2013/6/30

2663:和田峠  

 家を出たのは7時ちょうどであった。天気は曇り。空には灰色の雲が厚くかかっていた。それを見上げながら「降らないといいけど・・・天気予報は午後から晴れると言っていたはず・・・」と思った。

 家から出てすぐに軽く上る。多摩湖の周遊道路に出る。それを下る。下り初めて、妙に体に受ける風が心地よかった。特に頭に受ける風の具合が・・・

 そして、気付いた。「ヘルメット忘れた・・・」あわててUターンした。全く寝ぼけているのであろうか・・・一旦家にとって返しヘルメットをかぶって出直した。

 少し急いだ。集合時間の7時半には間に合った。今日のロングの行先は和田峠である。往復距離は100kmあるかないか。距離は大したことないが、和田峠は激坂で有名な峠である。上りの距離は4kmほど。ほんの少し緩むところがあるにはあるが、大半が10%を超える激坂。所々15%以上のエリアも・・・

 体重70kgの貧脚ローディーにとって、激坂は大の苦手科目。和田峠に形容詞を付けるとしたら迷うことなく「地獄の」と付けるであろう。

 玉川上水に沿って西へ向かって走り、途中南に方向転換し八王子方面へ・・・多摩大橋と大和田橋を渡って浅川に沿って続く遊歩道へ・・・しばらく行って水無瀬橋のところから陣馬街道に入る。そして延々陣馬街道を走る。すると、和田峠の上り口に着く。

 地獄への入口・・・といったところであろうか。しかし周囲の風景は地獄とは正反対の緑あふれる穏やかな世界である。

 上り始めは穏やかである。しかし、徐々に和田峠はその本当の姿を見せ始める。2kmを超えるあたりから、呼吸が乱れ始める。ペースは全く上がらない。集団がばらけ始める。私は徐々に付いていけなくなる。

 「くそっ・・・斜度は厳しいままか・・・体重をちぎって投げ捨てられればいいのに・・・」汗が流れる。呼吸は蒸気機関車のそれのように激しい。

 激坂攻略には程遠い走りでようやく上り終えた。ロードバイクを立てかけて、座りこんだ。汗はひっきりなしに落ちてくる。祈るように組み合わせた両手にぽたぽたと汗が沁み込んでいく。峠の頂上は雲の切れ間が見え始めていた。雨の心配どころか晴れて暑くなりそうな気配である。

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 激坂は辛い。それは変わらない。しかし、激坂を上り終えると、何かしらこう晴れやかな気分になる。それはだらしのない走りであっても、やはりそうである。血液が相当な勢いで体内を循環している間に浄化されたかのようである。

 「なんだか・・・血が入れ替わったようである・・・」

 帰りは下り基調。気温がずいぶん上がった。峠を上り終えた時はへとへとの態であったが、帰り道は不思議とそれほど疲れていなかった。

 「和田峠・・・今度一人で行ってみよう・・・」そんなことを帰り道に考えていた。最も苦手な激坂・・・「地獄の」と形容詞を付けたくなる峠である。でも、きっと近いうちにまた来るであろう・・・和田峠に、一人で。

2013/6/29

2662:2階  

 2階の寝室にQUAD ESL989を移動してからどのくらいの期間が経過したのであろうか・・・確か3ケ月か4ケ月ほどになるであろうか・・・

 それまでは、1階のリスニングルームに設置していた。しかし、1階のリスニングルームでは、ESL989は酸欠状態に陥った金魚のように大きな口をせわしなくぷかぷかしているような感じに聴こえるのである。

 「あれっ・・・」と当惑しながら、いろんなことを試した。ついには逆オルソン方式も試した。しかし、冷静な頭で考えなおした。「諦めた方がよさそうだ・・・」という結論に達した。

 1階のリスニングルームは6年ほど前に石井式リスニングルームにリフォームした部屋であった。もともとは10畳ほどの広さの応接間であった。リフォームの結果、周囲の壁が11cmも厚くなったので、部屋の広さは8畳ほどに縮小した。極めて密閉度が高く、防音も完ぺき。夜でも時間を気にせず音量を上げられた。

 しかし、ESL989との相性は最悪と言っていいほどであった。多額の費用をかけてリフォームした部屋であったのでなかなか踏ん切りがつかなかった。

 そんなこんなで、ようやく2階に移ったESL989は、伸び伸びと背伸びをしたように開放的な音を奏で始めた。どうやら、ESL989は広い空間が喉から手が出る程欲しかったようである。酸欠状態からようやく解放された。

 2階の部屋は15畳ほどの広さがある。縦に長い部屋である。スピーカーからリスニングポイントまでは6mほど離れている。リスニングポイントにはビンテージ北欧家具のイージーチェアが置かれている。Arne Vodderデザインのお気に入りの椅子である。

 今日はそのリスニングポイントに他の方に座っていただいて、一時を過ごした。我が家に来てくれた方はishiiさんと本日のコーヒーさんである。ishiiさんのお宅には少し前にお邪魔したばかり、本日のコーヒーさんとは初対面であった。お二人ともオーディオにも音楽にも造詣が深い。音楽の合間にはそういった話題で盛り上がった。

 ESL989が2階に移ってからは、特にあれこれいじることはほとんどなくなった。何かを変えようとする意思はなく、ごく稀にスピーカー位置を微調整するか、LP-12のトーンアームを微調整するぐらいであった。

 別に飽きたわけでもない。時間は短くなったが、オーディオで音楽を聴く。しかし、「趣味」としての優先順位は随分下がってしまった。今では、オーディオで音楽を聴くということは、「趣味」というよりも日常のなかの当たり前の一時というような位置づけになっている。

 「本来、そういったものであるべきなのであろうか・・・」そんことを頭に浮かべながら、お二人にレコードやCDで何曲か聴いていただいた。

 ふっと思いついた。「また1階にもどせば、もしかしたらあれこれ気になっていじりだすのかもしれない・・・アンプを変えようか・・・ケーブルをいじろうか・・・セッティングを大幅に変えなければ・・・となると、趣味にまた復権するのであろうか・・・」

 もちろん、思いついただけで、実行することはあり得ないであろう・・・

2013/6/28

2661:競技会  

 金曜日の夜・・・いわゆる「花金」である。国分寺駅の周辺の人込みはいつもより多いような気がした。私はとある場所へ急いでいた。人込みを掻き分けるようにして、速足で歩いた。「このペースで歩けば、きっと7時ちょうどぐらいに着くはず・・・」そう思いながら。

 ダンススクールはビルの三階にある。エレベーターに乗り込んで3階に上がる。エレベーターを降りて、扉を開けた。

 先日ウィンナ・ワルツの舞踏会が終わったので、とりあえずダンス教室に通う当面の必要性はなくなった。しかし、私は継続することを選んだ。今日からはレッスンはウィンナ・ワルツ以外のダンスに切り替わる予定である。

 フロアでは金曜日にいつもレッスンを受けている小学生のペアが踊っていた。男性の講師が指導していた。他にはレッスンを受けている生徒はいなかった。

 いつものようにダンスシューズに履き換えた。しばらく、その小学生のペアのダンスを眺めていた。脇ではその親達が座ってレッスンの様子を見ていた。「ジェニファー」が控室から出てきた。

 「ジェニファー」は「どうでしたか?舞踏会・・・」と笑顔で訊いてきた。

 「ええ、まずまずでした。広さの割に人数が多く、スペースを確保するのが結構大変でした。ボックスで停まりながら、スペースを見つけてはナチュラルターンで進む・・・そんな感じでした。でも楽しめたし、良い経験になりました。」

 「そうでしたか・・・楽しめたのなら、良かったです。」

 「4時半から始まって、7時まで、途中休憩もあったり、ウィーン風フォークダンスを習ったりしましたが、結構な時間、踊ってました。シャツもズボンも汗だくでした。ウィンナ・ワルツって結構疲れるんですよね・・・」

 「テンポが速いですからね・・・初めてのダンスでウィンナ・ワルツを習ったのは良い経験になったと思います。せっかくウィンナ・ワルツをやりましたので、それを活かして今日からはワルツをレッスンします・・・テンポはぐっとゆっくりになります。」

 今日からはワルツを習うことになった。テンポはウィンナ・ワルツに比べるとゆっくりである。しかし、ステップが多様である。クローズドチェンジ、ナチュラルターン、リバースターン以外に幾つものステップがある。

 今日は新たに「チェック・バック」と「ナチュナル・スピーンターン」を習った。既習の三つのステップと新たに習ったステップを組み合わせて、音楽に合わせてフロア内を踊った。

 ウィンナ・ワルツと比べてワルツはゆっくりなリズムで踊りやすい。CDで曲をかけながら、フロア内を2周、3周する。新たなステップの時には視線が落ちがちになってしまったが、まずまずの感じ。

 「初回のレッスンでここまで踊れれば上出来ですよ・・・」

 30分は駆け足で過ぎ去る。次回のレッスンの日程を決める時に、少しばかり「ジェニファー」と会話した。彼女は今も年に数回「競技会」に出ているようであった。しかし、なかなか上位には食い込めないようであった。

 「前回の試合も1点足りなかったんです。あと1点とっていれば決勝に上がれたんです・・・」

 彼女はそんな話をした。競技会は審判員の採点によって勝ち進んでいく形式なのであろう。「Shall we dance?」の中のシーンが頭に浮かんだ。

 「そういった競技会って観覧できるのであろうか・・・」「ジェニファー」の試合を観てみたいような気になった。

2013/6/27

2660:SPEC  

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 夜7時の日比谷公園は、まだ明るさが残っていた。気温は20度を切っている。過ごしやすい。私は、入口からほど近いところに佇んでいる日比谷図書文化館を目指した。その建物はすぐに見つかった。

 今日はishiiさんからのお誘いを受けて、「SPEC試聴会」に参加した。SPECは3年前に業績不振に苦しんでいるPIONEERから退職した10名の技術者達が起こした会社である。プリメインアンプやフォノイコライザーを製品として製造販売していて、国内外で好評を得ているようである。

 「ガイアの夜明け」というテレビ番組でその奮闘ぶりが報道されて大きな反響があったために新たに企画された試聴会であった。

 私もその番組を偶然観ていた。なので、ishiiさんから電話があった時「あっ、あのメーカーか・・・」とすぐに興味を持ったのである。

 4階の小ホールに到着したのは7時5分前であった。ishiiさんと挨拶した。椅子に座って、入口でもらったパンフレットを眺めた。プリメインアンプは3種類。RSA-F1、RSA-M1、RSA-V1DT・・・いずれも共通のテイストのデザインを纏っている。

 そのデザインは、木製ベースを採用するなど独自のこだわり感が感じられる。フロントにはセレクタースイッチ、ボリュームノブ、パワースイッチのみのシンプルな構成。個人的な好みからすると、それほどかっこいいとは思えない。

 スピーカーはB&W802Nであった。試聴会に使われたのはフラッグシップのRSA-F1。まずはCDで何曲かかかった。CDプレーヤーは自社で試験的に作製した製品で、残念がら販売されていないものであった。

 その音の質感は、伸びやかで、澄んでいる。B&W802Nを自在闊達に駆動するその駆動力は相当なもの。音の表面にささくれや角ばった質感もなく、使用されている部品の優秀性が窺われる。

 「これなら、受けが良いのも分かる・・・」

 アナログもかかった。レコードプレーヤーは現在開発途中の試作機が使われた。アナログの音の質感は明らかにCDやSACDを上回っていた。電源部が別躯体となっているフォノイコライザーREQ-77Sが使われていた。このフォノイコライザー、相当反響があり、高価格であるにもかかわらず売れているようである。

 試聴スペースとしては広い空間の小ホール。試聴会なので、セッティング等の煮詰めはそれほどではない。もっと整った環境であれば、さらにその音質は向上するであろう。しかし、このSPECのアンプの実力の高さはしっかりと窺うことができた。

 「純粋な楽観主義」・・・その音からはそんな言葉がイメージとして頭に浮かぶ。音は明るい。そして澄んでいる。透明な空間に、明るく艶やか・・・アンプのベース部に使われているスプルース材の色合いのような音が広がる。

 くすみや陰りのない音は自身に満足げな表情である。あけっぴろげで屈託のないその表情は、きっと多くの人に受け入れられるであろう。

 明るく、饒舌そしてフレンドリー。初対面であったが、打ち解けてすぐに話せる。どちらかというとこちらが聞き役にまわる。少し肥満気味であるがエネルギッシュに動き、喋る。「良い人(音)である・・・」そう思った。

2013/6/26

2659:クワトロポンテ  

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 先日、横浜のMさんと中華街の「聚英」でお美味しい食事を楽しみながら様々なことを話していた。そして何かのきっかけでマセラッティのクワトロポンテの話となった。横浜のMさんはマセラッティを2台乗り継いでらっしゃるマセラッティ派である。

 現行型クワトロポンテはピニンファリーナがデザインを担当。数年前のマイナーチェンジにより若干の修正が加えられたが、その基本的なデザインは踏襲された。

 その流麗での伸びやかな肢体は官能的でかつスポーティーである。サイズはMercedes-Benz S-CLASSやBMW 7シリーズに近いが、その性格はドイツ系セダンよりもよりラグジュアリーでスポーティーな4ドアセダンという位置づけである。

 この車が似合うためには、それなりの年齢とセンス良いいでたち、そして一種の気品のようなものが必要となってくる。首に金のネックレスをしているような中年オヤジは間違っても乗ってはいけない車である。

 そのクワトロポンテが最近フルモデルチェンジをした。横浜のMさんは新型のデザインをあまり高く評価していなかった。「今一つピンとこない・・・」そういった評価であった。

 まずはフロントから見てみる。特徴的なグリルデザインは変わらないが、従前のモデルに比べて目つきが少々悪くなったような気がした。Mercedes-Benzの初代CLSを思わせるような目つきである。メンチを切ったヤンキー風でもある。このフロントライトの造形は先代のどこか遠くを眺めているような印象のものに比べて優雅さは相当減退している。

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 リアに回る。現行型の縦ラインから横長のものに変更されている。フォーシルバーリングをつけてしまえば、ほとんどAudiの後姿である。「これもなんだかな〜」という印象を持った。

 サイドから見るとその緩やかにラウンドする全体のラインは明らかに先代の流麗さを引き継ごうとしている意思が窺える。新たに引かれた2本のキャラクターラインにより、その表情はよりエッジの立った鋭いものとなっている。

 デザインは好みである。なので、当然新型の方がかっこいいと思う人がいるはずである。しかし、個人的にはピニンファリーナの手による現行型のデザインの方がはるかに良いと思われてならない。クワトロポンテには、あまりがつがつした造形ではなく、洒落たツイードジャケットのような上質のゆとりのようなものを備えていて欲しい・・・そう思うのであった。

 まあ、新しい流れと言えば新しい流れなのかもしれない。よりアグレッシブに、より精悍で威圧的なフォルムに・・・そういう流れなのかもしれない。

2013/6/25

2658:GE290  

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 日本で最も人気のあるビンテージ北欧家具のデザイナーは、Hans J Wegnerではないであろうか。彼の代表作であるある「GE290」は、ビンテージ北欧家具のショップでよく見かける。値段は1脚170,000〜210,000円ほど。程度や張り生地によって値段が変わる。

 その造形は、どっしりとしている。繊細かつ優美な曲線に一種世紀末的な美的感覚を彷彿とさせるFinn Juhlとは対照的なデザイナーである。

 どっしりとしていると言うと褒め言葉ではないように聞こえるかもしれないが、そこには北欧らしい純朴さや自然に根差した生活感覚のようなものがしっかりと感じられて嬉しくなるのである。

 我が家の2階の寝室兼リスニングルームにはビンテージ北欧家具のイージーチェアが2脚ある。最初に購入したイージーチェアはデザインナー不明である。背もたれ部分の優美な造形に惹かれ目黒のショップで購入した。確か150,000円ほどの価格であった。もう10年以上も前のことである。

 もう1脚は最近購入した。デザイナーはArne Vodder。彼の造形はシャープで繊細。独特のラインを描くことが多い。吉祥寺のSHOPで見かけたそのイージーチェアは私の目を惹きつけて止まなかった。

 価格は210,000円。相当高価なものであるが、生地を張り替えれば何十年と使える。実際我が家にやってくるまでに、これらの家具は50年ほどの年月を経てきている。それでもその美しさは決して色あせることはない。これから50年は十二分に使えるであろう。もちろん定期的なメンテナンスは必要であろうが・・・

 最近私は2階で使う3脚目のイージーチェアを探している。その第一候補がHans J Wegnerの「GE290」である。吉祥寺のSHOPに展示品が出ていることを知った私は、今日、三鷹の顧問先を訪問したついでにそのSHOPに寄ってみた。

 木部はオークである。製造されたのは1950年代。50年以上の年月を経て、その色合いは深みのある落ち着いたものに進化している。

 ファブリックはデンマークから取り寄せた生地に張り替えられている。品の良いグレーある。座り心地は安定感のある穏やかなもの。すっと気持が和らぐ。

 価格は210,000円。決して安い買い物ではない。たかが椅子1脚が210,000円・・・そうなのである。そういう世界なのである。オーディオもロードバイクも、興味のない人から見れば気ちがいじみている価格のものがごろごろしている。ビンテージ北欧家具の世界も同様なのである。

 比較的しっかりした肘掛部分のオークをさすりながら「これ良いな・・・良いよね・・・さすがHans J Wegner・・・」と少々夢見心地であった。

2013/6/24

2657:スーパームーン  

 100km以上の距離をロードバイクで走り、幾つもの峠を越えたので体には相当な量の疲労成分が蓄積していた。家に帰り着きシャワーを浴びた。そして用意しておいたスーツに着替えた。

 昨日参加した「舞踏会」のドレスコードはセミフォーマルであるので、タキシードや燕尾服である必要はない。スーツにネクタイでもOKである。

 近くの公民館で都議選の投票を済ませてから、最寄駅へ向かった。西武線の車両に乗り込んだ。高田馬場に到着するまで、何度か無意識の領域に入り込んだ。体は睡眠と休息を声高に要求していた。当然の要求ではあったが、とりあえず無視することにした。

 学士会館の最寄駅は神保町駅であるが東西線の竹橋駅からも歩ける距離にあるので、高田馬場で東西線に乗り換えて竹橋駅を目指した。東西線は学生時代によく乗った懐かしい路線である。

 高田馬場から竹橋までの短い移動時間の間にも、すっと意識が遠のく。危うく乗り過ごしそうになった。竹橋駅から10分ほどで学士会館に到着した。周囲には新聞社や商社の本社が立ち並んでいた。
学士会館の建物は歴史を感じさせる。その内部も同様であった。

 その重厚な雰囲気の会館では、結婚式やパーティー、講演会や種々の会議などが行われるようであった。「舞踏会」が行われれるのは320号室。着いた時には30名ほどのオーケストラメンバーの方が中で練習中であった。もちろんプロのオーケストラではない。アマチュアではあるが定期演奏会を行うなど熱心に活動している団体である。

 いよいよ開始時間である。男女がペアになって一列に並んで入場。音楽に合わせ入っていく。「なんだか幼稚園のお遊戯のようだ・・・」ちょっと気恥ずかしかった。

 男性は半分が燕尾服やタキシード、半分がスーツ。女性は色とりどりのドレス。中には数名完全に「コスプレ・マニア」と思しき男女がいたが、まあご愛嬌である。なるべく見ないようにした。

 いよいよ、生のオーケストラの演奏に合わせてウィンナ・ワルツを踊る。講習会や個人レッスンで教わったことを頭に思い浮かべながら、ワルツのリズムに合わせる。しかし、そうそうはスムースにはいかない。女性のレベルは様々・・・講師の女性と踊るようには当然いかない。

 しかも空間にそれほど余裕がない。すり抜けるようにして進み、その場で停まるステップ、空いた空間を見つけてまた進む・・・といった感じであった。

 「舞踏会」は7時まで、途中オーケストラの休憩時間を挟んだ。後半には「カドリーユ」と呼ばれるウィーンのフォークダンスを習った。すぐにはその動きを覚えられなかったが、雰囲気だけで踊った。

 ウィンナ・ワルツの調べは学士会館の室内にゆったりと響き渡り、参加者は時間を忘れたかのように踊った。ステップがもたついても、ドタバタした足取りでも途中からはだんだん気にならなくなった。なんだかテンションが少し妙な具合になってきたのである。

 ロードバイクのロングライドに、見た目以上にエネルギーが必要なウィンナ・ワルツの踊り・・・蓄積限度量を超えた疲労成分のせいであろうか・・・あるいはナチュラルターンを多用した踊りのせいで少々ナチュラル・ハイに陥ったのか・・・はたまた、雲に隠れて姿は見せなかったが、「スーパームーン」の特殊な引力がその効果を及ぼしたのか・・・少し変なゾーンに入ってしまったようである。

 舞踏会が終わってもその「少し変なゾーン現象」は続いた。hijiyanさんはじめ、顔見知りの方と近くのファミリーレストランで軽くお腹を満たした。会話は三拍子でテンポよく進んだ。私は普段無口なほうであるが、いつもより口数が多かったような気がした。

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2013/6/23

2656:曇り空  

 ケイデンス90ほどで軽快に平坦路を走っている時、私の頭の中ではヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」が繰り返し流れていた。

 最近は、この曲を家で何度も聴いていた。音楽鑑賞というのとは少々違う。この曲の緩やかで豊かな音の流れに合わせて、ステップを踏んでいたのである。

 今日は「舞踏会」の日である。神保町にある学士会館で生のオーケストラ演奏をバックにウィンナ−ワルツを踊るという企画である。主催は日本ヨハンシュトラウス協会と日本・オーストリア文化交流会である。

 この「舞踏会」の開始時間は4時半。受付開始は4時。日本・オーストリア文化交流会の方からは、「4時までに学士会館まで来てください」とメールが入っていた。

 そこで、「時間的には大丈夫だな・・・体力的には相当厳しいものがあるかもしれないが・・・」と思いながら、バイクルプラザR.T.のロングライドに参加した。

 先週は雨により、さらにその前の週はテニスサークルの練習試合のために、走ることができなかった。随分久しぶりのロングライドになる。

 そのせいか、走り始めから今日は体が重くキレがなかった。ウィークデイの夜に時折ローラー台で汗を流してはいるが、やはり実際に走るのとは大きく違う。

 そんななか、「美しく青きドナウ」を頭の中のレコードプレーヤーにかけると、不思議と脚の回転が滑らかなものになった。

 今日の目的地は「正丸峠」。往復で110kmほどの距離である。正丸峠の前に上る山伏峠がメインディッシュである。デザートは2品。帰りの「山王峠」とかわいらしい「笹仁田峠」である。

 行きは隊列を組んで粛々と進んだ。天気は曇り。時折空を眺めた。灰色の雲が濃くなったり薄くなったり、少し晴れ間が出たり、また濃くなったりと、時間の経過により変化したが、幸い雨には降られなかった。

 山伏峠の上り口に到着した。やはり体が重い。「今日はあまり良いタイムは出ないかな・・・」ちょっと気持がのらなかった。

 いつものようにタイマーをセットした。18分を切れればまずまず普通。それを超えると調子が悪い、ということになる。

 上り始めはいつものようにゆっくりである。軽く会話しながら上ってゆく。1kmほど上った先からペースが上がり始め、メンバーがばらける。

 2kmを上って後半へ差しかかった。このあたりからぐんとペースを上げたいところであるが、それほど上がらない。途中2カ所ほどの傾斜がきついエリアが、大きなスプーンで削り取るように体力を奪ってゆく。

 最後の1km。だらけはしなかったが、スパートにはほど遠い感じ・・・どうにかこうにか上り終えた。タイムは17分45秒。普通である。しかし、体には重い疲労感が・・・やはり、毎週走らないと・・・そんなことを頭の片隅で思った。

 山伏峠を下り、途中から正丸峠に向かう上りに入る。その時右足の太腿裏側に違和感を感じた。ピリピリと電気が走るような痛みが・・・まずい攣りそう・・・そう思ってペースを落とした。どうにか攣ることなく正丸峠の頂上に到着した。 

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 正丸峠からは、濃い雲に覆われた空の下、山々の稜線が青く見えていた。頭の中では時間のことを考えていた。

 「このペースであれば、最後のコンビニ休憩をパスすれば、1時過ぎには家に着くはず。シャワーを浴びて着替える。選挙の投票を済ませ最寄り駅へ・・・3時前に電車に乗れれば、ちょうど4時頃には学士会館に着くはず・・・ハードな一日になりそうだ・・・・」

 攣りそうになった右足の太腿をさすりながら、そう思った。

2013/6/22

2655:夢の国  

 元町・中華街駅の4番出口を出た。空は青空であった。風が吹いていた。心地よい風であった。

 「海が近いせいですかね・・・風が気持ちいいですね・・・」

 チューバホーンさんとそんな話をした。ここからは海は見えなかったが、周囲の雰囲気は港町独特の華やいだものであった。

 ここから横浜のMさんに連絡した。連れられて向かった先は、マリンタワーの並びにそびえる豪華なマンションの一室である。

 この「夢の国」を訪れるのは今回が3回目。毎回その素晴らしいロケーションやマンションのエントランスの豪華さ、そしてその部屋そのものの美しさ、さらにはその「夢の国」に佇む「偉人」達の煌びやかな顔触れに、テンションがぐんぐん上がる。

 親に連れられた小さな子供たちがディズニーランドのゲートをくぐるときにきっと感じるであろう、一種の高揚感のようなものを、私達二人もこの部屋に入る際に感じたようであった。

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 この部屋の主役はJBL パラゴン。その存在感は圧倒的である。その脇を固めているのがVIVID audio G1 GIYA。オリジナルノーチラスを彷彿とさせる独特のデザインを纏ったG1 GIYAですら完全に「脇役」の位置付けにしてしまうパラゴンの存在感はやはりすごい。

 パラゴンは、KRELLの最初期の2種類のアンプが高域と中域を分担し、低域はブライストンが受け持つ。G1 GIYAは、OCTAVEの最新式のモノラルパワーアンプで駆動される。プリアンプはMarantz 7。SACDプレーヤーはEmm Labsの最新型。アナログプレーヤーはTHORENSのTD521。

 「夢の国」に佇む偉人たちは個性派ぞろいである。そしてその顔触れはこの部屋にふさわしく、美しく威厳に満ちている。それらの上質なオーディオ機器たちは、決して窮屈に佇んでいない。その存在感を包むのに充分な空間をあてがわれ、本来のポテンシャルを発揮できる環境に満足しているようであった。

 「夢の国」のエントランスをくぐり、まずはビールで乾杯した。極上の生ハムとゴルンゴンゾーラ・チーズを嗜みながら、モーツァルトのクラリネット協奏曲を聴かせていただいた。BISレーベルのSACDである。「パラゴンからこんなに柔らかな音が出るのか・・・」とチーズを舌の上で溶かしながら感心した。これが驚きの始まりであった・・・

 その後はジャズの領域へ・・・そしてアナログの領域へ・・・さらにはロックの名盤にも・・・私たちは、どんどん「夢の国」の内奥ヘ入りこんでいった。それは渋谷でJRから東横線に乗り換える際に何度も何度も下りのエスカレーターを乗り継ぎ、地下の奥深くへ向かった時のように、深く深く入り込んでいった。

 パラゴンを始めとする「偉人達」の御機嫌はとても良かったようである。時々ご機嫌斜めになるというブライストンのアンプ(その際の予備としてテクニカルブレインのパワーアンプも用意されていた・・・)も最後までその軽快なエンジン音を轟かせていた。部屋の周囲に置かれた「シルバン」4台と「コーナー・アンク」2台も、その音を有機的に拡散する機能を充分に果たしていたようである。

 様々な音楽がこの部屋での時間を彩った。その色彩は極彩色である。濃密で目に鮮やか。力強い線を描き、構図も決して破綻しない。大胆であり、緻密である。その音の造形美はまさにパラゴンそのものである。この巨大で偉大な工芸品の咆哮は、ゴールが決まった瞬間に一斉に上に上がる巨大なフラッグを思わせる。歓喜と興奮・・・そういった爆発的なエネルギーによりその巨大なフラッグは大きく上へとたなびく。

 「夢の国」の饗宴はジミー・ヘンドリックスのギターの強大なうねりで締めくくられた。

 私たちは、「夢の国」を後にした。中華街へ歩いて向かい、いつもの「聚英」へ・・・ここは美味しい、いつ来ても・・・最後の締めに食べる「海鮮つゆそば」が絶品である。

 ゆったりと食事を楽しんでから、私とチューバホーンさんは元街・中華街駅に向かった。ちょうど停まっていた「和光市」行きの特急に乗った。始発なので余裕で座れた。向かいの座席にはまだ誰も座っていなかった。向かいの窓に映った私達二人の頭には、黒い半円が二つ並んでいるのがぼんやり見えた。目を凝らしてよく見た。その黒い二つの半円はミッキーマウスの耳のような形をしていた。

2013/6/21

2654:花金  

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 雨は降り続いていた。時折小止みになり、傘を差さなくてもよくなるが、また降り始める。そんな感じで、梅雨空からは断続的に細かな水滴が注がれていた。

 金曜日の夜というのは、なにかしら疲れているものである。月曜日から始まったウィークデイの積み重ねは5日分貯まった。積み木を一つ一つ積み重ねるようにして、体にも心にも疲労が折り重なってくる。

 しかし、明日明後日は休日・・・金曜日の夜は精神的な解放感はある。疲れた体と解放感あふれる心・・・そういったアンバランスな状態で人々はお酒を飲んでいたりする。

 私は雨の「花金」をサントリーホールで過ごした。最近は指定席のようになっている2階席後方で、シューベルトの交響曲第6番、シューマンのチェロ協奏曲、そして同じくシューマンの交響曲第3番を聴いた。

 演奏はフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮読売日本交響楽団。チェロ協奏曲のソリストはクレメンス・ハーゲンであった。

 ヘレヴェッヘは古楽演奏で名を馳せた指揮者である。彼の指揮によるシューベルトとシューマンはとても誠実で真摯なものであった。そしてその底流には心穏やかな「祈り」のようなものが常に流れているように感じられた。肩ひじを張らず、そして拳を握りしめることのない「祈り」である。その「祈り」には必死の形相はなく、日々の営みの安寧を願うような静かなものであった。

 クレメンス・ハーゲンのチェロにも、似た質感を感じた。ハーゲン弦楽四重奏団の一員としても有名な彼のチェロの音色は清澄で伸びやか。広いホールにもそして聴衆の心の中にも、自然と沁み込んでいく。彼の演奏により、1698年にアントニオ・ストラディヴァリウスが作ったチェロのその深々とした音色は、奏者から遠く離れた2階席にもしっかりと届いた。

 3曲とも各々演奏時間は30分ほどである。シューマンの交響曲の前での休憩を挟んで、約2時間ほどの時間が流れ去った。コンサートが終わり会場内が明るくなった。急いでサントリホールを流れ出ていく人々の奔流に乗って、外に出た。雨は降り続いていた。差した傘に当った雨粒は乾いた音を立てる。

 雨は傘にあたって流れ落ちていく。私の心にも音楽は当って流れ落ちていく。雨も音楽も時間の経過とともに流れ去っていく。決して一所に留まらない。しかし、何かしらの痕跡は残してゆくようである。地下鉄の入口に向かう人々の流れは速かった。私自身はもう少しゆっくりと歩きたいと思ったが、その流れに乗った。その流れの速さは都会の日常のそれであった。



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