械式のDURA-ACEをフレーム購入と同時に装着する。これに今年購入したフルクラム レーシングゼロを組み合わせる。さらに必要とあらばレースの時だけ使用するための決戦用フレームとしてFFWD F2Rも投入する。来年一気に勝負をかけてやる。必ず『三度目の正直』を実現させる・・・」

 カンダタは一人で目をぎらぎらとさせていました。右手にはまだついさっきまで握りしめていた蜘蛛の糸の感触が残っていました。

 カンダタは何気にその紙切れの裏を覗き込みました。その裏側の左下には小さな文字で何か書かれていました。

 51歳のカンダタはかすみ目や老眼に悩まされておりました。なので、その小さな文字を読み取ることがすぐにはできませんでした。

 目を細めたり、その紙切れを目から相当離れた位置までもっていったりして、なんとか読もうと致しました。

 すると、ようやくその文字に目の焦点が合ってきました。二文字でした。「希望」と書かれていたのです。本当に小さな文字でした。しかも日向涼子さんの写真が載っている表ではなく、何も書かれていないと思ってしまっていた裏側に書かれておりました。

 カンダタはその小さな文字を目にすると、一瞬目を細めました。小さくかわいらしい赤子の笑顔にふれた時のように、自分が罰せられるべき罪人であることも忘れ、その小さな文字を右手の人差指でそっとなぞりました。その時、カンダタは薄汚れた心の内側に一瞬清澄な空気が流れ込んでくるような気がいたしました。



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