2013/11/30

2816:撮影  

 私のスマホで「寧々ちゃん」のスウィングを撮影した。正面と背後から撮った。それを彼女に見せた。どう見ても、オーバースウィングになっているように感じられた。これは女性に多い症状である。

 「トップの位置に来た時に体が左に傾いているね。ここからダウンが始まるから、ミート率が悪くなるのかも・・・」

 映像を見ながらそう言うと、彼女は「思っていたよりも、トップでクラブを引きすぎっちゃっているわね・・・ちょっとかっこ悪い・・・」と言って笑った。

 次は彼女のスマホで私のスウィングを撮った。これも正面と背後からふた通りのアングルで撮影した。それをふたりで確認した。

 「やっぱりアウトサイドインの軌道になっているな・・・真後ろからの映像だと良く分かるね・・・気を付けているつもりなんだけど・・・まだ駄目だね・・・それにテイクバックを内側に引きすぎている・・・」

 ちょっとがっかりした。どう見てもきれいなスウィングとは言えない。これでは方向性が安定しないわけである。

 「トップでの左肩の入り具合も浅いかも・・・・」トップで動画を一旦停止してみて、その体の具合を確認してみた。

 そんなことを繰り返した。何度も繰り返して撮影してみる。その都度映像を確認してチェックポイントがどうなっているか目で見るようにした。

 撮影した映像を見ながら練習を繰り返したからといってすぐに修正できるわけではないが、やみくもにボールを打つよりは効果的な気がした。

 練習場には1時間半ほどいたであろうか。時計の針は8時半を指していた。そろそろ疲れてきたし、お腹が空いてきた。

 「食事まだでしょう・・・そろそろ行きますか?」
 
 「ええ、とてもお腹が空いた・・・」

 「今日娘さんは?」
 
 「バイトで遅くなるって・・・」

 二人はそれぞれの車にキャディーバッグをしまいこみ、練習場の近くにある「がってん寿司」へ向かった。

 寿司をつまみながら、再度スマホでそれぞれの映像を確認した。彼女は今晩は明るく饒舌であった。先週会った時のような暗い影は感じられなかった。

 「父親の死の事は意外と早く吹っ切れたのであろうか・・・7歳の時に別れたきりで心の片隅に淀んでいた父親の影が、その死によってすっと消えさっていき、心の透明度が上がったのであろうか・・・悲しい感情は時に浄化作用をもたらすこともあるのかもしれない。」

 「寧々ちゃん」の澄んだ笑顔を見ながらそんなことを思った。人の心の動きは不規則で不透明である。どのように動き、どんな感情をもたらし、そしてそれに対してどう反応するのか・・・一定の公式はないようである。

2013/11/29

2815:練習場  

 昭和の森ゴルフ練習場の駐車場に着いた時には辺りはすっかりと暗くなっていた。とりあえず普段よく停める入口を入って左側のエリアに車を停めた。周囲には黒のMitoは見当たらなかった。時計の針は7時前を指していた。

 「まだ着いてないかな・・・予定よりも10分ほど早く着いたからな・・・」

 キャディーバッグを降ろして、受付へ歩いていった。2階席なら二つ連続した打席を確保することができた。2階席へ歩いていき、キャディーバッグを降ろした。

 ICカードを機械に差し込んで100球ほどボールを籠に入れた。ゴルフボールが詰まった籠を打席そばに移してから、彼女にメールを送った。

 「51番と52番を確保しました。2階席です。」

 結構肌寒かった。昼間の最高気温も13度ぐらいまでしか上がらず、日がすっかり落ちた今はきっと10度ほどしかないであろう。

 最近取り組んでいるのがテイクバックをコンパクトにすること。左腕が地面と平行になったところで止めるように意識して、トップを低い位置にとどめる。そこから左サイドを起点に体の回転でクラブを振る・・・するとミート率が良くなる・・・となるはずである。

 まずはショートアイアンから始めた。なかなか良い感じである・・・「練習場だと結構上手くいくんだよな・・・しかし、実際のゴルフ場ではこうはいかないけど・・・」そんなことをぼんやり考えながら、50ヤード、70ヤード、100ヤードと距離を打ち分けていった。

 アプローチからピッチングにクラブを持ちかえようとした時に、彼女が着いた。聞き慣れた声が私の耳にするっと入ってくる。

 「寒いね・・・もう冬本番って感じ・・・」

 彼女はしっかりと寒さ対策をしていた。中綿入りの厚手のウィンドブレーカーを着こんでいた。黒にピンクのラインがアクセントとして入っていた。それにグレーのパンツを合わせて、シックな色合いである。

 彼女の打席にもゴルフボールの詰まった籠を置いた。最初のうちはお互いの打席でウォーミングアップ。後半はお互いにスマホでスウィングを撮影しあい、修正ポイントを探る予定である。

2013/11/28

2814:依頼  

 「年内は忙しくてね・・・消費税が上がるでしょう来年の4月から・・・消費税が上がる前にリフォームしようというお客さんが多くて・・・例年の倍くらい現場があって・・・でも、まあ年明けならなんとかなるかもしれませんね・・・それでもいいですか?」

 「まあ、その程度の工事なら2日ほどで終わるでしょうから、年明けなら大丈夫でしょう・・・でも、防音室なんてうちはやったことないし、詳しくはないですけどね・・・その吸音部分のクロスをはがして、そこから吸音材をはがして、木製の壁材で塞げばいいんですね・・・でも吸音部分以外の壁の内側の吸音材をとるのは難しいでしょうね・・・」

 「全部取るのなら、壁材を全てはがす必要があるでしょうね・・・一旦剥がした壁材は再利用は難しいでしょう・・・また新たな壁材を仕入れる必要がありますから、工事代が跳ね上がりますよ・・・まあ、とれる範囲で取ってというだけなら・・・比較的簡単に済みますよ・・・あとそのクロスが張ってあった吸音部に貼る壁材ですが、今使っているものと一緒のものが良いですか?もう6年も前の工事だったら同じものは難しかもしれませんよ・・・でも、従前クロスが貼ってあって見た目的にアクセントになっていたのであれば、材質や色合いが違っても違和感はないかもしれませんね・・・」

 「まあ、年明けに一度見に行ってみますよ・・・防音ル―ムってピアノか何か置いてあるんですか・・・お子さんのピアノですか・・・」

 「奥さんのですか・・・それとオーディオですか・・・また、いまどき珍しいいですねオーディオなんて・・・今時はホームシアターって言いましてね、小さな映画館みたいな部屋をつくるのが流行ってるんですよ。それなら一度やったことがありますよ・・・でも、そこは防音ではなかったようですけどね・・・広い家だったし、隣も離れていましたからね・・・まあ、先生のとこなら安くやるようにしますよ・・・帳簿見られているからふっかけるわけにもいきませんしね・・・」

 「なに聴いているんですか・・・へえ、クラシックですか・・・そりゃ、よほど変わり者だ・・・そういやぁ、我が家にも何十年も前にレコードプレーヤーがあったけか・・・もうずいぶんと前に壊れて捨てちゃいましたがね・・・歌謡曲のレコードも持ってましたよ・・・それもとっくの昔に捨てましたがね・・・レコードも聴くんですか・・・へえ、物持ちが良いですね・・・30年も40年も前のものでしょう・・・今でもちゃんと鳴るんですか・・・へえ、そうですか・・・それは、面白い・・・」

 「それから天井はそのままの方が良いでしょう・・・天井もやるとちょっと大ごとになりますからね・・・四面の壁だけなら作業そのものはスムースにいきますよ・・・」

 顧問先の工務店の社長はここ数ケ月忙しそうである。仕事の打ち合わせを終えた後、ふと思い出してとあることを依頼した。年明けならなんとかなるようである。2日ほどで終わるようだし、お願いしようと思っている。なるべく経費をかけずにすませたいところである。

2013/11/27

2813:レオライナー  

 以前から走ってみたいと思っていた。そこで、急遽思い立ち昨晩走ってみた。距離は3kmほど。長い距離を走るのは何十年ぶりであろうか・・・おそらく30年ぶりぐらいであろう。

 その筋肉痛が軽く体には残っていた。「もう少し長く走ってみるか・・・」事務所からの帰り道、車のハンドルを握りながら考えていた。

 「すぐに根を上げるかな・・・」と思っていたところ、スローペースながら割と良い感じで昨晩は走れたので、少々気を良くしていた。

 ロードバイクのトレーニングであれば、ローラー台で汗をかいた方が効果的ではあるが、この固定式のローラー台・・・なかなか退屈なものなのである。風を感じない。風景は全く変わらない。汗だけがだらだら落ちる。まるで回転台で走りまわる二十日ネズミのような気分に陥ってしまうのである。

 走り始めたのは、午後9時半を過ぎていた。多摩湖をくるっと廻るコースを走ってみた。半分以上過ぎ、西武球場を左手に見ながら走る頃には汗が時折額から流れ落ちた。

 西武球場と西武遊園地駅を結ぶレオライナーが、後ろからやってきて追い越していった。ほとんど無人と言っていいほどにしか乗客を乗せていなかった。白く明るく照明で照らしだされた車内は暗闇のなかでくっきりと浮かび上がる。

 静かな走行音を響かせながらレオライナーは見えなくなっていった。私はレオライナーの軌道と平行に走っている広い歩道を走っていた。右手には昼間であれば、木々の合間から多摩湖の湖面が見えるはずである。

 周囲には街灯はほとんどなく暗闇が支配していた。広い歩道を二つの通行帯に分けるセンターラインは、ぼんやりと白くにじんでいた。そのセンターラインに誘導されるように、走り続けた。

 乾いた落ち葉を踏みしめ、その下にあるアスファルトの硬さをシューズの裏側から足裏に感じた。一歩一歩の衝撃は脚の筋肉に徐々に軽い痛みとなって蓄積していった。

 西武遊園地の観覧車がライトアップされていた。色鮮やかに光る大きな円が月とバランスを取り合っているようであった。

 多摩湖の堤防にようやく着いた。両サイドには均等にライトが並んでいる。白く照らし出された堤防は少し幻想的であった。人はほとんどいなかった。その真ん中を走り続けた。堤防を渡り終わるとすぐに自宅である。

 昨晩よりも長い距離を走った。どうにか走りきれた。脚の筋肉には昨晩よりも痺れるような疲れが残った。

 多摩湖の周囲には「所沢シティーマラソン大会」が12月8日に行われることを告知する看板があちらこちらに掛けられていた。「時々走るようにすれば、ハーフマラソンなら走りきれるかも・・・来年はエントリーしてみるか・・・」そんなことをぼんやりと考えた。

2013/11/26

2812:ランニング  

 以前から走ってみたいとは思っていた。少し前にランニングシューズも買っていた。走るには最高の環境も自宅近くに整っていた。

 多摩湖の周遊道路には土日になると多くの人がジョギングをしている。かなり本格的な人もいれば、ダイエットを目的としている人もいる。数名のチームで走っている人々もいる。

 ランニングは相当なブームのようである。マラソン大会なども人気の高いものは抽選の倍率が凄いことになっているようである。

 ロードバイクをやっているので、ある程度のスタミナは確保してあるはず。急に長い距離を走るとさすがに辛いだろうが、数キロから始めればどうにかこなせるのでは・・・という少々楽観的な憶測を持っていた。

 仕事を終え、帰宅した。食事を軽めに済ませ「ちょっと走ってくる・・・」と妻に告げた。「今から自転車・・・気を付けてよ・・・暗いから・・・」と妻は返答した。

 「自転車じゃないんだ・・・ジョギング・・・」そう言うと、妻は少しばかり怪訝そうな表情をした。

 ゆったりとしたペースで走り始めた。昼間は思いのほか暖かかったが、日が落ちると気温はぐっと下がったようで、顔に受ける空気はひんやりとしていた。

 徐々に体温が上昇してゆく。心拍数も上昇してゆく。静かな夜の空気のなかに、乾いた足音がテンポよく響く。時折、同じく夜のジョギングをしている人に出会う。すれ違ったり、追い抜かされたり、追い抜かしたり・・・

 走った距離は3kmほど・・・ペースはとてもゆっくり・・・でも結構な汗が流れた。脚には適度な疲労感が残った。ほんの僅かにしびれるような感覚が心地よい。

 ロードバイクのようなスピード感は当然ない。しかし、なにかしら着実に踏みしめているような感覚がある。体にも一歩ごとに振動が加わる。

 家に帰り着いて、シャワーを浴びた。「どうにか走れたな・・・次回はもう少し長くしてみるか・・・」そんなことをぼんやり考えていた。「将来はフルマラソンにでたい・・・なんてことになったりして・・・まあ、それはないな・・・」シャワーによってすっかり流された汗と一緒に妄想も流されていった。

2013/11/25

2811:紅葉  

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 空にはどんよりとした雲が垂れこめていた。しかし、天気予報は「雨は夕方から降り始めるでしょう・・・」と伝えていた。「どうにかもつかな・・・」そんな期待感を持って空を眺めた。

 今日は税理士会立川支部主催のゴルフコンペであった。場所は武蔵松山カントリークラブ。関越道の東松山インターから車で10分ほどで着く。

 門を入ってから長い導入部が続く。その導入部の左右を埋める木々は様々な色合いになっていて、目を楽しませてくれた。

 気温は10度前後のはずである。しかし、それほど寒くは感じなかった。湿度が高いせいであろうか、空気が柔らかく感じられた。

 OUTコースからのスタートである。朝一のティーショットは右方向へぶれた。木にあたる音がした。「暫定球を打った方がいいですかね・・・」キャディーさんに尋ねると「ええ、お願いします・・・」との返答・・・打ち直しのドライーバーショットはナイスショットであった。「1球目からこう打てよ・・・」思わず独り言が口を突く。

 結局1球目は見つからず、OBとの判定。出だしでつまずいた。このホールはトリプルボギーとなった。

 しかし、その後は徐々に調子が出てきた。4番のショートでパーをとると次の5番の379ヤードのミドルホールでは残り130ヤードを9番アイアンで打ったボールがピンそばにピタッと止まった。残り1.5メートルほどのパットを沈めて、このホールをバーディーとした。その後ダボを一つたたいたが、パーもあと二つとり「43」で前半を終えた。

 「まずまずだな・・・ドライバーはちょっと方向性がばらつくけどアイアンは切れてる・・・後半も頑張ろう・・・」

 午後はINコース。こちらも出だしでトラブルが発生した。ティーショットが右にぶれて、池の中へ吸い込まれていった。これが響いてダブルボギー。続く11番もティーショットが林へ・・・2打目は横へ出すだけとなり、3打目でグリーンに乗らず連続でダブルボギー。どうも調子に乗れない。どうにかパーを二つとったが、ティーショットのぶれによるダブルボギーもさらに二つ出た。結局INコースは「47」。トータルではちょうど「90」であった。

 スコアはまずまずではあるが、もう一歩でもあるという中庸なもの。雨は結局プレー中に降ることはなった。風もほとんどなく、曇ってはいたが穏やかなコンディションであった。

 ところどころ赤く色づいた紅葉を楽しみながらのラウンドであった。ゴルフはやはり気持の良いものである。ロードバイクとは全く異なった世界ではあるが、自然のなかで体を動かすという点では共通項はある。広々とした自然のフィールドの中で私の心は大きな解放感に包まれた。

2013/11/24

2810:満月うどん  

 「満月うどん」に着いたのは2時半少し前であった。さすがにこの時間なら空いているだろうと思ったが、考えが甘かった。

 駐車場にはどうにか車を停められたが、店内に入れずに待っている客が3組も・・・晴天の行楽日和の日曜日、美味しいうどんを求めて多くの愛好家が集まってきたようである。

 Naruさん、チューバホーンさん、そして私の三人は店の外の椅子に座ってじっと待った。陽光がちょうどいい具合に降り注いでいるので寒くはなかった。

 どのくらい待ったのであろうか15分ぐらいであろうか・・・もう少しかもしれない・・・ようやく店に入れた。

 二人は肉汁うどんとメンチカツ、私は満担うどんとメンチカツを頼んだ。うどんはそれほど待たずに到着した。

 うどんの色合い・・・褐色で艶やか・・・が目に馴染む。もう何度ここのうどんを口にしているであろうか・・・相当な回数になるはずである。それでも毎回、最初の一口がちょっとした感動を呼ぶ。

 「これだよね・・・これ・・・良いうどんだ・・・」と心の中でひとり呟くのである。メンチカツをトッピングしたので並盛りを頼んだが、うどんを口に含むと「やっぱり大盛にしておけばよかったかな・・・」と少しばかり後悔した。

 満月うどんを堪能した後は、自宅へ・・・現在「迷いモード」に突入してしまっているオーディオの現状をベテランマニアに確認してもらい、忌憚ない意見を聞きたい・・・という趣旨なので、いわゆる「OFF会」とは趣向が違う。

 オーディオを趣味とするようになって6年以上の年月が経過した。しかし、お二人はうん十年の間真摯にオーディオに取り組んでいる。お金のない学生の頃から、様々な経験を積んできている。そういった下地とでも言うべき期間が全くないまま、急遽この世界に足を踏み入れた私とはオーディオに対する認識に相当なギャップがある。

 若い頃女遊びをしなかった真面目一本の男性が中高年になってから若い女に狂うようなものであろうか・・・それゆえ、いまだに迷いが尽きないのである。しかも私の迷いは部屋やスピーカーといったオーディオの土台部分での迷いなので性質が悪い。

 はっきりとした結論が出たわけではないが、一定の方向性はお二人のアドバイスのおかげで自分なりに出すことができた。

 やはり、忌憚のない意見を伺える先輩マニアの存在は重要である。根が充分に地面深く張っていない状態でオーディオを進める上では、特に貴重である。

 あまりに多くの趣味に首を突っ込んでしまっていて、最近は「器用貧乏」の感があるが、「オーディオ」にも地道に取り組み続けていきたい・・・下地がないことはいまさらどうしようもないこと・・・時間を戻すことはできない。「今からでも遅くはないはず・・・」悶々としていた気分は幾分すっきりとした。

2013/11/23

2809:父親  

 「死んでしまったって・・・一体だれの話だ・・・もしかしてペットの話かな・・・大事にしていたペットに死なれると相当なショックを受けるからな・・・ペット・ロスだったけか・・・しかし、彼女ペット飼っていたっけ・・・そういう話は聞いたことはない。」

 「まさかご主人が・・・いやそれはありえない・・・そういう状況でここに居るわけはない・・・」

 「もしかして母親だろうか・・・東久留米市の公営団地で一人暮らしをしているって聞いた覚えがある・・・年齢は70歳を超えているはず・・・」

 彼女の言葉によって私の脳内では様々な憶測が飛び交った。どう返答して良いか分からず、彼女の次の言葉を待った。

 その様子に気付いたのか、視線をこちらに向けて彼女は言った。

 「父親が亡くなったの・・・父親といっても7歳の時に別れてからは会っていないのだけどね・・・父親の妹、私にとってはおばさんにあたる人から母のところに連絡があって・・・先週母親と一緒に告別式に行ってきた。集まった人はごくわずかで、とても質素で寂しい感じのお葬式だった。」

 「お父さんは再婚はしなかったんだ・・・」

 「そう、ずっと一人暮らしだったみたい。アパートを借りて暮らしていたそうで、職も何度も変わったって、おばさんが言ってた・・・」

 「そうだったんだ・・・この前お父さんは精神を病んでいたかもしれないって言ってたよね・・・」
 
 「ええ、おばさんもそう言ってた・・・今で言う欝病かしら・・・気分が落ち込むとアパートの部屋に閉じこもってほとんど外出しなかったんだって・・・おばさんは心配で時々父親のところに食べ物を持っていったりしたんだって・・・」

 「何処に住んでいたの・・・」

 「武蔵村山市・・・」

 「意外と近くに居たんだ・・・」

 「そう・・・」

 「お母さんと離婚してから一度も会っていないの・・・?」

 「私は会った記憶がないの・・・でも、おばさんによると小学校の運動会や学芸会の時にこっそり見に来ていたらしいの。」

 「まあ、人生いろいろだね・・・お父さんもそういう人生を送るつもりではなかったんだろうけど・・・病が大きく立ちはだかって人生の向かう先を変えてしまったんだね・・・」

 「私にも父の影の部分が引き継がれているのかも・・・そんな気がして・・・ちょっと気分がさえなくて・・・」

 「そういうものって遺伝するのかな・・・しないと思うけど・・・あまり気に病まないことだね・・・病は気から、って言うから。」
 
 お茶を飲んだ。ほうじ茶であった。大きめの湯のみには何かの植物の文様がさっとした筆遣いで描かれていた。香ばしい味わいであった。

 彼女は既に45歳である。自分の家庭もある。父親の死が、大きく彼女の生活に影響を与えることはないはずである。そうではあるが、7歳の時に別れてから会っていなかった父親の存在そのものが失われてしまったこと、そして、その人生の様相を父親の妹から聞いたことは、彼女の心に少なからぬ何かを負荷したようである。

 店には私たち以外居なくなった。時間は1時を少し過ぎていた。会計を済ませ、店の外に出た。空は相変わらず晴れていた。晴れて澄んでいた。その色合いは何にも動じないような青であった。何処までも透明で、そして無表情で無慈悲に思えた。

2013/11/22

2808:店内  

 店内は一段高くなって座敷のスペースがあり、そこに大きめの座卓が幾つか並んでいる。靴を脱いで上がり、座布団の上に座る。

 メニューは幾つかあるが、やはり定番の肉汁うどんを二人とも頼んだ。客は3人組のサラリーマンと、老夫婦が一組いた。

 注文してから10分ほどでうどんが到着した。うどんは褐色のいかにも武蔵野うどんという色合い。中太で捻じれがあり、手打ち感がしっかりと表に出ている。

 「この色合いを見るとなんだか落ち着くんだよね・・・今となっては真白なうどんを見ると、うそくさく感じるようになってしまった・・・」

 私がそう言うと彼女は、少し微笑んで答えた。

 「確かに中に小麦がぎゅっと詰まっている感じがする。うどんだけをそのまま食べたらきっと小麦の朗らかな味わいがしそう・・・」

 しっかりとしたコシはあるが、武蔵野うどんとしてはそれほどの硬さではない。中庸である。歯ごたえがあり、手打ちで丁寧に造られている優しさが感じられる。

 肉汁は鰹だしの効いた辛めの汁で、入っている豚バラ肉にもしっかりと味が沁みている。しめじなども入っており、こちらも武蔵野うどんの中庸をいく味わい。うどんとの相性も良いように感じられる。
  
 野菜の天ぷらがついてくる。内容は日替わりのようである。この日は茄子とピーマンであった。揚げたてで美味しかった。

 「なんだか、ほっとしない・・・ここのうどん・・・? ここでうどんを食べるとなんだかほっとする・・・そんなに混んでいないし、店内もこんな感じだけど・・・いかにも武蔵野うどんという感じがするんだよね・・・満月うどんほどのキレはないけど、そこがまたなんだかほっとさせる。朗らかな味わいで鄙びた風情を感じる・・・武骨で洒落っ気が無くて田舎っぽくて、でも穏やかで・・・里山の風景のような感じ・・・」

 彼女は今日は口数が少なかった。表情にも少しばかり陰りが感じられた。そのため私ばかりが話しかけるような感じになってしまった。

 「ロードバイクで走っていると、そういった風景によく出会う。山間の方に行くことが多いからね・・・畑が広がっていて、古い民家が所々に点在している。裏山には木々が生い茂り、ところどころ葉を茶色や赤に染めている・・・裏山の背景には青い空と幾つかの白い雲があって・・・Nさんとは時々走っている?」

 「ええ、時々ね・・・そんなに長い距離は走らないけど・・・自宅のあるところがもう既に鄙びたところだから、ちょっと走っても里山って感じのとこに出る。」

 彼女は暖かいお茶を口に含んだ。その表情からは生気が感じられない。心理状態が良くない方向に傾いているような印象受ける。

 「何かあった・・・?」
 
 私は声のトーンを一段階落として訊いてみた。

 彼女は大ぶりな湯のみのなかに視線を落したまま答えた。

 「死んでしまったの・・・」
                

2013/11/21

2807:定  

 小学生の女の子が4人、仲よさそうに一列に横に並んで道の端を歩いていた。車を少し膨らませてよけるようにして、追い越した。

 四つの横に並んだランドセルがリズミカルにはねるようであった。赤・ピンク・水色・白・・・全てのランドセルの色が違った。女の子達の背格好はほぼ同じであったので、横一列にそれらの色とりどりのランドセルが並んで見えた。

 「最近のランドセルはカラフルだね・・・白なんてあるんだ。はじめて見た・・・」

 私は、助手席に座っている「寧々ちゃん」に話しかけた。

 「白って汚れそうだけどね・・・一昔前は女の子なら赤一色だったのに・・・自分の娘の時も赤だったし、その頃には少しピンクの子もいたようだったけど・・・」

 「うちの二人の娘も確か赤だったな・・・ああいうのは、子供に決めさせているのかな・・・子供が白がいいって言っても、白は汚れるからだめって言っちゃいそうだな・・・」

 「子供がランドセルを背負って居たのは、もうずいぶんと昔の話になっちゃった。今21歳だから・・・何年前・・・9年も前のことかな・・・」

 彼女は窓から外を見ながら話した。天気は良かった。風もなく穏やかな午後であった。空は青一色である。ここ数日こういった晴天が続いている。

 幾つかの細い道を通って、少し幅が広い中央通りにでた。交差点を右折してすぐに脇道に入った。脇道を少し行った先に「定」の駐車場がある。

 「なんだか、ほっとするようなうどん屋さんに行ってみたい・・・」数日前のメールに彼女はそう書いてきた。

 「なら、良いところがあるよ・・・麺の質感も味も店構えも、そして肉汁の濃さも、なんというか武蔵野うどんの中庸を行く感じで、とてもまったり出来る店が東大和にあるよ。『定』という店名なんだけど、とてもほっとする。」

 私はすぐさまに返信した。

 ということでいつものようにとある食品スパーの駐車場で待ち合わせをして、私のPOLOに乗り合わせて、「定」に向かった。

 店は通りに面しているが、駐車場はその裏手、脇道を入った先にある。その駐車場に車を停めた。

 「店構え、見たでしょう・・・昔ながらの街のうどん屋さんといった風情で、しゃれっ気は全くないけど、鄙びた感じで落ち着くんだ・・・」

 「なんだか、入る前から味が分かるような気がする・・・」

 彼女は軽く微笑みながら歩いた。その微笑みは陽光に淡く照らされていた。どことなく普段よりも陰りが含まれているようにも感じられた。



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