2013/12/31

2847:2系統  

 LEAK Point One StereoとLEAK Stereo60により駆動されるTANNOY CHATSWORTHは実におおらかで伸びやかであった。12インチゴールドらしい明るめで俊敏な音の質感に底堅い力強さが加わるような印象であった。

 一方LEAK Point One PlusとLEAK TL10により駆動されるWharfedaleのほうは、ストレートの直球勝負という雰囲気。プリもパワーもモノラル仕様・・・さらにWharfedaleはフルレンジ一発でネットワークを必要としない。そんな構成が効いているのか猥雑物のないキレの良い音の放出が心地良い。

 2系統ある意義が存分に感じられるシステム構成である。ひとつの部屋に二つのスピーカーを置くのは邪道であるという意見もあるが、同じレコードが二度楽しめるという享楽も捨てがたいものである。

 SさんがLEAKに嵌まったきっかけは「Stereo70」というとても小型のプリメインアンプであった。トランジスター式の「Stereo70」をそれほど期待せずに中古で購入し、試しに聴いてみた。それが思いのほかに良い印象であった。ならば、LEAKの真空管式アンプはもっと良いのでは・・・と思い、どんどん深みに嵌まっていったとのことである。

 LEAKのアンプを購入する資金を捻出するため、所有していたマランツやマッキントッシュのアンプは全て売却してしまった。

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 LEAK Stereo70は、今は稼働することは少なくなったが、今でもSさんのラックの片隅でそのチャーミングな姿を見せてくれている。

 LEAKは日本ではそれほど知名度が高くはない。ビンテージショップの常連はマランツやマッキントッシュであり、それらのアンプは日本ではとても高い価格で取引されている。

 Sさんのところで楽しませていただいたLEAKのアンプ・・・その姿形といい音の質感といい・・・本当に素晴らしいアンプであった。

 特にTANNOY CHATSWORTHを駆動していたPoint One StereoとStereo60のペアが垣間見せてくれた世界には強く惹かれるものを感じた。

2013/12/30

2846:LEAK  

 Sさんのお宅に到着した時、私の腕時計はちょうど2時を示していた。呼び鈴を鳴らすとSさんは人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。

 リスニングルームに案内された。部屋の広さは10畳以上はあるであろうか・・・スピーカーが2セット入口から離れた壁際にセットされていた。リスニングポイントには革製のソファが置いてある。

 2セットのスピーカーのひとつはTANNOY CHATSWORTH。訊いてみると12インチのゴールドが入っているとのこと。私が以前使っていたものと同じタイプである。

 もうひとつのスピーカーはワーフェデ―ルのフルレンジユニットを使用したもので、キャビネットは家具工房に頼んで制作されたものとのことであった。さすがに綺麗な仕上げである。色は焦げ茶色。コーナー型のデザインである。ワーフェデ―ルが部屋の両コーナーに設えられ、CHATSWORTHはその間に内振りを付けずに正面を向けて置いてある。

 レコードプレーヤーはガラード301である。アームとカートリッジはDECCA。そして、Sさんのお宅の最大の特徴でもあるアンプ群はLEAKである。

 アンプ群といったのは、その数がとても多いからである。まず、プリアンプが2種類。ひとつは「Point One Stereo」。こちらはステレオ使用のプリアンプ。実に華麗な衣装を纏っている。もうひとつは、「Point One Plus」。こちらはモノラル仕様である。ステレオで聴く場合には当然2台必要である。Sさんのお宅にも2台ある。

 そしてパワーアンプは3種類の製品が揃っている。ステレオ仕様が1台。製品名は「Stereo60」。その姿は実に美ししく気品に満ちている。色はシャンパンゴールド。瀟洒な真空管が綺麗に並んでいる。その様は実に絵になる。

 モノラル仕様のパワーアンプが2種類。それぞれ2台づつ揃っている。製品名は「TL10」と「TL12Plus」。製品名についている数字は出力数を示している。TL10は10W、TL12は12Wである。ちなみにステレオ仕様のStereo60は30W+30Wである。

 現状での接続は1系統が「Point One Stereo」>「Stereo60」>「TANNOY CHATSWORTH」
。もうひとつの系統が「Point One Plus」>「TL10」>「Wharfedale」。TL12Plusはラックには設置されているが、接続はされていないようであった。

 送り出しはひとつであるので、ガラードからのケーブルを繋ぎ換えることによって2系統のシステムの音を楽しまれている。

 レコードを聴く前に小1時間ほどオーディオ談義に花が咲いた。SさんはLEAKのアンプを使う前は、マッキントッシュやマランツのアンプも使われていた。私が現在使っているQUAD22・Uのペアも一時所有されていたとのことである。相当長いオーディオ遍歴が窺える。

 よく聴かれるのはジャズ。クラシックも少しは聴かれるが、大きな編成のものはあまり好きでないとのこと。室内楽が中心である。

 「クラシックがお好きなんですよね・・・」

 そう言いながらレコードをあれこれ物色されて何枚かのクラシックのレコードを出されてきた。それを丁寧にガラード301のターンテーブルに乗せた。

 まず最初に取り出されたのは、バッハのヴァイオリンソナタであった。演奏者はS.ラウテンバッハー(vn)M.ガリング(pf)。とても素敵な選択である。

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 「どちらを先に聴かれます?」との質問に迷わず「TANNOYでお願いします・・・」と即答した。DECCAのカートリッジは、ゆっくりと漆黒の盤面に降ろされた。針音が爽やかな響きを流し始めた・・・

2013/12/29

2845:単独ラン  

 朝の7時半に家を出た時の気温は1℃。走り始めて30分ほどの間は指先や爪先が痺れるような感じで悴んだ。風が直接あたる両耳は痛いくらいである。

 走り始めた最初のうちは少々後悔モードである。しかし40分経過し、50分経過し、やがて1時間が経過すると、体は徐々に暖まってくる。

 指先や爪先にも血流が戻ってくる。じわじわと暖かい感覚が指先に戻ってくるのは嬉しいものである。電源を入れた真空管がオレンジ色の色合いに徐々に染まっていくかのように、指先にも生気が戻ってくる。

 この頃になると「やっぱり、良かった・・・もっと走ろう・・・」と前向きな思いが心の大半を占めるようになる。

 今日は単独でのロングライド・・・今年最後のロングライドである。目的地は山伏峠。往復で100km弱の距離である。

 天候は晴天。雲ひとつない。風もそれほどない。しかし、気温は低め。冬の凛とした空気の中を風を受けながら走っていくと頬は自然と赤くなる。途中のコンビニ休憩の時にトイレの鏡に映った私の顔は雪国の子供のように頬が真っ赤であった。

 ルートは走り慣れたものである。車の通行量はいつもより少なめ・・・時折ロードバイクとすれ違う。10台以上のロードバイクが連なったトレインとも一度すれ違った。どこかのチームの「忘年ラン」であろうか・・・

 コンビニ休憩を一度挟んで山伏峠の上り口に着いた。トイレの脇にはバイクスタンドが用意されている。ORBEA ONIXをスタンドにかけてトイレ休憩・・・

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 数分陽光を浴びながら近くを流れる川を見つめていた。一人なのでもちろん無言である。そして何かのきっかけがあったわけでもないが、自然な動作でヘルメットを被り、サングラスをかけた。ロードバイクに跨り、山伏峠の頂上を目指した。

 前半は斜度はそれほど厳しくはない。中盤で時折厳しいポイントが出現する。そこまでは比較的抑えめのペースで上がる。それでも脚の筋肉には乳酸が溜まり、呼吸は余裕のないものになる。

 終盤に差し掛かるに従ってペースを上げていく。心拍数も限界値に近くなる。チームメンバーがいる時にはターゲットがあって気持ちが切れないが、一人ではモチベーションを維持し続けるのが大変である。それでも最後はダンシングでもがきながら頂上に到着した。

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 山伏峠はトレーニングには最適な峠である。しかし、見晴らしが良いわけでもなく、至って殺風景である。道のわきには雪の溶け残りが散在していた。

 上り終えるとやはりほっとする。帰りにはまた上り返しが若干あるが、長い上りではない。「来て良かった・・・」しみじみそう思った。ウィンドブレーカーを取り出して下りに備えた。ORBEA ONIXに跨り、クリートをビンディングペダルにはめる。乾いた音がした。風の中に溶け込むようにして下り始めた・・・

2013/12/28

2844:4週目  

 「一日置き作戦」はもうすぐ4週目を完了する。土曜日の今日はトレーニングデイである。「仕事納め」であった昨日は休息日。昨日はトレーニングはお休みであったが、溜まった仕事の片付けに、夜遅くまで事務所に居残った。

 結局片付けきれずに、今日も午前中は仕事であった。夕食を済ませ、一休みしてから別室に置いてあるローラー台に向かった。

 心の片隅では「明日ロングライドに行くのであれば、今日も休んでいいんじゃない・・・」とも思った。「だめだめ、例外を設けるとそれはあっという間に増殖する」そうすぐに思いなおしてサイクルシューズを履いた。

 明日の日曜日は単独でロングライドに出かける予定である。しかし、年末のこの時期、まる一日をロードバイクで潰す訳にはいかない。午後には家の大掃除の予定である。そのあとは家族を引き連れて少しだけ豪華なディナーへ・・・家族サービスにも精を出す必要がある。家庭円満は幸福の第一条件である。

 となると、お昼過ぎには自宅に戻ってこなくてはならない。往復で100km以下の走行距離となるような、比較的近いところに目的地を設定すべきであろう。

 「時坂峠」「和田峠」「山伏峠」あたりが無難な選択であろうか。「時坂峠」と「和田峠」は最近行ったばかりである。「山伏峠」が最適かもしれない。道が凍結してないといいが・・・

 チームでのロングライドは先週の日曜日が今年最後であった。来年は5日がチームでの「走り始め」となる予定である。

 単独でのロングライドは少々孤独である。チームでのロングライドの方が楽しいのは事実である。メンバー間でのコミュニケーションもあるし、峠でのバトルも楽しい。そういったものが欠けている単独でのロングライドは、独特の孤独感にひたりながら走ることになる。まあ、それはそれでまた別の魅力があるのも事実ではある。

 明日の天気が気になって、テレビで天気予報を確認した。東京には大きな晴れマークが・・・雨の心配はないようであった。

 最低気温の予測は「1℃」と表示されていた。都心で「1℃」であれば、郊外の方はもっと低いはず・・・最高気温の予測は「8℃」・・・完全に真冬の気温である。

 「かなり寒いな・・・特に走り出しは凍えそうだ・・・」そう思うとテンションが少し下がる。「一日置き作戦の4週コンプリートのためには凍える指先にも耐えよう・・・走り出して1時間もすれば暖まってくるはず・・・」そう思いなおした。

 これからの季節・・・ロードバイクには辛い時期が続く。朝早くベッドから抜け出す時・・・「俺って馬鹿なのか・・・このぬくぬくとした天国のようなベッドから這い出て、極寒の中を走りだすのか・・・」という思いは自然発生的に心の中に泡のように浮かんでは消える。

 「そう、馬鹿に違いない・・・」そう自分自身に答えて、ベッドを抜け出し、吐く息が白くなるようなぴんと張り詰めた空気の中に飛び出していくしかないであろう。

2013/12/27

2843:単眼  

 「岐阜県の『ふ』・・・?どんな漢字だったっけ・・・確か『早い』っていう字に似ていたよね・・・書くものない・・?」

 彼女は私からボールペンを受け取ると、テーブルに置いてあったナプキンを1枚取り出してその上に岐阜の『岐』を書いた。しかし「阜」はなかなか出てこなかった。

 「ギブアップ・・・出てこない・・・もう歳かしら・・・」

 彼女が書いた『岐』の隣に『阜』を書きこんだ。彼女は字がきれいである。すらっとした字体であり、全体のバランス感覚がしっかりととれている。

 「あっ・・・これね・・・漠然としたイメージは湧いてきてたんだけど・・・」

 「この『阜』って字なんだけど・・・一般にはほとんど使わないよね・・・岐阜県という地名以外では見たことがなくて・・・」

 「そうね・・・そういえば・・・」

 「この『阜』だけど、小高い丘っていう意味なんだって・・・『岐』は枝分かれした細い道という意味だから『岐阜』は小高い丘へ繋がる枝分かれした道っていうことになるのかな・・・」

 「枝分かれした道の一方を行くと小高い丘へ続き、もう一方の道を行くと川の方へ行く・・・そんな情景かしら・・・」

 彼女はナプキンの余白部分に『Y』をかいて一方の斜線の上に山をもう一方の斜線の上に川を示す3本の波線を書きこんだ。

 「ところで、なんで岐阜なの?旅行でも行くの?」

 「いや・・・そういうわけじゃないんだけど・・・今日とあるオーディオショップに寄り道したんだけど、そこの店員が変わっていてね・・・やたらと岐阜の話をするんだ・・・」

 「岐阜ってどの辺だっけ・・・?」

 「確か関西の方だったような気がするけど・・・滋賀県とかのとなりじゃなかったっけ・・・」

 「そう・・・?」

 「それともう一つ変わったことがあってね・・・蜘蛛がね・・・オーディオショップに居たんだ・・・すすすって走っていった。この寒さの中を蜘蛛って生きていけるんだろうかって、不思議だった。」

 「蜘蛛・・・さすがに蜘蛛でもこの寒さは無理なんじゃない・・・特殊な蜘蛛かしら・・・」

 暖かいほうじ茶の入った瀟洒な湯呑を手に持った。それを口元に持っていこうとした時であった。はっと息を飲んだ。

 彼女が座っているとなりの席は空いていた。その席の椅子の背もたれ部分の頂上に黒い点が見えた。それは紛れもなく蜘蛛であった。黒くて小さな蜘蛛であった。

 その小さな蜘蛛を凝視していると、蜘蛛の姿は次第にズームアップされた。蜘蛛の複数ある目は無表情に光り、私の心の中を読むかのようであった。

 その蜘蛛の複数の目に見入られていると、あの時店員が最後に言った言葉が思い起こされた。

 「もう心は決まっていたようですね・・・きっと音を聴く前から・・・」

2013/12/26

2842:鴨せいろ  

 私は店員に礼を言って、オーディオショップを後にした。二つの電車を乗り継いで、井之頭線の浜田山駅に着いた。クリスマス寒波が来ているようで、とても寒かった。

 電車を降り、改札を通り、地上に出る階段を上がった。待ち合わせ時間である1時にはあと5分である。少し速足で歩いた。

 地上に出て少し行ったところにある「成城石井」の脇を曲がった。さらに少し行った先を左に折れて脇道に入った。コンクリート打ちっぱなしの建物の一階にある「手打ちそば 安藤」の店内に入った時、彼女は既に来ていた。

 この店は店内もコンクリート打ちっぱなしである。大きなテーブル席が二つあり、4人掛けのテーブルが一つ。全部で20人程は入れる。奥には座敷もあるが、こちらは普段は使われていないようである。

 店の奥には大きな暖炉がありアンティ―ク感満載の調度品といい実にスタイリッシュな雰囲気に仕上げられている。これは店主の趣味なのであろうか・・・もしそうだとしたら店主は相当な「粋人」であろう。

 二つある大きなテーブル席のうち奥の方にあるテーブルの端に彼女は座っていた。私はそのそばに座った。

 「寒いね・・・今日も・・・」

 「ええ、今日も最高気温は一桁だって・・・夜からは雨が降るって・・・」

 「雪にならないといいけどね・・・」

 おかみはいつものようにせかせかと店内を駆けまわっていた。そして大おかみはゆったりと会計をしていて、帰っていくお客ごとに声をかけていた。

 二人とも「鴨せいろ」を頼んだ。ここの鴨肉は、醤油と砂糖でじっくりと煮込まれている。見た目は少し豚の角煮のようである。厚くしっかりとしたボリュームがある。蕎麦屋の鴨でこういう具合にしっかりとした塊で出てくるのはかなり珍しいのではないであろうか。

 この店は蕎麦の盛りが上品である。なので、いつも大盛を頼む。武蔵野うどんの盛りに慣れている私にとっては大盛でちょうど良い感じになる。

 わさびを少しそばにつけながら半分ほど蕎麦を鴨汁につけて啜る。食感は実に滑か。蕎麦粉の味わいもしっかりとしている。箸はテンポ良く進み、蕎麦は次々に胃袋の中に収められていった。

 大きな入れものに入って出される蕎麦湯を残った鴨汁に入れて飲んだ。鴨肉の出汁がしっかりと出た味わいは濃厚である。

 「岐阜県の『ふ』って漢字書ける・・・?」

 私は脈絡なく「寧々ちゃん」に訊いてみた。

2013/12/25

2841:蜘蛛  

 ワーフェデールの名声を不動のものとしたのは、名機エアデールである。その開発者であるギルバート・A・ブリッグスは著名な音響学の専門家であった。エアデールはユニットのマウントの仕方が独創的である。ウーハーは正面に取り付けられているが、高域ユニットが天板に上向きに設置され、天井に反射させて高域を拡散させるようになっている。

 当時の多くのスピーカがそうであったようにエアデールもコーナー型で部屋の隅に設置するようになっている。部屋の広さを損なうことなく有効に使える形態である。ステレオで使用する場合には二つのスピーカが45度で対角することになる。残念ながらこの部屋では正面を向けられていた。

 ベートーベンのヴァイオリンソナタ第5番の第3楽章がエアデールから流れ出した。天板にマウントされた高域ユニットの効果であろうかナチュラルな響きである。

 ビンテージらしく高像度とかハイスピードとか抜けきったような空気感などとは無縁である。緻密ではないのだが、演奏者の音楽性がすっと抜けだしてくるような雰囲気がある。

 LEAKとの相性が良いのか、あるいはLEAKのアンプが十二分に暖まって調子が出てきたのか、雄大な音空間が広がるような感覚であった。

 私は木製の椅子に座り足を組んでいた。ふと足元に黒い点が見えた。最初は床のしみかと思った。しかし、その黒い点はすすっと移動した。改めてその黒い点を見てみると、蜘蛛であった。

 体調は3cmほどあるであろうか。その体は真っ黒で他の色合いは一切含まれていなかった。少し進んでは止まり、また進む。そして止まる。まるで「だるまさんがころんだ!」をしているような動きである。

 「しかし、こんなに寒くなっているのに蜘蛛は生きていけるのであろうか・・・」そんなことを私は頭の片隅で考えた。

 やがて蜘蛛は斜め方向へ進路を変えた。そして飛んだ。結構な跳躍力である。エアデールにしがみつきさらに私から見て右方向へスピードを上げ続けた。

 エアデールを縦走した蜘蛛は一旦床に降りて、再度見事な跳躍を見せてその隣のLANCASTERヘ移動した。私の視線はその動きを自然と追った。

 時間にすると1,2分であろうか・・・ついに黒い蜘蛛はLANCASTERを制覇して、その右隣りに鎮座していたGRFに移動した。薄茶色のネットに張り付いた蜘蛛はちょうどユニットが透けて見える直径15インチの円の真ん中あたりで止まった。

 驚いたことにその蜘蛛はネットの中にすっと消えた。ネットに穴が開いていたのであろうか。その消えたポイントをしばらく凝視したが、それらしい穴は見えなかった。

 遠目であったし、照明は薄暗かった。近くに行ってよく見たならばきっと小さな蜘蛛が通れるような穴が開いていたのであろう・・・それにしても、あの蜘蛛はGRFのユニットに巣をつくっているのであろうか・・・

 店員は蜘蛛の存在には全く気付かなかったようである。時折思いついたように岐阜県のことを喋っていた。そういえば、岐阜県って何処にあるのだろう・・・日本地図上の正確な位置を思いつくことはなかった。

2013/12/24

2840:ゴールド  

 「LANCASTERも聴くことができますか?」

 私はベートーベンのヴァイオリンソナタ第5番の第1楽章が終わった時に店員に訊いてみた。

 「もちろん大丈夫です・・・スピーカーコードを繋ぎ換えるだけですから・・・」

 そういうと、THORENS TD124に取り付けられているSMEのアームを一旦上げた。そして手際よくスピーカーコードを繋ぎ換えてくれた。私は椅子を持って少し場所を移動した。

 このLANCASTERはコーナー型のキャビネットである。本来は部屋のコーナーに設置すべきものであるが、この部屋では単に真ん中にわずかな空間を設けて正面を向けて置いてあるだけである。キャビネットの色合いは明るめの茶色である。

 その横に置いてあるGRFが「焦げ茶」と称すべき濃い茶色であるのに対して親しげな色合いである。ユニットは12インチのゴールドが入っている。キャビネットはバスレフである。

 第2楽章が始まった。ゴールドらしい艶やかな音の色合いである。LEAKのSTEREO 60のシャンパンゴールドの色合いともマッチするような音の触感に心地良さを感じた。

 「こちらはゴールドらしく音が伸びやかで、空間が広く感じられます・・・このキャビネットの造形は実にモダンですね。ドイツのバウハウスを連想するような形です。上から見るとスティルス戦闘機みたいな形をしていて・・・こんなスピーカーがリスニングルームのコーナーに佇んでいたら良いなって心から思いますよ・・・そういえば、もう一つのエアデールもコーナー型です。GRFもそうですから、コーナー型が好きなオーナーだったんですね・・・」

 私がそう話すと店員は話し始めた。

 「67歳だったそうです・・・亡くなった方・・・引き取りに行った時に奥さんと娘さんが立ち会ってくれましてね・・・その奥さんが話好きな方で・・・色々教えてくれました。癌だったみたいで・・・入院した時にはもう末期で手術もできなかったそうです。リスニングルームは20畳以上あったと思います。でもたくさんのオーディオ機器があったので、最初はそれほど広く感じられませんでしたが・・・オーディオ機器を全て撤去すると、こんなに広かったんだ、改めて部屋を眺めてしまいました。」

 「そのTD124もそうだったんですか?その方が使われていたものですか?」

 私は珍しい色合いのTD124を見ながら訊いた。

 「いえ、これは違います。私がお伺いした時にはレコードプレーヤーは知人の方が引き取られた後でした。何を使われていたのか奥さんに訊いてみたのですが、奥さんはオーディオ機器のことに関しては全く分からないようで、要領を得ませんでした。ただ、とても大きな木製のものだとおっしゃっていましたので、ガラードかなとかってに推測したんですけど・・・」

 「ついでですから、エアデールも聴いてみますか?」店員は私の返事を待たずに、SMEのアームを上げた。  

2013/12/23

2839:阜  

 「聴いてみますか・・・?」

 その店員は静かな口調で訊いてきた。

 「聴けるんですか?」

 この部屋は、単にオーディオ機器を保管にしているだけかと思いこんでいたので、少し意外であった。

 「ええ、アンプはLEAKのVarisropeとSTEREO60が接続されています。スピーカーコードは今はGRFに接続されています。こんな状態ですから、とりあえず音が出るといったレベルですが・・・プレーヤーはこちらに置いてあるTHORENS TD124です。よく聴かれるのはクラシックですか?」

 「ええ、そうなんです。」

 「こちらへどうぞ・・・」
 
 店員はどこかから小さな木製の椅子を出してきて、GRFが置いてあるエリアのすぐそばに置いた。私はその椅子に腰かけた。この部屋の中はエアコンが効いていない。肌寒かった。コートは着たままであった。
 
 「ベートーベンのヴァイオリンソナタです・・・」

 そう言って店員は、THORENS TD124のターンテーブルにレコードを置いた。店員が脇に置いたジャケットをそっと覗いた。ETERNAレーベルのジャケットであった。

 結構目を引いたのがそのTHORENS TD124であった。色合いが普通のものと全く違っていた。キャビネットは黒の艶消しで仕上げられていて、普通はクリーム色であるシャーシは鮮やかな水色にリペイントされていた。実に目に鮮やかで都会的な風情であった。色合いが異なるとTD124の雰囲気も全く変わるものである。普通のTD124はいかにもビンテージ然とした風情であるが、このTD124はモダンでシャープな印象すら与える。

 店員は静かに針をレコードに降ろした。針音が静かな空間に響き始めた。ベ―トーベンの音楽はゆったりとした感じで鳴り始めた。
 
 アンプは電源を入れたばかり、針先も暖まっていない。音はボケボケであった。

 店員は右斜め後ろに立っていた。「シルバーってどうかなって思っていたんですが、自然な感じで肩ひじ張っていない風合いですよね・・・全然脈絡ないんですが、岐阜県の『ふ』って漢字知ってますか・・・このGRFがここに来た時すぐに聴きたくなって聴いてみたんです。この組み合わせで・・・その最初の音が出た時、何故かしら岐阜県の『阜』という漢字を思い出していたんです・・・この『阜』という漢字、岐阜以外では見かけたことがないなと・・・埠頭の『ふ』とは少し違いますしね・・・どういう意味合いなんだろうと・・・疑問に思ったんです。全く意味合い的なものは何もないのですが・・・その音の雰囲気が岐阜の『阜』という漢字を連想させる・・・そう感じたんです。」

 ヴァイオリンソナタは第一楽章を終えた。第5番であった。そのタイトルどおり「春」を連想させる幸福感に満ちた音楽である。この環境ではまさに音が出ているだけといったレベルではあったが、何故か店員の語った岐阜県の『阜』という漢字が脳内の白いスクリーンに映されたままとなっていた。

2013/12/22

2838:相棒  

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 今日は今年最後のチームでのロングライドであった。行き先は山伏峠経由の正丸峠の予定であった。しかし、正丸峠は道が凍結していて危険との情報がもたらされたため、行き先は急遽変更になった。

 凍結する可能性が比較的低い奥多摩湖へ行くことになった。往復距離は100kmを少し超える。奥多摩湖までの上りは緩やかである。最後は高速バトルとなる。

 今日の天候は想像していたよりも穏やかであった。もちろん朝一番の走りだしの時には冬用のグローブをしていても指先がかじかむ。道のところどころには霜が降りて白くなっている。

 しかし、しばらく走れば体内の発熱も手伝ってそれほど辛く感じることはなかった。太陽は常に顔を出していた。陽光を阻む雲は全くと言っていいほど空に存在しなかった。その慈悲深い陽光を受け取れるエリアを走っている分には快適に走ることができた。

 いつものように整然と隊列を組んで進んだ。旧青梅街道、岩蔵街道と進み、途中で青梅方向へ曲がっていく。青梅のレトロな雰囲気を湛えた商店街を抜けていき、奥多摩方面へ・・・行きは比較的ゆったりとしたペースで進む。

 奥多摩湖へ上り始める手前のコンビニで休憩をして、奥多摩湖を目指した。前半部は隊列を維持してゆったりと走っていく。このコースはトンネルを幾つか抜けていく。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・長いトンネルもあれば、短いトンネルもある。四つ目か五つ目ぐらいのトンネルを抜けたあたりからペースがグンと上がり始める。

 私は先頭を引いてくれているメンバーのすぐ後ろを走っていた。その脇をギアを上げてハイペースで二人のメンバーが追い抜いていった。

 しばらくはそのペースに付いていき4名で上っていたが、やがてその2名は離れていった。斜度は緩やかである。クランクをハイペースで回すと当然心拍数は上がる。やがてその数値は「180」を超えた。

 最後のトンネルを抜けると視界がさっと広がる。明るく広い空間が目の中に入りこんでくる。頂上までもう少しである。ここからORBEA ONIXに鞭をいれてペースを上げた。

 ずっと引いてもらったメンバーの脇を抜けていき、先行する2名の背中を目指す。50メートルほど前を行くメンバーの背中がしっかりと見えた。疲れているようでペースが落ちていた。

 「これなら追いつけるかも・・・」そう思ってクランクをさらにハイペースで回した。すっとロードバイクは伸びていった。徐々にその背中が近づきすぐ後ろに付いた。そのまま頂上に到着した。

 今日の上りも終盤だれることなくペースを上げることができた。トレーニングを再開する前にはなかったことである。下を向いたまま頂上に到着するのではなく、しっかりと前を見据えてペースアップしてゴールできるようになったことは大きな進歩である。

 奥多摩湖は陽光に照らされて光っていた。訪れている人はごく少数であった。風もなく、太陽の恵みが降り注ぐ湖畔は静かで穏やかな雰囲気に包まれていた。まったりとした時間が流れた。メンバーの会話もゆっくりと流れる川のようにリズミカルに続いた。

 陽光を反射する湖面をバックに眺める私の愛車ORBEA ONIXは、いつもより凛々しく見えた。2年半と少しの付き合いである。時には激励し、時には突き放し、そして時には優しく寄り添う・・・そんな「相棒」である。



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