2014/5/22

2987:謝肉祭  

 桔梗素子「芥虫」を読み終えた。なんとも形容しがたい読後感である。非常にインパクトのある作品であるが、読んでいる間何度か嫌悪感の様なものを思いっきり外部に発露したくなるような衝動を覚えた。

 とても暗く陰鬱な空気に常に支配され、それから逃れたくても逃れることができない・・・そんな鬱屈した気分のまま読み進まざる得ないが、不思議と本を手放せない。空いた時間を取繕って読み進んだ。どこかに救いがあるのではないかと思って・・・

 読み終えた「芥虫」をリビングのテーブルに置いて、私はリスニングルームへ向かった。リスニングポイントに置かれているイージーチェアの椅子の位置がずらされていた。

 これは、今日妻がピアノの練習をした「しるし」である。リスニングポイントは妻のアップライトピアノを背にする位置に定められている。イージーチェアはピアノぎりぎりの位置に置かれている。妻がピアノを練習する時にはそのイージーチェアをずらす必要があるのである。練習を終えた後、そのイージーチェアは元の位置に戻されることはない。

 そのイージーチェアをピアノのそばの定位置に戻した。そして、レコードを一枚選んだ。シューマン「謝肉祭 作品9」を選択した。ピアニストはAnnerose Schmidt。

 これは若きシューマンの傑作である。20曲の短い曲が連なり、文学的な香り漂うロマン派の作風が、その風速と風向きを微妙に変えながら、吹きつけてくるような爽快感がある。

 特に第1曲「前口上」は好きである。「芥虫」の陰鬱な読後感をこの「前口上」ですっきりとさせたいという意図もあった。そして、その意図は見事に成し遂げられた。

 30分ほどで「謝肉祭作品9」の演奏は完了した。そして、一旦アンプの電源を切った。GTラックの下段に設置されているLEAK Ponit One Stereoを取り出して天板を開けた。四つ綺麗に並んでいるEF86を取り出した。そして、つい最近入手した新たなEF86に取り換えてみた。

 新たに入手したものもムラード製である。同じムラード製ではあるが見た目的には微妙な差異がある。製造された時代が違う可能性が高い。新たなEF86では、どうなのであろうか・・・大差はないはずであるが。

 同じくシューマンの謝肉祭作品9のレコードに針を降ろした。「前口上」が華麗に響き始めた。その響きは・・・より軽やかになったようである。音の響きに清涼感が加わったような・・・三ツ矢サイダーにリンゴ酢を加えたような音の風情である。

 「こちらの方が良いかな・・・」そんなことを思った。そして、再度この曲を最後まで聴いた。「芥虫」は最後まで救いがなかった。鬱屈したものが行き場を失った。それを開放するには謝肉祭を二度聴く必要があったのかもしれない。



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