2013/5/12

2614:八卦良い  

クリックすると元のサイズで表示します

 行司の掛け声は「はっきょい・・・」であるのか、あるいは「はっけよい・・・」なのであろうか・・・どちらかというと私の耳には「はっきょい・・・残った、残った・・・」と聞こえるのであるが、「はっけよい・・・」が正しいという説もあるようである。

 この場合漢字で表すと「八卦良い・・・」となるそうである。「八卦」は、中国の古い陰陽道において、自然界におけるさまざまな事物事象を表しているとされる。 つまり「全ての事物事象が整った・・・」という意味合いなのである。

 今日エム5さんのお宅の広いリスニングルームに入り、黒いソファに座って、B&Wのスピーカーと対峙した時、音が出る瞬間、行司の掛け声が聞こえたような気がした。

 「はっけよい・・・」

 最初にかかったのは、ショスタコービッチのオペラ「鼻」である。私と隣に座っていたHijiyanさんは思わずのけぞった。後ろに陣取っていたpontaさんは、声なく笑った。

 行司の掛け声が聞こえたと思ったら、「鼻」の打楽器群の諸手突きがいきなり襲ってきた。私はその一撃で土俵際まで吹っ飛んだ。

 どうにか土俵際で残ったが、攻撃の手は緩まない。その後も連続技が次々展開する。その中には「手嶌葵」といった変則技も含まれていて、思わず舞の海の「技の百貨店」というフレーズが頭に浮かぶ。

 「決まり手は、上手投げ・・・上手投げで・・・エム5富士の勝ち・・・」場内放送が流れた。決まり手は正統派な技であった。

 「鼻」の諸手突きや「手嶌葵」の外掛けにはどうにか耐えたが、マーラーの交響曲第3番 第1楽章の冒頭、8本のホルンのユニゾンで力強い第1主題が出てきて、上手をぐいと引かれ、その後に続く怒涛の奔流のような力強い打楽器群のエネルギーの放出により、体は土俵の上に転がった。

 「もしも、AUDI RS6のアクセルを床踏みしたならば、その凄まじいまでの加速感はこんな感じであろうか・・・」と思えるエネルギー感である。

 低域の質量感、中低域の厚み、そして高域の抜けの良さなどなど、オーディオ装置のセッティングが「八卦良い・・・」状態でないと、この強力なトラクションをタイヤを空転させることなく路面に正確に伝えるようなエネルギー感は出てこないはず・・・

 優れた力士は、あれだけ大きな体をしていても、優れた筋力と、柔軟な体を持っている。エム5邸のサウンドを例えるならば「白鳳」であろうか・・・まさに「横綱相撲」といった感じである。

 その後は様々なCDがEMM Labsのトランスポートのトレイに乗った。ドボルザークの交響曲 第8番も良かったし、Edith Mathisのソプラノによるシューマンの歌曲も良かった。

 そして、締めは「画」である。スクリーンがするすると降りてきて、その巨大なスクリーンには「レ・ミゼラブル」の豪華絢爛な舞台の様子が、「これで圧縮音源?」と思ってしまうほどのクオリティーの高い音とともに映し出された。

 ジャン・ヴァルジャンの万感の思いが込められた歌声が広がる。ミュージカルは今までほとんど顧みることがなかった分野であるが、その圧倒的なパワーには思わず引き込まれる感じがした。

 2時半に到着して約4時間・・・スピードとパワー、そのタメとキレ、広さと奥行き、質量感と抜け・・・そういった「八卦」が良い状態でのOFF会は時間が経つのがとても早かった。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ